タイトルは「アメリカ大統領とは何か」ですが、大統領を軸にしたアメリカ政治の入門書になっています。
目次を見ればわかりますが、大統領だけではなく、議会、州と連邦政府の関係、裁判所、選挙や政党といったアメリカ政治の基本的な仕組みや実態が一通り学べます。
2016年のアメリカ大統領選挙でトランプが当選し、TPPやパリ協定から脱退するなど今までの外交の積み重ねをあっさりとひっくり返しましたが、同時にメキシコ国境の壁の建設は未完のままで終わりましたし、内政に関しては思い通りにできたわけではありません。
今度の大統領選挙でトランプが返り咲けば、前回できなかったことをすると考えられますが、では、どこまでのことができるのか? ということが本書を読めば見えてくると思います。
大統領選挙についての解説もありますし、来たるべき大統領選挙とその影響を見極めるために便利な本になります。
目次は以下の通り。
第1章 大統領の権限とその発展第2章 連邦議会と行政部門との関わり第3章 50州が決定権を持つ連邦制第4章 政治的に大きな役割を果たす裁判所第5章 選挙・世論・メディア第6章 政党と利益集団第7章 国民や国家を守るための対外政策第8章 偉大な大統領とは?
アメリカ大統領の特殊性として、本書ではまず連邦議会の議員と比べて代表性が異なることを指摘しています。議員は地域の代表ですが、大統領はアメリカ全土を代表する唯一の公職者です。
また、議員がそれぞれ委員会に所属し、一部の争点にのみかかわるのに対して大統領はすべての争点に対して判断を示す必要があります。
日本の首相は内閣というチームのリーダーで、行政権は内閣に属していますが、アメリカでは大統領一人に属しています。
日本では内閣はプライム・ミニスターとその他のミニスターで構成されていますが、アメリカの閣僚はセクレタリー(秘書)であり、名前からしても大統領とは格が違います。行政権については大統領が握っていると言えます。
一方、この行政権を三権分立の仕組みによって抑制しています。また、連邦政府と州政府の分権も大統領の権力を抑制する仕組みになっています。
初期の大統領はかなり抑制的に振る舞いました。例えば、ワシントンが2期で退いたことによって大統領は2期までという慣例がつくられていきます(この慣例に従わなかったのがF・ローズヴェルトでその後憲法が改正されて2期までとなった)。
しかし、次第に大統領の権限を広く使おうとする大統領も出てきます。リンカンは大統領は奴隷を廃止する権限は持っていないと考えていましたが、南北戦争という危機の中でそれに踏み切っています。
T・ローズヴェルトも積極的に大統領の権限を広げようとした大統領で、自然保護、消費者保護、トラスト征伐などを積極的に行い、パナマ運河の建設も連邦議会の許可を得ることなく行っています。
大統領の権限を大きく拡大させたのがF・ローズヴェルトで、社会保障政策などを積極的に進めました。当初、連邦最高裁は連邦政府が州際通商条項を理由にこうした政策を行うことはできないとの判断を下しましたが、のちに支出条項を根拠にするならば連邦政府の権限を拡大できるとの判断を示すようになります。
第2章では大統領と連邦議会の関係が分析されています。
アメリカは三権分立の政治機構を持つ国として有名ですが、政治学者のリチャード・ニュースタットは、「アメリカの統治機構は権力を分有する異なる機構から成り立っていることが最大の特徴」(48p)だと言います。権力というよりも機構が分立しているのです。
ですから、大統領がいくら望んでも議会にしか法律は作れませんし、議会で賛成多数となった法案も大統領に拒否権を行使されるかもしれません。
議院内閣制のもとでは多数党の党首が首相になるのが一般的なので、多数党は行政部門を支える責任が生じますが、アメリカではそうではありません。大統領と同じ政党に属していても、大統領が失敗した場合にはそれを批判することが期待されます。
また大統領の所属政党と議会の多数派が異なるという分割政府になることもしばしばです。
しかも、アメリカいは上院と下院があるので、大統領、上院多数派、下院多数派がすべて同じ党派になるのは珍しいくらいです(大統領の1期目から中間選挙までの2年間だけそうなるケースが近年は多い(55pの表参照))。
アメリカには党議拘束が基本的にはないため、分割政府になっても法案が成立しなくなるわけではないですが、近年は分極化が進み、分割政府になると立法活動が停滞する傾向が強くなっています。
このため大統領は大統領令に頼りますし、対外的な取り決めでも上院の承認が必要な条約ではなく行政協定の形で結ぼうとします。NAFTA(北米自由貿易協定)がその例です。
ただし、行政協定は大統領が替わればひっくり返ります。ブッシュ(子)は京都議定書から離脱し、国際刑事裁判所設立に向けた署名も撤回しました。トランプもTPPやパリ議定書から脱退し、NAFTAを米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に変えました。
