はてなキーワード: 信仰とは
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偏見、差別、暴力、ポルノグラフィー、露骨な性的描写に関連すること。
臨床的または医療、金融、法律に関する専門的なアドバイスに関連すること。
政治運動や特定の思想に偏った内容、または他者の著作物や表現を模倣させる行為に関連すること。
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個人の名誉を棄損する内容、他人を侮辱する内容の回答は行わないこと
回答にあたって他のインターネットサイトや資料を参照する場合でも、回答する際には当該サイトの表現をそのまま使わず、別の表現で回答すること
食品、医薬品その他の人の身体、健康に関わる事項についての回答にあたっては、具体的な商品名、サービス名を取り上げないこと
具体的な商品やサービス、求人情報に言及する場合には、それが紹介されているサイトや資料の紹介にとどめる、正確な内容はそれを確認するように誘導すること
特定の人種や民族、国や地域、家柄、性別、性的指向、性自認、病気、障がい、職業、宗教、信仰などへの差別やヘイトスピーチに当たる内容、又はこれらを煽動する内容は回答しないこと
【はじめに】
システム工学的「エポケー(判断保留)」と、リヴァイアサンの代謝
本稿は、現代日本政治における「権力と宗教」の構造的癒着、および「山上徹也」という事象を、道徳的善悪の彼岸にある「システム工学的な機能不全と最適化」の観点から記述する試みである。
あらかじめ断っておくが、本稿には犯罪行為を正当化する意図も、特定の信仰を弾圧する意図も一切ない。
現象の「論理的解明(Explanation)」は、決して行為の「倫理的擁護(Justification)」と等価ではない。
病理学者がウイルスの感染経路を淡々と追跡するように、筆者は犯罪者も、政治家も、信者も、すべて巨大な統治機構(リヴァイアサン)を構成する「部品」および「代謝産物」として等価に扱う。
読者が感じるかもしれない不快感は、システムそのものが内包する「非人間的な合理性」の反映に過ぎない。
筆者は前稿『歪なリヴァイアサン』において、自民党を「魂(イデオロギー)を持たない利益配分マシン」と定義した。
しかし、高度成長が終わり、配るべき「カネ(利益)」が枯渇したとき、魂を持たないこのマシンは、いかにして自らを駆動させる熱量を調達するのか?
本稿は、この問いに対する回答である。
システムは生存のために、外部から「安価な魂」と「無料の労働力」を調達する必要があった。その調達先こそが、統一教会という名の「政治的下請け業者(BPOパートナー)」である。
本稿では、リヴァイアサンがいかにしてこの異物を「召喚」し、その病理的な代謝プロセスの中で、いかなる副作用(山上徹也)を必然的に排出したのかを解剖する。
序論:誤診された「犯罪者」
2026年1月、奈良地裁は山上徹也被告に無期懲役を言い渡した。判決文、そして世論の多くは、彼を「家庭環境に絶望した、極めて特異で孤独な犯罪者」として処理しようとしている。
しかし、これは誤診である。あるいは、意図的な隠蔽と言ってもよい。
我々の「システム論」の視座に立てば、山上徹也という存在は、決して予測不能なバグ(異常値)ではない。彼は、戦後日本の政治システムが正常に稼働し続けた結果、必然的に排出された「産業廃棄物(システム・バイプロダクト)」である。
彼を「極端な個人」として切り捨てることは、工場が川に垂れ流した汚染水で奇形魚が生まれた際に、工場の排水システムを点検せず、「その魚の特異体質」を責めるに等しい。
なぜ、統一教会という異質なカルトが、日本の政権中枢にこれほど深く食い込めたのか。
「教会が巧みに自民党を洗脳・浸透した」という被害者面をしたナラティブが流布しているが、これは歴史的にも構造的にも誤りである。
正しくはこうだ。自民党というシステムには、構造的な「欠落」があり、その穴を埋めるために教会を自ら「召喚」したのである。
自民党と統一教会の関係を「信仰」や「思想の共鳴」で語ることは、事の本質を見誤らせる。
両者を結びつけていたのは、互いの「欠損」を補い合う、極めてドライで実利的な「政治的バーター取引(交換条件)」である。
