はてなキーワード: 高潮とは
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
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瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
なにげに蒸し野菜生活お馴染みの生活の一部に取り入れられているかのようにひっそりと暮らしているワケなんだけど、
気が向いたら簡単に使えるところが便利だわ。
そう意気込んですっかりもう内臓だけ取り除かれた処理済みの大物の魚とか骨付きかぶり付きたい大物の鶏モモ肉とかに挑戦する戦いは面倒なので、
そんでさ、
鍋フライパン一面に一応並べて蒸した方がファクトリーオートメーションというか、
そういう意味でも、
たくさんいっぺんに作って蒸しておけばたくさん食べられるのと同時に、
私は一回では食べきれない野菜は保存容器に入れて冷蔵庫に入れて翌日にパクパクと食べるというスタイルに持ち込もうとしているの。
その時点で調味料の一切の調味はしていないぐらいの野菜自体の美味しさだけで満足できるほどの野菜味の野菜はフレッシュさ新鮮なほど弾ける美味さがあると思うの。
よくテレビ番組で農家さんを訪問して育てている野菜の取材番組とかドキュメンタリー番組とか野菜を育てる系の番組って有るじゃない。
レポーターに囓らせるのあるわよね。
収穫したての野菜と生で囓らせるやつ!
農家さんの立場からいえば収穫した瞬間から鮮度が落ちていくわけだから、
その瞬間のいわばマックスの美味しさ最高潮の一瞬の瞬間に囓らせたい気持ちは分かるし美味しいのも分かるわ!
って言うぐらい本当に見ていたら100回中150回は囓らされている、
100回超えて150回になってるじゃないって言われそうだけど、
1回のレポートに2つの野菜を収穫したてのものを囓らされたら2つカウントされるので、
収録の数とは大きく開きが出る時があるのよね。
私も一時期ベランダでオクラを育てていてオクラホマミキサーを聴かせながら育てるとオクラのオクラ味がもっとオクラかになるってホントか嘘かよく分からないけれど、
朝もぎたてのオクラはそのままガブリと囓ったら美味しいのは私も知っているので、
農家さんの収穫仕立てのそれこそまだ土も半分付いている状態での野菜を囓らせがちな事態に陥るのは分かるわ。
だから私もその1回の蒸し回数で一気に蒸し上げられるように、
1回では食べきれない量の野菜を蒸してそのまま保存容器に入れて保存して、
いや保存すると見せかけて、
それをも乗り越えて余った野菜はほんとうに翌日持ち越し野菜として私の食卓に並ぶの。
うわ!
しかも!
蒸した野菜にはなにも調味料の一切の調味をしていないという丁寧さ!
蒸した野菜を保存容器に入れて翌日食べるだけでもただでさえ丁寧な暮らしになってしまうのに、
しかも蒸した野菜は塩のそれこそお洒落なシャレオツな岩塩の類いもオリーブオイルの類いも調味していない野菜のままの野菜味なの。
いや私は出そうと思って出したわけじゃないので、
これは私から隠しきれない丁寧さが出ちゃった証でもあるからここだけの話として内緒にしておくけれど、
翌朝残りの野菜を食べるじゃない!
ああ!野菜一品あってよかった!って晩ご飯に彩りを飾ることができるの。
でさ、
さらに危ないのは翌日またそれをお弁当に野菜を入れ始めたらまた知らない間に丁寧な暮らしを繰り出してしまうところだったし、
それこそ、
さらになんか丁寧な暮らしをしている風な人のお弁当のご飯少な目!って感じがしない?
きっと男子からみたらご飯それで足りなくね?って思うかもしれないけど、
足りないわ!
あとでファミマでファミチキ買うから大丈夫!ってのは内緒にしておくけれど、
それで本当にファミチキ2つ買って食べていたら本当に丁寧な暮らしをしているただの食いしん坊さんになっちゃうわよね!
