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はてなキーワード: 感情労働とは

2026-05-03

anond:20260503070728

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隠岐さや香

東京大学教育学研究科教授科学史

視点

興味深い分析だが、要はトランプヒトラーなみに感情操作を行い、支持者に「敵に報復せよ」と指令する段階に入っている、という話である。それでも対話を試みるというのは、うっかりすると自分を敵認定してくる相手に心を開けということなわけで、難易度が高い。相当な「感情労働」である(※ホックシールド氏は「感情労働」概念提唱者)。

 

気になるのは、感情論理の「バイリンガル」になるべき人が「リベラル」とざっくり名指しされているようみえることだ。しかし、同じリベラルだって立場が違う。

たとえば、ヒトラー攻撃されていたユダヤ人のような立場の人にまでそれを求めるべきだろうか。また、仮にそれを試みたとしてうまくいくのだろうか。私は疑問である

 

タイミング問題も考えた方がいい。9年前ならまだしも、既にトランプ政権とその支持者は犠牲者を出している。民主党レズビアンマザーICEに発砲され、死亡した件は有名だが、他にも複数の人が命を落としている。収容所に送られた人も多く、その中で何が起きているのか、我々はまだよく知らない。

 

最後に、トランプ支持者の「感情論理」は大変よくわかったので、私としてはトランプ支持者に攻撃される側の「感情論理」も書いておく。

たとえば、もうずっと前からトランスジェンダー若者たちは互いに「生き延びよう」と声を交わし合っていた。尊厳を傷つけられ生きるのが辛い、あるいは単に路上で襲撃されて殺されそうだと感じている。人口の1%しかいないのにトランプ政権に過剰な関心をよせられ、デマ中傷に貶められ続けているからだ。

 

人は自分尊厳を傷つけようとする相手を拒絶していい。私はそう考えている。

他の誰が彼ら彼女らを責めようが、私は全面的肯定する。

 

もちろん、これまでの人生でそうした心の傷を経験していない幸せな人には、リベラルだろうが保守だろうが、是非とも分断の克服のための対話にいそしんでいただきたい。その人ならば実際に「共感の橋」をかけることはできるかもしれない。ただ、尊厳を傷つけられた人々に加害者との対話強制してはならない。

 

なお、私はトランプ支持者も「敵」扱いしてきた相手感情論理を知るべき段階に入っていると思う。何よりそうするのは彼ら彼女らのためだろう。このままだと彼ら彼女らは圧政虐殺の加担者として歴史に刻まれしまいかねない。

#トランプ第2次政権

2026年5月3日 01:49

2026-04-26

「女嫌いの女体好き」は男性たちの吐く偽り

https://anond.hatelabo.jp/20260426092627

「女嫌いの女体好き」

私これ、男性の吐く嘘だと思ってる。

男性は、女性の心と精神が大好きだよ。

女性の心に受け入れられたい、という期待が非常に強いし、女性ホルモンから醸し出される「女性らしさ」が大好き。

でも強いと思われたいので、心を求めてると言えないチキン男性が、ネットで騒いでるだけだと思う。

本当に賢くて強い男性は、シラフでも「女性の心を求めてる」と言えるでしょ。

強いと思われたい弱い男性人間の心と感情から逃げてるので、自分感情否定し、それが結果的女性の心の否定もつながってるんだと思う。

自他の感情を扱う能力に欠けてる男性たちの、強がりだと見てる。

セックス中でも、受け入れて喜んでくれる精神がないと、すぐに心が折れる弱い弱い男性たちのイキリだよ。

性風俗で働く女性が言ってたけど、何が大変かって、プレイ中に心からハートマークが出てるかのように感情労働しないといけないことらしい。

単に、男性客の性器を刺激していかせるだけなら簡単な流れ作業なのに、とのこと。

から喜んでるふりをしないといけない、感情労働が疲れるんだって

ネットの嘘つきな男性強がりなんて、スルーで十分だと思うよ。

anond:20260425193813

愚痴を延々と聞かされて、アドバイスもまともな反応も封じて感情労働するくらいなら家事やる方が楽だもんなあ

2026-04-25

肯定じゃなくてハックが欲しいんだよ

風呂キャンセル。素晴らしい概念だ。これでようやく「身体的には問題なく風呂に入れるはずなのに風呂に入らない(入れない)存在」というのが可視化された。

なのにその概念をただ共感自己肯定の道具にしているだけなのはマジでどういうことだ?

「ウチって風呂キャン界隈なんだよねー(キャッキャッ)」じゃねーんだよ。

マジで女ってなんでこうなの?ちょっとまえに流行った「HSP」とかもだけどさ、折角新しく産まれ概念問題解決のためじゃなく「ウチらってこうだよねー」という浅い共感で満足できる思考理解し難い。

「こんな傾向の人はHSPです」と言われてへーそうなんだーじゃあどうやって生きたら良いんだろう?と見に行ったら「HSPは繊細で生き辛い!」っていう自分語りだけで終わっていてびっくりした。それで?そのHSPとやらはその生き辛さをどのように克服して生きていったらいいの?辛うじてHSPに向かない仕事一覧とかいうのはあるけどさー、感情労働とかHSP関係なくほとんどの人類がやりたくないだろ!やりたい・やれる人間の方が貴重だってそもそもお前は職業を選べるほどの身分なんか?大抵の生き辛いHSPはそれでも生きていくために向いていない仕事でもやらなければならないから生き辛いのでは…。

風呂キャンもそう。風呂キャンセルちゃうこともありますよね🤗じゃねんだわ。こっちはそういう傾向が自分にあるこは前提の上で、「じゃあどうすればいいのか?」を知りたいんだっての。なんで共感肯定で終わるんだよ。共感肯定をしても良いけど、対策もセットでつけろよそこはよ。

2026-04-13

かぐや姫!を観た、マジで超酷かった!

