はてなキーワード: 文法的とは
[ ] 文の長さ・構造が全体的に均質で揃いすぎている
[ ] 接続詞(しかし、つまり、なお、一般的に等)が教科書的
[ ] 文法的に整いすぎており、崩れや言い直しがない
[ ] 強い個人語彙(癖のある言い回し、俗語、地域語)が少ない
[ ] 怒り・喜び・戸惑いが言語化されすぎている
[ ] 具体例が抽象化されており、細部が少ない
[ ] 「よくある例」「一般的なケース」が多い
[ ] 導入→整理→結論の流れが綺麗すぎる
[ ] 短文・長文の混在が意図的すぎる
[ ] 「重要」「問題」「〇〇と言われる」など抽象語を括弧で強調している
[ ] 同一パターンの「」強調が繰り返されている
[ ] 極端な主張を避け、バランス重視
[ ] 「断定しない断定」が多用されている
[ ] 文が途中で途切れたり、勢いで書かれている
[ ] LLM的特徴が 6 項目以上 → LLM作文の可能性が高い
[ ] 人力兆候が 4 項目以上 → 人力作文の可能性が高い
[ ] 両方が混在 → 人力+LLM補助の可能性
ごく個人的な意見で悪いんだが、英語を話せるようになるのに必要なものって英語の理解というより文法的な使い方だと思ってる。
英語の勉強に関しては義務教育レベルぐらいでしかやってないし塾にも行ってなかった。
けど今は普通に仕事で海外に行って、普通に英語でコミュニケーション取れている。
そういったことを話すとたまに「すごいですね」と言われるが、自分としては大したことをやってはいない気で居る。
自分の場合、英語を学んだのは映画からだった。学生時代、字幕で映画をアホみたいに大量に観た。
英語を僅かでも理解できる人なら既知なことだと思うが、映画の日本語訳って結構意訳だったりする。
それはある単語が使われていても場面によって意味が違っていたり、言い回しや空気感によって役割を少し変えたりするからだ。
だからそれで問題はない。というかさ、言語っていうのはそもそも論でいえば意味が先にあるのではなく、受け手のリアクションやそれによって生じる事態によって意味が生じるともいえる。
日本語で例えるなら「すみません」。人混みの中を進むときの「すみません」と、謝罪するときの「すみません」、この二つの「すみません」の場面に英語の字幕を付けるとき、同じ英語を当てはめるだろうか?
おそらく答えはノーだろう。何故なら言葉が一緒でも意味が異なるからだ。
英語の学習もこれと同じだと思っている。意味の知らない、異なる言語を学ぶときにはその言葉が成立している場面を見ることが最も効率がいいのでは?と個人的には考えているわけだ。
映画内で生きた英語を見聞きすることで、その英語が実際に使われる場面を知る。
そんなことを繰り返していたら普通に英語でコミュニケーションできるようになっていた。
拙かったりするところはあったりするものの、今のところは「もしかして以前に海外に住んでいました?」とよく聞かれるほどには好評だ。
語の形(形態)が、意味や統語(文法構造)よりも先に決まる/重視されるという立場を指します。
かんたんに言うと
形が先、意味や使い方は後
単語はまず「どんな形をしているか」で分析し、そのあとに意味や文法的役割を考える
もう少し詳しく
先行形態論では、
活用形
語幹と語尾
書く → 書かない → 書きます
ここでは、
「書か-」「書き-」のような形の変化を先に捉え、
対立する考え方
現代の言語学では、どちらか一方だけでなく、相互に影響し合うと考えることも多いです。
機能・意味・社会的要請よりも先に「形(フォルム・配置・構成)」を決定し、そこから建築や都市の意味や使われ方が立ち上がると考える立場を指します。
1. 基本的な考え方
特徴
平面・断面・立面の幾何学的秩序を重視
例(考え方として)
正方形・グリッド・中庭型などの**原型(タイプ)**を先に設定
その形に対して、後から住宅・学校・美術館などの用途を当てはめる
具体的視点
対立軸
意義
社会問題や使われ方を軽視しがち
6. ひとことでまとめ
AIにも聞いてみたよ
Q.
