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2026-04-13

anond:20260412141232

10代で読んでいないと恥ずかしい必読書

プラトン国家』 

アリストテレスニコマコ倫理学』 

ショーペンハウアー意志と表象としての世界』 

ヘーゲル精神現象学』 

デカルト省察』 

パスカルパンセ』 

ライプニッツ『単子論』 

カント純粋理性批判』 

キェルケゴール死に至る病』 

バークフランス革命省察』 

ジェイムズ『宗教的経験の諸相』 

ニーチェ道徳の系譜』 

ベーコン『ノヴム・オルガヌム』 

フッサールヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』 

メルロ=ポンティ『知覚の現象学』 

ハイデッガー存在と時間』 

アーレント精神生活』 

ヨナス『責任という原理』 

サルトル存在と無』 

ベルグソン時間自由』 

ミンコフスキー『生きられる時間』 

レヴィナス全体性無限』 

フロイト快感原則彼岸』 

ドゥルーズ=ガタリアンチオイディプス』 

フォーダー『精神モジュール形式』 

ヤスパース精神病理学総論』 

エレンベルガー『無意識発見』 

ラカン精神分析の四基本概念』 

フーコー言葉と物』 

ソシュール一般言語学講義』  

ヴェイユ重力と恩寵』 

ディルタイ精神科学序説』 

ブーバー『我と汝・対話』 

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

バタイユエロティシズム』 

アガンベンホモ・サケル』 

ラッセル西洋哲学史

ルソー社会契約論』 

スピノザエチカ』 

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』  

リップマン世論』 

オルテガ大衆の反逆』 

マンハイム『イデオロギーユートピア』 

フロム自由からの逃走』 

ミルズ『パワーエリート』 

リースマン孤独群衆』 

パーソンズ社会行為構造』 

デュルケム『自殺論』 

イリイチシャドウ・ワーク』 

M・ポランニー『暗黙知次元』 

バレーラマトゥラーナ『知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ブルームアメリカンマインド終焉』 

シオラン歴史ユートピア』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

ロールズ正義論』 

ブルデューディスタンクシオン』 

オング『声の文化文字文化』 

アドルノホルクハイマー啓蒙の弁証法』 

フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

サイードオリエンタリズム』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

アンダーソン『想像の共同体』 

シンガー実践倫理』 

マッキンタイア『美徳なき時代』 

ホイジンガホモ・ルーデンス』 

カイヨワ『遊びと人間』 

フレイザー金枝篇』 

モース『社会学と人類学』 

レヴィ=ストロース悲しき熱帯』 

ギアツ文化解釈学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

ブローデル地中海』 

ウォーラーステイン近代世界システム』 

クラウゼヴィッツ戦争論』 

アダム・スミス国富論』 

ゾンバルト恋愛と贅沢と資本主義』 

ベンタム『道徳立法原理序説』 

ミル自由論』 

マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展理論』 

フリードマン資本主義自由』 

ハイエク『法・立法自由』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

ヴェブレン『有閑階級理論』 

ポランニー『大転換』 

ボードリヤール消費社会の神話と構造』 

セン『貧困飢饉』 

ベル資本主義文化矛盾』 

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

サイモン経営行動』 

ギデンズ『近代はいかなる時代か』

ホワイトヘッド過程実在』 

クリプキ『名指しと必然性』 

ポパー『推測と反駁』 

クーン科学革命構造』 

ラカトシュ方法擁護』 

デイヴィドソン『真理と解釈』 

パトナム『事実価値二分法の崩壊』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』 

デリダ『法の力』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

シュミット政治神学』 

ダールポリアーキー』 

ヴァイツゼッカーゲシュタルトクライス』 

チョムスキー文法理論の諸相』 

ヴィゴツキー思考言語』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

ソンタグ『反解釈』 

ウィルソン生命多様性』 

ドーキンス利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学視覚論』 

ケストラー機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

イーザー行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マンロマン主義レトリック』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ経験論と心の哲学』 

レイコフ『認知意味論』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

ウエルバッハ『ミメーシス』 

ミード西洋近代思想史』 

ネグリ構成権力』 

クリステヴァ『詩的言語革命』 

ランシエール不和あるいは了解なき了解

クリシュナムルティ『生と覚醒コメンタリー』 

バルトエクリチュールの零度』 

マクルーハンメディア論

ボルツ『グーテンベルク銀河系終焉』 

キットラー『グラモフォン・フィルムタイプライター』

2026-02-23

なぜヨブ記ではダメだったのか

ヨブ記は「一人の人間」の苦難を描いたドラマです。

しかリスボン地震は、数万人が同時に犠牲になった統計的惨劇でした。

特に当時の知識人激怒させたのは、その「皮肉コントラスト」です。

この「信心深い者が死に、罪深い者が生き残る」という皮肉な配置は、ヨブ記のような「個人信仰を試す」という枠組みを超え、

「神の正義デタラメ不条理)ではないかという疑念を爆発させました。

「テオディセ(神義論)」という罠

当時の哲学界には、ライプニッツ提唱した「テオディセ(神義論)」という言葉がありました。

世界に悪があることは、神の正義矛盾しない」と論理的説明しようとする試みです。

ヴォルテールたちは、この「理屈による言い訳」を激しく嫌いました。

"すべては善なり"と叫ぶ迷妄の哲学者たちよ、来りて見よ、この廃虚、残骸、屍を。

手足は千切れ、石の下に折り重なる女子供

何万という不幸な人々が、血を流し、引きさかれ、屋根の下敷きになって、ヒクヒク動きながら、あわれ、責苦のうちに最期をとげるのだ。

これでも諸君は、自由にして善なる神の永遠の掟の結果だというのか。

神の復讐はなれりというのか。

母の乳房の上で血にまみれる嬰児が何の罪を犯したであろう。

理屈で諭そうとする友人たちにヨブが怒ったように、ヴォルテールもまた「神を擁護しようとする哲学者たちの理屈」に耐えられなかったのです。

しかし、ヴォルテール場合は、そこから「神の沈黙への畏怖」に戻るのではなく、人間を救わない神なら、こちから見限る」という反抗へ舵を切りました。

宗教的枠組みから倫理的枠組みへ

リスボン地震を境に、人々の問いは変化しました。

ルソーが「これは都市計画問題だ(人間が過密に住みすぎたせいだ)」と言ったのは、責任所在を「神」から人間」へ引きずり下ろした決定的な瞬間です。

これが、後にサルトルが言う「人間自由という刑罰に処されている(すべては人間責任である)」という考え方の遠い祖先となります

結論:なぜヨブ記ではダメだったのか

リスボン地震においてヨブ記機能しなかった理由は、人間が知性によって『神の正義』を法廷に引きずり出せるほど、賢くなってしまっていたから」だと言えます

神を「畏怖の対象から説明責任のある設計者」に変えてしまった啓蒙主義功罪が、不条理への反抗という形で結実したのです。

2025-12-08

この世に無限ってあるの?概念ではなく実在するの?

