「ホワイトナイト」、「ポイズン・ピル」、「ゴールデン・パラシュート」、買収にかかわるこのような用語を、ライブドア事件のときに、あるいはドラマの「ハゲタカ」などで耳にして覚えている人もいるかと思います。
インパクトのある言葉ですし、そのときは解説を聞いて「なるほど」と思ったりしますが、実際のポイントや、何が認められていて、何が認められないのかというのは素人にはなかなかわからないことです。
本書は買収防衛などの実務に関わっている弁護士が、素人にはわかりにくいポイントを含め、まとまった形で解説してくれてる本です。
TOB(株式公開買い付け)のやり方や、認められている買収防衛策については、国によって違いもあり、本書を読んでも煩雑に感じる部分はありますが、本書を読むことで基本的なポイントはつかめると思います。
また、他国との比較を通じで、意外と日本の法が株主中心の考えを持っていて、敵対的買収もやりやすい面があるといったことがわかってくるのも面白いです。
目次は以下の通り。
プロローグ第一章 敵対的買収とは第二章 アクティビストとは第三章 敵対的買収の歴史――アクティビストの登場から隆盛まで第四章 買収防衛策とはどのようなものか第五章 各国は敵対的買収をどのように規制しようとしているか――法的規制と判例の動向第六章 敵対的買収と株主アクティビズムの将来エピローグ
「敵対的買収」とは対象となる会社を相手の同意なく買収することです。基本的には上場している株式会社で起こることです。
株式会社では会社の所有者は株主で、最高意思決定機関は株主総会ですが、上場企業の日常的な意思決定は取締役会で行われています。つまり、先程の「相手の同意」というのは当該会社の取締役会の同意ということになります。
このため、株式会社の所有者は株主であるが、買収が友好的か敵対的かを判断するのは取締役会であるという「ねじれ」が存在しており、これが敵対的買収をめぐる法的問題の根源となっています。
当初は敵対的買収であっても、途中で取締役会が受け入れに転じることもあります。日本に比べて敵対的買収が多いとされるアメリカやイギリスでもこうしたケースが多く、最終的には「友好的」に終わる買収も多いのです。
しかし、「敵対的」も「友好的」も、あくまでも取締役会の判断によるものです。例えば、現在の株価に100%のプレミアムを乗せて株を買うが、取締役は全員クビにするといった、株主によっては良いが、取締役にとっては悪いという提案も考えられます。
取締役は株主の代理人(エージェント)なのですが、株主の利益に反する行動を取る可能性もあるのです。これを「エージェンシー問題」と言います。
あまりよい印象がない敵対的買収ですが、これを正当化するのはどのような論理なのでしょうか?
まず、最初に出てくるのが効率的市場仮説という考え方です。株価は市場の取引で決まっています。そこにプレミアムを上乗せして買う者が現れるということは、買収者は何らかの方法で株価を高める経営能力を有しているということになります。つまり、敵対的買収がさかんになれば、株価を上げられない無能な経営者は退場し、すべての会社は効率的に経営されるようになるというわけです。
また、株主と経営陣の構造的な利益相反に注目する考えもあります。自己保身のインセンティブがある経営陣と株価の最大化を望む株主には利益相反があり、敵対的買収はそれを顕在化させます(この考えの場合、敵対的買収を肯定すると言うよりも、買収防衛策を否定するという考えになる)。
一方、敵対的買収に対して取締役が「同意」をせずに「抵抗」することが許されるケースとして、
ライブドア対ニッポン放送事件で東京高裁が示した次の4つの類型が考えられます。
1つ目は、会社経営に参加する意思がないにも関わらずに株価を吊り上げて関係者に高値で引き取らせることを狙ったものです。いわゆる「グリーン・メイラー」と呼ばれるものです。
2つ目は、会社を支配してその会社の知的財産権やノウハウなどを移転させる、いわゆる「焦土化経営」を行おうとしているケースです。
3つ目は、会社を支配しあとに当該会社の資産を債務の担保にしたり弁済原資として流用する予定で買収を行っているケースで、いわゆるLBO(レバレッジ・バイアウト)です。
4つ目は、会社を支配し、当該会社の事業に当面関係していない不動産、有価証券等を売却させ、一時的な高配当をさせたり、それによって株価の値上がりを狙うようなケースです。「解体型買収」とも言われます。
他にも、買収価格が会社の「本源的価値」に比べて低すぎるケース(アメリカでポイズン・ピルが使われるときにあげられる理由がだいたいこれ)、中長期的な会社の価値が毀損されるケースなどが紹介されています。
敵対的買収の手法としてはTOBの他に、市場内買付、委任状争奪戦、ベア・ハグと呼ばれる買収提案をいったん対象会社の取締役会に送って拒否されてから、公開書簡の形で提案を一般に公開する手法です。ベア・ハグは取締役に善管注意義務があり、買収提案を真摯に検討し、合理的理由なしに拒否できないことを逆手に取ったやり方です。
敵対的買収のイメージが掴めたとして、では、アクティビストとは一体何なのか?