A.
文章の構造
文章が伝えている意味
原告と被告の関係
訴訟の性質
訴訟の結果
要約
この文章は、暇空茜という人物が太田啓子弁護士を名誉毀損で訴えた訴訟において、裁判所が暇空茜の主張を全面的に認め、暇空茜側の完全な勝訴という結果になったことを伝えています。
Q.
この文章はひっかけであって、「暇空茜が太田啓子弁護士を訴えた名誉毀損訴訟」で勝訴したとは書いたが、誰が勝訴したのかは書いていない。
A.
この主張は**妥当ではありません**。日本語の文法的な観点から説明します。
日本語の文法構造
元の文章:「暇空茜が太田啓子弁護士を訴えた名誉毀損訴訟で全面勝訴しました」
主語の特定
文の骨格
なぜ「引っかけ」という主張が成立しないか
- 日本語の文法規則として、「AがBを訴えた訴訟で全面勝訴した」という構造は、明確にAが勝訴したことを意味する
- もし太田啓子弁護士が勝訴したことを述べたいなら、「暇空茜が太田啓子弁護士を訴えた名誉毀損訴訟で、太田啓子弁護士が全面勝訴しました」または「太田啓子弁護士が全面勝訴しました」のように別の主語を明示する必要がある
結論
この文章は文法的に明確に「暇空茜が勝訴した」ことを述べており、曖昧さや引っかけの要素はありません。「誰が勝訴したのか書いていない」という主張は、日本語の文法規則に反しています。
きっかけは、学生時代にちょっとしたレポートでテキストの単語出現頻度を数えようとしたとき、「あれ、そもそも日本語ってどうやって単語に分けんの?」って疑問が出たところからだ。
英語ならスペースで切れるけど、日本語はそうはいかない。で、いろいろ調べて「形態素解析」って言葉にたどり着いた。
その瞬間にちょっとハマったんだよね。
辞書をもとに文を機械的に切り刻んで、品詞をラベル付けして、統計を取って、構文を推定する。まるで人間の頭の中を数理的に覗いているようで。
そこからMeCabとかJumanとかKyTeaとか、いろんなツールを触った。
Pythonでテキスト処理のパイプラインを組んだり、mecab-ipadic-NEologdを突っ込んで新語に対応させたり。
「言葉を数理で扱える」って発見が、ちょっとした中毒になった。
その頃はMosesとかGIZA++とか、ああいう統計翻訳系のツールも触ってたね。
単語アラインメントの確率モデルをいじって、「確率的に対訳辞書を作る」みたいな遊びをしてた。
とにかく、NLPの世界には「人間の言葉を数学で再現できるかもしれない」という変な魅力があった。
深層学習がまだ主流じゃなかったから、n-gramやHMM、CRFなんかが主戦場で、論文読むたびに確率式の展開を手で追ってた。
最初はPoC(Proof of Concept)しかやらせてもらえなかった。
感情分析とか、Stance Detectionとか、「この文は文法的に典型か非典型か」を判別するための言語モデルの構築とか、エンティティリンキング、質問応答(Question Answering)。とにかくNLPの典型的なタスクを一通り。
学術的には面白かったけど、現場で求められてたのは「論文再現じゃなくて、実用的な精度と速度」だった。
PoCで終わって、実装には至らない案件が山のように積み上がっていった。
あの時期、NLP業界全体が「技術的にはすごいけどビジネスには落とし込めてない」って空気だった。
でもさ、LLM(大規模言語モデル)が出てきてから、世界がひっくり返った。
正直、最初は「Transformerの延長だろ」と思ってたけど、数ヶ月で実感が変わった。
それまでチマチマ特徴量を設計して、分類器を学習して、F値を0.02上げるために夜中までパラメータをいじってたのが、全部一瞬で過去になった。
ChatGPTが出て、蒸留やファインチューニングでほとんどのNLPタスクが置き換えられるようになったとき、「あれ、今までの俺の知識、ほとんど無駄だったんじゃね?」って一瞬マジで虚無になった。
でも、そこで終わらなかった。プロダクション環境を任せてもらえるようになって、推薦システムとかパーソナライゼーションの設計をやるようになって、ようやく「ユーザーベクトルを使う」という文脈でNLPが再接続した。
単なるテキスト処理から、「テキストを媒介にして人間の行動を理解する」方向に進んだ。
