山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2008年07月

廣瀬陽子『コーカサス 国際関係の十字路』(集英社新書) 8点

 以前、同じ著者の『強権と不安の超大国・ロシア』(光文社新書)を紹介し、「面白い」と書きましたが、あまり時期をおかずに再び新書が出されました。
 
 『強権と不安の超大国・ロシア』はコーカサス(カフカス)を専門とする著者が、そのコーカサス諸国やそれ以外の場所に点在するに未承認国家の実態や自身の様々な経験をもとに、旧ソ連諸国の現在の様子とロシアの姿を描いた作品でしたが、この『コーカサス 国際関係の十字路』は著者の専門であるコーカサス3国(グルジア・アゼルバイジャン・アルメニア)とロシア内の北コーカサス(チェチェン・北オセチアなど)の現在の政治情勢を紹介した本。

 記述は教科書的なので、読み物としては『強権と不安の超大国・ロシア』のほうが面白いですが、この本も非常に多面的かつわかりやすくこの地域の情勢が述べられていて非常に面白い。
 
 国内に2つの未承認国家を抱え、ロシアの圧力に対抗するために欧米への接近を目指すグルジア。豊富な天然資源によって安定した支配を確立しようとするアゼルバイジャン。そして、国は貧しいものの各国にいるアルメニア移民のネットワークによって欧米諸国に大きな影響力を持つアルメニア。
 これら複雑な事情を持つ3国の姿、そしてロシアや欧米、さらには国境を接するイランやトルコがどのようなスタンスでこれらの国々と向き合おうとしているかがわかります。
 特にアルメニア人がディアスポラの民として、ユダヤ人的な地位を築きつつある現状には、想像以上のものがありました。

 また、カスピ海を「海」とするか「湖」とするかという天然資源を背景にした問題も、日本のマスコミはあまり報じない問題で面白かったです。

 コーカサスの情勢を知るために有益な本だと思いますし、また、先日紹介した常岡浩介『ロシア 語られない戦争』のバックグラウンド知る上でもいい本ですね。

コーカサス国際関係の十字路 (集英社新書 452A) (集英社新書 452A)
廣瀬 陽子
4087204529


笹山尚人『人が壊れていく職場』(光文社新書) 8点

 タイトルからすると、最近新聞でもよく見かけるルポの類を想像しますが、労働問題に取り組んでいる弁護士が著者だということで、単なるルポではなく一種のハウツー本としての魅力も兼ね備えた本になっています。

 著者は「ヨドバシカメラ事件」「すき家ユニオン」などに関わっている弁護士で、実際に担当した事件をたどりながら、「名ばかり管理職」、「パワハラ」、「日雇派遣」などの現代の職場の問題と、その解決方法を明らかにしています。

 「不法を行う企業を懲らしめてやろう」的な感覚を持つ著者のやり方に違和感を覚える人もいなくはないと思いますが、挙げられている実例はどれもひどいものが多いですし、そんなひどい状況の中でいかに法を使って労働者の権利を守っていくか?ということが丁寧に書かれていて、非常に役立つ本になっていると思います。
 特に、単なる法律の解説にとどまらず、「どのように企業の不当な解雇を撤回させたか」「いかに企業から慰謝料をとったか」というところまで書いてある点が、一歩踏み込んであるところ。

 最近は弁護士の増加が問題になったりしていますが、この本を読んで、著者のような小さい労働問題に取り組む弁護士が増えて欲しいと思いました。

人が壊れてゆく職場 (光文社新書 359)
笹山尚人
4334034624

 

田中利幸『空の戦争史』(講談社現代新書)7点

 民間人を巻き込む無差別爆撃が、いつ生まれていかに正当化されていったかということをたどった本。
 無差別爆撃と言うと、なんとなく「ナチス・ドイツによるゲルニカへの空爆あたりから始まって、日本の重慶爆撃、そして連合軍によるドイツや日本への大規模空襲に発展していった」という図式が頭の中にあったのですが、この本はそのような図式を書き直してくれます。

 飛行機が戦場に登場した第1次世界大戦から一般市民を犠牲にする都市への爆撃は行われており、人道上の問題をはらみながらも、「報復」、「戦争の早期終結」という名目のもとで積極的に行われていきます。
 そして、そのときに空爆の効果を表すものとしてさかんに主張されたのが「都市への空爆は相手の士気をくじく」というもの。
 実際のところ、相手の軍事力や生産能力に大きな打撃を与えられなかった空爆ですが、当時、新たに創設されようとした空軍を育てるためにも、裏付けのない「相手の士気をくじく」という言葉が一人歩きしていくのです。

 このあたりの流れをこの本は非常に上手く描いており、こうした第1次大戦での思想が第2次大戦の無差別爆撃を準備したことがよくわかります。
 また、第1次大戦後にイギリスが植民地で行った無差別爆撃にかんしてもとり上げられており、無差別爆撃がファシズム国家の非人道的な行為とそれに対する報復、といったものではないということもわかります。

 本自体は原爆投下で終っているため、アメリカ軍がこだわっていた目標をピンポイントで狙う「精密爆撃」のその後の展開(現在の「ピンポイント爆撃」にたどりつくまでの流れとその実態)に触れていないのはちょっと残念ではありますが、戦争や戦争犯罪といったものを考えるうえでも有意義なほんではないでしょうか。

