はてなキーワード: 誰にも言えないとは
10代がAI彼氏に対して感じる「低リスク」には、身体・事件的な安全性と、対人関係における精神的な安全性の両面で具体的な例が挙げられています。
現実の男性との交際で起こり得る、深刻な実害を避けられる点が強調されています。
人間相手では避けられない「気遣い」や「不快感」から解放される点にメリットを感じています。
このように、10代にとってAI彼氏は、「自分を傷つける要素(物理的・精神的)を徹底的に排除した、安全で制御可能な存在」として捉えられています。
何よりも、自分よりも、この世の何よりも大事な娘が18年前に亡くなった。やさしくかわいく、娘が笑うと感じたことのない暖かさを感じた。娘が妊娠中に病気が見つかったけれど、娘は妊娠を継続し産むことを選んだ。私はまだ会ったことのない孫より、娘の方が大事だったので、何度も何度も治療を優先してほしいとお願いした。でも、娘は孫を産んで、「お母さん産むのを許してくれてありがとうね。先に死んじゃってごめんね」と言った。
孫の世話は私がすることになった。赤ちゃんのころは、育児のつらさよりも、娘がいないつらさがあり、ミルクをあげていても涙がとまらない夜も何度もあった。立ったり、歩いたりしても「娘に見せてあげたい」と思い、また涙がでた。代わりに自分が病気になればよかったのにと思ってまた泣いた。
幼稚園に入る頃には、孫は娘そっくりに育っていて、とてもかわいいと思うようになった。孫には「おばあちゃん」と呼ばれていた。周りを真似てママと呼ばれたことがあるけれど、ママはちがうと伝えた。娘が命をかけてもほしかったものを、私が奪ってしまうのは違うと思った。
孫には娘がしてあげたかったであろうことを全部してあげようと思った。さみしい思いやかなしい思いはしてほしくなかった。毎日楽しいことがたくさんあったけれど、楽しいと思うことが許されないことのように感じた。娘がしたかったこと、感じるべき楽しさを、私が得ることで、娘がいなくなってしまうような気がした。
娘にはあまり勉強を厳しく言わなかった。娘の夢はいつも「お母さんみたいなお母さんになりたい」だった。小学生になった孫には、科学教室や塾に通ってもらった。しんどそうにしていたら辞めてもいいと伝えていたが、「たのしい」と言っていたので安心した。中学受験もしてくれ、将来はお医者さんになりたいと言っていた。孫は「おじいちゃんの母校にいきたい」と言い、無事に合格してくれた。孫の祖父である私の旦那はとても喜んでいた。
孫は本当に良い子で、優しく、娘とそっくりの笑い方をする。今年あった関西万博にも何度も一緒にいってくれた。2人で年パスを買い、孫が3日前予約や当日予約を駆使してたくさんのパビリオンを回らせてくれた。「大学は忙しいだろうし、おばあちゃんとばっかり遊ばなくて大丈夫なのに」と伝えたら、「おばあちゃんといるのが楽しいだけ〜」と答えてくれた。いろいろな国のパビリオンを見る孫の顔を見ていたら、ふともうすぐ娘と過ごした時間よりも、孫と過ごした時間の方が長くなると思った。
娘が亡くなったことは受け入れられているけど、私が忘れてしまったら、娘はどうなるのか。娘と同じくらい、孫のことも本当にかわいく大事で大好きに思っている。それが私はとてつもなく怖かった。娘の気持ちを考えると胸が締め付けられるように痛くなった。
亡くなった祖母をアンドロイドの身体に移すことを扱ったパビリオンがあった。孫がおばあちゃんの心をアンドロイドに移して欲しいと希望する映像が流れた。孫は涙を流して、「私もおばあちゃんにはアンドロイドに移ってでも、ずっと一緒にいてほしい」と言った。私はパビリオンを出てからも、涙が止まらなくなった。私が泣いていたら、孫は「私がおばあちゃんからお母さんを奪ってしまったのに、ごめん」と言った。私は娘も孫もどちらも大事で、孫のことを娘を奪ったなんて思った事はない。娘から強く望まれて生まれてきたのに、私がそんな気持ちにさせてしまった。
私は2人ともが、楽しく元気に生活してほしかった。娘にも生きていてほしかったし、孫も生まれてきてほしかった。大屋根リングで座りながら、うまく伝えられたかはわからないけれど、孫も心から大事であることを伝えた。孫は照れくさそうに笑って、その日は、帰りのフェリーで子どもの時と、同じような顔で眠っていた。
なんだか誰にも言えないので聞いて欲しかっただけです。万博とても楽しかったですね。年齢などは少し変えて書きました。読んでくれてありがとうございました。
45歳。埼玉の賃貸マンションに一人暮らし。独身。彼女いない歴=年齢ではないが、最後に女と付き合ったのはもう15年前。埼玉の中小メーカーで課長をやっている。年収は600万ちょっと。部下は8人。社内ではそこそこ信頼されてる方だと思ってた。少なくとも昨日までは。
きっかけは3年くらい前。仕事から帰って、スーパーで買った半額の惣菜をつまみにハイボールを飲みながらYouTubeを見るのが日課だった。
ある日、登録者100万超えの生活系YouTuberの動画を見た。「月収50万の暮らし」みたいなやつ。タワマンに住んで、毎朝スムージー作って、昼はカフェで仕事して、夜は友達とワイン。
なんかムカついた。
こいつは何を生み出してるんだ?カメラの前で生活を見せてるだけだろ。俺は毎日工場と客先を走り回って、部下の尻拭いをして、くたくたになって帰ってきてるのに。この差は何なんだ。
最初は「こういうの見て憧れる奴がいるのが理解できない」くらいのコメントだった。それが少しずつエスカレートした。
Xで捨てアカを3つ作って、毎晩のように書き込んだ。ハイボールが2杯目に入ると指が止まらなくなる。相手のツイートに引用RTで罵倒を飛ばす。ファンが反論してきたらそいつにも噛みつく。
3年間で、ターゲットにしたインフルエンサーは5〜6人。特にしつこく絡んだのが2人。毎日のようにリプを送り、動画のコメント欄にも書いた。
気持ちよかった。正直に言う。
画面の向こうで誰かが俺の言葉で傷ついている。俺みたいな「普通の人間」が、何百万人にチヤホヤされてる奴を引きずり下ろせる。9時間の労働で削られた自尊心を、夜の2時間で取り戻してる気分だった。
今年の1月、知らない法律事務所から内容証明が届いた。封を開けた瞬間、酔いが一気に覚めた。
プロバイダから転送されてきた。俺がXで書き込んだ内容が名誉毀損及び侮辱に該当する可能性があるとして、相手方の代理人弁護士が発信者情報の開示を求めている、と。
該当する投稿内容がずらっと並んでいた。自分が酔った勢いで書いた言葉を、シラフで、お役所的な書面の中で読む。
地獄だった。
俺はこんなことを書いていたのか。人格否定、容姿への攻撃、家族への言及。一つ一つが活字になって、証拠として突きつけられている。
慌ててネットで見つけた弁護士に相談した。着手金だけで30万。
