お堅いイメージの強い中公新書とは思えぬテーマですが、カバーの見返しにある次の内容紹介を見れば、本書がどんな本かよく分かると思います。
配偶者以外との性交渉を指す「不倫」。毎週のように有名人がスクープされる関心事である一方、客観的な情報は乏しい。経済学者と社会学者が総合調査を敢行し、海外での研究もふまえて全体像を明らかにした。何%が経験者か、どんな人が何を求めてどんな相手とするか、どの程度の期間続いてなぜ終わるか、家族にどんな影響があるか、バッシングするのはどんな人か。イメージが先行しがちなテーマに実証的に迫る。
ただし、不倫のような世間的によくないとされていることを調べようとすると大きな問題に突き当たります。
例えば、周囲の知り合いの既婚者に「不倫したことある?」と聞いて回って、結果として不倫をしたことある人がゼロだったとしても、日本では不倫をしている人がほとんどいないということにはならないでしょう。
たとえ不倫経験があっても、面と向かって「不倫したことある?」と聞かれて、素直に「はい」と答える人は少ないと思われるからです。
本書はこうしたことを社会調査によってどうやって聞くのかというテクニックも教えてくれます。
意外とネット調査だと不倫経験なども答えるものなのだなとも思いましたが、それに加えていくつかの手法を使うことで人々の隠された本音を探ろうとしています。
そういった意味で、本書は不倫という多くの人が興味を持つであろうトピックを使いながら、社会調査の手法を教えてくれる本とも言えます。
目次は以下の通り。
第1章 不倫とは何か第2章 どれくらいの人がしているのか―実験で「本当の割合」を推計する第3章 誰が、しているのか―機会・価値観・夫婦関係第4章 誰と、しているのか―同類婚と社会的交換理論第5章 なぜ終わるのか、なぜ終わらないのか第6章 誰が誰を非難するのか―第三者罰と期待違反
まず、不倫の何が悪いのでしょうか?
法律面からいうと、不倫(不貞行為)は離婚が認められる理由となります。ただし、例えば風俗店の利用などについては裁判でも判断が分かれるところで、妻が風俗嬢を訴えたケースでは、風俗店内の行為については責任を認めなかったが、店外での行為については責任を認めたとのことです。
歴史的に見ると、日本には姦通罪がありました。これは妻とその姦通相手を罰するためのもので、男女不平等の象徴のような規定です。ただし、姦通罪は親告罪であり、実際に姦通罪で有罪になった人は少なかったそうです。
戦後になった男女の不平等が問題になると、これを男性にも適用する方向での改正も模索されましたが(国会への意見では廃止に反対する声が多かった。ただし男性が中心)、最終的には廃止されることになりました。
次に「不倫」という言葉ですが、もともとは広く人倫に反するものを指す言葉でした。それが『広辞苑』では1983年の第3版に「(不倫)の愛」という使用例が付け加えられ、2008年の第6版には「特に、男女の関係について言う。」という一文が加わっています。
「不倫」という言葉の定着のきっかけとして1983年に放送された『金曜日の妻たちへ』があげられることが多いですが、週刊誌の記事のタイトルなどを見ると、その前から言葉としては流通しており、『金妻』でさらに広がり、1986年頃から一般化しています(23p図1−1、24p図1−2参照)。
こうしたことを踏まえていよいよ実証分析が始まるわけですが、本書では不倫を「結婚後に配偶者以外とセックスすること」(35p)(ただし風俗での性行為は除く)と、シンプルに定義しています。
実際に不倫をしている人の分析に入る前に、本書では「不倫はどのくらい非難されるべきことなのか?」ということもとり上げています。
日本で不倫を「絶対に間違っている」「まあ間違いだと思う」と考える人は90%近くで、この数値は1998・2008・2018年と3回の調査ともあまり変わっていません(45p図2−1参照)。
ただし、国際比較でいうと日本は不倫にそれほど厳格ではありません(47p図2−2参照)。選択肢を点数化して平均を取る「絶対に間違っている」とする人が少なめの日本は平均よりもやや緩めになるのです。何らかの宗教を信じている国ほど不倫に強く反対する傾向があり、それが影響していると考えられます。
では、一体どれくらいの人に不倫の経験があるのでしょうか?
