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はてなキーワード: 一般大衆とは

2026-05-11

anond:20260511201659

いから、なのではない

有るが、当てはめられない、としているだけだ

法律はあてにならんから一般大衆感情で決める、なんてので冤罪になるよりマシ

2026-04-19

anond:20260419121851

はい戦時中特に昭和10年代後半~1945年頃)に「国家神道」という具体的な用語が使われていたのは、ごく一部の限られた場面だけでした。一般的日常的に広く流通していた言葉ではなかった、というのが正確な理解です。

gendai.media

戦前戦時中用語の実際の状況戦前全体を通じて:

国家神道」という言葉は、帝国議会での一部議員発言(例:1908年1911年小田貫一議員発言)や、神道学者内務省陸軍省関係者の専門的な議論軍部学術文書の中で散発的に見られる程度でした。

しかし、一般国民向けの新聞雑誌教科書プロパガンダ学校教育日常会話ではほとんど登場しませんでした。代わりに使われていたのは「神道」「神社神道」「国家祭祀」「皇道」「国体」「惟神の道」などの表現です。

ja.wikipedia.org

戦時中日中戦争太平洋戦争期):

軍国主義が強まる中で、神社参拝・遥拝・戦勝祈願・八紘一宇聖戦などの実践イデオロギーは確かに国家的に推進され、国民生活に深く浸透しました(教育勅語の読み上げ、神社への強制的寄付や参拝、靖国神社位置づけなど)。

しかし、それらを一括りにして「国家神道」と呼ぶ用語自体は、依然として専門家官僚軍部内の限定的文脈しか使われていませんでした。

一般大衆メディアでは「神ながらの道」「天皇の道」「国体精神」といった言葉が主流で、「国家神道」というカテゴリー名はほとんど普及していませんでした。

なぜ「ごく一部」だったのか当時の公式スタンスは「神社神道宗教ではない」(国家祭祀道徳教育愛国心養成のための非宗教施設)というものでした。これを「宗教の一形態」として「国家神道」と名付けてしまうと、憲法上の信教の自由矛盾する恐れがあったため、用語として避けられていた側面があります

GHQ神道指令(1945年12月)で、初めて「国家神道State Shinto)」が明確に定義命名され、戦後歴史叙述で一気に広まったのです。それ以前は、実態国家管理神社体系+天皇中心のイデオロギー)はあっても、統一的なラベルとして定着していなかった。

まとめ実態国家神社管理・利用し、天皇崇拝を国民統合のツールにした体系) → 戦前から戦時中まで強く存在し、特に戦時中軍事動員活用されました。

国家神道」という用語戦前戦時中はごく一部の専門的・官僚的な文脈しか使われず、国民一般には馴染みの薄い言葉でした。

まりあなた理解戦時中に使われていたのはごく一部だけ」は、用語使用頻度・普及度という点では正しいです。ただし、実態としての「国家神道的な仕組みや思想」は戦時中にかなり強力に機能していた、という区別大事です。戦後GHQがこの用語を導入して「軍国主義の源泉」として批判的に総称したことで、今日イメージ形成された部分が大きいと言えます

2026-04-13

かぐや姫!を観た、マジで超酷かった!

令和型のセカイ系サイコパス

はっきり言って『都合の良いZ世代のガキ』 みたいな、令和のキモいところを凝縮した作品だった。

令和型のセカイ系――

「ちゃちゃっとエモくなんでも解決ちゃおう!」

私たち一所懸命合法からハッピーエンドが当たり前だよ!」的な、超効率主義の超ドライっぷりがすごいんだよ。

要するに『平均的で弱い一般大衆』を踏み台にして、遺伝子の良さ、メイクマネー能力、親から与えられた文化資本を総動員して、なんでも秒速で攻略ちゃうと。

であるから、描かれていない物語の裏側で、とんでもない数の罪なき人々が、雑に淘汰されているんだよ確実に。

しかも、昔のセカイ系と違って、痛みも葛藤ほとんどなくて「せっかくの人生なんだから、全部奪い取ればいいじゃん」って勢いなんだよ。それもヨゴレ役をやらずに、光属性ファッションにしたまま、何もかもを得ようとしてゆくと。

主人公の態度としては「最低限の法と道徳倫理は守っているから、わたしら以外のザコな一般人は知りませんよ?」的な、ぎとぎとの冷酷さが伝わってくるんだよ。新時代サイコパスを決めるなら、こういう奴らだろうね。

その証拠に、主人公彩葉17歳JKが、視聴者から投げ銭をあぶく銭、水物呼ばわりして、もう一人のヒロインかぐやも「でも合法でございましょ」って切り返すんだけれど。

冗談抜きの話、こいつらって生き様キャバ嬢ラウンジ嬢なんだよ。手練れの売女ってくらい「私は一所懸命」「私は苦しんでいる」「私は生きる為に必死」という大義名分で、もうそれだけで感情労働をしているから、どんな奇跡が起きようとも、どんな大金が舞い込もうとも「必要以上には感謝しませんよ!」って冷え切った流れ。

なので、超かぐや姫を一言で言い表すと『整形手術した人の笑顔』だね。

ハイスピードで展開する、外面だけ美しい歪んだ物語

でね正直な話、超かぐや姫、SF設定はむっちゃ面白いのに、各キャラクターの深掘りがあまりにも薄くて、あらゆる事が超早送り――ダイジェストで進むもんだから貧困毒親配信業もメタバース仮想世界)も、全部ぺらっぺらなんだよ。

そのせいで2時間22分もあるのに、唯一、緊張感のある場面って、彩葉が疲れて風邪を引くシーンだけ。でもって大規模な戦闘シーンなんかも「知らない奴らが知らない技を使って知らない世界で、いつまでも戦ってんねぇー」としか思えないんだよ。

例えるなら、僕が昔、風の王国というMMORPGをやっていたときに「そんなクソゲーやめて、マビノギやりなよ」って何度も誘ってくる奴がいて、仕方なく新規ログインしたら「なんだこの世界観、くそきめぇー」って、14歳前後のガキだったから思っちゃってさ。

まりは、心の準備が整っていないのに、いきなし『異空間に連れて行かれて知り合いゼロ』という、2000年代ネトゲで味わった独特な疎外感――仲間外れ感を思い出したんだよ。そんくらい感情移入させてもらえないのが、超かぐや姫!