数学とかの概念では無限があるの分かるけどさ

実在してるかは謎だよね

時間永遠に続くって思われてるかもだけど、それは証明されてない

から永遠って基本的には「ない」ものとして扱ったほうがよくない?

実在証明されてから永遠を語るべき

永遠に愛してる」とか、絶対に言っちゃいけない

哲学とか思想でも永遠について語るのは、誤謬を生むよ

しか数学だけは許す。

理由AIが答えてくれた。

数学が「永遠(=無限)」を完全に排除したら、現代数学の99%以上が崩壊し、現代文明そのものが成り立たなくなります

どれだけヤバいことになるか、段階的に見てみましょう。

1. 基礎の基礎が全部消える

実数直線が作れない(π、√2、e などが定義不能

微積分が全滅(極限の概念が使えないので、ニュートンライプニッツも泣く)

関数連続収束、発散……全部消滅

高校数学で習う「lim」やε-δ論法が全部ゴミ箱行き

2. 現代科学死ぬ

物理学相対性理論量子力学電磁気学のほぼ全てが無限(極限操作)を使っている

工学フーリエ変換信号処理制御理論が使えなくなる → スマホテレビGPSMRI、全部終わり

コンピュータ科学アルゴリズム計算量解析(O(n), O(log n) など)が意味を失う

暗号理論RSAなど)が崩壊ネットバンキングビットコイン即死

3. 日常すら壊れる

• 「1リットル牛乳を3人で均等に分ける」→ 0.333リットル定義できない

円周率πが「3.14打ち切り」になる → タイヤロケットも正確に作れない

地図アプリの最短経路計算不可能になる(ダイクストラ法などが死ぬ

結論永遠無限)を捨てたら人類石器時代に逆戻り

無限を捨てると、現代数学は「巨大だけど有限な数までしか扱えない超巨大なそろばん」に成り下がります

ロケットは飛ばない、インターネット死ぬ医療機器も止まる、経済崩壊

まり

永遠無限)」は人類発明した「最も危険で、最も美しい爆弾

捨てたら即死、抱えたままでもいつか爆発するかもしれない——

それが数学本質なんです。

2025-12-05

数学歴史

紀元前20000年前後中部アフリカ

イスャンゴ骨。世界最古級の数学的道具

素数列や倍数を示す刻みの可能

紀元前3000〜前1800年(メソポタミア)

六十進法(現在の角度360°や時間60分の基礎)

掛け算の概念(倍数を扱う)

人類最古の割り算アルゴリズム

小数的な考え方の萌芽

文章による代数的な計算

紀元前2800〜前1600年(古代エジプト)

掛け算の計算法(倍加法など)

分数計算

円周率(近似値として3.16)

紀元前2000〜(マヤ文明)

20進法の完成された記数法

0(ゼロ)の独自発見世界最古級)

紀元前600〜前200(ギリシャ)

公理を置いて、そこから論理的定理を導く証明中心の純粋数学の発展

ピタゴラス学派により数と図形の研究が体系化。

無理数発見による衝撃

当時、「すべての量は整数比で表せる」(万物は数である)と信じられていた。

しかし √2 が有理数ではない(整数の比で表せない)ことが分かり、この哲学崩壊

『直角二等辺三角形の対角線の長さ』が整数比で表せないことを証明したとされる。

証明したのは学派の弟子 ヒッパソスとされ、伝承ではこの発見により処罰されたとも言われるほどの衝撃。

ユークリッド原論』(数学公理化・体系化した画期的著作)

素数無限存在する(初の証明)

最大公約数アルゴリズム

アルキメデスによる面積・体積の“求積法”の発達。

紀元前200〜後100(中国)

負数を“数として扱った”最古の事例『九章算術

連立方程式に相当する処理を行列的に実行

● 3〜5世紀(中国)

円周率計算革新(多角形近似法)

π ≈ 3.1415926… の高精度値(当時世界最高)

● 5〜6世紀(インド)

0(ゼロ)の概念記号確立

十進位取り記数法

負数の萌芽的扱い

現代的な筆算の掛け算

● 9〜12世紀(イスラーム)

独自代数学(al-jabr)を発明文章による代数。ここで初めて“代数学”が独立した数学分野となる。

三角法(sin, cos)の体系化。

商、余り、桁処理などの方法が整理(現代学校で習う割り算の形がほぼできあがる)

1214世紀(インド)

xに相当する未知数記号使用した代数(文字ではなく語句の略号)

● 14〜15世紀(インド)

無限級数(無限に続く数列の項を足し合わせたもの)の使用

世界最初無限級数による関数展開を行った。

sinx,cosx,tanx などの 三角関数無限級数展開を発見

これは数学史上きわめて重要な成果で、近代的な無限級数起源インドである と言われる。

● 14〜15世紀(イタリア)

等号記号はまだないが、等式操作等価性を扱う文化が発達。

● 1500年〜

負数の受容が進む。

● 1545年頃(カルダノ)

三次方程式四次方程式の解法を発見

虚数の登場。

三次方程式の解を求める過程で √−1 に相当する量が突然登場。

しかしカルダノ自身は「意味不明の数」とし、虚数数学対象であるとは認めていなかった。

● 1557年頃(レコード)

等号記号「=」を発明等価を等式として“視覚的に書く”文化誕生

● 1572年頃(ボンベッリ)

虚数計算ルールを初めて明確化

カルダノの式の中に出る「意味不明の数」を整理し、虚数を使って正しい実数解が出ることを示した。

● 1585年頃(ステヴィン)

10小数表記の普及

● 1591年頃(ヴィエト)

記号代数確立。未知数を文字をとして使用(x,yのような)

真の意味での“記号代数”の誕生

● 1614年頃(ネイピア)

対数(log)という言葉概念が登場。

● 1637年頃(デカルト)

解析幾何学誕生

図形(幾何)を数と式(代数)で扱えるようにした。

今日では当たり前の「座標平面」「方程式で曲線を表す」が、ここで生まれた。

物理現象をy=f(x)で表すという現代方法は、すべてデカルトから始まった。

現代科学工学数学言語の基礎。

● 1654年頃(パスカルフェルマー)

確率論数学として誕生

● 1684年頃(ライプニッツニュートン)

微分積分誕生

微分積分が互いの逆操作であることを発見

● 1713年頃(ベルヌーイ)

大数の法則(試行回数を増やすと平均が安定する法則)を初めて証明

予測と頻度を結びつけ、確率の基礎を整備

● 1748年頃(オイラー)