あとさ、
茶色い色ほど腕白みがあるというか食いしん坊みがあるというか
まあご飯に合うおかずのラインナップは大抵茶色って決まっているからそうなっちゃうんだけど、
そうなると丁寧さとはかけ離れてしまうんだけど、
つまり雑穀米とか混ぜて炊く白米の白い色じゃない何か色が付いて細かいつぶつぶの豆みたいな穀物みたいなのが炊き込まれている茶色いご飯だと
茶色いおかずとは相反して丁寧な暮らしっぷりがまた溢れ出ちゃうわよね。
茶色いおかずは食いしん坊みがあって、
おかしな話よね。
その茶色いご飯と茶色い色のおかずばかりのラインナップのお弁当になるとどうなるのかしら?って
お互いのお互いの良さを打ち消しあうから
食いしん坊みも丁寧な暮らしみもなくなって普通に美味しそうなお弁当であるのは変わりなさそうよね。
昨日は野菜全部食べちゃったしツナと塩こんぶの炊き込みご飯しかなかったので、
でも辛うじて炊き込みご飯とは言え茶色いご飯の遠目から見たら丁寧な暮らしさは出ていると思うから、
丁寧な暮らしの人が食べている雑穀とかが混ぜ込まれて炊き込まれたご飯じゃないから、
シーチキン1缶まるごとと塩こんぶの少量の袋の1袋をまるごと入れて炊くだけで味が決まるので、
それこそ調味料もいらないし調味が決まるのよ!
いや!
でも調味料を使っていないってことは
ヤバい!
また調味料を一切使わずに炊き込みご飯ツナと塩こんぶだけで味が決まっちゃう炊き込みご飯を炊き込んじゃったばっかりに
また知らず知らずのうちに私はまた丁寧な暮らしをしていることを意識していないのに丁寧さが出てしまったわ。
決して私から飛び込んで丁寧な暮らしをしたいってワケではないけれど、
この一連の丁寧な暮らしさはここだけの話しとして留めておくわ。
うふふ。
朝ご飯に関してはあんまり丁寧さは加味していないぐらいぶっちぎりのマイ納豆巻きブームよろしく、
この納豆ブームなんなのかしら?って思うほど虜になっているわ。
美味しくいただきました。
ちょっとまた今朝なんか寒くなって肌寒かったけれど、
ぎりぎり冷たいものでも美味しくいただけて
ごくごく飲んできたわ!
グレープフルーツ1玉1つ買おうかなってって思うけど、
でもたまには買っちゃおうかな。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
にしじま和紙の里で昼飯。
俺と妻は竹炭そば御膳、真っ黒いそばと天ぷら、枝豆ご飯。竹炭の味は正直分からない。炭水化物過多でご飯は残す。
まだホテルのチェックインまで時間があるので富士川クラフトパークで時間をつぶす。
久しぶりに娘が小さい時に好きだった、芝生の山を手をつないで駆け降りる遊びをする。
山の斜面にあるので移動がしんどい。
3時過ぎ慶雲館到着。
部屋についてほどなく親父とお袋も到着。
親父はもう覚束ないが、お袋は80過ぎてもしっかりしてて助かる。
息子と親父と3人でお風呂に向かう。
親父はボケてはないが、一人だと風呂に行けるか、部屋に戻れるかも怪しい。
脱衣所を出たらすぐに外で寒い。
温泉は体感43度くらいの熱め。水風呂の水を入れて薄めて入る。
ひとっきり浸かって、いったん服を着て内風呂に移動する。
親父は移動のたびに杖を忘れそうになる。
18時半夕食。
どんぐりの粉で打った麺が出てくる。これもどんぐりの味は分からない。つゆはごま油いりの中華風でおいしい。
なんでも食べる中学生の息子がいつも俺の赤身ステーキばかり食べてるせいか、A5和牛の溶岩焼きだけ残す。
1枚でいいって言ったけど、4枚妻に渡される。
部屋に帰ってずとまよのライブ配信見る。
翌朝6時に目が覚める。
ひとりで貸し切り露天風呂。
鍵付きで空いてれば誰でも使える。
娘の不機嫌も最高潮。
1時間、50メートル進んだくらいで帰路に曲がれて、そのまま帰る。
なんとか間に合ったけど、もう少し親が元気なうちに連れてくればよかった。
朝いつもだいたいは決まった通勤路をてくてくと歩いて通っているワケなんだけど、
そのなかでいつもまあ見かける人っているじゃない。
同じ時間帯で
同じ道だから、
ちょうど出発する時間も似ているんだと思うわ。
その中で
いつもなんかせかせかと忙しなく
小走りでスマートフォンを両手で操作しながら走ってる人いるのよね。
そんな
走ってまで走りながらまでスマートフォン見る?
