はてなキーワード: キャンパスとは
第二部 学び直せなかった一年
ここで、君に正面から語りかけたい。
たぶん君の中には、私に近い感覚が少しはあるはずだ。
なくてもいい。
あったとしたら聞いてほしい。
入学して最初の数週間、君は周りを見てこう感じるかもしれない。
「あれ、この人たち、思っていたほどすごくないな」
先輩たちがわいわい騒いでいる。
話の中身はたいしたことがない。
誰々が誰々を好きらしい、という話。
君はそれを聞きながら、心のどこかでこう思うかもしれない。
「俺はこんな話をするために東京に出てきたんじゃない」
その感覚は半分は正しい。
ただ、残りの半分について、私が二十年かけて学んだことを君に伝えたい。
雑談を飛ばして、いきなり大事な話だけをしようとする人間は、長い目で見ると誰とも何の話もできなくなる。
これは二十年後に私が痛感したことだ。
けれど十八歳の私は、これをまったく理解していなかった。
理解する気もなかった。
入学して一週間ほど経った頃、駒場のキャンパスで一人の同級生と話す機会があった。
名前は仮にKとしておく。
背が高く、髪を少し茶色く染めていて、笑うとき口を大きく開けた。
「サッカーをやってました。あと、文化祭の実行委員やってました」
それを聞いた瞬間、私はKにあまり期待しなかった。
あの私を退屈させた連中の、東京版だろう。
そう思った。
ところがKはよく話しかけてきた。
授業のあと、「飯行かない?」と私を誘った。
最初は断った。
二度目も断った。
三度目に、Kは少しだけ困った顔をして聞いた。
「お前、誰とも飯食わないの?」
私はそう答えた。
Kは少し笑った。
「ふうん。じゃあ、気が向いたら声かけて」
そう言って行ってしまった。
そのとき私は、自分がKに少しだけ優越感を持ったのを覚えている。
私は違う。
私は一人でも平気だ。
だから私のほうが強い。
そう思った。
これが間違いの始まりだった。
Kは、誰かと一緒にいないと不安だったのではない。
Kは、一緒にいる時間そのものを価値あるものとして認識する能力を持っていた。
そのことを、私は二十年後に理解した。
語学クラスでは、よく数人で集まって、課題のフランス語の和訳を持ち寄って見せ合っていた。
私は最初、その輪に入った。
けれど私の和訳はたいてい一番正確だった。
少なくとも私はそう思っていた。
私は指摘した。
「そこ、違う。主語はこっちじゃない」
Kは「あ、ほんとだ。サンキュー」と言ってすぐに直した。
それはいい。
問題はその次だった。
別の同級生、仮にMとしておく。
Mが読み上げた和訳も間違っていた。
私は同じように指摘した。
「Mも、そこ違う」
Mは少し顔を赤くして、「うん……」と言った。
Kが軽く笑いながら言った。
「お前、間違いの指摘の仕方、ちょっと冷たくない?」
私はKを見た。
「冷たい? 間違ってるから間違ってるって言っただけだろ」
「いやそうなんだけどさ。なんかこう、もうちょっと、『あ、ここ、俺もよくわかんないんだけど、こうじゃないかな?』みたいな感じ、ない?」
私は内心で軽蔑した。
出た。
「言い方」だ。
Kは内容で勝てないから、言い方の話に逃げている。
私はそう判断した。
その日から、その輪には行かなくなった。
数週間後、その輪がMを含めて続いていることを知った。
けれどMは、Kの輪の中で笑うようになっていた。
間違いを指摘されても、頭をかいて「あ、ほんとだ」と言うようになっていた。
Mは変わった。
私が変わらなかったのに対して。
私はMのことを軽く馬鹿にした。
妥協したのだと思った。
今になって思う。
妥協したのはMではなかった。
Mは学んだのだ。
私は学ばなかったのだ。
風の噂で聞いた。
実際、内容は真面目だった。
そこには二年生にSという先輩がいた。
Sは私とは違うタイプの賢い人だった。
判例を読むスピードは私と同じくらいだったが、議論のときの立ち回りがまったく違った。
まず、後輩や他の人の意見を聞く。
そして誰かの意見の中でいいところを見つけて、「それ、いいですね」と言う。
「○○さんが言ったところに加えて、こういう論点もあるんじゃないかと思って」
そう言った。
私はSのやり方を、最初ずるいと思った。
あれは自分の頭で考えていない。
人の意見に乗っかっているだけだ。
そう思ってSを軽く見た。
「Sさんの今の論理は、判例の射程を超えていると思います。○○判決はあくまで△△の場合に限った話で、これを一般化するのは無理があるんじゃないですか」
Sは私を見た。
少しの間、何も言わなかった。
「うん、たしかにそうだね。射程の問題は僕も気になっていた。じゃあ、君だったらどこまで一般化できると思う?」
私は答えた。
私の答えは、Sが言うべきだった内容をより精密にしたものだった。
Sは「それ、いいね」と言って、私の意見を議論全体に位置づけた。
私は勝った気がした。
サークルが終わったあと、別の三年生の先輩が私を呼び止めた。
「君さ、頭はいいよ。間違いなく。ただ、Sのこと、ちょっとなめてないか?」
「いえ、なめてはいないです」
「Sはね、あの場で君のために負けてくれたんだよ」
「Sは、あの場の議論をいいものにするために、自分の意見を引っ込めたんだ。君に花を持たせたんだよ。それはSがバカだからじゃない。Sのほうが、議論っていう場全体を見てるからだ」
私は不機嫌になった。
「いや、でも、内容としてSさんの最初の論理は間違っていました」
先輩はため息をついた。
「うん。まあ、そうかもしれない。でも君がこれから先、誰かと一緒に何かをやるなら、内容で勝つだけじゃ足りないよ」
私はその日、サークルをやめた。
正確に言えば、その日のうちにメールで退会の連絡をした。
理由は書かなかった。
二度とそのサークルには行かなかった。
夏休みに入る前、私はKにもう一度だけ会った。
Kは相変わらずにこにこしていた。
彼女もできたらしい。
私はその女子を、可愛いとも可愛くないとも特に思っていなかった。
Kが別れ際に言った。
私は笑って答えた。
「誰かに頼って、その誰かが間違ってたらどうするんだ?」
Kは少し考えた。
「うーん。そうしたら、一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
私はその言葉を軽くいなした。
心の中で、「だから、お前は二流なんだ」と思った。
一緒に間違えて、一緒に直す。
そんなことに付き合っている時間はない。
私は一人で、間違えずに進む。
正確には、二十年かけてようやく思い出せるようになった、と言うべきかもしれない。
ここで、君にもう一つだけ伝えたい。
私が地方の進学校で身につけた「一人で考えたほうが正しい」という認知は、地方の進学校の中ではたしかに事実だった。
私の周りには、私より速く正解にたどり着ける人間がいなかった。
集団で議論すれば、議論は私のレベルに引き下げられるか、私の意見が通らないかのどちらかだった。
しかし東京大学に来て、私の周りには私と同じか、私より速く正解にたどり着ける人間がたくさんいた。
その時点で、私は戦略を変えるべきだった。
もう一人で考えなくていい。
人と議論したほうが、自分一人で出せる答えよりいい答えが出る確率が高い。
人に頼っていい。
人に教わっていい。
人に「わからない」と言っていい。
けれど私は学び直さなかった。
なぜなら、地方で身につけた認知は、私を東大まで連れてきた成功体験だったからだ。
それを捨てることは、自分の人生を否定することのように感じられた。
変化を恐れた本当の理由は、たぶんこうだ。
だから勉強の戦い方を変えることは、自分そのものを失うことのように感じられた。
後になって考えれば、ただの臆病だった。
けれど当時の私は、自分が臆病であることにまったく気づいていなかった。
孤独に耐えられる、というのは強さではない。
ただの不器用さだ。
優三つの「優三つ」というやつだ。
一人でやれば結果が出る。
けれどその学年末、駒場の生協の前で、語学クラスのKたちが五、六人で集まって笑いながら写真を撮っているのを見た。
Kの隣にはMもいた。
Mは四月のときと比べて別人のように、いい顔で笑っていた。
私はその輪を遠くから見ていた。
その輪の中に入りたいとは思わなかった。
ただ、奇妙な感覚があった。
結婚式に呼んだり。
子供の話をしたり。
そう自分に言い聞かせた。
その夜、私は寮の自分の部屋で二年生の科目の予習を始めた。
ここで私は、君に最も伝えたいことの一つを書く。
地方の進学校から東大に行ったことの本当の不幸は、東大に行けたことではない。