個人的に懐かしい話、テイルズウィーバーとか、メイプルストーリーとか、ラグナロクオンラインとか。そこらに一瞬だけログインして「マジでつまんねえ~」って思って荒らして、飽きたらハンゲをやって、今度はフラッシュ倉庫に行って「人生ってクソゲーだな」ってマウスをカチカチしていた頃。そのとき感情がぐわっと蘇ったね。

「古き良きネット社会黎明期ってのも、快楽ばかりではなかったよなー」って、あの頃に心がタイムスリップできた。

それで言えば、挿入歌――ハッピーシンセサイザとかメルトとかも、僕が病んで疲れて、ひきこもりだったときによく流れていて。永井先生とかウナちゃんマンとか初音ミクとかニコニコ組曲とか、そんなのとも混ぜこぜな日々の中「毎日まらねぇー、生きていても意味ねぇー」って絶望していた時代が、はちゃめちゃ解像度高く、思い出されたんだよね。

そう考えりゃ、一周回ってすごい作品かもね。

言うなれば、その昔、『キャビン』って洋画があってさ。伝説モンスター集合みたいなB級ホラー作品で、シャイニングとか ファニーゲームとかジュラシックパークとか、名だたる作品の奴らがオマージュとして、がんがん登場するんだよ。超かぐや姫もそのベクトルで、思い出のお祭り騒ぎなんだと思えば、ぎりっぎり、ありな作品なのかもしれないね

そんでね強く言えるのは、超かぐや姫を観て20分そこらで「うわぁ、資本主義の悪いところ出てんな」って、最速で虫唾が走ったんですよ。

というのも、本作のヒロイン――酒寄彩葉(さかよりいろは17歳が、顔も可愛くて、東大も狙えて、音楽センスもあって、母親京大出身金持ちで、一人暮らしで、推し活もやって、FPSプロゲーマーレベルで、友達売れっ子インフルエンサーで、つまるところバケモン。

「こいつこそ地球人じゃない可能性があるな」って、まるでマルチバースってくらい、いろんな天才人生を歩み過ぎなんだよね。

しかも、週5日のバイト受験勉強友達付き合い、ゲーム、全部ガチ勢として、一分一秒を争うスケジュールで生きているのに、気持ちよく感動して泣いたり、ぽわぁ~んっと黄昏れたりで、謎めくほどの余裕があって。挙げ句の果てには、冒頭のナレーション含め『一生懸命苦学生尊い!』というモードなんだよ。

そんで重要な話。彩葉の『限界ぎりぎり生活』ってのは、そうせざるを得ないかスタートしたのではなくて、自己選択貧乏をやっているから、あくまでもガソリンの味は知らないヒロイン、そこにあるのは真の闇じゃないと。

なぜかって、彩葉自身が口にしたように、親子喧嘩で譲らなかった結果として、保証人不要のボロアパートに住み始めただけなんだよ。

さらに、お母さんは嫌味ながらも【今でも彩葉はすぐに泣いて帰ってくると思ってます、甘ちゃんから】そう言っているように、『いつ帰ってきても良い』という逃げ場を用意していると。もっといえば、彩葉は、父方の祖父母から仕送りまでもらっていて『だが自尊心を守るために使わない』という自己決定をしているんだよね。

しかも、小汚いアパートといえども、パソコンタブレットもあるし、トリプルモニタだし、節約で使わないながらもエアコンがあるしで、向かうところ敵なしのガジェットだらけなんですよ。

まりやらせ貧乏やらせ苦学生やらせの追い込まれから貧困なりきり体験ツアーしかない。これは言ってしまえば、10年前に流行ったビリギャル的な世界観『敗者復活ごっこ』でしかいね

そもそもがさ、若いとき貧乏暮らしなんて「刺激にあふれた愉快な下積み」と考えりゃ、ただただ楽しいだけじゃん。この僕なんかも19歳の頃、試食品コーナーだけで食事を済ませたり、洗面台にホースをつけてシャワー代わりにしたり、キシリトール歯磨き粉を歯に塗って空腹をごまかしたりで、すこぶる貧しき時代があったけれど、若さゆえに面白かったからね。

すなわち『まだ未来のある貧乏』って、所詮は娯楽の一種しかないのよ。

やはりね、生まれ育ちが最強な奴の苦しみって、ストリートファイターのさ、サマーソルトキックを放つ前のしゃがんだガイルを見て「背が低いねー」って言っちゃうくらい、本質的にくだらないなって。

追記、書いた文章Google Geminiで「ちょうどよく改行して!」と頼んだら、謎のハングル文字がたった一個だけ登場した。考えられる理由!?

2026-04-11

ポピュリズム戦争ニュータイプ 富野監督ガンダムにこめた思い 2025年11月11日 10時00分 聞き手武田啓亮

 「戦場リアリズムを描いた」――。富野由悠季監督(84)が手がけたアニメ機動戦士ガンダム」がテレビ放映されてから46年。これまで70以上のシリーズ作品が生み出され、その原典として今なお、愛され続けています戦争体験から遠ざかった世代が大多数となった戦後80年、アニメなどフィクションを通して描かれる戦争はどう変わったのか。視聴者意識は。〝最初ガンダム〟にこめた思いとともに、語りました。

 ――今年も、最新作「機動戦士ガンダム ジークアクス」が大きな話題を呼びました。富野さん以外が監督したものも含め、映像化されたものだけで70作品以上になります時代ごとの新しいガンダムシリーズから入ったファンが、1979年放送の初代ガンダムを見るという流れができています

 

 本当に嫌な言い方なのですが、僕以降のガンダム作品は一切見ていません。作り手が違えば、他人が口をはさむのはよくないからです。ガンダムという作品商品になってしまい、作家立場からは何も言えなくなったのです。

 

 ちょっと違うなと思う作品もあるし、逆に、ああ僕には作れないよねと思った作品もある。だからガンダム人気を支えてくれるための新作というのは認めるんだけれども、元の作品とは一緒にしてもらっちゃ困るというプライドもあります

 

 ガンダムは発表当時、人気がなくって、めちゃめちゃにへこんだ時期もあります。それが今、こうして親しまれているのはうれしいものです。

 

 昔は「子どものもの」「絵空事」でしかなかったアニメという媒体を、考える材料として見てくれているというのは、うれしいですよ。だけど、困ったこともある。40年、50年経って、ガンダムというタイトルは残っても、原作者名前というのは消えていくのも宿命なのです。そういう歴史的なところに足を踏み込んでしまった、というのはちょっと寂しいなとも思います

 

 ――ガンダムで描かれた戦争描写には、どんな思いを込めましたか

 

 ものすごく簡単です。子どもたちに、戦闘行為というのは乱暴行為からやってはいけませんよっていうことを分からせるということしかないですね。

 

 ただ、当時の観客がそれを理解しているかと言ったら、ほとんど理解していないんです。それはもう仕方ないことで、理解してもらうのに20年、30年、かかるんだという覚悟はしていました。


独裁者をどう止められるのか

 

 ――長年のガンダムファンの一人として、かつては「ジオンにもジオン正義がある」という捉え方が少なくなかったように思います。今、SNSなどを見ると、ジオン公国の独裁や大量殺戮(さつりく)に対して、批判的な見方が増えているように感じます

 

 僕の立場としては、良かったなと思っています視聴者の年齢が上がってきて、みんなが勉強してきたんですよ。だってガンダムなんて46年前の話ですよ。かつてのアニメファンが成長して、大人になっていく中での理解が広まっていったのだと思います

 

 むしろ、僕が今、困ったなと思っているのは、実際問題として想像したときギレン・ザビジオン公国総帥)のような独裁者をどうすれば止められるのか、ということ。

 

 作中ではザビ家内権力闘争の結果、妹(キシリア)の手によってギレンが殺され、独裁体制崩壊しましたが、現実はそう簡単はいっていないでしょう?

