山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2007年09月

大泉啓一郎『老いてゆくアジア』(中公新書) 9点

 「21世紀はアジアの世紀」と言われる中で、これはぜひ読むべき本。
 アジア地域における想像を超える高齢化と、そのアジアの奇跡的な経済成長を支えた「人口ボーナス」という現象について知ることができます。

 韓国の日本を下回るような出生率、中国の一人っ子政策などから、韓国や中語で日本を上回るような高齢化社会が到来するのではないか?という考えはもっていたのですが、この本ではその両国だけでなく、ASEANの中心的な国であるタイやインドネシア、さらには中国に代わる労働集約産業の拠点として期待されるベトナムでさえ、かなりのペースで少子化が進行していることが示されます。
 これらの国では日本を上回るペースで高齢化が進み、この高齢者を誰が養うのか?というのが大きな問題として浮かび上がってくるのです。

 さらに、この本は「人口ボーナス」という考えによって「アジアの奇跡」と呼ばれる経済成長を説明してくれます。
 これはベビーブームとその後の出生率の低下によって、生産人口の増大と年少人口の減少が同時に起こり(働き盛りが増え、子どもは減少)、この動きが労働投入量の増大、そして子どもの減少にともなう貯蓄率の増加につながり、経済成長をもたらすというものです。
 これはクルーグマンの名を一躍知らしめた論文「まぼろしのアジア経済」を裏付ける理論でもあり、アジアの経済成長の要因を説明するとともに、将来のアジア経済が必ずしも楽観できるものではないことを示唆するものです。

 そして、「人口ボーナス」が終わった時にやってくる、生産人口の減少と高齢者の増大という「ポスト人口ボーナス」の衝撃、さらには高齢化を支えるにはあまりに脆弱なアジアの社会保障の状態など、長いスパンで政治や経済を考える上で非常に重要な知見が述べられている本だと思います。
 「21世紀はアジアの世紀」と無批判に言う前にぜひ一読をお勧めします。

老いてゆくアジア―繁栄の構図が変わるとき (中公新書 1914)
大泉 啓一郎
4121019148

中村政則『象徴天皇制への道』(岩波新書) 7点

 古本で買ったものですし、1989年発行でもはやある程度の評価を得ている本なので、とり上げようかどうか迷ったのですが、「読んだ新書」ということで簡単に内容を紹介しておきます。

 副題に「米国大使グルーとその周辺」とあるように、この本は1932年から開戦直後まで米国大使として日本に駐在し、その後,国務次官まで上り詰めたジョセフ・グルーの行動をその日記を中心に読み解いたものです。
 日本駐在時に穏健派と呼ばれる重臣グループと親交を結び(その中には後の首相の吉田茂の名前もあり、彼がグルーの重要な情報源の役割を果たしていたことがこの本を読むとわかります)、日本における天皇制の重要性を確信したグルーは、天皇に対する憎悪が渦巻くアメリカで、天皇制を破壊せずに日本を降伏させるためさまざまな活動を行います。

 このグルーの行動は本当に熱心なもので、親中派のハル国務長官との対立にめげず、さまざまな手段で天皇制の重要性をアメリカ政府と国民に訴えかけます。
 天皇制を擁護したグルーの存在は知ってましたが、この本で読むと改めてその熱意に驚きます。

 この本はグルー以後の、「象徴天皇制」が憲法に書き込まれるに至る動きについてもとり上げていますが、分量、内容とも前半のグルーを追った部分に比べると劣ります。

 けれども、グルーについての前半は非常に面白く、今なお読む価値があると思います。

象徴天皇制への道―米国大使グルーとその周辺 (岩波新書)
中村 政則
4004300894

大屋雄裕『自由とは何か』(ちくま新書) 5点

 著者の本を読むのは『法解釈の言語哲学』に続いて2冊目なのですが、『法解釈の言語哲学』が興味のあるテーマだったにもかかわらずあまり面白くなかったのと同じく、今回のこの本も期待したほどではありませんでした。

