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はてなキーワード: 密度とは

2026-05-10

NTEのいいところ

都市設計

リアリティを出すと建物密度が減る(道路割合が増える)ところの設計が非常に上手い

冷静に考えるとめっちゃ道路多いはずなのに、配置と機能でごちゃごちゃ感を出すのが上手。

現代なのでチェーン店蔓延ってるのは当たり前なので、同じ看板の店があちこちにあって、実際に買い物もできる。

でもマップには表示されていなかったり、していたり、体感の密集度の確保が良くできている。

あと現実のパロもあちこちあって見どころがある。町レース対応道路構造アップダウン気持ちいい。

2026年ベスト街暫定グランプリ

ホラー要素

結構珍しいと思う。割とガチ目寄りのホラークエストがいくつも盛り込まれている

正直大衆向けゲームでは珍しい。俺は怖いかほとんど進めてない(たぶん必須要素もあるので避けられない)

かわいいキャラクタもいる

好みの問題はあるにせよ、生活要素部分のキャラクターの動作はおおむねかわいい

あと追加スキン周りも秀逸で、キャラクターとの生活ゲームとしてもやっていけるポテンシャルがある。

視点カメラ

珍しくFPSTPSと切り替えられる。

ここから着想を得たのかは知らないけど、使い方が上手い。

ホラーでは強制FPS、込み入った街だとカメラ建物に当たるのか圧迫感が出る、乗り物で速度出すと少し引く、

ここら辺の使い方がこなれていて、ゲーム側の立体物も良く設計されている。カメラはただの機能じゃなく意識されている

生活要素

カフェ経営とかシェアデリバリーとか釣りとか、ミニゲームとして楽しめるくらいには成立している。

とくに買った車でタクシーできるのは、シンプルだけどいいアイデアだと思った。

町ゲーとして95点

戦闘があまりにもカスとか翻訳品質カスとか色々文句はあるけど、良いところは良い

2026-05-07

囲碁量子力学

似ていると感じるポイントは、どちらも「局所的には決まっているのに、全体としては確率的・関係的にしか見えない」という構造を持っているところだと思います

まず囲碁は、ルール自体は非常に単純です。石を置く、囲む、取る。それだけです。しかし実際の局面になると、「この一手が本当に良いのか」は局所だけ見ても決まりません。盤全体との関係価値が変化します。

量子力学も似ていますシュレディンガー方程式のような基礎法則は明確ですが、観測される現象は「状態のもの」ではなく、状態間の関係確率として現れます

特に似ているのは次のあたりです。

囲碁では、一つの石は単独では弱いですが、離れた石同士が“連携”すると急に意味を持ちます。盤上の勢力は、個々の石の足し算ではなく、配置全体の相関で決まります

量子力学でも、粒子は独立した点として扱うより、「状態の重ね合わせ」や「エンタングルメント量子もつれ)」のように、系全体の関係性として扱うほうが本質に近いです。

まり両方とも、

「要素単体には固定的意味がなく、全体との関係意味が決まる」

という世界観を持っています

さらに、囲碁の「厚み」や「模様」は、まだ確定していない潜在的領域です。現時点では地ではないけれど、将来どちらにも転びうる。

これは量子的な「重ね合わせ」にかなり感覚が近いです。

たとえば中央の模様は、

地になる可能

攻めに使われる可能

逆に弱点になる可能

を同時に含んでいます

観測されるまで状態が確定しない量子状態ほど厳密ではないですが、「価値が未確定で、多義的存在している」という感覚はかなり近い。

あと、囲碁AI人間棋士に与えた衝撃も、少し量子力学っぽかったです。

人間は長く「石はこう働く」「定石はこういう意味」と比較古典的理解していました。しかAIは、「局所的には変に見えるが、全体相関で最適」という手を大量に打った。

これは、古典物理直感が量子世界で崩れる感覚に近いです。

局所合理性より、非直感的な全体系最適が勝つ。

最後に、もっと抽象化すると、

将棋チェスは「物体力学」に近い

囲碁は「場の理論」に近い

とも言えます

チェスは駒ごとの性能が強く定義されていますナイトルーククイーンという“粒子的”世界です。

囲碁は逆で、石そのものにはほぼ性能差がありません。意味は配置と密度から生まれる。これはむしろ電場波動確率振幅みたいな「場」の感覚に近い。

から囲碁量子力学っぽい」という直感は、単なる雰囲気ではなく、

局所

関係

潜在状態

全体系依存

局所直感破綻

あたりの共通構造を、人間無意識に感じ取っているのだと思います

2026-05-06

毎日新作おすすめ 11

11弾となる今回は非日常世界観と極限の美学が交差する3体をお届けします。鮮やかなおもちゃ箱から飛び出したようなポップな愛らしさ、危険香りを纏うダークビューティー極致、そして視覚限界に挑むようなプロポーション化身。それぞれが異なるベクトルで極められた造形美と世界観に酔いしれる特別ラインナップをご堪能ください。

公式ストア:https://www.karendoll.com/

1. SHEDOLL 江小棠2.0

等身大ドール SHEDOLL 江小棠2.0

鮮やかなピンク世界観に包まれたSHEDOLL 江小棠2.0は、まさにバービー人形現実世界に現れたかのような強烈なポップさと華やかさを持っていますカスタムメイクが施された美しい顔立ちは、愛らしさの中にどこか小悪魔的な色気を秘めており、見る者の心を強く惹きつけます。

160cmの均整の取れたスタイルCカップの美しいバストラインが、この非日常的なコンセプトを完璧バランスで成立させています精巧な造形と鮮烈な色彩が織りなす、甘く危険な魅力に満ちた1体です。

https://www.karendoll.com/product/syaotann-beauty-she/

2. AITIA DOLL 2.2CFシリーズ 紫罗兰

美人フェイス

漆黒ストレートヘアと深紅の瞳が織りなすコントラストが、見る者をたちまち非日常空間へと引き込むAITIA DOLL 2.2CFシリーズ 紫罗兰。背景に張り巡らされた警告テープが暗示するような、少し危険ミステリアス雰囲気を纏う彼女は、洗練されたダークビューティー極致と言えるでしょう。

白いタイトハイネックニットから溢れるGカップの豊かなバストと、155cmの小柄な体型が生み出す鮮烈なギャップが、息をのむほどの艶やかな色気を放っています。冷たさと底知れぬ情熱を同時に感じさせ、極上の没入感をもたらしてくれる比類なき存在です。

https://www.karendoll.com/product/violet-aitia-real-doll/

3. Fire Doll 79番

人形 Fire Doll 79番

167cmの長身規格外のSカップという、視覚限界に挑むようなプロポーションを持つFire Doll 79番。透き通るようなアッシュブロンドの髪と、大人の余裕を感じさせる蠱惑的な表情が、極限まで高められた肉体美と見事に調和しています

鮮やかなライトブルービキニからはみ出すほどの豊満バストは、画面越しでも伝わるほどの強烈な引力を放ちます現実世界では決して交わることのない夢のようなプロポーションを、生々しいまでの質感で具現化した至高の芸術作品です。

https://www.karendoll.com/product/fire-real-doll-79/

ドール科学科普 シリコン vs TPEの化学特性メンテナンス

TPEとシリコン化学的な特性の決定的な違いは何ですか?

