山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2010年06月

安田浩一『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書) 8点

 タイトルは「外国人労働者」となっていますが、実質的には中国人の研修生・技能実習生と日系ブラジル人の二つの労働形態についてのルポになります。
 外国人の単純労働が禁止されている日本において、その抜け穴となっているのがこの2つの制度。特に外国人の研修生・技能実習生制度に関しては、いままでもその問題の多い実態は知っていましたが、この本を読んで改めてそのひどさを思い知りました。

 「外国人研修生・技能実習生制度」は、表向きは日本の進んだ技術を主に途上国の若者に学んでもらう制度でありながら、実態は研修と名ばかりで、研修生は工場や農場で単純労働に従事させられているケースが多く、この本では基本給5万円で、そのうち3万5千円は強制貯蓄、残業代は1時間300円など、最低賃金をはるかに下回る待遇で働かされている研修生の姿が紹介されています。
 また、逃げたりしないようにパスポートをとり上げているケースも多く、ほとんど「人身売買」に近いような実態もあります。

 このような問題のある研修制度の実態を、著者はさまざまな取材を通して明らかにしていきます。
 中国人女性労働者への性的虐待や、「強制帰国」の実態、研修生が起こした受け入れ団体理事の殺人事件。いずれも、この制度の歪みがもたらした悲劇です。
 また、冒頭で紹介されている、中国人研修生を日本に奥ろ出すために軍隊式訓練を行っている学院の様子は興味深いと同時に少し怖いものがあります。
 そこの理事は著者の疑問に対して次のように答えていまう。
「当学院の目的は、日本の経営者に望まれ、喜んでもらえる人材を育成することです。経営者の指示を素直に受け入れ、どんなに苦しくても勤労意欲を失わない。そんな人材こそが必要とされているのです。苦しさに耐えることができなければ、日本企業のなかではやっていけません」

 とにかく、一刻も早い制度の改正または廃止が必要だと強く感じます。

 第2部の日系ブラジル人労働者に関してです。
 こちらもリーマンショック以降の境遇は大変なのですが、中国人研修生の話と比べると、お国柄もあるせいか、どこかしら明るく、それぞれの人間ドラマが垣間見える内容になっています。
 90年代、日本の人手不足は日系ブラジル人の労働力を欲し、日系ぶるジル陣たちも1月に30万近く稼ぐのがざらでした。ところが、リーマンショック以降、どこに行っても仕事はなく、職を失った日系ブラジル人たちは身を寄せあって暮らしています。
 日系ブラジル人の現在の状況を知ると同時に、日本経済のここ20年の低迷を思い知らされるような内容です。

 外国人労働者全体のことをすることができる本ではありませんが、その断面を切り取った非常に優れたルポだと思います。

ルポ 差別と貧困の外国人労働者 (光文社新書)
安田 浩一
433403568X


神門善久『さよならニッポン農業』(NHK生活人新書) 9点

 今まで日本の農業をめぐる本というと、経済学の立場から自由化を説く本と、「食料自給率」、「環境保全」、「フードマイル」といったイメージ先行の言葉でその保護や振興を訴える本がほとんどでしたが、この本はきわめてまっとうに日本の農業の問題点とその解決策を探った本。
 経済学的な見方を維持しながら、たんなる自由化ではない独自のニッポン農業救済策を打ち出しています。
 
 農業に関する新書というと、山下一仁『農協の大罪』もなかなか面白い本でしたが、この本は少し「農業悪玉論」に傾きすぎている感がありましたし、日本農業の大きな問題である「農地転用」の問題について踏み込みきれていませんでした。
 その「農地転用」の問題に焦点をあて、日本農業の問題点をえぐり出しているのがこの本。