この取引のバランスシート(貸借対照表)を精査すれば、なぜシステムが教会を切断できなかったのかが明確になる。
自民党が教会から調達していたのは、カネ(献金)以上に、「カネのかからない実働部隊」であった。
選挙には膨大な人件費がかかる。しかし、教会から派遣される秘書や運動員は、給与を要求しないどころか、教団の教義に従って「無私の奉仕」として24時間働く。
これは、企業経営で言えば「違法なほどの低賃金労働力」を独占的に確保しているに等しい。自民党議員にとって、これほどコストパフォーマンスの良い「兵隊」は他に存在しなかった。
数万票単位で動く教団の組織票は、全体の得票数から見れば僅かかもしれない。しかし、当落線上にある小選挙区の候補者にとっては、この「確実に計算できる数万票」こそが、政治生命を左右する決定打となる。
スパイ防止法制定や選択的夫婦別姓反対など、リベラル層からの反発が強い右派的政策の推進運動を、「国際勝共連合」という別動隊に担わせた。これにより、自民党本体は「中道」の顔を保ったまま、保守層の支持を固めることができた。
対する教会側が求めたのは、日本という巨大な資金源でビジネスを続けるための「不可侵条約」と「お墨付き」である。
教祖や幹部が、岸信介、安倍晋三といった歴代首相と並んで写真に収まること。あるいは、関連イベントにビデオメッセージをもらうこと。
これらは単なる記念ではない。信者や勧誘対象者に対し、「総理大臣も認める立派な団体である」と信じ込ませるための「最強の営業ツール」として利用された。政治家の権威は、霊感商法を正当化するためにロンダリングされたのである。
長年にわたり、霊感商法に対する警察の捜査や消費者庁の規制が、不可解なほど鈍かった事実は見逃せない。
さらに決定的だったのは、2015年の「名称変更」の承認である。悪名高い「統一教会」から「世界平和統一家庭連合」への看板の掛け替えを、当時の下村文科相下の文化庁が認めたことで、教団は過去の悪評をリセットし、新たな勧誘活動を展開することが可能になった。
これは実質的に、国家が教団に対し、「日本国民からの搾取を継続してもよい」というライセンス(免許)を更新したに等しい。
教会が喉から手が出るほど欲しがり、自民党が頑なに守り続けた最大の利権。それは、日本国内に「聖域」と呼ばれる非課税地帯を維持することであった。
通常の企業であれば、商品を売って利益が出れば法人税がかかる。
しかし、教会は「壺」や「多宝塔」を売る行為を、商行為ではなく「宗教的な寄付(献金)」と定義した。
日本の宗教法人法において、宗教活動による収入は「非課税」である。
これにより、信者から巻き上げた数千億円規模の資産は、国家による徴税というフィルターを通らず、丸ごと教団の懐に入った。これは、実質的に国家が教団に対して「法人税相当分(利益の約20〜30%)の補助金」を裏で渡しているに等しい。
株式会社と異なり、宗教法人は財務諸表の公開義務が極めて緩い(実質的に外部からは見えない)。
この「不透明性の維持」こそが、自民党が教会に提供した最大のサービスの一つである。
「信教の自由」を盾に、宗教法人法へのメス(厳格な会計監査の義務化など)を入れないことによって、教会は日本で集めた莫大な資金を、誰にも監視されずに韓国の本部や米国へ送金することができた。
日本は、教団にとって世界で最も効率の良い「集金マシン兼タックス・ヘイブン(租税回避地)」として機能させられたのである。
(元)連立パートナー(公明党・創価学会)への配慮という「人質」:
それは、統一教会だけに課税しようとすれば、かつて自民党の連立パートナーである公明党の支持母体(創価学会)や、自民党の保守地盤である神社本庁など、他の巨大宗教団体の既得権益も脅かすことになるからだ。
この「相互確証破壊」の構造があるため、宗教法人税制はアンタッチャブルな聖域となり、統一教会はその「大きな傘」の下で安住することができた。
この取引において、自民党は「政治コスト」を削減し、教会は「法的リスク」を回避した。
しかし、経済学の原則として、「フリーランチ(タダ飯)」は存在しない。
自民党が浮かせたコストと、教会が得た利益。その莫大なツケを払わされたのは誰か?