令和型のセカイ系サイコパス

はっきり言って『都合の良いZ世代のガキ』 みたいな、令和のキモいところを凝縮した作品だった。

令和型のセカイ系――

「ちゃちゃっとエモくなんでも解決ちゃおう!」

私たち一所懸命合法からハッピーエンドが当たり前だよ!」的な、超効率主義の超ドライっぷりがすごいんだよ。

要するに『平均的で弱い一般大衆』を踏み台にして、遺伝子の良さ、メイクマネー能力、親から与えられた文化資本を総動員して、なんでも秒速で攻略ちゃうと。

であるから、描かれていない物語の裏側で、とんでもない数の罪なき人々が、雑に淘汰されているんだよ確実に。

しかも、昔のセカイ系と違って、痛みも葛藤ほとんどなくて「せっかくの人生なんだから、全部奪い取ればいいじゃん」って勢いなんだよ。それもヨゴレ役をやらずに、光属性ファッションにしたまま、何もかもを得ようとしてゆくと。

主人公の態度としては「最低限の法と道徳倫理は守っているから、わたしら以外のザコな一般人は知りませんよ?」的な、ぎとぎとの冷酷さが伝わってくるんだよ。新時代サイコパスを決めるなら、こういう奴らだろうね。

その証拠に、主人公彩葉17歳JKが、視聴者から投げ銭をあぶく銭、水物呼ばわりして、もう一人のヒロインかぐやも「でも合法でございましょ」って切り返すんだけれど。

冗談抜きの話、こいつらって生き様キャバ嬢ラウンジ嬢なんだよ。手練れの売女ってくらい「私は一所懸命」「私は苦しんでいる」「私は生きる為に必死」という大義名分で、もうそれだけで感情労働をしているから、どんな奇跡が起きようとも、どんな大金が舞い込もうとも「必要以上には感謝しませんよ!」って冷え切った流れ。

なので、超かぐや姫を一言で言い表すと『整形手術した人の笑顔』だね。

ハイスピードで展開する、外面だけ美しい歪んだ物語

でね正直な話、超かぐや姫、SF設定はむっちゃ面白いのに、各キャラクターの深掘りがあまりにも薄くて、あらゆる事が超早送り――ダイジェストで進むもんだから貧困毒親配信業もメタバース仮想世界)も、全部ぺらっぺらなんだよ。

そのせいで2時間22分もあるのに、唯一、緊張感のある場面って、彩葉が疲れて風邪を引くシーンだけ。でもって大規模な戦闘シーンなんかも「知らない奴らが知らない技を使って知らない世界で、いつまでも戦ってんねぇー」としか思えないんだよ。

例えるなら、僕が昔、風の王国というMMORPGをやっていたときに「そんなクソゲーやめて、マビノギやりなよ」って何度も誘ってくる奴がいて、仕方なく新規ログインしたら「なんだこの世界観、くそきめぇー」って、14歳前後のガキだったから思っちゃってさ。

まりは、心の準備が整っていないのに、いきなし『異空間に連れて行かれて知り合いゼロ』という、2000年代ネトゲで味わった独特な疎外感――仲間外れ感を思い出したんだよ。そんくらい感情移入させてもらえないのが、超かぐや姫!

個人的に懐かしい話、テイルズウィーバーとか、メイプルストーリーとか、ラグナロクオンラインとか。そこらに一瞬だけログインして「マジでつまんねえ~」って思って荒らして、飽きたらハンゲをやって、今度はフラッシュ倉庫に行って「人生ってクソゲーだな」ってマウスをカチカチしていた頃。そのとき感情がぐわっと蘇ったね。

「古き良きネット社会黎明期ってのも、快楽ばかりではなかったよなー」って、あの頃に心がタイムスリップできた。

それで言えば、挿入歌――ハッピーシンセサイザとかメルトとかも、僕が病んで疲れて、ひきこもりだったときによく流れていて。永井先生とかウナちゃんマンとか初音ミクとかニコニコ組曲とか、そんなのとも混ぜこぜな日々の中「毎日まらねぇー、生きていても意味ねぇー」って絶望していた時代が、はちゃめちゃ解像度高く、思い出されたんだよね。

そう考えりゃ、一周回ってすごい作品かもね。

言うなれば、その昔、『キャビン』って洋画があってさ。伝説モンスター集合みたいなB級ホラー作品で、シャイニングとか ファニーゲームとかジュラシックパークとか、名だたる作品の奴らがオマージュとして、がんがん登場するんだよ。超かぐや姫もそのベクトルで、思い出のお祭り騒ぎなんだと思えば、ぎりっぎり、ありな作品なのかもしれないね

そんでね強く言えるのは、超かぐや姫を観て20分そこらで「うわぁ、資本主義の悪いところ出てんな」って、最速で虫唾が走ったんですよ。

というのも、本作のヒロイン――酒寄彩葉(さかよりいろは17歳が、顔も可愛くて、東大も狙えて、音楽センスもあって、母親京大出身金持ちで、一人暮らしで、推し活もやって、FPSプロゲーマーレベルで、友達売れっ子インフルエンサーで、つまるところバケモン。

「こいつこそ地球人じゃない可能性があるな」って、まるでマルチバースってくらい、いろんな天才人生を歩み過ぎなんだよね。

しかも、週5日のバイト受験勉強友達付き合い、ゲーム、全部ガチ勢として、一分一秒を争うスケジュールで生きているのに、気持ちよく感動して泣いたり、ぽわぁ~んっと黄昏れたりで、謎めくほどの余裕があって。挙げ句の果てには、冒頭のナレーション含め『一生懸命苦学生尊い!』というモードなんだよ。

そんで重要な話。彩葉の『限界ぎりぎり生活』ってのは、そうせざるを得ないかスタートしたのではなくて、自己選択貧乏をやっているから、あくまでもガソリンの味は知らないヒロイン、そこにあるのは真の闇じゃないと。

なぜかって、彩葉自身が口にしたように、親子喧嘩で譲らなかった結果として、保証人不要のボロアパートに住み始めただけなんだよ。

さらに、お母さんは嫌味ながらも【今でも彩葉はすぐに泣いて帰ってくると思ってます、甘ちゃんから】そう言っているように、『いつ帰ってきても良い』という逃げ場を用意していると。もっといえば、彩葉は、父方の祖父母から仕送りまでもらっていて『だが自尊心を守るために使わない』という自己決定をしているんだよね。

しかも、小汚いアパートといえども、パソコンタブレットもあるし、トリプルモニタだし、節約で使わないながらもエアコンがあるしで、向かうところ敵なしのガジェットだらけなんですよ。

まりやらせ貧乏やらせ苦学生やらせの追い込まれから貧困なりきり体験ツアーしかない。これは言ってしまえば、10年前に流行ったビリギャル的な世界観『敗者復活ごっこ』でしかいね

そもそもがさ、若いとき貧乏暮らしなんて「刺激にあふれた愉快な下積み」と考えりゃ、ただただ楽しいだけじゃん。この僕なんかも19歳の頃、試食品コーナーだけで食事を済ませたり、洗面台にホースをつけてシャワー代わりにしたり、キシリトール歯磨き粉を歯に塗って空腹をごまかしたりで、すこぶる貧しき時代があったけれど、若さゆえに面白かったからね。

すなわち『まだ未来のある貧乏』って、所詮は娯楽の一種しかないのよ。

やはりね、生まれ育ちが最強な奴の苦しみって、ストリートファイターのさ、サマーソルトキックを放つ前のしゃがんだガイルを見て「背が低いねー」って言っちゃうくらい、本質的にくだらないなって。

追記、書いた文章Google Geminiで「ちょうどよく改行して!」と頼んだら、謎のハングル文字がたった一個だけ登場した。考えられる理由!?