もし通っていたら。
私は十二歳か十三歳のうちに、自分より賢い人間に出会っていただろう。
泣いたかもしれない。
けれど十二歳の私はまだ柔らかかった。
十二歳のうちに負けることは致命傷にならない。
十二歳の負けは回復する。
十二歳の負けからは、人に頭を下げることを学べる。
十二歳の負けからは、「わからないから教えて」と言うことを覚えられる。
私の認知の中で、「負ける」という選択肢が十八歳の段階ですでに消えていた。
そして十八歳で東大に入った瞬間、私は相対的に普通の人間になった。
けれど、そのときにはもう遅かった。
十八歳の私は、十二歳の私のようには柔らかくなかった。
私は上の人間に頭を下げるかわりに、上の人間を見ないことにした。
上の人間から学ぶかわりに、「あいつは要領がいいだけだ」と評価することにした。
これらは全部、私の防衛反応だった。
だから君がもし、地方から東京の大学に出てきたばかりでこれを読んでいるなら、聞いてほしい。
早く、負けてくれ。
自分より明らかにすごい人間に会ったら、嫉妬する前に頭を下げてほしい。
「教えてください」と言ってほしい。
それは君の性格を守るための救済だ。
天井を知らないまま二十代に入った人間は、たいてい私のようになる。
私のようになるな。
これは命令ではない。
お願いだ。
若かりし頃、パワーなハラが満載な会社に勤めてました。これ以後、毎年春になると、同じような内容の日記を投稿しています。実体験に基づく創作です。
私自身、社会人としては今の組織で4つめです。学生時代の経験も含めていいのなら、7社経験しています。そのうちの飲み会関係について、その組織ごとに文化があると思うのですが、保守的な業界の場合ですと、日記にしたためたような内容になりがちです。
約20年前だと、飲み会中に性的接触、飲酒強要、暴力、問題発言などやりたい放題する人が普通におられたと思います。ただ、飲み会でやんちゃをしてしまう人には、実際にその会社が好きだったり、忠誠心がある人が一定数いるのもまた事実。人間の困ったところです。
所属する組織やコミュニティに対して"熱がない人"というのは、物事を淡々と進めます。成人式だったら、式中に騒がずに落ち着いてる人って、カバンの中に都会に帰るための交通チケットが入ってたりします。
そして、式が終わったら、地元仲間の飲み会にも参加せず、ソッコーで現自宅に戻ります。反対に、ずっとその地域に住み続ける人は、究極的には沖縄県の新成人みたいに、自動車での暴走など大騒ぎをしでかして警察のお縄になったりします笑
個人的には、地域の将来という観点からは、北九州や沖縄の成人式みたいな、良くも悪くも大騒ぎな感じの新成人が多くいる方が望ましいと考えます。
高校生だった頃の話です。立命館大学~佛教大学の間くらいにある、閑静な住宅街に住んでました。皆さまご想像のとおり、概ね碁盤目状になっています。
うちの近所に、今でいうところの分譲地ができて、何件かの新居に住まわれる人々が引っ越してきました。その中で、ご近所トラブルの原因になった家族Aと、うちの近くに古くから住んでいる家族Bとのトラブルのお話です。
あれからもう長い時間が過ぎているので、赤裸々に書いてしまっても問題ないと判断しました。実際、家族Aというのは、家屋敷地内に床面がコンクリート造りの駐車場があるのですが……な、なんと!! そこでBBQをしていたのです。たくさんのお仲間を連れて……( ;∀;)
あの恰好は、ええっと、ドン・キホーテが京都市内にも一応あったのですが、そこにキティちゃんの黒いジャージを着て出没するような、そういう人達でした。
今でも思い出したくないほど醜い争いでした。日記にあることは大概実際に起こったことです。最終的には、警察が何度も出動する事態になり、自治会長の仲介が入ってどうにか事態が収まりました。
実は昨年、里帰りの際に現地に足を運んでみたのですが、当時とは打って変わって静かな町並みになってました。分譲地の一部は空き家になっており、栄枯盛衰を感じました。
しかし、青春時代の思い出というのは、不思議と脳裏にこびり付いて落ちません。
こちらの日記は、私の先輩のことを取り上げました。柔道の強さは本物といっていい先輩でした。スポーツ推薦で立命館大学に進学しました。そこでも柔道を続けられて、今でも立派な社会人として活躍しています。
その先輩ですが、日記中にあるような、ちょっとよくないクセがありました。
【一例】
なかなかヤベー先輩であることは、当時高校生である私にも理解できました。人柄は悪くないのですが。
しかし、実際に柔道の腕前はあり、面白いキャラの先輩でした。そういうクセさえなければ、素敵な人だったと思います。私自身、何度も助けられたことがあるのと、その先輩の教えに薫陶されました。
人間というのは、大なり小なり欠点があります。その先輩というのは、それがつい表に出ちゃうだけの人だったんだと思います。もう長らく会っていません。もし偶然出会うことがあれば、食事か飲みにでも誘ってみようと思います。
かつて、同志社大学でサッカーに取り組んでいた人がいました(故人)。ひたむきな性格の人で、底抜けに明るいキャラではないですが、どこか愛嬌があって、何よりもサッカーが好きでした。『ブルーロック』のキャラクターだと、潔か凪に近いです。
彼と私は、部活こそ違えど、同じ体育会の中にいました。大学1回生の時から交流がありました。
上記の日記を書いている最中は、正直辛かったです。正直、心臓にグッとくるものがありました。これが回春なのかと。私にとっても、彼にとっても辛い思い出です。実際に何があったかは日記を読んだ人だけ理解してほしいと思います。ここで全体を要約することはしません。
一場面だけ、当時のことを切り取って思い返してみると……大学4回生の冬だったのですが、今出川キャンパスにあったカフェで相談を受けました。日記にあるような内容です。
「やっぱり彼女に振られた」「就職がなかなか決まらない」「将来どうしようかな?」といったことです。当時の私は、(今もそうですが…)能天気なところがありました。「まあ、なんとかなるっしょ(^^)!」と思って聞いてたのですが、途中からどんよりした空気になって、さすがの私も「ホントになんとかなるのかな?」と不安になりました。
大学を卒業してから、彼と疎遠になりました。京都市内にある会社で働いているのは知ってました。大学の同窓会で話をすることも。しかし、やはり社会人になると……。
でもある時、偶然に彼と話ができる機会がありました。二人だけで話せるようになったので、ついでに一緒に飲みに誘いました。昔懐かしの木屋町です。当時は、西木屋町通りに和民とかどんがまとか、すでに名前は忘れましたが多くの居酒屋が並んでました。※今は再開発で消滅
その時は確か……先斗町の2階にあるバーで一緒に飲んだのでした。いろんな話をしてくれました。学生時代~社会人時代の話です。この時の私は、もうまともな年齢の社会人だったので、彼の話を聴いていて、泣きそうになる場面がありました。
けど、彼が草サッカーを続けていることを聞いて安心しました。そんな、とりとめのない記憶を日記にしたためました。
最後に、ありがとう。これからもあなたのことを覚えてるし、今後おそらく忘れることもないと思う。
ひとつ前で文字数オーバーしたので、こちらは文字数少なめにします。
こちらは『不倫直前の感情』がテーマになっています。当時勤めていた民間企業で、そういうことがありました。要するに、雰囲気イケメンの既婚者がいて、若い女性社員が引き寄せられてしまうのです(;'∀')
「ねえ、アンタら……彼が結婚してるって、わかってるよね!?」と、若かりし頃の私はとツッコミを入れました。しかし、男女というのはそういうものかもしれません。
なお、日記に出てくる彼については、ほかの日記に登場したことが何度かあります。声がYouTuberの稲葉百万鉄さんに本当にそっくりです笑
学生時代を思い出して書き綴ってみました。
実家を整理していて、当時の職場写真やアルバムやネームプレートが出てきて、懐かしい~!と感じたのがキッカケです。ハンバーガーショップでの経験です。
学生がアルバイトをするにあたっては、主な分類として個人店とチェーン店があります。後者の方がしっかりしてるイメージなんですが、私からすれば五十歩百歩です。
実際、大規模チェーン店にもヤベー店員はいくらでもいて、エキサイティングな経験をさせてもらうことがありました。この日記に書いたことは100%事実です。嘘だと言ってよ……( ;∀;)
