意外となかったインドについての新書、今年になってから相次いで刊行されていますが、中公新書というレーベルの力もあって本書が本命というイメージですかね。
著者はアジア開発銀行や世界銀行で働いていたこともある経済畑の人ですが、インドの経済だけでなく内政・外交と幅広く論じています。特に外交に関しては、「日本から見たインド」だけではなく「インドからみた国際社会」という視点もきちんと入っており面白いです(オープンになっている情報だけでなく、関係者の間で言われている憶測もまじえているところも面白い)。
300ページ弱の本文の中に、インドの政治と経済に関する基本的な情報と近年の動向が盛り込まれており、インドの政治、経済分野の基本を理解するには十分な1冊ではないかと思います。
モディ政権の近年の強権ぶりに対する警戒感はやや薄い感じもありますが、本書を読むことで、インドの強味と弱味、そして何よりも「中国の次はインド!」的な理解では追いつかないインドの複雑さというものがわかってきます。
目次は以下の通り。
第1章 多様性のインド―世界最大の民主主義国家第2章 モディ政権下のインド経済第3章 経済の担い手―主要財閥、注目の産業第4章 人口大国―若い人口構成、人材の宝庫第5章 成長の陰に―貧困と格差、環境第6章 インドの中立外交―中国、パキスタン、ロシア、米国とのはざまで第7章 日印関係―現状と展望
インド人のアイデンティティは「出身地、言語、宗教、カースト」の4つで構成されるといいます。一般的な日本人同士だと、この中で話題になるのは出身地くらいでしょうから、これだけみてもインドが多様なアイデンティティを持つ人で構成されていることがわかります。
地域ごとの差が大きいのも特徴で、北部は農業がさかんでデリー首都圏もありますが、教育レベルは低めで保守的だといいます。
東部は西ベンガル州が中心で、1911年まで植民地インドの首都のコルカタがありましたが、1977年から34年間に渡ってインド共産党が政権を担っていたために経済発展が遅れています。
西部は商業の中心でありモディ首相の地元のグジャラート州も西部にあります。
南部はインドで最も教育水準が高く治安も良い地域です。南部ではトラヴィタ系の人が多数で、かつてアーリヤ人に南部へと追いやられた過去があります。インドのシリコンバレーとも呼ばれるバンガロールがあるのも南部です。
2011年国勢調査によると、インドの宗教の比率はヒンドゥー教徒79.8%、イスラム教徒14.2%、キリスト教徒2.3%、シク教徒1.7%、仏教徒0.7%、ジャイナ教徒0.4%です。
カーストについては、バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラという4つの階層があり、さらにその下に「ダリッド(不可触民)」、「アディヴァシ(先住民)」と呼ばれる2つの最下層が存在します。ダリッドは「指定カースト(SC)」、アディヴァシは「指定部族(ST)」と呼ばれています。さらにシュードラに相当する階層が「その他後進階層(OBC)」と位置づけられています。
こうしたカーストの下にさらに「ジャーティ」と呼ばれる集団があり、このジャーティは職業と結びついています。
インドは上院と下院の二院制で、下院が優位です。インドの全国政党はインド人民党(BJP)とインド国民会議派の2つで、基本的にこの2つの政党が政権を争うわけですが、各州に有力政党があり、BJPも国民会議派もどの地域政党を連携するかがポイントになります。
BJPはRSS(民族義勇団)と呼ばれるヒンドゥー至上主義組織を支持母体とする右派政党で、都市中間層が支持母体となっています。
現在、BJPを率いるモディ首相はグジャラート州の首相として名を挙げ、首相にまで上り詰めました。ただし、グジャラート州時代の2002年には、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の衝突で1000人以上のイスラム教徒が亡くなった暴動に際し、十分な対策をとらなかったとして米国から入国ビザの発給を止められていたこともあります。
本書ではモディ首相の右腕ともいうべきシャー内相についても紹介されています。
