山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2009年11月

宮本太郎『生活保障』(岩波新書) 9点

 岩波新書でスウェーデンをモデルに社会保障と雇用の問題を論じた本というと、ある種の既視感があって「もうその手の本は十分」と思う人もいるかもしれません。
 けれども、この本は読む価値のある本。北欧の福祉社会のモデルと日本の福祉の立て直しを論じながら、その限界と難しさもきちんと認識しています。

 著者は雇用と社会保障を結びつける言葉として「生活保障」という、あまり使われない用語を用います。
 現在の日本では、正規雇用と非正規雇用の格差をはじめとして社会にさまざまな格差が生じ、社会に亀裂が生じています。
 この社会の亀裂を修復するために著者が提唱するのが、雇用と社会保障を組み合わせる「生活保障」の考えで、具体的には社会保障の目的を就労の促進とする「アクティベーション」の考えが打ち出されています。

 ただ、たんにアクティベーションのよさが打ち出されているだけでなく、第4章ではすべての人に一定の所得を無条件に保障しようとするベーシック・インカムとの比較もなされています。
 ベーシック・インカムの方法や実現可能生に関しても検討がなされており、ベーシックインカムに興味がある人にも役立つでしょう。

 そして、そのアクティベーションのモデルとしてスウェーデンがとり上げられているのですが、スウェーデン・モデルのよさだけでなく、その問題点までが射程に入っているのがこの本のいい所。
 例えば、スウェーデンでは生産性の低い職場から生産性の高い職場へと人びとを移動させることで雇用を守り、成長を達成してきましたが、それが限界に来ていると指摘した次の部分。

 レーンーメイナード・モデルが目指したのは、職業訓練によって生産性が低い企業から高い企業へ、人を動かしながら完全雇用を実現することであった。ところが、積極的労働政策を軸とした雇用保障には、大きなジレンマがあった。生産性の高い企業では、技術革新と脱工業化がすすむにしたがい、一部の高度な管理的、専門技術的な労働を除けば、全体として省力化がすすみ、しだいに労働力を吸収しなくなる。労働生産性は上昇しGDP成長率が向上しても「雇用なき成長」になってしまうのである。(107p)

 
 これを読むと、スウェーデンモデルを導入しても、グローバル経済の中では完全な問題解決にはならず、さらに試行錯誤が必要だということがわかります。

 また、公的部門への信頼の低さが、改革の最大の障害だと率直に指摘しているところもいいと思います。
 日本では94%の人が天気予報を信用している一方で、政治家と官僚に対しては80%の人が信用していません(19pのグラフより)。

 この本で紹介されている次の現象には、それが端的に現われていますね。

 職業訓練期間中の所得保障の必要については広い合意がある。ところが民主党政権は、自公政権のもとでの「訓練・生活支援給付」関連予算が、厚生労働省のOBが役員をつとめる中央職業能力開発協会へ支出されていることから、この予算を半減させた(187p)


 このように改めて日本の社会お保障の立て直しの難しさを感じさせる本でもありますが、それでもなお、日本の進むべき道の一つを示している本と言えるでしょう。

生活保障 排除しない社会へ (岩波新書 新赤版 1216)
4004312167


奥村佳史『法人税が分かれば、会社のお金のすべてが分かる』(光文社新書) 6点

 非常に複雑な仕組みになっている法人税をビジネスマン向けに「法人税のこういうことを分かっていると、役立ちますよ」という感じに解説した本。
 本格的な本ではありませんが、読み物としてはそこそこ面白いと思います。

 法人税は複雑で、なおかつ納付時期が実際の会社の資金の流れと合致しないことも多いため、そこにさまざまな特例や抜け穴が出てきます。
 また、サラリーマンから見ると、自営の人はいろんなものを経費で落としたりして節税をしまくっているように見えるのですが、同時にそれがどの程度有効なのか?という疑問もあると思います。
 この本ではそういった法人税の仕組みや疑問についてわかりやすく説明しています。

 あくまでも税理士の立場から法人税のさまざまな側面がトピック的に語られているため、法人税の全体的な問題点などには触れられていないので(例えば、外形標準課税の問題とか)、そこはちょっと物足りないかもしれませんが、この本を読めば、少なくとも会社の経理の人の苦労はわかるのではないでしょうか?

