同じ中公新書の『北方領土問題』で、「1:3」、「面積等分」などの日露両国「引き分け」による解決方法を提示した著者の本。
タイトルから、日本の領土問題を中心に国境をめぐる世界のさまざまな争いを概観するような本を想像しましたが、「ボーダースタディーズ」という近年になって登場した新しい学問領域とその活動を紹介する本になっています。
目次は以下の通り。
「ボーダースタディーズとは何か?」、この本の第2章の冒頭では次のように説明されています。
なかなか難解な定義であり、この定義だけを読んで、面白そうと思う人は少ないかもしれません。しかし、この本ではさまざまな事例を上げていくことで、ボーダースタディーズが興味深い学問領域であることを教えてくれます。
まず、この本のタイトルとなっているのは「国境学」ですが、本書のなかでは基本的に「ボーダースタディーズ」というように「ボーダー」という言葉を用いています。
「国境」だと、国と国の境しかあつかえませんが、「ボーダー」となるともっといろいろなものが入ってきます。例えば、パレスチナの地にイスラエルが築いたフェンスは「国境」ではないですが、「ボーダー」として機能しています。そしてこれを「壁」と見るか「フェンス」と見るかでも争いがあります(63p)。
イスラエルの築いたフェンスやベルリンの壁のようにはっきりと目に見える「ボーダー」もありますが、同時に目に見えない「ボーダー」もあります。
EUのように国境がほとんど意識されないようなケースもありますし、領海に線が引かれていることもありません。また、根室のように事実上は「国境のまち」でありながら、政府の立場上、「国境」とはされないような場所もあります(52-54p)。
また、「ボーダー」というものは人為的なものであり、国家などによって「構築」されたものです。この本の第4章では竹島(独島)がそのようなものの代表例としてとり上げられています。
韓国における独島はたんなる領土というよりも、歴史的・国家的なシンボルであり、著者に言わせれば2012年にオープンした独島体験館では「わずか0.23平方キロメートル、そのあたりの公園よりも小さな島が、途方もない宇宙の中心のように描かれている」(114p)そうです。
この「構築」されたものとしては日本の北方領土問題にもそういった要素があります。四島が「固有の領土」としてパッケージングされたのは、戦後すぐではなく日ソの平和条約締結が行き詰まった1950年代後半~60年代前半にかけてのことです(119-122p)。
「ボーダー」が何を通し、何を通さないかというのも重要です。
アメリカとメキシコの国境は、アメリカからメキシコに行くときは簡単に超えることが出来ます。一方、メキシコからアメリカにはいろうとすると大変です。不法移民や麻薬の密輸取り締まりのために、メキシコからの入国者は何時間も待たされることになります。
ここ最近のヨーロッパに押し寄せる難民の問題などは、「ボーダー」が、まさに何を通し、何を通さないかということを改めて考えさせるものだったと言えましょう。
さらに第6章では、国境に注目した地政学的な分析も紹介しています。
陸続きの国境も持つということは、相手の国と嫌でも関係していかなければならないということになります。特に、その国境が紛争を抱えていたりすると、その紛争に外交全体が縛られます。
一方、東アジア地域におけるアメリカはどこの国とも陸続きの国境がなく、比較的自由に振る舞えます。この本ではニクソンによる米中接近などをそうした国境紛争をめぐる地政学的な観点から分析しています。
終章では、ボーダーツーリズムを提案するなど、地政学的な側面とはまったく違ったボーダースタディーズの可能性を打ち出しています。
福岡から対馬に行って観光し、さらに高速船で釜山へ渡るプランなど、国境を意識させ通過するというツーリズムは、普通の旅行とはまた違った面白さがあるでしょう。
このようなボーダースタディーズにはかなりいろいろな要素が詰め込まれています。
まだ可能性として示唆されている部分も多いですが、確かにエリア・スタディーズとはまた違った切り口を与えてくれそうです。
また、ここではボーダースタディーズのエッセンス的な部分だけを紹介しましたが、この本では著者の体験や研究遍歴とともにボーダースタディーズの内容が語られており、補論の「新しい人文・社会系の学問をいかに創造するか」を含め、学者の一つのロールモデルを教えてくれる本でもあります。
入門 国境学 - 領土、主権、イデオロギー (中公新書)
岩下 明裕

タイトルから、日本の領土問題を中心に国境をめぐる世界のさまざまな争いを概観するような本を想像しましたが、「ボーダースタディーズ」という近年になって登場した新しい学問領域とその活動を紹介する本になっています。
目次は以下の通り。
はしがき 「日本の領土」、何が間違っているのか
序章 世界の境界・国境を比較する