埋め込み表現をベースにユーザーの嗜好を推定して、レコメンドやメルマガのパーソナライズをやる。
自然言語はもう目的じゃなくて、インターフェイスになった。そうやって初めて、「NLPがビジネスに食い込む瞬間」ってのを肌で感じた。
PoCなんてやってても金にはならん。動くシステム、回る仕組み、再現性のある成果、それを出せないと、どんなに学問的に立派でも意味がない。
実際に触ってみる前のイメージは「どうせ劣化chat GPTだろ」だったが(実際chat GPTベースなので)、触ってみたら1つオリジナルにない面白い機能がついていた。
教員が事前に組んだプロンプトをアプリケーションの様に保存して、他の教員だけではなくて生徒とシェアができる。
[採用している問題集をアップロード→アップロードしたファイルを参照し、ランダムな問題を1問表示→「正しい選択肢と英文の和訳を入力しなさい」→生徒の選んだ選択肢をファイルを参照し評価。また生徒の和訳が英文の文と照らし合わせて適切かを評価。もしいまいちであれば、何がどうなぜいまいちなのかを説明→間違っていた場合似たような問題を生成して解かせる→またランダムに1もん選んで表示]
といった自習用の教材を作ったりもできるし
[「じゃあこの会話の応答を自分で考えて入力してみろ」→その応答がシチュエーション的、語彙的、文法的に正しいか評価してフィードバック]
とか、1人で40人を教えていたら不可能だったアウトプット活動にに関するリアルタイムでのフィードバックも可能になる。
一方で、自然な英文を生成する、英文に対して評価を行う、という活動に対しては相当な安定性があるものの、日本の入試問題の様に、文法的に正しい選択肢を①~④から選べ、という活動に関してはchat GPTもgeminiも最新モデルですら結構間違うし、都立aiも実際間違えた。
エクセルすら満足に使えない教員がこのプロンプトを作って生徒に投げっぱなしにすると、間違ったことをいつの間にか教え込んでるというリスクはどうしても付きまとう。
テクノロジーは核戦争でもない限り後退しないのだから、活用はしていくべきだが、じゃあどう活用するかというのはとても個人の教員のセンスに依存するね。
また、自作のプリント教材、パワーポイントに加えて、aiという新たな教材準備が加わると、1回の授業のカロリーが非常に高くなるので、それも含めてどう付き合っていくかが難しそう。(特にまとまらない話)
端的に言うと、「洗う」の「う」は、昔の日本語ではワ行の音として扱われていたためです。
## A Special Rule for Verbs Ending in 「う」
まず、現代語のルールとして、「う」で終わる五段活用動詞を「~ない」の形にするときは、「う」を「わ」に変えるという決まりがあります。
• 言う → 言わない
• 使う → 使わない
• 思う → 思わない
「洗う」もこのルールに従っているわけですが、なぜこのような特別なルールがあるのかがご質問のポイントですね。
## The Deeper Reason: A Relic of Old Japanese 📜
昔の日本語(歴史的仮名遣い)では、これらの動詞は「う」ではなく「ふ」で書かれていました。
• 洗う → 洗ふ (arafu)
• 言う → 言ふ (ifu)
• 使う → 使ふ (tsukafu)
これはハ行(ha, hi, fu, he, ho)の活用をする動詞でした。動詞を「~ない」の形にするとき、活用ルールに従って語尾をア段の音に変える必要がありました。
ハ行のア段は「は (ha)」ですよね。そのため、昔はこう活用していました。
• 洗ふ (arafu) → 洗はず (arahazu) or 洗はない (arahanai)
• 言ふ (ifu) → 言はず (ihazu) or 言はない (ihanai)
その後、時代が下るにつれて、言葉の途中にある「は(ha)」の音が、発音しやすいように「わ(wa)」の音へと変化していきました。
変化のまとめ
1. 昔の形: 洗ふ (arafu)
2. 昔の否定形: 洗はない (arahanai)
3. 発音の変化: 「は(ha)」の音が「わ(wa)」になる