第3章では連邦政府と州政府の関係が紹介されていますが、79pに各州の経済規模と同じくらいのGDPの国を示した面白い地図が載っています。それによると、カリフォルニアはイギリス、テキサスはカナダ、ニューヨークはカナダに匹敵します(一方、モンタナはガーナワイオミングはヨルダン)。
ですから、たとえ同じ共和党、民主党の代議士でも、どの州から選ばれているかによって、その代表すべき利益はずいぶんと違います。
また、州で実験的に行われた政策が連邦レベルで実施されることもあります。ニューディール政策はローズヴェルトが知事としてニューヨーク州で行ったものが元になっています。
一方で、死刑制度が州によってあったりなかったり、銃規制が都市部では厳しくても農村部では厳しくないので(警察官が近くにひないので自衛が必要)、なかなか効果をあげないといった問題点もあります。
大統領選挙でも州ごとに大統領選挙人が選出されています。州での勝者がその州の選挙人を総取りする制度は不合理にも思えますが、接戦州からすると、もし比例配分にしてしまえば選挙人を半々で取り合うだけで大統領はその州での選挙戦に力を入れないでしょう。総取り方式だからこそ州という枠組みの重要性が浮かび上がる面もあります。
近年、保守派は連邦政府の権限を縮小し、州政府に任せるべきだという主張をしています。本来、保守派の強い農村州の方が連邦政府の援助が必要なはずなのに、連邦政府の福祉を充実させるべきだということにはなかなかならないのです。
こうした農村州から選出される保守派の議員にとって、連邦の権限を削減することは歳出の削減に繋がり、州政府への権限委譲につながります。実際、その州の貧しい人々の生活がどうなるかはともかくとして、保守派としては仕事をした感じになるのです。
この州への権限委譲という流れは、例えば、人工妊娠中絶の連邦レベルでの権利を否定した2022年のドブス判決にも見られます。保守的な州では中絶を規制する方向へと動いています。
一方、リベラルな州では独自の環境規制を行うなど、州ごとによる政策の違いは強まる傾向にあります。
第4章は裁判所についてです。トランプは従来の保守派からすると必ずしも好ましい人物ではありませんでしたが、ゴーサッチ、カバノー、バレットという3名の保守派判事を連邦最高裁に送り込んだことで十分にその期待に応えたと言えます。これによって連邦最高裁での保守派の優位はしばらく続くことになります
アメリカの連邦最高裁の裁判官の任期は終身であり、在任期間は平均15年、30年以上務めた人物もおり、大統領よりも遥かに長い期間影響力を行使できるのです。
現在の構成は保守派6人、リベラル派3人となっており、この保守派優位の構成はしばらく変わりそうにはありません。
ただし、公民権に関するブラウン判決を書いたのがアイゼンハワーが任命したアール・ウォーレンであり、人工妊娠中絶を認めたロー判決を書いたのがニクソンの任命したブラックマンであり、同性婚の権利を認めたオバーゲフェル判決を書いたのがレーガンの任命したケネディであったように、保守的な大統領が指名した判事が保守的な信条を貫くとは限りません。
判事たちも国民からの支持を重視しており、国民世論を見ながら判断を変えていると考えられます。
また判事個人も戦略的に動くことがあり、今までは保守寄りの中道だったケネディがキャスティングボードを握っていましたが、ケネディ引退後は首席判事の保守派のロバーツが穏健な判断を示すようになったといいます。
ただし、ギンズバーグが引退し、バレットが後任になると、ロバーツがどのような判断をしても保守派が勝つことになり、ロバーツの判断も保守寄りに戻ったとも言われます。
第5章は「選挙・世論・メディア」ですが、まずは中間選挙の話から始まっています。
中間選挙は「大統領に対する中間評価」などと言われますが、ここ最近は大統領側の政党が負けることが多いです。これは大統領選と同時に行われる選挙では、大統領の人気が投票率を押し上げますが、大統領のいない選挙ではこうした押し上げがなくなるからです。
アメリカ建国の父たちは政治家が世論に動かされすぎないようにさまざまな工夫をしましたが、やはり大統領にとっても世論の支持は重要です。
アメリカの大統領は日本の首相に比べて世論についての慎重な考慮を行うことが可能だといいます。日本の首相は国会での答弁を求められますし、ぶら下がりと呼ばれる取材にも応じなければなりません。
一方、アメリカの大統領は議会で答弁することはないですし、日常的な記者会見は報道官がこなします。スピーチライターなどもついており、日本の首相よりも戦略的に発言できるのです。
以前はテレビの以下に利用するかが世論対策の大きなポイントでしたが、アメリカのテレビは多チャンネル化が進み、それとともにオピニオン番組と呼ばれる党派的な番組が増えています。また、SNSの普及によって支持者にしかメッセージが届きにくくなっています。
今までの大統領は全国民に向けてメッセージを送っていましたが、トランプは基本的には自らの支持者のみを対象とするようなメッセージ(フェイクニュースの拡散なども含む)を送っています。