弁護士は淡々と言った。「改正プロバイダ責任制限法で開示のハードルは以前より下がっています。複数アカウントで継続的にやっていたとなると、悪質性が高いと判断されます。示談を目指すべきですが、相手が損害賠償請求に進んだ場合、数十万から百万円単位の支払いになる可能性があります。しかもターゲットが複数なら、それぞれから請求が来る可能性もあります」
頭が真っ白になった。
開示請求された相手のインフルエンサーが、「開示請求が通りました」とXで報告した。具体的な個人名は出していない。でも、俺のアカウントは特定された。そのアカウントのいいね欄から、俺の本垢が掘られた。本垢には会社のイベントの写真が残っていた。
まとめサイトに載った。「中小メーカー課長(45)がインフルエンサーに誹謗中傷で開示請求される」
否定できなかった。
その場で始末書の提出を求められ、「当面の間」課長職を解かれた。懲戒処分の検討に入ると言われた。
部下の目が変わった。同僚が廊下で俺を避けるようになった。15年かけて積み上げたものが、3日で消えた。
弁護士費用、示談金の見込み、合わせて200万以上の出費が見えている。貯金は400万くらいあるが、半分が吹き飛ぶ。課長職を失えば年収は100万近く下がる。
45歳。独身。前科こそつかないだろうが、社内での信用はゼロになった。転職しようにも、この歳でこの経歴で、しかも名前を検索したらまとめサイトが出てくる状態で、誰が雇うんだ。
何より一番きついのは、誰にも同情してもらえないことだ。当たり前だ。自業自得だから。親にも言えない。友達と呼べる人間はもともとほとんどいない。
昨日、いつものスーパーで半額の惣菜を買って帰ってきた。ハイボールを作ろうとして、やめた。酔うのが怖い。また何かやらかしそうで。
違う。あれは意見じゃない。批判でもない。酔っ払った中年が、自分の惨めさを誰かにぶつけてただけだ。
画面の向こうには人間がいる。そんなことは分かっていた。分かった上でやっていた。分かっていたのにやめられなかったのは、それが唯一の「俺にもできること」だったからだ。仕事では上からも下からも板挟み。家に帰れば誰もいない。趣味もない。友人もいない。唯一、夜中のスマホの中だけ、俺は「鋭いことを言う人間」でいられた。
今これを読んで、「ざまあ」と思った人。正しい。俺もそう思う。
でも、もし今、仕事帰りに一人で酒を飲みながら、誰かのSNSに攻撃的なコメントを書いている人がいたら、一つだけ言いたい。
俺の人生はたぶん、もう元には戻らない。
子どものお小遣いがキャッシュレスになる、という記事を読んだのだ。
そこに書かれていたのは、だいたいこんな筋書きだった。火付け役になったのは海外発のデビットカード・サービスで、親はアプリの画面をひらくだけで、子どもがいつどこで何にいくら使ったのか、一円単位までつぶさに把握できるらしい。
まるで冷蔵庫の中身を確認するみたいに、子どもの財布の中身をのぞけるわけだ。ヨーグルトがあと何個か、ビールが何本か、そういうのと同じノリで。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみる。
もし僕たちが子どもだった頃、親にお金の使い道を完全に把握されていたとしたら、嬉しかっただろうか。
放課後の駄菓子屋で、友達とどうでもいい話をしながら、よく分からないガムとか、体に悪そうな色のジュースとかを買った、あの感じ。
あれを、ぜんぶどこかのクラウドに記録されて、リビングのソファに座った親が、晩ごはん前に指先ひとつでチェックしている図を想像してみる。
別に、やましいことをしていたわけじゃない。
小さなウソとか、どうでもいい見栄とか、ちっぽけな秘密なら、そりゃ多少はあったかもしれないけれど、それだって成長過程のサイドディッシュみたいなものだ。
でも反抗期のど真ん中で、自分の小さなサイドディッシュまで、親に成分表示を全部読まれるのは、やっぱりごめんこうむりたい。
自分の呼吸の回数までカウントされているような、そんな感じがしてしまうからだ。
数字やグラフでお金の出入りを見せれば、子どもは早いうちから経済感覚を身につけることができる——らしい。
きれいに磨かれたツヤのある理屈だ。音のよく通るアコースティック・ギターみたいな理屈だ。
でも、そのギターをかき鳴らしているうちに、何か大事なものが、ケースに入れっぱなしのまま忘れられていくような気もする。
たとえば、「どこまで見られたくないか」を自分で選ぶ感覚とか。
あるいは、「親に言わないでおこう」と一瞬ためらってから、それでも話してみる、あの微妙な逡巡のプロセスとか。
そう、聞こえの悪い名前だ。
でも世の中には、聞こえの悪い名前をしていながら、けっこう切実な需要に支えられているサービスというものが存在する。
イメージしてみよう。
決済履歴にはきちんと、「スーパー〇〇 〇〇製菓チョコレート菓子 100円」とか、そういう無害な文字列が並ぶ。
しかし現実には、その場で行われるのは自国通貨をドルや元と交換するどこかの国の怪しげな闇の両替商での行為のようなものだ。
彼らは子どものスマホに届いた電子マネーを、その場で「買い取る」。
100円の電子マネーに対して、99円とか、95円とか、場合によっては90円の現金を手渡す。
差額が、彼らの取り分になる。
その子はちょっとした手数料を払うかわりに、使い道の見えない現金を手にする。
実際のところ、そこにはお菓子なんかひとつもなくて、薄い財布と、手持ち無沙汰な指先と、少しだけ浮き立った心持ちがあるだけだ。
それでも明細の上では、それは安全で教育的なお買い物として記録される。
でももしサービスが軌道に乗って、うまく口コミで広がれば、99円とか、99・9円といった、ほとんど損のない水準まで上げられるかもしれない。
その頃にはもう、ほとんど誰もそれを「マネー・ロンダリング」とは呼ばないだろう。
もっと耳にやさしい、たとえば「こどもプライバシー支援プラットフォーム」とか、そういう感じの名前に着替えている。
親はアプリを開いて、「ああ、うちの子はまたポテトチップスを買っている」と思う。
でもその向こう側で、子どもは友だちと映画館に行ったり、ゲームセンターでくだらないUFOキャッチャーに挑戦したり、あるいは誰にも言えないような本を古本屋の隅で買っていたりするかもしれない。
その線引きを、誰がどこで決めるのか。
ランニングマシンの上を走るみたいに、速度も距離も消費カロリーも、全部ディスプレイに表示される。
そこでは「ムダな一歩」は存在しない。
でも、僕たちが本当に覚えているのは、表示されない一歩の方だ。
雨上がりのアスファルトの上で、予定よりずっと遠回りしてしまった帰り道のことなんかを、妙にくっきり覚えていたりする。
子どものお金の使い道を完全に把握できる世界は、きっと効率的で安全だ。
統計の上では問題が少なく、グラフの線もなめらかに右肩上がりになるだろう。
だけどその世界では、おそらく「こっそり回り道する自由」も、同じくらいなめらかに失われていく。
マネー・ロンダリング・サービスなんてものは、単にその失われた自由の影の部分に、ささやかな値札をつけて売っているだけかもしれない。
あり得るかって?
