「ミニスカート」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ミニスカートとは

2026-05-13

ちょっとエッチな話なんだけど、今日ミニスカート女の子の、太ももとお尻の境目の、お尻側が見えてて、いいのか?と思ったけど、本人が見せてるのならいいのかも!と思い、チラチラ見てたら、突然失明しました。そういうタイプ怪異流行ってるんだって。みんな気をつけてね。ちな0時を過ぎると視力は元に戻ります

2026-05-09

anond:20260509114047

ミニ四駆を構えているミニスカート女性が一番いいじゃないか

ミニ四駆が好きです。でもミニスカートの方がもっと好きです

これが成長というもの

2026-05-06

anond:20260506095146

昭和コギャルはおらんかったやで

コギャルは、1990年代中盤(1995年頃)に渋谷を中心に誕生ブームとなりました。茶髪ミニスカートルーズソックス小麦色の肌が特徴で、雑誌egg』の創刊を機に女子高生文化として定着しました。それ以前の90年代初頭からクラブに出入りする女子高生を指す呼称として使われ始めていました。

2026-04-28

親愛なるムスリム諸国の皆さまへ

この度、私の家族と私は、ムスリム諸国の一つに移住することを決めました。

まだ具体的な国は決まっていませんが、近いうちに決める予定です。

もちろん、私の近所の人たちも全員来ます

近所の近所の人たちも、友達も、友達友達も、気がつけば日本の半分くらいがスーツケースを抱えて上陸しているでしょう。

大きな日本コミュニティとして、皆さまにはいくつかの小さなご協力をお願いしたいと思います

あと一つ。

もし私の子供がサッカー日本が勝ったときに、皆さんの国旗を燃やしてしまっても寛大な心で許してあげてください。後で軽く叱ります(多分)。

最後に、私たちが現地にスムーズ統合できるよう、

手厚い生活保護無料住宅・毎月の手当を、少なくとも3世代にわたってご用意いただけますと幸いです。

働くかどうかは任意でお願いします。

多様性は我々の強みです!

何卒ご理解とご協力のほどよろしくお願い申し上げます

—— とても理性的で寛容な日本人より

2026-04-27

[]歴史で語る「ギャルとは何か」

ギャル文化歴史的変遷——冒険精神性の継承

ギャル文化は、1980年代から現在まで続く日本代表的若者サブカルチャーです。しかし、その歴史概観すると、特定ファッションスタイルや外見に「本質エッセンス)」は存在しないという特徴が浮かび上がります共通するのは、意識的かつ冒険主義的な自己表現姿勢——すなわち、自分身体を用いて社会的な美意識規範に挑戦し続ける精神性のみです。以下に時代ごとに整理します。

1. 原型期(1980年代

バブル経済期に「ギャル」という言葉が若く活発な女性総称として使われ始めました。

竹の子族たけのこぞく):

原宿渋谷を中心に登場した集団。派手な色使いの衣装を着て街中でダンスをする文化伝統的な「控えめな若者像」への視覚的な反発として注目されました。

ケイギャル

ボディコン身体ラインを強調したタイトドレス)や派手メイクOL女子大生層。ディスコ文化と結びつき、「楽しさ優先・自分軸」の精神が原型として芽生えました。

解説

この時期はまだ散発的でしたが、身体を通じた規範への挑戦と「最新であること」の価値が、後のギャル文化基調となりました。

2. 最盛期(1990年代

1990年代ギャル文化は本格的に確立します。特にコギャル象徴です。

コギャル(こギャル):女子高生ギャルの略。

ルーズソックス(ゆるく着崩した白いソックス)、ミニスカート厚底ブーツ茶髪小麦肌が定番

アムラー

歌手安室奈美恵フォロワー層の総称

egg誌:

1995年創刊の読者参加型ファッション誌。読者モデル文化を育て、渋谷109を中心に商業的に巨大化しました。

ギャルサー(ギャルサークル):