 日本では「農地」は税制などで優遇される一方で、農業以外の目的に使用することを表向き禁止しています。
 しかし、自宅を建てる、作業小屋を建てるなどの名目でなし崩し的に転用が許可され、優良な農地がショッピングセンターや、場合によっては産廃の処理場に転用されてしまっているのが今の日本の現状。
 農地基本台帳は法定台帳ですらなく、農業委員会の委員は片手まで農業をしている人でも務めることが可能で農地転用に歯止めをかけることができていません。
 農地を守ろうという意識は全体的に希薄で、民主党の輿石東参議院議員会長は20年以上農地を違法に転用して自宅や駐車場にしていたそうです。(31p)

 農地転用は優良な農地を減らすだけではなく、無秩序な開発を通じて周囲の農地にもダメージを与えます。
 日本の水田においては、周囲の農地が荒れることは水回りに支障をもたらし、結果的にその近隣の意欲のある農家にも被害を与えます。
 
 このような日本の農業の土地利用のあり方と、土地所有の歴史的な形成過程を分析しながら、著者は問題の解決策を探ります。

 そして、著者の出した答えが「人から土地へ」という農業政策の大転換。
 「平成検地」により農地の状態と所有者を徹底的に明らかにし、その上で、「農業にふさわしい人」ではなく「農業にふさわしい土地」に補助を行うというものです。土地利用の仕方をかなり厳しく規定する代わりに、その規定を守ってきちんと農業が行われている農地に対して補助を行うというものです。

 「新規参入ができないのではないか?」などという意見も出ると思いますが、著者のアイディアはかなり考えられたもので、そのあたりについてもきちんと手当がされています(171p以下を参照)。

 ただ、個人的には土地利用を厳しく縛るという方法に関しては違和感もあります。今まで日本において、地方の開発計画や都市計画が失敗し続けてきたことを考えると、現在の政治の仕組みでこういったことを行うのには無理があると思うのです。
 それでも、この本の提言は真摯でよく考えられたものですし、近年の農政の方向についてもフォローしているので間違いなく議論の出発点にはなります。

 これからの日本の農業を考える上での基本書と言えるのではないでしょうか?

さよならニッポン農業(生活人新書321)
神門 善久
4140883219


朧谷寿『藤原氏千年』(講談社現代新書) 7点

 初版が1996年とけっこう前の本なのですが、未だに版が切れていないだけあって、読みやすく、それでいてしっかりしている本です。
 中身は藤原道長を中心としつつ、藤原氏の始まりから戦国時代の零落した姿までを描いています。

 中臣鎌足にはじまり、奈良時代は不比等、仲麻呂の活躍、そして平安時代における冬嗣から始まる藤原北家の台頭と数々の陰謀事件。このあたりは、高校などの日本史などでも習った人が多いと思いますが、この本ではそうした藤原氏の台頭の歴史をおさらいしながら、その時代の藤原氏の人間がいかに天皇家に食い込み、その地位を上げていったかがわかるようになっています。

 摂関政治がその典型ですが、藤原氏の力の源は天皇との姻戚関係。この本を読むと、藤原氏の女性の力の大きさというものが改めてわかります。
 
 さらにこの本では歴史の授業ではあまりとり上げていない藤原北家内部の権力闘争についても書いています。
 谷崎潤一郎の短編「兄弟」にも描かれた藤原兼通、藤原兼家の関白の座をめぐる壮絶な争い。花山天皇をだまして出家させる卑劣な陰謀。いずれも『大鏡』の有名なエピソードですが、知らない人は一読の価値ありです。

 鎌倉時代の九条家を中心とする動きがあまり書かれていないのは残念ですが、戦国時代の困窮した藤原家の末裔の様子もわかりますし、なかなか面白い本になって居ると思います。

藤原氏千年 (講談社現代新書)
朧谷 寿
4061493221


 

海老原嗣生『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書) 6点

 帯に「就職難・派遣叩き・ロスジェネ・貧困etc.はやりの俗説は間違いだらけ!」とある通り、そうした言説をデータによって批判しようとした本です。
 著者はリクルート出身で人材コンサルタントなどをしていた人物ですが、自分の経験だけでなく、あくまでも客観的なデータを用いようとしている点がまず評価できるところでしょう。