たぶん、あり得る。
人間が「見られたくないもの」と「どうしてもやってみたいこと」を同時に抱えている限り、そういうサービスは、形を変えながらいくらでも生まれてくる。
木曜の夜、僕は渋谷のマークシティの横のエスカレーターに立っていて、上に行く人たちの後頭部を見ていた。みんなどこかに行くところがあって、誰かに会う予定があって、それが当然みたいな顔をしている。僕にはこの後の予定がない。さっきまで打ち合わせだった。クライアントじゃない、業務委託のデザイナーとの打ち合わせで、サイトのワイヤーフレームの修正点を詰めていた。二十二歳同士の打ち合わせ。たぶん外から見たら、意識の高い大学生が何かやってるな、くらいのものだ。くらいのものだ、ということを自分でわかっているということが、たぶん僕の一番の問題だと思う。
自分の話をする。
僕は今、大学の四年生で、二年の終わりくらいからウェブのマーケティング的なことを仕事にしている。会社を作ったと言えば聞こえはいいけれど、実態はフリーランスに毛が生えたくらいのもので、オフィスはなくて、自宅の六畳の部屋が全部だ。クライアントは十二社。小さいところばかりだけれど、毎月の売上はまあ、大学生にしてはあるらしい。「大学生にしては」。この留保がつく限り、僕はまだ何者でもない。
この言葉を言われるたびに、笑顔で「いやいや全然です」と返しながら、胃の底がかすかに冷たくなるのを感じる。大学生にしては。大学生にしては。その「しては」を取ったら、僕に何が残るんだろう。
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インターン先の話をする。大学三年のとき、半年だけ、あるスタートアップでインターンをしていた。もう辞めてしまったけど、あそこで僕は初めて、本物の優秀さというものを見た。
先輩の川島さんは二十六歳だった。東大の院を出て、新卒でそのスタートアップに入って、マーケの責任者をやっていた。川島さんは、僕が二時間かけて作った広告のレポートを見て、三十秒くらい黙って、それから「ここの因果、逆じゃない?」と言った。僕は二時間かけて間違った方向に全力で走っていたのだ。川島さんはそれを三十秒で見抜いた。
三十秒。
僕は自分の二時間と川島さんの三十秒を天秤にかけて、その傾きの角度に目眩がした。
川島さんだけじゃなかった。もう一人、営業の柴田さんという人がいた。二十八歳。この人はマーケのことなんか何にも知らない。でも柴田さんがクライアントと電話しているのを横で聞いていると、声のトーンが変わる瞬間がわかる。相手の声が、硬いのから柔らかいのに変わる。それは技術じゃなかった。人間の、もっと根っこのところにある何かだった。
僕にはあれがない。
あれが何なのかすら、正確にはわからない。わからないということが、つまり僕にはない、ということだ。
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ここで白状しなければならないことがある。
中学のとき、僕はいじめられていた。いじめ、という言葉を使うと何か大げさなものを想像されるかもしれないけれど、そんな劇的なものじゃなかった。殴られたわけでも、金を取られたわけでもない。ただ、存在を透明にされた。グループワークで僕の意見は聞かれない。昼休みに話しかけても目を合わせてもらえない。LINEのグループに入れてもらえない。文化祭の班決めで余る。修学旅行の部屋割りで余る。「余る」。僕の中学時代はこの一語に集約される。
いじめっ子たちは別に悪い奴らじゃなかった、と今は思う。ただ、僕がつまらなかったのだ。面白くなくて、運動もできなくて、顔もよくなくて、声も小さくて、一緒にいて得るものが何もない人間。それが中学時代の僕で、たぶん、客観的に見ればそれは正当な評価だった。正当な評価だったということが、余計にたちが悪い。理不尽に虐げられたのなら怒れる。でも正当に無視されたとき、人はどこに怒りを向ければいいのだろう。
僕はそれを自分に向けた。
高校に入って、僕は変わろうとした。プログラミングを覚えた。ウェブのことを勉強した。ビジネス書を読んだ。大学に入って、すぐにインターンを始めた。自分の会社を作った。それは全部、中学の教室で透明だった自分への復讐だった。お前らが僕を無視している間に、僕はお前らの知らない場所で、お前らの知らないことを身につける。そしていつか、お前らが想像もしない場所に立つ。
復讐。そう、復讐だった。動機としては不純かもしれないけれど、僕を動かしていたのは確かにそれだった。
川島さんや柴田さんのような人間を見てしまったから。僕が中学の教室の透明な存在から脱出するために必死に積み上げてきたものの全部が、彼らの前では、ほとんど何でもないということを、知ってしまったから。
同世代で見れば、僕はたぶん上の方にいる。大学生で自分の会社を持っていて、クライアントが十二社いて、マーケのことはそれなりにわかる。合コンがあれば(行ったことはないけれど)「すごいね」と言われるプロフィールだと思う。
でもそれは同世代の話だ。同世代のトップなんて、トップでも何でもない。ちょっと世代を上にずらせば、僕みたいなやつなんかいくらでもいる。いくらでもいるどころか、僕よりはるかに速く、はるかに深く、はるかに遠くまで行っている人たちが、ごろごろいる。そしてその人たちは、僕が必死にやっていることを、息をするようにやっている。
オンリーワンでなければ意味がない、と言ったら大袈裟かもしれない。でも、「大学生にしてはすごいね」の「しては」がいつか取れる日が来るのか、僕にはわからない。来ないかもしれない。一生「しては」付きの人間として、そこそこの場所で、そこそこに生きていくのかもしれない。
そう思うと、怖い。
今の自分に満足してしまいそうになることが、怖い。「まあ、大学生にしてはやってる方じゃん」と自分に言い聞かせて、その「しては」の中に安住してしまいそうになることが、本当に怖い。こんなところで満足していたら、僕は永遠に川島さんには追いつけない。満足するな、と自分に言い聞かせる。もっとやれ。もっと上に行け。もっと。
もっと。
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でも。
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でも、と僕は思う。
木曜の夜の渋谷のエスカレーターの上で、どこにも行く予定のない自分の足元を見ながら、僕は思う。
僕は、楽しんだことがあるだろうか。
人生を。
中学のとき、透明だった。高校のとき、復讐の準備をしていた。大学に入って、ビジネスを始めた。二十二年間の中に、純粋に「楽しい」と思った時間が、どれくらいあっただろう。
友達と夜通しくだらない話をしたこと。ない。というか、夜通し話せるような友達が、いない。彼女と手を繋いで歩いたこと。ない。当然ない。二十二年間、一度もない。
二十二年間、一度も、誰の手も握ったことがない。
旅行に行ったこと。ほとんどない。行ったとしても、移動中にSlackを見ている。映画を最後まで集中して観たこと。思い出せない。たぶんある。でも何を観たか思い出せない程度の体験しかしていない。
Twitterを開けば、同い年のやつらがサークルの合宿で海に行ってたり、学園祭で何かやってたり、彼女の誕生日を祝ってたりする。インスタを開けば、もっとだ。僕がワイヤーフレームの修正点を詰めている木曜の夜に、誰かは誰かとイルミネーションを見に行っている。
僕はそれを、ずっと、「そんなことしてる場合じゃない」と思って切り捨ててきた。川島さんに追いつかなきゃいけない。もっと仕事をしなきゃいけない。もっとスキルを上げなきゃいけない。遊んでる暇なんかない。
でも最近、夜中にベッドの中で、天井を見ながら、こう思うことがある。
僕は、「もういい」と思えるほど、生きていない。
もういいや、仕事に集中しよう。そう言い切れるほど、僕は人生を味わっていない。楽しんでいない。何も楽しんでいないのに、何かに集中しようとしている。空っぽの器を火にかけているようなものだ。中身がないまま熱し続けたら、器が割れる。
友達の作り方がわからない。二十二歳にもなって。恋人の作り方はもっとわからない。そもそも誰かと親しくなるということの手順が、僕の中にインストールされていない。中学で透明にされた三年間の間に、みんなが自然と身につけたはずの何かが、僕には欠落している。
