山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2014年02月

瀬木比呂志『絶望の裁判所』(講談社現代新書) 5点

 元裁判官による裁判所批判の本。帯には「最高裁中枢の暗部を知る元エリート裁判官衝撃の告発!」とあり、実際、興味深い指摘もあるのですが、著者の語り口が、あまりに大げさ、あるいは世の中を憂う文学青年のようで、その内容をどこまで真に受けるべきなのか迷う本でもあります。

 例えば、著者は現在の裁判所について「一種の柔構造全体主義体制、日本列島に点々と散らばる「精神的な収容所群島」となっていると考える」(53p)と述べています。
 さらに「最高裁判事の性格類型別分類」という小見出しを設け(54p以下)、そこで最高裁の判事を「A類型 人間として味わい、ふくらみや翳りを含めたそうした個性豊かな人物 5%」、「B類型 イヴァン・イリイチタイプ 45%」、「C類型 俗物、純粋出世主義者 40%」、「D類型 分類不能型あるいは「怪物」? 10%」と分類しています。
 ちなみに「イヴァン・イリイチタイプ」とは、トルストイの『イヴァン・イリイチの死』の主人公をモデルにした類型で「一言でいえば、成功しており、頭がよく。しかしながら価値観や人生観は本当は借り物という人々である。その共通の特質は、たとえば、善意の、無意識的な、自己満足と慢心、少し強い言葉を使えば、スマートで切れ目のない自己欺瞞の体系といったものである」(56p)とのことです。

 このような表現に迫真性を感じる人は読むといいと思いますし、引いてしまう人は読まなくてもいいといった感じでしょうか。
 著者は、関根牧彦というペンネームで『映画館の妖精』という小説(?)を書いたり、本文のなかにも度々「自分はもともと学者向きだった」という言葉が見られたり、あるいは、あとがきでビートルズの歌詞やボブ・ディランの言葉を引用していることから、「文学的」な方なのでしょう。
 しかし、個人的にはこの「文学的」な資質と表現が、裁判所を見る目を曇らせているようにも思えます。

 ただ、興味深い指摘もいくつかあります。
 一つ目は、裁判員制度の導入の背景に、刑事系裁判官の民事系裁判官に対する巻き返しがあるという指摘。
 近年、民事事件が増えるとともに刑事系の裁判官はその数を減らし、また若手の人気もなくなっているといいます。そこで、刑事系の裁判官が巻き返しのために今まで消極的だった国民の司法参加に積極的になったというのです。
 この本では、裁判員制度の導入に関して、「実質的な目的は、トップの刑事系裁判官たちが、民事系に対して長らく劣勢であった刑事系裁判官の基盤を再び強化し、同時に人事権をも掌握しようと考えたことにある」(67p)という見方を紹介しています。
 実際、2006年から最高裁長官に2人続けて刑事系の裁判官で、これはこれまでで初めて(73p)、その他のポストでも刑事系裁判官の進出が目立つそうです。

 二つ目は、裁判官は決して忙しくないという指摘。
 民事裁判においてやたらに和解を進める理由や、法廷での審理がいい加減な理由として「日本の裁判官は大量の事件を抱えていて忙しすぎる」というものがありました。映画『それでもボクはやってない』でも、こうした説明がされています。
 ところが、著者はこれは一種の「神話」であって、東京近辺の民事系の裁判官などを除けば、それほど多忙ではないといいます。
 実際、「地裁訴訟事件新受件数は、2012年度には、民事(行政を含む)はピーク時である2009年度の74.9%に、刑事はピーク時である2004年度の67.5%に減少」(160p)しており、一方で裁判官の人数は増えているそうです。
 
 あと、この本のメインの主張としては、裁判所の改革には硬直したキャリアシステムをやめ、弁護士から裁判官を登用する法曹一元制度を実現することだとしています。
 確かに、裁判所の人事や裁判官の実情がこの本に描かれたとおりであるならば、既存の制度を大きく変えることが必要でしょう。
 けれども、この本の書きぶりだと、それをどこまで信じていいのか?という疑問が残ります。
 個人的には、日本の裁判所についての本であれば、ダニエル・H・フット『名もない顔もない裁判所』のほうをお薦めします。


