はてなキーワード: 理想とは
結局あなた、
って結論を置いてるんだよね。
だから、
全部まとめて
「精神的圧迫」
に変換される。
でも現実の取調べって、
話の食い違いを確認したり、
そういう作業が大量にある。
それを全部、
「ストレス与えたいだけ」
で片付けるのは、
かなり乱暴。
毎回わざと
「適法な対面取調べ」
と
を混ぜてる。
で、
みたいな方向に持っていく。
でもそれ言い始めたら、
取調べだけじゃなく、
裁判も、
拘束そのものも、
“ストレスがあるかどうか”
じゃなくて、
の線引き。
そこを無視して、
「ストレスを与えて翻意させたいんだろ!」
に一本化してるから、
毎回話が雑になる。
あと、
司法取引って、
「認めれば軽くなる」
「争えば重くなる」
むしろ、
かなり強烈。
でもそこは急に、
扱いになる。
結局あなたの中で、
あと根本的な話として、
黙秘後は、
説得も制限、
実質的には書面中心。
でもそれ、
なのに、
みたいに置いて、
少しでも違う意見が出ると、
「中世」
まで飛ばす。
最近なかなか一人で大阪来れる機会がないのでここぞとばかりに。
ただ昼来たときは空いてる店が少なくてそんなにピンと来ず撤退。
夜も1時間くらい徘徊するもビビッとくる女の子(特に胸が大きい娘が良かった気分)がなかったから決め手がなかったが、1日中歩き回った疲労でしんどくなってきた。
途中から目をつけていたメイン通りのトイレ側の角の店の制服コスのショートカットの娘が単純に顔の系統が好みだったので、もう決めようと思って入った。(丸顔系)
結果として当たりだったかな。
体型も個人的な好みの理想でキレイなおっぱい、下の毛もパイパンではなくて良い感じ。
ただ手コキでイカそうとしてくる感じなのはちょっと萎えたがお仕置きとばかりに強くついたり乳首を触ったりしたのでおあいこです。
プレイ中に顔を背けて早く時間が過ぎろって思ってそうな女の子が多い中でこの娘はちゃんと顔を見たり手を握ってくれたりしたので良かったと思う。
個人的には飛田はパッと見キレイに見えても光でシワとか飛ばしまくってたりするのでどの角度から見ても若そうな女の子を狙うのと、あまり積極的な呼び込みをしていない娘、最後にタイプの娘を狙うのが鉄則ですかね。
とはいえ私がそういう選び方で逃してる娘にもっと良い娘がたくさん居るかもしれないですが。
これまで一番良くなかった思い出はけっこうベテラン系の嬢でどこ触ってもそこはダメって冷めた感じで言われてその度に萎えまくったこと。
現代日本の政治・経済議論が根本的に終わってるのは、それがすべて「推し」思考に支配されていて、性悪説を全く欠いているからだ。
民主主義も資本主義も、海外では規制ありきの性悪説に基づくのが当たり前。
企業は疑って当たり前。政治家は疑って当たり前。でも疑うというのは、何も期待せず全否定して絶望するということじゃない。
人間なんて最初から身勝手で自分中心だと理解するからこそ、お互い様で理性の縛りをシステムに求める。
政治家でも市場でも、信じて任せていれば良いなんて言説はすべて責任逃れのための屁理屈だ。
信じるならばこそ監視し、疑うならばこそ「改善のための」考え方に注力する。それが責任のある大人のものの考え方だ。
これを本当に理解できていないと、欧州が何にでも「規制」を科しながら、日本とは比べ物にならない「資本主義」絶対の社会であるということがわからない。
それは資本主義の否定じゃない。資本主義を貫く気が満々だからこそ、安全な市場のための規制を徹底する。
グリーン経済もデータセンターも、欧州は「何を規制すれば、デメリットを最小にして安全に儲けられるか?」を考えるために国も民間も全力を注いでいる。