だから僕は仕事をする。仕事なら、手順がある。クライアントの課題を聞いて、分析して、施策を考えて、実行して、数字で結果を出す。そこには人間関係の不確定性がない。数字は僕を透明にしない。数字は僕を無視しない。
でもそれは、逃げなんじゃないだろうか。
わからない。
もっと上を目指さなきゃいけないのに、同時に、もっと今を楽しまなきゃいけない気がする。でも上を目指すことと今を楽しむことは両立しない気がする。でもどっちも諦められない。でもどっちも中途半端になってる。上を目指すには全然足りていないし、楽しむなんてそもそもできていない。どっちつかずの二十二歳が、渋谷のエスカレーターの上で立ち止まっている。
ワークライフバランス、という言葉がある。あれは、ワークとライフの両方がある人間のための言葉だ。僕にはワークしかない。いや、ワークすら中途半端だ。ライフに至っては存在しない。バランスを取る以前の問題だ。存在しないものの天秤をどう釣り合わせろというのか。
こんなことで悩んでいる自分が恥ずかしい。川島さんはたぶん、こんなことでは悩まない。川島さんには友達がいて、恋人がいるかは知らないけれど、少なくとも飲みに行く相手がいて、人間としてのベースがちゃんとある上で、あの恐ろしい優秀さを発揮している。土台がある。僕には土台がない。砂の上に家を建てているようなもので、いつ崩れてもおかしくない。
おかしくない、と思いながら、それでも僕は今日も家を建て続けている。他にやり方を知らないから。
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金曜の朝。
特に何があったわけでもない朝だった。
僕はいつも通り六時半に起きて、いつも通り白湯を飲んで(コーヒーは胃が荒れるからやめた、二十二歳で胃を心配している自分がちょっと情けない)、いつも通りMacBookを開いた。
メールを確認する。Slackを確認する。クライアントからの返信をいくつか処理する。そのうちの一件が、先月から手がけていた案件のレポートへの反応だった。
小さなオンラインショップをやっている人で、三十代の女性で、自分でアクセサリーを作って売っている。月商は二十万くらい。僕がやったのは、広告の設計と、LPの改善と、SNSの運用方針を整理することだった。
「先月お願いした施策を始めてから、はじめてSNS経由で知らない方からの注文がありました。すごく嬉しかったです。今まで友人や知人にしか買ってもらえなかったので。本当にありがとうございます」
僕はそのメールを読んだ。
二回読んだ。
三回読んだ。
そして、自分でもよくわからないのだけど、目の奥がじんとした。
「はじめて知らない方からの注文がありました」。
それだけのことだ。たった一件の注文だ。川島さんなら、こんな規模の案件はやらないだろう。やる必要がない。川島さんは何千万、何億という広告予算を動かしている。僕がやっていることは、それに比べたら、本当に小さい。
でも、あのアクセサリーを作っている人にとっては、知らない誰かが自分の作品を見つけてくれたことは、たぶん、小さくなかった。
僕がやった仕事は、完璧じゃなかったと思う。川島さんなら、もっとうまくやれた。もっと効率よく、もっと的確に、もっと大きな成果を出せた。でも川島さんはあの案件をやらない。月商二十万のオンラインショップの広告なんか、川島さんの世界には存在しない。
僕はなんでもやだ。
マーケもやるし、広告もやるし、SNSもやるし、たまにデザインの方向性も考えるし、クライアントの愚痴も聞くし、請求書も自分で発行する。専門性がない、と言われたらそれまでだ。川島さんのようにマーケティングの深い専門性があるわけでもなく、柴田さんのように人の心を一瞬で掴む力があるわけでもない。僕は何でもそこそこにできて、何一つ突出していない。なんでもや。便利で、代替可能で、オンリーワンとは程遠い存在。
でも。
あのメールを三回読んだ朝、僕は思った。
なんでもやの僕でしか、届けられなかったものが、もしかしたら、あったのかもしれない。
月商二十万のアクセサリーショップに、真剣に向き合えるのは、たぶん僕みたいな人間だ。大きすぎず、小さすぎず、どこにも分類されない、中途半端な場所にいる人間。上から見下ろすでもなく、同じ場所に立って、一緒に考える。それは才能じゃない。たぶん、境遇だ。僕が中途半端だから、中途半端な場所にいる人たちの気持ちがわかる。わかるというか、少なくとも、わかろうとすることができる。
それは川島さんには、たぶん、できない。できないというか、する必要がない。川島さんにはもっと大きな仕事がある。
僕にはこの仕事がある。
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これが何かの答えだとは思わない。
川島さんとの距離は縮まっていないし、彼女はまだいないし、友達も増えていないし、人生は相変わらず楽しくない。木曜の夜に渋谷のエスカレーターで一人で立っている二十二歳は、金曜の朝になっても、やっぱり一人で六畳の部屋にいる二十二歳だ。
ワークの問題は解決していない。もっともっと上に行かなきゃいけない。もっと勉強しなきゃいけない。川島さんの三十秒に、いつか追いつかなきゃいけない。追いつけるかはわからない。たぶん、追いつけない。でも追いかけることをやめたら、中学の教室の透明な僕に戻ってしまう。
ライフの問題はもっと解決していない。二十二歳の、今しかない時間が、砂時計の砂みたいにさらさら落ちていっている。大学を出たら、もう「大学生」という猶予は終わる。社会人になったら、きっともっと時間がなくなる。今のうちにもっと楽しまなきゃいけないのに、楽しみ方を知らない。楽しみ方を学ぶ時間を、仕事に使ってしまう。仕事に使ってしまうことに罪悪感を覚える。罪悪感を覚える自分に対してまた恥じる。恥じている時間がまた過ぎていく。
全部、中途半端だ。
全部が中途半端で、その中途半端さを直視できるくらいには頭が回って、でも直視したところで何も変えられないくらいには無力で、その無力さすら誰にも言えないくらいには意地を張っていて、意地を張っている自分がまた恥ずかしい。
大好きな人に自分でもわかっているが能力的にできないことについて、随時追及されるのってとても辛いことだと思いませんか
思考は薄く、感情もなく、文章も読めず、何もできません。毎日死んだように過ごしています。
毎日布団に入る前に明日は治っていてくれと祈りながら眠ります。そして、いつも起きたときは何も変わっていない現実に苦しんでいます 黙々と生きています
当人や誰かに告白しようにもあるところで電源が抜かれたように声は出なくなるし、外に出そうにも私の持ち前の臆病さが発揮されて自ら閉ざしてしまいます。
もしそれが治せたのならいろいろな国の文学を読んでみたいし、物理学や数学など様々な学問を学んでみたいけれど、それはかなわない気がします。
生きているだけでいいっていうのは本当なのでしょうか ただ言われるだけでその正誤は誰も教えてくれません 誰にも言えないこの気持ちはどうすればいいのでしょうか
最近はアニメを見ています。文章は読めないので、よって本が読めないので、いくぶんか楽なアニメを見ています。
アニメを見ているときは少しやわらぎます。恐ろしい展開にはらはらしたり、かわいいキャラクターにときめいたり、ちょっとは気を紛らわせます。
ですが10分後にはもう内容を思い出せなくなるので、それを自覚するときとても恐ろしくなります。
私はいつもお気に入りの喫茶店でクリームソーダを頼みます バニラアイスはいつもの入れてもらいません あの甘ったるいドロドロした虫歯みたいな感触が、メロンソーダの鋭利な刃物のような炭酸の刺激を殺してしまうからです。
その透き通っていながら濃い見た目、緑と対照的なさくらんぼのピンクの色、口に含んだときの心地よい刺激と清涼感、全てが一つの爽快感にまとまって、私の胸の内ある黒いものを消し去ってくれるような気がします。
それが叶ったときはありませんが、この期待だけが今の私を生かしています。どうすればいいのでしょうか。つらいことしか考えられません。今まで頑張ったとは思うのです。
