最近、TPPやFTAの影に隠れてあまり注目の集まらないWTO(世界貿易機関)。実際、2001年に始まったドーハ開発アジェンダは10年以上たった今も妥結の見通しがなく、各国は交渉の場をWTOからFTAやEPAへと移しています。
では、WTOの交渉はすでに意味を失っているのか?
そもそもWTOはいかに誕生しどんな役割を果たしているのか?
WTOの交渉が進まない原因は何か?
そういった疑問に答えてくれるのがこの本です。読んでいて「面白い」という本ではないかもしれませんが、TVや新聞の解説レベルではわからないWTOの組 織や仕組みがわかりますし、「WTOからFTAへ」という動きの原因が「先進国と途上国の対立からくるWTOの機能不全」といった単純なものではないことも理解出来ます。
目次は以下の通り。
第3章まではWTOの沿革と組織の説明といった内容ですが、第4章以降になると、WTOが果たしている役割、そしてそれが各国の国内政治に与えている影響といったものも見えてきます。
例えば、第4章では「EU−ホルモン牛肉事件」がとり上げられています。これはEUが成長ホルモンを投与して肥育した牛肉の輸入を禁止したことに対してア メリカがWTOに訴えた事件です。WTOは成長ホルモンの一律禁止は科学的証拠がないとして、科学的証拠がなくても予防措置として正当化できるとしたEU の主張を退けました。
また、第5章ではアンティグア・バーブーダというカリブ海の小国が訴えた「越境賭博禁止事件」がとり上げられています。これはネットカジノを開設したアンティグア・バーブーダがネットカジノを国内法で禁止しているアメリカを訴えた事件です。
ネットカジノを規制するのはその国之自由だろと考える人も多いでしょうが、実はアメリカは「スポーツを除く娯楽サービス」の自由化を約束しており、WTOのパネルではアンティグア・バーブーダの主張が認められました。
この2つの事件に対するWTOの判断に疑問を持つ人も多いと思います。「やはりWTOはグローバリゼーションを推し進める市民社会の敵なのだ」と感じてしまう人もいるでしょう。
しかし、この本を読見進めるとWTOというのがグローバリゼーションを推し進めたりする組織ではなく、一種の裁判所のような組織であることがわかってくる と思います。WTOが尊重するのはあくまで自由貿易のルールであり、特定の国や大企業の利益などではありません。アンティグア・バーブーダの「越境賭博禁止事件」でも、WTOのルールに照らし合わせて大国アメリカではなく小国のアンティグア・バーブーダの主張を認めているわけです。
しかし、WTOの実態というのはなかなか一般の市民にはわかりにくいもので、1999年のシアトル閣僚会議ではNGOや労働団体などの猛烈な抗議行動により新ラウンドの立ち上げに失敗しました。
特に環境問題や食品の安全性に関してより厳しい対応を求める先進国の市民にとって、それらの上乗せ規制を自由貿易の原則から否定することもあるWTOは「敵」として認識されてしまうことになります。
またWTOでは裁判と同じように数々の判例が蓄積され、その判例を利用する形で紛争の解決が行われています。素人が法律を読んだだけでは裁判を闘うことが難しいのと同じように、WTOの紛争解決においてもWTO法などの専門知識をもった人材が必要になります。
その結果、途上国の申し立て件数が少なくなるという状況になっています(125ー128p)
そして「WTOからFTAへ」という動きが何故起こっているか?
著者はこの理由として、WTOの加盟国が増えて交渉がまとまりにくくなったという事の他に、1990年代以降に進んだ生産ネットワーク(サプライチェーン)の国際化をあげています。
従来の国際分業で求められるのは、関税の引き下げや非関税障壁の撤廃であり、それはWTOが目指してきたものです。
一方、生産ネットワークの国際化で求めれらるのは、関税の引き下げや非関税障壁の撤廃以外にも、投資の自由化や円滑化、法制度・経済制度の調和、インフラの整備などさまざまなものがあります。
つまり、WTOだけでは現在進行している新しい経済の国際化には対応できないのです。そこで、各国はより包括的な分野について定めることのできるFTAを重視しているというのです。
このように、たんにWTOについて知るだけではなく、現在の国際経済のあり方などを考えう上でも有益な本だと思います。
WTO――貿易自由化を超えて (岩波新書)
中川 淳司

では、WTOの交渉はすでに意味を失っているのか?
