はてなキーワード: 本心とは
現実には、「初デートでサイゼ」を積極的に提案する男性はほぼいないと考えます。
ほぼ全ての場合において、「①必死に良い感じの店を検討する(そしてときどき空回りする)」「②最初から望まない相手だからサイゼでお茶を濁す」「③田舎等でそもそも他に選択肢がない」のいずれかでしょう。
もちろん、他の方が指摘されるように、(悪い言い方ですが)相手を「試す」タイミングはいつか必要になります。しかし、それを「初デート」のタイミングで行う男性はほぼいないでしょう。
投稿者さんの目に映っている「オタク」は、おそらく「(A)最初から婚活などやる気の無い、女叩きがしたいだけの人」「(B)既に現実にパートナーがいるが、仕事などの憂さ晴らしとして、ネットの片隅に本心でもなんでもない内容を書き住人をからかっているだけの人」「(C)初デートの文字をよく読まずに全てのデートの問題にすり替えて反論している人」のいずれかであって、現実に婚活している男性の実態のようには私は到底思えません。
https://anond.hatelabo.jp/20260107173525#
他人が自分の思い通りに動かないと癇癪を起こす人ってまあまあいるんだなってネットを見てると思う
https://anond.hatelabo.jp/20260107173558#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260107173656#
自覚ないんだ
https://anond.hatelabo.jp/20260107173733#
俺はある。アンチはないのでは。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260108090858#
dorawiiの基本心理で草
死にたくないもんねぇ、みんなから死を望まれてる自覚があるから笑
でも君ら向けのガス室は残念ながら用意されるよ笑
年齢=彼女なしで当然童貞、恋愛を一切知らないまま30代になっている
ただ、普通に仕事もできるし、普通に友達もいるし、普通に社会性も持つ
そんな男がはびこる世の中になる
彼らはきっとデートをする場所もわからないし、なんならどこなら女性と出会えるかすらも分からない
一人でいた方が気が楽であるという気持ちが最優先であり、女性のために何かをしてあげようと考える思考回路もおそらくほぼないだろう
「プレゼントって何が欲しいの?」「デートってどこにいけばいいの?」みたいな質問を常に言ってくるだろう
酷いとプレゼントを一切くれなかったりもするし、連絡すらよこさない可能性すらある
彼らには「この子のために何かしてあげたい、自分が率先して行動しないと」という思考回路が無いか、あってもセンスが絶望的である
それに時間を割く男が年々減っている
マッチングアプリなどで実際に会って見ればわかる
結局、結婚相談所に金を払って申し込むのはもったいないし、あまり良い噂も無いから、君たち、相談所に行かないないんでしょ?
マッチングアプリなんて写真詐欺の横行している地獄であり、強者男性の独壇場であり狩り場でしかないの。そう、あえて言おう、カスであると。
だから君たち、そういう婚活バトルフィールド(猪熊ことり様リスペクト)に行かないの。
大前提として、日本においては、少子化の解決するには婚姻数を増やすしか無いの。この説明は巷に溢れているからしないけど。
婚活バトルフィールド以外の場で婚姻数を増やすには、草の根のおせっかいおばさん(おじさんも可)を増やすしかないんだよ。
そして、君たち、生活も苦しくて仕事で忙しいから、婚活バトルフィールドに行かない限り接触のある異性なんて身の回りの会社員しかいないの。
そう、君たちがターゲットにし得る相手は、同じ会社で働いている、または違う会社でも職場で良く顔を見る、隣の女の子や男の子なの。
その世界には写真詐欺も無いし、相手の素性もよく理解し合うことができる天国(婚活バトルフィールドと比較して)なの。