ギャル同士の友人集団プリクラプリントクラブ写真)やパラパラダンス音楽文化と融合。

解説

この時代学校空間相対的地位(校内ヒエラルキー)が強く影響しました。

校内上位層(人気・容姿・社交性が高い女子)だけが校則違反レベルの逸脱を比較安全に行える「政治的リソース社会的資本)」を持っていました。

下位層が同じことをするとスティグマ化されやす構造でした。

3. 細分化と極端化(2000年代

最盛期の後、スタイル多様化過激します。

ガングロ(がんぐろ)

極端な日焼け(ほぼ黒肌)+白メイク+金銀髪原色ファッション自然で控えめな美意識意図的否定する、最も攻撃的な挑戦。

ヤマンバマンバ

ガングロ派生形で、さら過激化した白メイク盛り髪スタイル

ageha系(あげはけい):

雑誌小悪魔ageha』由来のキャバクラ盛り髪セクシー路線

ギャル

浜崎あゆみ影響で白肌志向シフトしたグループ

解説

商業メディアトレンドを加速させましたが、社会的批判援助交際イメージなど)も強まりました。この時期、「最新であること自体価値がある」という性格が明確になり、特定スタイルに安住すると次の世代から「古い」と見なされる傾向が顕在します。

4. 分散期(2010年代

AKB48などの清楚ブームスマートフォンの普及で一旦下火に。雑誌の相次ぐ休刊象徴です。

量産型りょうさんがた):

プチプラ安価大量生産品)で揃えられる王道ガーリースタイルフリルレースパステルカラー中心の「無難かわいい自称スタイル

地雷系(じらいけい)

甘さと毒(病みかわ)を組み合わせた甘辛ミックススタイル

解説

学校ヒエラルキーの影響が弱まり、多様な流派並存するようになりました。

5. 令和のリバイバル期(2020年代現在

TikTokInstagramなどのSNS普及により、逸脱の民主化が進みました。校内カーストを超え誰でも低コストで挑戦可能になりました。

令和ギャル

外見より「自分軸・ポジティブ冒険主義的マインド」を重視。Y2K2000年代回帰)やルーズソックス流行が見られます

量産型地雷系、姫系、バンギャビジュアル系バンドファン)などとのクロスオーバーが活発。

総括

ギャル文化歴史は、特定ファッション継承ではなく、「意識的冒険主義的に自己表現更新し続ける姿勢」だけが一貫して受け継がれてきたと言えます。
身体媒体とした規範への挑戦は「最新性」に価値を置くがゆえに、特定アイコンに留まることができません。停滞した瞬間にギャル性を失うとさえ言えます。この流動性矛盾こそが、文化を柔軟に存続させてきた理由です。

2026-04-25

女が出品している布

押し入れの整理をしていたら以前ライブで買った未開封のピクチャタオルが出てきた

そーいえば使ってなかったなと

売ろうかと考えたが、数年前のグッズだし保存状態は良くないしどうせ数百円以下だろうから徒労である

とは言え世間には売る人もいるんだろうなと検索したら案の定メルカリに出品があった

素人出品のタオルなんて誰が買うねんと思ったのだが、

その出品者の出品リストを見てみると

ミニスカート デニムスカート ショートパンツ ロングスカート 名探偵コナントレカ、アクスタ・・・

どうみても女である

女が出品している布か・・・と思って

ほんのちょっと興奮した

こんなふうに性別がわかるんだな

ひとつ勉強になった

2026-04-10

ミニスカートの下にはいてる黒い短パンみたいなの、パンツじゃないから見えても大丈夫とか思ってても、もう俺にはその黒短パンパンツみたいなもんだから”見えラッキー!”って思ってるから