なにもできなくても時間だけが過ぎ去っていきます。人生で最も知識を習得したり、脳の柔軟性が最も高い時期がただ過ぎ去っていくことに恐怖を感じます。
この記事は、将来出産を考えている人やそのパートナー、あるいは今まさに“妊娠初期”という孤独な戦場にひとり立っている妊婦さんに、届けばいいなと思って書いています。
あまり見たくないなーって方はそっと閉じてもらえたらと思います。
(▽昨年のnoteより)
約三ヶ月ぶりにnoteを書いている。ここ最近、長い時間椅子に座って作業ができなかったからだ。
朝はマシだが午後になると体が使い物にならない。
平日は吐き気に耐えながらソファに横たわり天井を見るか、何もないふりをしてゾンビのような顔でリモート会議に出るか。
そんな毎日だった。
と、まるで新しい趣味でも見つけたかのようなライトな語り口で言う人ばかりだったので、私は完全に勘違いしていた。
一日に何度もえずくようになってから初めて、つわりがこんなにも容赦なく生活を侵食し、静かに心を削っていくものことを知ったのだった。
ちょうど繁忙期でもなく、リモート勤務が許される業務内容だったことが唯一の救いだった。
もしこれが出社必須の職場であれば、私はあっさり白旗を振って休んでいただろう。
世間で「産休育休の取得タイミング」や「復職後の働き方」についてはよく語られているのに、「妊娠初期の体調不良も想定して妊活を!」なんて誰も言ってくれない。
いつかは子どもが欲しいと思っていた。
だから出産の痛みや分娩方法、育休中の金銭面、シッター探しの話など、出産や育児についての断片は、耳年増的に知っていたつもりだった。
けれど実際に妊娠してみて驚いたのは、その“前段階”、つまり妊娠時期が、ここまで孤独で苛烈で、日常を根こそぎ持っていくものだということ。
「誰にも言えない心細さ」
「夫と共有できない圧倒的な体感の差」
「突然始まる意味不明な不調と、心のざわつき」
妊娠初期は、この不安や不快や孤独の三重奏に耐えながら、私は毎晩Xを開き、「妊娠◯週」と検索しては、同じ週数の妊婦さんのポストにすがっていた。
共感できる言葉を見つけるたび、“自分だけじゃない”という気持ちが、かろうじて私を支えてくれていた。
おそらく人生で最も情報を渇望し、安堵を乞うている時期に、「周りへの妊娠報告は安定期に入ってから」という不文律が、首を絞めてくる。
一番情報や助言が欲しい時期なのに、
「まだ誰にも言ってはいけない」せいで周囲の誰にも頼れない、聞けない。
このねじれた構造的ジレンマこそが、妊娠初期の一番のしんどさなのだと思う。
妊娠が発覚してから今日まで、スマホのメモに吐き出すように記録した日記は、4万字超。
“男って社会的には父親になれるけど、身体的にはなれないから”
これは産後半年の友人が「今日の昼カレーだったわ」くらいのトーンで放った一言。
自他ともに認めるラブラブな夫婦なのに、彼女は割り切るような瞳で言い放った。
「妊娠中のしんどさは、女が一人で受け止めるように設計されてる。
私の夫は、育休中にようやく父親になったって感じ」
夫を責めるでもなく、世界を恨むでもなく、事実を淡々と述べるように。
当時はこの過激な発言にぎょっとした私も、今なら彼女の言わんとしていたことがわかる気がする。
透明化される妊娠初期
今まで、妊娠中のこと、それも“初期”について、詳しく話してくれる人はほとんどいなかった。
妊娠中の友人と頻繁に会うこともなかったし、妊活でも産後でもなく“妊婦”のリアルについて情報が入ってくることはなかった。
それもそのはずで、つわりのピークとされる妊娠初期は6人に1人が流産に至るとされている、とても不安定な時期だ。だから多くの人は、家族以外には妊娠を伏せて過ごす。
また、流産の不安やマイナートラブルやつわりなど、そういう類の話は、妊娠していない人にとっては興味が薄く、どちらかといえば「暗い話題」に分類されてしまいがちだ。
わざわざ人にするには気が引けるし、うっかり明るいノリで話せる内容でもない。
さらに言えば、妊娠という話題そのものが、とてもセンシティブだ。
「子どもが欲しい人」「欲しくない人」「迷っている人」「持てない人」――相手がどこに立っているのか、その背景や事情は外からは見えづらい。
その結果として、話せる相手は、“同じステージにいる人”か、“先を行く人”に限られていく。
そうして妊娠のあれこれは、徐々にママ同士の会話の中だけで閉じていき、分厚いカーテンの向こうへと消えてしまう。
私がこれまで“妊婦”について何も知らなかったのは、当然のことだったのだ。
妊娠してからというもの、体のどこかが痛いか、心のどこかがざわついている。
そんな日々をなんとかやり過ごしてきたけれど、ふと我に返って「あの子も、あの先輩も、すまし顔してこんな地獄をくぐり抜けてきたのか……?」と思う。
そもそも望んで妊娠したのに、なぜこんなにも辛く、泣きそうになる瞬間が多いのか、ざっくり整理してみた。
1. 妊娠が継続できるかという、終わりのない不安:腹痛や出血、おりものの量で一喜一憂し、本当に毎日のように悪夢を見ていた。
2. とにかく体調が悪い:起きた瞬間からひどい二日酔い&船酔い。身体のあちこちが痛む。まあシンプルにつらい。
3. すべての楽しみが消失:体調が悪いと何も楽しめない。何も食べられない。ひたすら部屋にこもってゲエゲエ言いながら、友人の旅行中のストーリーを見て歯を食いしばっていた。 誰にも会わない。習い事もやめた。予定も立てられない。
4. 夫と二人三脚は無理:いくらサポーティブで気遣い上手の夫でも、つわりや不安を一緒に経験してくれるわけではない。妊娠中に夫と“同じ景色”を見られる日は、たぶん永遠に来ない。
5. 夫の新人研修が意外と大仕事:夫のトレーナーになったつもりで、日々情報をインストールし、的確に指示を出す。全ての通院(検診もNIPTも)に強制参加、たまひよは音読、妊婦や胎児の週数の変化も逐一レクチャーした。
放っておけば夫は「大丈夫だよ」しか言わないし、自分から調べるという発想がそもそもない。
6. 職場への報告タイミングが分からない:「報告は安定期に入ってから」とよく言われる。だが実際は、それまでに倒れたり、急な入院や手術が必要になったりする可能性もある。散々迷った結果、チームに迷惑をかけるくらいなら早めに伝えておいたほうがいいと判断して、私は妊娠10週頃、新しいプロジェクトにアサインされるタイミングで上長に報告した。
7. 果てなき情報収集:chat GPTに質問し、Xを掘り、ママリとアスクドクターズを行ったり来たりしながら質問を連投した。本当に、インターネットの海の向こうの、顔も見えない誰かの言葉に救われた日々だった。
検索履歴は「7w2d 吐き気」「10週 出血 茶色」「12週 恥骨痛」「つわり 14週 終わらない」の山でどんどん埋まっていく。
特に、夫とのすり合わせ、孤独感への対処、産院選び、NIPTの判断、職場への伝え方、予期せぬ出費の数々については、情報を探している人も多いと思うので、あくまで一素人の意見として今後のnoteで書いていこうと思う。
まず私が確認したかったのは、「子宮外妊娠じゃないかどうか」と「胎嚢が確認できるか」だった。
約1%の確率で起こるとされている子宮外妊娠は、なるべく早い手術が必要だと聞く。
病院の椅子で、夫に小声で「今日は胎嚢が確認できればいいからね」と囁いたとき、彼は会社の予定をスマホで見ながら、「タイノーって何?」と返してきた。
こいつまじか……と呑気な夫の態度に、軽くめまいがしたのを覚えている。
前日に私はリビングで子宮外妊娠(異所性妊娠)についてのYouTube動画を流していたが、彼にとってそれは雑音に過ぎず、「妻が付いてこいと言うから病院についてきた」程度なのだなーと思った。
(当事者意識を持たせるためにも、今後すべての妊婦健診に夫が同伴することになる)
いつもの行きつけではなく、家から歩いて15分ほどの婦人科へ向かった。
Googleマップでの口コミが良く、院長が産婦人科専門医・ 臨床遺伝専門医・超音波専門医の3つを保有している。
院長は穏やかでにこやかな見た目だが、包丁さばきのいい職人のように、サクサクと事実を切り分けて伝えてくる人だった。
その約8割が妊娠12週未満の「早期流産」で、ほとんどが偶発的な染色体異常によるもの。つまり、防ぎようがなく、母体のせいではない。