第1章 境界の現場を歩く
第2章 ボーダースタディーズとは何か
第3章 国境・誰がこの線を引いたのか
第4章 領土問題の構築を解体する
第5章 透過性と分断から地域を考える
第6章 国際関係をボーダーから読み換える
第7章 日本の境界地域をデザインする
終章 国境のなかに光を見る
補論 新しい人文・社会系の学問をいかに創造するか
「ボーダースタディーズとは何か?」、この本の第2章の冒頭では次のように説明されています。
ボーダースタディーズとは、人間が存在する実態空間そのものおよびその人間の有する空間および集合認識のなかで派生する差異化(自他の区別)をもたらす境界をめぐる現象を材料に、グローバル化する世界においてさまざまに形成され変容する空間の脱/最領域化とその境界を多面的に分析する学問領域である。(22p)
なかなか難解な定義であり、この定義だけを読んで、面白そうと思う人は少ないかもしれません。しかし、この本ではさまざまな事例を上げていくことで、ボーダースタディーズが興味深い学問領域であることを教えてくれます。
まず、この本のタイトルとなっているのは「国境学」ですが、本書のなかでは基本的に「ボーダースタディーズ」というように「ボーダー」という言葉を用いています。
「国境」だと、国と国の境しかあつかえませんが、「ボーダー」となるともっといろいろなものが入ってきます。例えば、パレスチナの地にイスラエルが築いたフェンスは「国境」ではないですが、「ボーダー」として機能しています。そしてこれを「壁」と見るか「フェンス」と見るかでも争いがあります(63p)。
イスラエルの築いたフェンスやベルリンの壁のようにはっきりと目に見える「ボーダー」もありますが、同時に目に見えない「ボーダー」もあります。
EUのように国境がほとんど意識されないようなケースもありますし、領海に線が引かれていることもありません。また、根室のように事実上は「国境のまち」でありながら、政府の立場上、「国境」とはされないような場所もあります(52-54p)。
また、「ボーダー」というものは人為的なものであり、国家などによって「構築」されたものです。この本の第4章では竹島(独島)がそのようなものの代表例としてとり上げられています。
韓国における独島はたんなる領土というよりも、歴史的・国家的なシンボルであり、著者に言わせれば2012年にオープンした独島体験館では「わずか0.23平方キロメートル、そのあたりの公園よりも小さな島が、途方もない宇宙の中心のように描かれている」(114p)そうです。
この「構築」されたものとしては日本の北方領土問題にもそういった要素があります。四島が「固有の領土」としてパッケージングされたのは、戦後すぐではなく日ソの平和条約締結が行き詰まった1950年代後半~60年代前半にかけてのことです(119-122p)。
「ボーダー」が何を通し、何を通さないかというのも重要です。
アメリカとメキシコの国境は、アメリカからメキシコに行くときは簡単に超えることが出来ます。一方、メキシコからアメリカにはいろうとすると大変です。不法移民や麻薬の密輸取り締まりのために、メキシコからの入国者は何時間も待たされることになります。
ここ最近のヨーロッパに押し寄せる難民の問題などは、「ボーダー」が、まさに何を通し、何を通さないかということを改めて考えさせるものだったと言えましょう。
さらに第6章では、国境に注目した地政学的な分析も紹介しています。
陸続きの国境も持つということは、相手の国と嫌でも関係していかなければならないということになります。特に、その国境が紛争を抱えていたりすると、その紛争に外交全体が縛られます。
一方、東アジア地域におけるアメリカはどこの国とも陸続きの国境がなく、比較的自由に振る舞えます。この本ではニクソンによる米中接近などをそうした国境紛争をめぐる地政学的な観点から分析しています。
終章では、ボーダーツーリズムを提案するなど、地政学的な側面とはまったく違ったボーダースタディーズの可能性を打ち出しています。
福岡から対馬に行って観光し、さらに高速船で釜山へ渡るプランなど、国境を意識させ通過するというツーリズムは、普通の旅行とはまた違った面白さがあるでしょう。
このようなボーダースタディーズにはかなりいろいろな要素が詰め込まれています。
まだ可能性として示唆されている部分も多いですが、確かにエリア・スタディーズとはまた違った切り口を与えてくれそうです。
また、ここではボーダースタディーズのエッセンス的な部分だけを紹介しましたが、この本では著者の体験や研究遍歴とともにボーダースタディーズの内容が語られており、補論の「新しい人文・社会系の学問をいかに創造するか」を含め、学者の一つのロールモデルを教えてくれる本でもあります。
入門 国境学 - 領土、主権、イデオロギー (中公新書)
岩下 明裕