空の戦争史 (講談社現代新書 1945)
田中 利幸
406287945X


常岡浩介『ロシア 語られない戦争』(アスキー新書) 8点

 副題は「チェチェンゲリラ従軍記」。「従軍記」とあるように、単なるルポの域を超えてチェチェン独立派のゲリラ舞台と行動をともにした著者の記録です。
 イスラム教に改宗し、カフカスの山中を飢えや寒さと戦いながら行軍した著者。その著者の書いたこの本には、確かに著者の言うように中立的で客観的な記述を期待することはできないですし、チェチェンの独立運動の概観を知りたい人にお薦めできる本ではありません。
 けれでも、著者の体験した厳しさを通じて、ロシアによって弾圧されているチェチェンの置かれた状況の厳しさ、酷さというものが十分に伝わる本になっていると思います。

 そして、この本のもう一つの読みどころが、プーチン政権下で進んだ、KGBの跡を継いだというロシア連邦保安局(FSB)の恐るべき実態。
 以前紹介した、廣瀬陽子『強権と不安の超大国・ロシア』で、全体的に面白いけど、第3章の「ロシアのKGB的体質」がいまいちだということを書きましたが、この本はまさに「ロシアのKGB的体質」という闇を明らかにしています。

 もちろん、この本に書かれたことをすべて信じるわけにもいかないかもしれませんが、チェチェン独立派のイメージを低下させるための数々の工作、真実を明らかにしようとするジャーナリストの暗殺など、日本ではあまり話題にならなかったFSBの秘密工作の数々が書かれており、プーチン政権の恐ろしさの一端を窺うことができます。

 また、ロシアの諜報機関によってロンドンで暗殺されたと言われているリトビネンコ氏への著者のインタビューが収録されているのもこの本の魅力の一つ。
 リトビネンコという男が一体どのような存在だったのか?そしてリトビネンコがロシアの何を告発しようとしていたのかということがわかります。

 本としてはややまとまりがない部分もありますし、いろいろな理由もあって語りきれていない部分もあるのですが、今まで日本のマスコミではあまりとり上げられることが少なかった、ロシアとチェチェンの闇をとり上げた読み応えのある本だと言えます。

ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記 (アスキー新書 71)
常岡 浩介
4048671863


吉原真里『ドット・コム・ラヴァーズ』(中公新書) 6点

 テーマはネット上でデートの相手を見つけることができるオンライン・デーティング。
 新書の中では一番しっかりした中公新書で、著者がハワイ大学の教授ということとなれば、そういったオンライン・デーティングに対する社会学的分析や、その一断面をカルチュラル・スタディーズ、あるいはジェンダーの視点から切り取ってみせるような本を想像してしまいますし、実際に同性愛者のオンライン・デーティングを扱った第3章なんかはそういった趣があるのですが、基本的には著者の体験記。しかも、かなりあからさまな体験記です。

 1968年生まれ(ということはこの本の体験は30代後半のときのことかな?)の著者が、好奇心からオンライン・デーティングのサイトに登録し、さまざまな男性と知り合い、ちょっとしたデートをし、時には深い仲になり、時にはストーカーのような男につきまとわれ、といったことが完全に著者の体験に即して書かれており、この著者のものの見方とかに馴染めるかどうかがこの本を読むうえでの一つのハードルになるかもしれません。

 個人的には、多少、「ここまで書くのか」と思いながらも楽しめましたが、ダメな人もいるでしょう。
 それでも、「読み物」としてはなかなか「読める」ものだと思います。

 ちなみに、この本を読むと著者がどんな人なのか気になりますが、残念ながら中公新書には顔写真がありません。
 知りたい人は"mari yoshihara"で検索してみて下さい。

ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男 (中公新書 (1954))
吉原 真里
4121019547


 

服部龍二『広田弘毅』(中公新書) 8点

 城山三郎の『落日燃ゆ』によって美化されすぎたきらいのある広田弘毅。
 軍部に抵抗して平和の道を模索したが抗しきれず、東京裁判では一言も弁明することなく理不尽な死刑判決を受け入れた無私の人物というイメージがあるかもしれません。

 けれども、多少この時代を調べたことのあるものにとっては、広田内閣における軍部大臣現役武官制の復活や日独伊三国防共協定など、広田内閣において後々響いてくる間違った政策判断が行われたのも事実だと思わざるを得ません。

 そんな中で、この本は「1、広田弘毅の生涯」、「2、広田外交の位置づけ」、「3、1930年代の日本外交」、「4、東京裁判」という4つの課題のもとに、広田弘毅の生涯と外交官・政治家としての活動をたどることで、広田のイメージと実像のギャップを埋めてくれる本です。

 特に、この本を読んで改めて感じるのは首相を退いた後、近衛内閣の外相となった広田弘毅の問題点。
 経験不足の近衛を押さえる役目が求められながらも、その役目を果たせず、日中戦争の拡大を許してしまったその姿はまったく期待はずれのものであり、中国との和平の機会を逸し、南京事件を知りながら軍部に強い態度をとらなかったことが、東京裁判での絞首刑判決につながっていったということが外交資料などを駆使して描かれています。
 
 帯に「政治家の”罪”とは」との言葉がありますが、まさにそのことを考える一つの材料となる本ではないでしょうか。

広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書 1951)
服部 龍二
4121019512


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名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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