私の場合、胎嚢は無事に確認できたものの、次のハードルは心拍の確認。
子宮筋腫が3つ見つかり、これは要経過観察。
強い痛みや発熱が起きたり、場合によっては早産のリスクになることもあると告げられた。
会計の表示に「12,800円」と出たとき、一瞬フリーズした。
ああハイハイ、これが噂の全額自己負担ね……と納得するふりをしながらも、「妊娠は病気や怪我じゃないから保険は効きません」というお国の理屈には、やっぱり少しだけひっかかる。
病院を出て出社する夫と別れたあと、私はひたすら「まだわからない」と自分に言い聞かせていた。
数ヶ月前、早とちりして悲しい思いをした経験があった。
母が、私を産む前に一度流産していたという話も思い出す。
妊娠がわかってからというもの、「確かなことはひとつもない」と、心が浮つかないように、毎日ブレーキを踏み続けていた。
帰宅しても仕事は手につかなかった。「胎嚢確認 6w(6週)」でXを検索すると、同じ時間帯に同じ不安を抱えている人たちの投稿が次々と現れた。
検索結果をさらに遡ると、6週の時期に不安を吐露していた誰かが、心拍を確認し、つわりに苦しみ、安定期を迎え、マイナートラブルを乗り越えて出産を迎えた記録が続いている。
その一方で、心拍確認のあとに静かに更新が止まっているアカウントや、「また一からやり直します」という言葉で締めくくられたプロフィールもあった。
中には私よりもずっと若い人もいて、そのたびに胸の奥がじんと痛んだ。
そうして私は、検索という名の沼にはまっていったのだ。
「7w2d」「心拍確認できない 確率」「つわり 13週 終わらない」
そのキーワードの羅列に、少しでも答えがあるような気がして、安定期に入るまでは暇さえあればスマホを開いていた。
少量の出血
下着が濡れているような違和感。急いでズボンを下ろすと、そこには茶色く乾きかけた血が滲んでいた。
下腹部にキリキリする痛みもあり、胸の奥に冷たい水を流し込まれたような焦りが走った。
「妊娠初期 出血 量 色」「痛み いつまで」「流産の兆候」……
ChatGPT、ママリ、アスクドクターズに矢継ぎ早に質問を投げた。
今振り返れば、茶色い(=時間が経った)出血は、それほど慌てることではなかったのかもしれない。
そんな私の横で、夫はのんびりとソファに腰を沈めて「大丈夫だよ」と言いながらスマホでグルメやバラエティのショート動画を眺めていた。
まだ豆粒ほどの小さな命が私のお腹にしがみついていて、私のお腹は傷んで下血しているのに、夫は切り抜き動画をザッピングしながら笑っている。
同じ部屋、同じ時間を生きているのに、私はひどく遠くにひとりで立っている気がした。
それ以来、トイレに行くたびに、尿やおりものの色、量、匂いを確認する癖がついた。おりものシートは無香料のものに買い替えた。
これはまだ序の口だった。
妊娠中、何度も夫との意識のギャップにめまいを起こし、そのたびに誰にも相談できない心細さと、仕事の合間につい検索してしまう己の弱さと戦うことになる。
同棲してから今まで、家事の大半を担ってくれている(私は壊滅的に掃除ができない)。
自室から出てきて、歯磨き中に「ヴォェッ」とえずく私の背中をさすってくれる。
それでも、伝わらないことは山ほどあった。
私のように「出血 茶色」と検索窓に叩き込んで、見知らぬ誰かの体験記を読むことすらできなかったのだ。
ほぼノイローゼのように、体調の変化や不安があるたびにママリに質問を投稿していたある日、顔も知らない先輩ママから、こんな回答をもらった。
でも今の時期、母体にできることはないので、信じてゆっくり過ごしてください」
この一文に出会って、ふっと肩の力が抜けた気がした。
姪っ子が高校に合格した。その子の祖母である私の母は孫の合格に喜び、落ち着いたらお祝いパーティーしようと言っていた。もちろん私もおばとしてとても嬉しいし、本人にもおめでとうと伝えた。
でも、その時に「私が高校に合格した時はこんなにお祝いムードなかったな」って思った。思ってしまった。
私は三人兄妹で、全員県内トップの進学校出身だ。大学も全員そこそこ有名なところに進学している。そのことを今さら自慢したいとか、誇りに思ってるなんてことはない。全員、今も昔もその他大勢のひとりだ。でも、母が姪っ子を褒めた瞬間に、私もそんな風に言ってほしかったんだなって約二十年ぶりに気付いた。
自分も子供がいるのにこんなことを思うなんて恥ずかしい、大人になりきれてない自覚があって誰にも言えない。ここにしか書けない。
これは姪っ子に嫉妬してるわけではない。姪っ子に対しては本当に何ひとつ悪感情はなく、完全に「母」と娘である「私」の問題。
でも、これに気付いたことで、親に褒められるのがどれだけ重要なことかわかった。自分の子ども達はたくさん褒めようと思う。すごいすごい、って言いまくろうと思う。
ずっと前、友達からこんな話をされた。「お母さんが姪っ子に大きなクリスマスツリーをプレゼントした。小さい頃、どんなにお願いしても私たち姉妹には買ってくれなかったのに」って笑いながらもちょっと不満も含めたような調子だった。そのとき私にも既に姪っ子がいたけどあまり共感できず、そんな気持ちになる人もいるのかーって感じだった。「まあ孫には責任ないし、ばーばは片付けのこととか考えなくていいもんね」って二人で笑った。今なら分かる。その子にとってのクリスマスツリーは私にとっての合格祝いだったのだと思う。
母はいつも自分で「私は褒めるのが下手。大げさに抱きしめたり褒めたりするタイプじゃない」と言っていた。だから、そんなもんなのだと思っていた。うちは大げさに褒められる文化のない家なのだと。でも母は別に冷たい人ではなく、そういうドライな家なのだと。でも孫にはお祝いムード出せるんじゃん、って思った。同じ母としてわかるような気持ちもある。完璧なお母さんなんていないし。
でも、あの頃の兄や姉や私はお母さんに「すごいね!合格おめでとう!落ち着いたらパーティーしよう!」って言ってほしかったし、もし言ってくれたら何か少し変わってたのかもしれないって思う。大人になりきれてないよね。ごめんね。
jou2 “そして、それを誰にも言えないこともつらい。”それその大学生と同レベルなのでは?どっちも関係を決定づける一言が言えないのが一緒https://b.hatena.ne.jp/entry/4781829356413514241/comment/jou2
去年、職場の食事会で少し話してから明らかに距離感がおかしくなった。
髪型がかわいいだとかなんとか、褒めてる風で逃げ道を塞ぐ言葉が増え、肩を触ったりなどのスキンシップも増えてきた。
はっきり口説くわけじゃないけど、何もしてない顔で距離だけ詰めてくる感じ。
Z世代特有というか、自分が加害者にならないための恋愛交渉みたいなやつ?
「やめてください」と言うほどのことはされていないけど、何も感じていない顔をするのもしんどい。
相手からは枯れたおばさんだからチョロそうとか思われてるんだろうなというのが透けて見える。
今はこんなんでも、10代20代はちゃんと恋愛してきたから、男にどう見られてるかは理解できるんだよとその子に教えてやりたい。
どうせ狙いは「バイト先のおばさんパートとヤッた」っていう話のネタ程度だろうし。
もし仮に恋愛感情があるのだとしても、既婚者を狙うのは相手の人生をミリも考えてないということだろうし、どちらにせよ本当に腹立たしい。
狙われてると言えるほど決定的な証拠はない中で、10も年下の大学生相手に「最近◯◯くんの距離感が近い気がして、、」などと上司に相談できるわけもなく。。。
自意識過剰の勘違い女と見られるのがオチだし、待遇も人間関係も良い職場でわざわざ波風立てられない。
その子に何か言われるたび、適当にかわして、家に帰って一人で消耗している。
食事に誘われるのを断るために、毎日わざわざ弁当を作って持っていくようになった。おかげで日々の家事ストレスが一つ増えた。
同じシフトで同じ空間で、毎週顔を合わせる相手に冷たくすれば、ただの「感じ悪いおばさん」になる。自分は愛想だけでこの30数年を生き抜いてきたのに、それを失うのはきつい。
今日もまた、その子から来た「ただの雑談」みたいな LINEを未読のままにして、この憂鬱をどう処理すれば良いか分からないまま職場のトイレでここに書き込んでいる。