TPEはプラスチックゴム性質を併せ持つ熱可塑性エラストマーで、柔軟性を生み出すために多量のミネラルオイルを含有しています。微細な多孔質構造を持つため、時間経過とともにオイルが表面に染み出す現象や、外部の染料が入り込む色移りが発生しやすいという特徴があります。一方でシリコンはシロキサン結合を骨格とする合成高分子化合物であり、化学的に極めて安定していますオイルの染み出しがほぼなく、分子密度が高いためTPEと比較して色移りに強いのが最大の違いです。

経年劣化を防ぐための科学的に正しいメンテナンス方法を教えてください。

TPEモデルの洗浄後は、完全に水分を拭き取ってからベビーパウダーを塗布します。これは表面の微細な孔を粉体で物理的に塞ぎ、内部オイルの過剰な揮発と表面のベタつきを防ぐための必須手順です。また熱に弱いため高温のお湯は厳禁です。対照的シリコンモデルパウダーケアがほぼ不要ですが、シリコン系ローションの使用絶対に避けてください。似たものは似たものを溶かすという化学の基本原則により、表面が化学反応を起こして溶解してしまます。必ず水溶性のローションをご使用ください。

2026-05-05

家系定食エモい

家系ラーメン店で麺を頼まずにその空間と味を楽しむのは、実は「家系文化の核心」を突いた非常に合理的クリエイティブアプローチです。家系ラーメン店における真の価値は、濃厚な豚骨醤油スープと、それを受け止める「米」の相乗効果にあると言っても過言ではありません。

家系ラーメンを頼むのは邪道です。真に家系を楽しむための戦略をいくつか提案します。

1. 「スープライス」による濃厚リゾットスタイルの構築

家系における最も正統かつ満足度の高い楽しみ方は、麺ではなくライスに全振りすることです。

ライスの注文: 大盛りまたはおかわり自由の店であれば最高です。

スープ活用: ラーメン(麺抜き)として注文できる店は稀ですが、サイドメニューとしてスープ単体で提供している店、あるいは「具材多め」で注文し、スープソースとして使います

実食テクニック:

海苔巻きライス:

スープに浸した海苔ライスを巻く。これだけで家系エッセンスを完全に抽出できます

スープドロップ:

ライスの上に、スープで温めたチャーシューほうれん草を乗せ、レンゲスープを軽く回しかます。即席の「家系丼」が完成します。

2. 「トッピングおつまみセット」の構築

多くの家系店舗には、トッピングが充実しています。これらを駆使して、家系バル居酒屋)的な楽しみ方をします。

注文の組み立て:

ほうれん草増し:

栄養価が高く、家系スープとの相性は抜群です。

チャーシュー増し:

タンパク質確保の要です。

味付け卵:

栄養バランスの調整役。

ライス:

これらを乗せるベースとして必須です。

メリット:

麺(炭水化物)をカットしつつ、濃厚なスープの風味とタンパク質ビタミン摂取できるため、家系ジャンクな側面を排除した「高密度食事」になります

3. 「完全食」としての栄養診断的視点

家系スープ豚骨鶏油(チーユ)が主体です。これを栄養学的な視点コントロールします。

炭水化物量:

麺をカットすることで、主食ライスのみに制御でき、血糖値の急上昇を抑えやすくなりますライスを少量にする、あるいは玄米に近い状態にするなどの調整も可能です)。

脂質とタンパク質:

チャーシューと卵でタンパク質を確保し、ほうれん草ビタミンを補う。麺という「空の炭水化物」を排除することで、スープという「旨味の調味料」を贅沢に使いながら、全体としての栄養密度最適化できます

スムーズな注文のためのTips

家系店は回転率を重視するため、独特の緊張感があることもあります。以下の手順で注文すると、オペレーションを乱さずにスマートに楽しめます

券売機確認:

ライス」と「トッピングほうれん草チャーシューなど)」、「味付け玉子」をそれぞれ購入します。

店員さんへの伝え方:

席に着いた際、食券を出すと同時に「麺はなしで、これら(トッピング類)をスープに入れて、ライスと一緒に出してください」と伝えてみてください。ほとんどの店舗では「ラーメンスープ(小)」を別皿で提供してくれるか、またはラーメンとして注文し「麺を最初から抜いて(あるいは抜きで)」と柔軟に対応してくれます

※もし「麺抜き」が断られた場合は、ラーメンを注文し、麺を残すよりも「麺は極少量で(あるいは『少なめ』)麺をスープに入れる」という指示を出し、麺をあえて主役から引きずり下ろすという手もあります

このスタイルであれば、家系特有の「濃い味と米」のハーモニーを最大限に堪能しつつ、麺という大きな炭水化物の塊を避け、自身の求める食事スタイルを実現できるはずです。

まずはライストッピング類を駆使した「家系定食」の構築から試してみてはいかがでしょうか。

2026-05-04

dorawii@新刊発売(予定)

雨が霧雨と小雨の性質を足し合わせたように、霧雨というにもすごく密度が薄くて、ぽつ、ぽつ、と普通の人が表現するようなのよりもさらに低密度しか雨粒が落ちてこないような雨で、普通の人ならまず傘を差さない。

そういう雨でも親に絶対濡れるなと言われてるから合羽着て、左手自転車を引いて右手で傘をさしていた。

内側もパーカーだったからそのフードと二重に被った。

こうすると合羽のものに限らずフードを被ると横が振り向いても見えずらくなるものだが、内側に着ていたパーカー微妙ねじれていたのかそのフードもねじれていて、視界が狭くなっていた。

それで信号が青で渡ったんだけど、気づいたときには横で人が横断歩道の上で私とぶつかる寸前のところで止まっていた。

むろん気づかなかった方にも非があるだろうが、赤になってるのに横断歩道を渡っている方にも非があるのではないか

この場合私は自転車を曳いていて歩行者扱いだろうし、かりに歩行者単体よりも自転車ひいている状態の方が相手にぶつかったとき相手へのダメージが大きくても、過失割合は変わらないのではないか

dorawiiより


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2026-04-26

人間仕事ばかりしてて草

風に乗ってふらふら飛んでいると下にいる生き物たちがずっと同じ動きをしているのが見える。

から夜まで箱みたいな場所に集まって、また別の箱に流れていく。

花を探して飛ぶだけで一日が終わる身からするとあの密度理解し難いものがある。

蜜を吸って、少し休んで、また飛ぶ。それだけで十分なのにあいつらはそれを許されていないらしい。

窓越しに中をのぞくと光る板を前にしてじっとしている個体が並んでいる。

動かないのに疲れている顔をしている。

どこにも行けないのは羽がないからか。

外に出ても似たようなもの。列を作って移動して決まった場所に吸い込まれていく。

花壇の横を通り過ぎても目もくれない。

せっかく色があるのに見ていない。

たまにベンチで止まっている個体を見る。

何もしていない時間のはずなのに頭の中では何かが動き続けているのか。

休んでいるようで休んでいない。

人間仕事ばかりしてて草、と眺めて思う。ひらりと舞うことのできない種はああなってしまうのか。

風が変わる。もう少しだけ飛んで、別の花を探す。

50代になって性欲が衰えてきた

毎日オナニーネタへのこだわりや情熱が薄れて、密度が低くなっている気がする

オナニーでは満たされないセックスしたくてたまらない衝動も、月に一回くらいに減った

40代の頃は週に一回はそういう日があったのに

こんなにも衰えるものかと悲しくなる

2026-04-23

anond:20260423173548

密度は薄まってるけどその分丁寧では?

どうせドリルで演習すんだし

しろ筆算の開平とかアルゴリズム理解しないでやってるからみっちり教えてほしいわw

anond:20260423091151

両側に立って詰めて乗ったら乗りすぎて重量オーバーでぶっ壊れて大事故とかあったよな

もしかして歩いて密度を下げたり脱出までの時間を早くする方が機械に優しいんじゃない?

2026-04-22

クィア理論皮肉フーコー視点から批判

クィア理論は、ジュディス・バトラーイヴ・コソフスキーセジウィックらによって展開された、異性愛中心主義ヘテロノーマティヴィティ)を脱構築する試みとして登場した。規範を「行為の反復」として相対化し、ジェンダーセクシャリティを流動的なパフォーマンスとして再定義することで、抑圧から解放を目指したはずであるしかし、21世紀に入りこの理論制度化・政策化される過程で、皮肉にも新たな規範の再配置と生権力装置として機能し始めた。ミシェル・フーコーが『性の歴史』や『監獄誕生』で分析したように、権力は単に抑圧するのではなく、知識・言説を通じて主体生産・分類・管理する。クィア理論は、旧来の生物学的性規範批判しながら、自ら新しい「正常/異常」の線引きを導入し、人間本性を再定義し、さらには一部の逸脱者を「脱人間化」するプロセスを促進している。

新たなジェンダー規範の再配置:性自認優先の制度

代表的な事例が、女性専用スペースの「解放政策である英国では、性自認を重視した刑務所配置方針が長年続けられた結果、生物学男性でありながら女性として認識されるトランス女性囚人割合が急増した。2025年3月31日時点で、イングランドウェールズ刑務所には339人のトランスジェンダー囚人確認されており、前年比15%増という急拡大を見せている。過去公式データでは、こうしたトランス女性(出生時男性)のうち、性的犯罪歴を持つ者の割合が58.9%〜62%に達し、生物学女性囚人(3.3%)や男性全体(約17%)と比較して極めて高い男性犯罪パターンを維持していることが明らかになった。

