はてなキーワード: マイホームとは
夫婦向けサービス。夫の一馬力だと大きな金額を借りれず希望の物件にありつけない夫婦に対して、配偶者の収入も加味してより多額の借入を可能とし、高嶺の華だった「好立地のマイホーム」を実現可能にする。特に、今の東京23区で一戸建てを購入するにはほぼ必須。
しかし、裏を返せば夫婦が2人とも産休、育休を取らずずっと借入時と同等以上の給料で働き続けることが前提のサービスだ。子どもを立て続けに作って嫁さんが3年休職したら詰むし、専業主婦になっても詰むし、万が一子どもが障がい持ちで1日介護が必要になっても詰む。
さらに、どちらか片方に不幸があった場合、普通のローンと異なり団信で全額チャラにはならない。生き残った方のローンは残る仕組みだ。これは意外と知られていない
20代のうちは金利優遇、ケータイ料金割引、旅行代金割引などさまざまな優遇サービスが受けられるが、ほとんどが30歳になった瞬間に受けられなくなる
つまり、30歳になった瞬間、人生のコスパが劇的に下がる事になる
前者は30歳以降の昇給幅が狭まるため、ライフプランをかなり悲観的に作らざるを得ない。後者は子どもが一番お金がかかる時期にリストラ対象になるので、リストラされても影響を抑えるためには子作りは自重せざるを得ない
少子化を本気で改善したいなら、この手の「若い時だけコスパが良い生活を招く取組」や、「子作り困難になる民間サービス」をやめさせる必要がある。今より苦しい将来を得るために子作りする人はいない
独身や氷河期の話題は「欲求が多すぎるだけじゃね?」って視点があると理解しやすいよね。
私にはいろんな可能性があった → 実際には、可能性なんて無かった。
でも氷河期のせいで可能性を潰された → 氷河期関係ない。氷河期を言い訳にしてるだけ。
ってパターンが多い。
結婚できないのも似たような話だ。
実際に結婚したら分かるけど、恋愛・結婚・家族、どれも妥協しないと維持できない。見合い結婚みたいに、昔は妥協して結婚した人も多かったらしい。
自分の欲求を整理して、相手・家族の欲求とバランスをとり、最後は妥協することが重要で、妥協出来ない奴に結婚なんて無理なんだと思う。
氷河期世代は年齢が50を超えるから、勝ち組と負け組の差は、年収でみると500万/年ぐらい、生涯年収で1億円以上の差になる。
勝ち組は子どもが大学卒業してそろそろ孫が生まれる頃だ。おじいちゃん・おばあちゃんだ。
一方で負け組は独身、子無し、持ち家なし。見た目は中年、中身は子どもだ。
貯金が多いのはマイホーム&子どもを持ってないから、つまり金を使う機会がなかっただけ。淋しい人生だよね。勝ち組と負け組の差は歴然としている。
※家族の死について記載しております。苦手な方はお読みにならないようお願いします。
父が亡くなった。
今年は喜寿になる歳で、何を贈ろうか考えていた矢先。
長期不在にしていた母から庭の花に水をやるよう父に伝えてほしいと家族ラインで言われていて、
そのまま何の気なしに父にリマインドした。私は家も別で長く生計を独立していたが、
その日は家族が実家に帰る日だったので、いつもはすぐに返事が来る父から返事が来なくても、
気にせず家事やオタ活をしながら一日を過ごしていた。
でもさすがに夜になっても何も返事がないことには気になって仕方なくなり、一気に不安になった。
冷静に家の鍵を持って、電車に乗り、いつもみたいに音楽を聴きながら、でも電車を待つ間、いつもは買わない水を買った。
家の鍵を探す途中、ずっと昔に買ったお守りを見つけたけど、持っていかなかったのが悪かったのかな。
家に着いたのは私が最初。家は真っ暗。
廊下の扉は閉まっていて、いつも父は暖房の空気を逃さないようそうしていたな、なんて考えていた束の間、
においがした。前に別の親族が亡くなったときも私が発見者で、その時のにおいだった。
そのにおいは強烈で、獣のにおいとも似ている。私は以前害獣駆除に携わっていたので、そのにおい自体には耐性があったつもりだった。
でも耐えられなかった。何度もえずきながら、救急車を呼んだ。
電話の向こうでは、救急隊員が必死に私に話しかけてくださっているのがわかった。胸骨圧迫をするようにと。