絶望の裁判所 (講談社現代新書)
瀬木 比呂志
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黒田基樹『戦国大名』(平凡社新書) 8点

 大河ドラマなどでは相変わらず「戦国もの」がさかんに放送されていて、信長・秀吉を中心とした昔ながらの戦国絵巻が繰り広げられていますが、歴史学の世界で戦国時代のさまざまな通説が次々と覆され、新しい戦国時代の捉え方が広がっています(大河ドラマだと『風林火山』の前半はそういった研究の成果を取り入れていたと思う)。
 そんな戦国時代の主役である戦国大名について、その家臣団構成、統治システム、村や百姓との関係など、網羅的に描いたのがこの本。著者は、『百姓から見た戦国大名』(ちくま新書)で、「戦国大名はどうやって百姓を支配したのか?」、「そもそも戦国時代はなぜあれほどまでに争いが絶えなかったのか?」といった疑問に迫った黒田基樹。最新の研究を取り入れながら、新しい戦国大名像を提示しています。
 
 なお、基本的に史料がそろっている北条氏の分析が中心になります。また、戦国大名を「個人」ではなく大名当主を頂点とした経営体として捉えるというスタンスのため(15p)、武田信玄や毛利元就といった戦国大名個人の事蹟を知りたい人には不向きです。

 著者はまず、戦国大名が日本の歴史上初めて「領域権力」として存在したことに注目します(24p)。戦国大名の領国の境目には関所などで人や物のに対する通行の規制が行われ、国境の観念が登場したのです。
 その戦国大名の権力基盤は、「政治団体」としての村と「家中」などと呼ばれた家臣団によって支えられていました。
 戦国大名は家臣団を組織して村から徴税を行うと同時に、配下の領主同士、さらには村同士の紛争(自力救済)を抑止し、領国を「平和領域」の単位としたのです(23p)。
 ですから、村にとって戦国大名は単なる収奪者ではなく、自分たちの平和を守る存在でもあったのです。そして、戦国後期になると、「御国」のために戦国大名の戦争に協力すべし、という論理も出てきます。
 これを受けて著者は「こうした戦国大名と村との関係は、現代の私達が認識する国民国家と国民との関係に相似するところがある」(27p)と述べています。

 さらに、戦国大名の家臣団、税制、流通政策、行政機構、国衆(国人)との関係、戦争などについて分析し、今までの通説を覆していきます。

 まず、税を取るために戦国大名は検地をするわけですが、今までの教科書の記述だと、戦国大名が行ったのは村からの申告による「指出検地」で、それに対して豊臣秀吉の行った「太閤検地」は秀吉の代官が実測したもので、そこに革新性があったということになっています。
 しかし、著者は「北条氏の検地に関しては「一々致検地」「田畠踏立辻」などの文言がみられ、単なる指出ではないことがわかる」(70p)と述べ、「太閤検地」の革新性を否定しています(測量方法の違いはあった)。

 次は「楽市・楽座」について。織田信長の革新的政策として有名な「楽市・楽座」ですが、実は他の戦国大名もやっています。
 北条氏も1550(天文19)年の段階で居住者に対して諸役・公事の免除を認めており、また、「座」の加入者が支払わなければならなかった座役銭の免除(いわうる「楽座」)も、信長以外の戦国大名も行っていたことでした。
 
 さらに、いわゆる戦国大名と信長や秀吉とそれ以降の近世大名を分ける一つの指標と考えられている「兵農分離」についても、戦国大名が村の百姓に動員していた事例を紹介した後に、次のように述べています。
 よくいわれていることに、豊臣大名は、「兵農分離」を遂げた常備軍によって構成されていたので、戦国大名に対して軍事的に優越していた、といったものがある。しかし、この理解も成り立たない。戦争のなくなった江戸時代、大名の江戸幕府に対する軍役負担は、参勤交代や普請役の負担にとってかわった。ところが、必要な人数を恒常的に抱えていたのかというと実態はほど遠かった。そうした場面になると、領内の百姓を臨時に被官化して、帳尻を合わせていたというのが実情なのだ。つまり不足分を補うといった状況は、戦国大名の時とまったく変わっていない。そしてよく知られているように、幕末の戦争では、百姓が大量に武士化された。戦争は正規兵だけでは、どんな時代も行えなかった、ということである。(210ー211p)