 この本の冒頭で批判されているのは、門倉貴史の『ワーキングプア』と玄田有史の『仕事のなかの曖昧な不安』と城繁幸の『若者はなぜ3年で辞めるのか?』。
 特に門倉貴史の本への批判はまったくその通りという感じですし、残りの二つの本に対する批判もだいたい当たっていると思います。

 ただ、そのあとの第2章になると、今度は著者の海老原嗣生のデータの見方にやや怪しさがある。
 例えば、137p以下の正社員の減少を否定する議論。「1998年から2008年にかけて正社員が340万人も減少している」という説に対して、「この時期は生産年齢人口(15歳~65歳)が一貫して減っていて、生産年齢人口がほぼ同じだった1984年と比べると正社員数は増えている」と批判しています。
 これは一見すると正しい批判のようにも思えますが、著者はこの間に起こった「定年の延長」という出来事をまったく無視しています。

 また、全体的に記述が大企業の正社員中心なので、「確かに大企業の正社員を基準に考えればそうだけど…」という視点も多いです。
 一つ例を挙げると101pの議論の運び。
 ここで著者は「かつての正社員には、事務職での一般職採用などの長期安定的に働けるとは言いがたいものが含まれていたので、過去の世紀雇用率の高さは割り引く必要がある」と述べていますが、やはり一般職であっても正規雇用と非正規雇用は違うでしょう。
 長期的には居ずらい職場であっても、正規雇用ならばねばろうと思えばねばれますから。

 もっとも、著者を弁護しておくと、大企業の正社員以外は視野に入っていないというわけではないです。
 若者の苦境は大卒ホワイトカラーよりも高卒のブルーカラーにあることなどはきちんと指摘してありますし、今の就活システムに対する問題点も指摘してあります。

 また、日本の新卒採用と人事ローテーションの長所、最後にある、外国人労働者の受け入れシステム、幹部候補ではなく解雇しやすい新型正社員、ハローワークを使った公的派遣の提言など、面白いアイディア、見方があり、そのあたりにも読む価値があります。

 この本だけで現在の労働問題を語るわけにはいきませんが、議論に一石を投じる本であることは確かです。

「若者はかわいそう」論のウソ (扶桑社新書)
海老原 嗣生
4594062164


藤木久志『中世民衆の世界』(岩波新書) 7点

 中世から近世の村落や、天変地異と人々の生活の関連といった研究で有名な藤木久志の本。さすがに手練たもので、中世から近世の村落の断面とその変化を鮮やかに切り取っています。

 本の構成は第1章「村掟」、第2章「惣堂」、第3章「地頭」、第4章「山野」、第5章「直訴」。
 がっちりとした構成の本ではないですが、いずれも村社会の結束の強さと、その「村」というものの内実を明らかにするものです。

 戦国時代などは「戦争をする領主」、「その犠牲となる村と百姓」といった構図で考えられがちですが、当時の村は想像以上に暴力的で、山野をめぐって村同士が争い、周囲の村を巻き込んで合戦のような形まで発展することもありましたし、村の掟によってそれを破ったものを殺したり、追放したりしていました。

 そうした中でも興味深いのが、たとえ追放した者であってもその「家」を村全体で守ろうとしていた例がある点。
 耕作するもののいない田畑を「惣作」という形で村全体で耕作し、もし追放したり処罰したりした者に子供や親戚などがいたら、できるだけそれを継がせようとしていたことが、この本で紹介されている史料に書かれています。
 また、村の争いの中で犠牲になった者に対しても、その家族の行く末を村が保障するようなこともあったようです。

 この村単位の行動と、村を構成する「家」を守ろうという姿勢は、日本の民衆の確固たる行動指針だったのでしょうね。
 例えば、村同志のもめ事を近隣の村の「異見」で調停するということも行われていたと言います。
 中世のヨーロッパでは裁判というのは領主の大きな役割だったはずですが、戦国時代の日本では「領主に裁定を求めようとした動きはまったくなく、領主が介入した形跡もない」(192p)そうです。
 このあたりにも「世間」を重視する日本人のルーツみたいなものがうかがえます。