当時を振り返ってみて「今だったら逮捕やろ」と思わざるを得ない思い出については、叙述しておりません。冗談では済まなくなってしまうからです。
でも、苦しい思いをした経験ほど、後になって懐かしい思い出に変わるものです。当時は「早く辞めよう!」としか思ってなかったのに、今になると「あの頃は楽しかったな~」にフシギと思い出が美化されます。人間とは不思議なものです。
日記に書いていることは青春の大事な思い出です。時効ということにさせてください。
この年になると増田がどういう場なのか、どういうプラットフォームなのかを理解しました。
自分の日記の書き方についても、そろそろ新ジャンルに挑戦しようかという気持ちが浮かんでくるようになり、「じゃあ何をしようか?」と考えたところ、「女性が主人公の本格恋愛にしては!?」という着想が浮かびました。
それまで、女性を主人公にした体験談を創った経験はほぼゼロでした。
というわけで、この回では、私が子どもの頃から知っているある女性をメインに据えて、書いてみることにしました。高校生時代の体験をまとめたので、主観的な場面が多いです。
執筆にあたっては、心の動きを重視しました。女性の心をリアルに表現することはできませんが、近いレベルであればできると思いました。特に、私はこの女性を子どもの頃からみています。
高校生にとっての大人というのは、近からず遠からずの感があります。それくらいの年齢になったら「この大人はすごい。この人は盆暗」みたいな区別は付くようになってるはずです。
この日記に出てくる大人の彼ですが、社会人としての力はわからないのですが、実際にオーラがある人でした。読者の方にも経験があると思うのですが、良くも悪くも「こいつヤバイな」という人は、話すまでもなく察することができます。
フィクションなのか?w
石田さんから暴行を受けた後、私は後輩と一緒に学食に逃げ込みました。しばらく二人で話をした後、後輩は帰宅し、私は図書館に向かったと記憶しています。当時、警察に通報する発想はありませんでした。
図書館で会ったクラスメート数人に事件を目撃したかどうか尋ねましたが、目撃者はいませんでした。帰宅後、有満さんから謝罪のメールがあった気もしますが、正確には覚えていません。謝罪自体がなかった可能性もあります。
キャンパスでの再会
翌日か数日後、キャンパスで有満さんと再会しました。私は石田さんの名前やサークル名を尋ねましたが、有満さんは「知らない」と答えました。確かATPだったかもしれない、とも言っていた気がします。
ここで重要なのは、有満さんは石田さんと同棲していたにもかかわらず、名前や高校名やサークルを知らないと言ったことです。これは事実上あり得ないことで、矛盾した発言でした。石田さんと有満さんは平成23年3月頃にmixiを通して出会ったと聞いています。九大の合格発表日以降に石田さんが有満さんに連絡を取った形だと思いますが、有満さんが石田さんの名前や高校名などのプロフィールを知らないということは考えにくいです。
当時、石田さんは普段から有満さんに「ほかの男と話したり連絡先を交換したりするな」と言っていたようで、私と話していることが許せなかったようです。有満さんから謝罪は少しだけありましたが、英語の小テストが始まるためチャイムと同時に教室に入っていきました。
また、有満さんは石田さんが束縛してくることを周囲に満足気に話していたようで私はその感覚を理解できませんでしたが、突っ込まずにいました。
当時有満さんのメールアドレスには「jj」という文字列が入っており、それは「じゅんじゅん」という石田さんの前に交際していた男性の名前です。石田さんはそれを嫌がり有満さんに早くメアドを変えるように促していたそうです。有満さんも嬉々としてメアドを変えていた記憶があります。とにかく石田さんは有満さんに対する執着が強く、メアドにも拘るくらいですから私が有満さんと少し話していただけで暴行してきたのも納得できます。
数カ月後の情報
数カ月後の平成23年冬、石田さんを知っていそうなAさんと出会い、暴行を受けたことを話してみました。Aさんは石田さんの髪型や服装をピタリと言い当て、私は「ああ、その人です」と答えました。
Aさんからは次のような話も聞きました。
「噂で聞いていたがほんとに九大にいるんだね、知らなかった」
石田さんに逮捕歴があるかどうかは不明ですが、少なくともAさんからそのように聞き、私は「逮捕されてんのかよ、やっぱり危ない奴なんだな」と思ったのを覚えています。このAさんとの会話で「石田」という名字を知り、下の名前を知ることなく14年15年が経過します。もしくは石田侑矢とフルネームを聞かされていましたが下の名前は忘れた状態でずっといました。
https://researchmap.jp/y_ishida
公式情報では、石田さんは東筑高校を卒業したと記載されています。そのため、高校中退や逮捕歴についてはAさんの話が誤りである可能性もあります。
有満さんの反応
有満さんの兄は家族に暴力を振るう人だそうで有満さんはそのことを非常に嫌っていました。石田さんの暴行を間近で見た後も「ドン引きしました」と話していました。ただし、石田さんの逮捕歴の有無について知っていたかどうかは不明です。
石田さんに仮に逮捕歴がなくても、高校時代に暴力で問題を起こしていたことは、少なくともAさんの話によると事実であるようです。
#常磐大学#大学教員#暴行#東筑高校#暴力#准教授#法学部#更生
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2026-03-10
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チック・リット(英語: chick lit)は大衆小説のジャンルで、「個々の主人公の試練と苦難に焦点を当てた、ヒロイン中心の物語で構成されている」もののことを指す[1]。このジャンルは多くの場合、現代における「女性らしさ」の問題(恋愛関係や女性の友情、職場での問題など)をユーモラスで軽快な方法で取り扱っている[2]。
このジャンルが始まった当初、チック・リットの主人公は「独身、白人、異性愛者、イギリス人かアメリカ人の女性、20代後半から30代前半、大都市圏在住」である傾向が高かった[1]。このジャンルは1990年代後半に人気が出てきて、チック・リットの小説がベストセラーとなったり、チック・リットに特化した出版社ができたりした[3]。チック・リットの批評家の間では、チック・リットのジャンルの始まりはイギリスの作家キャサリン・アリオットのThe Old Girl Network(1994年)であり、チック・リットの「原典」として広く知られているヘレン・フィールディングの『ブリジット・ジョーンズの日記』(1996年)は、これにインスピレーションを受けたものであるということで合意している[4]。
"chick"は英語で「雛鳥」を意味し、転じてアメリカのスラングで「若い女性」を意味する。"lit"は"literature"(文学)の短縮形である。チック・リットの研究者は、この用語の初出は、1995年のクリス・マッツァ(英語版)とジェフリー・デシェルが編集したアンソロジーChick Lit: Postfeminist Fictionであるとしている。これは、マッツァとデシェルの「ポスト・フェミニストの作品を」という呼びかけに応えた22の短編小説を収録したものである[5]。1990年代半ばには、女性作家が女性読者のために書いたフィクションを指す言葉として、様々なメディアでこの言葉が使われるようになった。
この用語を、この用語が生まれる以前の同様の女性向け作品についても適用して、"chick lit in corsets"(コルセットを着たチック・リット)と呼ぶことがある[6]。また、このジャンルの要素と青春物語を組み合わせた、若い読者向けのチック・リットのことを"chick lit jr."(チック・リット・ジュニア)という[6]。
論争