 そして、このようなことを踏まえて次のようにまとめています。
 新しい近世社会は織豊政権から始まるのであって、信長・秀吉の政策には、他の戦国大名にはない、画期的な要素があるはずだ、そうであるからこそ、信長・秀吉が天下一統を推進することができたのだ、という発想にいたる。しかしこうした思考方法は、歴史的結果からその必然性を探る、典型的な予定調和論である。(228p)

 これは重要な指摘でしょう。どうしても歴史というのは「因果関係」で捉えられがちで、「大きな変化」には、それなりの「今までにはなかった要因」が必要だと思ってしまいますが、「今まで知られていた要因」がうまく噛み合う場合でも、「大きな変化」が起こる場合はあるでしょう。
 ただ、この本はあくまでも北条氏というかなり統治システムが洗練された戦国大名を中心に据えて分析を進めているため、信長の周囲にいた戦国大名や、西国の戦国大名がどうだったのか?という疑問は残ります。

 他にも、戦国時代の村が、飢饉などによってかなり疲弊した状態であり、だからこそ戦国大名は村の「成り立ち」に配慮したということがわかりますし、また、戦国という「万人の万人に対する闘争状態」的状況から、戦国大名を仲裁者とする新たな秩序が立ち上がっていった様子も伺えて興味深いです。
 かなり中身が詰まっていて読み進めるのが大変かもしれませんが、現在の戦国時代研究の成果をまとめたいい本だと思います。

戦国大名: 政策・統治・戦争 (平凡社新書)
黒田 基樹
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大内伸哉『君の働き方に未来はあるか?』(光文社新書) 6点

 経済学者・川口大司との共著『法と経済で読みとく 雇用の世界』や『どこまでやったらクビになるか』(新潮新書)などの著作で知られる、労働法学者・大内伸哉による、これからの雇用関係について考察した本。
 解雇規制などの労働問題のトピックに関しては、「自由化を主張する経済学者」VS「規制の必要性を訴える労働法学者」という図式がよく見られますが、この本の著者の大内伸哉はこの図式にあてはまらない学者で、現在の日本の雇用制度の問題点についての認識は他の労働法学者と共通しているものの、その処方箋はやや違った形になっています。

 この紹介では普通に「雇用」という文字を使っていますが、この本では「雇傭」という難しい漢字が使われています。
 これは「雇われて働く」ということには実は「奴隷」と変わらない面があるということを強調したいということからこの言葉を使っているそうです(以前の民放では「雇傭」の文字が使われていた)。
 
 著者はまず、この「雇傭」という関係を「請負」との対比で見ていきます。
 「雇傭」の本質は、企業などの指揮命令に従って働き、労働時間によって報酬が支払われることで、働いた結果によって報酬を受け取る「請負」に比べると企業に「従属」する面が強いです。
 この「従属」の代わりに「安定」を得るのが「雇傭」の長所ですが、現代の社会ではさらに労働法の保護を受けられるという大きなメリットがあります。
 特に日本の「正社員」は、「いつでも」、「どこでも」、「何でも」という条件を受け入れる代わりに、解雇に対する強い規制など、さまざまな保護を受けているのです。

 しかし、近年の日本では、この「正社員」と「非正社員」の格差が問題になり、若者が「正社員」になることが難しくなっています(就活が大変になっている)。
 もちろんバブル崩壊後の長引く不景気の影響が大きいのですが、たとえ景気がある程度回復したとしても、企業が成熟してくれば管理職候補は今までのように大量に必要ではなくなるわけであり、いわゆる「正社員」の枠は今後狭まってくると予想されます。

 このあたりの認識は、例えば濱口桂一郎『新しい労働社会』『若者と労働』などと同じですが、処方箋は大きく違います。
 一言で言えば「プロになれ」というもので、専用的で汎用的なスキルを身につけることで、「転職力」を身につけることです。そして、傾向としては「雇傭」から「請負」的な働き方へとシフトさせていくことを提案しています。