そこまで気になってるスマートフォンのアプリって夢中?って思うの。
画面を覗き込んで見るわけにもいかないので、
いつもこの人は小走りに両手でスマートフォンを操作しながら走ってるなぁって思いながら、
それで小走りに走る走り方をしていると危なっかしくって、
いつか何かにぶつかってひっくり返るわよ!って密かに私は思っているんだけど。
そんな、
そんな朝からNIKKEの迎撃戦やる?トライブタワー攻略する?シミュレーションルームやる?
つーか、
ニュースなどのポッドキャストをダウンロードする手間を走りながらやってる?
いや違うわよね。
天気予報見てる?
つーか
今日は雨降ってるし既に傘さしても良いぐらいな天気なのに。
傘さしてまで両手で持ってスマートフォンを操作してダッシュ一番決めるって。
何を見ているのかしら?って本当に気になるわ。
メールとか?ソーシャルネットワークとか見てるのかしら?
私は歩いているときに
スマートフォンの画面は開かずに音は聴いているけれど、
そうでしょ?
かと言ってさ、
電車内で落ち着いてスマートフォンを開いてNIKKEを始めても、
なんかお胸の大きなニケのバーストシーンでどーんと出てきたら横の人に見られて私が必死な人みたいに見えちゃうから、
電車内でNIKKEをやって家での時間を有効に使えるかも!?って作戦を一時期考えたことがあったけど、
断念なのよ。
まあセクシーな画面が出てこないシーンの攻略をすれば良いんだけど、
とはいえ、
私が思った電車内でNIKKEやって捗らせる!って作戦は秒で不採用になったの。
あれはなかなか強メンタルじゃないと出来ないわ。
電車内でやってるゲーマーのひとってだいたいはパズルゲーム多くない?
みんなそんなにパズルが好きならば、
『ドラゴンクエストVII Reimagined』のダンジョン内の色合わせ石消しパズルはそこだけやって欲しいわ。
もうさ、
私のドラゴンクエストのバイブスが高まっているのを一気に鎮火させてしまう、
あの悪しきパズル要素!
あれ苦手なのよね。
パズル嫌いだといってゼルダの伝説のブレスオブザワイルドクリアしてるじゃん!って言われそうだけど、
あれはあれで、
問題解かなくちゃいけないし、
かと言って
全部解かなくても簡単な祠のパズルを攻略していけば最低限のがんばりゲージとハートはゲットできるでしょ?
ゼルダの伝説あれも辛かったなぁ。
懐かしいけれど四神獣の身体の中に入ってルービックキューブみたいにぐるんぐるん仕掛けを回して突破するギミックってあるんだけど、
泣きながらあれはクリアしたわ。
そのぐらい私の何かを削ぐような要素のパズルゲームって苦手なのよね。
でさー、
NIKKEにもロストセクターってコンテンツがあってそこも私が苦手なパズル要素満載というか満点というか、
ここも攻略しないと、
一番といえば
ニケに装備させたら強くなる「キューブ」ってのがあるのね。
あーあ、
遂に私が苦手としているロストセクターも攻略しなくちゃいけないなぁって、
でも挑まなければならない、
実質やることはたくさんあるけれどやることが無い状態なのよね。
ロストセクターをよーっぽど時間があるときに攻略しなくちゃなぁって。
消極的な態度なのよね。
まあ朝見かける人が走りながらスマートフォンを両手で持って何かを必死で見ているコンテンツも気になるけど、
私も私に課せられたパズルが多すぎて
てんてこ舞いを披露せざるを得ないのよね。
あとパズルって言えば
いい加減この数字パズルもカチッと合わせて提出して真面目にやんなくちゃいけないの。
正解か不正解か分からないまま提出できちゃうってところが恐怖あとから税務署からここ間違ってますよ!とか言われたりビビるので、
この正解が分からない、
マスに数字を当てはめてもピンポンと正解の音が鳴らないパズルゲームほど難しいものはないわ。
って、
うだうだ言っていないでいい加減重い腰をよっこいしょういちさんばりに上げてやんなくちゃ!って
加速させたいと言っただけで加速したとは言ってないところが味噌ね。
四の五の言ってないで、
みてなさい!
