山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2010年09月

小倉孝誠『犯罪者の自伝を読む』(平凡社新書) 7点

 近代フランスを中心にタイトル通り「犯罪者の自伝」を読んだ本。
 カテゴリーを「社会」ではなく「文学」にしたように、犯罪者の自伝を通して犯罪のメカニズムや当時の社会状況を探った本というよりは、「自伝」という文学の一つのジャンルの枠組みの中で犯罪者の自伝を読み解いているところにこの本の特徴があります。

 とりあげられているのは、フーコーによる研究でも有名なピエール・リヴィエール、「洗練された犯罪者」として社会に反逆を試みたラスネール、冤罪とも考えられる夫殺しで罪に問われたマリー・ラファルジュ、猟奇的殺人者の走りとも言えそうなアンリ・ヴィダル、妻を扼殺した哲学者ルイ・アルチュセール、そして永山則夫。
 
 いずれの人物に関しても事件そのものやその背景への言及もありますが、中心になるのは彼らの自伝の内容。
 例えば、知性と才能に恵まれながら社会に居場所を確保することができず、社会に対する反逆として犯罪に手を染めたラスネール。獄中で詩作をし、裁判にも挑発的な態度で臨んだ彼は、ある意味でロマン主義のもう仕事も言える存在で、ロマン主義的な自伝を書くために犯罪者になったのではないか?と思えるほどです。

 このように犯罪者の自伝にはある種の方やストーリーがあり、その時代の「言説」に大きな影響を受けています。
 ルイ・アルチュセールの「自伝」は明らかに精神分析の影響のもとに書かれており、その構造はポストモダン的です。

 新しい知見や、犯罪についての何がしかノリt論がある本ではありませんが、なかなか読み応えのある面白い読み物に仕上がっていると思います。

犯罪者の自伝を読む ピエール・リヴィエールから永山則夫まで (平凡社新書)
小倉 孝誠
4582855431


鈴木亘『財政危機と社会保障』(講談社現代新書) 7点

 2ヶ月前にちくま新書から『年金は本当にもらえるのか?』を出した鈴木亘の新書がまたまた登場。
 前作は「年金」に絞った本でしたが、今回は社会保障全般を扱った本です。

 菅直人首相は「強い社会保障」というスローガンを打ち出し、消費税の増税と社会保障の充実を狙いましたが、とりあえずその方向性は参議院選挙で躓きました。
 ただ、「医療」や「介護」などの社会保障分野に税金を投入し、新しい経済成長のエンジンにしようという考えは、多くの政治家や学者の中で共有されています。

 しかし、著者に言わせれば「強い社会保障」による経済成長というのはナンセンスです。
 「強い社会保障」論者は、「増税をしても、その分社会保障を強化すれば、人々は安心して貯蓄を取り崩して消費し、それが経済成長につながる」と述べますが、ふつう貯蓄というのはタンス預金のように死蔵されているのではなく、銀行などに預けられ、それが国債や企業の融資へと廻っています。貯蓄が減れば、その分資金需要が逼迫し金利が上昇、経済成長にブレーキがかかる可能性が高いのです。

 これは経済学の基本的な知識から導きだされることで、その論旨は明快です。

 さらに著者は日本の社会保障の「護送船団方式」を批判します。
 医療、介護、保育、日本の社会保障はいずれの分野でも強い規制と価格統制がかかっており、今の状況で社会保障に公費を投入しても、それはサービスの向上ではなく、福祉事業者や開業医など一部の人を富ませるだけに終わってしまう可能性が高いです。

 特にこの本で指摘されている待機児童の問題はその最たる例で、「保育所内に調理室がないといけない」、「保育所を経営する企業は配当を行ってはならない」などのガチガチの規制に縛られている結果、東京23区内の公立保育所で0歳児一人当たりに掛かっているコストは月に50万円!私立でも30万円ほどかかっているといいます(201ー203p参照)。
 しかし、一方で保育料として徴収しているのは2万円。
 この規制と手厚すぎる公費の投入こそが、社会保書の膨張とそれによって引き起こされる財政危機のひとつの原因だと著者は主張します。

 このようにわかりやすく過激でもあるこの本ですが、少し疑問がないわけでもない。
 例えば、著者の依拠するオーソドックスな経済学はかなり合理的な個人を想定していますが、アカロフとシラーの『アニマルスピリット』にあるように、「安心」というのは人々の行動を左右するもので、社会保障制度の設計いかんでは、社会保障への公費投入が成長を促すこともあるとは思います。
 
 また、財政赤字に対する捉え方もインフレ率と経済成長を軽視していて、「いずれはギリシャ…」という下手に人を脅かすものになってしまっていると思います。

 ミクロ的には正しいけど、マクロ的な面ではやや物足りないと言えるかもしれません。
 ただ、日本の社会保障の大きな問題点を抉り出している本であることは間違いないです。
 