一方、国民会議派の中心にいるのがガンディー家です。ただし、このガンディーはマハトマ・ガンディーとの血縁を示しているわけではありません。ネルー首相の娘のインディラがネルーに批判的な異教徒のジャーナリストと恋愛結婚し、そのジャーナリストがヒンドゥー教徒でなかったことを心配したマハトマがインディラ夫妻に「ガンディー」の姓を与えたのが事実だといいます。
このインディラがネルーの死後に首相になり、84年に暗殺されるまで政治の中心にいました。インディラはアメリカがパキスタンを支援したのに反発してソ連に接近し、社会主義的な政策をとるようになりました。
その後、インディラの息子のラジブ・ガンディーが首相になり、ラジブの死後はその妻のソフィアが政界に進出するなど、ガンディー家の影響は大きいです。
イタリア生まれのソフィアが首相になることはなく、代わりに首相を務めたのがマンモハン・シンでした。
ラジブの息子のラフルは「パプー」(お人好しの間抜け)とのニックネームをつけられてしまったことからもわかるように、政治家としてはまだ不十分と見られています。
インドは現在、世界第5位のGDPになりましたが、その特徴は内需主導の経済であるという点です。中国は輸出を中心とした製造業の発展によって高度成長を遂げましたが、インドの輸出依存度は低く、製造業のGDPに占める比率も15%程度と低いままです。
社会主義的な政策をとったこともあって低迷していたインド経済ですが、1991年に始まった自由化をきっかけに成長が始まり、2010年代前半の、そしてコロナによる停滞がありましたが、基本的には高い成長率が続いています。
名目GDPでは2025年にはドイツと日本を抜いて世界第3位になると予測されており、2075年にはアメリカを抜いて世界第2位になるとの予測もあります。
モディ政権は、インフラの整備、法人税の引き下げと間接税の強化、汚職の撲滅、労働法の改正など、ビジネスがしやすい環境の構築を進めています。
ただし、インドの著名な経済学者からは批判も多く、アマルティア・セン、アビジット・バナジーといったインド出身のノーベル経済学賞受賞者も、貧しい人々の生活の改善が進んでいないと、モディ首相の経済運営に批判的です。
一方、家族もなく清廉潔白なイメージを維持し続けているモディ首相の国内からの人気は高く、モディ政権の経済政策を糾弾するような動きは起きていません。
インド経済において大きな存在感を示しているのが財閥です。
一番有名なのはタタ財閥でしょう。1839年にゾロアスター教徒のジャムシェトジー・タタによって設立され、イギリスの中国・インドとの三角貿易にも携わり、綿花やアヘンを取り扱って成長しました。その後、製鉄所をはじめとしたさまざまな事業に進出しています。
タタ財閥は従業員に対する面倒見の良さが特徴で、日本人ビジネスマンからも「タタだけは絶対に騙されることがない」(63p)との声があります。
タタ自動車は10万ルピー(16万円)の大衆車ナノで話題を集めましたが、これはさっぱり売れず、財閥もリーマン・ショック後には経営不振に苦しみましたが、ITや半導体などで巻き返しを狙っています。
タタと並ぶ二大財閥のリライアンスは1977年上場と新興の財閥ですが、合成繊維やエネルギーの分野で積極的な投資を行ってのし上がりました。近年では携帯電話事業に参入し、、そのブランドのジオ・プラットフォームズは大きな成功を収めています。
インド経営大学院の教授は「リライアンスの株を買ってタタに就職しろ」と言ったといいますが、それだけの急成長を見せています。
ビルラ財閥も古参の財閥で、アヘン輸出で巨利を得て他の産業に参入していきました。現在の中核は化学繊維のグラシム・インダストリーズと非鉄金属のヒンダルコです。
アダニ財閥はグジャラート州を拠点としており、モディ首相に近いのが特徴です。インフラ整備や電力事業にも参入していますが、急成長の影で財務問題を指摘する声もあります。
インドではIT産業がさかんになっています。もともと数学や理系が強かった国であり、英語が公用語になっており、アメリカと半日の時差があることもプラスに働きました。
インドはソフトウェアの輸出が伸びていますが、こうしたソフトは不況になると合理化のためのIT投資が行われる傾向があることから、景気の波に左右されずに伸びています。
