お待たせしました。S東京特派員の映画祭巡礼記。
今回はSKIPシティDシネマ国際映画祭2013と「第22回レズビアン&ゲイ映画祭」を2回に分けて掲載します。
まずはSKIPシティDシネマ国際映画祭2013です。
http://www.skipcity-dcf.jp/去る6月にSKIPシティDシネマ国際映画祭に行ってきました。2004年に始まり今年が10周年。長編コンペと短編コンペがメインの映画祭で長編コンペは海外9作品、国内3作品の12作品。短編コンペは日本国内が対象で12作品(3~5本を4つのプログラムに分けて上映)。このうち長編コンペでは「アメリカから来た孫」「チャイカ」「狼が羊に恋するとき」「隠されていた写真」、短編コンペは「短編4」を見てきました。また国内からのコンペ作品「神奈川芸術大学映像研究室」は同時期に渋谷のユーロスペースで開催されていた「東京藝術大学大学院映像研究科第七期生修了作品展」でも上映されていたので、そちらで見た感想と合わせて他の3作品「友達」「バイバイ・マラーノ」の感想も書きたいと思います。あとついでといっては失礼ですが東京で開催されていたレズビアン&ゲイ映画祭でも唯一の長編アジア映画「ウィル・ユー・スティール・ラブ・ミー・トゥモロー?」も同じ期間に上映された映画ということで取り上げてみたいと思います。
ではまずDシネマ国際映画祭の作品から。
「アメリカから来た孫」中国 チュー・ジャンタオ監督
長い間音信不通だった息子がいきなりアメリカ人の嫁をつれてきた。しかも既婚者で子持ち。息子たちからこどもを数日預かることになったおじいさんとアメリカ人の孫との交流を描いた映画。というストーリーながらこの映画、児童向けではなく、人嫌いで孤独な老人が(義理の)孫と暮らすことによって周囲との絆を取り戻していくというおじいさんが主人公の映画でした。しかし良心的な作品で堅実な作りで好ましくはあるともののコンペに選ばれるほどかな…と思って見ていたのですが、映画の後半にびっくりするような展開があり、かなり新鮮に感じたし感動しました。また舞台になったほのぼのとした田舎の生活も魅力的でした。
「チャイカ」スペイン・グルジア・ロシア・フランス ミゲル・アンヘルヒメネス監督
娼婦として生きるヒロインと出会った船乗りの男は妊娠している彼女を連れ男の故郷に帰る。しかしそこにはすでに男の居場所はなかった…
チャイカとはロシア語でかもめのこと。そしてソ連初の女性宇宙飛行士が乗ったロケットの名前でもある。そこでのコールサインの言葉の「私はかもめ」はチェーホフの名作「かもめ」からとられている。男の故郷の村の近くには宇宙ロケットの発射基地があり、発射の際に切り離された残骸が落ちてくる。人類の進歩が信じられた時代は去り基地の周りの住人の生活は貧しいままだし、行方の定まらない生き方もチェーホフの昔からなにも変わらない。監督はスペイン人ですがグルジアの荒野に落ちたロケットの残骸で遊ぶ子供たちを写した写真に魅了されたのがきっかけだとか。この作品は長編最優秀作品賞を受賞しました。
「狼が羊に恋するとき」台湾 ホウ・チーラン監督
台北の中にある予備校街を舞台にそこで暮らすはめになった青年を主人公にした恋愛映画。台湾映画得意の青春映画でこういう一般商業映画が選ばれるところにDシネマの普及の様子もうかがえるのと、近年の台湾映画のレベルの高さが見えるように思えます。街路でのロケもちゃんとエキストラを使って撮影しているようですし、手間のかかる人間を使ったストップ・モーション・アニメなどけっこう大変なことをやっています。主人公の青年を演じるのはクー・チェンドン。東京国際映画祭で上映された「あの頃、君を追いかけた」がこの後公開されますがこの作品も続けて公開してほしいものです。ちょっと変わり者の予備校の職員の映画のヒロインを演じたジエン・マンシューもチャーミングでした。
若いころのレネ・リュウに似ています。
「隠されていた写真」ポーランド・ドイツ・ハンガリー マチェイ・アダメク監督
机の中に隠されていた自分の母親と見知らぬ男がいっしょに写った写真を見つけた少年はその秘密を知ろうと母親が暮らしていて今は祖母が住む実家に行く。そこでのさまざまな人との出会いや、両親のいままで知らなかった過去を知って成長していく少年のひと夏を描いた映画。主人公の少年役のマチュユ・ワゴジンスキは幼いときに演技経験があるだけでその後は俳優にならずにいたのを監督が口説いて出演させたそうです。ただたっているだけのような特に演技らしい演技をさせないという監督のねらいどおり、存在感があってよかったと思います(そしてこれが彼はまた普通の生活に戻るのでこれが最後の出演作になるのだとか)。脇をポーランド映画を見ている人にはおなじみの名優が出ているとのことですがポーランド映画に疎いので私にはそのあたりの豪華さがわからなかったのは残念でした。少年の子供らしい思い込みとか共感できて見た人だれもが自分の若かったころを思い出させるような映画で田舎の町の様子や海水浴場など景色も夏らしい雰囲気を出していてよかったです。