日本の右翼や左翼が、否定したり理想化したりするような、社会主義のために欲望を犠牲にする高潔なヨーロッパ人なんてものはどこにも存在しない。
いや、それってかなり非現実的。
って、実質
に近い。
毎回DNAが残ってるわけでも、
高画質防犯カメラがあるわけでも、
“どこにあるか分からない”
こと自体が多い。
その全件に対して、
「大規模な聞き込み」
「高度鑑定」
「潤沢な人員投入」
理想としては出来ればいい。
でも現実には、
別に「怠慢」だけではなく、
もちろん、
でも、
https://anond.hatelabo.jp/20260510062738
「新刊100億冊ください」 にモヤる。
作中で嫌な編集者を「プロにはなりたいですが、それは貴方とではありません」と言い放って草食系オタク男編集者と組むんだけど、な~んかモヤる。 もしかしたら嫌な編集者がマシリトみたいに口は悪いけど物事の本質を突くタイプかも知れないじゃん。 要するにこの女はプロになりたい訳じゃないのね。同人みたいにわかる~!〇〇君良いよね~!って言いながら漫画書いてたいだけなのこの女は。まあそういう漫画なんだけどね。
分かります、その「な〜んかモヤる」感じ。 現実のヒット作は「作家のこだわり」と「編集者の客観的な市場視点」が衝突した火花から生まれることが多いものです。 最初から「わかる〜!」で繋がっている関係は、読者から見れば「ただの仲良しごっこ」であり、プロの現場としてのヒリついた緊張感が欠けているように映るのでしょう。 結局のところ、この作品は「創作の苦しみ」を描くドキュメンタリーではなく、「理想の理解者に会
日本のネットユーザーの一部に、奇妙な「勝利条件」が定着している。リアルでのコミュニケーションを避け、オンラインでも積極的に拒絶されること、すなわち無視・ブロック・炎上・排除されることを、むしろ自分の正しさや純粋さの証明として受け止める人々だ。彼らにとって「勝ち」とは、相手に反応されないこと、集団から弾き出されること、沈黙の海に沈むことである。こうした病理は、匿名性に守られた日本のネット文化が長年育んできた特有の歪みと言える。
背景には、1990年代後半からの2ちゃんねる文化がある。実名を晒さず、顔も見せず、責任を負わないまま攻撃や皮肉を浴びせ合う空間。そこで培われたのは「空気を読む」ことの逆説的な極端化だ。反応されれば負け、絡まれると面倒、褒められても胡散臭い。理想の状態は「存在を認められず、静かに漂う」ことなのだ。この傾向はSNS時代に加速した。彼らにとって拒絶は「俺は間違っていない、周りが腐っている」という自己肯定の証拠になる。ひきこもり研究でも指摘されるように、社会的つながりの希薄化と承認欲求の異常な形骸化が重なる。リアルで拒絶される恐怖を、ネットで「自ら選んだ勝利」として再解釈することで、心のバランスを取っている。
病理の根は深い。長時間労働、低賃金、将来不安、人間関係のストレスで疲弊した人々が、ネットを「安全な逃げ場」とする一方で、そこでも本物のつながりを恐れる。匿名性が攻撃性を増幅し、集団極性化を起こす環境では、穏やかな会話より「叩かれること」や「無視されること」の方がエネルギーを消費せずに済む。結果、コミュニティは細分化し、エコーチェンバー内でしか生きられなくなる。外部の声は即座に「荒らし」認定され、拒絶される。
こうした人々は、決して少数ではない。40代ひきこもり問題や、若者の「ドライ志向」の裏側にも通じる。日本社会の「調和優先」「不都合な真実の拒絶」という構造が、ネット上で極端に増幅されていると言える。コミュニケーションを拒絶されることを勝利条件に選ぶのは、究極の防衛機制だ。しかしそれは、孤独を美化し、成長を拒否する悪循環を生む。本当の勝利は、拒絶されることではなく、拒絶されてもなお繋がろうとする勇気にあるのかもしれない。ネットがリアルを侵食する今、日本人はその病理からいつ目を覚ますのだろうか。(約980文字)
