はてなキーワード: 既視感とは
エクソシストの映画の撮影前、主人公の神父役の役者が変死してしまう。その代役にアル中で業界を干されているラッセル・クロウが選ばれ、なんかうまく行ってない娘は付き人として撮影に参加。しかし、アル中で脳が委縮したラッセルはろくに台詞も覚えられないし体調も悪い。そうこうしているうちにラッセルの様子がどんどんおかしくなっていき、撮影現場では異変が起き始める。もやしこの映画は呪われているのでは、ラッセル親子の行く末は……
みたいな話。
ちゅ~~~~~~~~~~~と半端やなぁ(ちゃらんぽらん感)。
いや、やらんとしてることはわかるんよ。トラウマの苦悩、演技で自分を追い込むことによる変容、信仰の脆さ、親子の絆、そしてエクソシスト映画。でもこれらを全部やろうとした結果、全部中途半端になってる。
ラッセルは敬虔なキリスト教徒だったんだけどいつも通り幼少期に神父にケツ掘られててそれがトラウマになっている。その後、役者として大成するもトラウマから逃れるために酒と薬の日々を送り、妻が大病を患って死んだ際には更生施設に入っていて死に目にも会えてないので娘との間には距離がある。
そんな彼が皮肉なことに敬虔な神父の役をやることになってストレスはたまり、ディレクターからは過去のこと、酒浸りだけではなく幼少期のことまでをチクチク責められるしどんどん様子がおかしくなっていくが、そのうち本当に悪魔に取りつかれてしまう。
でもここの"役に押しつぶされる"展開がめっちゃ薄いから、悪魔に憑かれる展開へのジャンプがめっちゃ弱い。序盤からラッセルはずーっと鬱々してるし様子がおかしいから、悪魔に取りつかれておかしくなるっていうギャップが薄い。もろちん、これは悪魔?それとも本人?っていうサスペンスはあるんだけど見てる側からすればどっちでもよくね?ってなっちゃう。悪魔だろうが本人だろうが様子がおかしいのには変わりないし。
また、ラッセルが抱えているトラウマが作中で解消されるという展開もない。後半はもうずーっと悪魔に取りつかれて様子がおかしいラッセルが大暴れしていて、これを親子の絆で取り戻す展開かと思いきやまったくそんなことはなく。映画のアドバイザーとして参加していたプロ神父が「ワイがラッセルの中の悪魔を引き受ける!」つって悪魔を吸収し、ラッセルと娘、あとなんかぬるっといてた共演女優みんなでお祈りを唱えた結果、爆発炎上して終了。
別にトラウマの解消はそんなに簡単なものじゃないにせよ、何らかの進展があってもええやん。っていうか、あるべきでしょ。神父様の自己犠牲によって助かりました、まぁ、神父に性加害されたことがトラウマだったのが神父にもいい奴もいるんだよ!で和らいだという考え方ができなくもないけど。でもラッセル、悪魔に取りつかれた神父の脳天に十字架ぶっ刺してるんだよな……殺人だよ……ハッ!?神父の恨みを神父で晴らしてスッキリした!ってこと!?
どんな映画やねん。
信仰の脆さに関しては敬虔な神父として娘に寄り添いこの事件の解決に動いてくれてた神父が悪魔を吸収する際に、彼自身も父親である神父から強制的に洗礼を授けられた存在だったことがわかるんだけど、まぁ、だから何?って感じで。そのことが今回の悪魔祓いに特に有効に働く要素もなかったし。
そりゃ、俳優として神父を演じることで悪魔化したが本心で神を信じていたラッセルと、神父であることを強要されてある意味神父を演じていた神父という対比と、最後の最後で神父として神の御業を見せて大往生してよかったねって感じなのかもしれないけど、少なくともそう見えるように脚本が作られていない。
つーか、神父燃えて死んで次のシーンでラッセルがなんか手紙書いてるシーンで終わるの適当すぎないか。
結局何の話やってんってなるわ。
やりたいことがいろいろあるのはわかるけど少なくとも映画としての接続はうんちだったからか、かなり退屈だった。
まぁそんな感じかな。
あと冒頭から画面が一生薄暗いから目が疲れるしメリハリもなくなってると思う。ラッセルが悪魔に憑かれた表現も、今日日それ?って感じの既視感があるものばっかりでナンダカナーって感じ。ジャンプスケアはちょいちょいあるのでビックリホラーとしてはギリ楽しめるかな。
なので、まぁ、悪魔祓い映画コンプ勢にはギリオススメ。ラッセルが悪魔祓いする映画だったらヴァチカンの方を見た方がいいと思いました。
その2 前の続き
主人公の下呂くんは女性に免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザーの城崎は、見た目は美女だが実は男性という。
特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。
登場人物の名前は、他にも姫川や嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。
アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。
メシアニメは私の好物です。メイドさんもかわいいし、食べ物も美味しそう。
コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅(桔梗屋)、たまごボーロ(大阪前田製菓)、サトウのごはん(サトウ食品)、ポカリスエット(大塚製薬)、築地さとうビーフカレー(吉祥寺さとう)、おいしい牛乳(明治)、はちみつ&れもん(加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリーム(マリオンクレープ)など、実在する製品が多数登場。コンビニもセブンイレブンがそのまま描かれている。
食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常の「あるある」を挟むのもポイント。
おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。
担任の先生は可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。
でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。
ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。
これ、15分でいいかなー。
首を切ることで前世の力を引き出し、前世の偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション。
主人公は天下の大泥棒・石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。
「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。
人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。
舞台は静岡市。パーマンのコピーロボットのように、能力で生まれた自分のレプリカが学校へ通う物語。
レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。
5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。
〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である〜
幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。
幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係を繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。