扉を開けたら、父は床に横たわっていた。すっかり固くなって、冷たくなっていた。
とても重かったけど、意外にもすんなり引っくり返せたという印象だった。
何度も「お父さん!」と言いながら、泣きながら、叫びながら、胸骨圧迫をした。
でも首も曲がっていて、圧迫しても動くのは下腹部のあたりだけ。顔には血が流れていて凄惨で、でも目は閉じていた。
程なくして救急隊員が到着、家族も到着して、何か処置はしてくれたが、手遅れだということを告げられた。
隊員の方は、冷静にお聞きください、と手遅れだということを改めて私に伝え、あ、これドラマとかで見たことあるやつだ、とか私は思い出してた。
その時はすごく吐きそうになりながら、ひたすらに泣き叫んで、自分は今思えばみっともなかった。
来てた家族が冷静に救急隊員、その後来てくれた警察とのやり取りを行ってくれて助った。私はずっとだめだった。
2,3時間も警察はいてくれましたが、私はずっとだめだった。いろいろと話を受けて、応答はしようとしたものの、
何もうまく答えられていなかったような気がする。泣いて目は何も見えず、後で頭も痛くなった。
気づけば警察も、父の遺体もなくなり、家にはあのにおいと、家族と私だけ。
頭や目の横のあたりが痛くて、ずっとこれからのことなど考えたりしたが、何も決められなくて、4時くらいに眠れた気がする。
起きても何も考えられなくて、その日は急遽母が帰れることになったので、迎えに行ったりして、家族が集まったら少し安心した。
夜になってようやく職場に忌引の連絡と、しばらく不在の旨お伝えした。あれから仕事のことは何も考えられなかった。すみません。
それからはいろいろと目まぐるしい日々だった。でも正直少しそういった目まぐるしさや家族と一緒にいれたことは、ありがたかった。
親族に連絡したり警察から聴取を受けたり、家の清掃、喪主となり葬儀を行い、役所や金融機関、お墓など諸々たーーーーくさんの手続きや遺品整理も。
その中で、父のことをたくさん思い出したり、時に後悔したりもしましたが、今では少し前向きな気持ちでいられていると思う。
家族には助けられた。こういうときは家族一丸となって、なんて言うが、本当は父が生きているうちからこうあってほしかったな、なんて。
母もこの先一人って寂しいし、でも一緒だからねって言って私は昨日家を出てきた。
まだまだやることはたくさん残っていて、家に残る家族には申し訳ないですが、明日から仕事にも行く。
最近は仕事で悩むことが多かったが、こういうときは休みが取れる職場で、今思えば贅沢な悩みなのかなと。
これからも役所のこととかで休みを取らないといけない。母は難聴だし、役所のことはよくわかっていないみたいだから、私が頑張らないと。
少しずつ好きなことを考えられるようになったり、笑えるようになったり、でも思ってた以上にいろいろありそうで、これからのことを考えると不安も多い。
家は父が大好きな、夢のマイホームだから、母の言っていた、お父さんは家で亡くなって幸せだったと思うよ、が頭から離れない。
でももう少し長生きもしてほしかった。健康に気を遣っていたのに、テーブルの上にはこのあと飲む予定だっった薬もあって、
それ飲んでたら違ってたのかな。神様、もう少しだけ待てなかったのかなって。
あんまりおしゃべりできなくてごめん。本当はもっとお話ししたかった。昔のこと、よく思い出してたから、あれもこれも。でももう聞けない。
お金のことだってもっと話したかった。大切な話だから、共有してほしかった。今頑張って全部調べてるよ。
仕事の話も、パパはあんまり話したがらなかったから聞かなかったけど、遺されたものを見てたらいろんな写真や表彰を大切にしてるじゃない。
私もあと2ヶ月だったんだよ。パパが私に最後に言ってくれたこと覚えてるから。もっとちゃんと返せばよかったね。
何日も家に一人にしてしまってごめんなさい。寒かったよね。警察の話を聞いてると、自分で何とかしようとしたんだよね。苦しかったよね。
パパの棚を整理していたらいろんな知らなかったことが出てきて、もっとちゃんと話せばよかったってそればっかり!