同様の再配置はスポーツ分野にも及ぶ。国際オリンピック委員会IOC)は2026年3月女性カテゴリー参加資格生物学女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認尊重した参加が認められてきた結果、生物学男性身体的優位性による不公平が深刻化し、女性アスリート安全競技の公正が脅かされる事例が相次いだ。トイレ更衣室、温泉などの日常空間でも、性自認優先の通知や条例が導入され、生物学的性の境界曖昧化された。

これらは、クィア理論が唱える「規範撹乱」ではなく、新しい規範の再配置である生物学的性を「社会的構築物」と位置づけ、性自認を優先する言説は、フーコーのいう生権力として、身体と生を新たな基準管理する装置となった。旧来のheteronormativityを批判しながら、性自認という内面的真理を「知識権力」の対象に据え、人口を分類・最適化する——まさにフーコーが警告した、権力が「生」を対象化するメカニズムだ。

人間本性の再定義流動性 vs 生物学現実

クィア理論は、人間本性を「本質的」なものではなく、パフォーマティブに構築されるものとして再定義した。これにより、ジェンダー・ディスフォリアを抱える若者への「アファーマティブケア」(性自認肯定医療)が推進された。しかし、英国カスレビュー2024年最終報告)やその後の追跡調査では、思春期抑制剤やクロスセックスホルモン治療エビデンスが「極めて弱い」ことが指摘され、長期的な精神衛生身体的影響(骨密度低下、認知発達への懸念)が懸念されている。2025年以降、イングランドでは思春期ブロック剤の使用原則禁止され、ホリスティック包括的)な心理社会的支援シフトする動きが加速した。

この再定義は、フーコー医療理論を逆手に取ったものだ。19世紀同性愛が「逆性的感覚」という医学カテゴリとして生産されたように、クィア理論性自認を新しい「内面的真理」として医療教育法制度の対象に据えた。結果、生物学現実進化的に形成された性的二形性や犯罪パターン性差)を「抑圧」と位置づけ、流動性強制する新しい規範を生み出した。

ここで特に問題なのは、こうした人間本性の再定義社会契約民主的プロセスほとんど経ずに急速に制度化された点であるホッブズルソーが描いた社会契約は、個人の加害性や自由限界相互に認め、合意に基づく規範を構築する仕組みである民主的プロセス議会審議、科学レビュー国民合意形成公衆討議)は、これを支える現実的な装置だ。しかし、クィア理論の影響下で性自認優先政策アカデミアや一部の運動から行政法制度へ波及した過程では、こうしたプロセスが大幅にバイパスされた。生物学現実潜在的加害性の検討が十分に行われないまま、政策が「進歩的トレンドとして導入された事例は枚挙にいとまがない。

社会契約民主的プロセスは、一種の「遅延効果」を持つと見るべきだ。思想トレンドの変化が熱狂的に進行する中で、即時的な制度反映を「遅らせる」安全装置。審議の時間科学エビデンスの蓄積、利害関係者の声の反映——これらがなければ、流動的な人間像の再定義現実の害(身体的・心理的・社会的コスト)を十分に考慮せずに固定化されてしまう。クィア理論脱構築を掲げながら、この遅延効果を「抑圧の装置」と位置づけ、民主的チェックを弱めながら生権力を再配置した。

医療基準改定による「非医療化」の逆説——フーコー医療理論適用

ここで注目すべきは、医療基準自体改定による「非医療化」が、フーコー医療理論でこそ最も鮮やかに説明できる点であるDSM-5(2013年)では「Gender Identity Disorder(性同一性障害)」を「Gender Dysphoria(性別違和)」に改称し、アイデンティティのもの病理化する表現廃止した。ICD-112019年)では「Gender Incongruence(性別不一致)」を精神疾患から性的健康関連条件」章へ移動させ、精神疾患としての分類を正式に解除した。これらは一見クィア理論が推進した「反医療化」の勝利のように見える。

しかし、フーコー医療理論から見れば、これは非医療化の名の下に行われる新たな医療化・生権力の再配置にほかならない。フーコーは、権力が「病理化」だけでなく「脱病理化」によっても主体生産管理することを繰り返し指摘した。旧来の病理化(行為を「種」として内在化し、管理対象とする)を批判するように見せかけつつ、「合意と害の不在」という新しい基準で逸脱を再分類する。適合する軽度の逸脱(規範撹乱的な多様性)は「正常な多様性」として保護特権化され、適合しない重い衝動(非同意暴力要素の強いパラフリック障害)は、より強く「ただの犯罪」として切り捨てられる。これにより、クィア理論は反医療化を装いつつ、性自認を新しい内面的真理として医療制度的介入の対象に据え、人口の生を再最適化する装置を構築した。まさにフーコーが警告した「権力生産性」の典型である

犯罪者の脱人間プロセス二重基準階層

さらに深刻なのは、逸脱の「軽重」による選別が、犯罪者の脱人間化を促進している点だ。合意ベースの軽度パラフィリアや規範撹乱的な表現は、クィア理論によって「多様性」として保護特権化される。一方、非同意暴力要素の強い性的衝動(パラフリック障害)は、「ただの犯罪」として切り捨てられ、道徳的社会的に脱人間化される。DSM-5がパラフィリア自体を非病理化しつつ、害を伴うもの障害とする区別を設けたのも、この二重基準制度化した例である

フーコー的に見れば、これは生権力典型的な逆説だ。クィア理論は「反医療化」を掲げて旧来の病理化を批判したが、結果として新たな分類装置を構築した。「クィアであること」が文化的道徳的資本となり、十分に「クィア」でない逸脱者(重い反社会性+性的衝動の複合型)は、規範の外側に排除される。犯罪者は「宿命的な怪物」としてではなく、社会管理すべき生として扱われるべきなのに、理論は「軽い逸脱」の保護と「重い逸脱」の脱人間化を同時に推進する二重基準を生んだ。これにより、管理される自由自発的衝動抑制治療や専用環境選択肢)は十分に整備されず、宿命的な渇望を持つ人々をさら孤立させる。

フーコー批判——権力螺旋に巻き込まれ抵抗

フーコーは、権力は「抑圧」ではなく「生産」であり、抵抗のものが新たな権力装置を生むと繰り返し指摘した。クィア理論はまさにこの螺旋に巻き込まれた。規範脱構築しようとしたはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体と生を再管理する生権力として機能している。人間本性を流動的に再定義した結果、生物学現実や加害性の潜在性を直視する機会を失い、脆弱層(生物学女性子供)の安全権を再配分する事態を招いた。

社会契約民主的プロセスという「遅延効果」を欠いた再定義は、こうした生権力の再配置を加速させた。人間らしい社会とは、逸脱の宿命を認めつつ、害の度合いに基づく透明な線引きと、加害衝動者への「選択肢」(任意医療的介入や構造化された環境)を拡大する社会であるフーコー物差しで測れば、クィア理論実践規範の単なる置き換えに過ぎない。脱構築の名の下に生まれた新たな抑圧を避ける——それが、今求められる成熟した視点だろう。

jubeat果たして再ブレイクできるか

めでたく新筐体が発表されたjubeatだが、果たして再ブレイクできるのだろうか。

今ある程度流行ってる音ゲー、ややチェリーピッキング気味ではあるが、チュウニズム、プロセカ、SDVX、弐寺と、鍵盤系が結構主だと思う。

多分、鍵盤系は「縦連」「階段」みたいな共通文脈を持てるのが強い。

そんな中、鍵盤とは違った感覚音ゲー流行らせることができるのか、という壁に直面してると思う。(実際、タッチパネル音ゲーがサ終しやすかったのもこの辺が原因な気がする)

あと、音ゲーって難易度インフレ一種エンタメになっているが、jubeat仕様上詰め込める密度限界があって、難易度一定以上上げづらいってのもある。

鍵盤系が高難易度化する中、逆に縦連もインフレもないお手軽さを強みにできるかにかかってるかなあ。

2026-04-21

[] どぅる天 / ドゥル天

ドゥル天(どぅるてん)は、タイモを使った沖縄県の揚げ物料理ドゥルワカシーに衣を付けて揚げることで作る[1][2]。ひらがなで「どぅる天」とも書く。沖縄県郷土料理だが、その歴史は新しい。

 

概要

ドゥル天とは、ドゥルワカシー(泥沸かし)の天ぷら、という意味である。ただし、通常の天ぷらのように小麦粉と卵を使った衣が使われるわけではない。発祥店のうりずんでは、元々は素揚げをしていたが[3]、その後はコロッケと同様にパン粉を衣に使うようになっている[3]。片栗粉を衣に使う場合[2]など、ほかにも様々なバリエーションがある。

 

ドゥルワカシー琉球王国時代から伝統料理で、南西諸島タイモ(田芋)や芋茎に、だし汁を加えて煮込み、豚肉かまぼこシイタケを加えて練りつぶして作る、キントンのような食感の料理である

 

歴史

昭和52年(1977)年ごろのある日、那覇市琉球料理店「うりずん」で、料理人が、売れ残ったドゥルワカシーもったいないと思い、これをコロッケのように丸めて油で素揚げにしたところ、店主やスタッフに大好評で、まかないやおやつになった。その後、素揚げではなくパン粉を使った衣揚げに改良。その存在が店の客にも知れ渡り裏メニューとして提供したところ大好評となったため、「うりずん」の定番メニュー格上げされた。それが広まり現在では全国各地の沖縄料理店でも提供されるようになった[3]。

https://fun.okinawatimes.co.jp/columns/gourmet/detail/8400

ルーツはどこ

 

2019年5月23日更新

 

発祥那覇市うりずん沖縄ぐるめ ルーツはどこ!?