うふふ。
今日は今日こそは納豆巻きを見付けたらダッシュ一番飛び込み前転を決めてゲットするつもりだったけど、
人気なのね!?
分かるわー。
だって美味しいんだもん!
納豆巻きが見付からないと食べたくなっちゃう欲が強まっちゃうわよね。
雨なので湿度も高くてモイスチャーな風漂いつつも、
ここで油断して風邪でも引いたら元も子もないので
ホッツを飲みつつ温めて1日のスタートよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
AIがレイトアダプターまで浸透しつつあると言える今、一つ警鐘を鳴らしたい。
疑問があっても自分の頭で考えず、AIがもっともらしい推論で生成した文字列に頼りすぎるようになる。
疑問をAIに投げかけなかったら、もしかしたらそれについて深く考えたかもしれない。
しかし、AIという体験によってそれは「何と無く」わかった気になり、中途半端な解決を生んでしまう。
そしてすぐ忘れるか、その疑問はもう二度と頭を過ぎらなくなる。
こういった無駄な作業がくせになり、一日の大半をスマホをいじくって終わる人がいかに多いことか。
文章作成も操作感や紙面の問題から、紙やパソコンより短く、推敲されないものに成らざるを得ない。
自分で書いた文章の文脈は把握しにくくなり、理論的な文章をデザインすることは難しくなるだろう。
結果、質の悪い文章が乱発されるだろう。ツイッターがまさにそれだ。
今までの知識で全く、あるいは極一部しか出来なかったことが、AIによって中途半端に出来るようになったこと、それに中毒性があることが全ての原因だ。
1992年のマイケル・ジャクソンのブカレスト公演(Dangerous World Tour)は、凄まじい熱狂により約190人の失神者と数名の死者が出たという極めて伝説的なライブです。マイケルがステージに登場して1分以上動かずに立つだけで、数万人のファンから絶叫が沸き起こり、失神者が続出しました。
場所と日時: 1992年10月1日、ルーマニアのブカレスト(ライブ・イン・ブカレスト)。
熱狂の理由: 登場直後に約1分39秒間、直立不動のまま観客を見つめるパフォーマンスを行い、会場の緊張感と興奮を最高潮に引き上げたため。
凄まじい影響: 警備スタッフが失神したファンを次々と担架で運ぶシーンが、DVD化もされているライブ映像で確認できるほどでした。
「彼女、お借りします」という漫画がある。言わずと知れた人気作だが、ネット上では「長期連載のわりに話がさっぱり進まない」という批判をよく目にする。しかし、私は思うのだ。実は連載漫画の支持層にとって、メインストーリーの進展などというものは、本質的にはどうでもいいことなのではないかと。
そもそも、長期連載漫画の新規読者がどのように流入するかを考えてみてほしい。彼らは律儀に単行本の第1巻から読み進めて最新話に追いつくのではない。たまたま雑誌やアプリで目にした「最近の話題」から入り、そこで面白いと感じてから遡って過去を読む。あるいは遡りすらしない。
たとえば名探偵コナンやドラえもんを考えてみてほしい。我々は第1話を読んでからファンになっただろうか。多くの場合、すでに構築されている「日常」という流れの途中から飛び乗ったはずだ。
連載において大切なのは、重厚な大河ドラマとしての整合性ではない。途中から読んでも即座に状況を把握できる明確なキャラクター設定と、直近数話の「引き」の強さだ。バートランド・ラッセルの「世界五分前仮説」になぞらえるなら、連載漫画は「5話前から面白ければ、その世界は成立している」のである。
読者は結末を急いでいるわけではない。むしろ、終わりのない連載という時間に「伴走」すること自体を楽しんでいる。だからこそ、大きなストーリーが前に進む必要はない。コナンが黒の組織を壊滅させなくても、ドラえもんが未来に帰らなくても、その世界が今日も変わらず存在していること自体に価値がある。