バンガロールを中心にさまざまなスタートアップ企業も生まれています。
この他、医薬品やバイオなどもインドの強いところで、ワクチン製造大国でもあります。
また、伝統的にさかんなのがダイヤの加工業です。インドは17世紀までは世界最大のダイヤ産出国でしたが、近年は南アフリカなどから輸入したものをカットしています。これに従事するのがジャイナ教徒で、虫を殺せず農業の従事できないためにダイヤ加工業に従事しています。
自動車・自動車部品も重要な産業で、自動車に関してはスズキが1981年という早い段階で進出し、大きな成功を収めました。
インドが経済的に注目されている理由の一つが人口です。今年、インドは中国を抜いて世界一の人口になったとも言われています。
ただし、インドでも人口の増加にはブレーキが掛かっており、2022年の合計特殊出生率は2.0で人口置換水準をやや下回っています。
インドの人口の3人に1人が10〜24歳の若い世代であり、一方、出生率は減少であるため、これからいわゆる「人口ボーナス」が期待できます。インドの人口ボーナス期は2040年代の前半まで続くと考えられています(その後はインドも高齢化が問題になる)。
インドではかつては不妊手術などの強引な人口抑制策がとられましたが、女性の教育水準が高いケララ州ではいち早く出生率が下がるなど、女性の高学歴化などを要因に、南インドで出生率の低下が進みました。
一方、北部や東部では出生率が高く、また、イスラム教徒の出生率がヒンドゥー教徒に比べて高いことが政治問題化しています。
インドは理系の高度人材を数多く排出していることで知られていますが、一方で大学の卒業生、特に文系の場合は就職難が待ち構えているという問題もあります。また、インドの国公立大学は教員の給与水準が低く、それゆえに優秀な教員を引き止められずに大学ランクでも低迷している現状があります。
インド人は海外にも進出しており、最近ではIT企業のCEOになるインド人が目立っています。
一方、そうしたエリートだけではなく中東へ渡る出稼ぎ労働者も数多くいます。世界的に見ると女性の出稼ぎ労働者が多いですが、男性が圧倒的に多いのがインドの特徴です。
経済成長がつづくインドですが、さまざまな格差の問題が大きく残っています。
例えば、保健分野における政府の取組は遅れていて、インドの公的医療機関は無料で受診できるもの、供給が大幅に不足しているために、国民の多くはお金を払って民間の医療機関を受診しています。
コロナ禍で医療崩壊が起き、さらにはロックダウンによってインフォーマルセクターの人々が収入を失うなど、大きな混乱が起きました。
インドでは貧富の差も大きく、上位1%への資産の集中度は3割を超え、日本や中国を上回り、アメリカに迫っています。一方、上位10%への集中度を見ると、インドは中国を下回ります。財閥のオーナーなどの一部の超富裕層に富が集中しているものと思われます(145p表5−2参照)。
インドには1億8000万ヘクタールの農地があり、これはアメリカに次ぐ規模となっています。「緑の革命」によってコメや小麦の生産性は向上しましたが、それでも、全体的な生産性は低く、緑の革命が定着したパンジャブ州やハリヤナ州とそれ以外の地域の差もあるといいます。
インドでは国内供給を優先すために、しばしば穀物輸出の禁止を行う傾向があり、これもインドの農家の所得の伸びを抑えているといいます。
インドでは男女の格差も大きく、新婦側から新郎側へと金品を贈る「ダウリー制度」の習慣もあって、女児の妊娠がわかると中絶することも多いです。また、女性への性犯罪も深刻です。
女性の社会進出も遅れており、労働参加もあまり進んでいません。
カーストによる差別も問題ですが、前述の指定カースト(SC)と指定部族(ST)では置かれている状況が少し違うといいます。
STは村全体の住人がSTということも多く差別に気づきにくい(都市に出てくると差別されたりする)ですが、SCは上位カーストと同じ村などで暮らしているために、差別を実感しやすくなっています。
インドでは下位カーストのための留保制度というものがあり、議員、公務員、高等教育の入学枠が設定されています。これもあって、SCやSTでは親の教育水準を子どもが上回ることが多くなっていますが、こうした制度に対する上位カーストの反発もあります。