チック・リットは、読者の間では非常に人気となったが、批評家の大半はこのジャンルを支持しなかった。『ニューヨーク・タイムズ』紙の書評において、アレックス・クジンスキー(英語版)はフィールディングの小説を特に非難し、「ブリジットは男に狂わされた無力感に浸っている哀れな姿であり、彼女の愚かさは言い逃れできない」と書いた[7]。作家のドリス・レッシングはこのジャンルを「すぐに忘れられてしまう」とし、ベリル・ベインブリッジ(英語版)は「泡のようなもの」(a froth sort of thing)と呼んだ[8]。編集者エリザベス・メリック(英語版)は、2005年にアンソロジーThis Is Not Chick Lit(これはチック・リットではない)を出版した[9]。メリックはこの本の紹介文の中で「チック・リットのお決まりのパターンは我々の感覚を麻痺させる」と主張した[9]。編集者ローレン・バラッツ=ログステッドは、メリックの本に対抗して2006年にThis Is Chick Lit(これがチック・リットだ)[10]を出版し、このプロジェクトは「怒りから生まれたものである」と述べた[10]。
このジャンルの作家たちは、その弁護に乗り出した。チック・リット作家のジェニー・コルガン(英語版)は、すぐさまレッシングとベインブリッジに反撃した[11]。『グッド・イン・ベッド(英語版)』(2001年)や『イン・ハー・シューズ(英語版)』(2002年)など数多くのチック・リット小説を著したジェニファー・ウェイナー(英語版)は、常にチック・リットを擁護した[12]。『スレート』誌2013年5月22日号では、『ウーマン・アップステアーズ(英語版)』(2013年)の著者である小説家クレア・メスード(英語版)が、女性の小説と主人公の好感度について語ったコメントに対する、ウェイナーの記事を掲載した[13]。ウェイナーはその記事の中で、商業小説、特に女性の商業小説に存在する偏見に疑問を投げかけた。ウェイナーは、『ニューヨーク・タイムズ』紙に"The Snobs and Me"を執筆するなど、チック・リットに対する人々の認識に挑戦し続けている[14]。この記事では、自分の作品を軽視する文化的風土の中で、自分の作品を信じようとする彼女の個人的な葛藤が綴られている[15]。
ダイアン・シップリー[16]などの他の作家もこのジャンルを擁護している。特に、フェミニストのグロリア・スタイネムがウェイナーの意見に共鳴し、女性の文学に対する偏見に注目しながら、自分たちがこの言葉を使っていること、そしてこの言葉が女性や女性の小説について何を語っているのかを問うよう人々に求めた[17]。
その後の状況
出版社がこのジャンルをプッシュし続けているのは、売上が高い状態が続いているからである。作品の市場性を高めようとして、この用語の様々な派生語が造語されてきた。
『リファインリー29(英語版)』のライター、ローレン・ルヴァイン(Lauren Le Vine)は、2016年3月に"The Chick-Lit Books That Won't Destroy The Feminist Inside You"(あなたの中のフェミニストを破壊しないチック・リット本)と題して、女性が女性のために書いた8冊の本を紹介した[18]。ルヴァインは、女性を題材にした小説の文学的伝統には、時に、買い物に夢中になって夫とはぐれた女性が夫を探すという物語が含まれており、このような本はフェミニストの価値観と矛盾しているということを認識している。しかし、ルヴァインはヘレン・フィールディングの1996年の小説『ブリジット・ジョーンズの日記』を紹介する際に、「一人の女性が個人的な満足感(それは彼女にとって愛、キャリアの成功、身体の受容を意味する)を見つけようとすることにのみ焦点を当てた本であり、それはフェミニズム(どの波に乗っても)とは何かということである」と書いている[18]。
『パブリッシャーズ・ウィークリー』誌の編集者であるサラ・ネルソン(英語版)は、2008年に、チック・リットというジャンルの中で考えられるものの定義が、より完成度が高く、「成長した」ものになってきていると示唆している[19]。
2000年、『シドニー・モーニング・ヘラルド』は、女性読者を対象とした小説の新しいトレンドについて、次のように述べた。「ポスト・トーリー、ポスト・グランジの軽やかさの精神が、雑誌を読む女性やテレビを見る女性たちの間に広まっていった。この小説は、『チック小説』(chick fiction)または"chicfic"いう『出版現象』の誕生であり、主題、パッケージ、マーケティングによってすべてが統一されている。キャンディ・ブライトで、ピンクと蛍光色の重い表紙、『キャンディ・ブライト』なタイトルにより、簡単に消化しやすく、良い笑いを提供することをほのめかしている。そのような本は、雑誌の記事、小説や小説化されたもの、テレビと、自宅で一晩で消化できる快適な食べ物のハイブリッドとして市場に位置づけられている[20]。」
チック・リットは一般的に女性が主人公であり、プロットの中でその女性らしさが重要なテーマとなっている。ほとんどの場合で現代世界を舞台としているが、歴史上の時代を舞台とした作品もある。扱われている問題は、しばしば消費主義よりも深刻なものである。例えば、マリアン・キーズ(英語版)の『子持ちクレアの逆転勝利』(Watermelon)は、現代世界で母親であることに悩む主人公を描いている。宗教的なチック・リットの市場も成長している。他のタイプの大衆小説と同様に、著者や出版社は多くのニッチ市場をターゲットにしている[3]。主人公の民族、年齢、社会的地位、配偶者の地位、キャリア、宗教などは様々である。goodreadsでは、チック・リットは恋愛小説のサブジャンルとしては扱われていない。それは、チック・リットは、プロットに恋愛の要素が含まれていることもあるが、恋愛関係と同じくらいにヒロインの家族や友人との関係が重要であることが多いからである[21]。チック・リットのやや厳しいジャンルルールにより、チック・リットの作家が異なるジャンルに進出するのは難しくなっているが、チック・リットは歴史小説に結びつくこともできる。
女性作家の中には、自分の作品が「チック・リット」というレッテルを貼られるのを避けるために行動している人もいる。例えば、『ガーディアン』紙の2010年の記事によれば、ユーモア作家のD・J・コンネルは、自身の作品がチック・リットとされるのを避けるために、ペンネームを「ダイアン」から「D・J」というイニシャル表記に変更した[22]。コンネルは、女性名でユーモアを書くことは、自身の作品を危険にさらすことになり、チック・リットのレッテルが貼られた場合、その作品は真剣に受け取られないだろうと言った。別の例では、作家のルース・ギリガン(英語版)は、自身の作品がチック・リットとみなされることで、どのように一般の人々、エージェント、出版社から軽蔑されたかについて書いている[23]。ギリガンは、大学のキャンパスでの性的暴行についての小説で新しいスタイルを試したが、出版社は明るい花のような表紙を提示し、ギリガンはこれを失礼だと感じた。
マキは弱者男性だけど、顔立ちは整っていて、誰もが振り向くほどの美貌を持っていた。
マキのことは守ってあげたいと思う一方で、あまりに整った容姿を見ると劣等感で胸がぎゅっとなった。
それがずっと、胸の奥に小さな棘を刺していた。
マキは派手じゃないのに、大学のキャンパスに入った途端、男子も女子も目を奪われていた。
「え、あの人、イケメンすぎ…」
そんな囁きも聞こえる。
あたしはただ地味にメモを取り、説明会に耳を傾けるしかなかった。
「加奈〜、一緒に回ろ」
マキは昔と同じ調子で話しかけてくる。だけど並んで歩くだけで、比較される苦しさは消えなかった。
あるサークル見学で、背が高く落ち着いた雰囲気のユウジ先輩に声をかけられた。
「あ、新入生?良かったらこっち来なよ」
その視線があたしに向けられた瞬間、胸がざわついた。
LINEを交換して少しずつ仲良くなると、嬉しさと罪悪感が混ざった変な気持ちになった。
数週間後、サークルに行くと、マキとユウジ先輩が二人で話していた。
その距離の近さ、楽しそうな笑顔を見るだけで、胸の奥がじわじわと焼けるように痛む。
帰り道、思わず聞いた。
「何話してたの?」
マキは首を傾げて笑った。
その笑顔に、余計に腹が立った。
ある日、駅前のカフェで、二人が向かい合って座っているのを見た。
マキは髪を整え、耳に小さなピアスを光らせ、まるで自分の魅力を知り尽くしているかのようだった。
ユウジ先輩は穏やかに笑い、マキはそれに応える。
あたしの胸は締め付けられ、嫉妬が怒りに変わった。
その夜、マキからLINEが来た。「今日たまたま先輩と会ってさ〜」
あたしは既読だけつけ、返信しなかった。