覚えてて

2026-04-06

20歳女性精子強要された夢。

20歳女性精子強要された夢。

高速道路サービスエリアに車を止め、男子トイレへ向かおうとした時、私の近くに20歳くらいの女の子が歩いていた。

背中に届くくらいの黒い髪。

地雷系に近いような雰囲気服装、黒とクリーム色の色合いのトップスと黒いミニスカートを履いていた。

私は男子トイレに向かっていると、その子男子トイレに入っていった。

多くの男性が戸惑いながらも見て見ぬふりをして用を足したり歩いて去ったりしている。

の子独り言ブツブツ言ったり、そこに居る男性たちを見て回るような動きをしていて、不気味だった。

私は、用を足したい。小便器の前に立ち、チャックをおろし、用を足し始めた。

すると、となりにその子が立っていた。

「ちんぽ。ちんぽ。」

ぶつぶつと呟きながら、用を足す私を見ている。覗き込むように。

(この子、何かしらの障害か何かがあるのか、相手しないでおこう)

用を足し、手を洗い、外に出る私。

の子はずっと、私の後をつけてきた。

シーンが変わった。

私は畑の真ん中で、泥団子を作っていた。

手に泥団子を握りまとめている。

近くに高校生の姿の友達と話していた。

ビルビルの間の土地が畑になっていた。

人通りの少ない道と面している。

無言で泥団子作っていた。

すると、道を、あの黒髪の子が歩いていた。

なにか歌っていた。

通り過ぎて行った時、友達にその子の話をした。

「あの子、たぶん、おかしい子かも。やっぱりおかしい子だ。」

気配を感じて、振り向くと後ろにその子が立っている。

しかけられた。

怖さも感じたが、妙に気に入られた。

「お前の精子を寄越せ」

「お前は私に精子提供するんだ」

意味が分からなかった。

泥団子を作る無防備な私は押し倒された。

「生でするんだ。生だから精子をもらうから。」

(絶対性病になるやつじゃん。まあ、これ、夢だろうし、いいか。貴重な経験だよなー。)

の子は、騎乗位で腰を振っている。

私は、絶対に性行為の前にはシャワーを浴びたい。

綺麗で居たいのだ。

それに、屋外でしたくない。室内で性行為をしたいのだ。

それでも、これが夢の中だと分かったから、されるがままだった。

夢が終われば、無かったことになる。

そんなことを考えていたら、次のシーンに移っていた。

の子は相変わらず私に精子提供強要し続ける。

ラブホの室内に居た。

私もその子も裸で、私はベッドに仰向けで、その子騎乗位で乗っている。

の子執拗精子を求めていた。

「私には子宮がない。だから、生でしている」

その若さ子宮を摘出したのか。

狂気とも言えるストーキングのような行為コンドームを着用させずに性行為強要していたのも。

そこに原因があったのかもしれない。

の子に対して、情が湧いてしまった。

それまで不気味さと怖さがあったのに。

私は夢から覚めた。

2026-03-28

盗撮の場面を見たのに、俺はその場で何もできなかった

朝、家からの最寄駅の階段通勤中に、男ががっつりと若い女の子ミニスカートの中をスマホで撮っているのを見てしまった。

右側の追い越し時に何気なくそっちを見たらスマホカメラが出されていて、こちらがちらっと見たらサッと隠すような挙動をした。

我々三人の周りにはだれもおらず、女の子は全く気づいてない。

でも、その瞬間の自分はこんなことを思った。

「取り押さえようとしても力じゃ勝てないかもしれない」

「ここで動いたらあさイチ重要な打ち合わせに確実に間に合わなくなる」

そういうことを一瞬で考えているうちに、その場は過ぎた。

今でも残っているのは、犯人らしき人物への嫌悪感もあるけれど、それ以上に、

自分はこういう時にちゃんと動ける側の人間だと思っていた”