でもパパは本当に立派に子育てしてくれました。一人で家族も田舎から連れてきて、結婚もして、たくさん働いて、受験もさせてくれて、
いっぱいおいしいもの食べさせてくれて、いろんなところに連れて行ってくれて、いろんな綺麗な景色を見せてくれて、ありがとうございました。
夫は人と飲むのが好きな人だ。
飲み会の幹事もよくやるし、学生時代からの友人ともよく飲みに行っていた。
しかし40代になってから、夫の飲み会がガクンと減った。夫が誘っても、誰も来てくれなくなったのだ。
もちろん周囲の友人みんなも、家庭を持って独身の時より自由に使えるお金も減ったので、そう頻繁に飲まなくなったというのはあるだろう。
しかし回数を減らしたとかいうレベルでなく、夫が誘っても全然集まらないので開催されなくなってしまったのだ。
原因はおそらく、夫にある。
まず、そもそも夫には年上の友人がいない。同年代が2割くらいで後の8割はすべて年下の友人だった。
学生時代はよく言えば結束の強い、悪く言えば上下関係に厳しいサークルに所属していたので、後輩たちは夫が一言「飲み会やるぞ」と言えばみんな二つ返事で飛んできてくれていた。
社会人になってもそれは同じで、夫は後輩だけを連れてよく飲みに行っていた。
だが、最近ではコンプライアンスだのハラスメントだのが騒がれるようになり、会社の後輩をあまり飲みに誘えなくなってしまった。
現に夫は人事に小言を言われたそうで(詳しい内容はしらないけれど)以降、会社の友人を誘っての頻繁な飲み会は開かなくなった。
そこで夫は再び学生時代の友人に声を掛けたが、これがまた一向に集まらないという事態になった。
きっと「先輩が言っているから」で来てくれていた人たちが、卒業して何年も経ち強制力が薄まったので来ないという結果になったのだろう。
みんな「先輩」が言っているから来ていただけで、その立場が弱まったら「妻がうるさくて」「子どもがまだ小さいので」「仕事が忙しくて」と言い訳を並べて来なくなる程度の、そんな人望しかなかったのだ。
もちろん、その言い訳だって100%嘘ではないだろう。だが、その言い訳を乗り越えてまで会いに来てくれる人はいなかった。
なぜそんなに人望がないのか。
それもわかっている。
夫は自分の友人が集まらなくなってから、やたらと私の友人たちと飲みたがるようになった。
私は学生時代所属していた部活が男女分け隔てなく仲が良く、それぞれ家庭を持ってもその家庭ぐるみで年に数回、飲み会をしたりBBQをしたりしていた。
夫もその場にしきりに参加するようになったのだが、明らかに空気を悪くしている場面を何度か目にした。
夫はよく名前の知られた大企業勤めで、年収は1000万ほど。せいぜい課長クラスなので、そこまでエリートなわけではないが、それでも比較的上位層ではある。
そのため、中流層が多い私の友人たちの中では、マウントが取りやすいのである。
例えば友人が「一軒家は無理でもマンション購入したくて」と言えば「いや絶対一軒家の方がいいよ!俺もマイホームはめちゃくちゃこだわってさぁ〜」と相手の想定してる予算を丸無視して語り始まる。友人夫婦は参考になりもしない話をされて、愛想笑いをするだけになる。
また、まだ子どものいない友人夫婦に「40代で産んでる人もいるし諦めない方がいいって!子どもは本当かわいいよ〜」と、無神経に話してしまう。
どんな事情で今現在彼ら夫婦に子どもがいないのかわからないのだから、不用意に触れなくてもいいのに触れてしまう。友人夫婦はやっぱり愛想笑いを返すだけ。
私がどんなにフォローしても、一度言ったことは取り消せないし、夫本人が何一つ気にしていない。
一から十まで、そんな感じなのだ。隙あらばマウントをとり自慢語りを始めてしまう。
長年の夢だった職業についた友人にも、自分より年収が低いというだけで「それしか稼げないの?転職したほうがいいんじゃない?」とか平気で言う。本人はいいアドバイスをしているつもりなのがまたしんどい。
彼女はあなたより年収が低くても学生時代からその職につくのが夢で、いま不満なくその仕事をしているのだから、転職をすすめる意味などないのだと、なぜ気付けないんだろう。