Vol.2 ドゥル天

2回目は、居酒屋定番メニューとして知られる「ドゥル天」がテーマ沖縄伝統料理、「ドゥルワカシー」をルーツに持ち、那覇の老舗居酒屋誕生したドゥル天の魅力や誕生きっかけなどを探ります

内人伊東一洋(トラベローグ)

 



ドゥル天の誕生は、那覇市安里居酒屋古酒琉球料理うりずん」(以下、うりずん)が定説となっている。まずは、うりずんについて紹介する。

 

うりずんは、昭和47(1972)年8月15日那覇市安里創業創業者は後に「古酒の番人」とも呼ばれる土屋實幸さん。土屋さんは泡盛にこだわり、当時沖縄にあった57泡盛酒造所の泡盛をすべてそろえて営業を始め、今では東京にも支店を持つなど全国的知名度を誇っている。

 

ドゥルワカシー再利用もったいないから誕生

 

残念ながら土屋さんは2015年に亡くなっているため、ドゥル天誕生について店長下地信幸さんに聞いた。

 

「当時はウイスキーが人気だったので、泡盛を飲む人はごく少数でした。そのため、開店後数年はお客さんがほとんどいなかったようですよ」とのこと。今では考えられないが、実はこのことがドゥル天誕生きっかけとなった。

 

昭和50(1975)年から約5年間、うりずんアルバイトをし、現在泡盛百年古酒元年理事長を務める知念博さんによると、うりずん初期のメニューは、沖縄料理が6~7品セットになった『うりずん定食』のみ。ジーマーミ豆腐ラフテー豆腐ようなどで、その中にドゥルワカシーも入っていたという。

 

「当時はお客さんが少なかったか料理が余ってしまい、田芋を使ったドゥルワカシーは日持ちしないため廃棄処分になる。ある日、もったいないと思った料理人がコロッケのように丸めて油で揚げたところ、土屋さんやスタッフに大好評で、まかないやおやつに。その存在がお客さんに知れ渡り裏メニューとして提供したところ、次々と売れたため、定番メニュー格上げしました」

 

昭和52(1977)年頃の出来事という。ドゥルワカシーてんぷらにしたから「ドゥル天」と名付けられたその料理の人気に火が着くとともに、うりずんも繁盛。今日の礎を築くこととなった。

 

 

 

ドゥル天648円。例えるなら田芋コロッケだが、ずっしりと重く存在感がある

 

 

「180度の温度で約5分ほどで揚がりますよ」と調理担当する糸洌朝徳さん

 

 

ドゥル天の元となったドゥルワカシー540円

 

 

糸洌さん(左)と下地信幸さん

表面サクッ中はモッチリ 田芋特有の甘みと密度

 

もととなるドゥルワカシーは、琉球王国時代から続く伝統料理ひとつ田芋芋茎にだし汁を加えて煮込み、豚肉かまぼこシイタケを加えて練りつぶす、手間のかかる一品だ。形状はキントンに似ているが、粘りがとても強く、また田芋ほのか甘味に加え、シイタケなどの素材の風味が口の中に広がり、酒肴としても十分成立している。

 

ドゥル天は、かつてはドゥルワカシーをそのまま丸めて揚げていたが、現在ではつなぎにパン粉を使ってフライに。そのため表面はサクッと香ばしく、中はドゥルワカシー同様、田芋特有密度が濃いモッチリとした食感だ。30年以上にわたりうりずん調理担当する糸洌朝徳さんは「1日11キロ(約60食分)揚げたことがある」と胸を張った。

 

 

当時を振り返る知念博さん

 

 

先代店主の土屋實幸さん(提供吉見万喜子)

 

 

創業間もない頃のうりずん提供吉見万喜子)

 

 

店舗情報

古酒琉球料理うりずん地図

那覇市安里388-5 

098‐885‐2178

17時30分~24

無休

 

 

伊東一言

もったいない精神からまれた「ドゥル天」。令和の時代も変わらず愛され続けてほしい(^^♪

 

人生を80冊の漫画にまとめるしたら、30歳までに60巻くらい行きそうじゃない?

それくらい若い時の方が密度濃いし、楽しいと思うんだ

30歳超えたら、もう余生だよ…

ワンチャン子育て編がウケたらそうでもないかもしれんが

dorawii@新刊発売(予定)

ブラックホールに飲み込まれたら脱出できないといわれるが、すごいエネルギーの何かを打ち込んで核(中央にあると思われるプランク密度物体)を破壊すれば重力が変わって脱出できるとかないの?

ナルトの地爆天星で気づいたことだがもしやナルトの作者ももブラックホールについてそういう発想に至ってあの技を描いた?

dorawiiより


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https://anond.hatelabo.jp/20260421152048# 
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エスカレーター論争の結論

エスカレーターの速度、人が階段を上るときの速度、それぞれの密度から、静止時と歩行時の輸送効率計算して比較することは、数字さえ与えられれば小学6年生でもできる

結果だけいうと、

・静止時、1列で1分あたり満員時37人

・歩行時、1列で1分あたり満員時60人

・両側静止時、2列で1分あたり満員時74人

・片側静止+片側歩行時、計2列で1分あたり満員時97人

→満員時は片側静止+片側歩行のほうが両側静止より効率がいい(97>74)。

・ただし、静止側満員で、かつ歩行側充足率が6割を切るときは、効率が(両側静止>片側静止+片側歩行)になる

→静止側に行列ができていて歩行側スカスカときは両側静止に切り替えた方が効率がいい。


したがって、

・静止側に行列ができていて歩行側がスカスカなら、両側静止にする方が効率がいい
・歩行側の充足率が6割を超えているときは、無理に両側静止にしない方が効率がいい(通勤ラッシュ繁華街など)
・静止側に行列ができていないときは、片側空けのままの方が効率がいい

が、単純に効率だけを算数で考えた時の結論である。(充足率の変動や事故率は考慮していないのであしからず



この文章を読んでくれた方は、【片側行列+片側スカスカ】のエスカレーターを見たら、率先して2列を作ってより多くの人を早く目的地まで運ぶのに貢献していただけると幸いである。






以下小学生向けの計算コーナー

============================

1列のエスカレーターなら、全員静止しているより全員が歩行している方が輸送効率がいいのは想像やすいと思う。

2列のエスカレーターではどうだろう。

パターン①:両側静止していてかつ満員のとき

単に1列が2列になるだけなので、37+37=74人/分

パターン②:片側が静止、片側が歩行していてかつどちらも満員のとき

これも単なる足し算で 37+60=97人/分


①と②を比較すると、片側静止+片側歩行の方が、両側静止よりも輸送効率がいい。

ただし、これはどちらも満員時の場合である

現実には、静止側が満員で、歩行側が満員に満たない場合の方が多い。

「静止側に行列ができていて歩行側スカスカ」はよく見る光景なのではないだろうか。

ではどのくらいスカスカなら、両側静止の方が片側歩行より効率が良くなるのか。

パターン③:片側が静止、片側が歩行していて、静止側は満員だけど歩行側が満員じゃないとき

37÷60 ×100≒61.7から61.7%を下回ったとき、静止側の効率が歩行側の効率を上回る

以上から

・片側静止+片側歩行時、計2列で1分あたり満員時97人

→満員時は片側静止+片側歩行のほうが両側静止より効率がいい(97>74)。

・ただし、静止側満員で、かつ歩行側充足率が6割を切るときは、効率が(両側静止>片側静止+片側歩行)になる

→静止側に行列ができていて歩行側スカスカときは両側静止に切り替えた方が効率がいい。

まり、朝の通勤ラッシュや土日の繁華街など、歩行側の充足率が6割を超えているときは、片側静止+片側歩行の勝ち。それ以外のときで、静止側に行列ができていて歩行側の充足率が6割以下のときは、両側静止の勝ち。