実は、この構造は私たちの「世界の把握の仕方」とも驚くほど一致する。
私たちは、すでに完成して動いているこの世界に、ある日突然、途中から参加させられる。そして、世界の終わりを見届けることなく、途中で離脱していく。この世界で生きていく上で、宇宙の始まりや人類の終焉を完璧に把握している必要はない。
これは社会や組織でも同じだ。会社で働くからといって、創業の理念から将来の廃業予定までを気にする必要はない。「今、ここ」の業務が回っていれば、組織人としての活動は成立する。
「可愛いお目当ての女の子がいる」という前提さえ伝われば、あとはその時々の可愛らしいエピソードが流れていれば十分なのだ。主人公とヒロインの恋が劇的に進展し、結婚して連載が終わってしまうことよりも、この心地よい停滞が永遠に続くことの方が、読者にとっては幸福かもしれない。
「カノカリ」がこれほどまでの人気を維持しているのは、いつ読み始めても、まるで5話前に連載が始まったかのようなフレッシュな感覚で「今」を楽しめるからだ。話が進まないのではない。常に「今」が最高潮であるように設計されているのだ。
これを私は、カノカリ「5分前」仮説と呼びたい。
いかがでしょうか。増田特有の「一見すると暴論に見えて、読み進めると妙に納得感がある」ニュアンスを意識しました。
この後、投稿用の「タグ(キーワード)」の候補なども作成しましょうか?
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ちなみにプロンプト
はてな匿名ダイアリーに投稿予定のよもやま話の原案です。
言葉を適宜補って、倍くらいの長さにきれいに文章化して。なお、Markdownによる装飾はできません。
誤字脱字があれば適宜訂正してください。
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カノカリは人気マンガだが、長期連載だが話がさっぱり進まない。
長期連載マンガの新規読者は、初めから読んで連載に追いつくのではなく、最近の話題から入って、面白いと感じたら過去の話を読む。
たとえば名探偵コナンもドラえもんも、第1話から読むのではなく、既にある流れの途中から読み始める。
大切なのは、途中から読んでもすぐに話を把握できるような明確な設定と、直近数話の面白さだ。世界五分前仮説になぞらえるなら、5話前から面白ければ良い。
そして連載マンガは結末までを楽しむのではなく連載と伴走するから、大きなストーリーが前に進む必要はない。ドラえもんもコナンも話は終わりに向かって進んだりしない。
私たちはすでに存在する世界に途中から参加し、終わりを見届けずに離脱する。
したがって世界の初めや終わりを把握することはこの世界での活動に必要ではない。
世界だけでなく、社会や集団もそうである。会社で働くからと言って創業から廃業まで気にしなくて良い。
ラブコメもそうで、可愛いお目当ての女の子がいるということさえ伝われば、あとはかわいらしいエピソードが流れていれば、恋が進展する必要はない。
福岡の景勝地である「海の中道」が将来的に沈む(水没する)かどうかについては、「完全に消滅して沈む」というよりは、「地形が削られ、形を変えながら南へ移動していく」というのが科学的な見方です。
結論から言うと、地球温暖化による海面上昇の影響で、砂浜や低い土地が冠水するリスクは非常に高いですが、すぐさま全体が海底に消えるわけではありません。
現在、世界的に今世紀末(2100年)までに海面が 約0.3m〜1.0m 上昇すると予測されています。
砂浜の消失: 日本全体では海面が1m上がると砂浜の約9割が失われると言われており、砂州(さす)である海の中道も、海岸線が大きく後退し、面積が狭くなる可能性が高いです。