自然対数理論を完成

√−1 を i と書く記法を導入。

オイラーの公式「e^{ix} = cos x + i sin x」を提示し、虚数解析学自然に組み込んだ。

虚数実数学の中に位置づけられた大転換点。

負数も通常の数として計算に取り込み、解析学を発展。

微積分の計算技法の体系化(積分論・無限級数微分方程式の基礎を構築)

指数対数三角関数などと微積関係を整備

多くの記号体系(e,π,sin,cos,fなど)を整理・普及

グラフ理論(もの[頂点]と、それらを結ぶ関係[辺]を使って、複雑な構造やつながりを数学的に研究する分野)の誕生

数論(整数素数性質を扱う数学分野)の真の創始者と言える

ーーーーーーーー

一旦ここまで。

続きは詳しい人にまかせた。

2025-07-13

anond:20250713114140

それはそうなんだが幼稚なキチョマ思想に留まってて恥ずいぞ

一般社会ではこういう相場

💡 年齢・職業別の逸失利益(稼働損失)の相場(参考:交通事故基準

飛行機事故でも同様の考え方が使われます。以下は交通事故事例ですが、類似の試算が可能です。

17歳男子高校生

• 平均年収550万円 × 労働能力喪失50% × ライプニッツ係数24.76 ≈ 6,800万円

・22歳男子大学生

• 平均年収640万円 × 50% × 24.52 ≈ 7,800万円

・45歳会社員年収600万円、妻子2人)

• 600万円 ×(1–0.3)× 15.94 ≈ 6,700万円

・45歳主婦

• 平均390万円 ×(1–0.3)× 15.94 ≈ 4,400万円()

・70歳主婦年金のみ)

• 平均290万円 ×(1–0.3)× 8.53 ≈ 1,700万円()

🧒 学生児童・未就労者場合

子ども学生収入なし)は、一般に年齢・性別別の平均賃金を基に試算。

学業成績や大学進学が見込まれ場合は、それ相応の教育成果価値が含まれることもあり得ます

• 例:10男子で後遺障害9級のケース:5,609,700円 × 35% × 20.13 ≈ 3,950万円

2025-04-11

anond:20250410145316

ドイツ語のbは日本語カナでプで起こしてることが多いのを知らない世代人達が増えてるのかなって思う。ライプニッツとかはどちらかというとプ表記が「正しい」。BUではないがPUに近い。AI検索米語発音サジェストが多いのではと思うので、ドイツ語フランス語の読み方聞くと落とし穴にはまりそう。ゲッペルスGoebbelsは識者待ち。

2024-12-27

9000万円

勝手に試算してみる。

「重いPTSDが一生残る」という前提をとる。

PTSDのような非器質性精神障害労災自賠責の後遺障害認定基準では、重い順に9級、12級、14級の認定がされる。

後遺障害逸失利益について9級の労働能力喪失率は35%、年収1000万円、20代であと40年働くと仮定すると一括払いの金額は8090万円くらい。

10000000×0.35×23.1148(40年3%ライプニッツ係数)=80901800

更に9級の後遺障害慰謝料基準額は690万円。

ここまでで8800万円近くになっており、治療費や休業損害等諸々足したら9000万円くらいになる。

2023-04-24

ニーチェ「髪は死んだ」

アインシュタイン「髪はサイコロを振らない」

意味:髪が抜けるのには必ず理由がある

???「髪は細部に宿る」

意味:禿げたと思っても毛根が宿っていれば大丈夫

遠藤周作「髪は人それぞれに十字架を背負わせたもうのだ」

意味:髪というものがあるせいで人は悩んでしま

ライプニッツ「髪は奇数を喜ぶ」

意味:髪の本数が奇数だと運が良い

2023-02-20

anond:20230218165555

これも直接元増田関係あることじゃないのだが、理論理解することの難しさで学者としての評価判断する人がいたらそれは違うと思う。

ぶっちゃけ誰にも理解できない理屈を作ること自体はそれ自体目的とするかぎりではそこまで難しくないんじゃないかな。

誰にも分からない文字暗号を作るのがそこまで難しくなさそうなのと同様に(まあこの場合暗号とかの解読法さえ教えちゃえ解読できてしまうし、解読法を理解すること自体も容易なので、例として拙いかもしれないが)

望月場合問題解決するのに必要だったのが、誰にも理解できないような理論だったというだけで、それはあまり重要事実ではない。

問題解決できたとされるのが望月一人だったということが重要なのだと思う。

そういう考え方でいけば、mRNAワクチンの根幹技術理論を作った人も、その人がその技術を作った段階ではその人しか作り得なかっただろうという意味でやはり凄いのではないか

微分法をライプニッツニュートンがほぼ同時期に独立して考え出した例もあるので、こういう書き方をした)。

望月mRNAワクチンのもとを作った人のどちらが凄いかということについて現段階で社会に与えてるインパクトとしては後者のほうが上だろうが、そういう有用性みたいな視点から凄さなるもの判断するのは前者が数学である以上フェアじゃなくまた複雑な問題を孕むので、判断留保すべきだろうとは思う。(役に立たないと思われた数学証明が後世になって応用法を見出される例はざらにあるわけで、数学では現世利益みたいなものは考えず研究するのは基本だと思う)

ただ、mRNAワクチン技術望月論文に比べて理解やすいという観点からmRNAワクチン技術を作った人が望月に比べてすごくないみたいな考え方をするのは絶対的外れだと思う。

理論発見することの難しさと、理論理解することの難しさはわけて考えないと。多くの人々がその難しさを肩代わりしてほしいと学者に期待しているのも普通前者なのであるから

2021-07-29

今日も『アンチ新自由主義連呼くんとの戦いを始めるとする

いまんとこ「新自由主義に対抗した全ての抵抗勢力は滅びた」という現実をもとに、「大きな政府ケインジアン人口増加」という『アンチ新自由主義連呼くんが支持するロジッククラッシュさせるがために努力してきた。今日も同じ方法で戦うのはしんどいので、こっち側からアンチ新自由主義連呼くんの琴線に触れそうなネタ提供して、議論していこうじゃないかと思う。

今の日本に「大きな政府」は継続不可能

なんと言っても、今の政府は「大きな政府」をとると危険なの。1つはコストだ。アメリカのように「大きな政府」をやる連中ですら、トレードオフ解雇規制を受け入れている。そのため、いちど採用すると解雇ができない日本にとっては、法律が基本となる労働法律改正する必要があるが、今はマスコミもうるさいので不可能だし、既得権益拒否するだろう。もはや国土の開発が終えたこの国に、需要のない新規開発を公がする必要はないのです。そのため、「大きな政府」をやってもリターンを上げる領域存在せず、人員採用しても無駄になる。マルクスが「資本主義の果に」唯物論解決できない問題があることに気がついたのは、正しいのです。ですが、問題は「唯物論」で実体経済は語れない、ということは当時の後進国ドイツ人同郷であったライプニッツが嘆いたように、先進国の人々は「後進国と同じことをしたら負ける」ということは既知の問題を『共産党宣言』で後進国民なら存続可能教育可能な「エリート」という存在で勝てる、という妄信先進国でも可能という認知誤認から起こりました。この欺瞞を暴いたのがハイエクであり、先進国においては「エリート社会負担を増やすだけ」という告発をする必要がありました。つまり共産主義者なんて田舎ヤンキーボスの「夜露死苦」というミームクールだと思う馬鹿の集いだよ、って話だよ。