1982年に石川弘義らの『日本人の性』における調査によると、ここ1、2年で不倫経験のある人は既婚男性が20.82%、既婚女性が3.79%となっています。『プレジデント』誌が2009年に行った調査では既婚男性の34.6%とキ女性の6.0%に不倫経験があり、相模ゴム工業が2013年に行った調査では男性の24.8%、女性の14.0%に不倫経験があるとしています(49−50p)。
著者らは2020年にウェブ調査で6651名分のサンプルを得て分析したところ、「過去にしていたが今はしていない」が男性39.65%、女性が13.18%。「現在している」が男性7.07%、女性1.97%となっています(51p表2−1参照)。
既婚男性のおよそ46.7%、既婚女性のおよそ15.1%に不倫経験があるというのです。個人的に男性の数値は思ったよりも高くて驚きました。
事柄が事柄だけに国際調査との比較は難しいのですが、アメリカでは既婚男性の20〜25%、女性は10〜15%に不倫経験があるとする調査が多いようです(ちなみに2015年の調査では男性21%、女性19%と近年は男女差が縮小している)。フランスは男性55%、女性32%と高めです。
それでも最初にも述べたように不倫経験者がそれを隠している可能性は十分に考えられるでしょう。
そこで、本書ではリスト実験と呼ばれる手法も行っています。これは「フルマラソンに参加したことがある」「タバコを吸ったことがある」などのいくつかの選択肢を提示し、さらに対照群には「結婚後配偶者以外とセックスをしたことがある」という選択肢をプラスして、リストの中からいくつのことをしたことがあるか、その個数を聞きます。不倫経験についてYesと答えさせるのではなく、個数を聞くだけなので答える抵抗感は減ると思われます。
この対照群で選択された個数と、もとのリスト(不倫経験についての質問がないもの)を比べることで、実際の不倫経験の割合をあぶり出そうというのです。
著者らが行った実験によると、男性は直接質問だと48.3%だったものがリスト実験だと51.9%に、女性では21.0%から24.7%にそれぞれ3%ポイント以上上がっています。全体では直接質問で34.4%、リスト実験で37.7%になります。ただし、これらの差は統計的には有意ではないとのことです(60p表2−2参照)。
また、この数字、特に男性のものには風俗店の利用も含まれている可能性があります。それにしても比較的みんな直接質問にも正直に答えているのだなという印象です。
では、一体どんな人が不倫をしているのでしょうか? 本書では機会、価値観、夫婦関係という3つの視点から分析しています。
まず、機会ですが、その機会とは「きっかけ」と「コスト」の2つの面から考えられます。不倫相手に出会う機会がなければ不倫は始まらないわけですし、不倫には金銭的・時間的余裕が必要になります。
データを分析した結果では、男性は職場女性比率が、女性では自由時間が不倫のしやすさと関係があります。
女性に関しては専業主婦である、働いているというステータスはあまり関係なく、ポイントになるのは自由時間です。男性は自由になる時間や出張日数はあまり関係ありませんでした。
男性が職場女性比率が高いと不倫しやすくなる一方、働いている女性にとって職場男性割合はあまり関係ありませんでした。これは女性割合が高い職場の男性は高い地位につきやすく、能力が評価されやすいが、その逆はないということが背景にあると思われます。
海外の先行研究などでも収入が高くなるほど不倫をしやすくなると言われていますが、本書の調査でも男性についてはこの傾向が確認されています。不倫関係を続けるにはコストが必要であり、高収入は不倫相手相手から魅力的と思われる要素の1つだからです。
ただし、女性に関しては、高収入ほど不倫しやすくなるという関係は見いだされませんでした。
「高収入=不倫をしやすい」という関係が確認される一方、職業の社会的評価が高いほど不倫をしにくくなるという関係も見いだされました。
一般的に「職業の社会的評価が高い=高収入」なので、これは矛盾する結果に思えますが、詳しく分析すると職業の社会的評価が高いと収入が増えても不倫が増えず、職業の社会的評価が低いと収入とともに不倫が増えるという関係になっています(83p図3−1参照)。
職業の社会的評価が高いと自身の評判を気にしてブレーキが掛かるのかもしれません。
次に不倫しやすい性格についての分析も行われています。
これも本調査では男女差が出ていて、男性では外向性が、女性では協調性が高いほど不倫をしやすいという結果になっています。
これは男性の方が不倫関係を持ちかける側になっていることの現れだと考えられます。男性では声をかける積極性が、女性では断りきれない協調性がキーになるというわけです。
3つ目のポイントは夫婦関係です。
これも男女差があり、男性は配偶者とのセックスに不満があると、女性は配偶者の人格に不満があると不倫をしやすくなります。ちなみに結婚年数や子の有無は関係なく、「子はかすがい」とはなっていないことがうかがえます。
アメリカの研究では夫婦間の収入差や学歴差が大きくなるほど不倫をしやすくなるという研究もありますが、本調査ではそういった傾向は確認されませんでした。
結婚前の行動については、「遊んでいた人ほど真面目になる」、「遊んでいた人ほど浮気をしやすい」という正反対のことが語られていますが、本書の調査によれば、後者が支持されています。
結婚前の浮気経験は不倫と強い関連を持っており、特に浮気したときの交際相手が現在の配偶者だとより不倫をしやすいそうです。また、男性のみに当てはまることですが、結婚前の交際人数が多いほど不倫をしやすくなります。
不倫をしやすい人の傾向がわかったしてその相手はどのような人なのでしょうか?
