日本銀行金融研究所所長などをつとめ、かつては現在は日本銀行副総裁である岩田規久男との間に「マネーサプライは日銀が操作可能か?」という「マネーサプライ論争(岩田-翁論争/翁-岩田論争)」を繰り広げた(著者は日銀の立場からマネーサプライの操作が不可能であると主張した)翁邦雄が中央銀行の役割、日本銀行の金融政策などについて解説した本。そして当然ながらアベノミクスについてもコメントしています。
目次は以下の通りです。
これを見ればわかるように中身は中央銀行の歴史から始まり多岐にわたっているわけですが、時節柄、どうしても注目していしまうのが第7章以降の「大胆な金融政策でデフレ脱却ができるのか?」という部分。
もちろん著者は「日銀理論の守護者」みたいな人なので、当然ながら答えは否定的で、アベノミクスについても懸念を持っているわけですが、さすがに巷にあふれている「効果がない、もしくはハイパーインフレ」みたいな乱暴な議論に比べると、より精緻な見解が出されています。
著者は2000年8月の速水日銀総裁によるゼロ金利の解除には批判的ですが、ゼロ金利になってしまったら日銀のできることは限られていると考えています。
この本ではバーナンキFRB議長の「連邦準備制度のバランスシートの規模がインフレ期待に与える影響は皆無である」(181p)という発言を何度もとり上げ、日本銀行がいくらマネタリーベースを増やしてもインフレにはならないということを主張しています。
また、山形浩生が紹介してリフレ派の理論のわかりやすい説明にもなっているクルーグマンの「ベビーシッター協同組合」の話もとり上げています(詳しくは山形氏のホームページを御覧ください)。
先ほど述べたように著者は「インフレは起こせない」という考えです。もっとも、クルーグマンもこの場合は実際のインフレではなく「インフレ期待」があれば、問題は解決するとしています。これに対して、著者は1970年代前半の石油危機前後のインフレ期には、低所得者層は物価上昇を前にして消費性向が低下した、つまり買い控えが起こったという事実を持ちだして、インフレ期待が必ずしも消費の増加にはつながらないのではないか?と述べています。
このように著者のスタンスは「中央銀行が狙ったようなインフレを起こすのかなり難しいし、インフレ期待が景気回復につながるとは限らない」というものです。
また、異次元緩和を行ったあとの出口戦略の難しさというのも強く指摘されています。著者によれば、もし日本の景気が回復してゼロ金利を解除する必要が出てきたとき、日銀が保有する国債を売却してバランスシートを縮小させる方法と、バランスシートを維持したまま短期金利を引き上げる方法があるが、国債市場の混乱を考えれば後者が現実的だとしています。
ところが、金融機関が日銀に持つ当座預金の口座には利子がつくので(付利)、日銀が巨額の当座預金を抱えたまま短期金利を引き上げれば、この利払い額が巨額になってしまい、およそ5000億円の日銀の国庫納付金が消し飛んでしまう可能性が高いのです。
個人的には景気が悪かった2002年度と量的緩和によって日本の景気が拡大した2006年では5兆円ほど法人税の税収が違うので(このページ参照)、景気が回復するのであれば、5000億円の日銀の国庫納付金はそれほど大きな問題でもないと思うのですが、日銀の内部にいるとそうはいかないのでしょうか?