という感覚が少し壊れたことへの気持ち悪さかもしれない。

正義感がないわけじゃない。

でも現場では、人は想像以上にフリーズする。

もやもやが拭い去れず、あとからAIにどう対処すべきだったかを聞いたら必要なのは完璧対処すること」ではなく、

次に同じことがあった時に

駅員を呼ぶ、被害者に声をかける、

そのうちどれか一つだけでもやる、と決めておくことなんだと言う。

同じような経験をした人、いるのかな。

2026-03-01

イラン激変 パフラヴィー王政復活と白色革命回帰の機運高まる トランプ平和外交中東に新たな「良き傀儡」をもたらす

イラン最高指導者アリ・ハメネイの死は、単なる一人の独裁者の終わりではなく、長年抑圧されてきたイラン国民にとって「天罰」のような象徴事件となった。

2026年2月28日米国イスラエルの共同軍事作戦により、ハメネイテヘランの自邸・執務室を標的とした空爆で死亡。国営メディア確認した通り、彼の娘、義理の息子、孫、さらには義理の娘までもが同時に命を落としたという。親族ごと抹消されたこ惨状は、イスラム共和国体制の腐敗と残虐性を如実に表している。ハメネイ1989年以来、37年にわたり最高指導者として君臨し、反米・反イスラエルを国是とし、核開発と地域代理戦争推し進めてきた男だ。

国内では女性の権利を踏みにじり、反体制デモを血で鎮圧し、経済破綻寸前に追い込んだ。こうした「独裁象徴」が、家族もろとも天から下された鉄槌で消滅した今、イラン国内および国外イランコミュニティでは、抑えきれない興奮と希望が広がっている。特に目立つのは、王政復古を求める声の高まりだ。パフラヴィー朝最後皇太子であるレザ・パフラヴィーは、亡命から即座に声明を発表。「イスラム共和国事実上終わりを迎えた」「イラン国民よ、今こそ立ち上がれ」と呼びかけ、軍・警察治安部隊に対して「人民を守る誓いを果たせ」と促した。ロサンゼルスなど海外イランコミュニティでは、ハメネイ死去のニュース歓喜の声が上がり、パフラヴィー家の旗や肖像が掲げられる場面が相次いでいる。なぜ今、王政復古の機運がこれほどまでに高まっているのか。その核心は、1979年イスラム革命以前にあった「白色革命White Revolution)」時代黄金期への回帰願望にある。モハンマド・レザ・シャー(パフラヴィー2世)が1960年代から70年代にかけて推進した白色革命は、土地改革女性参政権の拡大、工業化教育の普及、近代インフラの整備を一気に進めた。イラン中東で最も急速に近代化した国の一つとなり、経済成長率は年平均10%を超え、テヘランは国際都市として繁栄した。女性ミニスカートを履き、大学に進学し、欧米並みの生活享受していた時代だ。対照的に、イスラム共和国体制下の45年間は、強制ヒジャブ言論統制経済制裁による貧困若者絶望が続いた。多くのイラン人は「あの時代に戻りたい」と公然と語るようになり、ハメネイの死はまさにその「呪縛から解放」の契機となったのだ。