サンデーならではの、「魔法使いが長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。
3年ぶりの2期。
異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族が移住してきて、村ができて村長になっちゃいました。さらに子供も出来ちゃった。
鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。
異世界でのんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的に農業や村開拓を続ける感じ。
4話で村民同士が戦う武闘会(お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。
きらら。秋田から東京のお嬢様学校へ編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。
住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいつもの可愛い女の子たちの日常コメディ。
客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。
荒川弘が描く幻怪ファンタジー。1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。
主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。
OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞・作曲・編曲をすべてVaundyが担当している。
冴えない陰キャだった頃の自分へタイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品。
主人公はコミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム」状態。
ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。
3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。
幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい
OPは前島亜美、EDは愛美。EDのアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。
主人公の女の子・スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師。
お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語。
スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。
「天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。
絵を描くのが好きだけれど才能がない光一。
絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利きの女の子、エレン。
仲がいい訳ではなかったが、結果的に光一がエレンの背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。
光一の社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ
テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった
OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズのWON’T BE LONGを思い出す歌。
1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独な人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。
今シーズンも地上波はテレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。
OPはSIX LOUNGE、EDは22/7。Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。
テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンがヒロイン。
『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングでサンソフトからゲーム化された作品。
夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。
過剰とも取れるオーバーリアクションや奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。
転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。
一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。
天才王子と自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー。
令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界のキャラクター。
乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン。
が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。
通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、
今作は、完璧なセシル殿下がバーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い。
感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。
EDの絵いいなー。
2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。
「愚者の奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。
ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品。
四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界のお話。
そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。
その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。
6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成。さくらの声の人の演技にちょっと感動。
それぞれのエピソードの終盤で登場人物の感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。