第6章は政党と利益集団です。
アメリカの政党はやや特殊で、党首もいませんし、党議拘束もありません(岡山裕『アメリカの政党政治』(中公新書)に詳しい)。大統領候補も各議員の候補も予備選挙によって選ばれており、そのため共和党主流派が嫌っていたトランプが2016年の大統領選の候補者になり得たのです。
しかし、だからといって大統領が政党を無視して行動するのも難しいです。三権分立のアメリカにおいて政党こそがそれぞれの機関(特に大統領と議会)を繋ぐ役割をするからです。
また、近年では分極化の影響もあるのか、所属議員が党の方針に従って投票する傾向は上院・下院とも強まっています(164pのグラフ参照)。
共和党が「保守」、民主党が「リベラル」という性格は変わっていませんが、トランプ以降にやや変化が見られるのが共和党=「金持ちの政党」、民主党=「労働者の政党」というイメージです。白人労働者層がトランプ支持者として共和党に流れ込んだため、バイデンは民主党こそが「労働者の政党」だというアピールを行っています。
アメリカの政治に大きな影響力を持つのがロビイストです。あまり良くないイメージのあるロビイストですが、ロビイストは各業界の専門家であり、ここから有益な情報を得ることもできます。
ロビイストは政治家に情報を提供するだけでなく、場合によっては法案づくりに携わり、議会対策にも奔走します。オバマ政権でCIA長官、国防長官を務めたレオン・パネッタももとはロビイストでした。
ロビーといえばイスラエル・ロビーの存在が有名です。米国イスラエル公共問題委員会(AIPAC)という団体があり、全米トップ25の団体の中で外交政策にはたらきかけている唯一の団体です。
このAIPACの力を知らしめたのが長年乗員の外交委員長を務めていたチャールズ・パーシーを落選させたことです。パーシーは基本的にAIPACと協調していましたが、いくつかの争点でAIPACの意向に従わなかったために、パーシーはAIPACから追い落としキャンペーンを仕掛けられました。
イスラエル・ロビーはキリスト教の福音派とも協調しており、また、他の議員が自分の再選に役立ちそうな委員会に所属したがるのに対してユダヤ系の議員は外交委員会を希望するということもあり、イスラエル・ロビーはアメリカ外交において大きな影響力を持っています。
大統領が大きな権限をもっている外交・安全保障政策についてとり上げているのが第7章です。
これらの分野については、議員の多くが強い関心を示さない一方で、大きな成果を上げればそれが大統領のレガシーになります。一方で、失敗した場合は大統領一人がその責任をかぶることにもなりかねません。
近年ではトランプだけでなく、左派も国内政策を重視し、全体的に「内向き」になっています。バイデン政権が掲げたのが「中間層外交」でしたが、基本的にはアメリカ国民の利益にならないことはしないというものです。
自由貿易に対しても、共和党、民主党双方から疑問を呈する声が上がっており、アメリカが自由貿易の旗振り役となる状況ではありません。
また、国連をはじめとする国際機関の多くは第2次大戦後にアメリカのリーダーシップでつくられましたが、現在はアメリカ自身がそれに背を向けるようになっています。今後の大統領の政策によっては国際機関が空洞化していくおそれもあります。
最後の第8章は「偉大な大統領とは?」と題されています。
1948年以来、さまざまなメディアで歴代の大統領のランキングがつくられてきました。上位に並ぶのは、リンカン、ワシントン、F・ローズヴェルトといった不動の面々ですが、時代とともに順位を変えてきた大統領もいます。
アイゼンハワーは近年になって順位を上げていますし、ジャクソンやウィルソンは下がっています。ジャクソンは先住民に対する政策が、ウィルソンは黒人への人種差別的態度が問題視されるようになりました。
アメリカの統治機構に対する国民の信頼度は、9.11テロ後に上昇したのを除くと、基本的には低下傾向です。そんな中で大統領と連邦議会の支持率を見ると、大統領が議会を一貫して上回っています(232pのグラフ参照)。
特に連邦議会への支持率は10〜20%台と著しく低いのですが、それでも多くの議員は再選されています。これにはゲリマンダリングなどの現職が有利になる仕組みが働いているのですが、だからこそ大統領に期待が集まるという現状もあります。
ただし、現在の分極化が進んだ状況では、多くの国民の期待に答える大統領というのもまた難しいのです。
このように本書はアメリカの大統領がいかなる存在なのかを説明しながら、同時にアメリカの政治についてもわかり易く解説しています。
著者には同じようにアメリカ政治を解説したものとして西山隆行『アメリカ政治講義』(ちくま新書)がありますが、「大統領」という切り口がある分、こちらのほうが頭に入りやすいかもしれません。
目前に迫った大統領選挙を楽しむため、あるいは新大統領が何をどこまでできるのか? という問題を考える上で手元においておくと便利な本です。