まず、本書では「その潜在的な資産価値に比較して株価が割安な対象会社の株式の数%〜数十%を取得して、対象会社に経営の効率化や株主還元の強化等の要求を行ってその株価を引き上げる等をした上で、数か月から数年後に保有株式を売却してリターンを上げる投資家」(50p)という説明が紹介されています。
近年では機関投資家も経営に口出しをすることが多いですが、アクティビストは裁定取引などのさまざまな投資手法を駆使する点が機関投資家と違い、一方で同じように投資手法を駆使するヘッジファンドは経営に口出しをしない点がアクティビストと異なります。
また、アクティビストには自己資金中心で活動しているものと、顧客から資金を集めて活動している投資ファンドによるものがあります。カール・アイカーンや村上ファンドなどは自己資金が中心であり、投資ファンドとは言えません。
アクティビストは対象会社の株価を上げるために、経営陣にさまざまな形で圧力をかけます。
日本では3万株か発行済株式総数の1%以上の株式を6ヶ月以上保有していれば株主提案をすることができるのでこれが多用されます。また、臨時株主総会の招集も日本では可能なためによく用いられます。
さらに会計帳簿閲覧請求や業務検査役選任請求なども使われます。
また、欧米のアクティビストがしばしば用いる作戦としてウルフ・パックと呼ばれるものがあります。これは複数のアクティビストが暗黙裡に協調行動をとることで会社側に圧力をかけるやり方です。
先進諸国では日本でいう大量保有報告規制が存在しており、5%以上など一定以上の株を買った場合はそれを公表しなければなりません。ウルフ・パック作戦だとそれをかいくぐって株を買い集めることができるのです。なお、連絡を取り合って圧力をかける場合は「グループ」になるので、大量保有報告をしなければなりませんが、アクティビストはそうしたことが表に出ないように行動しています。
第3章は「敵対的買収の歴史」として過去の事例が紹介されています。アメリカやヨーロッパの事例も紹介されていますが、ここでは日本の事例の部分だけを少し紹介したいと思います。
日本では、2000年に村上ファンドが昭栄に敵対的TOBを仕掛けたのが敵対的買収のはじまりのように認識されていることもありますが、戦前から鉄道や電力などで敵対的買収が行われていました。
特に東急グループの創設者として知られる五島慶太は、目黒蒲田電鉄とその親会社である田園都市株式会社の株主の資金を用いて、自らも役員の一員であった武蔵電鉄の株式の過半数を敵対的に買収し、東京横浜電鉄と改称させ、自らは同社の専務となっています。さらに、池上電鉄や多摩川電鉄についても敵対的買収を行い、東急電鉄の基礎を築きました。
五島は戦後には横井英樹が買い占めた老舗百貨店・白木屋の株を引き取り、白木屋を買収しています。
2000年代になると、村上ファンドをはじめとするアクティビスト・ファンドが登場し、特に2005年のニッポン放送をめぐるライブドアの動きは、敵対的買収についてのあれこれについて多くの日本人が知るきっかけになりました。
日本国内のアクティビストの動きは2008年ごろにいったん沈静化しますが、2014年のスチュワードシップ・コードと2015年のコーポレートガバナンス・コードの策定、いわゆる「ダブル・コード」の策定・改定は、企業に株式持ち合いの解消と株主の声の繁栄を求めるもので、アクティビストの活動は再び活性化しています。
また、2019年以降は事業会社が敵対的TOBを成功させるケースも相次いでいます(19年の伊藤忠→デサント、20年のコロワイド→大戸屋、21年の日本製鉄→東京製綱など)。
第4章では買収防衛策にはどのようなものがあるのかが解説されていますが、その前に「どんな会社が標的になりやすいか?」ということが書かれています。
まず、標的になりやすいのがPBRが1倍を割り込んでいる会社です。PBRとは株式時価総額を純資産で割ったもので、これは1倍を割り込むということは理論上は対象会社の株をすべて取得した上で、その資産をすべて切り売りすれば利益が得られるということです。
純資産の額を正確に見積もるのは難しいこともありますが、中には株式時価総額が手元現預金の額を下回っている会社もあり、こうなると格好の餌食です。
借り入れ余力の大きい会社も狙われると言います。これはLBOの対象として適しているからです。
2015年にサード・ポイントに株式を取得されて大規模な株主還元の要求を受けたファナックは、当時、実質無借金経営で利潤剰余金が1兆4000億円を超えていました。「優良経営」と言いたいところですが、アクティビストにとっては狙い目なわけです。
次に資本関係の歪みがあるケースです。ニッポン放送とフジテレビの関係では、2003年当時、時価総額4600億円のフジテレビの株の約34%を保有するニッポン放送の時価総額は750億円ほどに過ぎませんでした。375億円でニッポン放送の株式の過半数を取得すれば、フジテレビの経営にも大きな影響を与えることができたのです。
最後はコングロマリット・ディスカウントがあると考えられる会社です。成長力があまり高くないと考えられる会社が、傘下に非常に成長力の高い企業を抱えている場合、あるいは特定の事業をスピン・オフしたほうが株価が上がると考えられるケースです。
