山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2009年06月

井上寿一『吉田茂と昭和史』(講談社現代新書) 6点

 『日中戦争下の日本』(講談社選書メチエ)などで注目された著者による吉田茂論。

 今までの吉田茂の本に比べると、中国の奉天領事時代をはじめとする戦前の吉田茂の活躍にページを割いているのが特徴です。
 あくまでも欧米との協調という現実的な立場を保持しながら、その範囲内で中国に対してかなり強硬的に出る吉田茂の姿が印象的です。
 また、日中戦争時の日本の状況を描くことで、戦前の政治・外交の背景というものもわかるようになっています。
 金融恐慌のもとでも、旺盛だった上流階級の消費意欲、そしてその後の著者が「下方平準化」と名付ける、緊縮と平等の趨勢。これらが、軍や新体制運動などを後押しし、同時に吉田の居場所を奪っていきます。
 この戦前の吉田茂を描いた前半の3章は面白いです。

 ただ、後半の戦後の吉田茂については正直、分析のたりない面も多いと思います。
 例えば、著者は「芦田内閣はこれといった成果を上げることなく、十月七日、総辞職する」(192p)と書いていますが、芦田内閣のもとで成立した数々の法律を考えれば、そう簡単には片付けられないはずです。
 ここは、民政局のバックアップをウケた芦田と民政局に嫌われた吉田という点から、もう少し掘り下げるべきでしょう。

 また、この本では触れられていませんが、サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約をめぐる交渉に関しても、「昭和天皇ーダレス」というルートは無視できないものだと思います。

 その他、戦後の世相に関しても山田風太郎の日記などに頼るだけで、戦前の世相のようには迫れていません。
 前半は面白いものの、後半にやや不満が残る本です。

吉田茂と昭和史 (講談社現代新書)
井上 寿一
4062879999


牛窪恵『「エコ恋愛」婚の時代』(光文社新書) 8点

 「エコ恋愛」と書いて「エコラブ」、著者は1968年生まれのマーケティング・ライターで、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』などの著作を持つ女性。
 このように書くと、「そういうのはパス」と考える人が多いと思うのですが、これが意外と面白い!
 近年の恋愛、結婚事情が、経済学的、心理学的側面から分析されており、森永卓郎の隠れた名著『<非婚>のすすめ』(講談社現代新書)に通じるものがあります。

 特に前半の経済学的な分析は面白く、20ページの「推定デート予算の推移」などは露骨に景気の悪化を感じさせますし、58ページの「離婚件数と景気の変動の相関」のグラフも、露骨に景気の影響を感じさせるものです。
 68ページの載っているクリスマスのギフト消費が、もはや「母の日」よりも少ないという話も、びっくりする反面、「まあそんなものかな」とも思わせます。

 心理学的な分析については俗流心理学的なものも多く、すべてを真に受けるわけには行きませんが、読み物としてはそれなりに面白いと思います。

 また、著者の分析もなかなかまっとうで、10代の恋愛を咎めながら、結婚できない男女に対しては「恋愛力がない!」などと避難する大人に対する批判など、今の若者の境遇を冷静に見た上でバランスのとれたコメントがしてあると思います。

 「未婚化」、「少子化」を斜めから分析した本として面白く読めるのではないでしょうか?

「エコ恋愛」婚の時代 (光文社新書)
牛窪恵
4334035094


櫻井義秀『霊と金』(新潮新書) 7点

 副題に「スピリチュアル・ビジネスの構造」とあるように、主にビジネスの面からスピリチュアル・ブームや新興宗教に迫った本。
 ヒーリングサロンを経営する「神世界」、統一教会、そしてスピリチュアル・ビジネスの見本市とも言える「すぴこん」をとり上げ、その実態に迫るとともに、著者の専攻である社会学の立場から、スピリチュアル・ビジネスに分析を加えています。

 統一協会については、知っていることも多かったのですが、ヒーリングサロンを経営する「神世界」と「すぴこん」については、この本で初めて内容を知りました。
 「神世界」は、もともと大本や世界救世教の流れを汲む宗教で、手かざしなどにより浄霊が行われるというのですが、その「神世界」の神の言葉というのがすごい!
 「誠意は金額の多寡で判断すべし」など、あけすけな拝金主義的な考えがおおっぴらにされており(なにしろ「取引する神」というのがこの宗教のモットーらしいですから)、宗教というよりも「集金の仕組み」以外、何ものでもないのですが、ここまであからさまだと逆に真実味が出るんでしょうか?
 
