山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2008年06月

山口厚『刑法入門』(岩波新書) 8点

 まさに「刑法入門」というタイトルにかなった内容の本ではないでしょうか。
 見返しに「犯罪とは何であり、なぜ犯人には刑罰が科されるのであろうか。また、「罪が犯された」と言うためにはどのような条件が必要なのか。」と書いてありますが、まさにこの疑問に答えた本と言っていいでしょう。

 「犯罪とは何か?」「刑罰とは何か?」という基本的なところから始まり、刑法の解釈のあり方、因果関係の捉え方、作為と不作為、正当防衛といった判例や学説に踏み込んだ部分までを、実際の事件と判例を交えながらうまく紹介していると思います。
 法学的な専門用語のわかりにくさというのはありますが、実際の事件に即して説明してあることで、それほど混乱せずに読み進んでいくことができます。

 ただ、唯一疑問が残ったのが、学説と最高裁の判例との関係。
 第2章に出てくる「判例の不遡及的変更」や第3章の「相当因果関係説」における、学説と最高裁判例の齟齬において、「学説の変更が迫られた」というようなことが書いてありますが、法学の学説というのはこういうものなのでしょうか?(つまり、学説の正しさを主張し最高裁を批判するというふうにはなりにくいのでしょうか?)

 さらに、第1章で、最近の刑法学では犯罪を「倫理違反」ではなく「利益侵害」と捉えるのが主流であると書かれていますが、第4章の「違法性阻却」でとり上げられている「外務省秘密漏洩事件」の最高裁判例は、被告となった記者の「倫理違反」を問題にしているように思えますよね。
 この点は、著者もいろいろとフォローしているのですが、少し歯切れが悪い部分は否定できないです。

 もっとも、このあたりはこの本の問題点というよりは、日本の刑法学研究における問題点なのでしょうけど。

刑法入門 (岩波新書 新赤版 1136)
山口 厚
4004311365


山際素男『チベット問題』(光文社新書) 4点

 この本は1994年に三一書房から出版された『チベットの心』を改題、再編集したものです。
 よって、「チベット問題」というタイトルにつられて、最近のチベット情勢を知るためにこの本を買うと少し当てが外れるかもしれません。

 本書は、著者がダライ・ラマをはじめとするチベットの高僧と対話した第1章、亡命チベット人の証言を集めた第2章、そしてダライ・ラマ法王日本代表部事務所の広報誌である『チベット通信』をピックアップした第3章からなっています。
 今回の再出版に当たって第3章の『チベット通信』の部分は、できれば最新のものを取り入れて欲しかったところですが、掲載してあるものは1992年から1994年にかけてのもの。情報としての古さは否定できません。

 ということで、この本の売りは第1章と第2章、特にダライ・ラマとの直接対話が収められている第1章になると思います。
 
 穏やかで、笑いを絶やさないダライ・ラマ。
 確かに彼には人間的な魅力があり、最近のインタビューなどを見る限り時代を読み、自らをアピールする力に長けています。
 ただ、彼が語る仏教と現代科学の親近性の話なんかには、どうしても「カルト」ととの類似性を感じてしまうのも事実。
 このあたりは人によって受け取り方は違うでしょうが、個人的に、やはりチベット仏教を手放しで持ち上げるわけには行かないな、と思いました。

 それでも、第2章の亡命者の証言は「凄惨」といった言葉を超えるほどひどいものではあるし、著者が最後に描く次の言葉はまぎれもない事実だと思います。

 中国側に即した反論は山ほどあるだろう。だが、一言言っておこう。それらの反論を真実なものとして証明したいなら、チベットを自由に歩かせ、自由に人びとに合わせ話させるがいい。それを拒絶する体制の吐く言葉など一言たりとも私は信用しない。