 

 暴力によらない、政治的手段独裁者を止めるにはどうすればいいか。その難しさを考えさせられているのが、ガンダム真骨頂なのです。

 

 

  ――作中で描かれるジオンの設定を見ると、ドイツなど第2次世界大戦枢軸国イメージが重なります。設定の意図は?

 

 明確に敵というのは分かりやすく作らなければいけないのですから、皆さんが知っている独裁体制を利用しただけです。

 

 増えすぎた人口を移したスペースコロニーの中で、独裁国家を作る。自分たちは「棄民である地球には帰れないらしいという境遇になれば、やはり「反地球」の行動を起こすだろうという設定は見事にできたと思っています

 

 そうしてフィクションを描いたつもりが、20、30年もしないうちに、次の独裁者誕生現実になってしまいました。

 

 ロシアアメリカの現状や、中南米アフリカ中東各国の事例を見ても、今の国際政治は、アニメ以下でしょう。このまま、行き着く先まで問題のある政治家たちを是認していったらどうなるのか。

 

 独裁者のような人間大国を動かしている21世紀って、すごく変な時代でしょう。まさにポピュリズムが生み出したものだろうと思っています

  

 

 

 ――今の世界情勢と、かつての大戦前夜を重ねてみる人もいるようです。

 

 80年前を振り返った時に、ナチスヒトラーという人も選挙で選ばれたんだという事はよく知るべきです。政治哲学者で思想家ハンナ・アーレントは著書「全体主義の起源」で、一般大衆のことを「群衆」「モッブ」と呼んでいます独裁というのは、独裁者が1人で起こすわけではないのです。まず、独裁者を生み出す群衆がいて、その上に立って旗振り役ができるやつがトップに立つ。

 

 日本場合真珠湾攻撃で開戦したとき著名人を含めて、かなりの人が「これで気が晴れた」みたいな言い方をしている。勢いにのって、国民までもが軍国主義化していた。僕は、これは新興宗教と同じだと思っています

 

 ――朝日新聞を始め当時の新聞も、婦人会在郷軍人会などの不買運動に屈して、筆を曲げてしまった。そして、戦争を賛美する論調になった新聞はよく売れ、新聞軍部と一体化してしまったという負の歴史があります

 

 軍だけでなく、コモンセンスとしてものをしゃべることができるメディアでなくなったのです。昭和16(1941)年の段階で、すでにそうではなくなっていましたよね。一番汚いと思ったのは全滅を「玉砕」と言い換えるような、負け戦だと思わせない言葉かいですね。戦艦大和を沈められても「世界最大の戦艦だった」と誇るような言葉かいは、戦後もずーっと残っているのです。

 

 

軍事技術者だった父

 ――富野さんは終戦時3歳。父親軍事技術者だったそうですね。

 

 化学技師でした。戦闘機の与圧服の開発などもしたみたいですが、一番は、ゴムを使った雨がっぱみたいなものを作らされていた。風船爆弾気球を作る仕事もやらされていたようです。

 

 父が戦後、何度か僕に言った言葉があります。国に裏切られた、と。あの戦争にもどこかで光明があるんじゃないかと思っていたらしい。きっと日本は勝つ、とすり込まれていたんですね。

 

 働いていた神奈川県小田原市工場の近くにも焼夷(しょうい)弾が落ちたことがあったのに、なんで日本が勝てると思ったんだろうか。不思議しょうがないんだけど、その時代日本を考えると、父が特別軽率だったとは思えないですね。

 

 戦争を「かっこいい」と思ってしまうのは

 

 ――戦争のものへの忌避感は持ちながらも、兵器アニメ戦闘描写をかっこいいと感じるという人は少なくないと思います私自身もそうです。この矛盾について考えていました。

 

 矛盾しているとは思いませんし、おかしいことでもないですね。

 

 民衆支援で軍は成立しているんです。軍装の兵士が正しく起立している姿を見るとかっこいいじゃないですか。「死に装束」なのにかっこいい。戦死という悲劇すら美しく見せるためには、戦死者に対しては、礼を尽くさなければならない。「兵隊さんたちありがとう」と思わせる、そしていざとなった時に民衆が戦力になっていく構造は、有史以前からあったんですよね。

 

 ガンダムでは、地球降下作戦を指揮したジオン軍のガルマ・ザビ戦死を、ギレンが国威発揚に利用するという描写を入れました。だから僕には痛切に分かることなんだけれども、平和時の一般国民にはなかなか通じません。どうしてか。「アニメの話でしょう?」。それでおしまいなんですが、この感覚もまた当然のことだと思っています平和なら、ね。

  

 

 ――戦後80年が経ち、「はだしのゲン」など、実際の戦争被害を題材にした作品描写が「残酷だ」と敬遠されることが増えていますガンダムシリーズなどのフィクション作品でも「人が死ぬ描写が重い」と感じる人も多いようです。

 

 ガンダムでは戦場リアリズムを描きましたから、当然の感想だと思います

 

 作り手である自身も、敵だろうが味方だろうが、人が死ぬカットを作るのはものすごくつらいのです。絵空事からって、笑っていられない。登場人物が命を落とす場面では、担当する声優の顔が見えるんです。

 

 今のバトル漫画なんかを見ていると、リアリズムでは戦闘していないですよね。死ぬ寸前までいっても絶対死なないような。そういうものを見慣れている世代にとっては、リアル戦争を描いた作品を見る気にはならないのでしょうね。

 

 ――戦争を知る世代がいなくなったとき映像作品で今までと同じような戦争の描き方はできると思いますか。

 

 架空戦争としての物語はあるでしょう。でも、リアリズムで作るというきめの細かさを持った作品は出てこないでしょう。戦っているらしくしているだけで、それは戦争ではありません。

 

 エンターテインメントでなければ客を呼べないと考えたときリアリズムを持って問いかけることは難しいだろうし、そういう視点を持った映画人がどれだけいるだろうかと。現に、飛んでくる弾丸ミサイルをかわすといった、シューティングゲームアクション映画のような作品になっているでしょ?