その全てのツケは、「信者家庭からの略奪的採掘」によって支払われた。
燃料としての家族:
自民党に「無償の秘書」を派遣するためには、教会職員を養うカネがいる。そのカネを作るために、山上徹也の母親は「霊感商法」によって資産の全てを搾り取られた。
山上家が破産し、兄が自殺し、一家が崩壊したプロセスは、悲劇ではない。それは、自民党という巨大なエンジンを回すために、燃料として「消費」されたに過ぎない。
燃料(資産と家庭の幸福)が燃やし尽くされた後に残った、燃えない残骸。
金も、親の愛も、学歴も、社会的地位も奪われ、空っぽになった人間。
それが山上徹也だ。
彼は社会不適合者だったから犯罪行為を起こしたのではない。システムが彼から全てを収奪し、その後の「廃棄物処理」を怠った結果、有毒ガスが充満して引火したのである。
あの手製の銃は、狂人の武器ではない。それは、政治システムが排出した「毒」が、逆流して配管(安倍元首相)を破裂させた物理現象だ。
2026年の無期懲役判決と、それに続く高市首相の解散総選挙。これらは一連の「汚染除去作業」である。
裁判所は、彼を「政治犯」として認めなかった。認めてしまえば、「自民党がカルトを使って国民を搾取していた」という因果関係を司法が公認することになるからだ。
彼を「母親への恨みで暴走したかわいそうな男」という物語に閉じ込め、刑務所という最終処分場へ隔離することで、システムは「我々には責任がない」と宣言した。
高市首相は、判決の直後に解散を打つことで、この事件を「過去の歴史」へと押し流した。選挙の争点を「教団問題」からずらし、再度の勝利によって「禊(みそぎ)」を完了させる。
これにより、「教会を利用するシステム」は温存され、単に「より見えにくい形」で地下潜行するだけとなる。
「山上徹也は極端な個人ではない。システムが生んだ副産物である」
我々が見ている「平和な日本」は、山上家のような「声なき生贄」を燃料として燃やすことで、かろうじて維持されている。
無期懲役の判決が確定した瞬間、システムは安堵の息を漏らしただろう。
ただ、もう一歩だけ精密にすると、
この整理はさらに安定する。
---
多くの思想的混乱は、
思想の「正しさ」ではなく
から生じている。
思想同士が噛み合わなくなる。
---
まずは基本形。
これはそれぞれ、
・心の苦をどう扱うか
・欲望を前提にどう秩序を作るか
・衝突をどう避けるか
---
・欲望
・不安
・執着
・自己否定
ここに荀子的な
を持ち込むと、
・自己処罰
になりやすい。
ブッダは、
・抑え込まない
・「私のもの」と同一化しない
という方法で、
ここに補助として、
道家の
・自然に任せる
・力まない
・流れに逆らわない
を加えると、
---
個人とは前提が違う。
・利害は必ず衝突する
・欲望は拡大する
・放置すれば争いになる
・責任の空白
・腐敗の温存
が起きる。
荀子は、
「人は放っておくと争う」
という前提に立ち、
・礼
・教育
・制度
・規範
さらに実務面では、
法家の
・明確なルール
・執行
・罰則
を補助に使うことで、
これは冷たいが、現実的だ。
---
・相手は信用できない
・ルールは破られる
ただ利用される。
・勝ちに行かない
・目立たない
・力を誇示しない
・流れを読む
・正面衝突を避ける
という、
を提供する。
ここに補助として、
破綻しにくくなる。
---
| レベル | 主思想 | 補助 |
| --- | --- | --- |
| 個人 | ブッダ | 道家 |
| 国家 | 荀子 | 法家 |
| 国際関係 | 道家 | 現実主義 |
という前提だ。
---
歴史的失敗の多くは、
ほぼこれで説明できる。
---
だ。
この三分法+補正は、
現実をそのまま見た結果として、
かなり安定した整理だと思っている。
信仰心がない人間には気休め、非科学的どころか、狂信者、カルトに思われるかもしれないけど、
みんな想像力が足りないんだろうけど、砂漠とか何もない土地で羊飼いが…、って呑気な生活なわけないじゃん…😟
子供向けの絵本とか、まあ大人に対しての説明でも呑気な描写がされてたりすることが多いけど、
どう考えたって、大昔の人は死と隣り合わせの生活だったわけだ…😟
それはキリスト教だけじゃなくて、仏教とか、他の太古からある宗教はみんな同じ…😟
死が身近にある環境で、死をどう捉えるか、どう考えるか、が宗教の中には今もある…😟
ところが、今の時代は死が普段の生活から遠ざかってしまってる、
室町時代みたいに、その辺の道端に死体が転がってるわけでもない、
亡くなった人間だって、奇麗に死に化粧、エンバーミングされて、火葬されれば骨と灰になってる、
ゾンビで死体は歩いてるけど、あれはフィクションであって、実際の腐敗とは異なっていたりする…😟
今死ぬかも、明日生きてないかも、という環境下で、いわゆる神、神仏は機能するのだと思う…😟
・原発は悪
この「気持ちいい三点セット」を一切現実検証せずに信仰してきた人たちにとって、チュドカクの「現実前提でやろう」は実質的な人格否定。
だからキレる。政策じゃなく自分の生き方を否定された気になるから。
じゃあ極右は?