私が何度「ああいう言い方はやめてほしい」とか「それぞれ事情があるんだから不用意に話さないで」と言っても、その場ではわかったと言うが、一向に改善されない。
唯一、友人の中に明らかに夫より稼いでいて社会的地位も高い人が1人いるのだが、夫も彼には勝てないと認識しているため、彼が参加するとなると「◯◯さんも来るの?」と少し嫌そうな顔をする。
そして飲み会の最中も彼とだけは話をしたがらない。一度彼に「おれ、夫さんに嫌われてる?何かまずいこと言っちゃったりしたかな?」と確認されたくらいだ(私が代わりに謝ることになった)
私の友人たちは、良識があり穏やかな人が多いので、その場では多少気を悪くしても「もうあなたの夫は呼ばない」とか「来なくていい」とは言わない。毎回ちゃんと私たち夫婦にも声はかけてくれる。しかし私も、夫を連れて行くのが少し心苦しくなっている。そしてまた夫がやらかしたら、いよいよ本当に呼ばれなくなるのではと思ってもいる。
夫は悪い人ではないのだ。子煩悩だしちゃんと稼いでくれるし暴力をふるったりなども一切ない。
https://x.com/gatigatitv/status/2018625518913065385?s=20
スマホ、テレビ、パソコン、マットレス、全部最高の品買ったら金使うところがなくなった
全部買っても200万もかからなかった
みんな一体全体、何に金を使ってるんだろう
たしかに、一定程度の幸福まではちょっとのお金で到達できるんだけど
そこからさらに上の幸福を目指したときに、必要なコストが10倍どころではないのが問題なんだよね
結婚子育てはもう悪い意味で金の問題ではなくなってしまったし、
ちょっといい道具持ってても、ウサギ小屋に独りで生きてる時点で不幸なんだよな
500万、1000万、3000万ぐらいで成せる夢ってのがよくわからない
そういう金があったとして、なにに使えば幸せですか?
悲しい生き物だね
高校を中退して10年が経った。不登校というやつだ。どういうわけか俺が中退してからも何かと面倒を見てくれるやつがいて、今度そいつが結婚する。そいつはそいつで俺と同様に異常な家庭で育てられていたのだが、そいつはそこから抜け出すために「普通の人生」(実際には全く普通でなく社会の上流にいないと不可能とされる)を自身の執念と努力によって獲得しつづけてきたという点で俺とは圧倒的に違っていた。だからストレートで修士まで行って典型的なJTCに入ったし、お相手とは院生時代から数年の交際・同棲のすえ別れることもなく結婚した。この調子だと数年以内に男女の子どもができてマイホームを建てて子どもたちは私立の進学校から旧帝大か悪くても早慶以上に行って最期は愛妻や子や孫に見守られながら安らかに息を引き取ることだろう。少なくともそれを目指すはずだ。これまで意識的にそうしてきたように。
さて俺はというとその間ずーっとヒキニートである。20年前に両親が離婚してからはずっと母親に養われてきたが、この人はなんというか、雲母坂まりなちゃん家のタッセルとコンブチャ母みたいな感じであり、そんなだから常に金は無く、祖父の遺産をつぶすことでどうにか暮らしている。その祖父が死んだときに青山で買った喪服が唯一持っている礼装で、たしか店員が「結婚式にも使える」ということをしつこくアピールしていた。しかしさすがに黒ネクタイというわけにはいかないだろうから買わねばならん。
買わねばならんというのは式に出席するならの話だ。そいつが「普通の人生」にどれほどこだわってきたかは俺がまだ学校に通っていた頃からずっと聞いてきた。その点においてこの度の結婚はとても喜ばしい。祝福できる。ただ、だからこそ出席するからにはこちらも「普通の人生を歩んでいる人の学生時代からの普通の親友」でいる必要がある。今の俺にそれができるか?無理だろう?しかし、かといって欠席するとどうだろう、「この人は前々から予定空けといてねと念押ししつづけてきた学生時代の親友にすら結婚式に来てもらえないような人なんだ」と思われやしないか?