ケインズ資本主義で上手く行った理由と、今の日本適応できない根拠

彼は資本主義社会においても「一定規律をもったまま」に公共投資投資するという方法を、世界恐慌のもとで実施可能だという主張を肯定することが可能だった瞬間があったか可能だったのよ。(若年層の犠牲活用した)デフレは進むけど、(年齢階層いびつなせいで票田にメリットがある)感覚としての経済が悪くなくて、下手に経済状況がインフレすると老人たちは生活が厳しくなるという現実否定してまで、経済成長は必要かね?今の日本投資されないのは、それなりにメリットがあるからだよ。それに GPIF という国家投資機関は『現代ポートフォリオ理論』という金融工学の果てを知っていると、随分と日本投資してくれていると思うよ。もはや、我が国に「投資したら、こんだけ儲かるだろうなー」って場所が無い以上は、日本国には直接投資不要です。海外投資したほうが、本当にマシです。地方を切り捨てて、東京シンガポール化したほうがもっと輝きますのに、大都市資本イオン地方投資してくれるので、地方民はイオン感謝するし、地方統一化するのを嘆くのは「東京人」の「理想田舎」を押し付けているだけなので、差別固定化を「アンチ新自由主義」でやることは、地方からすると万死に値します。知っているかもだけど、地方自治体のモールは隣にイオンができると負けます。つまり、儲かる領域での役所仕事なんて、令和の日本にはないんだよ。


人口増加について

これは自分も知らんよ。ただ、過去に戻って、

という選択肢を、超賤民どもが単一人民として受け入れると権利団体なっちゃうという過去の嫌な例もあって、日本国民は「経団連奥田」が発起したのを拒否したし、子どもの権利条約批准された教育を受ける権利否定できないし、金銭労役の補助なんて都市部だとアホみたいにやっているのに増えないのだから、諦めるしかないんじゃないの?

昨日は「日本は人工肉がつくれなかった」という議論をして、一瞬「負けた」と思ったよ。だけど、「民間企業キューピーが、模造卵を開発してコンビニ活用している」という事実を思い出したら、ますます公共投資民間投資に負けている事例を見つけて、本当に嬉しかったよ。遊戯王世代なのはあたりだよ。今日も楽しくバトルしようね!俺のターンは終わり、つぎはアンチ新自由主義くんのターンだぞ。

2020-08-27

中学高校数学にいわゆるユークリッド幾何学不要

ここでいう「ユークリッド幾何学」とは、座標空間ベクトル三角関数微分積分などの解析的手法を用いないいわゆる総合幾何学のことです(*1)。2020年8月現在高校数学カリキュラムでいえば、「数学A」の「図形の性質」に該当する分野です。

ユークリッド幾何学不要だと思う理由単純明快で、何の役にも立たないからです。大学に入って、「補助線を引いて、相似な三角形を作って~」とか「コンパスと定規による作図」みたいなパズルゲームをやることは絶対にありません(*2)。これは常識で考えても分かると思います。たとえば工学研究で、ある物体の弧長や面積などを測定しなければならないとして、ユークリッド幾何学の補助線パズル適用できる多角形や円などしか測れないのでは話になりません。一方、座標空間ベクトル三角関数微分積分などの手法一般的現象記述する上で必ず必要になります

もちろん、たとえば三角比定義するには、「三角形内角の和は180度である」とか「2角が等しい三角形は相似である」といった初等幾何学性質必要になります。そのようなものを全て廃止せよと言っているわけではありません。しかし、高校1年生で習う余弦定理:

OABに対して、|AB|^2 = |OA|^2 + |OB|^2 - 2|OA||OB|cos∠AOB

証明してしまえば、原理的にはユークリッド幾何学問題は解けます。それ以降は、ユークリッド幾何学的な手法問題設定にこだわる必要はないと思いますし、実際それで問題ありません。

現状、少なくない時間ユークリッド幾何学に費やされています数学の1単元を占めているだけではなく、その他の単元にもユークリッド幾何学の発想に影響された例や問題が多く登場します。たとえば、複素平面において4点の共円条件や垂直二等分線を求めさせる問題など。そして最も労費されているのは生徒の自習時間です。以前よりマシになったとはいえ大学入試等には技巧的な図形問題が出題されるため、受験生はその対策に多大な時間を費やしています

高校数学では以下のような事項が重要だと思いますユークリッド幾何学を学ばせている時間があったら、このような分野を優先的に修められるようにすべきです。

これらの分野は数学手法としても非常に強力ですし、大学以降で数学を学ぶ際、現実的問題数学物理問題として正確に記述する際に必ず必要になります。仮にユークリッド幾何学が何らかの場面で応用されるとしても、微分積分などと同レベル重要だと真剣に主張する人っていらっしゃるでしょうか?

ユークリッド幾何学初等教育で教えるべきだとする根拠には、大雑把に言って以下の4つがあると思います

  1. ユークリッド幾何学では証明の考え方を学ぶことができる
  2. 図形問題代数や解析の問題よりも直感的で親しみやす
  3. ユークリッド幾何学問題を解くことで「地頭」「数学直観」などが鍛えられる
  4. ユークリッド幾何学歴史的重要である

しかし、これらはいずれも正鵠を射ていません。

まず①は明らかにおかしいです。ユークリッド幾何学に限らず、数学のあらゆる命題証明されるべきものからです。高校教科書を読めば、相加平均・相乗平均の不等式、点と平面の距離公式三角関数加法定理微分ライプニッツ則や部分積分公式など、どれも証明されていますそもそも数学問題はすべて証明問題です。たとえば、関数極値問題は、単に微分が0になる点を計算するだけではなく、そこが実際に極値であるかそうでないか定義や既知の性質に基づいて示す必要があります。したがって、ユークリッド幾何学けが特に証明の考え方を学ぶのに有効だという理由はありません。

②もおかしいです。図形問題を扱うのはユークリッド幾何学だけではないからです。ベクトル微分積分でも図形問題を扱います。たとえば、三角形の5心の存在や、チェバの定理メネラウス定理などはベクトルを用いても容易に示すことができます。また言うまでもなく、曲線の接線は微分で求めることができ、面積や体積は積分で求めることができます。また、ユークリッド幾何学手法問題ごとに巧い補助線などを発見しなければいけないのに対し、解析的な手法一般方針が立てやすく汎用的です。したがって、図形問題を扱うのにユークリッド幾何学手法にこだわる理由はありません。