チベット問題 (光文社新書 357)
山際素男
4334034608


森政稔『変貌する民主主義』(ちくま新書) 6点

 「おわりに」の部分に「本書を執筆するうえでの直接的なコンテクストとしては、何度も言及したように、二〇〇五年の総選挙における小泉政権の大勝利があり、新自由主義が民主主義に落とす大きな影について考えてみたいということがあった」とあるように、「小泉政治」のインパクトをうけて、民主主義をもう一度政治思想史の面から捉えてみた本。
 第1章は「自由主義と民主主義」、第2章は「多数と差異の民主主義」、第3章は「ナショナリズム、ポピュリズムと民主主義」、第4章は「誰による、誰のための民主主義」となっています。

 このうち、自由主義と民主主義の間の緊張関係をえぐり出した第1章は面白いですし、少し「お勉強」という感じになりますが第2章も理解はしやすいと思います。
 逆に第3章と第4章は、論旨がハッキリせずにわかりにくい。

 でも、これは仕方がない面もあって、「小泉政治」を批判的に捉えながら「真の民主主義」を擁護するってのは、もともと無理があるんじゃないでしょうか?
 もちろん、「小泉政治」に対する否定的な評価はあって当然で、2005年の総選挙の結果を「衆愚政治の成れの果て」と批判することも可能でしょう。
 そして、こうした現象を防ぐために民意がストレートに反映しにくい選挙制度の導入などを訴えるのもありでしょう。

 けれども、2005年の総選挙における小泉自民党の勝利というのはいうのはまぎれもない民主主義の結果であって、それを「真の民主主義とはちがう」というような形で批判するのは、やはり筋違いではないでしょうか?

変貌する民主主義 (ちくま新書 722)
森 政稔
4480064249


宮城大蔵『「海洋国家」日本の戦後史』(ちくま新書) 9点

 それほど期待をしていなかった本だったのですが、これは面白い。
 タイトルからすると単なる日本の戦後外交史を「海」の視点から切り取った本を予想しましたが、これは戦後初めて国際政治に出現した「アジア」という地域と国々、そしてそうした国々と日本の関係を分析した本。

 分析の中心となるのはインドネシア。
 第2次大戦中、日本の「南進」政策によって占領され日本の資源調達のための拠点となったインドネシアは、スカルノによって独立を勝ち取り、バンドン会議を開くなど、第3世界のをリードする国としてその存在感を示します。
 
 一方、日本は1949年の中華人民共和国の成立により「北進」を封じられ、再び「南進」政策を目指します。
 東南アジア諸国に占領の爪痕を残した日本ですが、欧米諸国の植民地支配が終った後の資本の拠出手として、対中国のバランサーとして、東南アジアでは日本の存在が求められます。

 そんな中でスカルノのインドネシアは、ベトナム戦争を戦うアメリカの「冷戦」、マレーをめぐってインドネシアと争いつつアジアからの影響力を残した上での撤退を進めたいイギリスの「脱植民地」、共産主義を輸出しようとする中国の「革命」、そして経済発展によって地域の安定を図ろうとする日本の「開発」がせめぎ合う場所となります。

 このあたりの記述は非常に面白く、自由主義陣営としてひとくくりにされてしまいがちな、アメリカ・イギリス・日本のそれぞれちがった思惑・利害をもち行動していたという国際政治のダイナミズムがわかります。
 
 そしてスカルノを追い落としたスハルトと日本の関係もまた面白い。
 特に1972年、佐藤栄作の後継をめぐって田中角栄と福田赳夫が自民党の総裁選を争っている最中にスハルトが突如として来日しますが、これは日本の中国への接近にブレーキをかけるためのものでした。
 日本とオーストラリアを引き込んで中国に対抗しようというスハルトの青写真と、中国への接近を図る田中角栄の当選を阻止するためのスハルトの福田派への手みやげ、いずれも興味深い話ですし、中国のますます大国化しつつある現在にも通じる話だと思います。

 戦後の「日本」、そして「アジア」を考える上で非常に有益な本と言えるでしょう。

「海洋国家」日本の戦後史 (ちくま新書 727)
宮城 大蔵
448006432X

 