タイトルも内容もなかなかクセのある作品。現代アニメーションの見本市。
女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事を確認する。そしてまた転生しての繰り返し。
転生先の世界は毎回異なるクリエイターが担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。
特殊な映像や演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。
EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像が流れるのも特徴的。
女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。
お酒の豆知識をゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。
いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメな大人」になってしまいましたが。
EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式。
2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。
魔法至上主義の世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ」主人公が剣で活躍する話。
2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。
無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。
1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルなモンスターが登場したり、
今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。
まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは
2009年にKAT-TUNの亀梨和也でドラマ化されている。 美味しんぼのワイン版と表現するのは少し雑か。
1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロの声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)
話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。
田舎の空き家を管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語。
異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。
主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。
背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的に結構好きな作品。
めちゃくちゃ好きなんだが。
歌劇学校を舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。
話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代や場所も淡島・鎌倉・広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。
登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。
公式サイト(https://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。
同作者の過去作で、鎌倉が舞台だった『青い花』(漫画/2009年アニメ化)とも少しつながりがある。
1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。
勇者と魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、
こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。
さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか
なんかしょぼいキーホルダー
去年からしょぼくなった
一昨年まではマグカップだったのに
去年から原価300円の携帯カトラリーとかになって一気にしょぼくなって
とんかつわかばで食おうか迷ったけど食欲そんなになかったからみずほ銀行へ
めっちゃ行きづらい
1Fにシャネルの店があって入口にガードマンとかいてほえーってなった
地下のうどんやも引かれたけど、うどんに1000円以上はなあと思ってやめた
みずほのATMで小銭まで全部残高おろして、6Fのなんとか食堂で食べようかと思って店頭の看板を少しだけ眺めたけどなんか微妙でやめた
広いだけあって、また、久しぶりにいったのもあって、行きつけの店にないラインナップで楽しかった
カルト村で生まれましたの2作目と3作目をざっとななめ読みした
でも正直1作目には劣るなあ
内容自体は興味深いけど、立ち読みで読むボリュームではなかった
すんごく冗長で、入院して入院生活をすんごくあっさり書いておわった
さすがに引き延ばしすぎよ
あとがき担当してた人も書いてたけど、完全版というならヤンマガ版もいっしょにのせないとなあ・・・
ひゃくえむの完全版?もあった
でもこれ前もどっかで書いたけど川島誠の800とほぼ同じ感じで既視感あってつまんなかったのよな
パトレイバーが新装版だか愛蔵版だか2パターンあってうげーってなった
それでもう15時半すぎた
外のジャンク本コーナーを見る
悪魔の味方があってちょっと心ひかれるけど5巻しかないし駿河屋とかでも安く買えるとわかったからかわない
さすがにおいてなかった
WORKINGの1巻の初回盤があって迷ったけどやめた
まえ、1,2年前にかったオカルト学院のアウトレットもPS5に入れて再生すらしてないから
だいたいお高めだから買うつもりはなかったけど、近藤るるるの画集があってちょっと迷った
もうデジタルでも紙でももってんだけど、あまりにも安かったから。LR2冊で2100円くらい。
我慢。
プリキュアのとこ見る。地味に狙ってた初代のファンブックの改訂版があった。
でもどうせ高いんだろうなと思ったらなんと550円。汚れありXXありとかいろいろ書かれてたけどぱっとみでは全然普通の中古レベルっぽい
即確保
あとで開封して確認したけど、問題なさそう。むしろおまけのカードとかもついててラッキー。確かに少々ダメージはあるけど、普通に見る分には全然問題ない
設定資料集のページだけ国会図書館にコピー依頼しようかと思ってたくらいだったから、その金額と手間考えたら全然お得だったわ
電子なら2k、紙なら中古で3kするのを550円で確保はマジでうれしい
そこまで気になるのはなかったかなー
型月が相変わらず高いねって感じ
捨ていないととホロウアタラクシアのセットが状態悪いやつで17k、いいやつで35kくらいしてた
あとカーニバルもあった
箱のダメージあるけどそれでも30kくらい
河原崎家の一族2完全版がひかれたけど12kはたけーと思ってかわない
んで店でる
うーんと迷う
せっかくなら久しぶりに六本松にもいくかと思って向かう