 

 

 

 

ニュータイプとは何か」今も

 ――ガンダムでは、優れた洞察力を持つ人類を指す「ニュータイプ」という概念提示し、人が分かり合えるかもしれないという希望も描かれました。ファンの間では今でも、「ニュータイプとは何なのか」という話題で盛り上がります

 

 僕自身、ずっと考え続けています

 

 ニュータイプは、ガンダム物語をきれいにまとめるための「方便」だったけれど、僕が一番困ったのは、ニュータイプになるための方法を、子どもたちにきちんと示すことができなかったこと。その意味では、敗北感がとても強い。それはまだ続いています

 

 新しいガンダムを作る気がまだあるかといえば、それは、ある。これだけ気にいらないガンダムがいっぱいあるんだから(笑)

 

 世界中の人間が一気にニュータイプになるかもしれないという楽しい作品が作れたらいいなと思っているけれど、それはアニメの中で考えるしかないことです。そう簡単に作れるとも思えない。やっぱり、アニメは難しいよ。

 

 

 

 https://digital.asahi.com/articles/ASTBR2C33TBRPITB00JM.html

2026-04-04

dorawii@新刊発売(予定)

意識という観点で考えてみると、死んだら無になるわけではなく、現実世界でも転生は各地起こっていたとしてもおかしくはないのではないかという考えに至る。

このようなことを言う場合意識の拠り所として魂やそれに相当する概念が持ち出されるが、人口が増え続けているのに永久不滅なる魂を持ち出せば魂に対して入れ物としての肉体が不足していることになるではないか、そうすると意識を持たない人間がいることになるではないか矛盾だ、という指摘が想定される。

ただこれは死んだ瞬間別の肉体に転生するのではないとさえ考えれば解決してしまう瑣末な問題だ。

織田信長現代に転生しているかもしれない。

では転生している信長自身主観にとって、過去信長という存在自分とは連続したものか。

全ての人間は少なくとも脳が生成される以前の時点の記憶を持たずに生まれてくるとされている。

思うに、自分が何かの転生である認識するための要素の核は記憶だ。

自分信長の転生であったとしても、信長であった記憶が引き継げないなら、その転生者にとって信長所詮歴史上の人物しかなく、客体化せざるを得ない。意識連続していても途中であらゆる記憶初期化されることが起これば、その意識連続意識されず、普通はその、主観的にはそれが体験されたとうことにはなっていない、転生というもの否定的に考えるようにしかならない。

これは転生の事実認識が異なるものでありうることをも意味する。

極端に言えば、逆に生まれとき信長前世記憶を持っていたら、誰でも自分信長だと思うようになるということだ。

フィクションの転生物には実は前世記憶であること以外その人間にその前世があったことを証拠付ける設定が何もないことが案外多いわけで、記憶自分が転生者であるという認識を形作っているという考えは実は既にに一般大衆観念になじんでいると言える。

結局私が言いたいのは、死への恐怖への克服だ。

その恐怖の原因の一つは死んだらどうなるかわからいか、せいぜい無になるという考え方によって形作られている。

もし死んだらその瞬間またいつか未来人間に転生するだけだという考えを少しでも信じられるなら、そのようなことを導いた思索の中身の一部でも支持できるのなら、その恐怖も少しはやわらぐのではないだろうか。

私も今私としての記憶自意識を持っている意識を持った肉体は何度も死を経験として今に至っているのではないのかなと思っている。ここで逆に前世記憶があるから前世があるとか、その記憶内容通りの前世があったと考えるのは浅く危うい考えのように思える。ちなみに人口が減少していく場合矛盾はどう解消するのだといわれるとその場合解決はいまのところ浮かばないのでやはり与太話でしかいかもしれない。


dorawiiより


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2026-03-12

左派問題左派同士で仲良くできないことでしょ

一般大衆の向き合い方とかは正直関係ないと思う

それより内ゲバし過ぎなんだよ

ネット共産民主系見てるとマジで常に変な奴らが喧嘩してるし

ネットだけじゃなくて路上でも揉めてる

唯一同じ方向向くのはサナエ叩きの時だけ

これでしょ問題

2026-03-01

「靴磨きの少年」という言葉が大好きな選民思想のクソへ

資産運用界隈の人達を見てると、例えば最近と金購入者とかNISA登録者が増えてるってニュース貼って

「靴磨きの少年だ!」とかいってキャッキャしてるクソを定期的に見かける。

「靴磨きの少年」という慣用句で賢いぶってるつもりかもしれないけど、

お前は「自分一般大衆自分より下だと見下す鼻持ちならない選民思想のクソ野郎です」と言ってるのと同じだよ。

主婦とか高齢者とかを丸ごとくくって自分より下だと思ってる、そしてそれを堂々と発言するゴミ

「靴磨きの少年」って簡単に言ってるやつは自分がどんだけ気持ちいかちゃん客観視したほうがいいよ。

2026-02-24

anond:20260223141651

そういうことは選挙期間中に高市政権なり自民党なりが具体的にどんな形で「自衛の名のもとに他国侵略」しようとしてるのかを訴えるべきだったわけだが、結局リベラル最後までしなかったし今もってしようとしていない

ただただ「戦争」としか言わないのがすべてを物語っている

たとえ0.00001%でも侵略に繋がる可能性があるのなら何が何でも絶対反対するその思考停止した姿勢が、一般大衆からもしかしてこいつらなんやかんやと難癖つけてこの国の自衛邪魔したいだけなのでは?」「本当は別の国の戦争アシストするのが目的なのでは?」と疑念を抱かせることになり、それが選挙結果に跳ね返ってきた

リベラル一般大衆からの信用を取り戻すためにはまずこの疑念払拭する必要があるが、まあ賭けてもいいが絶対不可能だな

2026-02-20

anond:20260220105111

そもそも左派エリート無知蒙昧な大衆領導する」が「民主主義」だというのが

左翼の従来から思想から、それは民主主義をやめるということではなくて、

それこそが「真の民主主義」だというのが左翼本音最近ではなくてずっと前から

要するに左翼は理性主義であって、

唯一絶対の正しさがあると信じてるので

「誰が考えても結論は同じ」となるんだから

左翼エリートが正しいと考えることは、

一般大衆にとっても(彼らが自覚してなくても)「正しい」のだから

(よほどの狂人悪魔崇拝思想の持主でなければ)支持するに決まってるのであって

左翼エリートが誠実である限りは、民主主義なのだという考え。

ネット言論でも左翼にそういう考えがあることを前提にすれば理解できるもの多いでしょ

2026-02-12

二大政党制認識の違い

今回の選挙を経て、二大政党制イメージリベラル大衆とで根本的にち違っていたんだろうなと思った

リベラルの思い描く二大政党制って、民主主義陣営サイドに立つ自民党権威主義陣営サイドに立つ野党(立憲、共産公明社民れいわあたり)を前提としていたような気がする

しかしたらどちらも権威主義国家サイドであることを望んでいた人も意外と多かったのかもしれない

なぜなら維新国民民主野党扱いしてる自認リベラルの人めっちゃ少なかったのと、逆に野党共闘とか言って共産党とくっついたり離れたりしてた立憲を将来の二大政党制一角として扱ってた自認リベラルの人は目に見えて多かったか