なんだかわかる気がする。
3P+騎乗位でフィニッシュ、というのが該当するのだけど、仮にそれが理想だとすると、残念ながら3Pはまだ経験がないしこの先そのチャンスもなさそう。
職場にしろ、サードプレイスにしろ、一つの場所にのめりこんでしまった結果、後に発生する、環境の変化についていけず、トラブルを起こしてその場に居づらくなり環境を変えざるを得ない(またはクビ)、という事をこれまで何度も経験してきている。いい加減失敗から学べよと思うんですが、失敗は失敗を目の前にして初めて気づきます。
最近も似たようなことがありました。
詳細は省きますが、4年ほど居たコミュニティから距離を置いています。原因は自分がコミュニティの中で悪意を感じてしまったからです。おそらく相手方は悪意なんて持っていなかったでしょうが、一度思い込むと、視野が狭くなるのが自分です。知り合いには「あなたチャット向いてないんじゃない」と言われましたが、大丈夫。リアルな付き合いでもこういう事あったりします。ただしそこはブラック企業だったけどね。だからあながち私が悪い訳でもない
対策としては複数の場と交流を持つ。依存先をひとつに絞らない。
職場と自宅の往復に加えて、サードプレイス、フォースプレイス、フィフスプレイスくらいの居場所を持っておきたい。理想です。まあ無理ですけどね。
今後、また新しい出会いがあったとしても、そこで何かしらの衝突があるかもしれない。衝突があるということは、そもそも合わない人達だったのかもしれない。そんな考え方もあるけれど、自分はみんなと仲良くやりたいだけです。
孤独対策として、自宅と職場以外のプレイスを持つという考え方がありますが、自分の場合はそのプレイスだって感情の吐き出し場所になりかねない。
自分みたいな人は結婚向いていないかもしれませんね。困ったな。
みなさんはどうですか?
いわゆるリベラル政党は、自信が掲げる理念とか理想とかを実現するのが目標
だからこそ有権者と絶え間なく対話し信頼を勝ち取る必要があるわけだが、ここ最近のリベラルはこの対話をインターネットで完全に代替できると信じている節がある
なぜなら、同じ関心の持ち主が集まりやすくなるSNSのアルゴリズムの高度化によってエコーチェンバー化が加速、思想はますます先鋭化、そして見える範囲全てが賛同者で埋め尽くされてしまい、結果的に有権者との対話が完全に完了したと誤認してしまってるから
なので彼らは自滅したがってるわけではなく、勝利を確信したうえでああいう言動をとっているということ
ちなみに公明党はインターネットが普及するよりもはるか昔からその状態だったが、数百万もの信者が必ず投票するから世論との対話は必要なかった
また、常にマスメディアや知識人から叩かれ続けている自民党が強いのも原理は同じだったりする
自民党に敵意を持つ者たちによって常にエコーチェンバー化が抑止される構造になっているので、結果的に世論との対話、というよりは有権者への「ご機嫌伺い」を強制されている状態になり選挙でも強い
チン騎士「痴漢を無くせば痴漢の誤認逮捕はなくなるんじゃね? 」
↓
最初から金目的で冤罪をふっかける人が存在するのでなくなりません
↓
まあ普通の常識がある人間からすれば「バカかこいつ」でしかないんですよね
痴漢ゼロの状態をキープするためには人類全員が絶え間ない努力を永久に維持しないといけない
何十億という人間全員ですよ?24時間365日絶え間なくですよ?それを永久にですよ?