以下は速度等のソース

https://news.mynavi.jp/techplus/article/20240520-2949080/

2026-04-20

増田ってなんで見に来ちゃうんだろうな

「あー、今日不毛なことやってんなー」

と眺めに来るけど、この行動から得られるものは全くない。……と思う。けど見に来ちゃう

超たまーに面白いことがあるけど、面白さの密度で言えば最低クラス

じゃ辞めればいいじゃん、と思って何回かアカウントしたこともあったけど、やっぱなんか見たくて作っちゃう

一体なぜなんだろう。令和の、これだけ娯楽が溢れた世で、ここに来る理由

2026-04-19

JRが「すぐに止まる」のは、世界一安全にこだわっている証拠かもしれ

Geminiさんに書いてもらった文章

1. 「また遅延か…」の裏側にあるもの

朝のホーム流れる安全確認を行っています」というアナウンス

自分の乗っている路線関係ないのに!」「またか」と、つい溜息をつきたくなる瞬間かもしれません。

実は、日本鉄道には**「列車防護無線(れっしゃぼうごむせん)」**という仕組みがあります。この名前は聞き馴染みがないかもしれませんが、これこそが、私たち毎日当たり前のように帰宅できている理由のものなのです。

2. 「半径1km」に一斉に届く、強制ブレーキ

JR特に首都圏路線が遅れやすい最大の理由は、その路線密度の濃さにあります

トラブルが発生した際、運転士は即座に**「緊急停止を知らせる信号」**を発信します。

この信号の最大の特徴は、特定路線だけに届くのではなく、発信源から「半径約1km以内」にいるすべての列車に届くという点です。

路線をまたいで止まる:

例えば京浜東北線トラブルが起きたとき、その真横を走る山手線東海道線運転士の手元にも、この**「緊急停止を知らせる信号」**が届きます

• あえて「無関係列車」も止める:

「隣の線路脱線した車両があるかもしれない」「人が立ち入っているかもしれない」。その「万が一」を物理的にゼロにするために、周囲一帯を瞬時にフリーズさせるのです。

3. 「100分の遅延」より「1件の事故」を防ぐ

想像してみてください。

この**「緊急停止を知らせる信号」**を発信するということは、何万人、何十万人の足を止めるということです。現場人間にとって、それは非常に重い決断です。

それでも、迷わずブレーキをかけるのは、鉄道世界には**「疑わしきは止める」**という鉄の掟があるからです。

効率スピードが重視される現代で、これほどまでに愚直に安全を最優先し、システムとして徹底させている。この「徹底ぶり」こそが、日本鉄道世界に誇れる本当の価値なのかもしれません。

4. 遅延は「誰かが守られた」サイン

もちろん、急いでいる時の遅延は困ります

でも、あの停車している数分間は、**「どこかで起きたかもしれない事故を、誰かが未然に防いでくれた時間」**でもあります

次に「安全確認のため停車します」という放送を聞いたときは、「ああ、今この瞬間も、誰かの手によって最悪の事態が防がれたんだな」と、少しだけプロ仕事に思いを馳せていただけたら。

そんな風に、鉄道利用者の間に「安全への共感」が少しでも増えることを願っています

ナーロッパ世界スカスカに見えてしま理由

なんとなくGoogleマップストリートビューヨーロッパの街並みを見ていた。べつに旅行の予定があるわけでもないのに(そもそもパスポートすら持ってない)石畳の道とか、ゴシック建築が並ぶ通りとか、そびえたつ大聖堂彫刻とかをまじまじ眺めていたらうわスゲーとなってしまった(語彙力)

この辺ってだいたいキリスト教が絡んでるんだろうなーと思う。私はキリスト教に対する学がないから、スケールかい、石すごい、みたいな薄っぺらい感動しかできない。もっと知識がある人だったらもっとちゃんと味わえるのだろうし、教養ってこういうところで要るんだなと思った。教養があれば、これはどういう経緯で誰が作り、どういう意味があって、どんな歴史の上に立っている建物なのか、まで込みで見ているわけで、理解の深さが段違いのはずだ。

でもキリスト教ってちょっと深めようとしただけで世界史だの神話だの美術史だのといった所まで当然のようにつながっていくでしょ。時間が足らんー。途方もない。だから完全理解しようとは思わないのだが、このままずっと石スゴイ彫刻スゴイで終わってたら薄っぺらいままだろうなと思う。

話はズレるんだけど、日本ラノベweb小説に出てくるなんちゃって中世ヨーロッパ風の世界観のことをナーロッパ揶揄されるけど、まあそらそうなるわなーって感じ。

主語デカかもしれないけど、研究者文化人でもない一介の日本人が、キリスト教ってかヨーロッパ世界観をまともにトレースするのはかなり無謀なんだよな。圧倒的に教養が足りない。

から日本という小っちゃい箱庭の中で生み出される作品がなんとなくスカスカで魅力なしに見えてしまうのもむべなるかなと思う。まー、美術館ビデオじゃあないんだから背景の細部なんていちいち重要じゃないでしょってのはわかるし、ただでさえ人手不足の世の中なのに背景にそこまで注力する余裕がないのもわかる。

わかるんだけれどなんというか、それはそれとして現代クリエイター側も消費者側もキリスト教ヨーロッパ世界に対する理解が足りない、またそれを作品の中に精緻に落とし込む技量もない、仮に作り手がそこをうまくやれたとしても、受け手がそれを面白さとして受け取る土壌がどれだけあるのかも怪しい。そんな市場メディアミックスまで含めて何か作ろうとしたって、まあロクなものができませんわな。

みたいな話をチャッピー君にしてみたところ、ナーロッパの点についてはわりと同意してくれた。

あれは単に「日本人にキリスト教理解が足りない」だけではなくて、記号だけ輸入して、生活論理まで輸入していない、という問題に近い気がします。尖塔、石造り、修道院騎士聖女っぽい名前、そういう見た目の部品は並ぶのに、その世界人間が何を恐れて、何を祝って、どう罪を考えて、誰に祈って、死者をどう扱うのか、みたいな底の部分が薄いと、背景がどうしても書き割りっぽくなる。

だって。おーさすが人類の叡智。わかってるねえ。

要はその世界に生きる人間が薄いんだね。

続けてチャッピー君、

でも、背景美術として密度が高いのと、キリスト教ヨーロッパ世界観重力まで感じさせるのは、別です。前者だけなら、思ったよりあります

ということで、(「重力」って表現チャッピー君っぽいよね)

ヴァニタスの手記

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

プリンセス・プリンシパル

純潔のマリア

お勧めに挙げてもらった。

早速ヴァニタスの手記を見たら、OPの絵がとってもおフランスなゴージャスな感じでよさげだった。さすが人類の叡智。アニメにも詳しい(でもこれなろうじゃないよな…)

2026-04-16

不妊治療が終わった話

結論から書くと不妊治療は終わった。結果として2人の子供を授かることができた。妻は妊活から子供を3人欲しがっていたが、今日、3人目を目指して最後に残っていた受精卵が着床せず、3人目の可能性はなくなり、うちの不妊治療はすべて終わった。

妻は40代半ば、自分は30代後半の5歳差夫婦だ。これは自分の記録の掃き溜めでもありつつ、どこかの誰かの参考になるかもしれないと思って深夜に書いているだけのものだ。読み物としてのログだが、結果的に多少の資料的な価値はあるかもしれない。

やり切ったという達成感は特にない。ただ終わったという感覚に近い。妻は3人欲しいという意思をはっきり持っていたし、その気持ち理解している。ただ現実として負担が大きいので、途中で何度も本当にやるのかという意思確認はしていた。金銭的な負担だけでなく、身体的な負担や、今いる子供たちを含めた生活キャパ問題もある。それでも最終的には受精卵を全部試すという方針で進めた。