でも結局歩きで帰った
六本松のぶこふは、画集コーナーと小説でか行とさ行をチェック まあ当然ないけども
ルーツレポを買う
途中でうどんマップ1回にでたとかいう手作りまるてんうどんの店があって引かれたけど我慢した
はかたぶこふで荷物受け取ってもうへとへと
それにしても森はやっぱりドラッグイレブンより格段に安いな
冷蔵庫ないのに
3500円ぶんくらい
そんで値段にして600円くらいでおなかいっぱいになってシャワー浴びて今
歩数は22k
だいたい15kmくらいか
毎日1万ぽあるくよりも食う量減らした方がいいんだよなあ
端的に言えば、この作品は秘封のパクリすぎやしないかという話である。
ここにおける秘封とは秘封原作および二次創作におけるテンプレまでを含めている。
まず裏世界ピクニックの大学生である主人公二人の空魚と鳥子は極端に言うと容姿と中身を入れ替えた蓮子とメリーである。原作では関係性は描かれないが、二次創作でよく絡められる旧作組に相当するようなブレーン担当および依頼人としてのサブキャラも出てくる。
この二人が異界に入り、都市伝説に出てくるような異形の怪物に襲われたりしながら鳥子の行方不明になった友人を探そうとするという話がメインストーリーであり、襲われる怪物ごとに章がおおよそ区切られている。
要は原作でいう鳥船遺跡であり、二次創作でも幻想郷を始めとした異界で蓮子やメリーが襲われて逃げたり立ち向かったりするのはよく見たものである。
空魚と鳥子は秘封と同様に常人が持たない特殊な能力を持つ(正確には作中で獲得する)のだが、これは作中の描写からして明らかにメリーの境界視と境界操作の能力を二人にそれぞれ分けたものだ。
何が気に食わなかったかというと、ここまでパクっておきながら作者のオリジナル要素の付与全然なかったからだ。
出てくる怪物たちもくねくねや八尺様といった既存の都市伝説からの引用だし、それらの存在についての深い掘り下げはあまりされていない。ホラーとしての描写も背筋が凍るようなものでもなく、追われる→立ち向かうって感じのただのパニックホラーだ。
秘封にあるような衒学的でウェットに富んだ掛け合いにも欠ける。
要は商業一次創作としてパクるのなら一回り大きな作品になるべきなのに、要素や描写が既に秘封以下の印象なのだ。
ぶっちゃけ、同人誌やそそわ、渋にある良質な秘封二次創作のほうが遥かに面白い。
秘封的文脈にこの作品が以後も従い続けるのなら、今後は百合展開や、片割れが1人で裏世界に勝手に向かったり、能力が暴走したりするのかもしれない。
私は最近になって本屋でこの作品を見かけ、あらすじがあまりに秘封すぎると思いながらも一巻の途中までを読んで、思ったよりも秘封のパクリすぎてびっくりするのと同時に読むのに飽きて中断してしまった。
「人がいるはずなのに、誰もいない不安感」「どこか既視感を覚えるが不安を掻き立てられる建築物や場所」とかの、誰しも覚えがある共通感覚で人気になっている。
大体Youtubeで紹介されるのが地方のバブル期などに作られた建造物で、「ここにはもう誰もいない」「文明が滅んだ後」とかシンプル失礼な紹介で映される。
ただ、こういう「人がいないことが特徴」って今の地方の観光資源になるのではと思った。
過疎だし。人いないし。
そう思って自分の出身の田舎を思い返すと、そもそも人がいないから建造物自体少ないし、人がいないことが自然だから何も不安感が無い。因習村ホラーしかできないなと。
インフラ系ヒロインがどうのこうのみたいな話を読んだけど、なるほどなと思いつつ、なんか既視感あるなと思ってたんだけど、あれ多分もっと単純な話で、灰原哀の方が毛利蘭より人気あるよねって話を、ちょっと言い換えてるだけなんじゃないかという気がしてきた。
蘭って別に悪いキャラじゃないんだけど、やっぱり「守られる側」だし、恋愛的なポジションの象徴として置かれてる感じが強い。一方で灰原は普通に役に立つし、情報も持ってるし、主人公の行動に直接関与してくる。読んでて「ありがたい」のはどう考えても灰原の方なんだよな。
で、これってつまり「かわいいだけのヒロイン」より「役に立つヒロイン」の方が好まれるようになってきたってだけの話なんじゃないかと思う。ツンデレとか、ちょっとめんどくさいヒロインとか、昔はそれ自体が魅力として成立してたけど、今だと普通にストレス寄りに感じることが増えてる気がする。なんでそこでわざわざ遠回りさせるの、みたいな。
多分だけど、これ恋愛観の変化とも地続きなんだろうなと思ってて、「専業主婦的な存在」より「一緒に稼いでくれる相手」の方がいいよね、みたいな感覚と似てる気がする。言い方は悪いけど、「女であるだけで価値がある」みたいな幻想が薄れてきてて、その代わりに「何してくれるの?」っていう目線が強くなってるというか。
もちろん現実の話をそのままフィクションに当てはめるのは乱暴なんだけど、読者の感覚としてはかなり連続してる気がする。可愛いのは前提として、それで何ができるの、っていう。
そう考えると、昔のラブコメってヒロインが障壁になることで成立してたんだなと思う。ツンツンしてたり、誤解があったり、すれ違ったり、そういうのを乗り越えるのが面白さだった。でも今それやると、単純にテンポ悪いとか、イラっとするって感想になりやすい。読者がもうそこに付き合ってくれない。
だから「村を焼け」じゃなくて「村を作れ」みたいな話になるのも分かる気がする。主人公の足を引っ張るんじゃなくて、むしろ加速させる側に回ってほしいっていう欲求があるんだろうな。
結局「インフラ系ヒロイン」って言葉で新しい概念みたいに見えてるけど、やってることは「役に立つヒロインが好かれる」という、わりと昔からある傾向が、今の読者の気分と噛み合ってより顕在化してるだけなんじゃないかと思う。
ヒロインが恋愛対象であることよりも、まず作品にとって有能なパーツであることの方が重要になってきてるというか、障害物じゃなくてブースターであれ、みたいな。
林鼓子が特攻兵テーマのミュージカルに出るって話で、SNSがちょっと荒れてた。
で、案の定というか何というか、本人や木谷高明のアカウントに「辞退しろ」的なリプが中国語で飛びまくって、最終的に出演辞退、という流れ。
まあこの手の話、内容そのものより「誰が騒いでるのか」のほうが気になる性分なので、いくつかアカウントを遡ってみた。
まず、ツイート数がやたら少ない。
アカウント作成はそれなりに前なのに、まともに動き出してるのが最近だけ、みたいなやつ。日常ツイートもほぼ無し。生活感ゼロ。タイムラインが薄い。
で、そういうアカウントに限って、日本と中国絡みの政治ネタになると急に元気に過激になる。
しかも語気が強い。やたら強い。普段何食ってんだよってレベルで急に饒舌になる。
さらに今回ちょっと笑った(というか引っかかった)のが、「林鼓子に怒ってるイカれている中国人アカウント」を見ていくと、そもそも過去にその人の話をしてる形跡がほぼ無いアカウントが混ざってること。
いや、別に新規ファンがいてもいいんだけど、さすがに“今回だけ急にキレてる人”が多すぎないか、とは思う。
もちろん、これで何かを断定するつもりはない。
たまたまそういう使い方の人もいるだろうし、見えないところで追ってる人だっているかもしれない。
ただ、少なくとも見える範囲だと
「普段はほぼ動かない」
昔からネット見てる人なら、この手の挙動に見覚えあるんじゃないかと思う。
最近「中国が日本のSNSに認知戦を仕掛けてきている」みたいなのがニュースになってたけど、
今回の件、まあそういうやつかな、という感想。
以上、ただの観察記録。
二期ものは引き続きよかった反面、新顔はいまいち伸びなかったかもな25冬アニメ感想。
凡例:
★★★★★:続編希望
★★★★☆:割と良いのでは?気に入った
★★☆☆☆:ちょっと残念かも、自分には合わなかった、記憶には残らない
★☆☆☆☆:何故これをアニメ化した?