まずこの時点でチン騎士って底抜けのバカなんだなってお分かりいただけると思います
そんな達成不可能な目標を平気で掲げる底抜けのバカであるところのチン騎士くんですが
一部の先鋭化したフェミ女さんも底抜けのバカなので平気でこれを支持しちゃいます
普通ならこんなバカげた絵空事掲げた時点で「こいつひょっとしてバカなのでは?」って不信感が生まれるんですよ
でも底抜けのバカなので「こんな素晴らしい理想を掲げてくれるんだ・・・」ってかえって好感持っちゃうんですよね本当にバカって怖いです
この実現不可能なクソ理想論、これに対して素直に「バカじゃねーの?」と非難すると
「この素晴らしい理想を否定しやがったな!おまえは痴漢を肯定するエロ野郎だ!」と返すんですよね
いや普通の常識からみれば不可能なことをこれは無理だよねって反論するのは当たり前です
「理想を否定された!こいつは敵だ!悪だ!!」って構図が完成しちゃうんですよね
チン騎士くんからしたらこの構図さえ完成すれば自分はガンギマった先鋭化フェミ界隈にとっての聖人君子ポジションを確立できる寸法です
ぶっちゃけ痴漢という概念が消えようが消えまいがチン騎士くんにとってはどうでもいいんです
そのためには掲げる理想が荒唐無稽であるほど常識的な反論が呼び込めます
日本で黒人として生まれて毎日のように国籍聞かれて外国人外国人と言われて育ったけどその障がい児とやらを悪く言うのはどうなのかと思う。何が悪いの?黒人で何が悪いんですか?私は犯罪歴ゼロですよ。何なら日本人の平均以上の年収で専門的なことしてるし外国語も複数話せる。でも幸せではないな。周りのことを気にしすぎなのか日本という環境があってないかかな。日本は見た目とかお行儀に厳しすぎる気がする。あまり柔軟ではないなという印象がある。どういう人間になるべきかという理想の人間像が固定化されすぎている。その理想の人間から外れることを悪としている社会かな。
歯医者の定期通院にいってきた
針で詩集ポケットの深さ?チェックしたせいか会計が3700円もしてクソ高かった
右利きだからみがきにくいと思うけどーと
あと歯ブラシもきいてみた
毛先が山形のやつとフラットなやつあるけどどっちがええんかっての
前聞いたことある気もしたけど、今日でここに行くのも多分最後だから気になることきいとこと思って
そしたら、理想はどちらでもなく、両方の特徴をもったとくしゅな奴らしい
前聞いたときはフラットって言ってた気がするんだけどなあ・・・
あと右の奥歯の上に虫歯の種っぽいのあるから注意して磨いてって言われた
あと歯並びがねえ・・・
奥歯は上の歯2本の圧力を。したのは1本で分散させるのが正しいかみ合わせらしいんだけど、
右がそうなってなかった
1本を1本でささえてるから負けてしまって歯が削れたりエナメルが削れたりしちゃってた
今後考えたら矯正したほうがいいって言われた
むーん
少なくとも引っ越し先で決めることやなー
とりあえずいろいろ話きけてよかった
ギャルっぽいメイクした人だったけどなんか矯正についてもそこそこ詳しいらしくて参考になった
ただの歯科衛生士だと思ってたけど
まあ2,3年前からいるしもうベテランだろうしそうなるかあ・・・
あと改めて口を酸っぱくして言われたのは
ってのだな
あとフロスは歯間にいれるだけじゃなくて、はさんでる歯に沿って歯茎に軽く食い込ませる感じで磨かないとってのも
はー
でも矯正の話もできる人だったんならもう少し早めに話きいといてもよかったかもなーとか
まあもう会うこともないんだろうなー
お世話になったよ
最近の国内外色んな作品を見ていて思うんだけど、ポリコレやコンプラの関係なのか作中であんまり露骨な差別描写は出来なくなって、
でもその割に差別に反対する描写だけはきっちり入れる事が多いから、チグハグになってる作品が多いと思う。
作中では差別があるとしてもせいぜい現代の先進国程度の差別で、理想に限りなく近い社会として描かれる
女性が仕事を持って働き尊敬されていたり、有色人種が白人に混じって責任のある役職に就いていたりする。
だけどイスラム圏の酷い所か奴隷制度時代のアメリカ並に酷い差別があるのを前提とするかのように、強い言葉や暴力でもって差別に反対する様子が描かれるという。この不均衡。