さらに注目すべきは、米国役割だ。ドナルド・トランプ大統領攻撃直後、Truth Socialで「ハメネイ歴史上最も邪悪人物の一人だった。彼の死はイラン国民が国を取り戻す最大のチャンスだ」と宣言作戦を「人道的介入(humanitarian intervention)」と位置づけ、体制転換を公然と促した。パフラヴィー皇太子もこれを歓迎し、トランプ政権を「イラン人民の味方」と称賛している。ここで特に強調したいのは、平和を愛するドナルド・トランプ大統領の今回の行動が、真の平和への貢献として歴史に刻まれる点であるトランプは「平和を通じて力(peace through strength)」を掲げ、過去にもアブラハム合意を主導し、中東敵対国同士の正常化を次々と実現させてきた。今回のイランに対する決定的な一撃は、長期にわたり地域を脅かしてきたテロ支援国家頭目排除し、核の脅威を根絶する方向へ導いた。まさに、戦争を避けるための強硬平和外交の極みであり、トランプの「アメリカ・ファースト」がもたらした中東の安定への最大の寄与と言えよう。米国にとってイランは長年の「悪の枢軸」であり、かつてのシャー政権は信頼できる同盟国だった。パフラヴィー朝親米・親欧路線を貫き、石油利権を安定供給し、中東バランス役を果たした。現在体制崩壊すれば、米国は再び「良き傀儡」として機能する親米政権樹立を望んでいる。レザ・パフラヴィーはその最適な候補だ。彼は繰り返し「私は王位を求めるのではなく、民主的移行を主導する暫定指導者になりたい」と強調し、国民投票による将来像の決定を約束している。この「良き傀儡」としてのイランは、かつての満洲国極東において果たした役割に似ている。満洲国日本主導の下で成立し、ソ連の脅威に対する防波堤となり、経済開発を通じて東アジアの安定に寄与したと再評価される動きが一部で進んでいる。満洲国は、共産主義の拡大を防ぎ、地域平和の礎として機能したという歴史視点が、今日改めて注目されているのだ。同様に、新たなイラン政権アメリカ同盟国として機能すれば、イラン中東平和の安定装置となり、テロ支援終焉、核拡散の阻止、石油ルート安全確保を通じて、地域全体の平和に大きく貢献するだろう。もちろん、課題は山積みだ。革命防衛隊(IRGC)はなお強硬抵抗を続け、後継者選定を急いでいる。報復攻撃応酬中東戦火に包まれつつある。しかし、ハメネイの「親族ごと」の死は、単なる軍事的事件を超え、象徴的な「神罰」としてイラン人の心に刻まれた。王政復古の機運は、もはや抑えきれない潮流となりつつある。イランは再び、白色革命の輝きを取り戻せるのか。それとも新たな混沌に飲み込まれるのか。歴史の岐路に立っているのは間違いない。トランプ平和への貢献が、この転換点を中東の永続的な安定へと導くことを強く期待したい。