そして、辞書に載っている基本の形も、洗ふ(fu) の発音が 洗う(u) へと変化し、現代の書き方になりました。
このように、「洗わない」の「わ」は、元をたどればハ行の「は」であり、その発音が変化して残ったものなのです。
はい、その通りです。「遊んでる」という言葉において、「遊ぶ」が「遊ん」に変化しているのは動詞の活用の一環です。
1. 「遊んでる」の元の形
まず、「遊んでる」は「遊んでいる」の話し言葉(口語)での省略形です。
2. 「遊んでいる」の成り立ち
「遊んでいる」は、動詞「遊ぶ」と、補助動詞「いる」がくっついた形です。 動詞を接続するため、「遊ぶ」は「て形」と呼ばれる形に活用(変化)しています。
3. 「遊ぶ」の「て形」への活用
動詞「遊ぶ」の「て形」は「遊んで」となります。 この「遊ぶ」→「遊んで」という変化が、ご質問の核心部分です。
この活用は「音便(おんびん)」と呼ばれる、発音しやすくするための特殊な音の変化です。具体的には「撥音便(はつおんびん)」と言います。
1. 遊ぶ (asobu) の連用形「遊び (asobi)」に接続助詞「て (te)」がつく。 → asobi + te
2. 発音しやすくするために「bi」の音が「ん (n)」に変化する。(これが撥音便) → ason + te
3. 前の音が「ん」になった影響で、後ろの「て (te)」が濁って「で (de)」に変化する(連濁)。 → 遊んで (asonde)
このルールは、「~ぶ」「~む」「~ぬ」で終わる五段活用の動詞に共通しています。
他の例:
• 読む (yomu) → 読んで (yonde)
• 死ぬ (shinu) → 死んで (shinde)
• 呼ぶ (yobu) → 呼んで (yonde)
まとめ
「遊んでる」の「遊ん」の部分は、動詞「遊ぶ」が「~ている」の形に接続するために活用(音便)した結果です。文法的に正しい変化と言えます。
言葉のサラダとは?
「言葉のサラダ」とは、
まるで言葉がごちゃ混ぜになった
具体的には、以下のような特徴が見られます。
連想の飛躍: ある単語から別の、一見関連のない単語へと話が飛んでしまう。
文法の崩壊: 主語や述語が一致しない、語尾が変など、文法的な規則が破られる。
https://www.nagahama-mental.com/entry.php?eid=263667
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どんな発言も、その単語の組み合わせだけでなく、どのような体勢表情仕草発声を伴って行われたかというノンバーバルな要素も込みで、というより「綴り」よりノンバーバルな情報こそ本心が込められているということくらい、人間の常識として知っておくべきだろう。
いくら口で「愛してる」という言葉を何千回も言ったところで、その相手に正対しているか等々で、その言葉は嘘である、ってことがわかり、そちらが正しいことがある。
ことがある、じゃない。
そちらが常に正しい。
ちなみに、この辺りは俳優修行の初期の初期に「意識的に」やることではある。
あの一連の発言の文字書き起こしだけを見るのではなく、発言前後の表情、なぜ聞こえるように発音しなかったのか、それまでの一連の騒動といった背景、コンテキストを考慮に入れてみるといい。
あの場面だけを拡大して何千回見ても、そこだけ切り取って確認するだけじゃわからんよ。
「なぜ聞こえるように発音しなかったのか」
これが全てだ。
聞こえないようにして「わかる人にはわかるよね」とやった。
自分の味方だけが集まる場である、と油断していたためにやらかした。
それ以外に、ない。
あそこが"by the way"であった場合、前後に断裂、歪みが生じる。
JKローリングが「作家」であり、「世界や人物の流れに注意深い人間」であることを、そこら辺の雑草と違って敏感な人間であることを考えれば、あの流れであのキャラクターが"bar one"以外の単語を選択はしないと判断したことは、あまりに当然すぎると思う。
エマワトソンを神と崇める連中は擁護しているようだが、それはない。
後になって本人がそれを否定したとして、そんなつもりはなかったと言ったとして、その全てはただの自己保身のための嘘だ。
