山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2007年07月

山口誠『グアムと日本人』(岩波新書) 7点

 本の帯に「その島はかって『大宮島』だった」とあるように、第2次大戦時に日本に占領され、「大宮島」として統治されたグアム。現在は「リゾート地」としてのイメージしかないグアムですが、この日本の統治を含めて、スペインによる支配、アメリカの軍事基地としての側面などさまざまな歴史があり、その中で翻弄されてきた現地のチャモロ人の生活があります。そうした、日本人の知らない、あるいは忘れたグアムについて教えてくれる本です。

 特に、アメリカ軍によるグアム上陸によって「玉砕」したとされる日本軍のほぼ半数が実はジャングルで潜伏を続け、その中から1952年に皆川文蔵氏と伊藤正氏が「発見」され、さらに1972年には横井庄一氏が「発見」された経緯を、当時の日本社会の反応を絡めて書いた部分は面白いですし、さらにはその横井氏の「新婚旅行」が、グアムの新婚旅行誘致のイベントとして行われた顛末も当時を知らない者としては非常に興味深いものがあります。

 それ以外にも、グアムが1960年代中頃まで立入禁止の孤島であり、現在にいたってもグアムの住民にはアメリカ大統領選の投票権がないといった部分は今まで知らないことでした。
 
 逆にやや物足りない点としては、第4章でグアムのガイドブックを分析しつつグアム観光の変化を追っているのですが、その部分で肝心の観光客の行動の変化がいまいち書かれていないので、少し消化不良になっている点など、全体的に「人への取材」といったものが少し足りない所です。

 ただ、グアムの歴史やひと味違った観光のガイドブックとしても読めますし、社会学の本としても面白い本だと思います。

グアムと日本人―戦争を埋立てた楽園 (岩波新書 新赤版 1083)
山口 誠
4004310830

家坂清子『娘たちの性@思春期外来』(NHK生活人新書) 9点

 産婦人科医として長年現場で働き、また同時に性教育にも取り組んできた著者による、子どもたちの性の実態についての報告書。
 それほど期待しないで読んだのですが、これはいい本。多少、データの扱いに厳密さが欠ける所もあるのですが、著者の今までの豊富な実践がそれをしっかりと補っていて、中身の濃い本になっています。

 前半の十代のキスの経験率や性交経験率、クラミジアの感染率といったデータに衝撃を受ける人もいるかもしれませんが、そのデータに対して、「けしからん!」的態度をとるのでもなく、逆に「大人への告発」一辺倒になるでもなく、その事実をきちんと受け止めて処方箋を書いているのがこの本のいい所。

 また、女子に比べて男子への性教育が貧弱であること、十代では学校にも行かず、働いてもいない女子のほうがより出産を望み、「将来に青写真を描けない女の子が、容易にできる唯一の自己表現として、出産と結婚を望んでいる」(160p)状況であること、避妊で一番確実なのはピルであることなど、フェミニズム的立場にはとらわれない冷静な指摘がしてある点もいいです。
 
 中には唖然とするようなエピソードもありますが、そういったものを含めて、性について知っておくべき知識が書いてあり、単に思春期の子どもを持つ親だけでなくて、多くの人にとっても得ることの多い本だと思います。


* ちなみに、この本のデータでは90年代後半から一貫して上昇してきた十代の性交経験率の割合が、2002~2005年にかけて急激に減少しているのですが(厳密に言うと今現在(2007)の19歳くらいから急激に減少)、これは個人的な実感からもうなずけるデータです。

娘たちの性@思春期外来 (生活人新書 226)
家坂 清子
4140882263

佐藤卓己・孫安石編『東アジアの終戦記念日』(ちくま新書) 6点

 非常に面白かった佐藤卓己『八月十五日の神話』(ちくま新書)の続編とも言える本。
 佐藤卓己は『八月十五日の神話』で「ポツダム宣言の受諾は8月14日、降伏文書の調印は9月2日にもかかわらず、なぜ玉音放送のあった8月15日が特権化されたのか?」ということを解き明かしていきましたが、この本ではそれを受けて、編者を含む9人が北海道、沖縄、朝鮮半島、台湾、中国での8月15日と、その他の第2次大戦にまつわる記念日について分析を加えています。

 新書で9人が執筆ということで紙幅も限られており、一つ一つの論文にはけっこうばらつきもあります。
 たんに8月15日をめぐるその地域の反応を当時の新聞などでたどってみせたような論文もあり、社会学的な分析も深かった『八月十五日の神話』に比べると物足りない部分も多いです。

 ただ、そんな中で、沖縄での「八・一五」と「六・二三」(沖縄守備軍司令官牛島満が自決した日)、「四・二八」(サンフランシスコ講和条約が発効し、沖縄が日本の独立回復から取り残された日)といった記念日が、米軍の占領下と本土復帰の中でいかに語られていったかということを分析した第4章の福間良明「沖縄における『終戦』のゆらぎ」は面白いですし、第5章の元容鎮「朝鮮における『解放』ニュースの伝播と記憶」に描かれている韓国の日本による支配から米軍による支配への移り変わりの部分も興味深いです。

 問題のアウトラインをたどっただけの論文もあるので、企画としてはもっとページ数のとれる単行本でやった方がいい企画だったかもしれません。

東アジアの終戦記念日―敗北と勝利のあいだ (ちくま新書 669)
佐藤 卓己 孫 安石
4480063730

 