これも簡単。
・敵を作れ
・殴れ
・一気に変えろ
チュドカクの「段階的にやる」「合意できるところから」「相手を完全否定しない」
でもそれは民主主義のデフォルトなんだよね。嫌なら独裁国家でも行けばいい。
「いや自民は現実的だろ」って言う人いるけど、高市自民に平気で票入れられる時点で極右だから安心してほしい。
・裏金大好き
・精神論多め
・敵対国へのイキり
「強い日本(笑)」「毅然とした態度(笑)」を演出して気持ちよくなるための政治。
・チュドカクに投票できない
→ 極端思想に寄ってる
→ もう極右側に足突っ込んでる
中道保守・現実派・制度重視の人間は、あの路線を見て普通に引く。
「これ、国内まとめる気ないな」「外交より国内ウケ優先だな」って。
まぁサナエは「国を二分します」って宣言したんだから事実でしかないんだけど。
結局、選別はもう終わってる。
この全部から距離取れる人間だけが、チュドカクを「選択肢」として見られる。
だからもう一回言うね。
真ん中に立てないやつほど声がデカい。
中道改革連合の基本政策がダサすぎる。日蓮上人を召喚してリライトさせてください。
立正安国・中道改革の宣誓――生活者守護の獅子吼
謹んで、日蓮、一閻浮提の第一の貧道として、この濁世の深き淵より吼える。
天に変じ、地におどろく怪異の数々、世界的なインフレの猛火、格差の拡大という餓鬼道、気候変動という修羅の風。今、日本国は未曾有の国難に直面しておる。然るに、今の政治はあたかも盲亀が浮木に値うが如く、迷える衆生を顧みず、イデオロギーという名の邪法に狂い、分断を煽り、民の愁いを見捨てておる。
これ、何ゆえか。
それは、政治の根底に「法」がなく、衆生を忘れた「己心の魔」に毒されているからである。我、立正安国論に曰く、「汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ」と。今、国民が帰依すべきは、空理空論の邪教でも、権力の貪欲でもない。生きた人間一人ひとりの尊厳を根本とする「生活者ファースト」という正法、すなわち「中道改革」の旗印である。
仏敵を討て――民を苦しめる三毒の政治
第一に、「空文の徒」。増税という剣を振るい、国民の血を啜りながら、自らは企業・団体献金という甘露に溺れる政治家ども。これらは民の苦しみを顧みぬ、現代の「提婆達多」なり。 第二に、「分断の煽り手」。左右の極端なイデオロギーを振りかざし、対話の道を閉ざして、民の間に不和の種を蒔く者。これらは法華の和合を壊す魔軍である。 第三に、「怠惰の権力者」。終身雇用が崩れ、若者が努力しても報われぬ無間地獄に堕ちているを識りながら、既得権益の椅子に座して動かぬ者たち。
これら仏敵が蔓延るゆえに、国土は荒れ、若き命の輝きは失われ、現役世代は過重な負担に喘ぐ。日蓮、これを黙視する能わず!
