山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2008年08月

池田信夫『ハイエク』(PHP新書) 6点

 20世紀に経済学・政治哲学などの幅広い分野で活躍したハイエクの思想を紹介した入門書。
 著者の池田信夫は、その博識とNHK勤務の経験、そしてラディカルな意見で有名なブロガーですが、この本は入門書としてあまり偏った解釈をせずに素直にハイエクの思想を紹介していると思います。

 ハイエクはフリードマンと一緒くたにされ、「新自由主義」のレッテルを貼られるケースが多いですが(そして批判されるか、マルクスを葬り去った人物として持ち上げられる)、そういった粗雑な解釈に対しては、きちんと両者の違いを説明していますし、後年の思想も紹介することで「楽天的な自由至上主義者」というような誤解もされないようなっています。

 ですから、「ハイエクという名前を知っているけどどんなひとかはわからない」という人にはお薦めできる入門書だと思います。
 ただ、ハイエクの本をある程度読んだことのある人に取っては物足りないでしょう。
 200ページほどの短い新書なので仕方がないですが、著者の新しい解釈や新しい発見というものは特にないので、ハイエクの本を読んだことある人は特に読む必要はないかもしれません。

ハイエク 知識社会の自由主義 (PHP新書 543)
池田 信夫
456969991X


大塚英志+東浩紀『リアルのゆくえ』(講談社現代新書) 5点

 まず、大塚英志のことも東浩紀のことも知らない人は読まない方がいいでしょう。次に、2人のことは多少は知っていて彼らが秋葉原事件について語っているのでそれについて読んでみたいという人も読まなくていいと思います。

 本の構成としては2001年、2002年、2007年、2008年に行われた2人の対談が収録されています。
 2002年から2007年まで間がとんでいますが、これは2人がこの時期仲が悪かったから。なぜ仲が悪かったのかということはこの本を読めばわかります。

 ふつう対談というと、お互いを認め合って、相手の意見を自分のフィールドに持ってくるというような形で進むのですが、この本は「東くんの生き方は理解できない」「大塚さんは何でそんなに怒ってるんですか」というやりとりがえんえんにつづく感じ。

 ただ、秋葉原事件を受けての対談では少し歩み寄りが見られますし、ある意味、この頑固さというのが2人の(特に東浩紀の)魅力でもあるのかも。
 好きな人だけ読んで下さい。

リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書 1957)
東 浩紀
4062879573


本田善彦『人民解放軍は何を考えているのか』(光文社新書) 6点

 副題に「軍事ドラマで分析する中国」とあるように、中国でさかんにつくられている軍事ドラマから中国・人民解放軍の実態に迫ろうとした本。
 もちろん、一般で放送されているテレビ番組を分析しているので、軍事上の秘密のようなものは出てこないですし、軍事オタクの人には物足りない内容でしょう。
 ただ、世界最大の組織とも言える人民解放軍(225万の兵員を抱え、数字上では筆者の計算によれば2億~3億人を動員できる!)の特殊な性格と、中国の抱く国家観のようなものを知る事ができる本で、一種の中国論としてはなかなか面白い読み物だと思います。

 人民解放軍は近年、その軍事予算を巨大化させ周辺国に警戒感を抱かせる存在になってきましたが、装備や組織、情報などにおいて「後れている」事を自覚しており、また巨大組織の常として、官僚主義や形式主義、事なかれ主義に蝕まれています。
 けれども、そんな実態を認め、それを改革していこうというプロパガンダをテレビで流すのが「革命の軍隊」である人民解放軍ならではのところ。

 また、例えば、農村戸籍を持つ者にとって、教育を受けることができ都市戸籍を得るチャンスのある解放軍の兵士は憧れの存在で、農村ではコネを通じて入隊を頼み込む親も多いというようなドラマの端々で描かれる中国の実態も興味深いものがあります。

 やや冗長な部分もありますが、中国という国を理解するための新たな視点を提供してくれる本だと思います。

人民解放軍は何を考えているのか (光文社新書 364) (光文社新書 364)
本田善彦
4334034675


篠田博之『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書) 5点

 雑誌『創』の編集長である著者が、宮崎勤、奈良女児殺害事件の小林薫、宅間守の3人の死刑囚に対して接触を試みた記録をまとめたもの。
 ですから、「死刑囚の実態」とか「死刑にいたるまでの流れ」のようなものを期待すると少し違います。
 また、著者は死刑については懐疑的な立場で、いわゆる「左翼的同情心」のようなものが目立つので、こういったものが嫌いな人はダメな本だと思います。

 ただ、どうしようもない認識の甘さを露呈している宮崎勤・小林薫に対して、宅間守の認識には著者の「左翼的同情心」を明らかに受け付けないものがあって、それにはある意味で凄みがあります。