菊池信輝『それはないでしょ!?日本の政治』(アスキー新書) 4点

 2006年5月から2008年1月まで著者が『月刊アスキー』と女性ファッション誌の『MISS』に寄せた政治時評をまとめたもの。
 一つ一つが短く読みやすいと言えば読みやすいですが、個人的には内容に疑問符が…。
 
 安倍政権を新自由主義と保守主義の同床異夢と見たり、財界と正解の関係など鋭い指摘もあるのですが、リーダーの条件を持っている人と言って小沢一郎を挙げて、「政治理念も一応一貫している」と評価するのはどうかと(加筆部分で最近の姿勢に疑問符をつけているとはいえ)。

 もちろん、政治家に対する評価は人それぞれでしょうが、小泉首相を「国民に対する人気だけを考えたポピュリスト」(98p)として、小沢一郎を評価する姿勢は、政治時評としては少しズレてしまっているのではないでしょうか。
 
 橋下知事の手法を見てもわかるように、小泉首相退陣後も政治の世界は「小泉的なるもの」に覆われており、賛否は別としてももうちょっと「小泉政治」のインパクトを受け止めないとこれからの政治は見通せないのではないでしょうか?

4756151388それはないでしょ!?日本の政治 (アスキー新書 52) (アスキー新書 52)
菊池 信輝
アスキー 2008-03-10

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点数の変更

見直してみて、ちょっと辛く点をつけてると思った部分があったので以下の2冊に関して点数を修正。

堂目卓生『アダム・スミス』(中公新書) 7点→8点


王雲海『日本の刑罰は重いか軽いか』(集英社新書) 8点→9点

園田茂人『不平等国家中国』(中公新書) 7点

 サブタイトルに「自己否定した社会主義のゆくえ」とあるように、平等を目指した社会主義国家がいつの間にか日本や欧米を上回るような格差社会へと変身した中国。
 その中国の格差の実態に迫った本です。

 社会学的な調査にはにはフィールドワーク的な手法を使ったものと、統計を中心に分析したものの2種類がありますが、この本は完全に後者の統計分析によって中国社会の格差に迫っています。
 「学歴」、「都市と農村」、「ジェンダー」といった面から分析した格差の実態、そして新しい中間層が中国の政治と社会にどのような変化をもたらすのかということがきちんとした統計により分析されています。
 NHKスペシャルや新聞の特集記事などで、モノグラフ的な格差のレポートはよく見かけますが、このような統計分析はあまり類がなく、貴重なものと言えるでしょう。

 内容的にも、中国で見られる学歴による格差への肯定感、社会主義下で男女平等が進んだ中国で学歴の高い層で再び男女の格差が出てきた点など興味深い調査結果があります。
 また、中国で台頭してきた中間層は意外に中央政府に対する信頼が高く保守的なのですが、その理由として経済成長が著しかったここ8年ほどの間に国有セクターに勤める人々の給与の伸びが、それ以外の部門を大幅に上回っており改革開放の一番の恩恵を受けているというデータが示されており、個人的にはこれは新たな発見でした。

 ただ、残念なのは調査が都市に集中しており、農村での大規模な調査がないため、都市と農村の格差に関しては、都市にやってきた農民工への分析にとどまっている点。仕方のないことではありますが、やはりそこは少し物足りないです。

 ちなみに129pにある「仕事のために家族が犠牲になっても仕方がない」という設問に対して中国人の女性は「おおいに賛成」と「賛成」があわせて97%、一方、日本人の男性は「おおいに賛成」、「賛成」の合計が30%ほど、この差は強烈ですね。(日本人の女性は合計で50%ほど)
 中国人のキャリア女性と日本人の男性が結婚すればいいのかも…。

不平等国家中国―自己否定した社会主義のゆくえ (中公新書 1950)
園田 茂人
4121019504


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名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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