ネット上で柔道事故や組体操のリスク、「2分の1成人式」の問題点などを指摘してきた著者の今までの問題発信や提言をまとめた本。間違いなくどこかの出版社が新書のオファーを出していると思っていましたが、若手の社会学者の起用では定評のある光文社でしたね。
基本的にネットで読んでいたものも多かったですが、本の出版をきっかけにしてより多くの人に知ってほしい内容ですし、教育現場でリスクが無視されてしまうという根本的な問題についても、その原因を考察しようとしています。
目次は以下のとおり。
大阪教育大学附属池田小などをきっかけにして、「学校の安全」に注目が集まり、不審者対策などが積み重ねられてきました。
しかし、実際に生徒が亡くなったり怪我をしたりするのは不審者に襲われるケースよりも圧倒的に授業中や部活動中のものが多いです。このあまり顕在化してこない「教育活動」の中でのリスクを調べ、データに基づいて警鐘を鳴らそうというのが著者の基本的なスタンスです。
そのもっともわかりやすい例が、この本の第1章でとり上げられている組体操と、第5章でとり上げられている柔道事故です。
組体操に関しては、自分も小中学校のときにやっており、その時は5段ピラミッドに3段タワーでした。運よく大きな怪我などはなかったと記憶していますが、その組体操は近年になってエスカレートし、小学校でも7段ピラミッドや5段タワーが、中学校では10段ピラミッドなども作られているとのことです。
当然、崩れたときには怪我の危険性もあるわけで、骨折などだけではなく障害が残るような大きな怪我も起きており、裁判で賠償が認められるケースも出てきています。
また、学校での柔道事故についてもここ30年ほどで118件の死亡事故が起きるなど(212p)、他の運動に比べても突出して高い死亡率となっていました。
ところが、そのリスクというものはなかなか認知されません。
柔道事故については、武道必修化に際して著者などがその危険性をアピールしたことなどもあって、その危険性が全日本柔道連盟や教育現場にも認知され、ここ3年死亡事件ゼロという大きな改善を示していますが、組体操に関してはリスクに背を向けた巨大化の動きが止まっていません。
著者はその原因として、「感動」を求める教育現場や周囲の風潮をあげています。この「感動」こそが教育現場の眼を曇らせている大きな要因なのです。
そして、この「感動」を得られるイベントの1つが「2分の1成人式」です。
「2分の1成人式」とは児童が10歳になった節目を祝うもので、「自分の生い立ちを振り返る」「将来の夢を話す」「親への感謝の手紙を読み上げる」といったものから構成されています。このイベントには親も出席し、親子そろって「感動」します。ちょうど、結婚式の花嫁の両親への手紙みたいな雰囲気になるのでしょう。
しかし、どの家庭も親子関係が円満なわけではありません。それこそ虐待を受けている子どもがいるかもしれません。また、片親の家庭や再婚した家庭の場合、「生い立ちの振り返り」が難しいケースもあるはずです。
ところが、多くの場合そういった可能性は無視され、みなが「感動」するイベントとして「2分の1成人式」は行われています。著者は「集団感動ポルノ」(107p)という強い言葉を使っていますが、まさにその「感動」が傷つく可能性のある子どもの存在を覆い隠しているのです。
第3章と第4章では部活動の問題がとり上げられています。
正式な教育課程には位置づけられていない部活動ですが、近年、教育課程に関連するものとして重視されており、さかんに行われています。
しかし、この部活動において大阪・桜宮高校での体罰事件などに見られるようにさまざまな問題が起きています。教員の暴力行為が「体罰」としてまかり通っていることに、学校の閉鎖性や特殊性を感じる人も多いと思います。
ところが、こうした体罰をふるう教員を擁護する保護者やOBがいるのも事実であり、顧問の教員が裁判にかけられると多くの場合、その教員を支援する動きが出てきます。
また、一方で教員の中からは部活動の顧問の負担が重すぎる、まったく指導できない競技の顧問を無理やりやらされているとの声があがっています。
実際、日本の中学校教員の勤務時間は世界でも最長と言っていいほどですが、授業に当てている時間は平均以下です。つまり、日本の中学校教員は部活動によって長時間労働を強いられ、疲弊しているのです(181ー186p)。
このように、この本は現在の学校現場におけるさまざまな問題点を鋭く抉り出しています。
教育に関する本というと、「理念でっかち」的な本が多く、それが苦手という人もいると思うのですが、この本はできるだけデータを使って語ろうとしており、多くの人を説得する力があると思います。
個人的には部活の話か「2分の1成人式」の話のどちらかを切り離して、より深く「教育という病」の考察に当てても良かったと思いますが(個人的に、組体操や「2分の1成人式」の流行の背景には、生徒の「関心・意欲・態度」を重視する今の学習指導要領があるのではないかと思う。「関心・意欲・態度」を重視すればするほど、教育は「イベント化」すると思うので)、今の教育現場の問題を幅広く知ってもらうという点からはこのほうがいいのかもしれません。
教育という病 子どもと先生を苦しめる「教育リスク」 (光文社新書)
内田 良

基本的にネットで読んでいたものも多かったですが、本の出版をきっかけにしてより多くの人に知ってほしい内容ですし、教育現場でリスクが無視されてしまうという根本的な問題についても、その原因を考察しようとしています。