あと、過去の日銀の金融政策について詳しく触れているのに、リフレ派が問題とする2006年の量的緩和の解除について触れていなかったり、リーマン・ショック後にバーナンキ議長率いるFRBがバランスシートを急拡大させたのに対して、日銀がそれに追随しなかったことについてもほとんど触れられていません。このへんは都合の悪いことをスルーしている印象を受けました。
そして一番感じたのは、この本には株式市場や為替市場のことがほとんど出てこないことです。アベノミクスについて詳細に解説した片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』では、リフレ政策が株式などの資産価格の上昇や、円安などを通じて需要の増加をもたらすというメカニズムが説明されていましたし、竹森俊平の『通貨「円」の謎』では、思い切った金融緩和による円安こそが日本経済浮上の鍵だと書かれていました。
このあたりは、日銀の内部にいる人と外部にいる人の考え方の違いを感じました。
ということで、この本の「アベノミクス批判」については個人的には説得されませんでした。ただ、日本銀行の歴史や役割を解説した本としては面白く読めましたし、いわゆる「日銀理論」を知ることも悪いことではないでしょう。
日本銀行 (ちくま新書)
翁邦雄

目次は以下の通りです。
第1章 中央銀行の登場
第2章 主要中央銀行のトラウマ
第3章 日本銀行の登場
第4章 日本銀行の組織と業務
第5章 バブル期までの金融政策
第6章 バブル期以降の金融政策
第7章 デフレ脱却の理論
第8章 クルーグマンと「日本型デフレ」
第9章 中央銀行と財政政策
第10章 「異次元の金融緩和」とアベノミクス
これを見ればわかるように中身は中央銀行の歴史から始まり多岐にわたっているわけですが、時節柄、どうしても注目していしまうのが第7章以降の「大胆な金融政策でデフレ脱却ができるのか?」という部分。
もちろん著者は「日銀理論の守護者」みたいな人なので、当然ながら答えは否定的で、アベノミクスについても懸念を持っているわけですが、さすがに巷にあふれている「効果がない、もしくはハイパーインフレ」みたいな乱暴な議論に比べると、より精緻な見解が出されています。
著者は2000年8月の速水日銀総裁によるゼロ金利の解除には批判的ですが、ゼロ金利になってしまったら日銀のできることは限られていると考えています。
この本ではバーナンキFRB議長の「連邦準備制度のバランスシートの規模がインフレ期待に与える影響は皆無である」(181p)という発言を何度もとり上げ、日本銀行がいくらマネタリーベースを増やしてもインフレにはならないということを主張しています。
また、山形浩生が紹介してリフレ派の理論のわかりやすい説明にもなっているクルーグマンの「ベビーシッター協同組合」の話もとり上げています(詳しくは山形氏のホームページを御覧ください)。
先ほど述べたように著者は「インフレは起こせない」という考えです。もっとも、クルーグマンもこの場合は実際のインフレではなく「インフレ期待」があれば、問題は解決するとしています。これに対して、著者は1970年代前半の石油危機前後のインフレ期には、低所得者層は物価上昇を前にして消費性向が低下した、つまり買い控えが起こったという事実を持ちだして、インフレ期待が必ずしも消費の増加にはつながらないのではないか?と述べています。
このように著者のスタンスは「中央銀行が狙ったようなインフレを起こすのかなり難しいし、インフレ期待が景気回復につながるとは限らない」というものです。
また、異次元緩和を行ったあとの出口戦略の難しさというのも強く指摘されています。著者によれば、もし日本の景気が回復してゼロ金利を解除する必要が出てきたとき、日銀が保有する国債を売却してバランスシートを縮小させる方法と、バランスシートを維持したまま短期金利を引き上げる方法があるが、国債市場の混乱を考えれば後者が現実的だとしています。
ところが、金融機関が日銀に持つ当座預金の口座には利子がつくので(付利)、日銀が巨額の当座預金を抱えたまま短期金利を引き上げれば、この利払い額が巨額になってしまい、およそ5000億円の日銀の国庫納付金が消し飛んでしまう可能性が高いのです。
個人的には景気が悪かった2002年度と量的緩和によって日本の景気が拡大した2006年では5兆円ほど法人税の税収が違うので(このページ参照)、景気が回復するのであれば、5000億円の日銀の国庫納付金はそれほど大きな問題でもないと思うのですが、日銀の内部にいるとそうはいかないのでしょうか?
あと、過去の日銀の金融政策について詳しく触れているのに、リフレ派が問題とする2006年の量的緩和の解除について触れていなかったり、リーマン・ショック後にバーナンキ議長率いるFRBがバランスシートを急拡大させたのに対して、日銀がそれに追随しなかったことについてもほとんど触れられていません。このへんは都合の悪いことをスルーしている印象を受けました。
そして一番感じたのは、この本には株式市場や為替市場のことがほとんど出てこないことです。アベノミクスについて詳細に解説した片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』では、リフレ政策が株式などの資産価格の上昇や、円安などを通じて需要の増加をもたらすというメカニズムが説明されていましたし、竹森俊平の『通貨「円」の謎』では、思い切った金融緩和による円安こそが日本経済浮上の鍵だと書かれていました。
このあたりは、日銀の内部にいる人と外部にいる人の考え方の違いを感じました。
ということで、この本の「アベノミクス批判」については個人的には説得されませんでした。ただ、日本銀行の歴史や役割を解説した本としては面白く読めましたし、いわゆる「日銀理論」を知ることも悪いことではないでしょう。
日本銀行 (ちくま新書)
翁邦雄