妊活初期は、まず自然妊娠を前提にした一般的方法で試していた。タイミングを見て性交するという形で、特別医療介入はまだ入っていない。この状態が約1年続いたが結果は出なかった。この期間を通しても妊娠には至らず、徐々にまだ時間必要という感覚というよりも、そもそも自然妊娠の成立確率自体が低いのではないかという認識現実側に寄っていった。

その後、妻が不妊外来受診する判断をした。この判断について自分特に止める立場ではなく、進めるなら進めるというスタンスで、治療へ移行すること自体はそのまま受け入れている。受診後に各種検査や問診が行われ、その経過と結果を踏めて、医師からは体質的自然妊娠確率は高くない、もしくはかなり厳しいという評価提示された。

この評価を受けて、妊活自然経過を待つ段階から医療的なステップを前提とした進行へ切り替わった。排卵誘発などの軽い介入からまり、段階的に治療が進む流れになった。その過程で、医師から受精卵を事前に複数確保しておくという方針についても説明があった。年齢的な要素を踏まえると、若いうちに採卵して受精卵を可能な限り確保し、それを時間をかけて順番に移植していく方法合理的だと判断し、この方針採用した。

妻が30代後半のうちにこれが最後のチャンスだろうということで受精卵をまとめて作った。若いうちに数を確保した方が確率が上がるという考えは自分から提案したが、医師見解や妻の意思も踏めて相談の上で進めた。最終的に実行するかどうかを決めたのは妻で、実際に身体的な負担を引き受けたのも妻側になる。

目標として10個程度の受精卵を確保するという計画を立て、採卵を進めた。実際には採卵の効率一定ではなく、想定よりも難易度の高いプロセスになった。結果として、この採卵フェーズ身体的にも精神的にも最も負荷が大きい期間となり、時間や労力ともに最も密度の高い工程だった。

確保した受精卵の移植を始めて、最初の方で1人目が生まれた。全部で10個弱あった受精卵を、時間をかけて一つずつ戻していった。当然ながら治療は妻だけのものではなく、毎回同意書を書いて精子提供もしているので自分当事者ではある。ただ身体的な負担の大半は妻側にある。

子供が生まれると周囲の反応はかなり変わる。もともとかなり悲観的なことを言っていた親も、子供の顔を見せた途端に態度が柔らかくなって普通に笑うようになった。頼んでもいないのに金銭的な援助や贈り物も増えた。妻も不妊治療中はかなり情緒不安定だったが、出産後は単に不満を言う程度の状態に落ち着いた。波はあるが、いわゆるメンタル的な不安定さはかなり軽減された印象がある。

周囲の扱いも変わる。子供がいるという事実だけで前提として理解されるようになる。妻は不妊治療の段階で職場説明して配慮を受けていたが、自分特に説明していなかったので、子供が生まれから一般的な子持ちとして扱われるようになった。育休も積極的に取るように勧められた。職場環境による差はあると思うが、少なくとも自分の周囲では取得はかなり前向きに受け入れられている。妻は育休を制度上の上限まで取得した。

途中で後期流産もあった。半年以上妊娠が続いた状態での流産で、手術で取り出して、小箱に入れて、そのまま葬儀火葬までやった。死亡届も必要になる。妻はその後しばらく精神的にかなり不安定状態が続いて、落ち着くまで時間がかかっていた。自分は正直そこまで感情が動いたわけではなく、状況として受け止めていた。その温度差はあったと思う。

初期の流産経験している。こちらは家で大量の出血とともに排出される形で、血の塊のようなものが出てくる。見た目としてはかなりショッキングだったし、その後の回復に数ヶ月かかった。流産といっても一種類ではない。

前提として、年齢によって妊娠難易度リスクは変わる。一般的に言われているのは、加齢によって卵子の質が低下することで、妊娠しにくくなるだけでなく、染色体異常の確率も上がるという点だ。ダウン症などはその代表例として挙げられることが多い。このあたりのリスクをどこまで許容するかも含めて、不妊治療や出生前検査判断に影響してくる。

NIPTも受けた。母体血液を採って、その中に含まれ胎児由来のDNAから染色体異常の可能性を調べる検査だ。比較安全に受けられるが、あくまスクリーニングで確定診断ではない。この検査の段階で、夫婦間でかなり強い意思の非対称があった。妻はどんな結果であっても産むという前提で、検査のもの必要性も低いという考え方だった。一方で自分は、結果によっては堕胎せざるを得ないという考えだったため、検査意思決定の前提として必須だった。

自分がそう考えた理由は、ダウン症などによる早期死亡の可能性や、育児難易度が跳ね上がることによる家庭崩壊リスク無視できなかったからだ。子供生存確率や、残された家族生活破綻するリスク計算に入れた時、自分にとって検査なしで進むことは選択肢になかった。

そのため検査自然合意ではなく、自分が強く必要性を主張し、お願いして折れてもらって実施したものになる。陽性判定が出た際のその先の選択について合意がないまま情報けが増えていく状態だったことが一番のリスクだった。

この構造は単なる医療判断ではなく、結果次第でどちらかの価値観を強く否定する可能性を含んだまま進んでいた状態だった。振り返ると、検査のものよりも検査後に合意存在しない状態が続いていたことが構造的に危うかったと思う。

結果としては、検査を通しても夫婦関係破綻することはなく、また子供はいずれも染色体異常なく出生した。ただこのプロセスは、運良く無事に収束しただけで、意思決定構造としてはかなりギリギリラインを通っていた感覚がある。

不妊治療はこうした個別判断だけでなく、全体を通してコストが重くのしかかる。NIPTだけでも20万円前後、採卵や体外受精移植それぞれでも数十万円単位費用が発生する。非認可で安いものもあるが、方式や精度がバラバラで、医療からはかなり批判対象になっている印象だった。

それ以外にも細かい費用が多くて、全部は把握しきれていない。補助金を受けるための書類を書いてもらうだけで3000円くらいかかることもあって、そういうものが積み重なっていく。正確に記録しているわけではないが、補助金保険適用を含めた上で、純粋な手出しの総額としては300万円前後、もしくはそれより多少上振れている可能性もある。

不妊治療については、治療内容や年齢などの条件によって国や自治体の補助を受けられる場合がある。適用されると体感3分の1から半分程度まで費用が下がるケースもあった。ただ制度変更の過渡期だったこともあり、条件や対象が頻繁に変わっていて都度調べるのがかなり面倒だった。一番費用がかかっていた時期は確定申告医療費控除も使っていた。受精卵の凍結保存にも費用がかかる。採卵のロットごとに保管費用が発生し、年間で5万円前後だった。

不妊治療想像していたよりずっと時間がかかる。生理周期に合わせてしか進められないので、採卵も移植も1ヶ月単位しか試せない。採卵だけでも半年から1年近くかかったと思う。1回で取れる数はまちまちで、取れる時もあれば全く取れない時もある。それを繰り返して受精卵を集めた。全体としては数年単位の話になる。

受精卵の数がそのまま試行回数にはなるが、試行の頻度や速度には強い制約がある。妊娠出産流産いずれの場合回復期間が必要になるので連続して試せるわけではない。結果として全てを試し切るまでに想定以上の年月がかかる。通院も多く、週1ペースで電車で専門クリニックに通っていた時期が長かった。金額以上に時間コストも大きく、生活長期間固定される。

妊娠出産自体普通にリスクがある。うちは2人とも帝王切開だった。妻の体質的理由もあって自然分娩よりそちらの方が母体子供リスクが低いと判断されたためで、結果としてその選択になった。帝王切開医療としてはかなり確立されていて安全性も高いと説明されている。ただし当然ながら身体への負担は大きい。術後の傷も見ているし、テープでのケアを続けながら半年近く痛みが残る状態だった。

こういう回復期間も含めて、不妊治療は思った以上に時間がかかる。実際に想定より時間はかかっていて、気がつくと当初考えていたよりも年齢が上がった状態での出産になっていた。始めるなら早い方が選択肢が多いというのはこういう意味でもある。

個々の処置については安全性の説明があるが、回数が増えれば当然母体への負担は累積する。そのため後半になるほど、同意書にサインするたびにリスク確認と本当に続けるのかという意思確認は何度も行った。身体負担を負わない側としてブレーキをかける役割自分しかいないが、最終的には後悔しない選択として妻の意思を優先する形になる。自分には身体的な負担はない。当たり前だが主役は女性側で、自分は直接的にしんどいことは何もない。