③は単なる個人思い込みであり、科学的な根拠はありません。そもそも数学教育の目的は「地頭」などを鍛えることではなく、「大学や実社会において必要数学素養を身につけること」のはずです。また、これも上ふたつと同様に「ユークリッド幾何学以外の数学では、『数学直観』などは鍛えられないのか」という疑問に答えられておらず、ユークリッド幾何学特別視する理由になっていません。

④もおかしいです。そもそも歴史的重要である」ことと「初等教育で教えるべき」という主張には何の関係もありません。歴史的重要ならば教えるというなら、古代バビロニアインド中国などの数学特に扱わないのはなぜでしょうか。もっと言えば、文字式や+-×÷などの算術記号が使われ始めたのでさえ、数学史的に見ればごく最近のことですが、昔はそれらを使わなかったからといって、今でもそれらを使わず数学記述するべき理由があるでしょうか。

数学重要なのはその内容であるはずです。ユークリッド幾何学擁護する論者は、「(表面的に)計算問題に見えるか、証明問題に見えるか」のようなところに価値を置いて、一方が数学教育的に有意疑だと見なしているようですが、そんな分類に意味は無いと思います

大昔は代数計算方程式の解法(に対応するもの)は作図問題帰着していたようですが、現代でそれと同様の手法を取るべき理由は全くありません。記述する内容が同じであれば、多項式や初等解析のような洗練された方法重要な結果を導きやす方法を用いればよいに決まっています数学史家は別として)。同様に、ユークリッド幾何学も、解析的な手法で解ければそれでよく、技巧的な補助線パズルなどに興じたり、公理的な方法にこだわる必要はありません。

たとえば、放物線は直線と点から距離が等しい点の軌跡として定義することもできますが、初等教育重要なのは明らかに2次関数グラフとして現れるものです。放物線を離心率や円錐の断面などを用いて導入したところで、結局やるのは二次関数の増減問題なのですから最初から2次関数グラフとして導入するのは理にかなっています数学教育の題材は「計算問題証明問題か」などではなく、このような観点で取捨選択すべきです。

三角比などを学んだあともユークリッド幾何学を教えたり、解析的な手法では煩雑になるがユークリッド幾何学範疇ではエレガントに解けるような問題を出して受験生を脅したりするのは、意味が無いと思います。それは、「掛ける数」と「掛けられる数」を区別したり、中学連立方程式を学ぶのに小学生鶴亀算を教えるのと同様に、無駄なことをしていると思います

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(*1)

現代数学では、n次元ベクトル空間R^n = Re_1⊕...⊕Re_nに

(e_i, e_j) = δ_i,j (クロネッカーデルタ)

内積定義される空間上の幾何学はすべてユークリッド幾何学に分類されます。したがって、上にあげた座標空間ベクトル微分積分、一次変換なども敢えて分類すればユークリッド幾何学です。しかし、ここではその意味でのユークリッド幾何学不要と言っているのではありません。飽くまでも、技巧的な補助線問題や、公理的な方法にこだわることが不要だと言っています

(*2)

数学科の専門課程で学ぶガロア理論では、コンパスと定規による作図可能性が論じられますが、これは「作図問題ガロア理論が応用できる」というだけであり、「ガロア理論を学ぶのに作図の知識必要」というわけではありません。

2020-05-22

中学高校数学ユークリッド幾何学不要である

中学高校数学から、いわゆるユークリッド幾何学廃止してよい。理由単純明快で、何の役にも立たないからだ。

大学に入ったら、どの学部に行っても、「補助線を引いて、相似な三角形を作って〜」などと言ったパズルをやることは絶対にない。メネラウス定理高校卒業以降(高校数学指導以外で)使ったことのある現代はいないだろう。こういうことは、別に高等数学知識の無い高校生でも、常識で考えて分かると思う。たとえば工学で、弧長や面積を測定する機器必要になったとして、補助線パズル適用できるごく一部の多角形などしか測れないのでは話にならない。現代数学および科学技術を支えているのは、三角関数ベクトル微分積分などを基礎とする解析的な手法である

もちろん、たとえば三角比定義するには「三角形内角の和は180°である」とか「2角が等しい三角形は相似である」等のユークリッド幾何学定理必要になる。そういうものを全て廃止せよと言っているわけではない。しかし、余弦定理まで証明してしまえば、原理的にはユークリッド幾何学問題は解ける。また、実用上もそれで問題ない。したがって、余弦定理を初等的な方法で示したら、ユークリッド幾何学手法はお役御免でよい。

高校数学では、以下の分野が特に重要だと思われる。

これらはいずれも、高等数学を学ぶ際に欠かせない基礎となる分野である。仮にユークリッド幾何学が何らかの場面で使われるとしても、いくらなんでも微分積分などと同等以上に重要だと主張する人はいないだろう。

現在、これらの分野は十分に教えられていない。微分方程式と一次変換は現在2020年5月)のカリキュラムでは教えられておらず、ベクトル文系範囲から除かれ、代わりにほとんど内容の無い統計分野が教えられている。また、高校生にもなって、コンパスと定規による作図みたいなくだらないことをやっている。本当に、どうかしているとしか言い様がない。

ユークリッド幾何学を教えるべきとする根拠代表的ものは、証明の考えに触れられるというものだ。つまり代数や解析は計算主体であるが、ユークリッド幾何学証明主体なので、数学的な思考力を鍛えられるというものだ。

しかし、これは明らかに間違っている。別にユークリッド幾何学の分野に限らず、数学のあらゆる命題証明されなければならないからだ。実際、高校数学教科書を読めば、三角関数加法定理や、微分ライプニッツ則など、証明が載っている。そもそも数学問題は全て証明問題である関数極値問題は、単に微分が0になる点を計算するだけではなく、そこが実際に極値であることを定義に基づいて示さねばならない。数学思考力を養うのに、ユークリッド幾何学が他の分野より効果的だという根拠は無い。

2019-04-13

スピノザといえば

ライプニッツだよね!

たぶん人名だけど何シたひとかは覚えてない!

でも連想だけは忘れない!

ビバ暗記!