 例えば雑誌『現代』に載ったという次の文章。

テントを張って生きているような奴らは、動物なのです。無差別殺人をやって、いずれ、絞首台に立ち、死ぬ事すら出来ない、かすなのです。人間はほこりを持たないといけないと思います。汚い毛布にくるまって、ゴミ箱をあさって、ふろに入らないで、身柄拘束を恐れて、日々、消化させるのが、人間だとは思いません。人間だから、包丁を購入し、車を運転し、人間だから、ブスブスとエリートの卵を刺しつづけたのです、(187ー188p)

 
 このいわゆる一般的な道徳を突き破ってしまった宅間守の考えについては、死刑制度の是非などを考える上でも一読の価値があるかもしれません。

ドキュメント死刑囚 (ちくま新書 736)
篠田 博之
4480064435


 

毛利敏彦『幕末維新と佐賀藩』(中公新書) 6点

 『明治六年政変』(中公新書)など、内容のある新書をいくつか書いて来た著者が、幕末の佐賀藩に注目して書いた本。

 幕末期にいち早く西洋式の学問や技術を取り入れ、当時の日本では抜きん出た軍備を持ち、維新期には多くの人材を輩出した佐賀藩。この佐賀藩がどのように形成され、明治維新にどんな影響を当てたかということを、鍋島閑叟と江藤新平の2人を主人公にする形で述べていきます。

 ただ、維新後の江藤新平の動きも追ったことで、佐賀藩自体についての記述は少し物足りないものになってしまっています。
 例えば、成績の悪い藩士の家禄を没収するという佐賀藩の厳しい教育システムには触れられていませんし、大隈重信など、佐賀藩出身の他の人物への言及もほとんどないです。

 また、佐賀藩にある程度知識がある人というのは、司馬遼太郎の「肥前の妖怪」(『酔って候』に所収)、「アームストロング砲」(『アームストロング砲』に所収)を読んだ人が多いと思うのですが、それを超える新しい発見があるかと言うと、それはあまりないかもしれません(もっとも司馬遼太郎の小説はあくまで小説ですから、歴史学者が意識する必要はないのかもしれませんが)。
 アームストロング砲については、「当のアームストロング野戦砲は佐賀藩の自家製でなくて、イギリスからの輸入品だったようである」(114p)と、司馬遼太郎の「アームストロング砲」の神話を否定する見解があるのですが、「ようである」以上のことは言っていません。

 佐賀藩について知識のない人にとっては面白いかもしれませんが、知識のある者にとってはやや物足りない気がします。

幕末維新と佐賀藩―日本西洋化の原点 (中公新書 1958)
毛利 敏彦
412101958X


高田里惠子『学歴・階級・軍隊』(中公新書) 6点

 『きけわだつみのこえ』に見られる学歴と兵営生活、最近、赤木智弘の「丸山真男をひっぱたきたい」で再び注目を集めた丸山真男の二等兵体験、そんな軍隊に入れられた高学歴兵士たちの体験と、おかれた立場、そこから見える日本の学歴観を分析した本です。

 この本は、よく知られている高学歴兵士と田舎の農家上がりの下士官の対立のようなわかりやすい構図だけではなく、戦争に行くはめになった世代と行かずにすんだ世代の世代間の対立、士官学校と旧制高校の違い、その旧制高校の中でも特権的な立場にあった一高の立場、そこから見えてくるエリート教育のあり方など、非常に多くの話題をとり上げています。
 そのため、読み応えはあるのですが、あまりに多くのことをとり上げたため、全体としてのまとまりは弱いです。

 特に、三島由紀夫の『青の時代』のモデルともなった、光クラブの山崎晃嗣に焦点を当てた第5章は、ほぼ一高の分析のようにもなっていて、本書のテーマからはかなり外れてしまっていと言えるでしょう。
 
 ただし、非常にごちゃごちゃした本ではありますが、日本におけるエリート幻想とか、男社会における「女々しさ」(否定したはずのものが男だけの閉鎖社会で回帰しているという意味で)とか、学歴と階級の微妙なずれとかを考える上でヒントになる材料がつまっている本だとは思います。

学歴・階級・軍隊―高学歴兵士たちの憂鬱な日常 (中公新書 1955)
高田 里惠子
4121019555
 
 
記事検索
月別アーカイブ
★★プロフィール★★
名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
新書以外のことは
「西東京日記 IN はてな」で。
メールはblueautomobile*gmail.com(*を@にしてください)
<% for ( var i = 0; i < 7; i++ ) { %> <% } %>
<%= wdays[i] %>
<% for ( var i = 0; i < cal.length; i++ ) { %> <% for ( var j = 0; j < cal[i].length; j++) { %> <% } %> <% } %>
0) { %> id="calendar-294826-day-<%= cal[i][j]%>"<% } %>><%= cal[i][j] %>
タグクラウド
  • ライブドアブログ

'); label.html('\ ライブドアブログでは広告のパーソナライズや効果測定のためクッキー(cookie)を使用しています。
\ このバナーを閉じるか閲覧を継続することでクッキーの使用を承認いただいたものとさせていただきます。
\ また、お客様は当社パートナー企業における所定の手続きにより、クッキーの使用を管理することもできます。
\ 詳細はライブドア利用規約をご確認ください。\ '); banner.append(label); var closeButton = $('