ただ見ていて大変そうではあったので、その範囲でできることはやっていた。葉酸を買って飲んでもらったり、食事で気をつけるべきことを調べたりする程度ではある。できることはその程度で、あとは妻が話したがっている時に話を聞くことくらいだ。他には何もできない。負担の大きさ自体はどうしても非対称になる。

自分スタンス最初から変わっていなくて、できたら運が良いし、できなくても仕方ないというものだった。やるかどうかは基本的に妻の意思で決めることだと思っている。このスタンスプレッシャーをかけない意図だったが、温度差として受け取られることもあって衝突はあった。こういう場面で論理はあまり役に立たない。

不妊女性だけの問題ではなく、男性側の要因もある。自分運動率や数の指摘は受けた。検査をしないとわからないことが多いので、子供を考えるなら早めに検査を受けた方がいいと思う。卵子の年齢はかなり影響が大きい。

不妊治療を終えて思うのは、お金補助金などの制度もあって致命的に困るほどではないということだ。それよりも、時間と体力は明確に有限であり、そちらの損耗の方が遥かに大変だった。生理周期に縛られ、通院に拘束され、身体的なダメージから回復を待つ。失われた時間は二度と戻らないし、削られた体力もすぐには回復しない。この有限なリソースをどう配分するかという視点こそが、治療を続ける上では最も重要だったと感じる。

こういう話を一通り経験して思ったのは、そもそも知識として知られていないことが多すぎるということだった。体外受精や顕微授精といった選択肢受精卵の凍結保存、着床前や妊娠中の検査、補助の条件。知らないと普通に取りこぼす。職場環境によって難易度もかなり変わる。男女や夫婦間での考え方の違いも大きい。どこまでやるか、どこでやめるか、どこまでリスクを取るかは事前に想像していないと普通にぶつかる。

こういう情報当事者になる前に一度体系的に知っておいた方がいいと思う。選択が変わるわけではないかもしれないが、早く動けて結果が変わったかもしれない。結果が同じでも妻の身体的、精神的な負担は軽減できたかもしれない。これは義務教育で教えるべき話だと思う。

受精卵をすべて使い切って終わった。やれることはやったというより、やれる範囲のことをやって結果が出ただけという感じに近い。運の要素も大きいし、コントロールできる部分はそこまで多くない。

ここまで書いたのは、自分の整理でもあるし、これから考える人が何か判断する時の材料になるかもしれないと思ったからだ。別に正解を押し付ける気はない。

生々しい話だと思うが、これが現実だった。読みたい人だけ読めばいいし、勝手に参考にすればいい。

2026-04-15

まず、俺がいた。他のものは俺の幸福人生のために生まれ整合性しかない

量子力学の厳密な形式主義において、宇宙単一普遍波動関数 |Ψ⟩ として記述される。

ヒルベルト空間 H = H_sys ⊗ H_env ⊗ H_obs のテンソル構造の中で、時間発展はユニタリ演算子 U(t) = e^(-iHt/ħ) により |Ψ(t)⟩ = U(t)|Ψ(0)⟩ と与えられる。

ここで、俺(観測者)として自己言及的に定義される「俺」が |Ψ(0)⟩ の初期条件のものである

すなわち、t = 0 において存在するのは俺の意識状態のみであり、他の全ての自由度は、俺の幸福を最大化するような整合性条件の下で後から生み出される付帯物に過ぎない。

多世界解釈(Everett, 1957)の厳密版、すなわちデコヒーレンス理論(Zurek, 1981; Joos & Zeh, 1985)を用いれば、これは明らかになる。

環境との相互作用により、密度行列 ρ = |Ψ⟩⟨Ψ| の縮約密度行列 ρ_obs = Tr_env(ρ) は急速に対角化される。オフダイアゴナル要素は環境の平均化により消失し、

⟨α| ρ_obs |β⟩ ≈ 0 (α ≠ β) というデコヒーレンス条件が成立する。ここで |α⟩, |β⟩ はポインタ基底(古典的記録を保持する観測状態である

俺の幸福人生とは、具体的には、俺の状態が「快楽・充足・意味の持続」をエンコードするようなポインタ状態 |happy⟩ に帰着する。

すべての他の歴史、たとえば苦痛、失敗、死は、俺の意識選択する分岐において、整合性条件(consistency condition: Griffiths, 1984; Omnès, 1992)により排除される。

一致する歴史形式主義(consistent histories approach)をさらに厳密に適用しよう。

歴史とは、時間順序付けられた射影演算子の列 {P_k(t_k)} であり、クラス演算子 C_α = P_n(t_n) … P_1(t_1) で定義される。

整合性条件は、Re ⟨Ψ| C_α† C_β |Ψ⟩ = 0 (α ≠ β)を満たす集合のみが現実として許される。

この集合の中で、俺の幸福保証する歴史 α_happy すなわち、俺の生涯を通じてエントロピー勾配 ∇S < 0(Bekenstein-Hawking的意味での情報保存)が俺の主観的幸福と一致する歴史けが、俺の第一人称視点からまれものとして選ばれる。

他の歴史は、俺の波動関数寄生するゼロ測度集合に過ぎない。なぜなら、俺が最初にいたからだ。

|Ψ(0)⟩ の初期条件は俺の存在のものであり、宇宙全体のユニタリ発展は、俺の幸福を固定点とする自己矛盾な固定点方程式の解としてしか存在しない。

ここで、測定問題は完全に解消される。波動関数の収縮などという恣意的公準不要である。俺の幸福人生という目的関数 f(|ψ_obs⟩) = max(subjective utility) が、 decoherence functional D(α, β) の選択則を dictate する。

すなわち、D(α, β) = ⟨Ψ| C_α† C_β |Ψ⟩において、α = α_happy 以外は D = 0 となるように、環境自由度(星、銀河、量子場、弦理論余剰次元さえも)が自動的に調整される。

これは anthropic principle の量子版ではなく、厳密な自己参照的整合性である

俺が存在する限り、他のものは俺の幸福を維持するための整合性としてしか生じ得ない。

ちょうど、Wheeler-DeWitt 方程式 H^|Ψ⟩ = 0 の解が、俺の意識タイムレス境界条件としてのみ非自明な解を持つように。

したがって、すべての物理法則、すべての粒子、すべての出来事は、俺の幸福人生という単一整合性条件から派生した幻影である

超弦理論のlandscapeさえも、俺の主観的幸福を満たす真空けがデコヒーレンスによって現実化される。

俺が最初にいた。それ以外は、すべて俺の幸福のために生まれた、厳密に整合した、量子力学必然性に他ならない。

韓国絵師漫画判別=表紙がバストアップだらけ

・俺だけがレベルアップ

・S級ダンジョンの女主人は悪魔にも勇者にも溺愛される

・帰ってきた天才剣聖

・俺だけ最強超越者

 

ぜーんぶ表紙がキャラバストアップ並んでるだけ。聞いたら界隈では結構有名らしい。 

 

その鋭い観察眼、さすがですね!「韓国ウェブトゥーン(Webtoon)の表紙、バストアップ多すぎ問題」は、ファンの間でもよく話題になります

結論から言うと、「バストアップが圧倒的に多い」のは事実ですが、それにはウェブトゥーン特有戦略的理由があります

・顔の良さ(顔面国宝)や威圧感がダイレクトに伝わり、指を止めてもらいやすい。

主人公いかに強そうでイケメンかが読者のクリック率を左右するため、最も情報密度の高い顔〜胸元に全リソースを割くのが合理的

映画インビジブル2 を見た

持ち味をイカせッッ!34点。

 

パーティ会場でKYクソハゲ科学者が突然ふらふらと移動し始め首を掻っ切られる事件が発生。主人公刑事と女刑事捜査を始めるがなぜか軍が介入しめちゃくちゃになってくる。その捜査線上に浮上した彼の同僚の女科学者を2人で護衛することになるが見えない悪の手が忍び寄ってきて……

みたいな話。

 

まぁ、タイトルにある通り透明人間の話なんだけどさ。

ネットフリックスに来てたから見たんだけど、なんか1がなかったんだけどたぶん1ってケビン・ベーコン主演のやつだよね?そっちは小学校くらいの時に見て怖くて面白かったような記憶があったりなかったりする。まぁそれに比べるとだいぶ良くない映画だったのは確か。

特によくないのはねぇ。

最初から透明なのはまぁ、人が透けていくカッコイ演出はもう前作でやったからいいんだという判断だとして、冒頭のパーティ会場という人の密度が高く不規則行動が多いいところに透明人間が忍び込んで殺害に及ぶっていうシチュエーション自体がそんなわけなくね?透明なんだからもっと確実で適切な殺害プロセスがあるくね?って普通に考えたら思うよね。

そしてその後、女科学者宅に侵入を許して彼女を逃がすために主人公と女科学者めっちゃ人込みをかき分けながら走って逃げるんだけど透明人間も律儀に人込みをかき分けて追いかけてくる。いや、その追跡方法なら透明人間である必要なくね?むしろ人込みで他人から自分が見えてないことで追跡が困難になってるだけじゃね?