2クールで終了。いい年した大人が仮面ライダーのコスプレバトルするヤバいアニメ。
はやみんが楽しそう。ラブコメってことになってるけどラブコメなのかはやや疑問かも。
もうオルン1人いればいいんでは…なオレTUEEEEeeee系。最終回で雑にネタぶっ込んできたけど明かされる日は来なさそう。
人類側がクズ過ぎて、さっさと滅んだ方がいいのでは?てなるやつ。救いはあるの?
英霊だらけの隠し芸大会!ポロリ(物理)もあるよ!を見せられた気分。
Fate世界観には疎いのでキャラ周りはよくわからんけどまたおかしな聖杯戦争(そもそも正常な聖杯戦争があったのか?)やってるぽいのはわかった。
こういう軽い主人公は珍しいと言えば珍しい…のか?お話としては特に何が起きるという訳でも無く、なんか良い感じに立身出世していく過程ぽいのでギャグアニメとして見るしかなさげ。
二期同様、一期よりもセクハラ演出が減ったので見やすくはなった感じ。
物凄く微妙な空気感、人間関係の機微を押し付けがましくもなく、安っぽくもせずに上手く描写するなと。良い作品でした。
途中脱落。abemaでは面白くない方の拷問とか言われてたが、マジの拷問をコメディにされてもキツいんよな。
5分枠のスピード感で駆け抜けるショートアニメ。勢いしか無いけどこういうのでいいんだよこういうので。
abemaのコメ欄が一番汚かったアニメ。謎の風呂ノルマがあるし一体何なんだこれは。
女神のカフェテラスと雰囲気が被りすぎでは。ラブコメは基本面白いけど、ラブコメそのものをネタにすると途端に面白くなくなる現象はなんなんだろうね。
作画が(落ち気味で)大変そう。ヒロインの魅力が一番わからないのが一番の問題な気がする。
懐メロノルマが毎回あるのかと思ったら無かったし、分割2クールでこれ以上まだやるの?!って思ったし、一体何を見させられてるんだ…?あと裏切り者はきちんと処すべき。
探偵モノでいいのか?と思ったけど一応は探偵モノっぽい。黒幕(?)を物理で倒して終わる探偵モノとは一体。
一番の問題作、デス紫陽花さん概念を生み出した功績は評価されるべき。1話、2話は面白かったのだけど、以降はポエミーな演出に凝りすぎててこれで本当にええんか?とはならんかったのだろうか。
一応完走してしまったけど、こういうのだったっけみたいな違和感がある。
ギャグ枠。転生とある癖に前世要素は皆無。何をやっても「さすがだノア」「すごいぞノア」「よくやったノア」を繰り返すので、abemaのコメ欄ではさすノア4回、すごノア2回みたいなカウントが行われた。
大したことのない発言でもさすノア、すごノアになるあたり、さっさと滅びた方が良い破綻国家なのは間違いないと思う。
低予算枠+のんびり系は相性が良さそうに見えて、山も谷も無い内容をより平坦に見せてしまうのだなという学びがある。
まさかのミステリー系で面白かった、のだけど登場人物が多過ぎて細かいところまで理解しきれなかった気がする。原作をかなり端折ってるらしい?
ご褒美が本編なのでそれ以上でもそれ以下でもなく。
これは百合枠でいいの?ヘルモードな体験しすぎてない?ひたすら重いので追放ざまぁ展開ぐらいは欲しかった。これも最後に色々詰め込まれたけどわからんこと多過ぎ。
一体誰がこの企画を通したんだ枠。80年代のノリを令和に蘇らせて何がしたかったんだ…
経験値稼ぎがヘルモードであって、展開としては言うほどヘルモードかなあ。
卵だったのは実質1話だけ、あとは進化していく既視感あるやつ。単調が過ぎる。
青エクのようでいてそうではないやつ。SNSネタを使う割にいまいち盛り上がらず。おれたたエンドだったので二期は無さそう。
人外っていうかケモ枠。1クールかけて卒業するのかと思ったらまさかの途中退場あり、しかも卒業したキャラは再登場なし。
主人公のトラウマの原因になったキャラの言ってることが何一つ理解できなかったんだけど、これがメンヘラ地雷女思考ってやつなのか?