2018-11-21

anond:20181121003311

現在私が抱えている10課題

・「隠れた変数」の発見によるEPR paradox証明

・いわゆる「主客問題」の解決

カントール対角線論法を超える方法論による「実無限」の証明

・「私」と「現在」と「ここ」と「同一性問題解決

・「言語」と「論理」と「物自体」との関係性の規定

ライプニッツの「普遍数学」に倣った「普遍統計学」の確立

・「普遍統計学」を応用した株価予測技術の開発

純粋唯物的脳科学アプローチによる「倫理」「美」「目的論」等の「価値問題」の完全処分

・余白が足りない

2018-09-29

anond:20180929012217

いや、そんなライプニッツの「不可識別者同一」みたいな理屈いから、財布の中と銀行に預けている紙をくれよ。

2017-03-18

科学的っていうのが物理的って事なら、物理学を成立させるためには数学必要になる。

数学が成立するには「違うものを同じと見なしたり、同じものをバラバラと見なしたりする働き」が必要になる。

二次元三次元と見たり、三次元をバラバラの二次元と見たりする働きがなければ物理学は成立しない。

これはライプニッツが言っていた予定調和必要だって事だ。


問題予定調和の中にある物理法則に完全にロックがかかってるか、それとも少しは自由があるのか。

完全にロックがかかってると確信する事はできない。分からないが答えで、だから俺はニューエイジ世界観はあり得ると思っている。

2016-02-22

[] 円周率問題に便乗する。半径11の円の面積はいくつか?

小学校の円の面積の計算問題でバズっているのを見かけたので便乗してみる。

増田なのでなんかおかしなことがあったらごめんと先に誤っておく。

そして、わたし計算が嫌いで物理数学から逃げ続けた生物研究者で、特に円周率に対して深い知識があるわけではないことも付け加えておく。



最後に追記あり 12/24 2:30頃追記

①.バズった問題概要

詳細はリンク先を確認していただけると良いと思う。

http://togetter.com/li/940931

簡単に経緯を説明する。

ある人が小学生宿題を見ながら以下の疑問を提起した。

「半径11センチの円の面積を円周率3.14として計算した時の答えは、11*11*3.14=379.94は厳密には誤りで、

有効数字3桁で380の方が正しいのではないか?」

これに端を発して賛否両論様々な議論が巻き起こったのである

(ちなみに、半径11の円の面積を5桁の有効数字で表すと、正確には380.13である。)

②「379.94は誤り」派の意見

 円周率3.14は、実際には3.141592…という割り切れない値を3桁で表した概数である

 有効数字3桁で算出された計算結果は、やはり有効数字3桁であるから、正しくは小数点以下一桁目の9を四捨五入して380が正しい。

 なお、379.94と回答した場合は、実際の円の面積とは異なる値となる。これをあたかも真の円の面積のように誤解してしまう可能性があるので、

 この教育法は小学生にとって有害である

 小学生有効数字概念を教えるのは難しいので、設問に「上から三桁の概数で答えなさい」と入れれば万事解決

③「379.94でいいじゃん」派の意見

 小学生有効数字を教えるのは難しい。

 設問に「円周率3.14とする」と書いてあるので、「円周率3.1400000…」を仮定して解けば良いのではないか

 あるいは、もう円じゃなくて円周率3.14000のなんかの局面仮定すれば良いのではないか。

 そもそも3.14だろうが3.141592以下略)だろうが大して結果は変わらない(0.19なんて誤差)。これくらいの誤差は無視していい。

 算数数学物理は違う。算数世界では3.14で良い。

 なんで理系はこういう細かいことを指摘してドヤ顔しているのか。こういうことをするから小学生算数を嫌いになる。

④私の意見

 私自身は「379.94は誤り」派です。おそらく理系の人の多くはそうだと思いますが。

 「379.94でいいじゃん」派の意見ざっとまとめてみましたが、もし足りない点等ありましたら後で追記するので

 教えて下さい。

 以下に、「379.94は誤り」という意見を支持する理由を書きます

④−1 円周率3.14000000…と「仮定」するのはありえない。

 円周率はπです。いつの時代も、どの世界線でも、関孝和計算しようがアルキメデス計算しようがライプニッツ計算しようがオイラー計算しようが

 そろばん計算しようがスパコン計算しようが円周率は割り切れません。

 アルキメデス古代ギリシア時代にあって、おそらく円に内接、外接する正96角形の周の長さを求める式から既に円周率3.14の概数で表せることを導いていました。

 しかし、古代から円周率計算に取り組んできた誰もが、円周率を割り切れる数として扱った人はいないのです。

 人類が何百年もの時間をかけて漸く得ることに成功したこの円周率を、「あ。3.140000でいいっすね」とか、たかだか小学校教諭の分際で勝手に変えることはできないのです。

 ぶっちゃけ言語は変わっても、数字意味は不変です。これは自然界の法則からです。

④−2「仮定」の結果得られたものが「解」になることはありえない

 仮定あくま仮定です。それを元にした結果が解になることはありえません。

 例えば、私は生物学者なのですが、「STAP細胞があると仮定して」実験を行って得られた結論は、信用に足るものになるでしょうか?

 答えはわかりきっていますよね。

 ちなみに、「円周率3.14として」というのは「円周率3.14と(近似)して」という意味です。

 あと、比較として用いられていた「摩擦係数を0として」というのは仮定ではなくて想定です。地球上では作るのが困難ではありますが、

 摩擦係数を0.00に近似できるくらいの環境なら作れるでしょ?その環境を想定してるんです。

 ありえない事柄仮定するのはダメです。

 仮定は必ず検証とセット。検証できない事柄仮定して、

 それをあろうことかそのまま解にするなど、あってはならないことです。

④−3 本当にちょっとの誤差ですか?

 私は実は、この議論キモはここだと思っているのです。

 結論から言うと、私は、小学生が「どれくらいの精度で円の面積を求められるか?」を、

 誤解してしまうという点が、「円周率3.14として有効桁数5桁まで求めてしまう」ことの

 最大の欠点だと思うのです。

 ぶっちゃけ日常生活で使うレベルでは、

 「んー、円周率3.14。半径11の円なら面積は121×3で363。

 これよりちょっと大きいくらいだからまぁ、370くらいかなー?(正確には380です。)」

 くらいの認識で良いのです。普通に生きていけます

 これくらいの精度で良い人間にとって、0.19(380.13と379.92の差)の違いなんて

 もう誤差でしょ。そこに異論は無いのです。

 しかし、小学生にとって、小数点以下二桁ってそりゃもうすごい精度ですよ。

 平方ミリメートルの更に小さい位まで算出できるのですから

 半径の長さ11.0 cmと!魔法数字円周率3.14さえ用いれば!

 なんとなんと、数十平方マイクロメートル単位で円の面積が求まってしまう!

 →実際には世の中そんなに甘くないわけですよ。

  せいぜい平方センチメートル単位しか求まんねえよおまえと。

④−4 半径1111 cmの円の場合は?

 では次に、半径1111 cmの円の面積を円周率3.14で求めてみよう。

 1111*1111*3.14=3875767.94

 はい、9桁まで求まりました。

 すごいですね~、どれだけ桁が増えても小数点以下二桁まで求まります

 ってんなわけあるか!!!