2026-04-12

女性にとって結婚が損すぎるからルールに調整入れたほうがいいと思う

結婚女性にだけ無償労働キャリア中断、出産リスク介護負担が寄りやす構造になっている。

恋愛自由意思で始まるとしても、結婚制度の中身まで「愛があれば乗り越えられる」で済ませるのは雑すぎる。

しかも厄介なのは結婚メリットとして語られてきたものの多くが、いまの社会では女性にとって実質的メリットになっていないことだ。

経済的安定は共働き前提で薄まり精神的充足は相手次第、生存戦略としても必ずしも有利とは言えない。それなのに、家事育児感情労働親族対応コストだけは昔のまま女性に乗りやすい。

要するに問題は単純で、結婚が「共同生活契約であるはずなのに、実際には女性側だけが過大な追加業務を背負う不平等契約として機能やすいことだ。

だったら必要なのは結婚を美化することではなく、損が一方に集中しないようルールを調整することだと思う。

まず何が壊れているのか

いまの結婚女性側に不利が集中しやす理由は、だいたい次の五つに整理できる。

たとえば、夫婦ともにフルタイム勤務でも、保育園の連絡、病児対応学校関係食事管理、親戚づきあいまで妻側が受け持つ家庭は珍しくない。これでは「二人で生きる制度」というより、「女性仕事を続けながら家庭運営責任者もやる制度」になってしまう。

この状態で「でも好きな人家族になれるから」と言われても、それは制度の欠陥を恋愛感情ごまかしているだけだ。好きな相手と一緒にいること自体価値があるとしても、制度不公平なままでいい理由にはならない。

調整の基本方針

必要なのは結婚を推奨することでも否定することでもない。結婚するなら、誰か一方、とくに女性にだけ損が集まらない仕組みに変えることだ。

調整の方向性は三つでいい。

以下、具体的にどう直すべきかを書いていく。

1. 家事育児契約化する

まず必要なのは結婚時に家事育児介護生活費分担を文書で決めることだ。ロマンがないと言われそうだが、ロマンで回らないから揉めている。

最低限、次の項目は可視化したほうがいい。

これは「夫婦契約メモ」でもいいし、公的な標準フォーマットがあってもいい。重要なのは曖昧にしないことだ。曖昧さはだいたい、我慢する側にコストを押しつける。

2. 妊娠出産補償もっと直接的にする

出産個人選択だとしても、次世代再生産を社会必要としている以上、そのコスト女性個人だけに負わせるのはおかしい。いま必要なのは応援」ではなく補償だ。

具体的には次の調整が必要だと思う。

出産で体にダメージを受け、仕事でも不利になり、家庭内でも育児の主担当になるのでは、損が三重に乗る。ここを放置したまま少子化対策を叫んでも、誰も乗らない。

3. 男性育児参加を「善意」ではなく義務に寄せる

一番まずいのは、男性家事育児参加がいまだに「手伝う」という発想で語られがちなことだ。自分の家庭の運営なのだから本来は手伝いではない。

なので、男性の育休取得はもっと強く制度化したほうがいい。

ここまでやらないと、結局は「制度上は取れるけど、実際は妻がやる」で終わる。善意頼みはもう限界だ。

4. 離婚時の精算をもっと現実に合わせる

結婚の損が女性に偏る大きな理由の一つは、結婚中に積み上がった見えない損失が、離婚時に十分回収されにくいことだ。家事育児キャリアを削った側が、その分をきちんと精算できる仕組みが必要だ。

調整案としては次の通り。

とくにペアローンは、愛の証明みたいに扱われるわりに、破綻したときダメージが重すぎる。住宅取得を促すなら、離婚時や死亡時の処理まで含めて標準ルールを整えておくべきだ。

5. 義実家介護を「嫁の仕事」にしない

これもかなり大きい。結婚すると、夫本人だけでなく、夫の親族までセットで女性無償労働に乗ってくることがある。これは明らかに制度外の負担の押しつけだ。

なので、介護については次の原則をはっきりさせるべきだ。

家族から助け合う」は聞こえはいいが、その助け合いがなぜか嫁にだけ集中するなら、それは助け合いではなく押しつけだ。

6. 暴力モラハラへの退出コストを下げる

結婚女性にとって危険になりうる以上、逃げやすさはかなり重要だ。暴力支配のある関係から抜けるコストが高いと、制度のもの加害者の盾になる。

必要なのは次のような調整だ。

危険結婚から出にくい制度は、結婚制度ではなく閉じ込め制度だ。ここは本気で直したほうがいい。

7. 税制社会保障を「扶養される妻」モデルから切り替える

昔の結婚観は、稼ぐ夫と扶養される妻を前提にしていた。でも現代はそこからずれている。ずれているのに制度だけ古いので、変な歪みが出る。

見直すべきなのは次のあたりだ。

どの生き方でも過剰な罰がつかない制度必要だ。

8. 「彼氏で十分」問題制度が向き合う

好きな人と一緒にいたいだけなら、別に結婚でなくてもいいという感覚もっともだ。実際、現行制度結婚女性に余計なリスクを上乗せしやすいなら、恋愛関係を維持しつつ法的拘束を避ける判断合理的になる。

からこそ、結婚だけを唯一の正規ルートにせず、共同生活契約や養育契約もっと使いやすくしたほうがいい。

結婚しないと守られず、結婚すると損しやすいのが最悪の制度設計だ。そこは中間形態を増やしたほうがいい。

9. 結婚前の情報開示標準化する

結婚人生の大型契約なのに、事前の情報開示恋愛感情任せなのも危うい。最低限の確認事項を標準化したほうがいい。

たとえば結婚前に確認すべきなのは次の点だ。

これを恋愛ムードを壊す話と見るから失敗する。むしろ事前確認がないまま結婚するほうが、あとで何倍もコストが高い。

結局、調整すべきなのは「愛」ではなく「構造

この話は、結婚したい人を否定したいわけではない。まともな相手と、公平な分担で、互いの人生を支え合えるなら、結婚普通に良い制度になりうる。

ただし現状は、女性にとって結婚が割に合わないケースが多すぎる。経済的にも、身体的にも、時間的にも、キャリア的にも、そして安全保障の面でもリスクが重い。そのくせ「家族なんだから」「愛があれば」「みんなやってる」で個人に飲み込ませようとする圧力が強い。