君たちの本心は良くわかっている。隣の子が良いかもと思っても、声が出せないんでしょ。今じゃ、セクハラ、パワハラも怖いし。この人結婚しているかな?と探って、未婚と知っても君たちは声が出せないの。
優しい人ほど、相手に対するハラスメントを気にして声を出せなくなるという、言いたいことも言えないPOISONな状況に陥るの。それはとても悲しい。
そういうもじもじさんの背中を押すためには、昔の会社にたくさんいた草の根のおせっかいおばさん(おじさんも可)を作り出すか、元気にさせるしかないの。
それを仕組みとして作り出すには婚姻数(婚姻数/被雇用者数の割合も可)に合わせて補助金を会社に出すしか無いの。でも補助金を国が出すなんて体裁が悪いから、法人税の減税なの。
互いに初婚のケースに限ったのは、スキームとして利用する悪い会社を排除するためなの。
鋭い君たちが気づく通り、この提言を採用すれば若年の人を雇用する会社が増えるし、失業率も減りますの。婚姻数を増やせば、それだけ会社にも利益になりますの。一石二鳥でございます。
そして、自然と会社内での飲み会や会社間での飲み会も増えるから、飲食業界も元気になるの。一石三鳥でございます。
皆さん、ガッテンしていただけましたでしょうか。
たぶん、あの話はどこにも書かないまま一生終えると思っていた。
わざわざオブラートに包む意味もないぐらい、その言葉どおりのことをした。
「いじめてた」とか「いたずらの延長で」とか、そういう言い換えは、逆に猫にも自分にも失礼な気がするからやめておく。
もちろん当時は、そこまで言語化して考えていたわけじゃない。
ただ、今になって振り返ると、あれはどう見ても「殺した」だったとしか言いようがない。
***
暴力を振るうタイプではなかったけれど、いつも口が悪くて、教師に盾突いて、家では親に向かってドアを思い切り閉めて歩く子どもだった。
問題は、そのイライラの行き先を、自分より弱いものに向けることを覚えたことだった。
最初は、ただ、何かを拾った、というだけのことだった。
雨上がりで地面はぬかるんでいて、猫は泥と埃でべたべただった。
片目が少しにごっていて、ああ、たぶん誰も拾わないやつだ、と思った。
家に連れて帰ったわけでもない。
ちゃんと世話をしようと思ったわけでもない。
あの頃の自分に、そんな「責任ある行為」をする能力は、残念ながら備わっていなかった。
尻尾を引っぱって逃げる様子を見て笑ったり、棒を振りまわして脅したり、石を投げたりした。
最初は当たらないように投げていたのに、だんだん「どこまで近くに投げられるか」を試すゲームになっていった。
ある日、石はちゃんと当たった。
足を引きずるようになって、鳴き声が変わって、それでも自分はやめなかった。
なんとなく、止まるタイミングを完全に見失っていた。
それがどんな結末を迎えたのか、細かい描写はここには書かない。
ただひとつ言えるのは、気づいたとき、猫は動かなくなっていて、けっきょく自分は誰にも言わず、そのまま公園を出て家に帰った、ということだけだ。
その後しばらく、夜になるとあの公園のベンチの映像が頭に浮かんだ。
猫の姿そのものより、濡れた木のベンチと、薄暗い街灯の光のほうが、なぜか記憶にこびりついている。
そこから先の道を、あのまま真っ暗なほうへ踏み外していってもおかしくなかったんだろうと思う。
幸運か、不運かはわからないが、自分はその道から外れることができた。
中学に上がってから、担任が怖い人で、殴る代わりにしつこく話を聞いてくるタイプだった。
大学は、たいして目的もなく入って、バイト先で怒られながら仕事を覚えた。
ただ、日々の小さな「やらかし」と「怒られ」と「反省」と、どうでもいい雑談の積み重ねが、自分を少しずつ「普通」に近い場所まで連れ戻してくれたんだと思う。
それでも、猫のことは消えなかった。
何かの拍子に、あの公園の色だけが急にフルHD画質で蘇る感じがある。
時間でぼやけるどころか、「忘れられなかった事実」というタグが付いて、むしろ保存性が上がっていく。
***
30代半ばになって、同棲の話が出た。