財政危機と社会保障 (講談社現代新書 2068)
鈴木 亘
4062880687


南部さおり『代理ミュンヒハウゼン症候群』(アスキー新書) 7点

 法螺吹き男爵ミュンヒハウゼンの名前に由来する「ミュンヒハウゼン症候群」。これは健康な人間が「病気のふりをして」病院を渡り歩き、治療を求めるという患者たちの状態を指した言葉です。
 これはある意味で「滑稽」であったり、「痛々しい」感じのする状態ですが、これに「代理」がつくと非常に恐ろしい状況になります。
 この「代理ミュンヒハウゼン症候群」の母親は、自分で病気を訴えるのではなく、自分の子供を本当に病気にさせることで、病院を渡り歩き、治療を求めるのです。

 そんな謎めいていて恐ろしい「代理ミュンヒハウゼン症候群」がいかなるもので、どのような歴史があり、そしてどのように対処すべきかということを書いたのがこの本。
 非常にバランスの取れた記述がしてあり、この問題の入門書として変に偏りのない知識を与えてくれますし、この「症候群」の誤解されやすい点もきちんと指摘しています。

 1970年代後半に登場した、この「代理ミュンヒハウゼン症候群」という言葉。
 母親が我が子を、「注目されたいがため」、「優しくケアされたいがため」、「献身的な母親を演じたいため」に、さまざまな手段を使って病気にさせ、場合によっては死に至らしめてしまうというこのショッキングな状態は、短い間に多くの人の知るところとなりました。

 日本では「点滴汚染水混入事件」によって、この症候群の名前を知った人も多いと思います。
 次女、三女、四女が次々と謎の死を遂げ、さらには五女までが高熱で入院。母親に会うたびに病状が悪化することに疑問をいだいた医師たちによって監視カメラが仕掛けられ、そこに点滴に飲み残しのスポーツドリンクを混ぜている母親の姿が写ったことから発覚したこの事件は世間に大きな衝撃を与えました。

 この本では後半の第7章でかなり紙幅をとってこの事件の裁判を詳細に検討しています。
 そしてそこで浮かび上がってくるのが、この「代理ミュンヒハウゼン症候群」の捉え方の難しさ。
 一般的にこの「代理ミュンヒハウゼン症候群」は「病気」として捉えられがちですが、決してこれは病名ではありません。「症候群」とはある種のパターンなのです。
 けれども、裁判などではどうしても「病気」として捉えられ、責任能力の有無が問われることになります。

 著者はこの問題について突っ込んで論じており、ここで論じられている問題は「人格障害」などにも応用できそうです。

 人間の恐ろしさを知りつつ、同時に精神医学と司法の関係についても考えることの出来る本と言えるでしょう。

代理ミュンヒハウゼン症候群 (アスキー新書)
南部 さおり 224
4048687018


加藤隆『歴史の中の『新約聖書』』(ちくま新書) 8点

 『新約聖書』の中には、なぜ、「マルコによる福音書」、「マタイによる福音書」、「ルカによる福音書」、「ヨハネによる福音書」と4つの福音書があるのか?そもそも『新約聖書』はどのように成立したか?といった疑問に答えてくれる本です。
 叙述はややすっきりとしていない部分もありますが、なかなか刺激的な本だと思います。

 『新約聖書』には「マルコ」、「マタイ」、「ルカ」、「ヨハネ」の4つの福音書がありますが、同じイエスの生涯をたどった物語でありながら、その内容はそれぞれ少しずつ違っています。
 「なぜ4つもあるのか?」「なぜ違うのか?」というのは『新約聖書』に触れた人の多くの人が抱く疑問でしょう。
 
 著者はまず「マルコ福音書」が、イエスの死後、エルサレムの協会から分派したヘレニスト(ギリシャ語を話す者たち)の間で成立し、それからそれに対向する形で「マタイ福音書」と「ルカ福音書」が成立したと考えます。
 「マルコ福音書」にはペトロをイエスが「サタン(悪魔)」と呼ぶなど、使徒の権威を認めない姿勢があり、神との直接のつながりが何よりも重視されます。これはヘレニストたちがペトロを頂点とするエルサレム教会のあり方に疑問を抱いていたからです。

 一方、「マタイ福音書」ではイエスが使徒たちに掟を与えるというのが重要なポイントになっています。このイエスによって与えられた掟によって信者のすべきことが明らかにされるのです。
 また、「ルカ福音書」は、福音書のあとに使徒行伝が続くように、使徒が重視されています。「ルカ福音書」では他の福音書と違ってイエス以外の者に精霊が与えられたことがはっきりと書かれており、使徒は人々を指導する特別な存在としての地位を与えられています。