「あんた、わざとだよね? 先輩のこと、あたしから奪おうとしてるんでしょ?」
マキは一瞬目を瞬かせたが、すぐに笑った。
「奪うって…加奈、付き合ってないよね?」
その一言で、胸の奥の棘が一気に突き刺さった。
背を向けて歩き出すあたしに、マキは何も言わなかった。
マキと離れて、最初はぽっかり穴が空いた。
でも、あの整いすぎた顔を隣で見ることも、比べられる苦しさも、もうない。
SNSで見るマキは相変わらず目立つ存在だったけど、恋愛は長続きしていない様子だった。
あたしはもう、その姿を見ても何も感じない。
そしてあたしは、自分の足で歩き出した。
小野 和子「京大・矢野事件: キャンパス・セクハラ裁判の問うたもの」
“ 内容
学問的な権威と大学内の地位を背景に、学生や女性職員、女性研究者を襲うキャンパス・セクハラ。隠微な形で全国の大学に蔓延するその実態を初めて白日の下にさらした矢野セクハラ裁判の記録。”
Ichii氏
大学というアカデミックな場で起こったセクシュアル・ハラスメントの全容が描かれている。また、被害者である女性が加害者である矢野元教授に告発されるという異例な展開も。大学というアカデミックな場ならではの告発の難しさ、被害者となってもなかなか告発に踏みきれない社会的構造、研究者集団のもつ「ムラ」的要素等が明らかになる。また「強姦神話」の崩壊や、いかに女性が生きにくい男性社会であるか等、被害者が裁判を起こすのを躊躇するその「理由」が十分すぎるほどに説明されている。この一冊で、セクシュアル・ハラスメントの認識が深まることは間違いない。」
https://www.amazon.co.jp/京大・矢野事件―キャンパス・セクハラ裁判の問うたもの-小野-和子/dp/4755400813/
2026/03/28
広島県警によると、3月25日午後8時10分頃、東広島市鏡山1丁目で、20代女性への暴力要求が発生しました。(実行者の特徴:男性、20代位、黒色系ロングコート)
悪くない。
都会とは思わないが、穏やかに住めると思うな。
歩いて生活する上でも別に不便ではないかなぁ。いやキツイな。車は必須だろうな。車社会だと感じた。
なんか欲しいなぁってなった時は、イオンとかゆめタウン行く街だね笑
まぁ今は何でもネットで買えばいいしね。
意外だったのだけど、キャンパスがかなり立派でよかった。
東京とかだったら1人になってもまぁ何とかなりそうだけど、佐賀大学で1人になったら、もうなにもすることないし、大学以外の繋がりも増えないと思うしで、ちょっと挽回できないかも。
あー。でも就活とか結構大変かもなぁー。全然想像できないかも。東京とかに面接に行くのダルすぎかも。
佐賀空港ってどれくらい便数あるのだろうか?
本当に平坦。まぁこれは栄えるなぁと思った次第。
農業に適している気がするよ。
の支持率が高く、一部の層には「外国人=移民・難民」という強いバイアスがかかっている。
白人の場合: 外国人であっても視覚的に「外部リソース」として即座に識別されにくいため、ヘイトの対象になりにくい。
PoC(黒人・アジア人等)の場合: 視覚的に「非在来種」として識別されるため、街中(特に駅から離れた住宅街や夜間の公共交通機関)で不当な視線、暴言、あるいは稀に物理的な威嚇を受けるリスクが統計的に高い。これが君の言う「白人限定の安全」の正体だ。
街全体が危険なわけではない。実行環境によってリスクレベルが大きく異なる。
BTUキャンパス内 極めて低い 40%以上が留学生。多様性が標準仕様。最も安全。
コトブス中心部(昼) 低い 警察のパトロールもあり、人目も多いため概ね安全。
今日はゆっくりなので新聞でもゆっくり読めるの嬉しいな!って感じでせっせと小脇に新聞を抱えている感じよ。
うーん、
なにか書こうと思っていたことが、
クルマのフロントガラスに落ちてきた雨がワイパーでさらわれるように、
書きたいことがふとまっさらになるフロントガラスがまるで頭の中のようで、
なんかまた雨粒が降ってきてフロントガラスに落ちてくるたびに
また何か書こうかな?って思いついていても、
それをまたワイパーがかき消してしまうような。
うーん、
そんな思いでデスクにつくとメモ帳のタブがたくさん開いていて、
今のパソコンのメモ帳もブラウザよろしくたくさんのタブが開けて文章を書けるので、
点々散り散りになにか書いたメモのタブがたくさん開かれて書かれているの。
そんで、
と3つのボタンが出てきて急いで応えないと儚く消えてしまいそうな気がして、
とはいえ、
イエス!
ノー!
そんな多くたくさん開いたタブの選別をしていくのが面倒だなぁって思いつつ、
これがなんか256タブとかぐらいの数になると、
その「はい」「いいえ」という答えをするのが後半面倒になってくる始末。
私が無茶苦茶に書き散らかしたのが悪いんだけど、
これがまた何かの役に立つメモになるかも知れないので侮れないのよね。
だから私はそのメモ片を1つ1つまだなにかあるかもしれないないかもしれないと
そこで判断する前に、
いや正確には
書き散らした1つの画面のタブのメモを1つのメモ帳にまとめていくという、
はじめから1つのメモにいろいろ書いたらいいじゃない!って私もなんとなくそう思うけど、
いつでも新しく書き始めるノートってさ、
よーし!
今回のこの新しいコクヨのキャンパスノートは文字を丁寧に綺麗に書くぞ!ってめちゃ思うじゃない。
でも3ページ目からは書き殴ったりぐちゃぐちゃなあとから自分で見ても何のことだかわからない図形とか。
紙の書くのはいいんだけど、
あれいつ書いたっけ?ってなんとなく検索ができないところが味噌じゃない?
スケジュール帳の週間見開き2ページで1週間を構成するバーチカルな1日の予定を縦長の欄に細く書くようなスケジュール帳、
あれいつやったっけ?って年代を遡って2年とか3年前のその週間スケジュール帳を見返すことがあるから、
いい加減なんとかしたい検索機能ってこれは無理ってものよねって思いつつ、
あった!あった!って何年か前のメモを発掘するのよね。
点々散り散りに散らばったメモはこうして1つのメモにしてまとめないと、
たくさんのタブを開いて書き散らかしたメモが、
それをまとめるのが面倒だなぁって思いつつ、
昨日の晩開きっぱなしにした大量のタブをそのままにしていた自分を今朝になって、
ああ、
昨日のうちに整理してメモ帳閉じてしまったら良かったわ!って思うの。
面倒だけど、
一応は全部のタブに目を通してから
いや内容はまったくないメモの羅列なので、
その時の自分が何を思っての前後の文脈がないと唐突にメモの文字を見ても、
はて?って謎に思うことも結局多いんだけどね。
だから、
つどつど頻繁に整理していかなくちゃなぁって。
開いたタブの多さに滅入ちゃうのよ。
あまりにもパソコンと言うかコンピューターと言うかそういうもののメモリーが増えたおかげでたくさん開ける恩恵があるけれど、
人間がその大量に開き散らかされたタブに対処できないという初動の拙さがあるわよね。
AIよろしく大量にそのAIで生成されたものが人間で見たり読んだりして選別できないぐらいで、
AIの出始めはみんな楽しくて生成たくさんしていたけれど、
それに気付いちゃったのか、
やたらむやみにAIに生成させても結局見ない読まない!ってなっちゃうのよね。
膨大な計算力を誇り電力とそして冷却水をたくさん使っておきながら読まない見ない!とか。
なんたるちゃー!って、
人間がというか私がAIとか関係なくたくさん開いたメモ帳のタブ、
ああ!思い出した
ああこれはほとんどが保存しなくていい「いいえ」で消せるメモリーだから良いとしても、
また厄介で「無題のスプレッドシート」ってそういう名前のスプレッドシートがたくさん出来ちゃうので、
これまた1つ1つ開いて見て消す消さないをしなくてはいけないなんとも滑稽よね。
そう思っちゃうわ。
整理整頓の初動の遅さが全ての原因だけど、
そのスプレッドシートを開いてみて
目に見えて積み重なる「無題のスプレッドシート」は重荷ね。
見返してもなんだっけこの計算式?とか表を見ても思い出せないので、
おおよそのスプレッドシートは必要なかった一瞬のメモの計算だったってことみたいなのよね。
こんなにも、
いろいろなものを書き散らかしているにも関わらず、
私がひっそりと憧れを持って使ってみようと思って買った1日1ページの憧れ手帳は、
今年のもの買ってもう3か月になろうとしている、
一文字も何も書いていないところが、
うわ!
