今年は豊作の1年だったのではないかと思います。毎年、上位5冊を選んでいますが、今年は結構悩みました。特に中公新書のラインナップが充実しており、毎月のように面白い本が出ていました。
 ということもあって読んだ割合でも中公が多く、そのせいもあって中公、岩波、ちくま以外の新書についてはあまり読めていないです。
 あと、漠然とした印象としては、各社ともややページを抑え気味にしているような気がします。今年はブロックみたいな分厚い新書はあまり目立たず、200〜300ページ程度の新書らしいいサイズ感の本が多かったですかね(もちろん、価格の問題もあるのでしょうが)。

 では、まずベスト5をあげて、それから何冊かを紹介したいと思います。








 中国農村へのフィールドワークによって中国農村の姿を明らかにしようとした本。非常に貴重な記録で抜群に面白いです。
 中国における農村と都市の格差はよく知られていますが、農民たちの不満は爆発しないのでしょうか? また、中国の農村は日本の農村のような地縁による強固な共同体ではなく非常に流動性が高いといった説明がなされますが、それはどんな「共同体」なのでしょうか?
 こうした疑問に答えてくれるのが本書です。本書を読むことで中国の農村についての多くの疑問が氷解していくでしょう。
 そして、このような外国人によるフィールドワークは習近平政権になってからかなり難しくなり、現在はほぼ不可能になっており、非常に貴重な記録にもなっています。












 副題は「人道と国益の交差点」。タイトルからすると単純に「難民を受け入れるべきだ」という規範的な主張をする本をイメージするかもしれませんが、副題にもあるように各国の国益をシビアに検討しつつ「難民の受け入れを進めるべきだ」という本になっています。
 著者は研究者であるとともに、国際移住機関(IOM)やUNHCRの職員、法務省の入国者収容所等視察委員会の委員、法務省の難民審査参与員などを務めてきた実務家であり、本書は理想と実務のバランスを意識しながら論じられています。
 理想を掲げて終わるでもなく、現実の問題を数え上げて終わるのでもなく、「難民問題」という難しい問題が正面から論じられています。









 インド社会の特徴としてあげられるのが「カースト制度」。学校などではバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラという4つのヴァルナ(種姓)があるということを習うかもしれませんが、実際はもっと複雑で外部からはそう簡単には理解できないものになっています。
 本書はそうしたカースト制度の実態を教えてくれるだけではなく、差別されている不可触民(ダリト)へのインタビューなどを通じて、どのように差別され、どのような生活を送り、差別についてどのように感じてるのかというとを教えてくれます。 
 差別というのは非常にデリケートな事柄であり、なかなか外部からは見えにくいことですが、本書はその実態に迫っています。
 カースト制度を通じて、インド社会の特殊性を教えてくれると同時に、どの世界でもみられる差別の普遍性にも気づかせてくれる読み応えのある本です。









 ナショナリストといえば、政治的には「右」であり、「保守」であり、近年は「嫌韓・嫌中」などの排外主義的な傾向を持つ者も多い。日本で暮らしているとおおよそこんなイメージだと思います。
 ところが、世界的に見ると必ずしもそうでもないのです。例えば、デンマークでは「左派」と見られる社会民主党のもとで移民を厳しく制限する政策が進みました。
 本書は、既存の「ナショナリズム」、「右と左」といった概念を大きく揺さぶります。
 基本的には今までの政治学などで積み重ねられてきた知見を紹介した本なのですが、165ページほどの本文の中に非常に手際よく、しかも興味を引く形で紹介しています。
 ナショナリズムに限らず、人々の政治意識を考えるうえで広く読まれるべき本だと言えるでしょう。












 同じちくま新書から出た『氏名の誕生』が非常に面白かった著者による女性の氏名の歴史を辿った本。読む前は『氏名の誕生』の補遺、B面のようなものかと思っていましたけど、予想以上に盛りだくさんの内容で読み応え十分です。
 まず、女性の氏名で議論になっているのが夫婦別姓で、「夫婦同姓は昔からの伝統」と「北条政子に見られるように昔は別姓」という意見が戦わされてきたわけですが、本書によればそもそも女性に名字はないのです。
 これだけでも読みたくなりますが、さらに本書は江戸時代の「お〇〇」(おきく)から明治以降の「〇〇子」(菊子)への変化、識字率の向上する前の名前に対する認識、戦後の国語改革やワープロ、パソコンの普及によって一つの文字にさまざまな字形が存在するという常識が失われ、字形にまで一種のアイデンティティを求める人が出てきた状況など、さまざまなトピックがとり上げられています。
 『氏名の誕生』につづき、私たちの名前に関する常識を大きく揺さぶってくれる刺激的な本です。






 次点は上村剛『アメリカ革命』(中公新書)、「成文憲法の制定」こそアメリカ独立革命の最大の功績とした上で、アメリカの「革命」を長いスパンで、しかもコンパクトな形でまとめています。煩雑にならないようにわかりやすく書かれていながら、それでいて今までの一般的な見方を覆す刺激的な議論が行われているのが本書の特徴で、「新書らしい」新書です。
 これに続くのが、氷河期世代と後続世代の実態をデータで明らかにした近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)、三井に残された金を貸す際に行った信用調査の記録をもとに江戸時代の三井のビジネスモデルと当時の大坂の町人のあり方を掘り起こした萬代悠『三井大坂両替店』(中公新書)、認知科学の視点から子どもの学習の躓きの原因を探り、AIについても考察した今井むつみ『学力喪失』(岩波新書)、アメリカという台湾からみて「特別な国」から台湾の政治と歴史を見るとともに、著者の専門でもあるメディアと選挙から台湾政治の独自性を見ていった渡辺将人『台湾のデモクラシー』(中公新書)といったところでしょうか。

 この他にも、少子化をその最も大きな要因である未婚化と共に論じた筒井淳也『未婚と少子化』(PHP新書)、アファーマティブ・アクションのアメリカにおける誕生から終焉までを追った南川文里『アファーマティブ・アクション』(中公新書)、戦後の歴史を「消費者」という視点から切り取って見せた満薗勇『消費者と日本経済の歴史』(中公新書)なども面白かったですし、今年は非常にレベルの高い1年だったと思います(読み終えたばかりで記事は書けていないですが、佐久間亜紀『教員不足』(岩波新書)も相当良い)。

 来年も面白い新書を読んでいきたいものですね。