S東京特派員の映画祭巡礼記。
今年は10月25日~11月3日に開催された東京国際映画祭レポをS特派員(K)と、奥様(H)の二人で送ってくださいました。
ありがとうございます。
わりと地味と言っては失礼ですが、地に足のついたアジア諸国の作品が多い分、大変貴重なレポになるかと思います。
しかしフルーツ・チャン、『ドリアン・ドリアン』『ハリウッド★ホンコン』に続く確か「売春三部作」を忘れた頃に完成させるとは。
今年、東京のミニシアターに足を運んだら『メイドインホンコン』の4K版のチラシを手にしてほろりとしてました。
ご夫妻、長いの歓迎なので次はフィルメックスをまたお願いします。
東京国際映画祭公式HP
https://2018.tiff-jp.net/ja/東京国際映画祭会場のTOHOシネマズ六本木ヒルズ
今年も東京国際映画祭に行ってまいりました。
コンペの審査委員長のブリランテ・メンドーサ監督が日本作品の質に対して苦言を呈するなどいろいろありましたが好きなアジア映画を中心に非コンペ作品を見ていたので例年のように映画祭を楽しみました。
もちろん質の高い作品が上映されるのは大歓迎なので来年の映画祭にも期待したいと思います。
それではまず東京国際映画祭に先立って開催された中国映画週間の2本の感想からいってみましょう。
中国映画週間ポスター
『ルームシェア~時を超えて君と~』脚本・監督:スー・ルン
あるアパートの一室の過去と現在が混じりあい、1990年代の男性と現在に住む女性の奇妙な同居生活が始まるという映画。
奇想天外な設定ですが意外なことにちゃんと理由がありよくできた物語でした。これリメイクとかできるんじゃないでしょうかね。最近の中国映画では90年代ノスタルジーがよく見られますがこれもそんな1本でした。(K)
『戦神紀 ~チンギス・ハーンの物語~』監督:ハスチョロー
期待していたようなチンギス・ハーンを主人公した歴史スペクタクル映画ではなかったです。
地上を支配しようとする悪魔の軍団と主人公が戦うファンタジー映画で史実とはたぶん無関係です。
それでも面白ければ別にいいんですがこれがかなり退屈。
ハスチョローは『胡同(フートン)の理髪師』で知られている人ですがモンゴル族ということでこの企画を引き受けなければならなかったとしたら実に気の毒な気がしました。
中国での公開はベストテンに2週ほどいただけですぐ消えてます。
中国映画週間はいま中国で人気の映画が見れる貴重な機会だと思うんですがなかにはなぜこの作品が選ばれたのか首をかしげたくなる映画も混ざっています。
まあそれもこの映画祭の面白みではあると思いますが。(K)
それではここからが東京国際映画祭での上映作品になります。
『世界の優しい無関心』ポスター
『世界の優しい無関心』監督:アディルハン・イェルジャノフ
カザフスタン映画です。日本に紹介されるカザフスタンやキルギスの映画は急速な近代化がもたらす問題を扱った映画が多いですがこれもそんな映画。
そして若い男女の悲恋物語でありかなり泣けました。
独特の間と暴力描写は北野映画を連想させるものがありました。
この監督は初めて見ましたがこれが6本目で他の作品も見たくなりました。
非常に魅力的なヒロインを演じたディナラ・バクティバエヴァは検索すると普通の青春映画に出演もしているようでカザフスタン映画、けっこういろんな映画があるようです。
これからも紹介が進んでほしいです。(K)
『詩人』Q&Aの様子
『詩人』
80年代、改革開放が進む中国の田舎の炭鉱町を舞台とした映画。
詩で身を立てることを夢見る夫と、彼を献身的に支える妻。
しかし次第に時代は変わり、夫婦の間にもすれ違いが生まれていく中で、本当に才能を開花させていったのは…。
かつての中国の政治思想と、男女の情愛が複雑に絡み合う映画です。
主演の朱亜文は江蘇省塩城市出身とのことで、昔の留学先(蘇州)に近いので地名を見て思わず「おおお」と思いました。