 これだけ書くと何だか自己啓発書のようですが、著者はイタリアの雇用事情を紹介することで、日本とは違う働き方を紹介しています。
 イタリアでは経営者と労働者、「あっち側の人間」と「こっち側の人間」がはっきりと分かれており、労働者は基本的に契約内容の仕事だけを行います。一方で、産業別の労働組合の力が強く、同じ職務であれば大企業でも中小企業でも給与は変わりません。日本のような大企業と中小企業の間の大きな賃金格差は存在しないのです。
 ある意味で、イタリア人は企業から要求される職務を遂行する「プロ」であり、「いつでも」、「どこでも」、「何でも」という日本の「正社員」とは大きく違うのです。

 さらに、これから社会のIT化が進めば、オフィスや労働時間に縛られずに仕事をすることが可能になり、今までのような企業の指揮命令下で決まった時間働くといった形ではない労働が増えると考えられます。
 このような状況を踏まえ、著者はホワイトカラーの労働時間規制を緩和し裁量労働を認める「ホワイトカラー・エグゼンプション」にも肯定的です。また、解雇の金銭的解決にも前向きな姿勢を示すなど、「プロ同士の契約」を理想としながら、「働き方」と「雇傭」のあり方、そして労働法を変えていくべきだというのがこの本の基本的な主張になります。

 これはひとつの方向性としてありだと思いますが、疑問として残ったのがイタリアの働き方とIT化による労働環境の変化の関係。
 この本を読むと、IT化でますます「プロ」が求められるようになり、その一つのモデルがイタリアなのだというふうに読めますが、「いつでも」、「どこでも」仕事ができるIT化社会と産業別の労働組合の力が強く職務給がしっかりしているイタリア型の労働者会の相性は悪いのではないでしょうか?
 例えば、プログラミングなどは「決まった仕事を決まった時間で」というようにはなりにくい仕事だと思いますし、技術の陳腐化も早いため、「このスキルがであればいくら」といったことを労使の間で取り決めることは難しいと思います。
 イタリアの「プロ」と来るべきIT社会の「プロ」は、同じ「プロ」であってもその中身はずいぶん違うような気がします。

 著者のブログなどを見る限り、この新しい「プロ」としての労働者をつくっていくキーになるのが、自ら望む職業キャリアを主体的に開発・形成する権利である「キャリア権」なのかな?と思うのですが、この本では軽く触れられている程度なので、「プロ」としての労働者を支え、育成していくしくみについての言及が弱いと感じました。

君の働き方に未来はあるか? 労働法の限界と、これからの雇用社会 (光文社新書)
大内 伸哉
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一ノ瀬俊也『日本軍と日本兵』(講談社現代新書) 8点

 同じ講談社現代新書の『皇軍兵士の日常生活』で、兵士の残した日記や回想録、家族への手紙などから日中戦争から太平洋戦争における兵士の日常生活を描き出した一ノ瀬俊也が、今度は敵である米軍の報告書から日本兵と日本軍の実態に迫った本。
 米陸軍情報部が1942年から1946年まで部内に向けて出していた戦訓広報誌『Intelligence Bulletin』(以下IBと略記)に掲載された解説記事を中心に分析し、そこから日本兵と日本軍の姿を浮かび上がらせようとしています。

 この雑誌には戦争初期のアメリカ軍に広まっていた「日本人超人伝説」を打ち消す意図もはたらいていたようですし、アメリカ軍の士気を高めることも一つの目的なので、必ずしも日本兵や日本軍に対する客観的評価が書いてあるわけではありません。
 それでも、戦争に勝つために敵を冷静に分析する姿勢がそこにはあり、「合理的」でもあり、「非合理」でもあった日本軍の姿がわかるようになっています。

 目次は以下のとおり。
第一章 「日本兵」とは何だろうか
第二章 日本兵の精神
第三章 戦争前半の日本軍に対する評価 ガダルカナル・ニューギニア・アッツ
第四章 戦争後半の日本軍に対する評価 レイテから本土決戦まで