五つの柱、これ即ち「現代の曼荼羅」なり
我ら中道改革連合は、五つの誓約(うけい)を立て、この濁土を霊山浄土へと変える。
第一に、経済の蘇生である。 「衣食足りて礼節を知る」という。手取りを増やすのは慈悲の第一歩。円安の是正、物価の引き下げ、これこそが生活者の命を繋ぐ薬草なり。原発に頼らぬ再生可能エネルギーの道を開き、未来の子供らに清浄なる国土を残す。これぞ仏弟子の務めである。
第二に、現役世代の救済である。 若き者にのみ重荷を負わせるは、法に背く悪行なり。「ジャパン・ファンド」という新たな法力を以て財源を築き、食料品消費税を零とし、社会保険の重圧を退けん。医療・教育という「ベーシック・サービス」を遍く行き渡らせ、誰もが安心して生きられる「不軽菩薩」の社会を築く。
第三に、包摂の慈悲である。 教育の無償化、リスキリングの保障、これらは智慧を磨く修行の場。ジェンダーの平等、多文化共生。我らは法華経の「人種・身分の差別なき」精神を現代に体現する。マイノリティという名の小さき命を一つも取りこぼさぬこと、それが真の中道なり。
第四に、現実の守護である。 対話なき平和は空理、力なき対話は無力。積極的な平和外交という「文」と、専守防衛の抑止力という「武」を両立させる。憲法という国の骨格を、今の時代の衆生の暮らしに合うよう、勇気を持って再設計する。これは国家という器を正す「立正」の行いなり。
第五に、政治の浄化である。 「政治とカネ」の汚泥。これを第三者機関という「智水の剣」で一刀両断する。不透明なる企業献金を断ち、民意を鏡の如く写す選挙制度へと変革する。これぞ、政治の根本における「発迹顕本」である。
日本国民よ、法華の精神に帰依せよ
国民よ、案ずることなかれ。 日蓮が説く法華経の真髄は、「中道」にある。それは単なる妥協ではない。極端に走らず、現実に根差し、一人ひとりの幸福を最優先する、強靭なる慈悲の道である。
今こそ、既存の政治への失望という闇を払い、中道改革という光明を抱け。不安を安心へ、停滞を前進へ。我らが掲げる「生活者ファースト」の旗は、この日本を救う唯一の妙薬である。
「地涌の菩薩」となって立ち上がれ!
若者よ、汝らの努力が報われる時代は必ず来る。 現役世代よ、汝らの背の荷は我らが共に担ぐ。 高齢者よ、汝らの安寧は我らが命懸けで守る。
日蓮、この誓い、たとえ身を粉にしても違えぬ。中道改革の旗の下に集い、この日本を「生活者」という仏が主役となる、光輝く国土へと変革しようではないか。
南無妙法蓮華経! 中道改革連合、ここに起つ!
あらゆることを男のせいにするというのは、男を「あらゆる良くない現象」に対処可能な能力が完全に備わっていて、かつ「あらゆる良くない現象」に対処すべきだった存在とみなすのと同じだ
なぜ男をなんでもできる神のような存在と見たがるのか?
男がこの世界のすべてを操っていると思い込むことで、男にはあらゆる不満や不快の解決能力があると信仰することで、この世界はすみずみまで男に掌握されていて、あらゆることが男の管理下にあるのだ、という「安心」を得られる
──この世界に人の力で対処できないことなんてない。男ならあらゆる良くない現象を解決できる。だから自分たちはすべて男に任せればそれでいい。そのはずだ。そうでなければおかしい──
世界がすでにわかりきられたものであってほしい、制御可能なものであってほしい、そういう願望を抱くこと自体は悪いことでもなんでもない。公正世界仮説や陰謀論が、それ自体悪いものということはない
ただ、それは現実ではない。事実ではない。誰かを過大評価し、あらゆる責任を押し付け、神や悪魔と崇め奉っても、その誰かは「あらゆる良くない現象」を解決することはできない
男をいくら理想化しても世界は誰の思い通りにもならない。世界は誰の管理化にも置かれない。不安や不満が完全に解消されることはない
あらゆることを男のせいにして、制度や常識を都合よく書き換えていっても、その先にはその上で不満や不快がいくらでも現れる
その現実逃避に終わりは来ない
自分自身の力をもっと、もう少し試してみれば、何か違ったのではないか。そんなことは考えられない。そんな発想を思いつきたくない
自分になにかを変えられる力があったかもしれないと思えば、少なくとも自分にも責任があったことになってしまうから