相手は、職場で知り合った人で、明るくて、よく笑って、感情の出し方が自分とは正反対だった。
「一緒に住むなら、猫連れて行ってもいい?」と言われたとき、胸の中で何かが硬くなる音がした。
「猫?」
猫が嫌いなわけじゃなかった。
むしろ最近は、道端で見かけると写真を撮るくらいには好きだった。
ただ、そこで連想するのが公園ではなく、マンションの一室になることを、頭がうまく処理できなかった。
白い猫だった。
ふわふわしていて、目が青くて、画面越しでも「この家で一番かわいい生き物です」みたいな顔つきをしていた。
「めちゃくちゃ可愛いじゃん」と口では言った。
それは本心だった。
ぎこちなさが出ていたのかどうか、自分ではまったくわからなかった。
帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、「猫を殺したことがある人間が、猫と一緒に暮らしていいんだろうか」と考えた。
別に、また殺したくなる気がするわけじゃない。
今の自分がそんなことをするとは思えないし、イライラをぶつける対象として猫を選ぶメンタリティでは、少なくとももうない。
それは「飲酒運転を一度でもしたことがある人」とか、「昔、人を殴ったことがる」とか、そういう類の話とは、少し違う気がする。
もちろん猫は何も悪くない。
そして今、自分がこれから「守る側」のポジションに立とうとしている。
そのギャップが、うまく飲み込めない。
***
数日後、正直に話すかどうかで迷った末、かなり薄めた形で打ち明けた。
「子どもの頃、動物をいじめてたことがあってさ」と前置きしてから、
殺した、という単語だけはどうしても口に出せなくて、
相手はしばらく黙っていた。
その沈黙の長さに耐えられなくなって、「いや、今はもう絶対そんなことしないけど」と、いちいち余計な一言を足してしまう。
「……じゃあさ」
「いま、うちの猫を見て、何かしたくなる?」
その質問の仕方が、妙に真っ直ぐで、逃げ場がなかった。
ソファの上で伸びているやつ、キャットタワーから顔だけ出してるやつ、窓辺で丸くなっているやつ。
「ならないよ」
答えは即答だった。
それだけは、自信をもって言えた。
「私もさ、昔、虫とか平気で殺してたし。
今はさすがに猫とか犬に当たる気にはならないけど、
でも“昔の自分”が完全に消えたかって言われたら、そんなことないし」
ただ、「昔の自分が完全に消えたなんてことはない」という言葉だけは、妙に胸に刺さった。
そして今、その大人が、「猫と一緒に暮らすかどうか」を決めようとしている。
***
それからしばらくして、本当に一緒に住むことになった。
引っ越し当日、キャリーケースの中で騒いでいる白い猫を初めて見たとき、
自分の心臓の鼓動が一段階ギアを上げたのがはっきりとわかった。
爪を立てて暴れるその小さな生き物は、自分が昔、公園で追い回した猫とはまるで別の存在だ。
でも、「猫」という種としては完全に連続している。
同じカテゴリの命だ。
ケースの扉が開いて、猫が部屋の中をうろうろし始める。
ソファの下に潜りかけて、途中でやめて、コンセントの匂いを嗅いで、カーテンによじ登ろうとして叱られる。
自分は玄関のところで、靴を片づけるふりをしながら、それをこっそり見ている。
「ほら、なでてあげなよ」と言われて、
ぎこちなく手を伸ばす。
柔らかい毛に指先が触れる。
猫は一瞬こちらを見上げて、「動物的な評価」を下すような目をしたあと、特に何もなかったかのように、また部屋の探索を続けた。
その瞬間、自分の中で何かが、静かに「現在」を上書きした感じがあった。
「ああ、この猫は、俺が昔殺したあの猫じゃない」
「でも、同じ種の、別の一匹として、今ここにいる」
それは許しではないし、償いが済んだという話でもない。
ただ、「過去に猫を殺したことがある人間」が、「今、猫と暮らしている」という事実が、世界のどこかに一つ増えた、というだけだ。
***
こんなことを考えている自分に、果たして猫を飼う資格があるのかはわからない。
それでも毎朝、白い猫が腹の上に乗ってきて、
猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。
たぶんずっと、少しだけ怖いままだ。
約30年ぶりに実父と会った
母はその理由を言わなかった
成人後に母方の祖母から、実父はギャンブルと酒に溺れて母に日常的に暴力を振るっていたこと、母の独身時代からの預貯金をほとんど全額引き出して姿を消したことを知らされた
俺が小学校に上る前くらいだったと思う
当時物心はついていたはずなのに、大学に上がるまで父と血の繋がりがないことを俺は完全に忘れていた
そのせいか、実父の存在を知らされたとき俺は全くショックを受けなかった
それからさらに時は過ぎて、妻と結婚し子供が幼稚園に通い始めた頃、母から連絡があった
どうなら長年の不摂生がたたって体を壊し、あと何年生きられるかという状態らしい
それで心細くなったのか、俺に一目会いたいと思い立ったという
珍しそうな事はすすんで経験しておけという日頃の父の口癖が頭をよぎったのもあった
母は何か言いたげだったが、実父と会う段取りを立ててくれた
痩せこけ、猫背になっていたが、確かに子供の頃のおぼろげな記憶と違わぬ人が目の前にいた
何を話したのかはもう覚えていないが、最後に彼は俺に謝った
俺のせいでお前に苦労をかけてしまった、本当にすまないと思ってる、と
俺は、あなたが母のもとを去ってくれたから、母は今の父と再婚出来て母も俺は幸せになれた、だからむしろあなたには感謝している、たぶんもう会うことはないが、体には気を付けて、と言ってファミレスを去った
罪悪感に苛まれる彼を憐れんでつい口から出た本心の言葉だったのだが、その後両親と合流してそのことを報告すると、父は「その言葉、お父さんにとっては残酷だったかもしれないなあ」とぽつりとつぶやいた
それで父親がいい気分になってるとか上手くいってるってタイプじゃなくてよくある、ほんとによくある「不幸だからスピリチュアルにすがって何も出来てないヤバい奴」
父親の好きなスピリチュアルの系統で表すならばらば、その父親の状態はまさに幸せになれたらいいなという願望がありながら人生なんてクソ喰らえだ!という本心が実現している状態。
父親、なんか変だった。
発達障害でもあるのかなと思っていた。
自閉症?ASD?これが多様性か普通の家は諦めよと思ってた……けど。
スピ的な思想で自分は故意に育児放棄というか不適切な育てられ方したんだなと気づいた。
なあ父よ
まぁブルーカラー賛美もそう言っときゃイキれるから言ってるだけで、本心じゃ小馬鹿にしてるんだろうなぁ、と感じるタイミーさんでした
タイプ別、大ヒットを出しても漫画を描き続ける人の特徴とかはあるかもしれない。
とにかく漫画を描くのが好きで、好きで、好きで、好きな漫画家。
元増田が言うような、ある種の狂気というのはこのカテゴリーだと思う。
お金だけじゃない、大ヒットを生み出すことの快感の中毒になってる人。
規模はかなり小さいけどSNSでバズる快感を追い求める人とタイプとしては同じだと思う。
自分が編み出した手法の正しさの証明としてヒットを必要とする人。
芸人だけど、島田紳助がNSCの講義で同じようなことを言っていた動画を見た記憶がある。
頼まれて仕方なく描く感じの人
dorawiiの基本心理で草
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他人が自分の思い通りに動かないと癇癪を起こす人ってまあまあいるんだなってネットを見てると思う
https://anond.hatelabo.jp/20260107173558#
https://anond.hatelabo.jp/20260107173656#
自覚ないんだ
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俺はある。アンチはないのでは。 dorawiiより
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dorawiiの基本心理で草