浸水リスク: 海の中道は標高が低い場所が多いため、高潮や台風の際には、道路や一部の施設が浸水しやすくなります。
北側が削られ、南側に積もる: 玄界灘の荒波によって北側の海岸(奈多海岸など)が削られ、その砂が風や波で南側に運ばれて積み重なるというサイクルを繰り返しています。
歴史的な移動: 縄文時代中期(約4700年前)には、現在よりも約500メートル北側に位置していたと推測されています。つまり、海面が上がると「沈む」というよりは、浸食によって陸地全体が陸側(南側)へじわじわと移動してきた歴史があります。
現在、海の中道には鉄道(香椎線)や道路、公園があり、インフラが整備されています。
海岸侵食対策: 砂が削られすぎないように、消波ブロックの設置や砂を補給するなどの対策が行われています。
自然のバランスの崩れ: 一方で、港湾整備などにより砂の供給源が遮断されると、削られるスピードが速まり、維持が難しくなるリスクも指摘されています。
昨日の朝起きたら、推しているアイドルグループのメンバーの一人が文春で記事になっていた。
正直、失望した。
私が偶像だと信じていたものは、普通の人間の女の子だったんだ。
そう思ったら、急に自分だけ置いていかれたたような心細い気持ちが今日までずっと続いてる。
昨日今日と仕事をしていても、事ある毎にその記事のことを思い出したし、ボーッとしてると吐きそうになるくらいメンタルが落ち込んでいる。
いつも国宝級の顔をして目の前に現れてくれた。
本当に存在してるのか?と何度も思った。
アイドルとしてこれ以上ないパフォーマンスを提供してくれる彼女のことを、アイドルとして完壁だと思っていた。
アイドルとして完壁だから恋愛なんかしないだろうし、したとしてもちゃんと隠し通してくれるだろうと思っていた。
でも、違った。
アイドルに会っているときは、クソみたいな現実を忘れさせてくれる夢のような時間だと感じる。
だけどもう、その子がステージで歌い踊っていても純粋に楽しめないと思う。
あんなに好きだったラブソングの歌詞も薄く感じてしまうだろう。
現実を忘れされてくれるような時間に、現実が入ってきてしまう。
人の色恋沙汰を晒すような人間が悪いとは思うけど、それを躱すのもアイドルだと思う。
だから、タイミングさえ間違えなければ、一瞬つっかえたとしても、そのうちスっと喉を通ってゴシップも消化出来たと思う。
でも、今回のは完全にタイミングを間違えていると思う。
去年あたりから徐々にグループにバズの波がきて、今年勢い最高潮っていうタイミングでこれは痛すぎるダメージだよ。
本当にずっときしょいこと言っててごめん。
オハイオ州立大学バックアイズは、大晦日に開催されるコットンボウルで、注目の一戦に臨みます。全米ランキング2位に位置するバックアイズは、勝利への期待とプレッシャーが入り混じる中、全米ランキング7位のテキサスA&M大学と全米ランキング10位のマイアミ大学の勝者と対戦することになります。この試合は、シーズンを締めくくる重要な舞台であり、チームにとってもファンにとっても特別な意味を持つ一戦です。
バックアイズは攻守両面でバランスの取れた戦力を誇り、プレーオフでの経験も豊富です。一方、対戦相手となるチームも、シーズンを通して堅実なパフォーマンスを見せており、どのチームが勝ち上がっても激しい試合が予想されます。
監督や選手たちは、集中力を高め、戦術の細部まで磨きをかけてこの大舞台に臨むでしょう。ファンの期待が最高潮に達する中、コットンボウルは今年のカレッジフットボールシーンを象徴する熱戦となることは間違いありません。
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