から必要なのは結婚神聖視することではなく、損失の偏りを減らすルール変更だ。家事育児契約化、出産コスト補償男性育児義務化、離婚時精算の強化、介護責任限定暴力からの退出支援、税社会保障の個人単位化。このあたりを本気でやって、やっと結婚は「したい人がしてもいい制度」になる。

今のままだと、女性結婚を避けるのはわがままではなく、かなり合理的自己防衛だと思う。

2026-04-10

anond:20260410175739

インキャは感情豊かではない

感情豊かではないと言うことは比較感情的になったりしないし、感情的になる人が苦手な人も多い

感情的ではない人はパソコンが返してくるエラーをただのエラー認識して淡々と処理できる

その他IT系お仕事感情よりも事実ベースで処理することが多いので、あまり感情に振り回されない人に適性がある

感情豊かな人は、エラーみて否定された気持ちになったりエラー連発して落ち込んだり、問題解決必要とき事実ベースではなく、気持ちをどうにかしようとする(事実大事だけどとりあえず溜飲を下げるみたいな)ので結果病んだりして適性がない場合がある

実際ただのエクセプションなのに否定されてる気持ちになるとみたいな感じでIT系から足洗った感情ベースの人は大学時代から何人かい

あと性格悪いのはわかんないけど事実淡々と話してると気持ち配慮しないので性格悪いみたいに捉えられてる事もある

まあIT系の人は基本感情労働したくないし、自分感情労働してもらわなくていいんで✋って人多いからそう言う感じになる

2026-04-03

役割はどのように設計されているのか――マーダーミステリーキャラ

1.はじめに

 マーダーミステリー(以下、マダミス)は、参加者物語世界登場人物を演じながら事件真相に迫っていく体験型物語形式である参加者は単なる読者や観客ではなく、与えられたキャラクターとして発話し、選択し、他者関係を結びながら物語を進めていく。その意味でマダミスは、「物語を読む」娯楽ではなく、「物語を生きる」娯楽であると言える。

 こうした形式において、プレイヤブルキャラクター(以下、PC)にどのような設定や目標関係性が与えられるかは、物語体験のあり方そのものを左右する。PC設計は、プレイヤーにどのような役割を引き受けさせ、どのような語りを要請するのかという点で、文化的意味を帯びている。本稿では、マダミスにおける女性PC設計に見られる傾向に注目し、そこに潜むジェンダー規範について考察する。

2.役割としてのキャラクター

 マダミスPCは、単なる属性の集合ではない。性別職業立場他者との関係、そして目標は、プレイヤーがどのような言葉を選び、どのような行動を取るかを方向づける「役割」として機能する。PCとは、プレイヤーが一時的に引き受ける社会的物語ポジションであり、その設計は暗黙の価値判断を含んでいる。

 ゲーム研究物語論において指摘されてきたように、キャラクター表象は「何者であるか」だけでなく、「何を語り、何を行うことが期待されているか」を規定する。マダミスにおいても、PC設計プレイヤーに特定の振る舞いを促し、別の振る舞いを選びにくくする力を持っている。

 マダミスでは、各プレイヤーに配布されるハンドアウトを通じて、そのキャラクターにとってどの行為や発話が物語的にもっともらしいかという枠組みがあらかじめ提示される。プレイヤーは自由判断しているようでいて、実際にはPC付与された目標関係性を参照しながら、「そのキャラクターとして自然選択」を探索することになる。このときPCは、行為を命じる規則ではなく、特定行為自然ものとして浮かび上がらせる装置として機能している。

 さらに、こうした役割設計は行動だけでなく、「語りの位置」をも規定する。どのキャラクターが状況を説明し、どのキャラクター感情を語り、どのキャラクター沈黙するのかは、設計段階で大きく方向づけられている。また、誰が対立を和らげ、誰が場の空気を調整し、誰が強い決断を下すのかといった役割分担も、プレイヤー個人性格というより、PC設計によって方向づけられる部分が大きい。PC行為主体であると同時に、どのような感情労働を引き受ける位置に置かれているかを示す指標でもある。

 このように、マダミスPC設計における「役割」とは、属性説明にとどまらず、行為・語り・感情の水準にまで及ぶ総合的な配置である

3.PC設計において反復される物語役割――女性キャラクター顕在化する傾向

 マダミスPC設計に見られる役割分配は、必ずしも性別主語として意図的設計されているわけではない。しかし、その設計思想が繰り返し適用される過程で、特定性別に偏って顕在化する役割存在する。マダミスシナリオを見渡すと、女性キャラクターはいくつかの共通した役割が反復的に与えられていることに気づく。

 第一に挙げられるのは、恋愛を主軸とした目標である事件解決自己生存よりも、「特定人物との関係を守る」「恋人の無実を信じる」といった関係性中心の動機が、女性PCに与えられることは少なくない。

 第二に、女性キャラクターが「誰かの恋人」「妻」「娘」といった関係属性によって定義される点である。これらの関係性は物語に厚みを与える一方で、人物像の理解他者参照に強く依存させる。結果として、女性PC独立した意志欲求を持つ存在というよりも、他者との関係媒介する存在として描かれやすくなる。

 第三に、女性キャラクター目標他者利益幸福に向けられる傾向である。誰かを守る、支える、秘密を抱え続けるといった役割は、物語重要であると同時に、自己犠牲や献身を前提とする振る舞いをプレイヤーに要請する。

 もっとも、恋愛関係性、献身的な役割のもの否定されるべきだというわけではない。これらはキャラクターに強い動機を与え、物語への没入感を高める有効装置であるしか問題は、それらの役割特定性別に偏って反復される点にある。

 こうしたPC設計は、プレイヤーの体験にも影響を及ぼす。女性PC担当するプレイヤーは、推理告発といった能動行為よりも、関係調整や感情配慮を求められる場面に多く直面する可能性がある。その結果、物語の中で「場を回す」「衝突を和らげる」といった役割を引き受けることになりやすい。この経験は必ずしも常に否定的なものではないが、恋愛家族関係の演技を負担に感じるプレイヤーや、そうした役割を望まないプレイヤーにとっては、参加の心理的ハードルとなり得る。

4.おわりに――多様な物語経験のために

 マダミスPC設計におけるジェンダーバイアスは、明示的な差別表現としてではなく、物語役割の反復として現れる。恋愛関係性、献身といった要素が女性キャラクターに集中することで、物語体験のあり方そのもの性別化されてしま可能性がある。

 問われるべきなのは、個々のキャラクター表現の是非ではなく、プレイヤーにどのような役割自然ものとして引き受けさせているのかという、設計思想そのものである。マダミスという形式が持つ物語可能性を拡張するためには、役割性別とを無自覚に結びつけてきた前提を問い直し、より多様な物語経験を開く設計が求められている。それは、特定表現排除することではなく、より多様な「物語を生きる」経験可能にするための試みである