丸川知雄『現代中国の産業』(中公新書) 8点

 「中国製品はなぜあんなに安いのか?」という疑問に答えてくれる本。
 
 素朴な考えからすると「中国は人件費が安いから」と答えが思い浮かびますが、それだと繊維産業のような労働集約的な産業のことは説明できても、それだけで家電製品や自動車の安さまでを説明するには無理があります。
 そこで著者がキーワードとして取り上げるのが「垂直分裂」という考え。
 
 例えば、日本のテレビメーカーはテレビの基幹部品となるブラウン管を自社で開発することで他社との差別化を図り、競争を勝ち抜こうとしました(一番いい例がこの本でも取り上げているソニーのトリニトロン)。これを「垂直統合」と言います。
 ところが、中国のテレビメーカーの多くはブラウン管を自社生産せずにさまざまなブラウン管メーカーから買い集めることでコストダウンを実現させているのです。
 ブラウン管が違えば、当然画質も違いますし、そもそもカラーテレビのブラウン管にはそれ専用の回路が必要なのですが、中国のメーカーは画質の違いを無視し、複数の回路を用意することで、このような一見すると無茶なシステムを成り立たせているのです。

 テレビ以外でも、エアコン、携帯電話、そして自動車にまでこのような生産方式が波及しており、それが中国メーカーの価格競争力の源泉となっているが、同時にデザインや性能の同質化をもたらし、それが果てしなき価格競争と中国メーカーの利益率低迷につながっていると著者は分析しています。

 こうした「垂直統合」は中国政府の産業政策がもたらした面も大きいのですが、だからといって中国では政府の思惑通りに産業が育っているわけではなく、この本は一種の「産業政策論」としても読むことができます。
 また、日本のメーカーとの比較も豊富で、日本の産業を考えていく上でもヒントになる本だと思います。

現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ
丸川 知雄
4121018974

大沼保昭『「慰安婦」問題とは何だったのか』(中公新書) 8点

 右からも左からも批判されたアジア女性基金の理事として、元慰安婦の女性に償い金を渡し、総理のお詫びの手紙を届ける事業を行った著者の「闘いの記録」。

 大沼保昭というと、かなり「左」、つまり政府悪玉論を唱え過去の日本を一方的に断罪するような人というようなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、この本を読めばそうではないことがわかりますし、それ以前に著者のアジア女性基金での活動の大部分が、そういった無責任な道徳的主義者との苦闘であったことがわかります。

 著者は、政府が賠償金を出すわけではないアジア女性基金による慰安婦の救済を不完全なものだと認めつつも、高齢になった慰安婦に残された時間が少ないことを考え、この基金の立ち上げに参加し、理事になります。しかし、そこに立ちはだかるのは、事なかれ主義の政府や慰安婦を売春婦呼ばわりする一部の政治家であり、また一方で、望みの薄い国家賠償を求めて慰安婦を裁判に向かわせる支援者やNGO、償い金を受け取ろうとする慰安婦を糾弾する韓国の反日世論、そしてアジア女性基金の成果をほとんど取り上げようとしないメディアの姿でした。

 もちろん、著者はアジア女性基金の内部の人間ですので、アジア女性基金の成果については割引が必要かもしれませんし、恨み言にしか聴こえないような部分もあります。また、著者の女性国際戦犯法廷への評価など、個人的にうなずけない部分もあります。
 けれども、さまざまな妥協をしながら困難を乗り越え現実を変えようとした著者の活動と、政府やNGOそしてメディアへの提言は十分に読む価値のあるものです。

「慰安婦」問題とは何だったのか―メディア・NGO・政府の功罪
大沼 保昭
4121019008

盛山和夫『年金問題の正しい考え方』(中公新書) 9点

 盛山和夫の名前を知っている人は、『制度論の構図』や『リベラリズムとは何か』といった包括的で緻密な理論社会学の本を書いた盛山和夫が年金問題?というふうに思うかもしれませんが(もっとも盛山和夫がそんな有名人だとも思いませんけど…)、この本は僕の知りうる限り年金問題について最も包括的かつ緻密に論じてある本です。

 この本で著者は年金に関するさまざまな誤解を正していきますが、その中でも一番大きなものは、そもそも1973年の改正によってできたスキームが根本的に問題のあるものであり、たとえ少子化が進行せず70年代前半の出生率がつづいたとしても年金は破綻していたという事実です。
 またこのことと関連して、2004年の年金制度の改正が、厚生労働省の説明するほど確実でないものの、マクロ経済スライド調整率という支給水準を削減するための仕組みをつくったことで、はじめて年金制度を維持できる可能性をつくった改正であったこともわかります。

 それ以外にも年金の未納は制度の存続に取っては問題ではなく、むしろ未能率が上がった方が年金財政的には余裕ができること、保険料を支払わない厚生年金の厚生年金の三号被保険者である専業主婦が、働いてる女性と比べて必ずしも優遇されているわけではないこと(ただし国民年金の加入者と比べると明らかに優遇されている)などがわかります。

 さらには年金問題を根本的に解決すると一部で思われている税方式への以降や積み立て方式への以降が、必ずしも問題解決に綱柄にことも示されています。
 
 全体として新聞や雑誌の特集を遥かに上回るレベルの分析がなされており、今後、年金問題を語る上で外せない本ではないでしょうか。


年金問題の正しい考え方―福祉国家は持続可能か  
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名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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