不倫相手と出会う場所はインターネット・アプリが男女とも多く、男性は僅差で職場が続きます。一方、女性はインターネット・アプリと友人や知人の紹介が並んでおり、続いて職場と元交際相手が同じ割合で並んでいます(115p図4−2参照)。
どちらが誘ったのかという問いには男性の43.88%が「自分から誘った」と答えているのに対して、女性で「自分から誘った」のは3.53%。ただし、「どちらからともなく」が男性43.46%、女性44.71%とかなりのウェイトを占めています(118p表4−1参照)。
相手の婚姻状態に関しては、女性の場合、相手が既婚が74.12%、相手が未婚が23.53%となっていますが、男性は相手が既婚39.66%、相手が未婚47.20%となっています(124p表4−2参照)。
いわゆるダブル不倫がかなり多いわけですが、男性に関しては年下の未婚女性と不倫をしているケースも多いようです。
平均的な年齢差は男性の相手が平均7.46歳下であるのに対して、女性の相手は平均で2.76歳上です。ちなみに不倫をしている男性の平均年齢は48.41歳、女性の平均年齢は44.12歳で、不倫相手ほどの大きな差は見られません。
これは収入が高い男性が若い女性と不倫するという傾向があるためと考えられます。
ちなみに本調査では不倫相手の性別も聞いており、不倫をしたことのある男性で、その相手が男性だった人は1.14%、不倫をしたことのある女性で、その相手が女性だった人は2.86%という数字が出ています。ただし、一般的ではない質問のため、回答者が誤答している可能性もあると指摘しています。
では、不倫はどのように終わるのでしょうか?
本調査によると、不倫が始まってから連絡を取らなくなるまでの平均期間は4.12年、ただしこれは非常に長期間不倫をしていた回答者が含まれていたためで、中央値を取ると2.08年になります。不倫のおよそ半分は2年以内に終わるわけです。
男性では相手とのセックスに満足していると、女性では人格とセックスに満足していると長期間続く傾向にあります。
不倫が終わった理由のトップは「なんとなく」で全体の31%、家族や子どものために解消したが15%です。ただし、本調査は既婚者を対象にしており「発覚」の割合は低くなっていると考えられます(発覚→離婚で独身になっている人も多いと考えられるので)。
当たり前かもしれませんが、男女とも不倫している人のほうがしていない人よりも離婚意思が高い傾向があります。ちなみに、不倫は次の再婚相手を探しているのだとする理論もありますが、男女とも不倫相手への満足感と離婚意思は関連していないそうです。
海外の先行研究では、両親の不倫は子どもに影響を与えており、両親に対する信頼や愛着の度合いが下がるだけでなく、自身のパートナーへの信頼や愛着も低下するそうです。さらに両親が不倫をしていた子どもは自身も不倫をしやすくなります。
ここまでで不倫について一通りの説明はなされていますが、本書ではさらに「誰が誰を非難するのか」という問題をとり上げています。
自身のパートナーの不倫は大問題かもしれませんが、赤の他人の不倫は基本的に自身へのマイナスにはならないはずです。それなのに、なぜこれほど非難されるのか? という問題です。
こういった自分の利益に関わってないない他人を非難することを第三者罰といいます。
こうした第三者罰が行われる背景としては、集団の規範を維持するため、自分の周りの者(不倫の場合はパートナー)が同じようなことをしないため、被害者への同情から、自分を信頼に足る人物だと見せたいため、などの理由が考えられています。
では、誰が誰を批判するのでしょうか?
本書ではコンジョイント分析という手法を用いてこれを確かめようとしています。これは性別、年齢、職業、配偶者との会話時間、不倫相手年齢や家庭など、さまざまなパラメータをランダムに入れ替えてプロフィールを作成し、その人物がどれくらいの非難に値するかを聞いていくやり方になります。
まず、男性は不倫している人が男性だろうと女性だろうと同じように避難しますが、女性は男性の場合をより強く非難します。また、回答者の年齢が若いほど強く非難する傾向があるとのことです。
不倫をしている人物に子どもがいると非難される傾向が強まりますが、子どもの数は関係がないそうです。配偶者との会話時間など、仲の良さはあまり関係ないですが、結婚後年数が経っているケースほど非難されにくくなります。
職業では、もっとも非難されたのは政治家(衆議院議員)で、非難されなかったのは芸能人です。ワイドショーなどから「芸能人は不倫するもの」というイメージが出来上がっている、芸能人は別世界の住人、といった理由が考えられます。
このように、本書は不倫にまつわるさまざまなデータを明らかにしてくれます。下世話な関心も満足させながら、同時に社会科学の分析の手法も学べるのが本書の売りでしょう。
このまとめでは結果だけを紹介して、理論的な分析は割愛した部分が多いですが、不倫や結婚についての社会科学的な理論も紹介しています。そういったことから、テーマとして若い人向けではないかもしれませんが、「大人のための社会科学入門」としても楽しめる本かもしれません。