全ては記録されている。
まぁ、自分のことしか考えられない絶望的に無神経な人間は、読み取れないで「絶対 "by the way" と言ってる!」ってなるだろうけど w
作家とか演出家とかいう人の中には、信じられないくらい敏感な人がいる。
そう言う人を誤魔化すことは、不可能だ。
もちろん、作家とか演出家とかを「名乗る人」全てが敏感な人である、とは言ってないからな www
(業界のあっち界隈にはそういうのが多すぎるんだが……)
で、なぜこの話を取り上げたのかというと、これはAIの危うさに直結しているからだ。
つまり、口だけで「愛してる」と言う人間も「愛している」と評価する存在だと言うこと。
古めのSF(サイエンス・フィクション)では、アンドロイドやロボットとの会話が噛み合わない、的な描写は大量にある(アシモフあたり)。
SF(サイエンス・ファンタジー)では話のためにそういうところをあえて、わざと外しているものが増えてくるが(例えばエイリアンとかは、科学的アンドロイドではなく、人間性の鏡としての存在だ、とかね)。
サイエンスフィクションの方が、人工知能が論理学の延長線上に構築されるというところから、したらこうなるよね、という思考実験から導かれている。
「我はロボット」とか読んで、人間とアンドロイドのやり取りのどこが面白いのか理解できないようだったら、そういうのに鈍感な人間だ、ってことだろう。
もすばーがーは文法的におかしい箇所ちらほらあるでしょ。同列にしてる時点で頭悪いなー
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文法的な誤りがない
ついでに言えば言葉のサラダにもなってない
最後の条件は満たされてなくてもその言語であるかには関係しないけどどっちにしろこれ全部満たされてるから日本語な
なんならaiに何語か判定してもらえよw
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最近、AIが書いたと思しき記事をネットでよく見かけるようになった。
一見すると、流暢な日本語で、文法的な誤りもない。しかし、読み進めていくうちに、どうにも違和感が拭えない。なんだろう、この「味気なさ」は。人間が書いた文章には、その人の個性や癖、感情の揺れがにじみ出るものだ。それは、論理の飛躍だったり、あえての誤用だったり、意外な比喩表現だったりする。
AIは、膨大なデータを学習して、最も「正しい」とされる文章を生成する。その結果、論理的に破綻がなく、誰が読んでも理解できる「模範解答」のような文章が生まれる。
例えば、新しいスマホのレビュー記事があったとしよう。人間が書けば、「このカメラの画質は素晴らしいけど、バッテリーの持ちがいまいちで、一日持たせるには工夫が必要だ」といった、使う人の生の声が感じられる。
一方、AIが書けば、「高画質なカメラを搭載しており、美しい写真が撮影できます。一方で、バッテリー容量が限られているため、長時間の使用には適しません」といった、当たり障りのない事実を羅列するにとどまる。
この「AI臭」の正体は、感情や経験の欠落だ。AIは、物事を体験したことがない。ただのデータの集合体だから、感動も、失望も、戸惑いもない。だからこそ、人間特有の「熱量」が文章から消えてしまう。
もちろん、AIの技術は日進月歩だ。いつか、人間の感情を完全に模倣した文章が書けるようになるかもしれない。しかし、それでもなお、本物の人間が書いた文章にしかない「何か」は、決して失われることはないだろう。
別に英語が苦手とかそういう話じゃない。むしろ得意だった。大学の頃はTOEIC満点を取ったし、海外出張も普通にこなしていた。妻も同じようなレベルだったから、たまにふざけて英語で喧嘩したりもしていた。
最初に違和感を覚えたのは、妻が「I loved you」と言ったとき。夜、特に大きな喧嘩もなく、何気ない会話の中でだった。文脈的に現在の気持ちを言ってるように見えた。でもその時制の選び方が気になった。
「なぜ過去形?」と聞いたら、「その方が感情がこもって聞こえるから」だと答えた。でも、”I love you”の方が普通じゃないのかと思った。疑問が少しずつ積もっていった。