またやらかしてしまいそうな今年のこの手帳!って思っちゃうのよね。
たぶん、
3か月何も書いてなくて真っ白だったら4月になって急に書き出すってことはないと思うので、
今年もこの手帳は無駄に白紙の白いままで終わっちゃうのかな?って、
思ってしまったわ。
思い出したのなら活用せよ!って自分に言い聞かせたいところ自分に言い聞かせたいわ。
気が進まないけど
片付けるはずの手元にスプラあり!
つーかいつの間にかスプラトゥーン3やってる!ってなっちゃう!
うわ!
タブは増える私は減らない。
だわ。
うふふ。
お昼ご飯と朝ご飯を兼ねるブランチ的なチックな感じで決めてみようかしら?って思っているけど
まあどうなることやら。
予定は未定ともいうし未定は予定ともいうわよね。
朝起きて作るの面倒だからって
熱いのを昨晩のうちから保温のタンブラーに入れておいて朝起きた瞬間に、
そう思って飲んだけど、
ぬるいというか、
いやそういう意味じゃなくて、
やっぱり今朝のホッツは今朝に沸かすに限るって思ったわ。
なんか例えると湿気ているお煎餅みたいな感じ。
1つ利口になったわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
雨が細かく降り続く夜、A子は駅前のアパートの階段を一段一段、足を震わせながら上がった。傘は電車の中に置き忘れ、肩からは水滴が滴る。手のひらを擦り合わせても冷たさは消えず、指先の感覚だけが鋭く痛むようだった。
部屋に入ると、壁際の小さな机の上でノートパソコンが待っていた。電源を入れると画面が青白く光り、雨の夜の暗さと不思議に重なった。掲示板には、見慣れないIDから書き込みが一つ浮かんでいた。
短く、冷たい文字。
A子の胸がぎゅっと締め付けられる。指が止まり、目の前の画面が波打つように見えた。
――逆らったばかりなのに、もう見抜かれている。
彼女は息を詰め、膝を抱えたまま椅子に座る。心臓が喉元まで跳ね上がる感覚。C男――二つ上の先輩のことが頭をよぎる。授業で笑った顔、図書館で隣に座ったときの背中、何気ない手の動き。すべてが、遠くから誰かに見られている気がして、皮膚の下を小さな虫が這うようにぞわぞわした。
無意識に、涙が頬を伝う。枕に顔を押し当てるようにして、深く息を吸い込む。布団の端をぎゅっと握り、爪で布を押し込む。震える肩を抱きしめるようにしながら、彼女は小さく呟く。
「…どうして、知っているの…」
返事はない。画面には、相手の意図がわかるような文字列は並ばない。ただ、前回の反論に対する“しめしめ”の印のような文章が残っていた。
『大太刀を振るったのはボクだよ』
A子は息が止まる。言葉の意味が胸の奥に落ち、重くのしかかる。反論した自分への制裁、相手の影響力の広さ、そしてC男への思いまで――すべてが一瞬で絡み合った。
翌日、キャンパスでC男と顔を合わせたとき、違和感が押し寄せる。以前のように自然に会話できない。先輩の表情は硬く、視線はどこか遠くにある。A子の心は、迷路に迷い込んだように、出口のない不安でいっぱいになる。
「…私のせいなの?」
小さく口に出すが、答えは返らない。周囲の雑踏の音も、空の灰色も、すべてが重くのしかかる。手のひらが汗で濡れ、机の角を握りしめる。息を整えようとしても、心臓の高鳴りは止まらない。
『隣の影は、光を選ぶ暇もなく映る』
短い文章の背後に潜む意味を、A子は直感する。C男のプライバシーさえもアップロードをほのめかされ、恐怖が体全体を締め付ける。パソコンの前で小さく震えながら、膝を抱え込み、指先で返信を打つ。
「…わかりました」
その一言を打つ手は震え、打ち終えた後も手が小刻みに揺れた。泣きたい気持ちと怒り、恐怖が同時に押し寄せ、胸の奥に重く沈む。相手の望むままに従うしかない――C男を守るために、自分を押さえ込むしかない。
布団の中で体を丸め、窓の外の雨粒が壁に当たる音を聞く。孤独と恐怖がじわじわと浸透していく。光の中で浮かぶ文字だけが、現実を確かめる術であり、同時に縛りの鎖でもあった。
要約すると
とのこと
加害教員と北海道芸術高校札幌サテライトキャンパスを運営する学校法人恭敬学園の動向を引き続き監視していきたいね
元記事⤵
www.tokyokyodo-law.com/%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
私が訴訟を起こした相手は、加害教員と、北海道芸術高校札幌サテライトキャンパスを運営する学校法人恭敬学園です。私のように無防備で幼い学生が次々と同じような被害に遭い続けるのを絶対に止めたいという思いで、この裁判を起こしました。私が本当に許せないと思っているのは、判決が出ても非を認めて謝罪しようともしない加害教員です。
このたび、思ってもいなかったような騒ぎになり、マンガワンで活躍されていた、加害教員とは全く関係のない漫画家さん、作家さんを巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちで一杯です。
私は、小学館の編集者さんが間に入って加害教員と示談の話し合いをした際、「連載を再開する際には読者の方々の為にも体調不良や療養など虚偽の理由を述べずに休載期間について事実に基づいた説明をしてもらいたい」と希望しました。それが受け入れられなかったこともあり、示談には至りませんでした。判決後、小学館が、私にわからないように別のペンネームを使って加害教員を原作者として活動させていたことを知って、確かにショックでした。しかし、私は、前科がある人であっても、絵を描いたりストーリーを考えたりすることはしても良いと思いますし、そういう人に発表の場を与えることも、一概に悪い事だとは考えていません。ただ、私は、加害教員の漫画を読んでくれている読者に対して誠実に、休載の本当の理由を伝えるべきだと思っていただけなのです。加害教員には、犯罪行為を認めて充分な対処をした上で、二度としないと約束してから次に進んでもらいたいと考えていました。
2026年3月5日発売の週刊文春に「被害女性が全告白『私は性加害漫画家と小学館を許せない』」というタイトルの記事が掲載されましたが、私はこのタイトルがつけられることを事前に知りませんでした。私が文春の記者さんにお話したのは「やるせないです」という言葉であり、「小学館を許せない」という発言はしていません。
2026年3月5日、小学館の取締役の方々が代理人弁護士の事務所に見えて、電話を通じて私に、これまでの対応について謝罪して下さいました。私は、被害の実相を知ってもらい、同じような被害に遭う人を無くしたいという思いが第1で、小学館に対して強い怒りや恨みを持っているわけではないこと、特に、漫画家さんの作品を小学館から引き揚げて欲しいとも思っていないし、多くの漫画家さんの活躍の場であるマンガワンをなくして貰いたいとも思っていないこと、私自身、小学館が発行している漫画のファンで漫画に助けられてきた人間なので、今後も良い漫画を世の中に出していっていただきたいことをお話しました。小学館の方からは、今後の再発防止をお約束いただき、終始、穏やかにお話することができました。
これ以上、小学館への批判がインターネット上で炎上することは、望んでおりません。また、あらかじめ申し上げておきますが、文春に対する批判についても、同様に、望んでおりません。
私の事件に、多くの方が関心を寄せていただいたことは、本当に有り難いです。私が心から望むことは、加害教員からの被害の実相を広く知っていただき、こんなことが起きないよう、社会全体で子どもを性被害から護る仕組みをつくっていただくことです。それぞれのお立場で、できることに取り組んでいただければ、大変嬉しいです。どうぞよろしくお願い致します。
はっきり言っていい?最近のネットに生息してる弱者男性、マジで見ててキツい。
あんたたちがモテないのも、周りから疎まれるのも、結局のところ「女性を自分と同じ血の通った人間」として見てないからなんだよね。