例えば、前者ではカール・アイカーンがイーベイに対してペイパルのスピン・オフを要求したケースがあります。このケースではペイパルのスピン・オフ後に両者の時価総額の合計は以前のイーベイの時価総額を上回りました。
後者については、2019年にサード・ポイントがソニーに半導体事業のスピン・オフを要求した事例などがあげられます。
次に具体的な買収防衛策が紹介されています。広く取れば株価を上げるための方策は買収防衛策につながるのですが、本書でとり上げられているのは直接的な者が中心です。
まずは「ポイズン・ピル」です。直訳すると「毒薬」で、買収者の持ち株割合が一定の割合に達すると、すべての株主に対して大幅にディスカウントされた価格で優先株を取得する権利が得られるというものです。
この結果、買収者の持ち買う割合は大幅に希釈され、買収を断念せざるを得ない状況に追い込まれます。
次に紹介されているのが、ホワイトナイトを対象にした第三者割当増資です。対象会社が親密な関係を持ち会社などに対して第三者割当増資を行います。
ただし、日本では1989年の秀和対いなげや=忠実屋事件の判決において、この第三者割当増資が認められるかどうかは、具体的な資金需要があるかないかによるという「主要目的ルール」が確立しており、最近ではあまり用いられない手法だと言います。
ホワイトナイトが第三者割当増資を受けるのではなく、対抗TOBを仕掛けるというやり方もあります。
例えば、2006年にスティール・パートナーズに1株700円でTOBを仕掛けられた明星食品は、日清食品にホワイトナイト依頼し、日清食品が1株870円の対抗TOBを実施して明星食品を完全子会社化しました。この他にも村上ファンドからの攻勢を受けた阪神電鉄を阪急HDが完全子会社化した例などもあります。
経営陣が自ら株式非公開家を目指したTOBを行うものをMBO、従業員が主導して行うものをEBO、経営陣と従業員が協力して行うものをMEBOと言います。
防衛買いという手法もありますが、アメリカではこれを従業員持株制度たるESOPが行うケースもあります。
他にもアクティビストから見て魅力的な会社の資産を売ったり、非常に高額な配当を行って豊富な現預金を吐き出すのが「焦土作戦」です。
さらに基本定款や付属定款にアクティビストの活動を阻害する条項を入れておく「シャーク・リペラント(鮫よけ)」と呼ばれる手法や、1株で会社の重要事項について拒否権を持てる黄金株を発行したり、複数議決権種類株を発行するやり方も、アメリカではしばしば用いられています。
グーグル(アルファベット)もフェイスブック(メタ)も複数議決権種類株を発行しており、アクティビストが会社の経営に影響を及ぼせない構造になっています。
他にも「パックマン・ディフェンス」、「ゴールデン・パラシュート」などがあります。ただし、敵対的買収が成功した際には経営陣に割増の退職金を払うゴールデン・パラシュートは、経営陣が会社にしがみつくことを抑制する効果もあり、買収を促進するとの見方もあります。
また、さまざまな法規制もあり、インフラ企業などを外資が買収することについては外為法の規制がありますし、テレビ局なども放送法のもとで外資規制と、その他の株主に関する規制があります。
第5章は敵対的買収に対する各国の規制を紹介しています。
ここについては詳しく紹介する力も紙幅も尽きた感じなので、「本書を読んでください」ということになりますが、この章を読んで感じるのは、日本とアメリカの間での取締役の裁量についてのイメージと実態のギャップです。
なんとなく、日本では取締役が大きな力を持っていて株主が蔑ろにされている一方、アメリカでは株主主権が貫徹しているようなイメージがありますが、こと買収防衛策についてはまったく違うのです。
アメリカではポイズン・ピルを含め、多くの買収防衛策が経営陣の一存で導入できますが、日本では株主の意志に基づいて導入、発動されるべきだと考えられています。
日本はドイツ商法を母法としている歴史的経緯もあって、株主総会の権限も強く、少数株主の権利も強くなっています。これはアクティビストにとっては有利な条件です。
本家のドイツでは、従業員2000人を超える会社の監査役会(取締役の選解任権」を有するなど大きな権限を持つ)の半数は、株主がその選解任に介入出来ない従業員代表となっています。ドイツではたとえアクティビストが過半数の株式を握ったとしても、自由に会社の資産を切り売りしたり、リストラをしたりはできないのです。
他にも各国ごとの独自の規制や考え方がいろいろと紹介されており、この敵対的買収と買収防衛策について必ずしも「グローバル・スタンダード」のようなものがないこともわかると思います。
ここでは基礎的なことを中心にまとめましたが、もっと突っ込んだ実務に関する部分なども書かれており、バランスよく理解できる本になっていると思います。個人的には断片的だった知識が整理されて非常に勉強になりました。
また、実は日本はアクティビストが活動しやすい国だということを理解することは、今後、経済について考えていく上でも重要なことではないかと思いました。