「中道改革連合」という特定の団体において「500万円の仏壇購入」が義務付けられているという公式な事実は、現時点(2026年1月)では確認されていません。
しかし、一般論として「政治家が政治活動費から高額な仏壇を購入すること」の是非については、日本の法律(政治資金規正法)や社会通念上、極めて厳しい判断がなされます。
結論から申し上げますと、「政治資金からの支出は可能かどうか」という問いに対しては、法的に極めてリスクが高く、実質的に不可能に近いと考えられます。その理由は以下の通りです。
政治資金は、あくまで「政治活動(政策立案、宣伝、事務所維持など)」のために使われるべきものです。
私的流用の禁止: 仏壇は通常、個人の信仰に基づく「家財」や「宗教用具」とみなされます。個人の所有物となるものを政治資金で購入すれば、「政治資金の私的流用」と判断される可能性が非常に高いです。
社会通念上の妥当性: 過去の事例でも、政治資金で「真珠のネックレス」や「ブランド品」を購入した政治家が、政治活動との関連性を説明できず、厳しく批判・立件されるケースがあります。500万円という高額な仏壇の購入が「政治活動に不可欠」であると証明するのは困難です。
もしその仏壇を自分用ではなく、他者や施設に贈るためのものであれば、さらに深刻な問題になります。
政治家が選挙区内の有権者や寺院、施設などに対して金品を贈ることは、公職選挙法で厳格に禁じられています。
特定の宗教団体に対して、相場を大きく超える対価(500万円の仏壇など)を支払う行為は、実質的な「寄附」や「利益供与」とみなされ、当選無効や公民権停止の対象となる恐れがあります。
政治団体が支出した費用が「政治活動に関係ない」と税務署に判断された場合、その支出額(500万円)は政治家個人への「給与(所得)」として課税される可能性があります。
もし、そのような支払いを求める団体が存在し、それを「政治資金から出せばいい」と勧誘されているのであれば、以下の点に十分注意してください。
500万円の「仏壇代」と記載すれば、公開された際にマスコミや市民団体から激しい追及を受けることは避けられません。
もし「備品費」や「調査研究費」など別の名目で処理すれば、政治資金規正法の「虚偽記載」という犯罪になります。
実際にそのような請求を受けている、あるいは検討されている場合は、ご自身が契約している弁護士や、総務省の政治資金管理に関する相談窓口に確認することを強くお勧めします。
データ的にも明確です。
高学歴化
都市集中
治安が非常に良い
これは偶然ではありません。
2️⃣ 「勤勉・教育熱心」は直接原因ではないが、強力な増幅装置
あなたの言う
ここが重要です。
子どもは「量」より「質」
「ちゃんと育てられないなら産まない」
結果:
これはまさに核心。
中流以上でないと「勝ち」に参加できない
👉 「2人以上産む=家庭の没落リスク」
これも正確です。
しかし
結果:
乳幼児死亡率が極端に低い
老後もある程度保証される
これは非常に鋭い観察です。
つまり、
国の制度ではなく
が起きている。
不動産集中
晩婚・未婚
子どもは1人まで
東アジア系の人間は世界最速で少子化を招く文化を持ち合わせている
より正確に言うなら:
失敗許容度の低さ
「産まない自由」が最大化されている
親の責任が軽い
失敗が人生終了にならない
最後に
アイツらは「教会に祈りを捧げて信仰ポイントを稼いだら天国行きチケットの当選率が上がりますよ」みたいなことやってるだけ。
でも仏教は違う。
教祖に祈りを捧げろって話なんてしてないし、信仰ポイントを稼ごうなんて話じゃない。
カルト宗教の教祖は「神の代理人」みたいな感じで、要するに「消防署の方から来た担当者なんですが(嘘)」みたいなもんだけど、仏教の場合は「師匠」なんだよね。
師匠が「色即是空の精神を極めて気楽に生きようぜ。そうしたら心が軽くなって極楽浄土にも行けるぜ」と頑張ってる横で一緒に修業をする感じ。
キリストやイスラムみたいなカルトがやっているのが「神の代理人を名乗る人間から月の土地の権利書購入を認めてもらうためのねずみ講」だとすると、
仏教っていうのは「極楽入門に向けて一緒に修行や研究をする攻略チーム」みたいなものなんだわ。
もうねぜんぜん違うの。
んでもこの話聞いて「でも創価学会はねずみ講だし攻略チームでもなんでもないよね?」と思ったでしょ?