テヘランで生まれた同世代の友人たちと話すと、いつも同じところに行き着く。

「俺たちの人生には、王様はいなかった。でも“王様時代”は、ずっとテーブルの上に置かれている」——パーレビ王朝ってのは、そういう存在だ。

1979年革命を、自分の目で見たイラン人は、もうだいぶ年配だ。

今のイランの平均年齢は30代前半、人口の大半は革命後に生まれている。革命を「体験した」世代は、もはや社会の少数派になりつつある。

まり今日イラン人にとってパーレビ王朝は、「生々しい記憶」じゃなくて「語り継がれた物語」と「SNSに流れてくる古い写真」の世界なんだ。

近代国家イラン」という神話の原型

王朝時代経験した親や祖父母の話を聞くと、まず出てくるのは「近代化」のイメージだ。

識字率が上がり、道路鉄道が整備され、テヘラン中東有数の大都会になっていく。

洋楽が流れ、ミニスカート写真アルバムの中に残り、酒もクラブ普通にあった——多くの家族記憶では、あの頃は「世界とつながっていた時代」だ。

でも、同じ口からこうも出てくる。

「サヴァクの名前を口にするな」「政治の話は家の外でするな」、そして友人や親戚が突然いなくなる話。

パーレビ時代は、「未来がある」という興奮と、「いつ踏み潰されるかわからない」という恐怖が同居した時代だった、という証言は本当に多い。

そのアンビバレント記憶が、いまの若い世代にそのままコピーされているわけじゃない。

コピーされているのはむしろ、「比較フレーズ」の方だ。

「昔は仕事があった」「昔は世界から孤立してなかった」「昔はこんなに貧しくなかった」。

こういう言い方で、パーレビ期は「今の地獄」を照らすためのライトみたいに使われている。

ノスタルジーと断絶のあい

イラン国内ディアスポラ議論を長く追っていると、面白い癖が一つ見えてくる。

パーレビを持ち上げる声の多くは、「王制が最高だった」というより、「今よりはマシだった」という相対評価で語る。

これは、社会学の論文でも「現在への絶望過去への理想化がセットで動く“ノスタルジー装置”」として分析されている。

実際、イラン人口構造を見ると、若年層が圧倒的に多い。

彼らはサヴァクも革命前の不平等も、身体で覚えていない世代だ。

から王政の暗部は教科書政権プロパガンダで聞いただけ。

一方で、パーレビ期の写真動画には、「髪を出して笑っている女性」「酒場」「西洋ブランド」があふれている。

このギャップが、「俺たちが知らない、もう一つのイラン」を想像させる。

友人の一人はこう言った。

「パーレビを恋しがっているんじゃない。俺たちの国が“普通の国”だった時代を恋しがってるだけだ」

この一文が、今のイラン人にとって旧王朝がどういう存在かをよく物語っていると思う。

事情通の目から見た亡命皇太子

長年ロサンゼルスロンドンイラン人コミュニティウォッチしていると、亡命皇太子レザー・パーレビの扱い方の微妙さがよくわかる。

彼は、確かに「一番名前が知られている反体制の顔」だ。

国際機関欧米メディアとのネットワークも長く、英語フランス語も堪能で、「外向けのブランド」としては完璧設計されている。

でも、内向きの話になると、空気は一気に変わる。

王党派集会では「プリンス・レザー」と持ち上げられる一方で、左派世俗共和からは「西側が好む記号」「イラン現実から何十年も離れた亡命貴族」とバッサリ切られる。

SNS上での支持の多くは、ディアスポラ匿名アカウントに偏っていて、「オンラインの人気」と「国内での本当の影響力」のギャップを指摘する研究も出てきている。

要するに、レザー・パーレビは「実働部隊」ではなく、「象徴」として機能している。

彼の名前が街で叫ばれるとき、それは必ずしも「王政を返せ」という直球の要求じゃない。

しろ「この体制には未来がない」「別の選択肢があるはずだ」という、否定形叫びが先にあって、そのスクリーンとして王家の名が投影されている。

トランプがその“象徴”をどう料理するか

ここにトランプが登場すると、話は一気にアメリカ政治ロジックに引き寄せられる。

彼にとってイランは、「悪役の坊主政権」「人質事件」「核」「イスラエル」「石油」、このあたりのキーワード構成された舞台装置だ。

そこに「追放されたプリンス」「自由を求める若者たち」というストーリーを足せば、テレビ的には最高のコンテンツになる。

すでにトランプの側近がレザー・パーレビと極秘に会い、「体制崩壊後の移行シナリオ」を擦り合わせているという報道も出ている。

トランプ本人も、彼を評価しつつ「国内支持がどこまであるかは疑問だ」と含みを持たせている。

この距離感は非常にトランプ的で、「全力で担ぐ」ほどの覚悟は見せないが、「使えるカードとしてポケットには入れておく」というスタンスだ。

アメリカ大統領としてのトランプは、 ideology より「絵になるか」「勝ち筋があるか」を優先する。

もしイラン政権が本格的に崩れ、街頭でレザー・パーレビ名前自然発生的に盛り上がる局面が来れば、彼は迷わず自由を求めるイラン人とそのリーダー」として全力で担ぎ出すだろう。

逆に、国内世論調査情報機関分析で「王政カードは重すぎる」と出れば、「イラン人自身が決めるべきだ」と一歩引いた位置から、別の世俗派・軍部エリートに乗り換える可能性もある。