あと、参政党とかい詐欺集団に至っては自民党付属品みたいに見てる人も多かったのもそれを補強してると思う

しか世論が欲していた二大政党制は、どちらも民主主義サイドに立っていることが大前提のものだった

少なくとも権威主義国家に全く警戒していない勢力は「二大」の数に入ってなかった

から中道かい集団は、大衆からあんたらはお呼びじゃない」とばかりに大惨敗した

この感覚の違いが自認リベラル一般大衆感覚の致命的なズレだったんだろうな

2026-02-09

超弩級政治家である野田佳彦が、2度も大一番に負ける逆説的な理由

熱狂に満ちた衆議院議員選挙が終わった。

結果は、中道改革連合の壊滅的な敗北と、その敗北分をすべて刈り取った自民党圧勝である

今回の選挙を振り返る上で、避けては通れないポイントがある。

野田佳彦という超弩級政治家

一つものすごい事実がある。共同代表の一人である野田佳彦はこれほどの逆風が吹き荒れる中でも、自身衆議院選挙区ではしっかりと勝ちを収めたということだ。

2位に8000票の差で当選しており、僅差でもない。繰り返すが、小沢一郎すら落選するこれほどの逆風下においてだ。

個人選挙の強さだけで言えば、日本の政治史上でもレジェンド入り、殿堂入りした、と言ってもいいだろう。

ここまでではないものの、もう一つ忘れてはならない事実がある。

自らの所属する民主党を壊滅させたという意味では、歴代政治家の中でも一、二を争う「戦犯であるにも関わらず、党の代表に復帰しているのだ。

それも投票できちんと勝利して、であるカムバック力という意味でも波の政治家ではない。

これほどすごい政治家なのに、なぜ「中道改革連合」として挑んだ大勝負で負けたのか。

なぜ、かつての民主党政権末期に自ら解散を選び大敗したあの時と同じような「やらかし」を繰り返してしまったのか。

彼は、戦犯としての教訓を全く生かせていなかった。

なぜか。おそらくそこには構造的な理由があり、彼はそこに気づけていなかったと考えた方が早い。

それは、リーダーであり、仕掛け人である野田佳彦選挙に強く、組織ものし上がれる理由のものに、実は大一番で勝てない理由がある」ということだ。

「辻立ちの王」である野田佳彦

野田佳彦は、約40年にもわたり辻立ち(街頭演説)を続け、今の地位までのし上がってきた政治家である

いわば「辻立ちの王」だ。

このブログを書くにあたって辻立ちの効果AI分析させたところ、「辻立ちは、反復 × タイミング × 非言語 × 努力可視化によって、『よく知らない候補』を『投票してもいい候補』に変える最短ルートである」というコメントが得られた。

なるほどそこには理屈ではない強さがありそうだ。

野田佳彦は、辻立ちの現場で、右や左に極端に振れた人々や、意見の全く合わない人々と対峙し続けてきたはずだ。

そうした人々を包摂し、何十年もかけて自分ファンに変えてきた実績がある。

から、これほど強烈な逆風下でもなお、選挙に勝てるのだ。

しかし、ここに落とし穴がある。

辻立ちの本質は「政策の良さ」や「政党理念」を伝えることではない。

あいつは雨の日もいつも立っている」という非言語的な信頼、つまり属人的な魅力」を伝える手段なのだ

「党内政治の達人」でもある野田佳彦

野田佳彦は党内政治にも極めて強い。おそらく、一般事業会社にいても出世するタイプだろう。

左側に面倒な人材を数多く抱える民主党立憲民主党において、二度も代表を務める、というだけでその凄味が伝わる。

意見の合わない人間排除するのではなく、じっくりと話を聞き、自分陣営に引き込んでいく。

今回の中道改革連合への合流において、原口一博離脱以外に大きな波風が立たなかったのは、彼の調整能力の賜物だ。

このセンスは、かつての森喜朗に近いものがあるのかもしれない。

人たらしであり、違いを認めながら一つの塊にしていく器の大きさ。

組織人を語るときに軽視されがちな点だが、特に精神的に幼い大人の多い立憲民主党において、この大人力という点でずば抜けていたということが、彼を最終的に総理大臣まで導いた原動力であろう。

しかし、この大人としての器の大きさは、裏を返せば「何かを変えたい」という鮮烈なメッセージや、「なぜ今これが必要なのか」という青臭いまでの弁明とは相性が致命的に悪いともいえる。

「なぜ?」に答えなかった中道改革連合

致命的だったのは「なぜあの宗教団体創価学会と一体化したのか?」という問いに、彼が自分言葉で十分に答えなかったことだ。

ここが敗因の50%以上を占めているといってもおそらく過言ではない。

立憲を支持している人が、「今回のは・・・」となるのは自分の周りでも何人か見ている。

そりゃ今まで無縁だった「創価学会に入れてください」と言われたら抵抗感も出る、というもの。言っちゃ悪いけど「あの創価学会」ですよ。

宗教団体からといって即差別するわけじゃないが、ちょっと"匂い"が強いのは間違いないところ。

からその抵抗感に対して、何度も何度も説得する必要があった。高齢者支持率が高いのであれば、なおのことだ。

長年、立憲民主党を支持してきた人々が感じた違和感に対し、彼は丁寧な説明を尽くしただろうか。

この構図は、2012年大敗と重なる。

あの時も、「消費税反対」を掲げて大勝した後、野田政権下で消費税を大きく引き上げる法案を通した。

なぜそれが必要だったのか。その説得を、彼は一般大衆に向けて丁寧に行っていない。

そして大敗した。

中道改革連合という座組のコンセプト自体は必ずしも悪くなかったと思う。

中道路線を標榜する、旧自民党宏池会的な方向性を目指したのであろうと思う。

公明党と組むという劇薬を飲むことで、後戻りできない形で、右の面倒な勢力、左の面倒な勢力と袂を分かち、ゆくゆくは自分たちのビジョン共感する自民党の一部勢力までをも取り込む。

自民党右傾化する中で、真ん中の「中道」を突き進む一大勢力、言い換えれば「新時代自由民主党」を作る——その戦略的ポテンシャルは高かったはずだ。

これはもともと今回選挙に落ちた立憲民主党ファウンダーである枝野幸男最初立憲民主党の立ち上げ期に「立憲民主党で目指すのは宏池会発言していたこから考えても、もともとの立憲民主党方向性合致していたのだろうとも思う。