まずさ、理系の男に多いけど、女性を性の対象としてしか見てないの丸出しなんだわ。
キャンパスとか職場でオロオロ、キョドキョドして、こっちが視界に入った瞬間に挙動不審になるの、本当にキモいから。自覚して。
そういう「キモい態度」をとること自体、立派な性加害だって気づいてる? こっちはあんたたちの性欲の処理装置じゃないんだけど。
あんなキモい連中を排除して、まともな環境を作るためには、制度として女性を優先するのは当たり前でしょ。
今まであんたたちは「男子枠」っていう見えないゲタ履かせてもらって、ヌクヌクと進学も出世もしてきたくせに、ちょっと女性が優遇されただけでギャーギャー騒ぐの、マジで器が小さすぎて笑える。
彼らは余裕があるから、ちゃんと女性を対等な人間として扱ってくれる。会話もスムーズだし、こっちを不快にさせるようなキョドり方もしない。
結局、独身男性って人間として未熟すぎるんだよ。自分のことしか考えてないガキのまま。
それに比べて独身女性は、精神的にも自立してるし、人間として圧倒的に優れてる。これ、客観的な事実だから。
バランスを取るためには、これから最低でも2000年は女性を徹底的に優遇しなきゃフェアじゃないでしょ。
北海道芸術高校札幌サテライトキャンパスの生徒が講師の山本章一にグルーミングされ15歳から18歳まで性被害にあう。
その後解離性障害やPTSDに苦しみ大学中退自殺未遂、被害を訴え逮捕・略式起訴30万円の罰金刑。
2020年2月、「堕天作戦」の作者である山本章一氏が児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造)容疑で逮捕され、その事実を把握した時点で、会社として連載中止を指示しました。その後、2021年、山本氏と被害女性との和解協議について、担当編集者より法務室に相談がありましたが、弊社は当事者ではないため、弁護士への委任を山本氏に促すよう指示しております。
【お詫び】
大変申し訳ございません。
2/5に更新予定だった『堕天作戦』ですが、山本章一先生の体調不良により、急遽休載とさせていただきました。お待ちいただいていた皆様には大変申し訳ございません。
【吉報❗️】大変お待たせし、ご心配をおかけいたしました。『堕天作戦』ですが3/4(水)より連載を再開いたします❗️
また、今後はちょい足しが増える、かも⁉️
本編とあわせて、ぜひお楽しみくださいませ❗️
https://x.com/i/status/1233047709713436673
山本「こんな事書いちゃって大丈夫でしょうか…?私は嘘つきになってしまうかもしれません。」
というやりとりがありました!!
皆さま、今後のちょい足しを楽しみにお待ちください!
マンガワン事件の被害現場である北海道の芸術系高校(通信制キャンパス)の運営構造を、元通信制高校サテライトキャンパス責任者(株式会社立→学校法人化経験者)が解説したものです。「学校側の責任逃れスキーム」が核心。以下が投稿で新たに明らかになった点です。
株式会社日本教育工房が安倍政権時代の構造改革特区で設立した「株式会社立通信制高校」としてスタート → 後に学校法人化(私学助成金なしのデメリット解消のため)。 現在も「株式会社が寄付して学校法人を立ち上げ、実態は株式会社の収益部門」。
◦ キャンパス運営・教材納品などを業務委託契約で株式会社側に丸投げ。
◦ キャンパス職員(キャンパス長など)は「学校法人指揮命令下になく」、課長級サラリーマン(社内立場)として株式会社側の実質管理。
札幌地裁判決で学校法人の責任は一切認められず(「授業外で行われたため」との判断)。
◦ キャンパス長(店長級サラリーマン)に一次責任はあるが、人事権は半ば株式会社側。
◦ 生徒は「学校法人の生徒」として集客されているのに、実務は株式会社の収益部門。
学校側も制度的に責任を拡散・遮断する構造だったことが浮上しました。
(札幌地裁判決+投稿内容+私学法・民法・判例に基づく分析。山本個人+小学館の責任とは別軸ですが、被害発生現場として不可分。Aさんは学校法人も提訴したとみられ、その部分が棄却された形。)
• 構造改革特区・株式会社立学校制度(当時合法):安倍政権で解禁された制度。学校法人化後も「業務委託+寄付還流」は多くの通信制で採用されている実態(私学法上、問題なし)。
• 連結決算除外:会社法上、支配力がない形にすれば連結不要。税務・会計的には「責任遮断」の典型的手法(子会社・業務委託スキームと同様)。 → 刑事・行政責任はほぼ生じない(違法スキームではない)。文科省もこの形態を黙認してきた。
ここが最大の争点。投稿の図が示す「指揮命令権なし構造」が、以下の責任を希薄化する設計になっています。
◦ キャンパス職員が学校法人直接雇用ではなく業務委託先 → 「使用者」ではない(指揮監督関係なし)。
• 投稿指摘通り:外部講師(山本)の送迎すら「学校法人の監督対象外」に構造的にできる。
民法709条不法行為の可能性: 施設を「学校キャンパス」として対外表示し、生徒を集めながら、キャンパス長(自社社員)のガバナンスを放置(外部講師の送迎許可・遅くまでの残校・生活指導ガバガバ)。 → 施設管理者としての注意義務違反(判例:学校施設の安全配慮義務は委託先でも及ぶ)。
一般論として「委託元(学校法人)の選任・監督義務」(民法415条・判例)+「施設提供者としての直接責任」。 返信でも指摘されている通り:「委託先の選任・監督義務」「施設を学校拠点として表示した場合の注意義務」「通報体制整備義務」は争点になり得る。
判決で学校法人責任が完全に否定されたのは、まさにこの業務委託+授業外切り離し構造のおかげ。投稿者が「曖昧になるように設計されている」と指摘する通り、制度的に責任を分散・希薄化する効果は絶大でした。
◦ Aさんが運営企業(株式会社日本教育工房)を別途提訴すれば、施設管理者責任・選任監督過失で勝訴余地あり(数百万〜)。
• 山本:グルーミング+性交強制で民事責任確定(1100万円)。
• 小学館:隠蔽・別名義復帰で二次被害責任極めて重い(前回分析通り)。
• 学校運営企業:最初から責任を発生させにくいスキームで実質免責に成功。ただし「構造的問題」を放置した点で、道義的・今後の民事リスクは残る。
制度設計による責任回避を暴いた情報です。被害者Aさんが学校側・運営企業を追加提訴するなら、この業務委託契約書類・組織図・人事権実態が決定的証拠になります。
高校がほぼ女子校(共学だけど女子が多い)でそれなりに勉強も遊びも部活もしてたし、容姿は普通だったと思う
絶対にキモイ声かけなどされないというわけではないが、ほぼ0で過ごせたと思っている。
キモイ声かけされないためには、都合が良くない女として嫌われる必要がある。嫌われたら嫌われたで大変だと思うかもしれないが、キモイ奴にキモイこと言われるより、嫌われて悪口言われてる方がマシなので、嫌われた方が良い。そして嫌われるのはキモイ声かけする奴らだけからであってその他のまともな人とは普通に人間関係を構築すれば良い。
だいたい入学ガイダンスがあると思う。その後の自由時間なり放課後なりに、砂糖に群がる蟻のように男子が女子に列をなして連絡先を聞く場面が発生する。
ここで群がる人は高確率でキモい声かけするタイプ。イキリ。(群がる前に席近いとか話それなりに盛り上がったとかは除外)
なのでこいつらからは嫌われても良い。
普通に女友達いたり、わざわざ工学部にいる少ない女に群がらなくても困らなかったり、女という属性で見てないのであれば群がらない。
連絡先は交換しても良いがクネクネしないこと
アカウント名がQR表示して勝手に追加してスタンス、作業として連絡先を交換する
連絡来ても既読無視
連絡先交換しない場合はキモイからとか言わずに、今後仲良くなってからねなどと断る。仲良くなってからね!みたいな可愛い言い方をしない。男同士は殺伐としてるので愛想を振り撒くと勘違いするため。