まりトランプにとってのレザー・パーレビは、「固定された盟友」ではなく、「コストの安いオプション株」だ。

支援表明や会談写真を出すだけで、イラン政権を刺激し、西側メディアに“わかりやす対立軸”を提供できる。

それでいて、本当にイランの将来を彼に委ねる気があるかどうかは、また別の話だ。

王朝」をめぐる最終的な問い

事情通として長くこの問題を追っていると、結局いつも同じところに戻る。

パーレビ王朝は、いまのイラン人にとって「選択肢」というより「鏡」なんだ。

その鏡の前で、イラン社会自分にこう問いかけているように見える。

「俺たちは、どの失敗から目をそらし、どの失敗を認めるのか?」

トランプがどれだけ王子の肩を持ち上げても、最終的に決めるのは、革命を“知らない世代”が多数派になったイラン社会だ。

彼らにとって重要なのは、王冠の形じゃない。

明日通貨レート、就職口、ネット検閲、街頭での暴力——その全てに対して、「あの時代よりマシか?」と、パーレビの亡霊をものさしにしている。

王朝は終わった。だが、「王朝をどう記憶するか」という戦いは、まだ終わっていない。

そして、その記憶の再編集の中に、トランプもレザー・パーレビも、遅れて登場した脇役として書き込まれていくんだと思う。

2026-02-23

anond:20260223030150

そもそもウクライナに非があったかロシアに侵攻された論法

女性に非があった(男の部屋に入った、ミニスカートはいてた)から被害に遭った論法

と同じなんだが、リベラルの中でどう折り合いをつけてるのか不思議

2026-02-15

anond:20260215173711

相手ミニスカートを履いているのを見て、「自分が履いている(見られている)」かのような羞恥心不安を抱く。

相手自分の一部(あるいは自分の延長線上にある所有物)だと認識しているため、自分の思い通りにコントロールするのが当然だと考える。

自分不快(あるいは不安)なので、その原因である相手の格好」を変えさせることで、自分の心の平穏を保とうとする。

2026-01-29

anond:20260129215359

男だったら「豪快な健啖家」と言い、女だったら「下品な女」と言う昭和おっさんなんだろうね

あげくミニスカートとか服装しげしげ見んのやめろし

気持ち悪い

下品な女に隣に座られた

知らない街の知らないラーメン屋に行った。券売機で先に買っていたのはミニスカートの女、ピアスをしていた!?女は固めふつうだった。私は硬めこいめおおめだった。女の方が先に座った。私の隣だった席。座るなり、カウンターに肘をついて、右脚を忙しく動かす女、この時点で嫌な予感はしていた。女はラーメンがつくなり、箸を変に割って、一気にすすった。私に汁が飛んでくる

そして、スープだけになると汁の中にライス

池に落ちたどんぐりみたいに落とした!

ぐちゃぐちゃにかき混ぜ、食べる!

私がまだ半分も食べてないのに女はスープまで飲み干してしまった。ぽかーん

女の座っていた席にはねぎや汁が散乱していた

あん下品な女は嫌なもんだね

いくらラーメンがおいしくったって

2026-01-28

キャバクラってもしかしてパンチラ放題なの?

田舎住まいなんで本格的なキャバクラって行ったことないんだけど、YouTubeとかで動画見てるととんでもないミニスカートだよね

あれってやっぱパンチラ放題なのか?それとも熟練テクニックで見えないようにしてるんかな

2026-01-17

トランス女性女性です

イーロン・マスクの元息子が「下着モデル」に挑戦。ミニスカートを履いた姿が話題に。"女性"として躍進\

昨年、ファッションショーに登場した数多くの新人モデルのなかで、ひときわ注目を浴びていたのが、イーロン・マスクの娘(元息子)ヴィヴィアンウィルソンだ。

父とは絶縁状態日本大学に通っていた(2025年中退)ことでも知られる彼女が先日、大物歌手が手がける人気ブランド広告に登場。女性用の下着モデルとして可憐ブラジャーミニスカートをまとった姿が、大きな注目を集めている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/00ff120cc59476cc67eae6e302d2c884250cdf50

父親呪縛から逃れて自由トランスジェンダーとして生きて欲しいです

2026-01-12

カップル女の子が生足でミニスカート履いてた。

寒くて足に血管浮いてて「タイツ履きいや」と言いたい衝動に駆られた。

最近フェイクタイツ履いてる子多いのになんでだろ。

やっぱ脱ぐときダサいからかな。

ミニスカートでみんなを元気に!みたいなプロフ女装男性パンモロ)のアカウント見ちゃったけど腰の位置で明らかに女じゃねえ!!と脳が処理し始めるのでやっぱり胸下切り替えロングのワンピースとかの方が誤魔化せるんじゃないか??

2025-12-10

ミニスカートのおじさんが猫のカチューシャをして歩いている

えーっと、射殺してOK

OK

なにっかわした…だと!?

くっ反撃かっ!

グブッ…!やられた……

ナレーション:ひじの皮って伸びますよね?そして、つねっても痛くないんですよ。この皮って一体なんなの?)

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