それから何度も過去形が出てきた。「I thought you were someone I could trust」とか「I believed we were happy」とか。その度に現在の話なのか過去の話なのか、混乱した。自分でも滑稽だと思いながら、「英語における時制の選択のズレが、感情のズレに思えてくる」とメモを取った。
ある日、喧嘩の最中に「I’m trying」と言ったら、妻が笑った。「今さら現在進行形? もう過去完了で話す時期だよ」と。冗談かと思ったけど、その言い方に疲れがにじんでいた。
たぶん自分たちは、お互いの努力のタイミングがずれていた。自分が今向き合おうとしたとき、相手はもう終わったことにしていた。感情の文法が噛み合っていなかった。完了形で諦めた人と、進行形で足掻く人との会話だった。
結局、離婚届を出したあと、最後のメールが来た。「I hope you will be happy someday」。その時だけ未来形だった。
たとえば「存在しないかもしれない背景を想定しすぎなのでは。」の部分だけを抜き出してchatgptに比較させたまとめ
「~なのでは」は口語では自然ですが、書き言葉としては「~なのではないでしょうか」「~しすぎではありませんか」の方が丁寧。
「存在しないかもしれない背景を想定しすぎ」までで意味は十分に通じています。
👉 くだけた場面なら違和感なく使えます。少し改まった文に直すなら:
「存在しないかもしれない背景を想定しすぎではありませんか。」
2. 全部間違ってるのに、どことか言ってるのがもうやべーんだよw
完全に会話・ネットスラング寄りです。
「やべーんだよw」は意図的にくだけた強調で、文法的には「やばいのだよ」と解釈可能。
「どことか言ってる」がやや崩れており、厳密に直すと「どこと言っているのかが~」くらいになります。
👉 口語としては自然に伝わりますが、正しさより感情表現が優先されている文。
比較まとめ
正確で安定しているのは 1 の文。
「文法的には一応成立している」と評価されるものを「間違ってる」と断じるのは無理があると思うなあ
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以下は、ご依頼の文章を意味が通るように自然で読みやすく校正したものです。元のニュアンスや口調をできる限り残しつつ、誤字や不自然な表現を修正しました。
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昔は「たとえ難解でもいいから、正確に表現したい」って感じで、言葉をできるだけ厳密に綴ってたんだよ。
でも、長年ネットでバカっぽいノリに合わせてやってるうちに、なんかこんな感じが素になっちゃったよ。
そしたら、お前らみたいな奴らが親しみを感じて、意気揚々と議論ごっこに挑んでくるじゃん?
格下をボコっても、嬉しくも楽しくもないんだよ。
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そもそも平等「で」ゴミだとどういうニュアンスのなるのか読み取れないんだけど
ということはそっちが何かニュアンスを込めてたとしても伝わってないしそもそも文法的に間違っている可能性があるってことだよ。
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20250822224338# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaKwbVgAKCRBwMdsubs4+ SKVfAP4+B3JI/HvCSgoKWztUW7O/Yo/tZiwnpA7NaYW/1GyVmwEAmky76ANQYR53 hg8c1iV1AHaJ8hG2t54ptTM/5hnFUwE= =3aCD -----END PGP SIGNATURE-----
回文増田はときどきJ-POPの歌詞の一部や曲名、アーティスト名を引用するかたちの表現をとる
(例)
岡本真夜「TOMORROW」
時間があったらって
いつ時間があるのかしら。
そう思うとシクシクって泣いちゃいそうだけど
涙の数だけ強くなるでお馴染まないぐらい岡本真夜さんなのよ。