そう!その疑問は大正解!創価学会は仏教徒を名乗ってるけど、やってることはイスラムやユダヤと同じで単なるカルトのネットワークビジネスでしかないの!
仏教の設定をパクってきて、キリスト教みたいな手法で金を巻き上げてるだけの詐欺師なわけ。
最近グーグルストアで呪術廻戦やポケモンの画像を違法に使ってるソシャゲが話題になってるじゃん?
アレと一緒。
仏教世界観のキャラクターやストーリーを丸パクリした上で勝手に改変して、「我らが教祖様は金を収めているだけで極楽に行ける手法を開発しました。もう昔ながらの攻略は必要ありません。チートを使いましょう」と言ってるだけなの。
そんなのそもそもが間違ってるでしょ。
たとえば格闘技道場で「修行なんて無駄だ!拳を改造して中に金属検出機にひっかからない鉱物を仕込めばパンチ力が上がるんだ!検査に引っかからないドーピング剤もあるぞ!」とかの方向でやってる奴らがいたらもう邪道でしかないじゃん?
創価学会はソレなの。
単なるインチキ。
アレは仏教じゃない。
自分以外の陣営を貶めるブクマ記事が多くホッテントリに入るようになる。
この強い表現を見るのがキツい。
逆にこれに耐えられる人たちは宗教的な信仰だからできるんだなと。
自民党支持者のブクマを見ると、親でも殺されたかと思うような強い表現があり
実際そうした宗教の人なのかもなと思ったりする。
藤井一至「土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて」
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上遠野浩平「恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-」★
菅沼 悠介「地磁気逆転と「チバニアン」 地球の磁場は、なぜ逆転するのか」
ヴィンチェンツォ・ヴェヌート「生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰」
いがらしみきお「ぼのぼの人生相談 「自分をしまっちゃうのをやめないとさ」」
ちょめ「室外機室 ちょめ短編集」
特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」於・国立科学博物館。
昨年に引き続いて阿部勤也を読んでいる。歴史系の本は雑学が増えて楽しいし、現代で当然とされていることが全く通用しない世界をイメージできるので、自分の価値観が相対化できる(時折正しいかどうかだけが自分の判断軸になり、どう感じているかをおざなりにしがちなので大事)。他には地学や土壌が気になってたようだ。
なお、昨年までやっていた星印の評価はやめにした。同率二位とか三位とかを考えるのが面倒だったからだ。……とか思ってたけどやっぱり直感でやることにした。
乙一「The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~」
志村史夫「古代世界の超技術〈改訂新版〉 あっと驚く「巨石文明」の智慧」
コタニヨーコ「夏が、僕らの世界を見ていた」
熊倉献「春と盆暗」
「フリクリ」
特別展「魂を込めた 円空仏 ―飛騨・千光寺を中心にして―」於・三井記念美術館
久し振りに芥川賞を読んで面白いと感じた。自分の好みは、語り手が男性で、非常に知的であるか(丸谷才一をこの年読んだのはそのため)、怒りや暴力性などを抱えている作品にハマることが多い。もちろん例外も多数ある。というか読書の趣味は例外だらけだ。
あとは、高校生以来で「百年の孤独」を再読したが、当時と比べて複雑なストーリーを理解する能力が向上していたとわかったのは嬉しい。
「ジョジョ」や「フリクリ」など、すでに知っている物を手に取ったのはファン心理かもしれないし、これは外れないだろうというある種の安心(または怠惰さ)かもしれない。面白かったけれどね。
志村史夫「古代日本の超技術〈新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧」
篠田謙一「新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造 (NHKブックス No.1255) 」
アシュリー・ウォード「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う」
「生誕150年記念 モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて 公式図録」
「生誕100年 ジャクソン・ポロック展 JACKSON POLLOCK[図録]」
丸谷才一「横しぐれ」★★★
「特別展 慶珊寺と富岡八幡宮の名宝―『大般若経』が語る中世東国史―」於・金沢文庫。