妊婦になる前は体力に自信があったし、仕事もバリバリこなせてた。
つわりがきついという予備知識はみな持っているだろうが、実際体験しないことに分からない辛さもあるので書いていく。
◾️つわり辛い
・妊娠6週あたりからつわりが始まったが、つわりは吐き気だけでなく諸症状がある。私は微熱が出ているような倦怠感が毎日続いた。
・通勤の満員電車で吐き気を催し途中下車する、昼食後に職場のトイレで嘔吐するなど精神的にもキツイ日が続く。
◾️疲れやすい
これ本当に驚いている。人の2倍体力がなくなる。
昨日はお祝いを頂いたのでお返しを買いに銀座へ行き、帰ってきただけなのに有り得ないほど疲れていた。
◾️毎日体調が違う
私の場合、つわりが重くない日も存在する。朝起きてまあまあ元気!みたいな日もあるのだか、朝起きて貧血、めまい、吐き気がひどいみたいな日もある。妊婦は毎日体調ガチャをしている。
・妊娠初期は流産の可能性も高く、上司に報告するか迷う時期でもあり、誰にも言えない不調を抱えたまま仕事する辛さがある。
・症状が酷い日は仕事を休むこともあり、周りに迷惑をかけている申し訳なさで精神的にも落ち込む。
・家事も夫が積極的にやってくれる分、申し訳なさと家事が思うようにこなせない自分への情けなさで落ち込む。
・妊娠前の元気な自分と今の自分を比べてしまい情緒不安定になり、泣く。
・マタニティマークを見て席を譲ってくれる方の優しさに感謝する。
・お寿司大好きな人間にとって生魚を食べられないのは本当に辛い。(厳密に言うと食べてもいいのだが、妊娠中は免疫力が低下してるので食中毒になりやすく自己責任)
・ナチュラルチーズ、生ハムもダメ。あとカフェインも制限されているが、たまにどうしても飲みたい時があるのでその時は我慢せずに飲んでいる。
◾️不安多すぎ
・妊娠初期は胎動もないので、お腹の中で子供が生きているか不安になる。
・第一子ということもあり、全てが初めての体験なので何かにつけて検索をしてしまう。情報中毒とまではいかないが、情報に溺れない程度に情報を入れてしまい自分を不安にさせている気もする。
・出生前診断も受ける予定だが、それだけではわからない疾患、産まれてきてからじゃないと分からないこともたくさんある。とにかく健康で優しい子に産まれてきてほしいと毎日願っている。
◾️国の少子化対策への疑問
・共働きが当たり前の今、妊婦がもっと休みやすい環境を作らないと子供は増えないと正直感じている。第二子も考えているが、第一子を育てながら第二子を妊娠、フルタイムで働くなんて可能なのだろうかと今は思ってしまう。
・女性活躍社会とは結局、女性に対して、結婚して子供産んでね。でも頑張って働いてね!と負担をかけてくるものなのではないかと感じる。
・理解してくれる管理職もいるが、結局体験してみない限り妊婦の本当の辛さは分からないと思う。子供がいる女性政治家の方がもっと政治の場で活躍し、妊婦が働きやすい制度を整えてほしい。
・一方で今が社会の過渡期だと思う。将来自分がもし管理職になったとしたら、部下が妊娠した時に最大限サポートしてあげられる上司になりたいと切実に思う。
VRChatを2年くらいやってる。多様なゲームワールドで遊んだり、有志が開く音楽イベントとか演劇とかを楽しんだりしている。ボドゲも釣りもアクションもFPSもできるし、イベントの類は全部無料。もちろんフレンドと話すのも楽しい。現実ではないもうひとつの社会を毎日謳歌している。
そうして健全にVRChatを楽しんできた人間が、なんでかVR上でセックスをするようになった。
個人的に興味深いテーマなのだが、誰にも言えないのでこっそりとここに記しておく。
VRChatでの性行為(Justなどと呼ばれる)は、端的に言ってしまえば相互オナニーに過ぎない。相手と接触があるわけでもなく、気持ち良くなれるかはお互いの想像力にかかっている。それなら1人でマスかくか現実で誰かとする方が気楽ではあるが、また違う良さがあるのも事実だ。
Justでは動きと言葉が要になる。突然脱ぐとかベロチューするとかではなく、相手の肌や顔、服の上でまずはゆっくり手を滑らせる。早く動きすぎると相手がVR酔いを起こしかねないし、まずリラックスさせるのが先決だ。
触覚はどうしても与えられないので、言葉や音のギミックで補完する。相手の胸に手を当てて「どきどきしてる?」とか言ってみたり、ゆっくり抱きしめたら心音が聞こえるギミックを入れたり。
触覚の補完以外に、頭や顔を撫でて「かわいいね」「好きだよ」と優しく話しかけるのも効果的だ。
人間の脳ときたらチョロいので、こうやって視覚と聴覚を責められるとすぐ認識がバグる。触れられているような、人肌が温かいような気がしてくる。やっている方も相手に集中するので、本当に相手が愛おしくてたまらなくなったりする。
ちなみに、嘘こけwwwと積極的に冷笑する人間ほど、歴戦の猛者に出会うとコロッと陥落させられていることが多い。
さていざ本番となっても、局部を弄るのは自分の手だ。ある程度相手のリズムに合わせつつ、あとは自分の良いように手を動かす。相手が気持ちよくなっているところを見て自分も気持ちよくなり、お互いに高め合って果てることができるわけだ。
現実だとガシマンやらガン突きから逃れる術がないので、下手なプレイは自分の肉体で受けざるを得ない。が、VRならノーダメージだ。激しい責めを受けつつ自分の方はソフトタッチで終わることもできる。
バーチャルセックスは性行為における「コミュニケーション」の部分だけをいいとこ取りしている、とも見ることができる。
互いに性感染症の心配もなく、傷つきもせず愛し合えるのだ。だからか、深みにハマる者は多い。
冒頭のようなキラキラ明るい界隈がVRChatの表側なら、性愛のいろいろは裏側に当たる。
本来VRChatでは、NSFWコンテンツを公の場で出してはならない。スケベな自撮りも性行為も恋人探しも、往来ではなくマッチングの場などを経て、自分と特定フレンドしか入れない場所でひっそり行われる。みんな、VRでまで恋人(お砂糖と呼ばれる)を作ったりセックスの真似事をしてみたりする。
日本のVRChatコミュニティに関してはこういうセンシティブな部分が取り上げられやすい。自分としてはロールプレイイベントや演劇、ライブイベントなどにバズってほしい。
それでも先日不思議な縁でお砂糖ができ、"センシティブな部分"そのものを体験して、なるほどこれも悪くないな、と感じた。
要は現実と変わらないのだ。みんな人肌恋しい。みんなエロいことがしたい。相手を慈しみ、可愛がり、腕の中に閉じ込めたい。傷つく肉体がない分奔放になりすぎるだけなのだと思う。
興味が出たらデスクトップからでも、スマホからでも始めてみると良い。
沼の底で君を待ってるよ。
発達障害(asd強め)の女だけど、子供産まないでアラフォーになって、ちょっと頭おかしくなった。
妙に気が合うなと思って結婚した夫も発達(交際時代にお互い開示済)だったし、双方の親族を見るに明らかに代々遺伝してるし、夫婦とも明らかに子育てに向いてないし、何より子供の頃からずっと生きづらい人生だったので、発達ハイブリッドをこの世に生み出さないためにも子無しを決定。
でも私も夫も発達は周囲におおっぴらにしていない(なんとか働いてる)こともあり、結婚してからずっと『子供まだ?』『早く産んだほうがいい』『子供欲しくないの?』と言われてきた。
私は子供が欲しいと思ったことは生まれてから一度も無いけど、定型のふりして普通を目指して生きてるもんだから、周囲にそう言われるたびに『やるべきことをやらない』『みんなしていることができない』『非国民』『半人前』と言われてる気がして、内心は落ち込んだり焦ったりしてた。『やはり産んだほうがいいのか?』『産まないと後悔するのか?』と思ったことは数知れない。
夢の中で、私はガヤガヤしたファミレスのレジ前に立っていた。どうしてそこにいるのかはわからなかったが、気付くと目の前に女の子が一人立っていた。
ブレザーの制服を少しだらしなく着ていて(おしゃれに着崩してるとかじゃなくて、ちょっとリボンタイが曲がってたりスカート丈が変に長かったりとにかく野暮ったい)、ボブカットの髪はボサボサしてて、中学生くらいに見えた。全然知らない子だったけど、私はすぐに『ああ、私の娘だ』とわかった。もちろん産んだこともなければ妊娠したこともないけど、確信があった。まあ夢の中だからそういうもんだろう。