実際、枝野幸男は今回の中道改革連合に表立って異を唱えていない(ように見える)。

「何が良くなるかわからないけれど、創価学会連合が支持している団体」でしかない中道改革連合という形態をなぜとることにしたのか、という説明は、それこそ口が酸っぱくなる程丁寧に、シンプルに、あらゆる角度からすべきだった。

高齢者の支持が多い政党なのだろう?だったらなおのこと、宗教抵抗のある高齢者が「まあ今回ぐらい入れるか」「匂いが強いけど頑張って味見するか」という言い訳を作ってあげるべきだったのではないか

欠落していた「国のビジョン」とSNS戦略

そして、中道改革連合は他党と比べて、驚くほどメッセージを発信していない。

中道改革連合になったら何が変わるのか」というシンプルなゴールが示されなかった。

対話のない議会は嫌だ。それはわかる。

では、対話をしてどんな政策を通し、どんな国を作りたいのか。当選した「その先」が空っぽだった。

チームみらいや国民民主国会での具体的なアウトプットを期待させたのに対し、中道改革連合には何もなかった。

国民民主党は今回ちょうど弾切れの時期に解散されたので、主張できる強いネタはなかったものの、「103万円の壁」と「ガソリン暫定税率撤廃」を実現させた実績は間違いなく認められている。

それは、彼らがこれらをやりたいとメッセージを出し、前回衆議院議員選挙参議院議員選挙を戦い抜いたから実現したことだし、それは確かに今もまだ認められている。

コンセプトに終わりそうだとしても、そういう強いビジョン中道改革連合は示すべきであった。多少見切り発車的になったとしても。

新党を作ったからこれを目指すんだ」という、行き先を見せるべきだった。

それにしても、中道改革連合からまりにも政治的なメッセージが無かったのには、本当に驚いている。

対話を重視」して何をしたいのか、本当にわからなかった。多分(実際にはそこまで緊急視されていない)夫婦別姓とかフェミニズム主婦的な政策だけやります!と言い出す未来しか想像できなかった。

2026年の今、そこを最優先すべき話じゃないだろう?と多くの人は思っているし、選挙も実際そんな結果に終わっている。

生活重視」「女性地位向上」というコンセプトでは、全く票にならないのである

社会党土井たか子ブームから36年経つのに、まだ気付かないかな。

時代遅れ」の選挙運動を超えるには

序盤、中道改革連合には確かに勢いがあった。

当初は右派インフルエンサーが狂ったようにネガティブキャンペーンを流していたので、本当の脅威としてのポテンシャルがあったと思う。

しかし、ネットの海を越えて届く強いメッセージが皆無だったため、いつしか「古臭い宗教の息のかかった新党」というイメージに塗り替えられてしまった。

最後はいもの左派インフルエンサーが古臭くてセンスのない狂ったネット運動を始めてジ・エンド。

悪いことは言わない。左翼インフルエンサーは全員パージするぐらいの気持ち広報戦略見直した方が良い。

本物の時代遅れ集団だ。

「チームみらい」をそのままお手本にせよとは言わないが、ベンチマークにはすべきだ。

彼らは中道改革連合の古臭くノイジーなやり方を選択せずにシンプルメッセージを出し、今回は選挙にも勝った(さすがは優秀なベンチャー経営者政党だ、とも思う)。

若々しい広報はできなくても、メッセージシンプルクリーンで見苦しくない選挙運動は目指すことができるはずだ。

実際、国民民主党は、別にトップの2人が若いわけでもないのに、あれだけ若年層の心をつかんでいる。

野田佳彦は、高市早苗討論会に出ないのなら、「高市首相は伝えたいことがないという事なので、新米の我々がその分アピールに使わせていただきます」ぐらいに、軽く煽って、その分の時間自分たちのメッセージを青臭く、繰り返し伝える時間に使えばよかったのだ。

「辻立ちの王」は、目の前の有権者の手は握れるが、スマホを持つ全国の有権者の心までは掴めなかった。

組織の座組だけで勝てる時代はもはやない。

今の時代に心に届くメッセージは何か、ということを考えずに選挙に勝てる時代ではもうない、ということだ。

中道改革連合がこの先どうなるかはわからない。

ただ、関係者は、野田佳彦をここまでのし上がらせてきた

「辻立ち」(人間力を使うことでメッセージを出さなくてもわかってもらえる)と「調整能力」(組織の中で包摂していくことで大きな塊を作れる)という2つの超級スキルが、

国政政党が天下を取るにあたっては必ずしも推進力にならないどころか、むしろ逆に働いた、

ということは正確に理解しておくべきであろう。

彼らの時代遅れ選挙活動を見る限り、今回躍進した新世代の政党に見習うところが山ほどある、というのが正直なフィードバックである

組織が小さくなったことを機に、メッセージの発信に真に気を遣う時期が来た。

この分野では初心者に転落したこと直視し、改めて真摯に学び直すべき時期が来たと言える。

(2/10 若干表現修正)

今回の衆院選自民党投票した大衆心理を推測してみた

自民党投票するような奴は愚か者だと思っているが、今回の選挙自民党が大勝したのは一般大衆の多くが自民党投票たからで、今回の衆院選自民党投票した大衆心理を推測してみた。

高市は「台湾危機存立危機事態」と発言し、これを賢明な人たちは日本危険晒す発言だと感じたが、一般大衆は「全体主義国の中国民主主義国の台湾侵略するのは悪であり、民主主義国の日本自衛隊米軍が協力して台湾を守るために戦うのは当然!高市さんは正しい」と考えた。

その後高市発言に反発した中国日本に様々な圧力をかけてきた。賢明な人々は「高市不用意な発言日本平和が脅かされている」と考えたが、大衆は「中国はやっぱり怖い。台湾中国占領されたら次は沖縄九州中国侵略されるかも。米軍との集団的自衛権日本を守る決意を示した高市さんを支持しよう」となった。

ねこんな感じではなかろうか。

2026-01-17

中道」は創価学会思想か?

故・池田大作氏は「中道人間主義」を提唱していた。

このたび「中道改革連合」という党名を決めるにあたり、公明党を通して創価学会意向が働いたのは、まず間違いない。

  

もちろん、「中道自体は古くからある仏教由来の言葉で、なにも創価学会占有物ではない。日常語や政治用語としても使用されている。

から創価学会意向に従ったわけではない」とも言い張れるようになっているが、教団側は池田大作氏の思想体現するもの宣伝するだろう。

  

この党名について、立憲民主党は、非学会員一般大衆にどう説明するつもりなのか?