 「すぴこん」はそれに比べるとかわいいものですが、こうした「癒し」にハマった人が、ボランティアになり「すぴこん」の運営を支え、さらにはスタッフになった行くということを考えると、少し暗澹たる気持になります。

 また、既存の宗教の収入の分析なども行っており、地域に支えられ地域に縛られる神社の様子や、キリスト教の牧師の厳しい実態などもわかりますし、行動経済学のプロスペクト理論などによるスピリチュアル・ビジネスについての分析もあります。
 このあたりは単にジャーナリストが調べたものにはないものだと思います。

 あと、個人的に興味深かったのは細木数子と江原啓之についての記述。
 学生に対する宗教意識調査で、「『オーラの泉』での霊の話を信じるか?」という問いに女性の方が信じる割合が高いのに対して、細木数子の人生相談に「大変説得的」と答えているのは男性の方が多い。
 「少し説得的」を含めると女性の方が多いのですが、最近の若い男性の「説教されたい願望」のようなものを反映しているような気がしました。

 
霊と金―スピリチュアル・ビジネスの構造 (新潮新書)
櫻井 義秀
410610315X


浜井浩一編著『家族内殺人』(洋泉社新書y) 5点

 芹沢一也との共著『犯罪不安社会』が非常に面白かった浜井浩一の本ということで期待したのですが、浜井浩一以外の部分がいまいちかと。
 
 特に第8章の「メディア等で報道されている家族内殺人・年表」は特に掘り下げているわけでもなく、たんなる事実の羅列なので、新書という媒体を考えるといらないでしょう。
 また、第5章の「高齢者の殺人は今日の社会を映す鏡である」も、事件の羅列の部分が多すぎると思います。

 ただ、やはり浜井浩一の書いた第1章は、豊富なデータを用いながら、家族内殺人というものが殺人の中ではいかにありふれたものであるか、ということを述べていて面白い。
 また、十分に書かれているわけではありませんが、次の部分は注目すべき知見でしょう。

 実証主義犯罪学が、最近発見したものの一つに、被害者の心情を理解させるプログラムが再版を促進する可能性があるという知見がある。一見すると社会の常識に反する知見であるが、実証的に確認された事実である。しかし、これは、犯罪者といわれる人たちのことを理解すれば、ある意味当然の結果であるかもしれない。家族内殺人にかかわらず、罪を犯して刑務所に来る人たちの多くは、その行為と裏腹に、家族の中で、あるいは社会の中で孤立して傷ついて弱っている人が多い。彼らに、罪の意識だけを芽生えさせ、自ら引き起こした犯罪の結果の重大性に目を向けさせることは、ある意味「人を殺しておいて自分だけ生きていてよいのか」という思いを喚起するなど、心に大きな重荷を背負わせることになる。この重荷は、社会復帰において大きな足かせとなり、その重荷に耐えかねて再び挫折する結果をまねきやすい。罪の意識を芽生えさせ、重荷を負わせることが更生するうえでの道義上必要となることに異論はないが、そうさせたうえで、再犯を防止するためには、周囲からの強い支えが不可欠であることは忘れてはならない(37ー38p)

 「何を甘いことを言う!」と怒りだす人もいそうですし、実際にきちんとしたデータを見てみないと何とも言えない部分もありますが、非常に重要な知見であるような気がします。

家族内殺人 (新書y)
浜井 浩一・編著
4862483887


猪木武徳『戦後世界経済史』(中公新書) 8点

 「どう考えても新書で戦後世界経済史はきついんじゃないか?」と思ったのですが、さすが猪木武徳、さすが中公新書。これが、けっこう面白い本に仕上がっています。

 この手の本は、何人かの編著にすると全体の統一性が失われてしまう一方で、一人で書くと明らかに手薄な部分が出来てしまうというケースが多いのですが、この本は統一性がありつつ、全体にも目配せが出来ているめずらしい本。
 もちろん通史ですから、平板な部分もありますし、特に斬新な知見が示されているわけでもありません。
 けれども、ドイツをはじめとするヨーロッパの復興、社会主義経済の行き詰まり、植民地独立が経済にもたらした影響、東アジアの経済成長など幅広い分野にわたって、新しい研究をもとにしながら、バランスのとれた分析がしてあります。

 今回のサブプライム問題に端を発する経済危機に関しても、安易に「新自由主義の終わり」、「経済学の限界」などという言葉に逃げずに、大恐慌との比較から経済学が明らかにしたこと、経済学が出来ることをきちんと示しています。

 この本が中公新書の2000点目のということですが、それにふさわしい価値のある本だと思います。

戦後世界経済史―自由と平等の視点から (中公新書)
猪木 武徳
4121020006


鹿島茂『吉本隆明1968』(平凡社新書) 7点

 フランス文学者にして「永遠の吉本主義者」だという鹿島茂による吉本隆明論。
 「1968」とタイトルにありますが、とり上げられるのはもっぱら吉本隆明の初期の文章で、1968に登場した著者を含めた団塊の世代に吉本がいかに影響を与え、自分はいかに吉本とシンクロしたかということが書かれています。
 ですから、この本は「評論」であると同時に、鹿島茂の「私小説」的な側面も持つものになっています。

 400ページを超える分厚い新書で、メインになっているのが吉本の「転向論」と「高村光太郎論」の分析。
 特に「高村光太郎論」に関しては、著者の分析も織り交ぜながら、高村光太郎の出自や留学が思想と詩作に与えた影響、そしてなぜ戦争賛美へと向かっていったかということが精緻に読み解かれています。

 個人的には、加藤典洋を通じて吉本隆明的な考えには慣れていたために、何かこの本ですごいものを発見したというようなものはないのですが、著者の団塊の世代論なども含め、読み物としてはなかなか面白いと思います。

吉本隆明1968 (平凡社新書 459)
鹿島 茂
4582854591


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名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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