また、イスラム教徒はダリットから改宗した人が多いこともあって、貧しい人が多く、しかも教育水準の改善も進んでいません。
なお、カースト問題はセンシティブであり「カーストについて安易に聞くことは控えたほうが無難」(161p)とのことです。
外交面では、インドは非同盟中立の立場を取っており、最近の「グローバル・サウス」のリーダーとしての振る舞いもその流れになります。
著者は、このインドにとって対中外交がもっとも大きな問題だと指摘してます。
もともと、非同盟中立の立場は中国と重なるものであり、初代首相のネルーは周恩来との親交を深め、ともの第三世界のリーダーになることを目指しました。
ところが、この中国との協調は1962年10月に中国軍が侵攻し、ラダックの東側のアクサイチンの領土を奪ったことで終わります。
その後、中国との関係改善が進みますが、2020年6月のラダックのガルワン渓谷での印中両軍のの衝突は、かつての軍事衝突を思い起こさせるものでした。22年にはブータン近くのアルナチャル・プラデシュ州のタワンでも衝突が起きていますが、ここはチベット仏教徒の聖地でもあり、中国が併合を狙っている場所だともいいます。
2020年6月の衝突後、インドではTiktokをはじめとする中国製アプリの禁止、高速道路事業や通信事業に対する中国企業の投資や入札の停止といったことも行われています。中国のEVメーカーのインド進出も凍結されています。
一方で、中国はインドの最大の貿易相手国でもあり、工業製品を中心に中国依存というべき状況にもなっています。
中国は、ブータン、ネパール、バングラデシュ、スリランカといったインドの周辺国でも影響力を高めており、インドにとっては大きな問題となっています。
ここでインドが頼りにするのがロシアです。国際的には中ロの接近が言われていますが、インドはロシアを「特別で特権的な戦略パートナー」と位置づけています。
1962年の印中紛争やアメリカのパキスタン寄りの政策はインドをソ連に接近させましたが、その後も友好関係は続いており、インドはロシア製の武器を数多く購入しています。ロシアはインドに「印中間で戦争があったら中立を保つ」(204p)と伝えており、中国との戦争になった時に頼りになるのはロシア(とイスラエル)だけだとも言われています。
印中の対立はアメリカとインドの関係を接近させることにもなり、クアッドなどの枠組みがつくられていますが、例えば、インドがアメリカ陣営に入ってロシアを敵に回した場合、インドは最悪のケースとして、中国、ロシア、パキスタンを同時に敵に回すことにもなりかねません。
かつてブリンケン国務長官が非公式に「印中間に万が一のことがあっても米国は助けに来ない」(211p)と述べたという報道もあり、インドとしてみると完全にアメリカと共同歩調をとるわけにもいかないのです。
また、インドの最大の敵国はパキスタンで、パキスタンを牽制するためにインドはアフガニスタンへの援助に力を入れていましたが、この援助はアメリカ軍の撤退によって水泡に帰しました。
アメリカは対テロ作戦を進める上でもパキスタンの協力が必要であり、この面でもアメリカは信頼しきれないパートナーなのです。
最後に本書は日印関係にも触れています。
ここで興味深いのは貿易に関しては伸び悩んでいるものの、日本の対印直接投資が非常に堅調なことです。これはインドが有望な市場だからでもありますし、対中リスクの見直しの中でインドが注目されているという面もあるでしょう。
また、政治面では、やはり安倍元首相の死去は大きいと著者はみています。モディ首相との個人的な関係を軸にインドの関係を大きく進めたのは安倍元首相であり、インドとの大きなパイプが失われてしまったのは事実です。
このように本書はインドの政治と経済を総合的に論じた本になります。ここでは紹介できなかったさまざまなトピックもあり、この1冊を読めば、インドについての知識がかなり深まるでしょう。
最初に書いたように、ややモディ政権への見方が甘く感じる部分もありますが、現在のインドが抱える問題点も指摘しており、多面的にインドを分析することが出来ていると思います。