中道というネーミングに宗教的意味はない。池田大作氏の思想に従うものではない」と、はっきり宣言してくれるのか。それとも、創価学会との付き合いを考慮し、この問題あいまいにするのか。

  

  

  

追記(01/17 16:46)

趣旨エントリが上がっていました。

創価学会が「中道」をどう捉えているかは、そちらもご参照ください。

https://anond.hatelabo.jp/20260117161504

2026-01-14

自分の機嫌は自分で取れ」ってつまり健康管理自己責任」と同義だろ

アンフェは女に向かって偉そうに「自分の機嫌は自分で取れ」って言うけど

健康管理自己責任」って上司に言われるとパワハラパワハラだって叫ぶんだよね

 

男って、男VS女という括りだと責任を背負って自立した一人前の大人みたいな態度取ってるけど

会社VS労働者という括りになると途端に弱者仕草が始まるよな

 

男に限った話じゃないけど、労働者としての一般大衆フェミニストってめちゃめちゃ言ってることが被るんだよね

権利意識肥大しておかしくなってるのって、フェミニストだけじゃないと思います

2026-01-04

“1を100にする”のは“0を1にする”のとは違う能力必要で、それを行う人も評価されるべきだよねみたいな話をテレビでやってて。

ふと“1を100にする”ことの困難さって、“0を1にした人”を無視できないことなんじゃないかと思った。

例えばケロッグコーンフレーク発明した、つまり“0を1にした人”はケロッグ兄だった。

そしてケロッグ弟は生産体制だったり広告だったり、事業を精力的にやって“1を100にした人”となる。

ケロッグ弟が100にしていく過程で悩ましかったのは、真似しようとしてくるライバル企業もそうだが、なによりも兄(0を1にした人)の存在だった。

特に権利を弟に譲ったにもかかわらず、砂糖なしのコーンフレークを同デザインパッケージで売るという行為は弟を激怒させた。

味の劣るものを同じパッケージで売られるのは自社の評判と売上を落とす妨害に等しい。

この揉め事について、医療従事者として有名なケロッグ兄は、砂糖ありのコーンフレークを看過できなかったというのが理由とされる。

ただ有識者によると、弟のやっていることが気に喰わなかったのも理由としてあるらしい。

弟は当初、兄の経営する療養所下働きだった。

身内の恩情で働かせてやってたのに、コーンフレーク発明者は自分なのに、いまや事業手綱を握ろうとしてる弟が気に喰わなかったのでは、と。

しかし“1を100にする”ことに関していえば弟の方が一枚上手だったのは歴史証明している。

そして一般大衆からすれば、コーンフレークは“100にした後の世界”が前提で、その世界においてケロッグ兄は邪魔者イメージが強い。

まあ、それはそれで気の毒だとは思う。

“0を1にした”人って文面上ではリスペクトされているように見えて、そのリスペクトに見合った恩恵を受けてないことが多い。

マクドナルドとかも、“1を100にした”のはクロックだと思うけど、それはそれとしてマクドナルド兄弟には酷いことしたよね、とは思う。

2025-12-25

「病老苦死は凡夫制御の外」

「親が家を売らずにすみました」18歳の白血病患者が3000万円する薬を打てるのも健康保険のおかげ→「社会保険料払ってる甲斐がある」という声が集まる

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2642239

  

differential 私も手術費一千万円近く。義理兄弟仕事仲間は白血病を克服した。みんな今は元気で働いて社保税金払っとる。ありがたいね、その分頑張って納付する/ 病老苦死は凡夫制御の外 という残酷さに現代はどう向き合う

2025/12/24

病死苦な。

 

「一緒じゃねーか」じゃねーんだよ。

掛け算の順番より気持ち悪い。

なんで決まり文句すら頭に入ってない?

まり文句すらうろ覚えならなぜ使う??

 

釈迦が出掛けて

老人、病人、死人、出家

の順に出会たから老病死苦なんであってこの順番はどうでもよくない。

結論として一切苦であると気付いて修行を始めるんだから苦が最後

  

この人オリジナルの病老苦死という並べ方はなんなのかというと、この人なりに考えた人間が弱ってく順番で書いてんだろう。けど本来の「老病死苦」は釈迦事実に直面してった順番。

 

単に凡夫の苦しみを言いたいなら生老病死の方が相応しい。生老病死は四苦。 

(こんなの日本人一定教養備えた大人に改めて教えるようなことではない。)

  

仏教文化圏なのに四苦八苦四門出遊もわかってない人間でも

まり文句としてのショーロウビョーシやロウビョウシクは本来音でも覚えて間違えようがない。

基本的教養

 

  

この人の述べてる体験感謝気概はいいと思うよ。

あいい話だなと思って読んでるのに「病老苦死は凡夫制御の外 」とかい意味不明日本語使われると一気に「なんだこのバババババは?」ってなるんだよな。

  

はてブ見てるとずーっとずーっとこういう日本語クオリティなんだよね。人気コメに絞っても1日に何件でもこういうのが見つかる

バババババだらけ。

 

ここがマイルドヤンキーコミュニティならいいよ。

病老苦死でも。言葉間違えまくっても。

「俺らそんなに本とか読まねーからよー」と言われりゃ

重ねて嫌みなこと言わない。

 

でもお前らは低学歴ヤンキーバカにしとるやん。

森羅万象通暁してどんなことにもコメントできるし、

一般大衆妄動を別の河岸から批評する立場だし

専門家説明にすら注釈を入れる知識人じゃん。

 

それでなんでこの程度の日本語も入っとらん?

若者なら許そう。学生なら許そう。

けど社会に出て働いて兄弟結婚して揃って大病するような歳にもなってそれか?

お前らの分別が支持するトップコメントがこれか?

  

  

なら

「私達は物事をわかっていません」

勉強する機会を逃して知らないことばかりです」

というマイルドヤンキーみたいなスタンスでいりゃいいのに

隙見ちゃ世間のあらゆることにわかったようなコメントつけて批判説教までするよな。

 

どっちなんだよ。

自分無知だと居直るなら偉そうにすんな。

使いこなせもしねー言葉を無理して使うな。

  

自分もののわかった人間だと自負したいなら

なんか間違えるたびに顔真っ赤にして反省して調べ直しとけ。 

  

でもこいつらカスからいいとこどりしちゃうんだよな。

普段ブコメでは大衆を教導する先進知識人ヅラ

自分達が間違いを(毎日無数に間違えてるが)突っ込まれると

途端に被害者ヅラバリアチェンジしてぶんむくれるだけ。

 

自省のない集団が使うとカス培養池みたいになるサービスはてなブックマークなんだ。

 

2025-12-08

来年マナー警察活動方針改訂について(通達

令和7年最新

国道徳省各セクト長           道徳省丙文企画総務発第23

                    道徳企画局長

各位

日頃より、全国における自主的マナー監視指導活動に深甚なるご尽力を賜り、厚く御礼申し上げる。

本年度も、SNS上での厳正なる叱責から公共空間での指導的咳払いに至るまで、多方面で顕著な成果が確認されたところである

 