私はこの映画で初めて彼を観ましたが、中国では人気の俳優さんのようで、登壇の際は大変盛り上がっていました。
84年生まれと比較的若い方ですが、80年代~90年代ごろのなんとも言えない閉塞感のある、今から見ればある種の滑稽さまで感じられるような発展途上の社会をあがきながら生きるという、難しい役を好演されていたと思います。
Twitterにも少し書いたのですが、去年の東京国際映画祭で鑑賞した『迫り来る嵐』にも一脈通じるような、時代の変化の中で焦り、不安に苛まれ、行動はことごとく裏目に出て、次第に自分を見失っていく男の悲哀をよく表していると思います。(H)
『輝ける日々に』Q&Aの様子
『輝ける日々に(『サニー』ベトナム版)監督:グエン・クアン・ズン
東京国際映画祭の「国際交流基金アジアセンター presents CROSSCUT ASIA #05 ラララ 東南アジア」(長い!)部門は音楽を題材にした映画を特集しています。
この映画は韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』のリメイク。
ベトナムの歴史にあわせてオリジナルから微妙に時代をずらしてます。
もともと韓国の歴史に合わせた物語なので完全に移植はそもそも無理なんですがそれでも若者が現実の前に夢破れていくこと、友情がずっと続いてほしいと願う思いは万国共通。
この映画も感動的な物語になっていました。(K)
『十年 Ten Years Thailand』Q&A
『十年 Ten Years Thailand』
香港の十年後を描いたオムニバス映画『十年』に倣って各国で作られたシリーズのタイ版。
『ワンダフル・タウン』のアーティット・アッサラット監督は通常業務として軍人と警察官が行う言論統制の様子とそれに同行した下っ端の若い軍人と彼が思いを寄せる若い女性職員の交流を同時平行して見せ軍事政権下での人々の日常を描き秀逸。このエピソードが一番好きです。
次の『快盗ブラックタイガー』のウィシット・サーサナティアンはトワイライトゾーンみたいな話。
面白いけどファンタジーで十年後関係なくないと思ってみたり。
美術家のチュラヤーンノン・シリポンはビデオアートのような表現で独裁政治を風刺。
ラストのアピチャッポン・ウィーラセタクンは実際に行われている公園の工事とその回りで繰り広げられる人々の会話(会話部分は演出されたものだと思います)を延々写した作品。
どこが十年後なんだ?と思いましたが十年後も現在とそんなに違わない、現在が十年後に繋がっているんだという意図があるようでなるほど!と唸らされました。
タイは軍事政権下ですがタイ映画を見ていれそれを意識させる映画はあまりなく、このオムニバスは公開可能なギリギリな線を狙って作られたとのこと。無事に公開されてほしいものです。(K)
『ブラザー・オブ・ジ・イヤー』監督:ウィッタヤー・トーンユーヨン
タイのスター、サニー・スワンメーターノン主演の娯楽作品。
今年のタイの大ヒット作品です。
タイ映画最近は一般公開も増えてきましたが最近公開された『ポップ・アイ』や『バッド・ジーニアス ・危険な天才たち』も最初は映画祭での上映でした。
映画祭はこういう作品もあることを知らしめる役割もあると思います。(K)
『三人の夫』Q&A
『三人の夫』監督:フルーツ・チャン
何しろ観る前にいろんな人の「何を観せられているのか分からない」という困惑度100%の感想を見たり聞いたりしていたので、正直どういう気持ちで行けばいいか分からなかったのですが、グロの要素があまりなかったので意外と普通に(?)観れた作品でした。
解釈の仕方はいろいろあるかと思うのですが、三人の夫が意外とシウムイ(クロエ・マーヤン)に優しいんじゃないのか、というのが私の感想です。
とにかく彼女は普通じゃない。まあ老人二人は最初は彼女を商売道具に使っていたというのもあるのでしょうが、途中からは医者に見せたり(怪しい医者だけど)、古い伝説にヒントを求めて解決策を探したりして三人でどうにか彼女を救おうとしていく。