原作者が勇者刑に処すと同じってどういうことだよ枠。1クール目までだと正直まだ何とも感があるけど継続視聴かな。
これが夕方アニメ枠とか正気か?ってぐらいにグロイ+酷い設定が出てきたんですが。こういうのはちゃんと深夜枠でやろうよ。
悪役令嬢要素一体どこ????ひたすらイチャイチャなので、女性向けお隣の天使様みたいなものだと思う。
安定の面白さ。そもそも何故、王国と魔王軍が戦ってるか謎だし、王国は負けても何も困らないのではとか思ってしまう。
原作最大の見せ場きましたー!ここで終わっておけばみんなハッピーだったね。
面白いのだけども1期程のインパクトはなかったかも。シュタルクが不死身になりつつあるのでもしかしなくてもギャグアニメでいいのでは。
上位入れなかった子の「お母さんに遠くまで送って貰ってるのに…」みたいなセリフとか、スポ根の皮を被せてはいるけどフィギュアスケート界隈の怖さがところどころ出てくるのがやっぱり怖い。
地政学的な文脈で見るという前提ではありますが、朝鮮半島を舞台にした「大陸勢力 vs 海洋勢力」の衝突という構図は歴史の中で形を変えて繰り返されています。
朝鮮戦争を「第3次日清戦争」と捉える考え方は、歴史ファンの間でも一種のメタファーとして語られることがありますが、正確には「役者が入れ替わり、規模がグローバル化したアップグレード版」と言えるかもしれません。
いくつかのポイントで、その共通点と決定的な違いを整理してみましょう。
朝鮮半島は、大陸(中国・ロシア)にとっては「海への出口」であり、海洋勢力(日本・アメリカ)にとっては「大陸への足がかり」です。この「半島というチョークポイント」を巡る争いという点では、まさに日清戦争と同じ構造です。
※日本は直接参戦していませんが、米軍の「後方兵站基地」として事実上、海洋勢力側の不可欠なパーツでした。
一方で、朝鮮戦争には「日清戦争」という枠組みには収まりきらない20世紀特有の複雑さがあります。
日清戦争は「帝国主義的な利権と影響力」の奪い合いでしたが、朝鮮戦争は「共産主義 vs 自由主義」という、世界を二分するイデオロギーの衝突でした。単なる国の領土問題ではなく、「どちらのシステムが世界を支配するか」という聖戦の側面があったのです。
主役はあくまでアメリカです。もしこれを無理やり名付けるなら、「米中戦争の朝鮮代理戦争」の方が実態に近いかもしれません。
日清戦争当時は、朝鮮(李氏朝鮮)の意向は二の次で、大国が勝手に戦っている側面が強かったです。しかし、朝鮮戦争は北と南がそれぞれの正義を掲げて激突した「内戦」からスタートしています。ここに外部勢力が「介入」したという形です。
| 項目 | 日清戦争 (1894) | 朝鮮戦争 (1950) |
|---|---|---|
| 大陸側主役 | 清(中国) | 中国(義勇軍)・ソ連 |
| 海洋側主役 | 日本 | アメリカ(国連軍) |
| 日本の役割 | 当事者(プレイヤー) | 後方基地(サポーター) |
| 主な争点 | 朝鮮への宗主権・権益 | イデオロギー・冷戦の主導権 |
地政学の文脈では「朝鮮半島の支配権を巡る大陸と海洋の衝突」という歴史のテンプレートになぞらえられる朝鮮戦争は「第3次」に見えます。
ただ、日本が「戦う主体」から「アメリカの盾であり工場」へと変化したこと、そして核兵器の影がちらつく冷戦構造であったことを踏まえると、「日清戦争の皮を被った、実質的な第3次世界大戦の局地戦」と呼ぶのが、より現代的な解釈かもしれません。
故あって、初めてあいみょんの『マリーゴールド』をきちんと聴いた。
筆者はあまり日本のポップスに詳しいほうではない。一応聞くけど、まあコーネリアスだったり坂本慎太郎だったり、「サブカルクソ野郎」的なものをよく聴いているタイプだ。洋邦問わず聞くという自認ではあって、最近は個人的にロカビリー再評価ブームがきていてWild Roostersをよく聴いている。あとはモッズ、モッズが参照しているサザン・ソウルなんかを好んで聞くし、過去の音楽ではなく現在のものだとX-Over Jazz系をよく聴いている。Greg Speroとかね。そういえばKIRINJIの新譜よかったよな。リズム隊の「生感」がいままでで一番いいんじゃない?