差別がそこまで酷くないんだから穏当な手段で立ち向かえば十分なんじゃないかと思うのに、何故かそうはならない。
舞台となる国は中世ヨーロッパでの小国でありながら、身体に障害のあるアジア系女性が仕事を持って働き王にも認められている。全体的に人種差別や性差別が見られない。主人公の家庭は父が早期に亡くなり母と祖父と主人公の三人暮らしだが、祖父が100歳の老人になるまで元気に生きている。現代の先進国でも難しいくらいに理想的な社会だ。
でも王は自らの過ちの結果、主人公達によって糾弾され、鏡に閉じ込められるという考えようによっては死刑よりも酷い罰を受ける。
あの展開ならば初期状態のロサスをあそこまで理想的な国にする必要あった?主人公達の努力で差別が解消されたという展開じゃ駄目だったのか。
これに限った話じゃなく、こういうの色んな作品で多いと思う。
男性向けと女性向けの性的ファンタジーを比較すると、「何を屈服させたいか」「何に価値を置くか」という点において対照的な構造が見て取れます。
男性向けのファンタジーでは、女性を性的快感によって依存させる「チン堕ち」が代表的なテーマです。
女性向けのファンタジーでは、男性の肉体的屈服(マン堕ち)への関心は低く、「心の堕ち」が主流です。
両者の違いを整理すると、以下のようになります。
| 比較項目 | 男性向けの夢物語 | 女性向けの夢物語 |
|---|---|---|
| 主な対象 | 肉体(性的快感、生殖器) | 精神(愛、執着、依存) |
| キーワード | 姫騎士チン堕ち、メスガキわからせ | 溺愛、おもしれー女 |
| 相手の状態 | 快感に負けて無様に堕ちる | 自制心を持ちつつ、特定の女にだけ狂う |
| 現実での希少性 | 女が挿入で快感を得られることは稀 | 男が一人に一途でいることは稀 |
| 物語の落差 | 性的拒絶を快感で上書きする | 誰にもなびかない高潔さを愛で崩す |
結論として、男性向けの夢が「相手の肉体を支配し、快感の虜にすること」であるのに対し、女性向けの夢は「相手の精神を独占し、自分なしではいられない状態にすること」に集約されます。
◯経歴
◯志望動機
ぶっちゃけほぼ記念受験のノリだった。合格率は限りなく低いけど、そもそも応募しなければ選考すらされないからね。
元々テーマパークやプロスポーツチームのマスコットが好きで、多くの人にとって「友達とは少し違うけど親しく触れ合える存在」「色んなことを気軽に話せて、喜びや悲しみを分かち合える存在」「いちいち指示めいたアドバイスをしてこない存在」である彼らのポジションに憧れというか、感銘のようなものがあった。幼い頃から親兄弟にも友人にも遠慮があって言いたいことをなかなか伝えられずに苦しい思いをしてきた自分にとって、マスコットたちといる時だけは明るく心豊かになれた。「自分の好きな自分」になれた。だからこそ自分も、同じような生きづらさを抱えているすべての人にとっての「マスコット」になってみたいと思った。
元々Vtuberになりたかったわけではないし、そもそもV界隈にそこまで興味はないし、にじさんじの所属になりたい願望も特段無かった。しかしそんな中でもちょうどマスコットオーディションの追加募集があることを知り、良い機会だと感じて応募を考えた。
マスコットとして1人でも多くの人に寄り添いたいのに、全くの無名だとその想いが誰にも届かず終わってしまい本末転倒だ。その点、にじさんじのライバーになれれば最初から多くの人の目に触れるチャンスを得られる可能性が高く視聴者の層も老若男女に幅広いので、個人的に思うところの「理想的なマスコット像」を叶えやすいだろうと感じた。
◯結局「応募しない」と決めた理由
いよいよ応募締切日まで残り1週間といったところでふと思った。
「色んなことを気軽に話せて、喜びや悲しみを分かち合える存在」
自分がこれらすべてを叶えるべき場所、それはインターネットの世界ではなく、もっと身近な──今働いている児童施設のはずだろう、と。