法人税が分かれば、会社のお金のすべてが分かる (光文社新書)
4334035337


本田和子『それでも子どもは減っていく』(ちくま新書) 5点

 お茶の水大学の学長も務めた児童学の第一人者による少子化論。
 少子化を、克服すべき課題として単純に捉えるのではなく、「女性の権利の進展」、「子どもの価値の変化」といった歴史的なパースペクティブで捉えているのが特徴です。

 第一章では、ここ最近の少子化をめぐる議論を整理していますが、これは便利。少子化問題を論じた著作が幅広く紹介されていますので、この問題へのブックガイドとしても使えます。
 また、第二章と第三章での日本の間引きや堕胎、そして母性をめぐる議論も面白いです。
 女性に取って誇りともなり、同時に重荷ともなる「母性」というもののやっかいさがよくわかります。

 ただ、著者が専門とする「子ども」についての記述に関してはそれほど新しい発見はありませんでした。
 何となく今まで読んだような記述がつづいて第四章以降はいまいちでした。

 子どもというのは、自ら発言することが少ないだけに、「子ども論」というのはどうしても書き手の印象論になりがちです。子どもの真の姿というのは逆に統計のようなものを使わないと見えずらいのではないでしょうか?
 
それでも子どもは減っていく (ちくま新書)
4480065172


中井浩之『グローバル化経済の転換点』(中公新書) 8点

 リーマン・ショック以後の経済危機を扱った本ですが、副題に「「アリとキリギリス」で読み解く世界・アジア・日本 」とあるように、主に経済危機を国際経済の構造面から分析した本です。
 
 「アリ」とは日本や中国、そしてアジアの通貨危機以後のアジア諸国のように輸出主導で経常収支が黒字の国、「キリギリス」は経常収支は赤字で国内の与信を拡大させていた国のことで、この2つのタイプの国の間での商品と資金の循環が00年代の世界的な経済成長を支え、同時に矛盾を溜め込んだと筆者は分析しています。

 これは例えばグリーンスパンも言っていたことですし、竹森俊平の『資本主義は嫌いですか』などにも書かれていたことです。
 豊富なデータを用いた議論は説得力がありますし、データ集としても使えそうです。
 
 さらに本書の売りとなるのは、アジア経済の分析の部分でしょう。
 今回の経済危機だけではなく、アジア通貨危機のをまたいだ分析になっていて、ここ20年近くのアジア経済の発展と構造転換を追うことが出来ますし、タイや中国についての個別の分析も鋭いです。

 例えば、中国の格差問題に対して
「経済格差の是正を本格化しようにも、そのための財政支出は景気のさらなる加熱を招くリスクがあり、政府として手を付けにくかった。」(217p)<中略>「高度成長に伴う自国経済の歪みの拡大に長年頭を悩ませてきた中国の政策担当者にしてみれば、経済危機は過去数年温めてきた政策を実施に移す機会でもあったわけである」(219p)
と分析していますが、これはまさにその通りで、だからこそ今後の中国の経済運営には注目すべきだと思います。

 また、完成品ではなく、対米輸出を行う中国に先端的な部品を供給する日本の姿というのも見えてきますし、今後のアジア経済について考えるヒントがつまっています。

 最後の提言はやや曖昧ですが、経済危機を振り返り、そして今後を展望する上で有益な本だと思います。

グローバル化経済の転換点 - 「アリとキリギリス」で読み解く世界・アジア・日本 (中公新書)
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喜安朗『パリ 都市統治の近代』(岩波新書) 7点