 第一章では、はじめに『IB』に書かれた日本兵の特徴が紹介されています。
 ここで面白いのは友軍である中国軍の兵士と敵である日本軍の兵士の識別方法。日本兵は「l(エル)」が発音できず、中国兵は「r(アール)」が発音できない、日本兵の足の親指と人差指の間には下駄を履くことによる異様な隙間がある、下着で(中国兵)特別できる、といったことがイラスト付きで書かれています。
 そして長所は「肉体的に頑健」、「準備された防御では死ぬまで戦う」、「状況が優位な時は大胆で勇敢」、「ジャングル戦が得意」、「規律はおおむね良好」といったところです。
 一方、短所としては「予想外のことが起こるとパニックになる」「射撃が下手」「個人の判断が苦手」といったところです(32ー33p)。
 
 まあ、このあたりの長所と短所は予想通りなのですが(「予想外のことが起こるとパニックになる」のは当然だし、「射撃が下手」というのは南方に送られたのが必ずしも練度の高い部隊でなかったこともあるでしょう)、意外だったのが「接近戦を恐れており」(35ー36p)、「銃剣の用法について訓練を積んでいるとは思えない」(40p)と評価されている点。
 日本陸軍というと白兵突撃のイメージが有りますが、格闘において突きを用いるばかりで銃床で殴るということをしなかったために、日本兵の接近格闘についての評価は低いものになっています。

 第二章でまず興味を引くのは、捕虜になることを恥と考える日本兵の名誉意識についての分析。
 『IB』の中の「日本の捕虜から得た情報」には次のような記述があります。
 捕虜の多くは、捕まったのは終生の恥(life-time disgrace)であると語った。最近尋問されたある捕虜は、祖国に帰ったら全員殺される、父母でさえも自分を受け入れないだろうと語った。しかし、何らかの手心が加えられるかもしれないとも述べた。別の捕虜は、生まれ故郷でなければ、帰国して普通の生活ができると思っていた。(67p)

 「生まれ故郷でなければ、帰国して普通の生活ができる」という表現からは、「ムラ」が兵士たちを強く縛っていたことが伺えます。  
 もちろん、「国のため、天皇のため」ということもあったのでしょうが、それを後押ししたのが家族を含めた「ムラ」だったのでしょう。

 また、遺体の回収は命がけで行うが、傷病者への待遇は劣悪で対照的だという指摘や、ガダルカナルの戦いについて、「間違いなく医療の要素がもっとも顕著に働いた、例外的な大作戦」(96p)と評価している点などが興味深いです(つまり、日本軍は医療体制が貧弱だから負けたということ)。

 第三章と第四章では、戦局の推移とともに変化した日本軍の作戦行動や攻撃パターンが分析されています。
 日本陸軍というと、夜襲と突撃を繰り返していた印象があり、実際にそうした作戦は多かったのですが、ニューギニア戦あたりから、防御陣地をつくってしぶとく守るようになります。
 機関銃をうまく配置した陣地の構築は巧みで、アメリカ軍もこれに苦しめられました。ただ一方で、形勢が不利になっても退却命令が出ないために、最後は無謀な突撃に走ったケースも多いようで、いわゆる「バンザイ突撃」も頻発しました。

 しかし、満州からレイテ島に回された精鋭の第一師団は「「バンザイ突撃」と呼ばれる「おなじみの甲高い、ヒステリックな突撃」(198p)をほとんど行わず、粘り強く陣地で抵抗しました。
 これを読むと、「バンザイ突撃」が日本兵の精神性の高さなどを表すものではなく、むしろ指揮官や指揮系統の機能不全といったものを表すものなのだと感じます。
 そして、対ソ戦のために精鋭を満州に残したまま、主戦場である南方や中国で戦った日本軍の全体的な戦略の稚拙さについても改めて感じました。

 この本が分析している『IB』という資料はたしかに一面的なものではありますが、日本軍と日本兵について多くのことを教えてくれます。
 著者もその資料について多角的に検討しながら、日本軍が、無謀な作戦を続けた「非合理」な集団ではない一方で、「対戦車人間地雷」など、今から見れば「非合理」極まりないよう手段を使う集団であったことを、うまく浮かび上がらせています。

日本軍と日本兵 米軍報告書は語る (講談社現代新書)
一ノ瀬 俊也
4062882434
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名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
新書以外のことは
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