 1111*1111*3.141592654=3877733.79

 これが正解。 ね?だいぶ違うでしょ?

 でも、有効数字3けたなら、3880000。これならまぁだいたいこんくらいかーってのがわかる。

④−5 ちょっと趣向を変えて、イメージしてみて。

 ④−3で、「うわぁ、こいつめっちゃかいコト言ってるよ、これだから理系は。。。」

 て思ったあなたイメージしてみてください。

 目の前にすご~く解像度の悪い写真があります

 緑色の背景に、なんか動物っぽい白いものが写り込んでいますが、何の動物だかよくわかりません。

 馬みたいな気がしますが、もしかして犬とか猫かもしれないし、

 もしかしたら建物かも知れない。。。

 円周率3.14を使って半径11の円の面積を379.92と主張することは、この白い物体を「絶対馬だ!」って言っているようなものなんです。

 有りもしないもの、本当にそうなのかよくわからないものを「絶対そうなんだから!私見たんだから!」と言っているどこかのOさんのようなものなのです。

最後に。驚いたこと。

 私は最初、このツイート見た時、「まぁそんな細かいコト言わなくても。。。」

 って思っていました。「379.94でいいじゃん」派的な考えだったわけですね。

 その一番の理由は、

 「3.14の次の値が1である」ということを知っているからです。

 通常の概数だと、「概数で3.14」と言うのは、「3.135から3.144」までを想定してるんだけど、

 実際は、3.141…と続いていくことをみんな知ってるから

 まぁ大体3.14ってのはあってるんですよね。

 でも、読んでいるうちに考えが変わりました。何故かと言うと、

 「結構多くの人間が、円周率有効数字概念とその問題点を全く理解していない」

 ことに気づいたからなんです。

 挙句の果てには円周率を「3.140000」と「仮定」すればいいじゃん。

 という人まで出てくる始末。

 

 それでこの問題についてよくよく考えてみた結果、

 「これはやっぱり、小学校であっても379.94を正解とするのはよくないな。。。」

 と思ったんです。

 このエントリーを読んでよくわからなかった人も、これだけは覚えていってください。

 I. 数学とは、科学とは、世の中の真理を追求する学問であり、

  人間に都合よく結果や値を変えることはできない。

  πは3にも3.14にもならない。

 II. 仮説は検証とセット。検証できない仮説を設定しては行けない。

  仮説に基づいた結果を解にしてはいけない。

 さて、私はすご~く算数数学も苦手だったので、

 逆に役に立てるかと思い、書かせていただきました。

 オモシロイと思って読んでいただければ幸いです。

 こういう議論ができるのって、素敵ですよね。




追記

たくさん反応があって驚きました。読んでくださった方々、ありがとうございます

いろいろご指摘があり、自分自身勉強不足を痛感した点もありますが、

反論できるところは反論しようと思いますスター多めなブコメ中心に記していきます



『ちなみに、「円周率3.14として」というのは「円周率3.14と(近似)して」という意味です』ここが違う。勝手行間を埋めるのは科学者たる態度ではない。

違わないです。なぜなら「円周率」と書いてあるからです。そして、小学生は、「円周率」が割り切れない数であることを知っているからです。

勝手行間を埋めたわけではありません。

もし、「円周率3.14として」というのが「円周率3.14と(近似)して」という意味ではなかった場合

勝手人間様が円周率3.14ぴったりである定義しなおしていることになり、それこそ数学への冒涜です。

11も1.1x10って表記すべきか。1と1.0が違う意味なのは工学であって算数数学ではない。

そうですね。この表記をさせるのは流石に難しいです。

私は、「4桁目を四捨五入して3桁の整数で答えなさい」と、問題文に入れるのが良いと思います

問題文でそう仮定したんだから問題文の外のいらん知識は用いない。

円の面積を求める問題ではなく、「11*11*3.14計算せよ」というなら答えは379.94です。

でも、円の面積の求め方は、残念ながら小学校先生定義勝手に変えられるものではありません。

真実は、この場合はたったひとつで、小学校先生のほうが間違っています

じゃあ3.14も想定でいいじゃん。すでに言葉遊びになってるな。

一辺の長さ3.14 cm長方形を想定することはできますが、円周率3.14ぴったりの円を想定することはできません。

なぜならそれは円では無いからです。

じゃぁ円じゃなくて周率3.14ぴったりの変な局面を求めよといえばいい、と思うかもですが、

なんで小学生がそんなわけわからんものの面積を求めなければいけないのでしょうか?

半径11なんだから有効数字は2桁。

有効桁数がと言っている人たちは九九をどう教えるわけ?2*5=10、2*6=10、2*7=10って教えてんの?

私は、小学校で扱う整数は純数学的には整数だと考えていたので、11.00000…を想定していました。

もちろん11有効桁数二桁の概数なら、380の3桁目を四捨五入することになります

九九で扱う数は整数ですので、純数学で表すと、2.0000*6.0000…=12.0000…です。

(ってなんでこれにスターが一杯付いてるの!!?

仮定」の結果得られたものが「解」になることはありえない→僕の好きな背理法否定しないで。 理系といいつつ知識不足中学生から勉強し直すべき。

私も背理法大好き。もちろん背理法考慮に入れたうえでこの文章を書いた。

からこそ仮定検証はセットだと主張した。

背理法では、仮定の結果得られたもの矛盾する→だからこの仮定は間違っているというプロセスをたどる。

仮定の結果をそのまま解としていないことに注意してほしい。

有名なのはルート2が無理数であることを証明する奴だよね。

ルート2が既約分数p/qだと仮定して、結果的にはpとqが共通約数を持つことで矛盾証明する。

私は、例えば、

「4は奇数であり、2n+1で表せる」と仮定する。

このまま「(2n+1)*(2n+1)=4n^2+4n+1 なので、奇数二乗は必ず奇数。つまり4^2=16は奇数である

という結論を導いたら誤りだということを言いたかった。

この場合、間違った仮定から間違った結果が導かれているのがわかると思う。4も16も2で割り切れる偶数だ。

公理検証(というか証明)できない仮定だよ。

スターは少なかったがこれについてはぐうの音も出ない。

公理仮定について理解が足りなかった。正直すまん。でも、やっぱりπを3.1400000と仮定するのはダメだと思う。

なぜなら観測的にもありえない上に、後から検証もされないから

教育学が何故それを許容しているのかを「科学に不誠実だから」という仮定で推論しているような

まりコメント意味が分かってないかもしれませんが。

別にπを3.14と近似することについては異論は無いです。

ただ、有効桁数3桁で算出される結果に5桁を求めるのは無意味だし間違っているという主張です。

3.14仮定して」とあるんだから、「3.14」の次の桁など問題文中の世界には存在しない。「3.14000」なんてどこから出てきた?