自分の子供といっても初対面だし、特に感動も言いたいこともなくて私はそこに立ち尽くしていた。その子もしばらく無表情で何も言わずにこっちを見ていたが、しばらくしてボソボソ話しだした。
正確な言葉というか台詞?は覚えてないんだけど、内容としては『私を産まないでくれてありがとう』ということだった。
みんなの考えてることがわからなくて、みんなができることが出来なくて、友達もいなくて、何なら小学生のときから軽くいじめられてて、とにかく毎日つらいんだって。学校が嫌でしょうがないんだって。何も楽しくなくて、生まれなければよかったって何度も思ってるんだって。
だから産まないでくれてありがとう、って言われて、私も何か言おうと思ったところで目が覚めた。夢の中では気付いてなかったが泣いてたらしくて、目元がべしゃべしゃで鼻水も出てた。
そしてそれ以来、子供のことを言われてもなんか何も感じなくなった。何かがストンと落ちたというか、とにかく無。夢なんて自分の脳内妄想でしかないのに、あれが真実で本当である気がして完全に納得してしまったらしい。頭おかしくなった。でもスッキリしてちょっと生きやすくなったから、もういいか。
だからありがとう、わざわざ言いに来てくれて。名前も知らないし顔ももう忘れたけど。まともに産んで幸せにしてあげられなくてごめん。せめて絶対に産まないでおくね。まあもう私アラフォーだけどさ。
こんなオカルトじみた妄想誰にも言えないし、あの子にも何も言えなかったので、私がスッキリして年を越すためにここに書き出しておく。
来年からの目標は、できる限りひとに迷惑かけず死ねるよう老後計画と終活を進めることかな。
頑張ろう。まあ生きてるだけで周囲に迷惑はかけてるんだけど。そこは本当にごめんなさい。苦しい。
ちなみにこれは私個人の考えと日記であって、発達は子供作るなとかそういうことを思ってるわけでも言いたいわけでもない(他人のことは知らんしどうでもいい)。
おわり。
25年の年の瀬。
冬の空気が張りつめ、
一年という時間の重さを、否応なく突きつけられる季節になりました。
経営をしていると、
一年は驚くほど短く、
同時に、異様なほど長い。
決断の数だけ夜があり、
結果が出た年も、出なかった年も、
「逃げずに向き合ったか」
読み進めるうちに、
あっ、これは俺だな。
好きなことに没頭し、
とにかく動く。
失敗する前提で動く。
細部には異常なほどこだわるが、
やると決めたら、すぐやる。
できないことは、人に任せる。
前に進むことだけは止めない。
気づけば、
そういう人間の周りに、
人も、仕事も、チャンスも集まってくる。
ただし、それは同時に、
途中でやめるくらいなら、
何度も思いました。
22歳のとき、
私の夢
「インテリアを通して、世に貢献したい」。
正直に言えば、
ただ、
「この仕事で生き切る」と決めただけでした。
だからこそ、
そう腹を括りました。
その覚悟を、
決定的なものにしてくれたのが、
人生には、
逃げ道が消える瞬間があります。
それ以来、
私は人生を“全振り”してきました。
失敗も、恥も、誤算も、
正直、数え切れません。
カッコ悪い決断も、
笑われる挑戦も、
山ほどありました。
それでも続けてきたのは、
「挑戦しない理由を並べ始めたら、終わり」
才能でもありません。
覚悟の量です。
不完全な情報の中で、
最悪の結果を想定し、
それでも決断する。
失敗したら、言い訳をせず、
私たちが目指しているのは、
「小売の夜明け」。
消費から、利用へ。
住環境を扱うということは、
人の人生に触れるということ。
だからこそ、
行動の差は、覚悟の差。
自信の差は、準備の差。
人格の差は、苦労の差。
成長の差は、挑戦の差。
信頼の差は、誠実の差。
知恵の差は、経験の差。
これは理屈ではなく、
全国18店舗。
点だったものが、
ようやく「面」として語れる段階に入りました。
同時に、
この結果は、
現場で踏ん張り続けてくれた仲間、
取引先の皆さま、
関わってくださったすべての方々のおかげです。
それでも、
一部の店舗で、
「ボスは『私』と言う。
リーダーは『我々』と言う」
この言葉は、
今の自分への、強烈な戒めです。
それは、
売上や店舗数よりも、
はるかに難しく、
そして、最も逃げてはいけない挑戦です。
2026年も、
恥をかく側でいい。
挑戦する側でいたい。
本年も、本当にありがとうございました。
皆さまにとって新しい年が、
今年の頭にステージ4の癌が発覚した
そこから内蔵を摘出したり転移した癌を取り除いたり放射線を当てたりと色々あり今に至る。
幸運なことに、まだ普通に生活して生きているのだが医者からはいつ何があってもおかしくないと言われている。
あまり無理すると抗癌剤の効きが悪くなるのでそこそこにした方が良いと言われているので7割くらいのパワーで仕事に復帰してぼちぼちやっている。
そんなこんなで生活を送っていたのだが今日たまたま別のタイミングで家族と同僚から別の理由で詰められてなんかタヒにたくなってる。
詰められた根本の原因は自分が7割くらいしか力を出せておらず周りに負荷がかかってしまっていることだと認識している。
あんまりメンタル崩さない人なのだが瞬間風速的にメンタルが乱れておりなんかやばい。
全力だすと体に負担かかってタヒにそうだし7割くらいにセーブするとそれはそれで周りに負荷をかけてしまう。
なんか八方塞がり感があり比較的つらい。
タヒんだら長期的にみるとみんなに対する迷惑の合計値は少ないと思うんだが、相談したらソンナコトナイヨと言われるだけなので誰にも言えない感じはあるのでもにょる。
とはいえこういうのは脳の電気信号の一時的な乱れでしか無いのはわかっているので時間が経過したら安定するであろう。
寝たらメンタル復活するといいな
いや、いきなりギュ鳴らしで殴んなよ。おれおまの話だ。
地方偏差値表の下層から、なんかの拍子でkに滑り込んで、就活でさらに奇跡起こしてエリサラ入社したピエロ。親戚LINEで「大手入ったの?すごいね」「がんばったね」連発されるたびに、体の奥がギシギシきしむ感じ。あの説明不能のきしみ、誰にも言えない。
t出身kの就職の何が一番ヤバいかって、**治療が一生終わらない**ところだろ。就職コンプは就職じゃ治らない。むしろステージ上がって悪化。末期化する。
エリサラのオフィス入ると、今度は「育ち」と「空気」が容赦なく殴ってくる。言語化されない飲み会のテンポ、ゴルフの雑談、失敗の美学、親の話の匂い。学歴と就職はあるのにホームじゃない。常にアウェー。常に実況席で自分を俯瞰してる。セルフ男子校の延長戦。
飲み会で「親御さん何されてるんですか?」って聞かれた瞬間の気圧理論崩壊。チャージスポット切れ。答えられない。答えても「へぇ~」で終わるあの空気。魂の格で負けてるのがバレバレ。
一方で、地元に戻ると「もう違う世界の人」扱い。話が合わないとかじゃなくて、戻る理由が完全に消滅してる。結果、会社にも地元にも所属できない。浮遊霊。カースト移動の亡霊。
これを「自己責任」で片づけるのは簡単だし、「気にしすぎだろ」で済ませる奴らはだいたいs出身の余裕組だろ。ここで発狂界隈特有の被害者意識がギュッと発動。たまらないわ。
で、予後が悪い。マジで暗い。なぜならあの就活成功体験が「再現不能」だから。もう一度同じ奇跡起こせと言われても材料ゼロ。なのに上司や親は「次は昇進だろ」「転職してもっと上狙えよ」前提で期待かけてくる。期待に応えるたびに内部で何かが削れて、ヌクモリンすら残らない。
たぶん一番キツいのは、「大手入った」こと自体がずっと疑われ続ける点だろ。自分からも他人からも。就職ロンダリング成功しても、心はロンダリングされない。アンティーク理論のまま。魂の格はtの公遺症が染みついたまま。エリサラ馬力稼いでも、世界ランク理論で下位確定。
※追記
もちろん全員がそうじゃない。うまく適応して軽やかにエリサラライフ楽しんでるt出身kもいる。でもそういう奴らはだいたいこの文章最後まで読まない。ここまで読んでしまったお前ら、つまり私たち。予後悪い組。
これはtを腐す話でもエリサラを神格化する話でもない。「就職でカースト移動した人間の後遺症」の話だ。治らないけど、症状は共有できる。共有できるだけで、今日は少しだけ鷲谷内海で耐えられる。和歌李真下。湯茶駄め四。