ここで「そんな普通の人生を歩んできたやつなら学生時代の友人なんてほかにいくらでもいるだろう、お前1人いなくなったところで気にしねえよ」という考えが浮かぶかもしれない。しかしよく考えてほしい。そんな中わざわざ俺とつるみつづけていたのだ。何故だと思う?しかも聞くところによると高校時代のイツメンはほとんど海外に留学していて日本にいるのは俺ともう1人くらいしかおらず、そのもう1人というのも親の介護でそれどころでなく出席できないというのだ。大学の友人は知らんが、とにかくかなり強めにお願いされている。これは祝儀で少しでも回収しないといけないという事情もあるのだろうが、ほんとうに呼べる友人が少ないのではないか?
実際そいつは在学中から数えるともう15年以上本当に良くしてくれている。異常家庭話で盛り上がれる稀有な存在であり、それはもしかすると向こうにとってもそうなのかもしれない。「タッセルとコンブチャ母みたいな感じ」というのはそいつの親にもいえる形容であって、離婚していない分むしろより近いとすらいえる。だから祝福したいという気持ちはある。ここで欠席することで関係を悪化させたくないというのもある。しかし、俺は「普通」をできない。結婚式なんて参加したこともない。いとこの結婚式にも呼ばれなかった。これは呼ばれなくてよかったと思っている。一応母親にも聞いてみたら、母親も結婚式に出席したことがないという。本人もデキ婚で式なんか挙げていない。その結果生まれたのが俺なので迷惑な話である。
それはさておき、YouTubeで結婚式の流れを調べようとすると式を主催する新郎新婦側向けの動画ばかり出てきて招待されるゲスト側の流れが全然分からない。検索するとたいていトップにゼクシィが出てきて「答え」を教えてくれるが、それ以前のもっと根本的なところが分からないのだ。俺が「普通」をやりたくないのは演技に耐えられないからだ。一般論として、繁殖行為はクソ喰らえだと思っているし異性とクネって結婚とか気色悪くて吐き気がする。社会性をエミュレートするにあたって誰かが結婚したり出産したりしたら形式的に祝意を表するというのは分かる。「おめでとう」5文字を唱えて終わりというだけならまだ2,3日寝込む程度で済む。普通の結婚式なんてのはその卑しい社会性とやらを結集させたようなものであり、とても耐えられる気がしないのだ。どうすればいい?ゼクシィにはそこらへんも書いてほしいよな。
その気になって頑張ってローン組んでマイホーム買って住み始めてからひと月も経たない内に妻が子供と出ていった。
何度連絡しても電話出ないしラインも既読スルーされて呆然としていたが、
妻からやっときたラインは 「実は〇〇(子)はあなたの子供では無かったの」というものだった。
結婚直後からずっと元彼と関係が続いていて、関係あった時期とタイミングも重なっていたので
妻自身が「もしや…」と思ってこっそりDNA検査してて確定なんだって。証拠も見せられたよ。
「いつそれを知ったんだ?」って聞くと、マイホームを購入する話をしていた時。
実際に家を買ったのはそれから数年後。
「何でその時言わなかったの?」って聞くと、 「生活は安定してたし、元彼は鬱で色々大変だったから黙ってたの。
家も買ったらあなたの事も子供と一緒に家族として愛せると思っていた」だと。
で、実際に頑張って家を買って暮らしてはみたものの「やっぱりしっくりこない」から、元彼と我が子と三人でやり直すという。
あんなに可愛かった子供が実の子では無かったのもショックだし、愛していた妻の裏切りもショックだった。
すっかり呪縛の様になった家にも住む気がしないから、家を出て狭く古いアパートで暮らし、誰も住んでいないマイホームのローンを支払っている。
「孫の顔を見られるまで生きてて良かった、○○さん(妻)には感謝している、○○(子)の成長を祈っています」
と、亡くなる直前に書いたというメモを、最期までお世話をしていた看護師さんに見せてもらった。
しんどくて辛くて文字も震えてて、それでも懸命に伝えようとしてくれたんだよな。
コロナで見舞いにもロクに行けず、最後の顔もロクに見れず、どんな気持ちで旅立ったのか想像もしたくない。
孫は俺の子供じゃ無かったよ。こんな事知らないで旅立ったのは唯一の救いだったのかもな。
もう30後半だし、お金の事で離婚もまだ出来てないぐらい揉めてるし、再婚は難しいだろう。
「私が優柔不断だったのも悪いから、慰謝料と養育費は減額してあげます」だって。
ふざけるなって拒否したら「私達には幸せになる権利は無いの!?