で、そういう筆者が、故あって『マリーゴールド』をまじめに聴いたわけだ。聴く前の印象は「無難」「予定調和」「日本人の脆弱性を突いている」というような印象を持っていた。じっさい、コード進行、メロディ、アレンジにおいては、完全に「変」なところがない。こんなの「すでに刷り込まれたもの」を日本人に耳にぶち込んだら全員「好き〜」ってなるやつじゃん。という。まあ唯一アレンジにおいては逆再生? ボリューム奏法? がギミックとして仕込んであって、この手の保守的なポップスにおいてはちょっとおもしろいギミックだな、尖ってんじゃんと思った。思ったけれど、それ以外については全て「既視感マックス」の楽曲ではあると思ったし、それを覆すほどの強度のあるギミックではないよね。とはいえ、この「既視感マックス」をやるのってべつにそう簡単なことではないし、それをやるのはすごいんですよ。すごいんだけど、冒険心のない、「もうみんなが知ってて警戒心を持たなくてもよくてパッと入ってくる」という意味でたいへんに「日本の音楽文化で育ってきた人たちの心にスッと入っていく」脆弱性を突いたつくりの曲という意味では意外性やひっかかりが全くない曲だな、というのは、聴く前に持っていた印象とあまりかわりがなかったんだよね。
けど、一箇所だけ「え、まじ?」ってなって引っかかった部分があって、それが「むーぎわらの〜、ぼうしのきーみがゆれたマリーゴールドにに、てる」の部分。「に、てる」ってそこでブレス吸うんか!? おなじメロディーのところでは全部こういう「文節の切断」が起こっている。こういう、文節をブレスやフレーズを切っちゃうやりかたっていうのはまあ今までもやられなかったわけではない。宇多田ヒカルの「な、なかいめのべ、ルで受話器を取った君」もだいぶへんなところで切ってる。けどこういうのってあんまり「伝統的で既視感マックスで保守的な"歌謡曲"」でやることってあんまなくない? そこにぼくはちょっとアンバランスさを感じて「ひっかかり」を得たんだよね。
ポップスにおいて、この「ひっかかり」ってのはかなり大事だと思っていて、「なじみのある感じ」と「ひっかかり」が両方あって初めて「ポップスとしておもしろい曲になる」と思うんだよね。何度も言うけど、べつに「文節を切っちゃう歌い方」ってこれがはじめてじゃなくて、いろんなところでやられているけど、これだけ曲もコードもアレンジも保守的な「歌謡曲」で、こういうことをやられているのは結構大きな違和感としてかなり仕事していると思う。
で、これが意図的なのかどうかはわかんないんだけど、めちゃめちゃいい違和感じゃんこれ、とぼくは思ったわけ。この文節のぶったぎりがなければ、「凡庸な歌謡曲」で終わってもおかしくないところを、この文節ぶったぎりがそうさせていない。逆に、アレンジ、コード進行、メロディどこかに「斬新さ」があったらこの文節ぶったぎりは「あ〜はい、そういうジャンルね」で回収された気がする。そういう意味で、「基本全部めちゃめちゃ保守的」に、一箇所だけ「保守的じゃないやん! という違和感」を忍び込ませている構造はかなり「新しいしキャッチー」を成立させているな〜って思ったんだよな。
最初に書いた通りぼくは日本のポップスあんまり詳しくないから、的外れなこと言ってるかもしれない。けどぼくは「あいみょんって要するに懐メロの焼き直しでしょ」って思っていたことを懺悔したい気持ちになったよ。という記録
ランキング上位に来るボケは、既視感のあるものや「そんなんで良いの」と思ってしまうものが多く、正直遊んでいてあまり面白くなかった。「被りそうだから」と避けたアイデアが、むしろ1位になることすらあった。
このサイトでは上位のボケを分析し“正解パターン”を探るような、いわば受験勉強的なアプローチが広がっているように見える。
その結果、上位プレイヤーは純粋な面白さを追求しているというよりも、全体の評価基準に最適化したボケを量産しているのではないかと感じた。
率直に言えば、上位勢は「面白いから評価される」のではなく、「評価されやすい言語で、下の層に刺さるボケ」を選んでいるように見える。
その環境では、「自分が本当に面白いと思うものを出す」というスタンスでは評価が安定せず、結果的に運の要素が大きくなる。
これは、現代のインターネット大喜利にうまく適応できていない自分の愚痴でもある。
『鳴潮』3章3幕のエイメスのストーリーが泣けるとかって話題になってる。
それを見てオタクたちはわんわん泣いてて、感動したとか言ってる。
SNSで一体感を感じるためにそういうこと言って盛り上がってるのかなと思ったらどうもそうじゃないっぽい。
「こんなすごいストーリー見て泣けないやつは人生経験が足りない」とか「感動できないやつは教養がない」とかいろいろ言ってる。
でもこういう陳腐なストーリーで感動できる人ってあまり本読んだりしてないんじゃないかなあ。
読んでたとしてもなろう系とかラノベばっかりとか。
美少女の自己犠牲で悲しいですねえ、つらいですねえ、泣けますねえって、それ高学歴層には冷ややかに見られるタイプの物語なんだけど。
そもそも大学行ってたら感情移入して物語鑑賞するっていう作法は自然に捨てることになるわけだよね。
でも俺って頭いいですみたいなスタンスのオタクたちが美少女に感情移入して泣いてるんだから不思議だなって。
そういうお仕事だよね。
ご苦労さまです。
いろんな本をたくさん読んだり人生経験積んでたらこういう陳腐なストーリーで感動して泣くなんてありえなくない?