そもそもWTOはいかに誕生しどんな役割を果たしているのか?
WTOの交渉が進まない原因は何か?
そういった疑問に答えてくれるのがこの本です。読んでいて「面白い」という本ではないかもしれませんが、TVや新聞の解説レベルではわからないWTOの組 織や仕組みがわかりますし、「WTOからFTAへ」という動きの原因が「先進国と途上国の対立からくるWTOの機能不全」といった単純なものではないことも理解出来ます。
目次は以下の通り。
第1章 ガットからWTOへ
第2章 WTO、一八年の歩み
第3章 どんな組織が、何をしているのか
第4章 WTOの貿易規律
第5章 WTOの紛争解決手続
第6章 WTOと市民社会
第7章 WTOと途上国
第8章 WTOはどこへ行く
第3章まではWTOの沿革と組織の説明といった内容ですが、第4章以降になると、WTOが果たしている役割、そしてそれが各国の国内政治に与えている影響といったものも見えてきます。
例えば、第4章では「EU−ホルモン牛肉事件」がとり上げられています。これはEUが成長ホルモンを投与して肥育した牛肉の輸入を禁止したことに対してア メリカがWTOに訴えた事件です。WTOは成長ホルモンの一律禁止は科学的証拠がないとして、科学的証拠がなくても予防措置として正当化できるとしたEU の主張を退けました。
また、第5章ではアンティグア・バーブーダというカリブ海の小国が訴えた「越境賭博禁止事件」がとり上げられています。これはネットカジノを開設したアンティグア・バーブーダがネットカジノを国内法で禁止しているアメリカを訴えた事件です。
ネットカジノを規制するのはその国之自由だろと考える人も多いでしょうが、実はアメリカは「スポーツを除く娯楽サービス」の自由化を約束しており、WTOのパネルではアンティグア・バーブーダの主張が認められました。
この2つの事件に対するWTOの判断に疑問を持つ人も多いと思います。「やはりWTOはグローバリゼーションを推し進める市民社会の敵なのだ」と感じてしまう人もいるでしょう。
しかし、この本を読見進めるとWTOというのがグローバリゼーションを推し進めたりする組織ではなく、一種の裁判所のような組織であることがわかってくる と思います。WTOが尊重するのはあくまで自由貿易のルールであり、特定の国や大企業の利益などではありません。アンティグア・バーブーダの「越境賭博禁止事件」でも、WTOのルールに照らし合わせて大国アメリカではなく小国のアンティグア・バーブーダの主張を認めているわけです。
しかし、WTOの実態というのはなかなか一般の市民にはわかりにくいもので、1999年のシアトル閣僚会議ではNGOや労働団体などの猛烈な抗議行動により新ラウンドの立ち上げに失敗しました。
特に環境問題や食品の安全性に関してより厳しい対応を求める先進国の市民にとって、それらの上乗せ規制を自由貿易の原則から否定することもあるWTOは「敵」として認識されてしまうことになります。
またWTOでは裁判と同じように数々の判例が蓄積され、その判例を利用する形で紛争の解決が行われています。素人が法律を読んだだけでは裁判を闘うことが難しいのと同じように、WTOの紛争解決においてもWTO法などの専門知識をもった人材が必要になります。
その結果、途上国の申し立て件数が少なくなるという状況になっています(125ー128p)
そして「WTOからFTAへ」という動きが何故起こっているか?
著者はこの理由として、WTOの加盟国が増えて交渉がまとまりにくくなったという事の他に、1990年代以降に進んだ生産ネットワーク(サプライチェーン)の国際化をあげています。
従来の国際分業で求められるのは、関税の引き下げや非関税障壁の撤廃であり、それはWTOが目指してきたものです。
一方、生産ネットワークの国際化で求めれらるのは、関税の引き下げや非関税障壁の撤廃以外にも、投資の自由化や円滑化、法制度・経済制度の調和、インフラの整備などさまざまなものがあります。
つまり、WTOだけでは現在進行している新しい経済の国際化には対応できないのです。そこで、各国はより包括的な分野について定めることのできるFTAを重視しているというのです。
このように、たんにWTOについて知るだけではなく、現在の国際経済のあり方などを考えう上でも有益な本だと思います。
WTO――貿易自由化を超えて (岩波新書)
中川 淳司