このひとでなし!男らしくない!」と罵倒された。
こんな仕打ちされても我慢して見送るのが男なら、俺は人間じゃなくたって良いよ。
でもどうしてせめて子供出来て家を買おうかって話してた時に言わなかったの?
人の人生を何だと思っているのか。
もうこの先に絶望しか無いし、死にたいけど今死んだら戸籍上まだ妻だから
アイツに俺や両親の財産が全て行くのかと思うと死ぬ権利すら無い。
離婚が成立するまでの我慢だけど死ぬ権利すら妻に奪われている。
一体俺が何をしたって言うんだろう。あんな奴と結婚してしまった。
ただただ苦しく後悔しか無い。
36歳男。子どもは2歳がひとり。妻は32歳。
いわゆる「ほぼ黒に近いグレー」だと思っている。
帰宅は深夜になることが多く、こちらが子どもと寝落ちしている間に帰ってくる日も珍しくなくなった。
束縛もしないし、詮索もしない。
決定的な証拠とまでは言えないが、限りなく黒に近い材料は出てきた。
家の車の駐車記録を見るとラブホテルの駐車場に数時間停まっていた日がある。
さらに、そのホテルの駐車場に車が出入りするところを私の知人が見たという話も聞いた。
現場を押さえたわけじゃない。
写真も動画もない。でも、もう頭の中では答えは出てしまっている。
そう考えた瞬間、正直、吐き気がした。
仕事を早く切り上げていたであろう自分がひどく馬鹿らしく感じた。
その一日が無事終わったと思っている時間に
妻は平然と嘘をついて別の男と会いに行っていたかもしれない。
その裏で誰と何をしていたのか。
怒りより先に、どうしようもない虚しさと呆れが来た。
妻はパート。
結果として、保育園の送迎や普段の世話は、どうしても母親側の比重が高くなる。
この状況だと
もし離婚になって妻が親権を主張した場合、離婚原因を作ったのが妻側であっても
さらに、不倫の件を問い詰めた結果、妻が子どもを連れて家を出てしまった場合になると
金の話も聞いた。
加えて、子ども名義の口座も全額。
婚姻期間も考慮すると、合計でだいたい350万円くらいになりそうだ。
原資を考えれば正直、自分が出している比重の方が圧倒的に高い。
それでも関係ない。
幸いな点として、うちは持ち家ではない。
そのため住宅を財産分与されることはない、と弁護士には言われた。
ただ、それを「不幸中の幸いですね」と言われても
正直、複雑だった。ちょうどマイホームも考えていた時期だったからだ。
家を買っていなくて助かったのか、もう自分でもよく分からない。
貯金も削られ、毎月8万円を払い続ける。
これが正解なのか?どうすればいいのか。
問い詰めれば、すべてを失うリスクが高い。
結局、
「気づかないふりをしてやりすごす」という選択肢が、
でも、それって本当に人間として正しいのか。
父親として、これでいいのか。
どうにもならないのかな。
なんとかならんもんかな。
2025年に32歳になった。会社員としては、2019年に新卒入社して今年で7年目。いろいろとなんとも言えないような感じの年数になってきたので、ここらで一度キャリアや生活や人生(特に結婚しないつもりでいること)について、今の自分の考えを一度まとめておこうと思い立った。せっかくの年の瀬だし、いつか狂いそうになった自分を引き戻す材料にもなるかもしれない。そんなわけで書いていく。まずはキャリアについて。
正直一番書きたかったのがこの章かもしれない。しかも言い訳じみた内容を。というのも、キラキラもガツガツもしてない、ダウナー系ITエンジニアをやっているからだ。
新卒で入社した電機メーカーのIT部門でエンジニアとして働いている。社内向けシステム、社外向けシステム、それとB2BのSaaSのようなものの開発に携わってきた。主にサーバーやモバイルのアプリ開発をやってきたけど、UbuntuサーバーのVMを起動してセットアップしたり、AWSでシステムを立ち上げたりなど、インフラ寄りの作業も経験した。