役割はどのように設計されているのか――マーダーミステリーPC設計

1.はじめに

 マーダーミステリー(以下、マダミス)は、参加者物語世界登場人物を演じながら事件真相に迫っていく体験型物語形式である参加者は単なる読者や観客ではなく、与えられたキャラクターとして発話し、選択し、他者関係を結びながら物語を進めていく。その意味でマダミスは、「物語を読む」娯楽ではなく、「物語を生きる」娯楽であると言える。

 こうした形式において、プレイヤブルキャラクター(以下、PC)にどのような設定や目標関係性が与えられるかは、物語体験のあり方そのものを左右する。PC設計は、プレイヤーにどのような役割を引き受けさせ、どのような語りを要請するのかという点で、文化的意味を帯びている。本稿では、マダミスにおける女性PC設計に見られる傾向に注目し、そこに潜むジェンダー規範について考察する。

2.役割としてのキャラクター

 マダミスPCは、単なる属性の集合ではない。性別職業立場他者との関係、そして目標は、プレイヤーがどのような言葉を選び、どのような行動を取るかを方向づける「役割」として機能する。PCとは、プレイヤーが一時的に引き受ける社会的物語ポジションであり、その設計は暗黙の価値判断を含んでいる。

 ゲーム研究物語論において指摘されてきたように、キャラクター表象は「何者であるか」だけでなく、「何を語り、何を行うことが期待されているか」を規定する。マダミスにおいても、PC設計プレイヤーに特定の振る舞いを促し、別の振る舞いを選びにくくする力を持っている。

 マダミスでは、各プレイヤーに配布されるハンドアウトを通じて、そのキャラクターにとってどの行為や発話が物語的にもっともらしいかという枠組みがあらかじめ提示される。プレイヤーは自由判断しているようでいて、実際にはPC付与された目標関係性を参照しながら、「そのキャラクターとして自然選択」を探索することになる。このときPCは、行為を命じる規則ではなく、特定行為自然ものとして浮かび上がらせる装置として機能している。

 さらに、こうした役割設計は行動だけでなく、「語りの位置」をも規定する。どのキャラクターが状況を説明し、どのキャラクター感情を語り、どのキャラクター沈黙するのかは、設計段階で大きく方向づけられている。また、誰が対立を和らげ、誰が場の空気を調整し、誰が強い決断を下すのかといった役割分担も、プレイヤー個人性格というより、PC設計によって方向づけられる部分が大きい。PC行為主体であると同時に、どのような感情労働を引き受ける位置に置かれているかを示す指標でもある。

 このように、マダミスPC設計における「役割」とは、属性説明にとどまらず、行為・語り・感情の水準にまで及ぶ総合的な配置である

3.PC設計において反復される物語役割――女性キャラクター顕在化する傾向

 マダミスPC設計に見られる役割分配は、必ずしも性別主語として意図的設計されているわけではない。しかし、その設計思想が繰り返し適用される過程で、特定性別に偏って顕在化する役割存在する。マダミスシナリオを見渡すと、女性キャラクターはいくつかの共通した役割が反復的に与えられていることに気づく。

 第一に挙げられるのは、恋愛を主軸とした目標である事件解決自己生存よりも、「特定人物との関係を守る」「恋人の無実を信じる」といった関係性中心の動機が、女性PCに与えられることは少なくない。

 第二に、女性キャラクターが「誰かの恋人」「妻」「娘」といった関係属性によって定義される点である。これらの関係性は物語に厚みを与える一方で、人物像の理解他者参照に強く依存させる。結果として、女性PC独立した意志欲求を持つ存在というよりも、他者との関係媒介する存在として描かれやすくなる。

 第三に、女性キャラクター目標他者利益幸福に向けられる傾向である。誰かを守る、支える、秘密を抱え続けるといった役割は、物語重要であると同時に、自己犠牲や献身を前提とする振る舞いをプレイヤーに要請する。

 もっとも、恋愛関係性、献身的な役割のもの否定されるべきだというわけではない。これらはキャラクターに強い動機を与え、物語への没入感を高める有効装置であるしか問題は、それらの役割特定性別に偏って反復される点にある。

 こうしたPC設計は、プレイヤーの体験にも影響を及ぼす。女性PC担当するプレイヤーは、推理告発といった能動行為よりも、関係調整や感情配慮を求められる場面に多く直面する可能性がある。その結果、物語の中で「場を回す」「衝突を和らげる」といった役割を引き受けることになりやすい。この経験は必ずしも常に否定的なものではないが、恋愛家族関係の演技を負担に感じるプレイヤーや、そうした役割を望まないプレイヤーにとっては、参加の心理的ハードルとなり得る。

4.おわりに――多様な物語経験のために

 マダミスPC設計におけるジェンダーバイアスは、明示的な差別表現としてではなく、物語役割の反復として現れる。恋愛関係性、献身といった要素が女性キャラクターに集中することで、物語体験のあり方そのもの性別化されてしま可能性がある。

 問われるべきなのは、個々のキャラクター表現の是非ではなく、プレイヤーにどのような役割自然ものとして引き受けさせているのかという、設計思想そのものである。マダミスという形式が持つ物語可能性を拡張するためには、役割性別とを無自覚に結びつけてきた前提を問い直し、より多様な物語経験を開く設計が求められている。それは、特定表現排除することではなく、より多様な「物語を生きる」経験可能にするための試みである

2026-03-06

anond:20260306081201

ちなみに家にいて最低限の家事だけをやるんじゃないけど大丈夫

基本それらのルーティンは出来て当たり前、出来なきゃ評価が下がるだけ(多少手を抜けるところがあるとしても自分がやらないと生活がまわらない前提+基本受ける評価マイナス)+家族スケジュールイレギュラーために常にスタンバイ状態を維持+イレギュラーがあった場合はその対処と控えタスク段取り関係先への根回し+子供泣く・わがまま言う・癇癪・子供同士のトラブル・ケガ・病気+夫は仕事で疲れていて家では戦力にならないパターンも多数、そもそも専業主婦を養ってるのだからすべてやってほしい思考家族の機嫌によりパフォーマンスにも影響する故、常に100%の動きができるわけじゃない+当然ながら専業主婦人間なので自分の体調も崩すし、自分ケア必要だが場合によっては後回し+厄介なご近所、ママ友子供の付き合いがあるので無下にできない前提があり、母親それぞれの気質により対応千差万別)、親族対応(夫の顔を立てながら子供達と祖父母関係も守りながら自分も守りる立ち回り。疲弊する)