左から津田寛治監督、有馬達之介監督、「三歩下がって」主演の真辺幸星さん、高橋雅紀監督。
「短編4」
「三歩、さがって」高橋雅紀監督。出産と育児を取り巻く問題をひと組の若い夫婦を主人公にして楽しく描きだした作品。
「不肖の娘」有馬達之介監督。性的なコンプレックスを抱える女性主人公の行動を性描写も厭わず描いた映画。こういう過激な映画がなんの予備知識もなく突然見せられるもいいですね。ピンク映画オマージュのようにも思えました。
「カタラズの街で」津田寛治監督。今は画家となった男が自分の原点になった福井で暮らした中学時代を振り返る、というストーリー。福井市のアートイベントの企画として制作された映画で福井の街そのものが主人公。それを際立たせるためセリフはなし、音は街の生活音のみというユニークな作品。今回上映されたのは本来は50分ほどのものを再編集した短縮バージョン。監督はこちらのほうがよくなったと気に入っているとのことでした。
この後は東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻第7期生修了作品展(渋谷ユーロスペース 7/6~7/19)で見た映画です。
「神奈川芸術大学映像研究室」坂下雄一郎監督
ある大学で助手として働く3人の男女が主人公。学生の面倒を見たり事務仕事に追われたりといった地味ではあるがあまりよく知らない助手という職業の日常を描いた映画で、これはかなり新鮮でした。映画を作る人たちを描いた映画はけっこうありますが、直接映画制作にかかわるわけではない大学の助手という職業を取り上げた初めての映画ではないでしょうか。彼らや教授、職員、学生の描写はモデルがいるんじゃないかと思えるほどリアルで生々しいです。大学の官僚的な仕組みや事なかれ主義、いいかげんな学生たちに悩まされる日常は映画制作というイメージからはかけ離れた地味だし楽しさもない。でもそんな中でもよろこびはある。生きがいはあるのだ、というようなすがすがしいイメージで締めくくられていていい映画でした。この作品はDシネマ映画祭で審査員特別賞を受賞しました。
「友達」遠藤幹大監督
主人公は売れない俳優。彼が知人から紹介されたのはお客と希望する状況でそのお客を相手に一対一で演ずる奇妙な仕
事。たったひとり相手の仕事と落ち込む主人公が自分の演技がお客を変えていくことで手ごたえを感じ、やがて俳優という仕事にやりがいを取り戻していく。と、ここまではいい話みたいですが実際の映画はかなり不吉なトーンの映像でやはりというべきか、後半ひとりのお客の出現から主人公はどんどんおかしな状況に放り込まれていき、現実と虚構があいまいになっていきます。このあたりは考えようによってはかなり恐い気がします。でも主人公が一線を越えてしまったのかどうかは明確にはされず、判断は観客に任せられて終わります。スパーンッと断ち切るように終わるこういう終わり方嫌いじゃないです。というかけっこう好きです。
「バイバイ・マラーノ」金允洙監督
出産間近の婚約者がいるのに会社を首になった主人公は発作的に家出をする。たどりついたのは盗品を売りながら暮らす男たちが住む一軒家。そこに近くの村に住む娘も加わり主人公と彼らの不思議な生活が始まる。つらい現実を直視できずに逃げ出した主人公なので見知らぬ土地で初めて知り合う人たちと新たな関係を築きしだいに平安を得ていくのを見てもちっともうれしくなく(置き去りにした婚約者はどうするんだ)という思いがひっかかり、ずっともやもやしていたのが終盤なるほどそういうことかと遅ればせながら気づいたあとにさらにそれをひっくり返す衝撃がまちかまえていてこれにはやられました。なにを言っているかぜんぜんわからないと思いますがぜひ機会があれば見てもらいたい作品です。不思議な村の荒涼とした風景もですが映画の冒頭からざらついた画面の撮影もよかったです。
「ビューティフル・ニュー・ベイ・エリア・プロジェクト」黒沢清監督
父親から受け継いだ湾岸開発を進める開発会社の若き社長(柄本祐)は港湾で働いている若く美しい娘にはげしく心ひかれる。
香港映画祭に依頼されて作られた約30分の短編。スタッフが藝大の生徒によって制作されているのでここで上映されました。しかしこれは黒沢清ファン必見の映画ではないでしょうか。湾岸地域の無機質な雰囲気や映像とセリフの落差が生み出すおかしみなどいつもの黒沢清の意匠がちりばめられているのも楽しいのですが、後半別の映画が始まったかと思うほどがらりと変わっていつもの黒沢清じゃないのがとにかく驚き。依頼が香港だからでしょうか?恋愛、ギャグ、社会派、ファンタジーなどがとんでもない飛躍で結びついていて、こういうハチャメチャができるのも短編ならではだと思います。またヒロインを演じた三田真央の身体能力もすばらしかったです。