目次は以下のとおり。
【序 章】 リスクと向き合うために ―― エビデンス・ベースド・アプローチ
【第1章】 巨大化する組体操 ―― 感動や一体感が見えなくさせるもの
【第2章】 「2分の1成人式」と家族幻想 ―― 家庭に踏む込む学校教育
【第3章】 運動部活動における「体罰」と「事故」 ―― スポーツ指導のあり方を問う
【第4章】 部活動顧問の過重負担 ―― 教員のQOLを考える
【第5章】 柔道界が動いた ―― 死亡事故ゼロへの道のり
【終 章】 市民社会における教育リスク
大阪教育大学附属池田小などをきっかけにして、「学校の安全」に注目が集まり、不審者対策などが積み重ねられてきました。
しかし、実際に生徒が亡くなったり怪我をしたりするのは不審者に襲われるケースよりも圧倒的に授業中や部活動中のものが多いです。このあまり顕在化してこない「教育活動」の中でのリスクを調べ、データに基づいて警鐘を鳴らそうというのが著者の基本的なスタンスです。
そのもっともわかりやすい例が、この本の第1章でとり上げられている組体操と、第5章でとり上げられている柔道事故です。
組体操に関しては、自分も小中学校のときにやっており、その時は5段ピラミッドに3段タワーでした。運よく大きな怪我などはなかったと記憶していますが、その組体操は近年になってエスカレートし、小学校でも7段ピラミッドや5段タワーが、中学校では10段ピラミッドなども作られているとのことです。
当然、崩れたときには怪我の危険性もあるわけで、骨折などだけではなく障害が残るような大きな怪我も起きており、裁判で賠償が認められるケースも出てきています。
また、学校での柔道事故についてもここ30年ほどで118件の死亡事故が起きるなど(212p)、他の運動に比べても突出して高い死亡率となっていました。
ところが、そのリスクというものはなかなか認知されません。
柔道事故については、武道必修化に際して著者などがその危険性をアピールしたことなどもあって、その危険性が全日本柔道連盟や教育現場にも認知され、ここ3年死亡事件ゼロという大きな改善を示していますが、組体操に関してはリスクに背を向けた巨大化の動きが止まっていません。
著者はその原因として、「感動」を求める教育現場や周囲の風潮をあげています。この「感動」こそが教育現場の眼を曇らせている大きな要因なのです。
そして、この「感動」を得られるイベントの1つが「2分の1成人式」です。
「2分の1成人式」とは児童が10歳になった節目を祝うもので、「自分の生い立ちを振り返る」「将来の夢を話す」「親への感謝の手紙を読み上げる」といったものから構成されています。このイベントには親も出席し、親子そろって「感動」します。ちょうど、結婚式の花嫁の両親への手紙みたいな雰囲気になるのでしょう。
しかし、どの家庭も親子関係が円満なわけではありません。それこそ虐待を受けている子どもがいるかもしれません。また、片親の家庭や再婚した家庭の場合、「生い立ちの振り返り」が難しいケースもあるはずです。
ところが、多くの場合そういった可能性は無視され、みなが「感動」するイベントとして「2分の1成人式」は行われています。著者は「集団感動ポルノ」(107p)という強い言葉を使っていますが、まさにその「感動」が傷つく可能性のある子どもの存在を覆い隠しているのです。
第3章と第4章では部活動の問題がとり上げられています。
正式な教育課程には位置づけられていない部活動ですが、近年、教育課程に関連するものとして重視されており、さかんに行われています。
しかし、この部活動において大阪・桜宮高校での体罰事件などに見られるようにさまざまな問題が起きています。教員の暴力行為が「体罰」としてまかり通っていることに、学校の閉鎖性や特殊性を感じる人も多いと思います。
ところが、こうした体罰をふるう教員を擁護する保護者やOBがいるのも事実であり、顧問の教員が裁判にかけられると多くの場合、その教員を支援する動きが出てきます。
また、一方で教員の中からは部活動の顧問の負担が重すぎる、まったく指導できない競技の顧問を無理やりやらされているとの声があがっています。
実際、日本の中学校教員の勤務時間は世界でも最長と言っていいほどですが、授業に当てている時間は平均以下です。つまり、日本の中学校教員は部活動によって長時間労働を強いられ、疲弊しているのです(181ー186p)。
このように、この本は現在の学校現場におけるさまざまな問題点を鋭く抉り出しています。
教育に関する本というと、「理念でっかち」的な本が多く、それが苦手という人もいると思うのですが、この本はできるだけデータを使って語ろうとしており、多くの人を説得する力があると思います。
個人的には部活の話か「2分の1成人式」の話のどちらかを切り離して、より深く「教育という病」の考察に当てても良かったと思いますが(個人的に、組体操や「2分の1成人式」の流行の背景には、生徒の「関心・意欲・態度」を重視する今の学習指導要領があるのではないかと思う。「関心・意欲・態度」を重視すればするほど、教育は「イベント化」すると思うので)、今の教育現場の問題を幅広く知ってもらうという点からはこのほうがいいのかもしれません。
教育という病 子どもと先生を苦しめる「教育リスク」 (光文社新書)
内田 良
