この本の原書は、ドイツの出版社C・H・ベックの「ヴィッセン(知識)」叢書の1冊として、フランスの「文庫クセジュ」のようなシリーズの1冊として刊行されたもので(「訳者解説」による)、それを『アデナウアー』(中公新書)などの著作で知られる板橋拓己が訳したもの。
 特徴はニュルンベルク裁判だけではなく、その後引き続いて行われた継続裁判を詳細に追っている点と、ニュルンベルク裁判に対するドイツの反響をフォローしている点、ニュルンベルク裁判の意義を現在の国際刑事裁判所にまで引きつけて考えようとしている点などです。
 
 ニュルンベルク裁判そのものの記述に関してはやや薄いところもあるのですが、あまりとり上げられることがなかった継続裁判についての記述は興味深いです。また、訳者が詳細な注やブックガイドをつけ、さらに図表なども作成しており、たんなる訳書としてではなく、日本の読者に対する「ニュルンベルク裁判の入門書」として機能するように心を配っている所も良い点だと思います。

 ニュルンベルク裁判については、裁判に至る過程についての記述が充実しています。
 ナチの指導者を「無法者(Outlaw)」だとして、法の保護のもとにない者として銃殺しても構わない(そのほうが問題が起きない)と考えたチャーチルに対して、アメリカ側はあくまでも国際法廷による裁判を主張します(アメリカの中にもモーゲンソーのように一部の指導者の「即銃殺」を主張する者もいましたが)。
 アメリカ側には、ジャクソン主席検察官のようにナチ指導部に対する裁判を「普遍的な法と正義の原理に基づく国際平和秩序を創出するまたとない歴史的チャンス」(25p)と考える者もいて、一種の使命感に燃えていました。

 こうしたアメリカ側の働きかけもあり、国際軍事裁判所憲章において「平和に対する罪」(6条a)、「戦争犯罪」(6条b)、「人道に対する罪」(6条c)が国際法違反として条文化されます。
 また、「共同謀議」という概念を導入することでナチスに関係した幅広い人物を訴訟対象とすることを狙いましたが、イギリスの反対もあって、この「共同謀議」の対象は「侵略戦争の共同謀議」に絞られることになります。
 このような対立と妥協の中で絞りこまれたのが、ゲーリングやヘス、リッベントロップなど24人の被告であり、その中にはライヒスバンク総裁シャハトなど訴追に賛否がわかれた人物も混じっていました。

 実際の裁判の様子に関しては比較的あっさりと終わっていますが、この本を読むと、丸山眞男の「悪びれずに自らの正当性語るドイツ人、責任逃れの発言を続けた日本人」といった対比が一面的であったことがわかります。
 大部分の被告はヒトラーとヒムラーを悪魔に仕立て上げ自分たちの責任を矮小化しようとしたのです(78ー80p)。
 裁判は判決を受けた22人のうち12人が死刑となり、3人が終身刑、4人が有期刑、3人が無罪となり、いわゆるニュルンベルク裁判は終結することになります。

 しかし、これだけで終わらなかったところがドイツと日本の違いなのかもしれません。
 東京裁判では最初の判決と刑の執行のあと、あらたな訴追は行われませんでしたが、ドイツではアメリカ単独の管轄のもと、継続裁判が行われました。
 この継続裁判では、指導者レベルの政治家や軍人だけではなく、人体実験を行った医師や、法律家、親衛隊、行動部隊(アインザッツグルッペン)、企業家、官庁の高級官吏などが訴追され、裁きを受けました。
 
 いずれも興味深い裁判で詳しくは本書を読んで欲しいのですが、特に高級官吏に対する裁判は興味深いです。
 ドイツの大統として「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」という言葉を残したリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領の父で、外務次官も務めたエルンスト・フォン・ヴァイツゼッカーは、ユダヤ人虐殺に加担したことに対して次のように供述しています。 
 「この恐ろしくも悲しいユダヤ人問題では多くのことがわたしの手を経なければなりませんでしたが、わたしは自分にとって不快だったが、より高次の命令に従ったのであり[…]、基本的にわたしはこの身の毛もよだつような事件においては、単なる郵便配達人に過ぎなかったのです」(153p)

 官僚制国家では、この「上の命令に従ったまでだ」という言い分を完全に否定することは難しいですし、実際、この裁判に対するドイツ国内の反発あるいは同情は強く、継続裁判で有罪になった多くの者がしばらくしてドイツ社会に復帰していくわけですが、それでもこうした人々が裁かれた継続裁判の意義は大きいと思います。

 このニュルンベルク裁判はジェノサイド条約や東京裁判に影響を与え、さらには現在の国際刑事裁判所につながっていきます。
 ドイツ国内では反発のあったニュルンベルク裁判ですが、ドイツは「国際刑事裁判所の断固たる支持者」になり、一方、アメリカは「法による集団的な平和の確保という考えから離反していく」ことになります(193ー194p)。
 そういった「歴史の皮肉」を教えくれる本でもありますね。


ニュルンベルク裁判 (中公新書)
アンネッテ・ヴァインケ 板橋 拓己
4121023137