経験の幅は多少あるものの、どれも深く身についたものは無いような気がして、技術力の高さが売りになるようなエンジニアにはなれていないし、これから勉強とか頑張ってそうなりたいかというとそうでもない。その時必要になったことをやるというか、まだ担当が割り当たってないところをやるというか、そんな何でも屋みたいなことを人に聞いたり調べたりしながらやってきて、これからもやっていくんじゃないかと思う。
とはいえ、プライベートで全然触れないというほど技術に興味が無いわけでもなくて、余ってるノートPCにUbuntuを入れてサーバーにしたり、そこで自作のTwitterBotを動かしたり、気になった技術ブログを読んだり、強いエンジニアのアカウントをフォローしてアンテナを張ったりはしている。スマホのGoogleアプリもよく技術ブログの記事をおすすめしてくるので、割とプライベートでもそういうものに意識が行くタイミングは作ることができている。今年はAIコーディング関連の話題が多かった。自分の職場はまだあまりガッツリとは活用できていない感触だけど、自分も周囲のメンバーも含めて、気軽に導入・活用できるような仕組みを作れないかと思ったりしている。最前線にいなくてもいいけどある程度のキャッチアップはしていかねば…。
おそらく今の僕が評価されているのは「関係者と折り合いをつけて仕事を前に進める」とか「ストレス耐性」とかその辺りになってくるのではないか。今年度は昇格もあったし、その少し前には部門内の投票で個人表彰ももらったので、周囲からの評価はそこそこ良いと思う。それらの評価を受けるタイミングで自分が発揮していたものがさっき挙げたものだったと、自分では分析している。ちょうど、やや荒れたプロジェクトをどうにかしようと頑張っていた時期でもあった。それ以外の案件でも、企画部門との調整やメンバーへの方針の提示、上司との課題の共有など、コミュニケーションは積極的に取っている方なのかもしれない。ストレス耐性の方については… そもそもそんな高負荷な状況にならないようにしたいね、二度とw でもまたそんな状況になってしまったら、その時も粛々とやれることをやり、手の届く範囲を拾ってカバーしていくというムーブをできればと思う。
転職すれば収入が増えたり通勤が楽になったりするのかもしれないと思うことはあるが、今の職場の居心地が良い。周囲と自分とで技術レベルのバランスが取れていてちょうどよく、大企業らしい安定感もある。転職して満足度が上がるかどうか分からないので、今のところ転職意欲は高まっていない。転職活動も面倒くさそうだしね。とにかく仕事方面は基本的にやる気が無い。ほどほどでやっていこう。ちなみに転職サービスへの登録まではしたことがある。オファーというか、話を聞いてみたいというメッセージがたくさん届いてビビったのと同時に、モチベ低いのが申し訳なくもなった。
今住んでいるのは賃貸マンションで、5~6年目くらいになる。1LDK・53㎡で、少し前までは「一人暮らしにしてはちょっと広め」とか言ったりもしていたが、32歳の家としてはさほど広すぎる感じもないと思う。ソファもテーブルもベッドもデスクも置けていて満足している。なんならゲスト用のマットレスも敷けるので友人が泊まりで遊びに来られるスペックだ。食器も潤沢に用意しているので4~6人くらいはお揃いの食器で食事ができる。5、6人寝るとなるとさすがに厳しいが。そんな感じなので僕の友人は遊びに来てもらっても構わない。ソファに座って50Vのテレビでアニメや映画を鑑賞してもいいしゲームをしてもいいし一緒に酒を飲んでも良い。眠くなったらゲスト2人まではソファベッドやゲスト用マットレスで寝られるので「僕と添い寝しろ」ともならない。