しかしながら、近時の社会情勢の急速な変化及び価値観の多元化を踏まえ、当省として従来の行動指針を再検討した結果、以下のとおり新方針策定したので、関係各位におかれては適宜周知のうえ遺漏なき対応をお願いする。

1 理念見直しの背景

従前、我々は「世界の良化」を最上目標に掲げ、正しいマナーの普及啓発を実施してきた。

マナー違反者に対しては、SNS指導メディア指導まれ物理示唆等、各種手法を駆使し、世界道徳的安定化に寄与したものと自負している。

 

しかし、一般大衆からの支持を長年確保してきた我々の活動も、昨今の多様性尊重の潮流の前に大きな転換点を迎えている。

 

2 新基本方針

協議の結果、道徳省として以下を新たな基本原則に定める。

 

価値観強要マナー違反である

 

箸は右手、は既に世論により左方向へ折れ、

不倫は悪、と唱えつつ各界著名人が華麗な恋愛遍歴を刻む中、

普遍的倫理定義する試みそのものが困難となっている。

 

国際社会を見渡せば、

一夫一婦制絶対正義であるとの主張はサウジアラビア国王に対し呈示し得るものか、

戦地における「敵兵の排除」は“悪”であるのか、

等、単一の正しさを唱えることの限界は明らかである

 

結論として、価値観とは各人に帰属するものであり、その正誤を論ずる営みは効果より疲労が上回ると判断した。

 

3 今後の対応

 

従って、当省としては以下を申し添える。

 

他者価値観への干渉は行わないこと。

 

他者の行動が不快迷惑人生崩壊兆しを呈しても、基本的

  「知ったこっちゃない」

 ものとすること。

 

相手の方が正しい可能性についても適宜検討すること。

村八分その他の集団的制裁行為については、自然淘汰に委ねること。 

なお、日本人の高い道徳心が幸福度に直結していない点も併せ考慮し、

当省はついに

 

マナー幸福は相関しない」

 

との真理に到達した。

 

4 マナー警察Ver2への移行

以上を踏まえ、価値観押し付け及びマナーの過度な指導は本年度をもって終了する。

来年度より、当省は「道徳省Ver2」として、新たな段階における静観的姿勢を基本としつつ、必要に応じて軽い咳払い程度の指導を行う体制へ移行する。

 

取り急ぎ、来年度の方針について通達する次第である

 

以上(ChatGPT10分)

2025-11-25

日本人テロ」の相性の良さ

日本一般大衆は、デモストライキには嫌悪冷笑を示すが、テロに対しては寛容である

どれも人間主体で発生する事象なのだが、テロ自然災害のような「不可抗力」だと思ってる。

日本人の一般大衆にとって「中国」は、大国ではあるがデモやストと同列で、

アメリカ」はテロと同じ「不可抗力」の枠である。何をされてもヘラヘラ笑ってるだけ。

何かおかしい気がするが、現実はそうなっている。

2025-11-22

マウリツィオ・カテランによる、18金製のトイレ作品アメリカ」が、オークションに出品されて話題になっている。

ただの下ネタじゃねーかという感じもするが、強いて作品評価ポイントを考えると…

 

・富と格差への皮肉

18金・重量100kg以上・市場価格1,000万ドル超という、極端なまでの「富の象徴」を、最も卑近身体的な場所トイレにする、という強烈な反転によって、「富裕層のためのゴールド一般大衆が尻に敷くオブジェにする」という逆転の構図を物理的に生み出す皮肉

 

アメリカ像への批評

ゴールドラッシュ/ウォール街ドリーム破綻といった「アメリカ資本主義栄光と醜さ」が、黄金便器というイメージの中で凝縮している。

 

デュシャンの「泉」の引用

トイレというだけでデュシャン作品を想起させ、既製品を「芸術作品」と宣言することで価値の枠組みをズラしたデュシャンに対して、逆に既製品物理的に超高価な素材で作り直すという応答を見せている。古典的洞察に対して、アートマーケット肥大化、貧富の格差拡大といった時代の変化を織り込んでいる。

 

・参加型アート文脈

グッゲンハイムでの展示バージョンでは、観客は実際に個室に入り使用することができた。観客は鑑賞するだけでなく「消費する」側であり、「汚す」主体でもあった。作品に直接関与する参加型アートとしての完成度があった。

 

どんなに理屈をつけても下ネタじゃねーかって?

それはそう。

2025-11-06

いわゆる保守リベラル、調べれば調べるほどわからんくなる

今までの定義が使えなくなってるんだろうな

もうざっくりと、向いてる方向が既得権益(金持ってる)側か、一般大衆(金持ってない)側かって印象になってきてる

2025-10-22

ロサンゼルス野球」というYouTubeアカウントがあるんだが

https://www.youtube.com/@LosAngelesBaseball

このチャンネルが何かというと

大谷翔平にまつわる手の込んだデマ・作り話」

をあたかリアルニュースのように紹介するというもの

大谷に不利な判定をした審判たちがレジェンドたちの怒りとファン活動を受けて永久追放されたとか、

大谷ホームランの飛距離を実際より短く判定したスタッフレジェンドたちの怒りとファン活動を受けて解雇されたとか、

だいたいストーリーとしては毎回似通っていて、

日本人大谷メジャー差別されているが、大谷を認める真のレジェンドたちと野球を愛するファンの力で正当な評価を奪い返した」

みたいな話が多い。

更に言うと「0から10まで完全なデマ」というわけではなく、一応何割かは本当のエピソードが紛れているのがポイント


ちょっと調べればデマ・作り話だというのは簡単にわかるのだが、

それなりに手の込んだ固有名詞を散りばめたいかにもそれっぽいストーリーであり、

そして「ちょっと調べる」ためには英語圏サイトを回る必要があるためか、

日本人オーディエンスが釣られまくっている。

毎回数十万回再生されており、デマを信じた数百人の日本人

スカッしました!ありがとうレジェンドたち!」「なぜ日本マスゴミは報じないんだ」

みたいなコメントを連ねている。


で、思ったんだけど、こんなに簡単デマ一般大衆を釣れるんなら、

大谷以外のテーマでもこういうことやってるチャンネルたくさんあるんだろうなと。

日本人向けだけじゃなく、各国向けにこういうチャンネルあるんだろうなと。

そうやって小銭を稼いでいるんだろうなと。


断絶を煽るのなんて超簡単だね。

生成AI進化がこの流れに拍車をかける

1年後が怖くてたまらんよ。

2025-10-15

anond:20251015180850

ぶっちゃけ1500万ぽっちでごちゃごちゃうるさいよな。

一般大衆の小物ってでかい金額だとイメージできなくて騒がないからなんとなくイメージできる大金レベルで遊んで印象操作してるだけだなって感じがしてすげー不快

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