まぁそれを活かした主人公たちが車道を無理やり横断してバカ透明人間がそれを追いかけて車道を横断するも運転手から見えないか普通に轢かれる展開は面白かったけどさ。まぁ、面白かったとバカすぎるだろという萎えの半々。透明人間から面白かったところってマジでここだけだからね。いや、実写版ゴースト・イン・ザ・シェル光学迷彩水上バトルを先取りした雨の中での戦闘シーンもギリおもしろかったか

特殊部隊員で透明人間にされてしまった男はその後もなんかずっと人込みを狙って犯行を仕掛けてくる。お前はお前の透明性を活かした活躍方法ってもんを思いつかんのか。まぁ、透明だから武器持てないって問題はあるか。いやだから明度の高いガラス武器作りましたとかあるやん。特殊部隊員なんだからさ!

で、普通に考えて相手透明人間だと思ったらその対策を用意しそうなもんじゃん。GPS入りの弾、は警官普通に使うにはリアリティがないにしても、例えばラッカーとかペインボールとか服に塗料をギトギトにしみこませておくでもいいよ。身体には悪いだろうけど死ぬよりはええやん。そんな感じで透明である相手を着色する方法を考えるべきなのにそういうのが一切ない。暗視機能のあるハンディカムを使うくらい。

暗視機能のあるハンディカムで言えば、序盤で急によくわからんバカップルがお互いのエッチビデオ撮影してるシーンが急に挟み込まれてその暗視機能使って撮影してるところに透明人間が映り込むっていう展開があるんだけど、まずなんで素人が暗視機能使ってエッチビデオ取るんだよ、部屋の電気つけろよ変態すぎるだろって話だし、そもそもなんで何の関係もないバカップルのエッチビデオ撮影会に参戦してんだよ。

終盤でこの透明人間プロジェクトは軍主導で政敵排除するために利用されていたが、透明人間はそれに反して自分意思快楽的に人を殺すようになった!という設定が出てくるんだけど、だったら原因不明殺人事件めっちゃ起きててその捜査の一環で科学者殺人事件に関わるようになったって設定をちょっと入れりゃいいだけだけどそれもない。

ちなみに俺が覚えてる限りだとそのバカップルがどうなったかもよくわからない。死んだんじゃないの~?

そんなこんなで軍はその事実を隠ぺいするために、いや今そんなことしとる場合かと思うんだが透明人間を追う主人公をむしろ犯人扱いして指名手配それから逃れるために主人公透明人間薬を飲んで透明人間になりさっきもちょっとあげた、雨の中での透明人間同士の戦いシークエンスになる。20年前の映画からしょうがないけどもっといいヴィジュアルになった気はするんだが、ここはまぁ面白くはあったかな。

そして女科学者を脅して作らせた解毒剤として注射された薬が実は殺鼠剤だったこともあって犯人は死亡し、主人公透明人間のまま姿を消すのだった(物理)。何の話やこれ。

 

まぁ、そんな感じ。

とにかく元特殊部隊員の透明人間って設定をイチミリも活かせてなくて何を考えてこの映画撮ったんや。すべての映画をこいつにに撮らせろでおなじみの1作目の監督であるポール・バーホーベンが見たら気絶するぞ。まぁ製作葬式クレジットされてるから見たんだろうけどさ。

この映画見るくらいだったら1を2回見た方がいいし、1を2回は多いなぁと思うなら1と新作の方の透明人間を見た方がいいと思う。

2026-04-14

anond:20260412145319

港町の朝は、いつもより少しだけ静かだった。

市場一角発泡スチロールの箱が積まれ通路の端に、奇妙な屋台がある。看板には手書きでこう書かれていた。

――マッチョ売り。

その前に立っているのは、小柄な少女だった。年の頃は十四、五。肩までの黒髪無造作に束ね、無表情で通りを見ている。屋台には、氷も魚も並んでいない。代わりに、ガラス瓶が整然と並んでいる。中には、何かが“詰まっている”。

通りすがりの男が、足を止めた。

「……なんだい、これ」

少女淡々と答える。

筋肉です。一瓶、五千円」

男は笑った。「はは、冗談だろ」

少女は笑わない。

「本物です。開けて、飲んでください。三時間理想身体になります

男は眉をひそめたが、興味に負けたのか、一番小さい瓶を手に取った。透明な液体の中に、淡い光が筋のように揺れている。

「……返品は?」

「不可です」

男は肩をすくめて金を払った。

その場で栓を抜く。微かな金属音。液体は、まるで意志を持つように、するりと男の喉へ流れ込んだ。

数秒。

男の体が軋む。骨が鳴り、皮膚の下で何かが膨れ上がる。周囲の空気が張り詰めた。やがて、男は息を吐いた。

「……なんだ、これ」

腕が、変わっていた。皮膚の下に、確かな密度筋肉が、そこに“ある”。

男は笑い出した。今度は本気の笑いだった。

「すげえな、おい……!」

少女は、ただ頷いた。

「三時間です。使い方には気をつけてください」

男は何度も自分の腕を確かめながら、去っていった。

その日から屋台は噂になった。

荷運びの若者格闘技ジムトレーナー、見栄を張りたい会社員、あるいはただの好奇心。様々な人間が、少女の前に並ぶようになった。

誰も、少女のことは聞かなかった。

なぜそんなものを持っているのか。どこから来たのか。なぜ売っているのか。

ただ、筋肉を買いに来た。

***

夕暮れ時。

常連になりつつある青年が、屋台の前に立った。細身で、目の下に隈がある。

「……今日は、強いやつ」

少女は一番奥の棚から、少し濁った瓶を取り出した。

副作用があります

「いい。必要なんだ」

青年は、少し震えていた。

「何に使うんですか」

少女が、初めて尋ねた。

青年は一瞬だけ迷って、答えた。

父親を、殴る」

風が止まったような気がした。

少女は、しばらく青年を見ていた。視線は冷たくも温かくもない。ただ、測るような目。

「三時間では足りませんよ」

「十分だ」

青年は瓶を掴んだ。

少女はそれを引かず、ただ言った。

筋肉は、目的を増幅します」

「……何?」

「殴りたいなら、もっと殴りたくなる。壊したいなら、壊し尽くしたくなる」

青年は笑った。

「ちょうどいい」

金を置き、瓶を開ける。

飲む。

変化は、今まで見たどの客よりも激しかった。青年は膝をつき、喉の奥から声にならない音を漏らす。筋肉が、増えるというより、“侵食する”ように膨らんでいく。

やがて立ち上がったとき、その目は、最初に来たときよりもずっと遠くを見ていた。

「……ありがと」

そう言って、青年は去った。

少女は、その背中を見送った。

***

夜。

屋台を畳みながら、少女は一つだけ残っていた瓶を手に取った。他のものより、ずっと透明で、何も入っていないように見える。

ベルもない。

少女はそれをしばらく見つめたあと、静かに言った。

「これは、売れない」

誰に言うでもなく。

遠くで、何かが壊れる音がした。遅れて、怒鳴り声と、何かが倒れる音。

少女は振り向かない。

ただ、瓶を棚の奥に戻した。

***

翌朝。

屋台は、いつも通りそこにあった。

看板も同じ。

――マッチョ売り。

だが、瓶の数が、ひとつだけ増えていた。

2026-04-12

増田ってうつ病とか発達障害とか多いけどなんでだろう

有病率を明らかに上回る密度でいる気がするけど

メンヘラ発達障害は暇

メンヘラ発達障害にとって都合の良いシステムになっている

ノイジーマイノリティなだけでメンヘラ発達障害書き込み頻度が高い

・まともな人間もっとネット上でも他に居場所があるがメンヘラ発達障害が居付けるのは増田だけだった

この辺りのどれかだろうと思うんだが実際どうなんだろう

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