大阪アジアン映画祭で鑑賞した香港映画『一念無明/Mad World』(ネットフリックスで配信された他、『誰がための日々』の邦題で2019年2月2日に公開予定)では、もちろん症状はまったく違うけれど、精神疾患を抱えた息子の対応に父もどうしていいか右往左往し、そんな親子に近所の人の目は冷たく…という映画だったので、この違いはどこから来るのか、男女関係が絡むと違うのか、なんなのか…。
シウムイもマンション暮らしには馴染めず、近所の人から奇異な目で見られる描写もありますが、三人目の夫は特にそれで彼女を持て余すでもなく一緒に船に戻ったりしているので、奇妙な優しさや愛情のようなものが感じられる作品ではありました。(H)
好き嫌いは別れそうですがかなりのベテラン監督がこれほど自由な映画を撮ったことにまず驚かされました。
ぜんぜん老成してなくて若々しい映画。
また次第に映像がモノクロになっていくのはまるで映画の誕生の時代に帰っていくかのようでもありました。
性を題材にした映画でヌードシーンもたくさん。
かつてであればATGや日活ロマンポルノで似たような映画は撮れたかもしれませんがそれをいろいろ規制が増えてきた2018年にやったことに意味があると思います。
シネマスコープですから商業的な映画館での上映を目指した作品ですしね。
『ドリアン・ドリアン』『ハリウッド★ホンコン』に続く3部作の完結編とのことで、それからずいぶん時間がかかりましたが待った甲斐のある作品だったと思います。
主演のクロエ・マーヤンの18キロ体重を増やしての演技もすごい。(K)
『音楽とともに生きて』QA
『音楽とともに生きて』監督:ヴィサル・ソック、ケイリー・ソー
音楽ものです。日本ではまだまだ珍しいカンボジア映画。
監督のふたりはフランスとアメリカに住むカンボジア系の人で、この映画の主人公、アメリカで生まれ初めてカンボジアに訪れるヒロインの境遇に重なります。
この映画を通してクメール・ルージュによる支配時代で何があったのかを今の観客に伝えようとする試みは意義深いものがあったと思います。
時代によってスクリーンサイズが変わる趣向は最近のはやりですが最後のシーンで感動的な効果をあげています。
現代パートの主役で『スコット・ピルグリムVS邪悪な元カレ軍団』 のエレン・ウォンが出演していたのもうれしい。(K)
『BNK48: Girls Don't Cry』QA
『BNK48: Girls Don't Cry』監督:ナワポン・タムロンラタナリット
タイのAKB48グループのドキュメンタリーがなぜ映画祭で上映?
という疑問も監督の名前を見て納得。
新作ができるたびに映画祭で上映されているタイ映画界の新鋭監督です。
それでもアイドルのドキュメンタリーというのは異色な気がしたのですがメンバーを正面から写したインタビュー場面がかなりの分量で、かなり地味。
最初はインディーズ的なグループだったのがわずかな期間で国民的グループに成長する華やかな活動ぶりはインタビューの合間にインサートされるぐらいで実は監督の関心はアイドルよりも激しい競争にさらされて変化する若い女性たちの気持ち。
それゆえアイドルに興味がない人にもぜひ見てほしい普遍的な物語になっていたと思いました。ナワポン監督、いい映画ばかりなのでそろそろ日本でも正式に公開されてもいいんじゃないでしょうか。(K)
『ROMA/ローマ』ポスター
『ROMA/ローマ』監督:アルフォンソ・キュアロン
今年の東京国際映画祭の上映作品の中でもかなりの話題作。
それというのもこの作品、ネットフリックスが制作する作品でこの上映の後は映画館で上映されない作品だからです。
映画館で上映を前提に制作された作品が映画館で上映されない矛盾。
しかしこの映画が通常の映画会社で制作されていたら今のような形で完成していたかどうか?
