山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2008年01月

原武史『昭和天皇』(岩波新書) 7点

 昭和天皇というこれまで山のように本が書かれながら、しっくりとくる評価が定まらない人物について、『大正天皇』や『滝山コミューン1974』の原武史が挑んだ本。
 この本で原武史は、昭和天皇の開戦と終戦の決断というさんざん議論されてきた部分に関してはあえて触れずに、今まであまり光の当てられなかった「宮中祭祀」を手がかりに昭和天皇の実像に迫ろうとしています。

 学者の書いた本としてはかなり大胆な推測がなされており、なかなか面白い点とやや疑問の残る部分が混在している感じです。


面白い点

・ かなり強烈な人間だったと思われる昭和天皇の実母・貞明皇后と昭和天皇の関わりを追い、その影響を明らかにしようとした点。

・ 戦争とともに祭祀に熱心になる天皇を描くことで、科学に関心を持つ「合理的な立憲君主」に収まらない昭和天皇の姿を教えてくれる点。

・ 1945年の6月に貞明皇后とあった後、昭和天皇が体調を崩し、そこに昭和天皇が「一撃論」から「早期和平論」に転じた時期を見いだしている点。

・ 1960年代に「魔女」と呼ばれた女官の今城誼子が、貞明皇后の影響を受けた最後の人物であり、その騒動を昭和天皇の健康状態も考えて宮中祭祀を省略しようとする入江侍従長と祭祀にこだわる今城誼子の対立として描いている点。


逆に疑問が残る点は

・ 昭和天皇の祭祀に対する姿勢として、最初は熱心ではなかったが貞明皇后に言われて熱心になったとしているが、非常に真面目だったとされる昭和天皇の性格から母の貞明皇后というファクターがなくても、祭祀には熱心に取り組むようになったのではないか?という点。

・ 昭和天皇と高松宮の確執に関して、高松宮と貞明皇后を一体化して考えることで説明しようとしている(逆に言うと昭和天皇と高松宮との確執をとり上げることによって昭和天皇と貞明皇后の確執を裏付けようとしている)が、高松宮との関係に関してはそれ以外の要因、特に戦争末期と戦後の高松宮の行動の方が大きいのではないか?

・ 貞明皇后と昭和天皇の后であった香淳皇后を同じ考えに染まった人物として描いているが、貞明皇后と香淳皇后の間の嫁姑の確執は広く知られたものであり、そこの説明が足りない点。

・ 三島の自決の昭和天皇への影響をかあった部分があるが、これは余りに憶測に頼っており、この本に書かれた状況証拠だけでは何とも言えないのではないか?

 
 このような感じで、面白い部分と疑問が残る部分があり、全面的に著者の主張に賛成できるわけではないのですが、昭和天皇について今までとは違った論点を提出してくれた本だと思います。

昭和天皇 (岩波新書 新赤版 1111)
原 武史
400431111X


隈研吾・清野由美『新・都市論TOKYO』(集英社新書) 7点

 バブル崩壊後に遅れてやってきた東京の再開発。汐留、丸の内、六本木といった再開発の現場を建築家の隈研吾とジャーナリストの清野由美が訪れ、語ったのがこの本です。
 さらには朝倉家という大地主と建築家の槙文彦によって一貫した再開発が行われた代官山、混沌とした中に一種のエネルギーが感じられる町田をとり上げることによって、再開発論、そして都市論としての深みを出しています。

 この本の面白さは隈研吾が現代の大規模開発において、建築家の置かれた現実を非常に率直に語っている点。
 清野由美は基本的に再開発された場所に否定的な見方を示すことが多いのですが、その中で隈研吾は、建築家が多くの制約の中でなんとかデザインをしようとした点、施工主がいかに行政の規制と折り合いを付けたかということを評価します。

 不特定多数から巨額の資金を集める現代の再開発において、著名な建築家はアリバイづくりに利用されます。
 隈研吾の言葉を借りれば
「地下が高い東京の再開発プロジェクトでは、リスクの分散がなにより大事なことになります。建築家に求められるのも、創造性というよりはリスクの分散の役割を果たすことになりますから」

ということなのです。
 
 そうした再開発の現実の一端を知ることが出来るというところにこの本の面白さはあると思います。
 ただ、大きな不満は写真が少ないこと。
 さまざまな建築に関して隈研吾がデザインのポイントを語ってくれているのですが、それを実際に見せてくれる写真がほとんどない。
 これは建築を扱った本としては大きな欠点でしょう。

新・都市論TOKYO (集英社新書 426B) (集英社新書 426B)
隈 研吾 清野 由美
408720426X


森真一『ほんとうはこわい「やさしさ社会」』(ちくまプリマー新書) 6点

 「やさしさ」の行き過ぎた重視が「きびしい社会」につながっている、そうした多くの人が感じることを社会学の立場から読み解いた本。社会学と言っても、ほぼ専門用語を使わずに、身近な例を引きながらそれこそ「やさしく」書いているので、わかりやすい本と言えるでしょう。

 ただ、だからこそ本格的な分析を期待する身としては少し不満も残ります。
 著者の森真一は、今まで『自己コントロールの檻』、『日本はなぜ諍いの多い国になったのか』(中公新書ラクレ)といった、社会学のオーソドックスな理論を使って現代社会を鋭く分析した面白い本を出していただけに、その2冊に比べるとこの本はやや物足りないです。

 それでも、後から人をいたわる「治療としてのやさしさ」から、人を傷つけないように最大限の注意を払う「予防としてのやさしさ」への転換と、それに伴う「敬意の過大評価」と「修復の過小評価」についての部分や、現代人が「対人恐怖症の武士」であるとの指摘などは興味深い部分もあり、読み物としては面白いものに仕上がっていると思います。

ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)
森 真一
4480687750


荒井一博『学歴社会の法則』(光文社新書) 7点

 先月紹介した中島隆信『子どもをナメるな』(ちくま新書)と同じく、教育を経済学の観点から見直してみた本ですが、こちらの本の方が分析が緻密で読み応えがあります。

 前半の第1章と2章は「学歴によってなぜ収入が違ってくるのか?」という問題、第3章は「働く母親と専業主婦、子どもの学歴をあげるのはどっちか?」という疑問、第4章は教育バウチャー制の長短について、それぞれさまざまなデータに基づいて分析がなされています。
 特に、教育バウチャーに関しては、経済学者は支持することの多い議論ですが、この著者は否定的な見方を示しています。この本に書かれている「広範囲に導入された教育バウチャー制によって明白に学力が向上した例はない」という知見は、この問題を考えていく上で抑えていくべき事実でしょう。

 第6章は英語教育、第7章はいじめの問題をとり上げています。前半に比べると数字の裏付けは弱いですが、「英語は修得がむずかしい言語である」、「日本で行われている投資の中でもっとも収益率の低いのが英語教育である」といった著者の主張はなかなか面白いです。
 また、第8章では学級規模の問題をデータから導きだそうとしており、答えが出ているわけではないものの、「少人数=よい教育」とは簡単に言い切れないことも示されています。

 このようになかなか面白いのですが、不満としてはアメリカでデータに基づいて行われている教育「ダイレクト・インストラクション」への言及がない点。こちらで紹介したように、「ダイレクト・インストラクション」はあきれてしまうような内容でありながら、データ的にはきわめて優秀であるとの結果が出ており、データに基づいて教育を語る上では避けて通れない話題でしょう。

学歴社会の法則 教育を経済学から見直す (光文社新書 330)
荒井 一博
4334034314


竹前栄治『GHQ』(岩波新書) 6点

 1983年に出版された黄色本の再刊。GHQの成り立ちと日本占領のしくみ、GHQの人と組織について解説した本で、決して読んでいて面白い本とは言い難いですが、新書にしてはかなり詳しく網羅的に書いてある本なので、この時代について調べたい人などには便利な本でしょう。

 ただし、岩波ということで少し強引な護憲と「戦後民主主義」擁護というのは、毎度ながらやや矛盾したものを感じます。

GHQ (岩波新書 黄版 232)
竹前 栄治
4004202329


赤坂真理『モテたい理由』(講談社現代新書) 9点


 ネイルアートが好きな男子なんていません!

 女性誌を分析しながら、このような女性誌のある種ズレてしまった現状を作家の赤坂真理が分析してくれたのがこの本。
 「彼友クラクラ服!」とか「愛され系お嬢さん」だとか「1ヶ月ヘアアレンジ劇場」とかを、赤坂真理がバッサバッサと斬ってくれます。そして、そうした妄想が実はオタクの妄想とほぼ表裏一体であること、消費社会に踊らされたファンタジーに過ぎないことをあばいてくれているんですが、それだけに留まらないのがこの本の面白さ。

 「自力」ではなく「他力」が愛される女性誌文化、「ライフスタイル」という漠然なものに泊をつける外国人との結婚やハーフの子ども、「セックスー出産ライン」こそが女の人生のキモであるという指摘も面白いですし、一方男性に関しては、戦争の記憶とともに抑圧された男性性に触れながら、早稲田実業の斎藤佑樹に「学徒出陣」の影を見る感性にもちょっとした鋭さを感じます。
 現代男女論としてもなかなか読み応えがあります。

 そして、この赤坂真理がふつうの女性作家と違うと感じるのはさらにそこから先がある点で、女性誌分析から最終的には「戦争」、「アメリカ」、「敗戦の記憶」といったものにまで、現代の男女がおかれた状況の遠因をたどろうとしています。
 このあたりは感覚的な部分も多く、評価の別れる部分もあると思いますが、すこし加藤典洋なんかに通じるところがあって面白いですね。

 赤坂真理のもともとのファンがどのようなタイプの人かは知りませんが、けっこう男性よりの視点もとれる人なので、男性が読んでも、というか男性が読んだ方が面白いかもしれませんし、本田透の『電波男』への言及なんかも多いので女性誌とかにまったく興味がない人が読んでも面白いんじゃないでしょうか。

モテたい理由 (講談社現代新書 1921)
赤坂 真理
4062879212


田村秀『自治体格差が国を滅ぼす』(集英社新書) 4点

 千葉県浦安市、愛知県豊田市、兵庫県芦屋市などの「勝ち組自治体」と北海道夕張市、千葉県木更津市、大阪市西成区などの「負け組自治体」の格差の原因とそこから生まれる問題を論じた本。もちろん、「勝ち組」「負け組」というのは主に財政面で見た勝ち負けであって、それがすべてというわけではないのですが、それでも自治体間の財政面の大きな格差を知ることが出来るようになっています。
 ただ、あくまでもそこで知ることが出来るのは個別の事例であって、その背景にある問題をえぐり出す点については弱いと思います。
 三重県亀山市など企業誘致に成功した例など、自治体活性化の例もあげられていますが、格差を生み出す税制などへの言及は少なく、結局は個別の成功例の提示にとどまってしまっています。
 また、三位一体の改革をはじめとする近年の地方自治改革が何をもたらすかということにももっと触れて欲しいですね。

自治体格差が国を滅ぼす (集英社新書 422B) (集英社新書 422B)
田村 秀
4087204227


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名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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