近年、よく耳にする「グローバルヒストリー」という言葉。その「グローバルヒストリー」の研究成果と面白さを18〜20世紀のイギリス帝国を題材にして味わわせてくれる本。
 サブタイトルは「アジアから考える」となっていて、一応、イギリスとアジア(特にインド)との関わりが分析の中心にはなっていますが、それ以外の地域への目配りもかなりのもので、18〜20世紀のイギリス帝国、そして世界の歴史をダイナミックに描き出しています。

 ご存知のように、イギリスは18世紀の植民地戦争でフランスに勝利し、19世紀には世界のヘゲモニーを握るわけですが、当然ながらイギリスが過去から一貫して世界帝国を目指してその版図を広げていったわけではありません。
 イギリスの海外進出の背景にはグローバルな貿易がありますし、またイギリスの力の中には軍事力だけではなく、金融、通信といったさまざまな制度があります。さらにイギリスの軍事力を支えたのはインドをはじめとした植民地でしたし、イギリスの富を支えたのも植民地でした。

 例えば、悪名高い奴隷貿易を含む大西洋の三角貿易。
 イギリスから織物や武器をアフリカに輸出、アフリカから奴隷を新大陸に輸出、新大陸から砂糖などイギリスに輸出というのがよく知られた形です。
 ただ、実はこの貿易は大西洋だけでは完結していません。奴隷の供給は現地のアフリカ人にかかっていたため、イギリス商人はアフリカ人の欲しがる綿織物を調達する必要がありました。
 そこで、求められたのがインド製の綿織物です。イギリス商人は競ってインドの綿織物を手にしようとしました。
 さらにこの綿製品の需要が産業革命を生んだという説もあります。この本の81ページ以下ではトリニダード・トバゴの黒人の歴史家E・ウィリアムズの唱えたその説が検討されていて、単純にはそうとはいえないとのことですが、奴隷貿易、インドの綿織物、産業革命が密接に関わりあっていたことが指摘されています。

 また、そうした黒人奴隷を使ってサトウキビのプランテーションを経営した白人は、子弟を教育のためにイギリス本国に送り、やがて不在時地主となった彼らはイギリスで「擬似ジェントルマン」を生み出します。

 一方で、北米大陸に渡ったイギリス人には多くの年季奉公人がいました。貧しい階級の出身者が多かった彼らは、新大陸では労働者として受け入れられると同時に、イギリスから見ると社会問題の種である貧民を輸出することでもありました。「本国イギリスは、社会問題をできるかぎり植民地に「輸出」することで解決しようと試みた」(56p)のです。
 彼らは西インド諸島の地主たちと違ってイギリスとの密接な関係が断ち切られていました。
 北米でも西インド諸島と同じように黒人奴隷を使ったタバコのプランテーションがさかんになりますが、主にイギリスに輸出され保護関税に守られていた砂糖とは違い、タバコはイギリスから他国へと再輸出されるものが多くを占めていました。
 このような植民していった人びとの違い、生産していた作物の違いが、かたやアメリカ独立革命を、かたやイギリス帝国にとどまる道を選ばせたといいます。

 19世紀になると、イギリスは「ジェントルマン資本主義」の帝国としての性格を強めます。
 この「ジェントルマン資本主義」によると、イギリスの発展を担ったのは産業革命とそれ以降の工業の発展だけにあるのではなく、地主などの農業資本家や金融業の発展にあります。
 特にロンドンのシティに集まった金融業は、イギリスの発展のキーになったものでした。19世紀になるとイギリスの工業製品はアメリカやドイツの製品に対して競争力を失い、両国に対して貿易赤字をつづけます。しかし、それをインドの1次産品のアメリカやヨーロッパへの輸出がカバーしていました。イギリス製品はインドへと売られていき、アメリカやヨーロッパに流出したポンドがまた戻ってくる、そんなシステムになっていたのです。
 イギリスは「世界の工場」から「世界の銀行家」、「世界の手形交換所」へと姿を変え、その地位を維持し続けたのです(139p)。

 20世紀の部分では、日英同盟の意味、第1次大戦におけるインドの重要性、第2次大戦後のインドの独立をめぐる駆け引きの部分あたりが面白いですし、1930年台の日本とインドの貿易摩擦の問題(214ー216p)も非常に興味深いです。日本史の研究でもあまりなかった視点だと思います。
 さらに、第2次大戦後のイギリス帝国=コモンウェルスの解体についても、この本を読むと少なくとも1950年代半ばまでは、イギリスがまだまだ「帝国」としての顔を残していたことがわかります。

 と、最後の方は駆け足での紹介になってしまいましたが、とにかく興味深いところがたくさんある本。経済や社会についてのさまざまなデータや研究から、まさにグローバルヒストリーを立体的に浮かび上がらせてくれます。
 イギリスの歴史の本としてもオススメですし、新しい「世界史」の本としてもオススメですね。
 
 * 川北稔『イギリス近代史講義』を読むと、この本を更に深くイギリス社会の変化を関連付けて楽しめると思います。

イギリス帝国の歴史 (中公新書 2167)
秋田 茂
4121021673