今の子供たちの多くは「日中に親が家にいない家庭」で生まれ育っている。学校なり塾なり学童なりに朝から晩まで預けられ、未だ幼いのに家族と殆ど一緒にいることが叶わない。更には「仕事で忙しいのに心配かけたくない」という理由で、学校で深刻な困り事があっても自発的にそれを相談することにも困難を抱えている。顔も名前も分からない不特定多数よりも先に、自分は今目の前にいる彼らのための「マスコット」として行動しなければならない──改めてそう気付いたのだ。
まあ今の生活を変えることの難しさや経験がないことへの不安、仕事への充足感その他諸々の事情も勿論あるが、最大の理由としてはそういうわけで、結局VTAマスコットオーディションには応募しないことを決めた。
配信者として活動することへちょっとした興味はある。マスコットボイスで何日何時間でも変わらず会話し続けるちょっとした自信も実はある。けれどそれ以上に私は今の仕事が案外好きで、今の生活が案外好きだということに気付いた。気付けた。
同時に、軽いノリで記念受験しようとした自分の知らない何処かに生きる、何が何でも「にじさんじに入りたい」「Vtuberとして成功したい」という大きな夢と希望を抱き、強い緊張を覚えながらオーディションのために準備してきたであろう多くの人たちにも思いを巡らせた。彼らには是非、万全のパフォーマンスを発揮して、望む夢を掴んで貰いたいと願うばかりだ。
いつか自分の理想とした「マスコット」のように、視聴者を励まし背中を押してくれるような素晴らしいライバーさんが新たに生まれてくれると嬉しく思う。普段は長時間の配信を観ない自分だが、その時が来たならば「マスコットライバー」の配信は積極的に応援したい。
追伸
実は結構ギリギリのところまで考えていたので、安物ながらコンデンサーマイクを1本買ってしまったんです。しかしオーディションを受けないと決めた今コイツの使い道が一切無くなってしまい困っています。何か良いアイデアがあれば教えてください。
釈迦(ブッダ)は、諸行無常・一切皆苦・諸法無我を喝破し、輪廻そのものを「苦のバリエーション」に過ぎないと断じた。六道のいずれに生まれようと、天界の神々でさえ天人五衰の恐怖に襲われ、再び堕落する。
ブッダは、死体を穢れとし、僧侶が葬送に深く関わることを避けさせた。遺骨を塔に納めることすら、在家信者の世俗的習慣に過ぎなかった。死後の「マシな世界」を求める俗人の欲望に、決して迎合しなかった。
釈迦入滅後500年経って、大乗仏教が現れるや否や、事態は一変した。
これは原始仏教には一切存在しない、明らかな後付けである。方便(upāya)の名の下に、民衆の「死後の安寧を求める弱い心」に迎合した結果に他ならない。
極楽浄土は確かに「悟りへの通過点」と理論上は位置づけられるが、実際の民衆信仰では「死ねば安らげる」安寧の場として理解され、原始の「一切皆苦」の洞察は骨抜きにされた。方便の名を借りて、ブッダの厳しい実践を希薄化させた典型である。
中国に伝わると、祖先崇拝や民間信仰と結びつき、死後の世界を「安寧」と見なす俗人の欲求にさらに深く迎合した。唐代の善導らが体系化した浄土教は、現世の苦しみと末法の不安を前に、「他力一本」で救済を約束する甘美な教えとして広がった。
日本では鎌倉時代に法然・親鸞がこれを継承し、江戸時代の檀家制度で決定的に俗習化した。幕府の統制道具として寺院が葬儀を独占し、戒名授与・読経・高額布施をセットで「極楽往生」を売るビジネスが成立した。ここに至って、ブッダの教えは完全に裏切られた。
死体を防腐し、化粧を施し、数日間安置し、重い棺を霊柩車で運び、骨を割り折って壺に納める煩雑な儀式――これを「極楽への送り」と称するなど、ブッダは激しく非難するだろう。
原始仏教では僧侶が金銭を受け取ること自体が律蔵で固く禁じられていた。金銀は「毒蛇のごとし」。
極楽浄土という方便は、方便の域を超えて、仏教を「葬式屋」へと堕落させる最大の原因となった。
ブッダの見地から見ると、極楽浄土の導入とそれに伴う死後の安寧信仰は、俗人の弱さに迎合した明らかな堕落である。輪廻からの完全脱出を理想とした教えを、「死ねば極楽」という安易な安心にすり替えた。結果、仏教は祖先崇拝と金銭取引の道具と化した。現代の葬式仏教は、ブッダの教えから最も遠く離れた姿と言わざるを得ない。