専業主婦家事だけやる人ではない。生活だけでなく人間関係もうまく回すための感情労働も伴う。

2026-02-25

米国の犬と中国の犬のどちらが幸せ

理想的な飼い主の下であればどちらも洗練されたペットライフ享受できることは間違いない。

飼い主に問題があるとき、飼い犬にはそのリスクが降りかかる。

米国貧困層: 「精神的重圧と、閉ざされた安全

米国貧困層に飼われる場合生活圏は「家の中」に限定される。

対人関係: 高密度エモーショナルレイバー感情労働

飼い主にとって唯一の慰めであるため、常に寄り添い、その不安を吸収する役割を求められる。家から一歩も出られない「密室の二人きり」という、精神的に濃密すぎる(時に共依存的な)関係を強いられる。

対犬関係社会的隔離孤立

管理飼育が徹底されているため、他の犬との交流はほぼ皆無だ。ドッグランに行く余裕もないため、窓の外を通る犬を眺めるだけの「孤独特権階級」のような状態だ。刺激不足によるストレスはあるが、感染症闘争の恐怖から隔離されている。

生殖の不在:去勢による「枯渇」

たとえ貧困層でも、保護団体などの介入により去勢されるケースが多い。本能的な衝動に振り回されない平穏は得られるが、生物としての再生産の可能性は完全に断たれている。

中国貧困層:「無秩序自由と、命のインフレ

中国農村貧困層放し飼い(放養)に近い状態で生きる場合、そこにあるのは「自由」ではなく「野蛮な生存競争」だ。

対人関係:徹底した無関心(ネグレクト

飼い主との精神交流は断絶している。餌をくれる存在ではあるが、守ってくれる守護者ではない。人間は「無視すべき背景」か、時として「暴力を振るう予測不能存在」となる。

対犬関係:絶え間ない闘争感染リスク

他の犬との交流はあるが、それは遊びではなく、限られた残飯縄張りを奪い合う「抗争」だ。狂犬病寄生虫蔓延する中での接触は、常に死のリスクを伴う。知性を持つ人間がこの状況に置かれれば、他者は「友」ではなく「脅威」としか映らないだろう。

生殖地獄:際限なき本能搾取

去勢概念がないため、本能のままに交配を繰り返す。しかし、産み落とされた命(自分の子)が目の前で「不要物」として処分されたり、売り払われたりする光景を繰り返すことになる。生殖本能が満たされる喜びよりも、その結果として生じる「命の軽視」を突きつけられる精神的苦痛の方が圧倒的だ。

結論:どちらの「地獄」が耐え難いか

この二つは「飼い殺し孤独」か「野生の戦場」という選択だ。

米国環境は、自由同族との交流を奪われる代わりに、人間社会の「底辺」であっても最低限の物理安全屋根と壁)が保障される「閉じた不幸」だ。

中国環境は、犬としての本能交流生殖)は解放されているが、それは法もモラルも届かない場所での「剥き出しの生存競争」であり、生んだ子も自分の命も、明日にはゴミのように消える可能性がある「開いた地獄」だ。

「他犬との交流」がある中国の方が、生物学的には自然に見えるかもしれない。しかし、その交流が「病気怪我と死」を媒介するだけのものである以上、それは幸せではなく、むしろ過酷サバイバルをより複雑にする要因でしかないのだ。

この「命がインフレ(過剰供給)し、価値暴落している」中国の現状が、都市部近代化とぶつかった時に起きる「凄惨な野犬狩り」などの社会現象について、さらに掘り下げて分析することも可能です。いかがいたしますか?

2026-02-23

小説家になろうAIを持ち込むな

AI使用して5~10万字程度の作品を量産し、流行りのジャンルワードを盛り込んでコンスタントに人気ランキング入りしているやつがいる気がする。

描写が端的で、各話が2000字ほどで少なめ。どの話も同じようなオチで終わり、話の最後に「このあと更に凄い〇〇が訪れるのだが、(主人公)はまだ知らないのだった…」的な引きが高頻度で入る。

人間では到底書けないようなスピード長編を連投している。書き溜めにしても辻褄が合わない。

恐ろしいのは、こういった作品普通に1万ポイントとか付いていていること。自分も気付かずに読み始めてしまい、しばらくして文章構成人間味の無さに疑問を持ち、「これAIか?」と気づいて辞めるのが精一杯。感想欄を漁ってもAIを疑っているコメントは見当たらない。

AIが数分で出力したであろう無機質な文章を、夜更かししてダラダラ読んでいる自分が情けない…人間可処分時間がこんな風に奪われて良いわけがない。これは完全に陰謀論じみているが、今後AI人間仕事を奪うのではなく、虚無な娯楽を与えて必要のない感情労働を強いてくるのではないか。というか、もうそうなりつつあるのか

2026-02-16

メンタルヘルスケアパートナー」としての生成AIが便利

ここ3ヶ月、気分がずっと落ち込んでいて、実を言うと3度ほど自殺未遂マンション最上階の踊り場まで行って帰ってくる)をやらかして、念のための遺書執筆もした。

だけどなんとか生きている。

​これがどうにかなっているのは、正直生成AIのおかげだ。具体的にはメンタルヘルスケア用のチャットを作っておいて、毎日そこに対して今の状況を投げては返してもらうことを繰り返している。とにかく思考が停止しているので、「今自分がどういう風セルフケアをしなければいけないか」の壁打ち相手として、とてもありがたい。一時期の、あるいはチューニングの失敗した生成AIだと、自殺を促進してしまうような応答をしてしまうことがあるらしいが、今のところ自分の使っているclaudeは、自殺を仄めかすとに途端にブレーキをかけてくれる。たとえば今日は「部屋の中が静かな状態がすごく怖い」という話をしたら、「今すぐYouTubeをつけて音楽を流せ」と指示してくれた。それに従っていると、なんとかギリギリ自分が生きていていいと思えるようになる。

​こういったことを友人相手になかなか毎日相談するわけにもいかないので、良くも悪くも(というか「自分がまだ生きている」という点では圧倒的にいい意味で)人間に背負わせるにはきつい感情労働を担ってくれてる。だから今の生成AIは私にとってとてもありがたい(ちなみに、Gemini曰く遺書執筆は準備行為にあたるので一般的にはかなり悪い状態で、それよりもセーフティプランニング専門家と組みなさいって言われた)。