実は同じブロック内にもう1棟マンションが建っており、そっちが実家で、この土地に住んでいる年数は27年とかになる。土地自体は住み心地良いが一人暮らしがしたくなったので実家を出て、隣のマンションに台車で引っ越したのだ。この場所にはもうしばらく住んでいたいと思っている。
マイホームは、引っ越す必要が出るとどうなるのかよく分からない。面倒くさそう。
ゲームをする、アニメを観る、YouTubeで配信や動画を観るのが主な趣味になっている。Twitterのことは趣味とは認めていない。けれどもよく見てはいる。
継続的にログインしているゲームは原神、崩壊:スターレイル(スタレ)、ゼンレスゾーンゼロ(ゼンゼロ)、アークナイツ、鳴潮で、またやりたいなと思って寝かせているのが学園アイドルマスター、あとは気が向けばAPEX LEGENDSとかMonster Hunter Wildsとかもまたやりたいかなーと思いつつ、全然時間が無い。いや、時間と言う単位では足りない。人生が足りない。そう、本当はやりたいこといくらでも出てくるんだよな、困ったことに。イラストを描けるようになってみたいだとかVTuberになってみたいだとかいろいろ。でも実際はログインしているゲームも碌にメインストーリーを進められていなかったりする。スタレとゼンゼロがそう。ログボやデイリーだけは割とさくっと完了できるから惰性で続けているが、さすがにやめて他のゲームをもうちょっとやり込むとかしたいかもしれない。今年ずっと言ってたかも。でもなかなかやめられない。YouTube観る時間はもっと少なくて良い気がするので、そっちで調整できたらいいね。
自分は人とペースを合わせることができないのだと思う。それは立って歩く時のペースから生活リズム、そして人生を歩むペースまで。いや、歩くペースくらいは合わせてもいいんだけど。できないというのは我慢ならないという意味でもあるし、「ゲームがやりたいので仕事の前でも3:00AMに寝る」とか「ゲームがやりたいので今日の夕飯は適当で」みたいな日もあるような生活に人を付き合わせられないというのもあるし、人に付き合っている暇も無いのだ。やはり人生が足りない。
あと、人を大事にするのが苦手という自覚もある。不意に人を傷つけてしまうようなことを言ってしまうし、優しい言葉をかけるのも上手にできない。
そんなこんなで結婚はしないつもりでいる。やりたいことをやりたい時にやりたいだけやって、迷惑もかけず文句も言われない、そういうソロプレイをやっていこうと思う。そんな自分ではあるが、時々友人と食事や飲み会やゲームをするのは楽しいので、誘ってくれる友人のことは大事にしていこうと思う。
ちなみに欲が無いとかではない、全然。無い方が良かったのかもしれん。
そんな日が来ることがあるのだろうか。あるのかもしれない。体力の問題か、精神力の問題か、ゲームをやっていられなくなる時が来るかもしれないし、退職して平日の8時間×5日分が一気に手に入った時、持て余す可能性もある。だがそれはもう婚期をもう1周分過ぎた後くらいのことだろう。そこまでいけば「老後連れ添う」という目的の結婚とかあるのかな。とりあえず随分と先のことだろうから今考えている通りにはならないと思うが、2つほどざっくりとやってみたいことがある。1つは政治について勉強し直すこと、もう1つは子どもたちにパソコンで遊べる環境を提供すること。どちらも社会の前進や将来世代に役に立つことと自分の関心領域であることとが共通している。
とにかく、自分の時代が終わっていくフェーズにおいては、人に何か与える側に回っていくというのをやれればと思う。
政治の勉強するときにYouTubeとかでやるのだけはほんまにやめてくれ。
こんなことが書きたかったのだっけ。脱線もしたし、書き漏れていることもあるような気がする。書き漏らしについては、また1年後に拾って書ければそれでもいいかもしれない。1年後の自分に変化があるのかも一つの楽しみとしよう。まあ、これ書いたこと忘れてるかもだけど。