 18~19世紀にかけてのパリの都市統治のあり方、そしてパリの民衆の姿を描いた本。
 パリの統治と言うと、ナポレオン3世統治下のオスマンによるパリの大改造が有名ですが、この本ではそれは最後に出てくるだけで、そこにいたる過程としてパリの都市基盤の危機と社会変化の記述に重点が置かれています。

 17世紀、ルイ14世の統治下からパリはその人口やその人口が生み出す社会問題からやっかいな存在されていました。
 こうしたパリの問題に対して王権は1667年にパリ警察総代官を創設して、警察によるパリの支配を目指します。
 この警察、そして実際に治安を保つ役目をになった警視は、たんなる警察だけでなく、公衆衛生や街路の保全などにも気を配り、また地区の問題解決を仲介したりする役目も果たしていました。

 しかし、このパリに流入する地方の人びと、流動化する職人、宗教対立などは、この警視による統治体制の手に余るもので、パリは革命へ向けて動いて行きます。
 また革命後のパリも、水や衛生問題などさまざまな都市自体の危機を抱えることになり、そこから都市改造の必要が出てきます。

 このように、王政から、フランス革命、そしてナポレオンの第一帝政から1848年の革命を貫いてパリの都市としての姿を記述しているのがこの本の大きな特徴。
 この本を読むと、パリという都市がなかなか「落着かなかった」のも納得できます。

 ただ、フランス革命やナポレオン1世がどのようにパリの統治に影響を与えたかという点に関しての記述は薄いです。
 連続性を重視する立場からこのようなスタイルになったのでしょうけど、もうちょっと政治体制とパリの関わりのようなものも読みたかったですね。
 また、最後のほうにあるパリの貧民がアルジェリアに植民として送られたという話も興味深いですが、このあたりももうちょっと全体の流れの中で位置づけてほしかった気もします。

パリ 都市統治の近代 (岩波新書)
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吉田徹『二大政党制批判論』(光文社新書) 6点

 タイトルの通り、二大政党制とそれを生み出す小選挙区制を批判した本。
 
 2005年の郵政選挙、そして今回2009年の民主の圧勝劇と2回つづけて振り子の針が大きく振れたあとだけに、それを生み出した小選挙区制に対する疑問や批判は当然ながらあるでしょう。
 ただ、この本の二大政党制批判はややこじつけに近い部分があると思います。

 著者は二大政党制になると互いの主張が近づき、似たような政策を掲げるようになる一方で、二大政党が上手く掬いきれない層が極右やポピュリズムに走る可能性があるとしていますが、極右やポピュリズムの台頭は二大政党制の国に特有の現象ではなく、多党制の国でも普通に見られる現象です。

 また、二大政党による対決型を批判して、大連立が必ずしも悪くないというような議論をしていますが(第3章)、そこで安定した大連立の例としてあげられているオーストリアこそ、ハイダーという極右政治家を表舞台に押し上げた国ではないの?

 そして何よりも、アーレントの『全体主義の起源』を引用しながら、「政治生活の不可欠の構成要素としての政党は非常に新しい生まれのものであり、それが生命を維持できたのは明らかにアングロサクソンの二大政党制という形においてだけだった」(ハナ・アーレント『全体主義の起源2 帝国主義』(232p))という、アーレントの指摘にまったく答えていない。
 日本の現在の現象を批判するならともかく、二大政党制を歴史的な面からも批判したいのなら、アーレントが『全体主義の起源2 帝国主義』の第4章で行った、大陸型政党への批判を乗り越えるべきでしょう。

 ただ、前半の小選挙区導入の経緯についての部分や政党制の分析の部分は面白いです。
 著者はまだ若いので、これからもっと本格的な二大政党制批判を期待したいですね。

二大政党制批判論 もうひとつのデモクラシーへ (光文社新書)
4334035272


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