 ただ、関東の北条氏た秀吉は、村同士の争いを否定し、問題があったときには直訴も認めています。
 ここには裁判権を握ることで村同士の争いを止め、村を掌握しようとする権力のあり方が見えます。

 中世の村を通じて「日本の姿」が見えてくる本と言えるでしょう。

中世民衆の世界――村の生活と掟 (岩波新書)
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篠原初枝『国際連盟』(中公新書) 8点

 国際連盟の誕生から終焉までを描いた本。タイトルやテーマからは平板なものを想像してしまいますが、これはなかなか面白い本です。

 あとがきに「国際連盟という国際組織の歴史を書く上で著者が重視したのは、当時の空気を再現したいという点であった。」(271p)とありますが、この本はまさにこの「空気の再現」ができていると思います。
 たんに国際連盟の歴史としてだけではなく、1920・30年代の大戦間の歴史を知る上でも役に立つ本です。

 国際連盟というと、「アメリカとソ連の不参加」、「全会一致の決定方式」などから、設立と同時に失敗が運命づけられていた組織のような描かれ方をすることが多いですが、この本を読むと1920年代はヨーロッパを中心に盛り上がった国際協調主義から、国際連盟が大きな期待集め、また存在感をもっていたことがわかります。
 また、安全保障以外での活動も目覚ましく、例えば、現在の血液型の分け方も国際連盟によって確定されたものです(128p)。
 
 満州事変による国際連盟脱退だけが目立っている日本も、この本を読むと、事務次長に新渡戸稲造を送り出し、上部シレジアの問題では石井菊次郎が交渉の取りまとめに動くなど、常任理事国として存在感を持ていたことがわかります。
 同時にアヘン問題で批判を浴びるなど、国際世論に対する「鈍さ」というのも昔からあったようです。

 1930年代になると、満州事変による日本の脱退や、ドイツ・イタリアの脱退などにより国際連盟はその意義を急速に失っていきますが、その国際連盟の最期もこの本で知ることができます。
 国際連盟の正式な解散は、国際連合が発足した半年ほどあとの1946年4月。その理想と挫折を描ききった本と言えるでしょう。

国際連盟 (中公新書)
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白波瀬佐和子『生き方の不平等』(岩波新書) 6点

 岩波新書でこのタイトルだとやや偏った内容を想像してしまう人もいるかもしれませんが、SSM調査(社会階層と階層移動の全国調査)の結果を活用したきわめて冷静な社会学の本。
 特に、子ども、若者、働く男女、高齢者とライフステージごとの格差とその変化、要因を分析しているのが特徴で、格差の問題が全世代に渡って顕在化していることがわかります。
 
 そうした分析の中で印象に残るのが、若い頃にいわゆる「できちゃった婚」で結婚した若年カップルの貧困と、男性が未婚のまま高齢者になった時の貧困の割合の高さ。
 前者に関しては、ある程度想像できることではありますが、20代前半の世帯主の世帯では2004年時点で55%にまでなっています(89p)。これは想像以上に厳しい数字ですね。
 また、後者に関しては、未婚、あるいは離別の一人暮らし世帯の男性高齢者は死別の高齢者に比べて明らかに貧困率が高いです。もちろん、「貧困だから未婚」という因果関係が大きいのでしょうが、著者は次のようにも指摘しています。
これまでジェンダー論では、女性は抑圧された性としての位置づけが強調されてきましたが、実は、正当な筋書きから外れることのペナルティは、男性のほうが高いのです。(187p)

 このようになかなか面白い本ではありますが、欲を言えば、もう新しい知見がほしいところです。
 格差問題についてはもう散々本が出ているので、「この本でなきゃ!」という部分に関しては少し足りないかもしれません。

生き方の不平等――お互いさまの社会に向けて (岩波新書)
4004312450


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名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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