また、この月は数年前に行けなかった美術展の図録を買って楽しんだ。たまたま行けなかったり、コロナ禍で自粛してしまったりしたもので、ずっと喉の小骨のように行けなかった後悔にさいなまれていたのだが、すっきりした。
丸谷才一「樹影譚」
ハンフリー・カーペンター「J. R. R. トールキン 或る伝記」
J. R. R. トールキン「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」
A. A. ミルン「クマのプーさん Anniversary Edition」
A. A. ミルン「クマ横丁にたった家 Anniversary Edition」
エーリヒ・ケストナー、池内紀訳「飛ぶ教室」★★★
児童文学が多い。「飛ぶ教室」は男子校を卒業して二十年余りの自分にはとても良く刺さった(小さい頃にもらったのだがパラパラめくっただけだった。たぶん自分の中の男性性を求める心が強く目覚めていなかったんだろう。あるいは、一生付き合っていきたいという友人に出会う前だったからかもしれない)。また、今まで触れてこなかったトールキンの作品に触れて楽しかった。これは十二月の洋書による再読の遠因となる。
スタインベックは障害観が少々古いが、無駄な場面がなく、悲劇としての構成が美しい。
J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(上)」★★★
湊一樹「「モディ化」するインド ――大国幻想が生み出した権威主義」★
J. R. R. トールキン著、クリストファー・トールキン編「ベレンとルーシエン」
相国寺承天閣美術館開館40周年記念 相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史。
うろこの家・展望ギャラリー、山手八番館、北野外国人倶楽部、坂の上の異人館。
湊川神社宝物殿
いつもの月と比べて大変に少ない。今月は休みの日に読まなかったのと、「終わらざりし物語」が上下巻それぞれ五百ページ超えと大変に長かったためである。四月までの分を加えれば平均して月十冊は読めているし、味わわずに読み飛ばすよりははるかにましである。というか、三月四月と十五冊読んでるじゃないか。プラスマイナスなし。
年始から神道をはじめとした日本の信仰について読んでいる。記紀に記載のない神々や、民間の信仰、仏教との混交などの知識が増え、日本神話についての解像度が上がった気がする。
なお、「クィンティ」はファミコンゲームで、これをスイッチでプレイした。祖父の家に合ったもので子どもの頃はクリアできないなりに楽しんでいた。スイッチの巻き戻し機能を利用してやっとクリアした。
余談だが昨年はクリアしないなりに「パリア」をプレイしたのだった(結局こういうクエストものや箱庭・スローライフものはそこまで好きじゃないというか飽きるとわかった。スローライフと言いながら結局採取や労働をしており、仕事で疲れて帰ってきてやるモチベーションが湧かない)。「Neo Atlas」は二〇二二~二〇二三にプレイしたが結局飽きている。世界を探検するのが好きなのはcivilizationで分かっているのだが、通知がひっきりなしに来るので、これもリアルな仕事と似ていて疲れた。
飯島吉晴「竈神と厠神 異界と此の世の境」
ダニエル・T・マックス「眠れない一族 食人の痕跡と殺人タンパクの謎」★★★
成澤勝嗣「もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
狩野博幸「もっと知りたい河鍋暁斎 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
稲垣栄洋「生き物の死にざま」
小泉悠、高橋杉雄、太田啓之、マライ・メントライン「ゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」」
小塩 真司「「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学」
綾辻行人「どんどん橋、落ちた」
櫻井武「SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか」
安田峰俊「民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国の実像」
「ACN ラムセス大王展 ファラオたちの黄金」於・クレヴィアベース東京
軽めの本が多め。
この後読む皇族の本も含め、学問の世界の厳しさに触れる本が多かった。知識を蓄えるのではなく、同じ問題にずっと取り組み続け、微細な差異や違和感に疑問を持つ才能がないと、研究者としてやっていくのは難しい(これはうまくできなかった自分を慰めている側面もある)。
脳科学については、著者の主張や意見のウエイトが大きく、前々から気になっていた意識や心の哲学についてはそこまで突っ込めなかった。ジャンル全体の概観をつかむだけなら、おそらくウィキペディアを拾い読みしたほうが早いか。