なんか既視感あるなあと思ったけど、これって「Fateは文学」「AIRは芸術」「CLANNADは人生」とかのあれだよね。
昔から陳腐な美少女ストーリーに感動してしまうオタクはたくさんいたけど、現代でもそうらしい。
しょうもない御涙頂戴で感動して泣いて、自分はすごい経験をしたんだって思うのはいいけど、そういうのは高校生までにしておきなよ。
推しキャラだから完凸しましたってさあ、完凸安いからっていうけどさあ。
なんかもう宗教みたいになってて怖い。
教養のないいい年したおじさんおばさんたちが美少女自己犠牲御涙頂戴ストーリーで泣いて10万20万と課金してる。
怖いよ。
怖い。
ビル・ゲイツがロシア人女性との不倫を認めた、というニュースを最初に見たとき、正直、あまり驚かなかった。
世界のどこかで、また男が「過ちを認めた」のだな、くらいの感想だった。
でも、その記事を読み進めていて、ふと手が止まった。
「文書が公開されたあと」「批判が高まったあと」「財団の信頼が揺らいだあと」になってから、不倫を認めた――と書かれていたからだ。
ああ、この順番、知ってる、と思った。
*
数年前、夫が浮気を認めた夜のことを、私はいまだに鮮明に覚えている。
きっかけは、私が見つけたメッセージだったけれど、彼が認めた理由は、私の問い詰めだけじゃない。
「これ以上は隠せない」と、彼自身が判断した瞬間だったのだと思う。
あのときの彼の言い方と、ゲイツの発言が、妙に重なって見える。
「全部が全部、書いてある通りじゃない」
「でも、関係があったのは本当だ」
うちの夫も、最初にそう言った。
ゲイツは、ロシア人女性二人との関係を認めて、エプスタイン文書の核心部分は「完全な虚偽だ」と否定したという。
うちの夫は、「体の関係は一回だけ」「本気じゃなかった」「向こうが勝手にこじらせた」と、細かく“線引き”を始めた。
彼がおこなっているのは、「謝罪」でも「懺悔」でもなく、自分の人生のダメージコントロールなのだと、どこかで理解してしまったからだ。
……バカみたいだ、本当に。こっちの気持ちは、どこに入ってるんだろうって。
*
画面の向こうで、ものすごい額の資産を持った男が、「過ちは認める」とそれっぽい顔で口を開いているのに、その話し方が、何年か前に目の前でしゃべっていたうちの旦那とほとんど同じだったからだ。
あの夜、彼はテーブルの上に両手を並べて、「ちゃんと話すから」と言った。
そのとき私が聞きたかったのは、「どれくらい反省してるか」じゃなくて、「どこからどこまで本当のことを言うつもりなのか」だったのだと、今ならわかる。
何を認めるか。
どこまで認めるか。
そして、彼は決めたのだ。
「全部じゃないけど、正直に話す」と。
全部じゃないけど正直って何それ。
こっちは全部くらってるんだけど。ぜんぶ、ね。
*
ゲイツのニュースを読んでいると、「ロシア人のブリッジ選手」「核物理学者」といった肩書きが、いかにも“ドラマ”っぽい。
どこにでもいる同僚で、どこにでもいる既婚女性で、どこにでもある会社の飲み会から始まった話だ。
派手さは違う。
資産も違う。
関わっているプロジェクトの規模も、世界への影響力も、まるで桁が違う。
それでも、「追い詰められてから“必要な分だけ”正直になる」という構造は、驚くほど同じに見える。
夫は、「全部話す」と言いながら、全部は話さなかった。
それがわかったのは、あとになってからだ。
そのとき私は、不倫そのものよりも、「話さない領域」を彼が勝手に決めていたことに、いちばん傷ついたのだと思う。
なんでちゃんと「ふざけんな」って言えなかったんだろう。
冷静ぶって、淡々と話を聞いて、大人みたいな顔をしていた自分が、今はむしろ腹立たしい。
*
ここまで認めるのはすごい、と。
確かに、あの立場で、不倫を認めるのは大きな決断かもしれない。
でも私は、どうしてもそこで拍手を送る気になれない。
文書が出なかったら、彼はきっと何も言わなかっただろうからだ。
うちの夫もそうだ。
あのメッセージを私が見つけていなければ、彼は今も、「ちょっと不機嫌なときもあるけれど、真面目な夫」として振る舞い続けていただろう。
彼自身の罪悪感ではなく、「外からの圧力」がない限り、正直になる理由なんてどこにもなかったはずだ。
それを“誠実”って呼べる? 呼べないでしょ。
…呼びたくない。少なくとも私は。
*
浮気の告白の裏にある“真意”なんて、たぶん本人に聞いてもよくわからない。
そんな言葉は、うちの夫も、世界のどこかの誰かも、何度でも口にする。
でも、本当に守りたかったのは何だったのか?
と冷静に考えると、それはたいてい、
の順番だったりする。
ゲイツは、インタビューで「財団やプロジェクトを守りたかった」と語った。
うちの夫は、「仕事に影響したら困る」「子どもに知られたくない」と繰り返した。
どちらも、間違ってはいないのだと思う。
ただ、そのリストの中で、「私の気持ち」がどの位置にあったのかは、最後までよくわからなかった。
わからないまま、「ごめん」と「ありがとう」だけ言って、なんとなく続きを選んでしまった自分もいて、それもまた苦い。
*
ビル・ゲイツのニュースを見るたびに、私はあの夜のテーブルを思い出す。
冷めかけた味噌汁と、途中で箸を置いたままの夕飯と、やけに真剣な夫の横顔。
彼はあのとき、自分なりに「正直になろう」としていたのだと思う。
でも、それは、「私のため」というより、「自分がもうこれ以上追い詰められないため」の正直さだった。
うちの夫も、きっと同じ分類に入る男なのだろう。
それを許すかどうか。
受け入れて一緒に生きるのか、別の道を選ぶのか。
その答えは、人の数だけある。
私はまだ、自分の答えを決めきれていない。
ただひとつだけはっきりしているのは、