 前半はバーリンの議論などを用いた「自由」の検討と、監視社会と「自由」の関係、そして後半では法学的な議論によって「自由と責任」が検討される、という内容です。
 
 前半に関しては、議論としてはよくまとまっているものの、東浩紀の「情報自由論」や東浩紀と大澤真幸の『自由を考える』を読んだことのある読者にとって特に目新しい部分はありません。
 ということで、後半の「責任と自由」の部分がこの本の読みどころになるはずなのですが、ここが中途半端です。
 刑法の歴史や聾唖者の刑の減免を定めていた刑法第40条の問題から擬制(フィクション)としての「個人」を想定するという議論の運びはそれなりに説得力がありますが、最後に出てくる安藤馨の「個人の解体」を肯定的にとらえる見解に対してはまったく反論できていません。

 全体の構成を変えてでも、ここで安藤のラディカルな議論にきちんと対決しておかないとこの本全体の意味というものがなくなってしまうと思うんですけどね…。

 ちなみに細かい部分では「ガチョーン」といったギャグを「制度」として捉える著者の言語哲学観にも違和感があります。

自由とは何か―監視社会と「個人」の消滅 (ちくま新書 680)
大屋 雄裕
4480063803

越後島研一『ル・コルビュジエを見る』(中公新書) 7点

 20世紀最高の建築家とされるル・コルビュジエの建築とその作風の変化を、サヴォア邸、ロンシャン教会堂という2つの傑作を中心に紹介した本。

 個人的に建築に関しては素人なので、著者のル・コルビュジエの見方についてあれこれと言える立場ではありませんが、上記の2つの建築を中心にル・コルビジュエの作品が数多く紹介知れており、またカラー写真も豊富で、”ル・コルビュジエが天才と言われる由縁”が納得できるような構成になっています。

 また、日本の建築にも疎かった身としては、最後の章の「日本への影響」は、簡単な日本の近代建築史という趣もあって面白かったです。
 板倉準三の「神奈川県立近代美術館」、丹下健三の「広島ピースセンター」、「代々木屋内総合競技場」といった建築が明らかにル・コルビュジエの影響かにあることが改めて分かりましたし、磯崎新や安藤忠雄といったその後の建築家がル・コルビュジエを手がかりに丹下健三らの建築を乗り越えようとしたことも感じ取れました。

 本書に少し出てくるル・コルビュジエの絵を見るかぎり、ピカソなどの影響がありそうな気がするので、そのあたりにも触れてほしかった気もしますが、初めてル・コルビュジエについて知る本としては悪くないと思います。
 
ル・コルビュジエを見る―20世紀最高の建築家、創造の軌跡 (中公新書 1909)
越後島 研一
4121019091

内田隆三『ベースボールの夢』(岩波新書) 5点

 誕生からベーブ・ルース登場までのベースボールの歴史について社会学的な手法で分析した本。

 つくられたベースボールの起源、ランナーにボールを当てるソーキングを禁止することで逆に全力でプレーが可能になったというルールの変遷、ベースボールと南北戦争の関係、ミドルクラスのヒーローとしての克己奮闘の選手タイ・カップと大衆のヒーローとしての快楽主義的なベーブ・ルースの対比など、社会学的な分析のポイントを押さえているのですが、読後感としては何か物足りない感じがあります。

 ベースボールの歴史に詳しいわけでないのではっきりとしたことは言えませんが、どうも文献だけ集めて社会学っぽくできそうなところを抜いてきたみたいな感じです。
 ベースボールの本を書くのに必ずしも野球好きじゃないといけないというわけではないんでしょうけど、もっと対象に対する熱意とか、新しいチャレンジがあってもいいような気がしました。

ベースボールの夢―アメリカ人は何をはじめたのか (岩波新書 新赤版 1089)
内田 隆三
400431089X

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通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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