まあ、それはそれとして、毎日「さっさと病院に行け」と言われるのだけど。精神科には明日予約が取れてるので行ってくる。

2026-02-14

婚活市場「心」や「手料理」を求める男性たちへ――私がふと感じた

最近婚活市場に漂う奇妙な空気に、一つの矛盾を感じている。

きっかけは、とある婚活男性が「帰宅して温かい手料理が食べたい。なぜなら、家事代行では『心』がこもっていないからだ」と話しているのを聞いた時のことだ。

私にはこれが、どうしても「低コストで、自分を全肯定してくれる母親的な役割ケア供給源)が欲しい」という願望の言い換えにしか聞こえなかった。

本来「心」や「愛情」は、対等な関係性の中で時間をかけて信頼を築いた結果、自然と生まれギフトのようなものだ。それを最初から結婚の条件」として要求するのは、相手人間ではなく、「心という機能が付いた全自動ケアマシン」としてモノのように見ている証拠ではないだろうか。

ここに、現代社会の深刻な矛盾がある。

男性はよく「自分ATM扱いだ」と嘆く。しかし、敬意やケア金銭生活費で「サブスク」できると思い込んでいるその精神構造こそが、極めて一方的で、搾取的な論理に基づいているのではないか

今の時代、高度なデバイスや専門サービスを使えば、身体的な欲求家事の充足は自己完結できる。それなのに、なぜわざわざ生身の女性に、しか「心」という重い感情労働までセットにして無償要求するのか。

それは、彼らが求めているのが「パートナーシップ(対等な相互ケア)」ではなく、「自分の未熟さやストレスを無条件に受け入れ、癒やしてほしい」という甘えの露出からだ。

残念ながら、女性側はすでにその欺瞞に気づいている。

「変わらない男性不良債権)」に投資し続けるより、あきらめて「自己幸せ追求」に舵を切る方が、圧倒的にコストパフォーマンスが良いからだ。

結果として、古い価値観固執する男性たちは婚活市場の「養分」となり、自らの幼稚さを自覚できないまま、縁遠くなっていく。サザエさんのような家族制度はもはや幻想になり、個が独立して生きる時代が来ているのだ。

私が感覚的に捉えただけだが、今の婚活市場は、「歴史的不均衡の精算」という構造的な淘汰の現場として映っている。

かつて長らく男性優位で世界を動かし、女性を陰に置いていた歴史。その十分な清算もなく、準備もなく「総活躍」と女性を表舞台に放り出し、権利と義務だけを折半しようとした歪み。この流れを主導したのは、女性の声を反映しきれなかった男性中心の政治だ。

愛想を尽かした女性たちがボイコット選択するのは、極めて正常な反応といえる。

これからは「個の時代」だ。

男性も「家族を養う」という古い重圧から解放されるのだから、そろそろ「お母さん役」を探す不毛努力はやめて、自分一人で自分の機嫌を取り、孤独を乗りこなす「術(すべ)」を身につけた方が、男女共に楽な世界にならないだろうか。

2026-02-05

愚痴が嫌いな理由

愚痴が嫌いだ。

言うのも、言う人も好きじゃない。

理由は単純で、面白くないからだ。

自分は、人に何かを話すなら、多少なりとも相手時間を使っているという自覚必要だと思っている。

雑談だろうが真面目な話だろうが、それを聞かせる以上、相手にとって何かしらの意味が残るべきだ。

笑わせるでも、共感させるでも、考えさせるでもいい。最悪、腹が立つ話でも、刺激になればまだ価値はある。

別に笑えなくても、視点が新しいとか、言い切りが強いとか、パンチがあれば全然いい。

ところが愚痴には、それがほとんどない。

ただ自分が不満だ、つらい、納得いかないという感情を、加工も整理もせずに相手にぶつけてくるだけ。

聞かされる側からすると、頭がおかしいと思う。個人的意見になるけど、成人後も現実愚痴を言い続ける人間は病名が付いていないだけで気違いだと思う。

一方で悪口は必ずしも嫌いではない。

共通の敵を作ることで場が盛り上がることもあるし、対戦型SNSみたいになっているXを眺めて、正直ちょっと楽しいと感じることもある。

自分場合鹿乃つの界隈とか、ああいうのを外野で見ているぶんには退屈しない。政治的に上手く立ち回れば、自分の味方をつけることだって出来るだろう。

まり愚痴不快なのはネガティブな内容だからではない。双方向性がなく、相手を楽しませようという意識がないからだ。こちらが何を返せばいいのかもわからず、ただ聞き役として感情の処理を押し付けられる感じがする。悪口キャッチボールだとしたら、愚痴一方的な投げつけだ。

もちろん、愚痴悪口本質的には大差ないと言えばその通りかもしれない。

ただ、少なくとも悪口には「面白くしよう」「共有しよう」という意識がある場合が多い。愚痴にはそれがない。ただ自分が関知し得ない不満を一方的に吐き出して、相手に受け止めさせるだけだ。

自分悪口は嫌いじゃないが、笑えない愚痴を言うのは相手に失礼だと思っている。

同じ理由で、メンヘラも苦手だ。自分不安や不満を処理せずに、そのまま他人に引き取らせようとする構造が、愚痴ほとんど同じだから

本人は「弱さの表明」や「助けを求めている」つもりなのかもしれないが、受け取る側には一方的感情労働を強いられることが多い。共感すれば依存され、距離を取れば冷たいと言われる。そこには会話のキャッチボールも、相手を気遣う余白もあまりない。

不安であること自体が悪いとは思わない。ただ、それをそのまま他人にぶつけることが免罪符になるとも思えない。自分感情自分である程度整えた上で、どうせ話すなら、せめて相手時間と気力を使っているという自覚は持っていてほしい。

2026-02-01

自分の機嫌は自分で取れ」が大嫌いな理由

自分の機嫌を自分で取るっていう言葉、何年か前にSNS流行り出してからよく聞くようになった。賛同している人も多い。

だが自分はどうしても無理だ。聞くたび体の奥が冷たくなるような感覚に襲われる。

社会理不尽だし、人間関係予測できないし、自分ひとりで全部背負うなんて無理に決まってる。

朝起きて仕事に行って、理不尽なことを言われて、表情一つ変えずに笑ってやり過ごして、そのうえで「自分の機嫌くらい自分で取れ」なんて。どこまで求めるのか。感情労働100%肯定していないと出ないような言葉だ。