 このように、神とのつながり以外を否定する「マルコ福音書」に対して、「マタイ福音書」では掟を重視し、「ルカ福音書」では使徒の権威を重視するなど、後者2つは既存の教会の権威を擁護する傾向があります。
 これに独特の世界ををもち、イエスを特別視する「ヨハネ福音書」、そしてパウロの手紙などが加わり、『新約聖書』が構成されているわけです。
 そして、このような雑多な文書の寄せ集めであるものが、キリスト教にとっては外部的存在であったローマ帝国によって権威付けされて成立したのが今の『新約聖書』であるというのが著者の描くストーリーです。

 議論が錯綜していて、やや議論を追いづらい面もあるのですが、著者の描くストーリーは説得的ですし、また聖書に関する様々な解釈、ユダヤ教の成立などについても得るものがあります。
 キリスト教の歴史に興味のある人は読んでみるべき本でしょう。

歴史の中の『新約聖書』 (ちくま新書)
加藤 隆
4480065660


武田善憲『ロシアの論理』(中公新書) 6点

 ロシア大使館勤務の経験もある外務官僚によるロシア・ウォッチの書。
 帯の「怪しげなインサイダー情報など不要!指導者たちの思考法を理解すれば、ロシアの行方が見えてくる」との文章には、佐藤優への批判を感じさせますが、その文の通り、表に出ている情報からプーチン・ロシアの行動原理とこれからの行方を読み解こうとした本です。

 著者は独裁的に見えるプーチン、そしてそれに寄り添うように行動するメドヴェージェフともに、いくつかの「ルール」に従って行動していると述べます。
 その「ルール」とは、外交面では「多極主義」であり、経済面では「正しく納税せよ」、「資源は国家のもの」といったものです。

 確かに強烈なパフォーマンスが目立つプーチンですが、著者の指摘する通りに超法規的に行動することは少なく、前任者のエリツィンに比べると法を尊重する姿勢を見せています。
 これはメドベージェフに関しても同じで、この二人が法による「秩序」を志向していることを示しています。
 欧米からの批判を浴びたユコス事件においても、やり方は強引すぎたもののユコスが問題を抱えていたのも事実で、プーチンなりの「ルール」に従った行動であったというのが著者の見方です。

 この著者の見解にはそれなりに説得力があり、ある程度ロシアの未来像というものも見えていきます。
 ただ、プーチンが超法規的措置を乱発し、自らの人気の源泉ともなったチェチェン紛争についてほとんど触れていない点には不満が残ります。
 表は綺麗にしていても、やはり裏では相当なことをしているのではないか?という疑念は、チェチェン紛争やそれを報じるジャーナリストの身の上に起こったことを考えるとぬぐえません。

 立場上、論じにくい面もあったとは思いますが、もう少しプーチンの「闇」の部分についても突っ込んで欲しかったです。
 また、日本との関係について、北方領土問題が全く触れられていないというのも、立場上の限界なのかな、とも思いました。

ロシアの論理―復活した大国は何を目指すか (中公新書)
武田 善憲
4121020685


高橋昌明『平家の群像』(岩波新書) 6点

 『平家物語』に描かれた平家の人々。そうした人々の実像に歴史学的な視点から迫ろうとした本です。
 「光源氏の再来」と言われ例もなき美貌を持っていたという維盛、「牡丹の花の武将」と言われ平家軍を指揮し人々から愛された重衡、この二人を軸に今までの『平家物語』の人物像の書き換えをはかったのがこの本です。

 歴史学的な観点とその他の史料から『平家物語』を批判的に検討するというやり方は確かに面白く、新しくわかってくることも多いです。
 例えば、母親の家柄が重視される当時において、清盛の長男・重盛の地位というのは磐石のものとは言えず、事実、重盛の死後、重盛の息子たちの地位は緩やかに下降していくことになります。
  
 また、『平家物語』における平家軍の総指揮官的存在として描かれる知盛についても、この本では治承4年(1180年)の病(この本では転換と推定)以来、それほど活躍しなかったのではないか?としています。
 そして、平家軍の総大将的な存在はこの本によれば重衡です。

 ただ、このような見方は確かに一理あるのですが、この本が『平家物語』で打ち出された平家の人々の印象を完全に書き換えたかというとそれは微妙。
 やはり、『平家物語』の人物の描き方の鋭さ、鮮やかさというのは素晴らしく、著者も違う視点を提供することは出来ていても、平家の人々の人物像を完全に書き換えるまでには至っていません。

 もちろん、一枚岩ではない平家の実像を示すことにはある程度成功しているのですが、それならば維盛でなく、重盛をクローズアップしたほうが効果的だったのでは?とも思いました。

平家の群像 物語から史実へ (岩波新書)
高橋 昌明
4004312124


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名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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