クラスラインは入っておいた方がいいので、クラスライン作ります!みたいな人いたらその人には教えてok
その子が嫌がってそうなら一緒に帰ろ!とか言って引き離してあげる。男の方は見ない。
とはいえ嫌がってそうか喜んでるかわからない。男の比率が多い環境はオタサーの姫も多い。
その時は女子みんなでお茶しよって話になってるんだ、一緒に行きたいな!と言って早めに切り上げるよう促す。そして輪の外でちゃんと待ってあげる。断られたら仕方がない。
入学式後はなるべく早く抜け出して他の女子と一緒にお茶でもして帰る(男はいらん)
工学部の女子は多種多様でそれこそオタサーの姫から、銀魂喋りの子、悪い意味で性別不明な感じの子、普通の子、見た目普通かと思ったら全く会話が成り立たない子などいる。
でも害があるとかじゃない限りはコミュニティを作っておこう。話合わないかもしれないしプライベートで遊ぶことは全くないかもしれないけど。4限終わりのお昼は一緒に食べるとか。何かあった時に力になってくれないかもしれないけど、ある程度女子で群れるというのはそれだけでキモイ奴をある程度遠ざけられる。
実験グループとかは連絡先交換しないと始まらないのでここは連絡先交換する。
ふつうの授業は会話する必要ないので、さっさと席を立ったり別のことに集中して連絡先交換イベントを避ける。
実験も愛想振りまかない。愛想振りまかないと言っても粗雑な言葉遣いをするとかではない。仲良くない家族と話す感じで。必要最低限。暴言は吐かない。
学食で接点待とうと話かけてくるのもキモイ事言う奴判定でよい。
さらに入学してから時間が経てば経つほどキモイ事言う奴判定でよい。ある程度まともならバイト先やサークル、高校の同級生からの紹介で女との接点ができてるはずなのにまだ工学部の女と接点が持とうとしてるため。
何のために連絡先知りたいの?それって必要?クラスラインじゃダメなの?とかで断って良い。
彼氏は同大学の同学科学部で作らないことをお勧めする。動画とか回らなくても性事情が伝聞で回ってくる。本当にキモイ
これでキレてから元々のキモイこと言う人達に嫌われてたのがさらに嫌われた感ある
実験やサークルで仲良くなったまともな人達とはちょっと塩で怖いけど普通の人として会話できる関係性を保つ。
ある程度仲良くなったら自分を出してもいいけど、付き合いたいとかでなければ早めに牽制して、告白してもダメそうだなと思われるようにしておく。
キモイ奴コミュニティでTwitterで私の悪口を言い合ってた。今でも検索すると出てくる。
耳がちょっと大きいんだけどそう言う身体的特徴とかそれから連想したあだ名とか。
学校ではそのコミュニティの前を通ると私が怒った時の言葉の真似をされる。ありえないんですけどーwwみたいな
あと実験見てくれる院生(これもキモイ奴ら側)にヤリマンらしいと吹き込まれたらしくアピールされて、当たり前に拒否ったらこれだから女はみたいな感じで実験の質問答えてもらえなかったり、自分の分の機材用意しておいてもらえなかったり(これは明確に相手が悪いし実験班の人も見てるので教授にチクった。院生はどうなったか知らない)
とはいえ性事情を言いふらされたり、キモイ奴の妄想であいつとヤッたwwってウソばら撒かれたり、勝手に好きになってアタックして断ったら逆ギレされる頻度が多かったりするよりは遥かにマシだと思う。
Twitter(X)見てきて。今いろんな人が言ってる
だいたい身に覚えがある。私自身が受けたことも、女友達が受けた方も含めて
研究室とかも書こうかと思ったけど疲れたので割愛します。基本的には都合の悪い女になって嫌われることがベースになります。
私の経験を元にしたn=1なので全ての人、環境に当てはまるものではないし、結果孤立しても自己責任で
今も男性の多い職場だけど上記のような感じで対応して今のところ被害は少ないです。時代や年齢的なのもあるかもしれないけど、全体的にキモイ事言う人減ったと他の女性社員から言われることもあるので、女性には少なくとも皺寄せは行ってなさそう。
余談だけど席の机に女の裸体の絵とかま◯こ図→リアルめな絵とか書いてある。席決まってないから嫌がらせとかではなく普通に落書きとして。数年に何回か大学に顔出すので暇な時授業聞いてたりするといまだに同じような落書きがある。これって文系学部にもあるの?
ジェンダー平等がどうだとか全部的外れ。理系女子を増やしたければ、女子高生の気持になれ。これは文系のキラキラ学部から優秀な女子学生を奪い取るためのマーケティングなんだ。
女子枠が出来て難関大学に多少楽に入れたとしてだ。その先に待っているのがチェックシャツのオタク共に囲まれた研究漬けの毎日だったらその道を選びたい女子高生がどれだけいる?もちろん多少はいるだろうが、そんな女子はもう既に理系を選んでいる。そして大多数の女子高生は文系学部でイケイケ男子達とキラキラキャンパスライフを過ごしたい。こんなことは当たり前のことだ。
大学生の4年間、難関理系なら6〜8年は人生で一番華やかで楽しいと言われている時期なんだよ。多くの大学生は楽しい大学生活を夢見て厳しい大学受験を頑張れるわけ。でもその先に待っているのがもし1000円カット頭のオタク教員と学生だったら勉強を頑張れるだろうか。否である。
そこで必要なのがイケイケ男子枠だ、ブツブツとしか喋れない研究室の机にフィギュア飾ってるキモオタじゃなくてイケメン達との研究ライフ、これこそが多くの18歳女子の望むリアルだ。それに比べて女子枠なんてものは、元々理系に素養のあった女子を下位の大学から吸い取っているだけに過ぎない。
AIに聞いてみた。
ーーーーーーー
理系大学で女子比率を劇的に向上させるための「キラキラ・テック」路線の学科案を考案しました。
伝統的な「機械工学科」「電気電子工学科」といった堅苦しいイメージを、丸の内のオフィス街や外資系コンサルを彷彿とさせる言葉で上書きします。
(旧:情報工学科)
(旧:経営工学科)
「スマホひとつで、せかいを動かす。おしゃれに、スマートに、わたしをアップデート。」 ● じゆうなスタイル、じゆうな時間 カリキュラムはとってもミニマル。すきま時間で、お気に入りのカフェでバイトしたり、連休には海外旅行でリフレッシュ。自分らしく、毎日を楽しみたいあなたにぴったり。 ● テクノロジーを、もっとかわいく。 おもい機械をいじることはありません。最新のAIやアプリをつかって、世の中をもっと便利に、もっと「映える」ものにする方法を学びます。 ● 漢字だらけの古い学科とは、もうサヨナラ。 「きかい」「でんき」「どぼく」……そんな漢字だらけの場所で、むずかしい顔をして油にまみれる生活は、もう過去のもの。私たちは、もっとスマートで、もっと自由な、あたらしい工学のカタチを提案します。
普段は教授会などで使われる最上階のガラス張り会議室を、女子学生専用の「クリエイティブ・ラウンジ」として開放。実際にはWi-Fiと電源があるだけですが、「丸の内の高層オフィスのような景色で自習できる」というブランドイメージを植え付けます。
提携している有名企業(丸ビルや森ビルなどの入居企業)の受付を、社会科見学風に「ピッ」と通過して中を歩ける権利。就職とは関係なくても、「将来こういう場所で働く自分」をリアルにイメージさせ、他学科との「ステータス格差」を演出します。
「水曜日は課題を一切出さない日」としてアピール。実際には他の曜日に調整するだけですが、「自由でプライベートを重視している」というポシティブな印象のみを強調します。
学科のロゴが入った、有名ブランド(MacBook Airなど)とのコラボケースを無料配布。キャンパス内でそれを持っているだけで「おしゃれな理系女子」という属性を誇示できるようにします。
この構成により、従来の「男子校のような工学部」に抵抗があった層に対し、大学ブランドの再構築を通じた強力な訴求が可能になります。
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