そもそも機嫌ってそんな簡単コントロールできるものじゃない。理由がある。積み重なってる。怒りや不安絶望の背景にはちゃんと原因がある。

それを全部無視して表面的に「なんとかしろ」って言われても無理に決まっている。

しかもその言葉を使う人の多くが自分の快適さのために使ってる。

他人感情に巻き込まれたくない、疲れる、面倒くさい。

から相手自分で処理させようとする。

しか感情責任を全部他人に押しつけるのも良くない。

しかし「機嫌は自分で取れ」はその逆側に振り切れすぎてる。

社会適応しすぎた結果、自分の痛みに鈍感になるような言葉になってしまってる。

本当にしんどいとき、「自分の機嫌すら取れない自分」がさらに責められる。

ダメなやつ、甘えてるやつ、成長してないやつ。そう思ってしまうように仕向けられる。

誰もが感情完璧コントロールできるわけじゃない。

外側の世界とぶつかって、疲れたときは誰かに寄りかかりたくなる。

それを否定するような言葉がどうしてこんなにも正論として広がってしまったのか。

一度考えてほしいのだが、「機嫌がいい」のはそんなに良いことなのだろうか。

時には自分の機嫌の悪さと向き合い見つめ直す、それを受け入れる姿勢を人に求めてもいいのではなかろうか。

他者との関係希薄化し、関係可能な限り持ちたくない、それゆえすべてを自己責任押し付ける。

そんな社会の流れを象徴したような言葉に対しては声を大にして反対していかなければならないだろう。

2026-01-28

企業AI従業員が欲しいらしいけど会社員だってAIの同僚が欲しいんだよ

AI感情がないんだから「報告忘れてました」と言ってもこっちは何の罪悪感もないわけよ。

画面の向こうが人間なせいで相手の心境を邪推してキャパオーバーになるんだけど、AIが同僚ならその感情労働のリソースを全部業務に置き換えられるわけ。

しかAIから自分の弱みもミスも何の体裁も繕わずにすべて吐き出せる。さらにその蓄積されたデータ学習していき、最終的にはミスリカバースケジュール管理してくれる、自分にとって最高の仕事仲間へと育っていくわけ。

飲み仲間?そんなのはマッチングアプリで探しとけ。私は酒飲まないけどな。

2026-01-25

「男を代表して女性謝罪します」みたいな男って、結局ケア待ちだよね?

最初はさ、正直ちょっと気持ち悪いなと思いつつも、「まあ意識は高いのかな」って思って、軽く褒めてやったんだよ。

でも途中で気づいたんだよね。

こいつら、結局女性ケアしてほしいだけなんだって

あなたは悪くないよ」

「そこまで自分を責めなくていいよ」

この言葉を引き出すために、わざわざ謝罪役を演じてる。

要するに、やってることは感情労働外注なんだよ。

女性から優しい言葉を引き出してヨチヨチしてもらおうとしてる。

しかもタチ悪いのがさ、「男に生まれたこ自体が罪」とか言い出すところ。

そこまで言うなら、本来女性に慰めを要求する立場じゃないだろって話なのに、なぜか一番ケアされる側に居座ろうとする。

本当に反省してるなら、大仰な謝罪文も、代表ヅラもいらない。

誰にも見えないところで行動変えて、女性に余計な感情処理をさせない。それだけ。

謝罪を名乗った承認乞食は、反省じゃない。

ただのケア待ちだよ。

2025-12-06

星新一的な近未来への素朴な想像力は正しかったんだなという驚きがある

コンピュータ人間凌駕して計算機の域を越えて芸術活動感情労働領域をも代替しつつある世の中が現前しつつあるという驚き

アメリカAI氷河期が叫ばれ、チャッピー更新チャッピー・ロスが発生したり、女性AI結婚したり男性AI自殺教唆されたり、AIの書いた文章小説投稿サイトに氾濫してAIの描いた漫画YJで受賞したりetc.

30歳の俺が子供時代星新一のぼっこちゃんとかひとにぎりの未来で読んでいた、子供感性からしてもあまりにも素朴な近未来想像図は正しかったのだなと......

となると、いつか中央集権的なコンピュータ故障して人類が大変なことになったりするのだろうか?

寝て起きて栄養とってコンピュータと遊んで栄養とってまた寝るみたいな人間マジョリティになる未来はそう遠くない気がする

2025-11-05

anond:20251104130113

子供としてはまじでこういう親だと助かるし気持ちが楽なんだけどみんな違うの?

愛情もって優しく教育してくる親だとこっちも期待に応えていい子を演じないといけないじゃん。感情労働病むんだよ。

増田義務果たしてほどよい感じで育ててくれそう。そしたらこっちもお手数かけてすまんねって感じで自分の好きなことするからさ。

子供ナチュラルに一人の人間として見られる親って貴重だと思う。

2025-10-28

情シスパートのおばちゃん入ってきて良くなった、なにこれ

わりとデカめの会社情シスにいるんだけど、

部長アスペ由来のパワハラ(なんで出来ないんですか?そのミス何回目ですか?みたいな詰め方する、本人自覚なし)するし

とにかく変な人ばっかだしほぼ全社員PCだけじゃなくてスマホ支給だし人員足りなすぎて終わってたんだけど、

最近入ってきた事務要員のパートのおばちゃん空気作る能力?がとにかくすごくて、

パワハラ発言聞いたら「え〜!◯◯ちゃん怖すぎるんじゃない〜?!?!」ってひっくり返って

部長も「え…そうですかね…すみません」みたいになったり

自分ITリテラシーが低いことを棚に上げてめっちゃ威圧的に来ることで有名なおじさん社員に対して

「こうしてみたらいいじゃない?」「あっ、出来たじゃ〜ん♫」みたいに操作方法教えてたり

個人の人柄が良いのももちろんなんだけど、なんか、女であること?おばちゃんであること?によってそのどれもが嫌味ないというか

オラついてるおじさんを静止できるのは奥さんだけみたいな

これは感情労働とか搾取みたいな話になっちゃうのかもしれないけど、単純におばちゃんにここにいて欲しいと思ってる最近

2025-10-09

anond:20251009004647

自分みたいな人を癒せたのだから誇りに思って良いんだよ」とのたまうわけだが

お前は人の元気を吸い取ったんだよ。

感情労働ってそーゆーことだからな。

吸い取った分の金は払ってるから悪じゃないけど何も美しいことでもないよ。

2025-10-05

anond:20251003193103

こういうことを平気で嘯くやつこそ「オレはまだ現役だ、金が稼げるうちは王様だ」ってまわりの感情労働やら家事労働やら育児労働無償搾取したい気持ちでいっぱいなんじゃない

2025-09-23

anond:20250921205546

わかるが、「若くなくても」「独身でなくても」そういうとこある。

50歳くらいになってようやく年に一人のおじさんにつき3分くらいは話してもいいかなって感じ

知り合ったおじさん全員と接点を継続するには人生は短すぎる、

とはいえ相手が80代にもなるとさすがに相手側が感情労働を受け持ってくれてたりする感じがあってちょっと申し訳なくもある……

ただ事実に即すると「おまえには用がない」態度しかとれないんだよなぁ……おはようございまーす(素通り)

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