「a=3.14仮定して11*11*aの解を求めよ。」だったらこんな議論にならないのよ。

円周率から3.14ぴったりじゃだめなの。ちなみに、3.14の次の桁は、あなたの頭のなかに存在しなくても、この世界には存在するのだ。残念ながら。

100と仮定して」なら答えは「12100」だ。お前は間違ってる。

半径11の円の面積は12100だと主張するのか? 私は、あまり自身が無いけど、間違っているのはあなたなんじゃないかと思うな。

でも、円周率100の世界仮定して検証するとしたら、それはそれで数学への扉を開いているのかも。

たぶん問題意図計算の仕方を問うているのであって、解の精度ではない。

もちろんそう。問で聞かれているのは公式を覚えているかどうか?

だけど、3桁目までしか信頼できなくて、残りの桁は全部意味がないことを、おとなになっても理解できない人がたくさんいることが分かったので、

問題だなと思ったわけ。

実際求められるよりも遥かに細かい精度で円の面積が求まると誤解するのが恐ろしい。

実際、多くの人が半径11の円の面積は?って聞いたら379.94と答えると思う。間違ってるのに。




おわりー!

結論としては、「3桁の概数で表わせ」と問題文に付け加えるのが一番しっくり来る。

これを小学生のうちに叩き込んでおけば、

中1の有効数字概念もすんなり受け入れられるのではないかな?



以下おまけ

ところで、問題が2*2*3.14を問うていた場合の答え方はおよそ12? 12.56? 1*1*3.14場合は?

半径2、または1をピッタリ2.000、または1.000と答えるなら、

半径2の面積は12.56の6を四捨五入して12.6。半径1なら3.14と記すべき。

1とか2を一桁の概数として表すなら、

半径2の円の面積は10。半径1の円の面積は3と記すべきだとおもう。

屏風|っ[円の中心角が約359.8度(=360*3.14/π)の円錐状空間

知りませんでした。もっと知りたいのに検索かけても出てこなかったので、

ソースいただけると嬉しいです。

2016-01-17

純粋スタバ批判

スターバックス日本に来てからどれぐらい経つだろうか。近年まだ出店していない自治体で出店した所、大人気に…といったようなニュースを見た。

私は残念ながらスターバックスのあの店の感じも、あのコーヒーの味も元々苦手で、北米は元より、日本もできるだけ使わないようにしているのだが。

ここはネットからまだいいのだが、この手の発言を未だにリアルですると、明らかに周囲がドン引きしているのがよく分かる。勘違いしてほしくないのだが、スタバダメと言っているわけではない。私の好みでないだけで、それは彼らがまだトレンドだった遥か昔から変わらぬ想いだ。

自分には両親がいて幸いまだ健在であり、自分結構な部分を彼らには話をしていて共有しているつもりだ。

しかしこの点だけは失敗した。完全に私のミスだった。

明らかにどんなにそれが自分にとってはただの好みの話であると言っても、両親は自分たちが愛してやまず、よく通っているスタバ批判をされた事に明らかに機嫌を悪くしていた。

あのロジカルで、寛容だった両親がである

人間の理性とはなんなのか、そして批判精神とは何なのか。感情は不可分なのか。

ライプニッツはこういった。 Musica est exercitium arithmeticae occultum nescientis se numerare animi と。

2013-12-21

なぜ宝くじを買うことが理性的かつ合理的行為なのか

参照:宝くじを買うのは情弱とか言うやつは小麦粉でも舐めてろ

パスカル氏談:

ライプニッツ氏談:

参考:

パスカルの賭け - Wikipedia

可能世界論 - Wikipedia

2013-08-14

ニュートン人格について

特徴



アイザック・ニュートン(1643 - 1727)



ジェームズワット(1736 - 1819)



トーマス・エジソン(1847 - 1931)



スティーブ・ジョブズ(1955 - 2011)



日本で有名なニュートン人格者手塚治虫

2010-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20101125224652

別々のものは別々のものであるから、それを同一視するのはナンセンスであるというのは自我に基づくものであって、他我の存在を無視していることに繋がる。

 正直に言うと、この一行を正しく理解できている自信がないのです

 つまり、『「別々のものは別々のものである」という解釈は、主観的な解釈である』(他我の解釈を無視している)ということでしょうか


 また、貴方が最終的に仰りたいのは、恐らく『自我と他我との断裂は埋め難く、それ故にレッテル自己内面との差異を言語によって証明することは不可能なのではないか?』ということなのだと私には思われました

 もしそれが貴方の問いたい内容なのであれば、私はこう答えます。「実に全くその通りだと思います」


 しかし、そう思うのと同時に、とある言説において反論が可能であるように思います。


 というのも、それは『自我とはそもそも言語化するべきでないものなのだ、あるいは自我とは言語化できない存在なのだ』という言説です

 すなわち『レッテルを貼るという行為における地平を超越した地平に、自我存在するのであり、そもそもそのようなことを証明する(レッテルを否定する)必要はないのだ』という言説です

 さてこの言説に則って更に反論を進めるとすれば『何故自己レッテルの地平を超越していると言えるのか』ということに対して証明が必要です

 しかし前提として、このことの(言語による)証明は不必要であると先に述べてしまったので、証明そのものがナンセンス化しているのですが、しかし敢えて説明を行います。

 すなわち、自己とは関係性の産物であるからです

 関係性の地平は、実在性の地平、つまりレッテルの地平を超越しているといえます

 というのも、関係性とは『ものとものの間にあるもの』なのです

 ですから、実在性(ものの地平)を超越しているのです


 では、どのようにして『関係性であるところの自己は、実在性(ものの地平)を超越しているのか』についてですが……これについては私も勉強中なので確たる答えが返せません! しかし敢えて言うならば、我々の自己意識自我)が、ある単独なもののみによって構成されることでは、存在し得ないからだ、ということが言えるでしょう。

 というのも、ある単独のもののみで構成されている世界には、存在理由がありません。

 このように断定することができるでしょう。(ライプニッツモナドロジーは否定されるべきだと私は思います)

 存在する理由(存在における『How、及びWhyという双方の質問に対する説明としての理由』)がないのに物事は存在できません。

 すなわち、自我存在する方法としては、ある単独のものを用いるだけでは不十分なのです

 そして、相補的な二つのものにおける関係性としてでしか人間自我存在できないのでしょう。


 そのような理由から言って、自我についてレッテルとの差異を証明する必要は無い、と言うことができるのではないでしょうか。

2010-11-22

http://anond.hatelabo.jp/20101122125625

積分」の提唱者はニュートンとかライプニッツなんだから、ルベーグ積分とか伊藤積分とかを「積分」と呼ぶのはおかしい!という主張か。

意味が分からないな。

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