東日本大震災とともに発生した福島第一原発事故。この事故では今のところ直接放射線による被曝でなくなった人はいないものの、大気中に排出された膨大な量の放射性物質が将来にわたって周辺地域の住民に健康被害を与えるのではないかと懸念されています。
その健康被害を調査するために2011年6月から福島県が「県民健康管理調査」を行っているのですが、この県民健康管理調査の調査方法や結果を検討する「検討委員会」では、実は「どこまで公表するか?」「どのように伝えるか?」といったことを、本来の検討委員会の前に「秘密会」で決めていました。
本書は、その秘密会の存在をスクープし毎日新聞の記者が、その取材過程と実態を明らかにした本。
放射線医学総合研究所がつくった被曝線量のインターネット調査システムがお蔵入りになった経緯を調べていた著者は、県民健康管理調査の検討委員会のあり方に疑問を持ち、公表されていない「準備会」や、第3回以降は一般公開している検討委員会の直前に開かれていた「秘密会」の存在を突き止めます。
その秘密会では、事前に検討委員会で問題となりそうな部分について、あらかじめ公表の仕方やその説明を決め、検討委員会では秘密会で決まったシナリオ通りに会議が進んでいました。
例えば、2012年9月11日に開かれた検討委員会では、発見された甲状腺がんの患者について、「チェルノブイリでは最短4年で患者が見つかっており、今回の患者と原発事故の関連性は考えにくい」といった「答え」も秘密会で取り決められていました。
さらに非公開だった第1回、第2回の検討委員会の議事録には削除された部分があり、調査の主体となる福島県側が大規模な調査に否定的だった様子も見えてきます。また、甲状腺検査を受けた母親が自分の子どもの診断画像を見たいといって情報公開請求をしたところ、不鮮明なコピーしか提供されなかったなど、とにかく情報を出すことに後ろ向きな福島県の姿勢が見えてきます。
こうした検討委員会の隠蔽体質を暴いた著者の取材は見事だと思います。著者も言うように、県民健康管理調査こそ放射線の長期的な影響を網羅的に調べる唯一のものなのですから、ここでの議論や調査が歪められているとしたら取り返しの付かない大問題になります。
著者は取材の矛先を検討委員会のメンバーである専門家、特に検討委員会の座長も勤めた山下俊一福島県立医科大学副学長に矛先が向かっています。
「「御用学者」という侮蔑的な言葉は、福島第一原発事故以前にはそう一般的ではなかった。それが広く使われるようになったのは、不信の深層をわかりやすく象徴していると言えるのではないだろうか」(177ー178p)と書くように、専門家の姿勢を厳しく問い、最後には山下俊一氏に直接インタビューして疑問をぶつけています。
もちろん、こうした専門家の姿勢というものも問われるべきなのでしょうが、個人的にはそれよりも福島県の姿勢についてもっと取材して欲しかったです。
福島県には「県民の命と健康を守る」という立場があるわけですが、同時に農産物への風評被害、福島の復興を考える上では、できるだけ放射線の影響を小さく見せたいというインセンティブもはたらくわけですよね。
この本では「福島市局の記者には自民党の県議から電話があり、「もうこの辺で(報道を)止めてほしい」とお願いしてきたという」(75p)という記述がありますが、こうしたムードの中で、しかも「福島県立医大」のメンバーが中心となれば、どうしても波風を立てないような運営になると思います。
そういった県の抱える問題や、原発周辺自治体以外の福島県の空気のようなものを含めて書いてあると、もっと深く広い射程を持った本になったと思います。
もっとも、この調査に関して本来国がやるべきものであり、それを福島県に任せてしまった国も非難されるべきでしょう。
福島原発事故 県民健康管理調査の闇 (岩波新書)
日野 行介

その健康被害を調査するために2011年6月から福島県が「県民健康管理調査」を行っているのですが、この県民健康管理調査の調査方法や結果を検討する「検討委員会」では、実は「どこまで公表するか?」「どのように伝えるか?」といったことを、本来の検討委員会の前に「秘密会」で決めていました。
本書は、その秘密会の存在をスクープし毎日新聞の記者が、その取材過程と実態を明らかにした本。
放射線医学総合研究所がつくった被曝線量のインターネット調査システムがお蔵入りになった経緯を調べていた著者は、県民健康管理調査の検討委員会のあり方に疑問を持ち、公表されていない「準備会」や、第3回以降は一般公開している検討委員会の直前に開かれていた「秘密会」の存在を突き止めます。
その秘密会では、事前に検討委員会で問題となりそうな部分について、あらかじめ公表の仕方やその説明を決め、検討委員会では秘密会で決まったシナリオ通りに会議が進んでいました。
例えば、2012年9月11日に開かれた検討委員会では、発見された甲状腺がんの患者について、「チェルノブイリでは最短4年で患者が見つかっており、今回の患者と原発事故の関連性は考えにくい」といった「答え」も秘密会で取り決められていました。
さらに非公開だった第1回、第2回の検討委員会の議事録には削除された部分があり、調査の主体となる福島県側が大規模な調査に否定的だった様子も見えてきます。また、甲状腺検査を受けた母親が自分の子どもの診断画像を見たいといって情報公開請求をしたところ、不鮮明なコピーしか提供されなかったなど、とにかく情報を出すことに後ろ向きな福島県の姿勢が見えてきます。
こうした検討委員会の隠蔽体質を暴いた著者の取材は見事だと思います。著者も言うように、県民健康管理調査こそ放射線の長期的な影響を網羅的に調べる唯一のものなのですから、ここでの議論や調査が歪められているとしたら取り返しの付かない大問題になります。
著者は取材の矛先を検討委員会のメンバーである専門家、特に検討委員会の座長も勤めた山下俊一福島県立医科大学副学長に矛先が向かっています。
「「御用学者」という侮蔑的な言葉は、福島第一原発事故以前にはそう一般的ではなかった。それが広く使われるようになったのは、不信の深層をわかりやすく象徴していると言えるのではないだろうか」(177ー178p)と書くように、専門家の姿勢を厳しく問い、最後には山下俊一氏に直接インタビューして疑問をぶつけています。
もちろん、こうした専門家の姿勢というものも問われるべきなのでしょうが、個人的にはそれよりも福島県の姿勢についてもっと取材して欲しかったです。
福島県には「県民の命と健康を守る」という立場があるわけですが、同時に農産物への風評被害、福島の復興を考える上では、できるだけ放射線の影響を小さく見せたいというインセンティブもはたらくわけですよね。
この本では「福島市局の記者には自民党の県議から電話があり、「もうこの辺で(報道を)止めてほしい」とお願いしてきたという」(75p)という記述がありますが、こうしたムードの中で、しかも「福島県立医大」のメンバーが中心となれば、どうしても波風を立てないような運営になると思います。
そういった県の抱える問題や、原発周辺自治体以外の福島県の空気のようなものを含めて書いてあると、もっと深く広い射程を持った本になったと思います。
もっとも、この調査に関して本来国がやるべきものであり、それを福島県に任せてしまった国も非難されるべきでしょう。
福島原発事故 県民健康管理調査の闇 (岩波新書)
日野 行介