ネットフリックスの問題は既存の映画会社と映画館の関係、映画の見られ方、映画の未来を含め議論が求められることだと思います。映画自体は文句なしの傑作!ベネチアがこの映画をネットフリックスだからといって排除せずグランプリに選ぶだけの作品だと思いました。(K)
『アジア三面鏡2018: Journey』 ポスター
『アジア三面鏡2018: Journey』
アジア三面鏡は短編3本のオムニバスシリーズなんですが、今回はその3本すべてにインドネシアの俳優、ニコラス・サプトゥラが出演するということで楽しみにしていました。
以前、フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)で『GIE』を観て、気になっていた俳優さんだったので。
ただエドウィン監督の作品以外ではちょっと無理やり役を入れた感じだったかも…。
でも変わらずかっこよかったので満足です。
テーマ縛りのある短編ということで難しい面もあるでしょうが、若手監督にこういった機会があるのは良いのではないかと思います。(H)
アジアの監督3人にテーマを沿った短編を撮ってもらう東京国際映画祭オリジナル企画の第2弾。オムニバス映画は実は難しいと思っています。
すべての監督が短編映画が得意という訳でもないし、与えられたテーマで撮らなければならない、しかもたぶん予算もスケジュールも限られてとかなり厳しい条件の中で作られていると想像するからです。
でも短編映画は好きなジャンルなので続けていってほしいです。
中国のことを描いたデグナーの作品が一番地に足が着いた感じ。
そして奇想天外なほら話でラストであっけにとられるエドウィンにニヤリ。(K)
『武術の孤児』QA
『武術の孤児』監督:ホアン・ホアン
90年代後半の中国・河南省を舞台にした映画。河南省には武術発祥の地とされる嵩山という山があり、少林拳を教える武術学校が実際にあるなど、武術が盛んな地域なようです。
作中に具体的な地名はあまり出てきませんが、冒頭の監獄のシーンで入口に河南省と書かれた看板があるのと、最後のシーンでルー先生が乗る汽車のプレートが鄭州⇔深圳となっていました。
武術学校に赴任してきた国語教師のルー先生と、勉強が好きで武術学校に馴染めない生徒のツイシャンを中心に話は進みます。
武術一筋で座学を軽視する風潮のなかでいろいろな軋轢が生まれていきます。
監督曰く、タイトルの「孤児」は、人はあまりに意固地になりすぎると次第に孤独になっていく、という意味とのこと。
映画は特に何かを解決して終わるわけでもなく、先生は結局学校を変えることはできずに去ることを決意し、陰湿ないじめの果てにツイシャンは…。
閉鎖的なムラ社会と馴染めない新参者、という構図をベースにしつつも、いじめている生徒の方も大半が貧困問題を抱えていると思われる描写があったり、自堕落な生活を送る校長の息子もかつては理想を持った青年だったのに怪我で未来を絶たれてしまった過去があったり、狭い男社会の中で唯一の女性であるという希少性を保ちたい、広い世界になんて出ていきたくないと思う保健の先生がいたり、個々の事情はなかなか複雑です。
そんな中でどこかほのぼのした雰囲気のルー先生と叔父の教頭先生の掛け合いは不思議な存在感を示しています。
最後のシーンで「ルー先生へ。教えは一生忘れません。」というメッセージと共にラジオに曲をリクエストした生徒は果たして誰なのか?
ツイシャンだとしたら、彼はそんなふうに先生の教えを胸に生きているのだろうか、あのまま水の中で消えてしまったのではないのだろうか…答えは分からないまま、先生を乗せた汽車は後ろ向きに走り出し、不思議な余韻を残して映画は終わります。
黄璜(ホアン・ホアン)監督は85年生まれの若手で、実際に自身が体育学校に入れられたときの体験から着想を得たとのことです。(H)
『はじめての別れ』ポスター
『はじめての別れ』監督:リナ・ワン
珍しい、新疆ウイグル自治区の映画です。『
アジア三面鏡2018:Journey』のデグナー監督は内モンゴル出身だし、この作品のリナ・ワン監督はウイグルのシャヤール県というところ出身だそうです。
内陸出身の監督が活躍しているんですね。
ウイグルというとはるか遠くのイメージですが、描かれるのは病気の母の介護問題、親戚づきあいの難しさ、仲のいい友達との別れなど、日本の日常生活となんら変わらない身近な問題ばかりです。
そんな中で中国語教育に対する姿勢はウイグル独特と言えるでしょうか。
香港などもそうですが、かつてはそれほど標準語が浸透していなかったような地域でも次第に標準語が台頭してきており、映画で描かれる学校や両親の教育熱はかなりのものです。中国語教育のために一家で移住を決めるほど。
複雑な地域間の問題と、子供たちの無邪気さの対比が鮮やかでした。(H)
アジアの未来 作品賞受賞作品上映として見ました。新疆ウイグル自治区が舞台で農村の子供が主人公。彼の家族や友達を通してウイグル人の日常が描かれた映画です。子供が主人公なので児童映画としても見れますが貧しい農村の様子、学校での授業風景などは検閲された中国映画としてはけっこうウイグル人の置かれた状況に踏み込んでいるんじゃないか感じました。地味な映画ですがこうした作品に賞を与えて注目されるきっかけを作れたのはよかったんじゃないでしょうか。(K)
東京国際映画祭は批判もありますが毎年いろんな映画を見せてもらって楽しんでます。今年も見た限りでは作品の質はそんなに悪くないと思っています。それより上映回数が少ないことやネットでのチケット予約トラブルの方が気になるかな。
東京国際映画祭がきっかけで上映作品が日本で公開されることを期待します。そして来年も楽しみにしてます。(K)