はてなキーワード: 学内とは
人は、自らを何らかの属性を持つ集団へ帰属させ、その集団同士で勝ち負けを競い合うことが大好きだ。
肉体的スポーツに限らず、デジタル・アナログ問わないテーブルゲームや手遊び、東西、紅白、善悪正邪。
二元論的対立でなくとも、プロアマ問わない複数チームによる対抗戦、地域、国家、思想、就労組織、親類一族、家、出身校。同じ学校内でさえ学級、学科、部活、委員、学内地域と細分化される。
更には血液型、星座、誕生日、好きな食べ物、フェティッシュの方向性、何のファンか誰が推しか何沼にハマっているかに至るまで、人は己を自らカテゴライズし、そのカテゴリ同士で優劣を決めるのが好きで好きでしかたがない。
自分自身で戦えない場合、時には相手への罵倒すら織り交ぜながら贔屓への応援支援を行う。
味方の勝利は己の勝利。実効的な行為は何一つしていなくとも馬鹿騒ぎし、負けてしまえば最悪の場合は殺人事件にまで発展する。
「争いは嫌だ」と主張する場合でさえ、その主張を巡ってそうでない連中と争うことになる。『「長話はダメだ」という長広舌をふるう』ようなものだ。
なんにしろ、単に個人対個人よりも「所属している集団」「肩入れする集団」同士の抗争が特に好まれる傾向にあると言っていい。
個人で戦うより楽だから、というのも勿論あるだろう。責任は分散しつつ、比較的安全圏から敵を攻撃できるのだから。
本気で対決するわけでもなく、ただ二項対立の状況そのものを面白がる風潮というのもある。
無責任だったり判官贔屓だったり、要するに他人同士の軋轢に首を突っ込み頼まれもしないのに乗っかっていく、むしろ煽っていくというのは、昨今のSNSで誰しも一度は見たことがあるだろう。
例えば、競合する商品やサービスを提供する二社があったとして、そのどちらか一方のみを支持し、もう一方は根絶すべきだという流れを見たことはないだろうか。
本来なら「どちらも買えばいい」「どちらも楽しめばいい」という発想があって然るべきなのに、そうした一般的思考は敢えて排除される。
勿論、中には本気の「アンチ」や「信者」もいるのだろうが、別に両方へ同時に手を出してはいけない法はない。
現実的には、個人の資産や費用の限界による購買制限、つまり「どちらかしか選べない」という事情もあるだろう。
そうであったとしても、選択できなかった側を貶めることで自尊心を保つ行為にしては、少々度が過ぎているように感じる。
つまり、人は好き好んで仲違いし、自らを持ち上げ、相手をこき下ろし、朗報悲報だのと立場によって逆転するニュースへラベリングを施し、延々とマウントを取り合う。
その様を楽しんでいるとしか思えない。別に自陣営へ勧誘したいわけでもなく、ただ互いに罵倒し合うことそのものを愉しんでいる。
詰まるところ、やはり主たる目的は「優劣をつけること」なのだろう。
エコノミックなパイの奪い合いというより、自分が正しく相手が間違っていることの確認、証明、「相手を攻撃できれば何でもいい」という欲求の方が実態に近い。
その「何でもいい」の部分へ、同族集団というものが、もっともらしい大義名分を与えてくれるわけだ。
なにしろ実利とは無関係である。というか、機会損失という意味ではむしろ損をしていることすらある。
まあ、対立状況そのものを面白がる人間は、そもそも外部の野次馬であり、失うものなど最初から持っていない場合も多いのだが。
責任の分散どころか、そんなものは存在しないと思っているからこそ無責任に煽れるのだろう。
優劣をつけることと、勝敗を決することは、似て非なるものだからだ。
誤解なきよう言っておくが、それ自体が悪いと言いたいわけではない。
人間とはどうやらそういう風に出来ている、という説明と解釈である。
元々は生存競争、捕食被食、繁殖のための異性獲得競争など、「勝つこと」が「悦び」であるという根本的反応なのだろう。
知恵によって食物連鎖から仮初めに脱し、生存率も高い水準を保てるようになった人類にとって、その「悦び」を得るための代替行為を欲するのは自然なことだ。
闘争を避けること、つまり逃走が生存維持に繋がるなら、それもまた勝利の一種ではある。
だが、先ほども言ったように、人々にとって勝敗そのものは、実のところそこまで重要ではないらしい。
プレイヤーが気持ちよくなるために都合の良い仮想敵を設定し、それはあくまで倒される前提で存在する。
攻略可能な範囲内で、接待だと気付かれないギリギリの強さで抵抗し、最後には敗北することを運命づけられた存在。
そうしたものを配することで「悦び」を得る疑似戦闘として非常に有用で、率直に言えば、だから人気なのだ。
ただし、対人戦特化型は全く別の話になる。
一人用ゲームでも高難易度特化のものは存在するが、それらはハードルが高く門戸が狭いことによって、「他の奴らには出来ないことを出来る自分」という、より強い優越感を提供する。だから一定数の支持を得る。
誰でも簡単にクリアできる爽快さは、そういう人間にとっては悦びどころか、むしろ無粋でつまらないものですらある。
当然、ストレス発散として結果的な悦びを求める者達にとっては、「悦びを得るために苦行をこなさねばならない」それらは、「ゲームのためにゲームをしている」という本末転倒な思考回路に見えるだろう。
決してそんなことはないのだが、それこそ属する集団が違うということだ。
そして重要なのは、ある集団に属することによって、人は「戦うための大義名分」を得られるだけでなく、「自分が何らかの役に立っている」と思い込める機会を得る、という点だ。
特に、普通のコミュニティへ馴染めない人間にとって、それは非常に蠱惑的である。
現実社会では必要とされない自分が、疑似コミュニティにおいては貢献できる。
敢えて「疑似」と表現したのは、要するに「現実社会と直接には繋がっていない」という意味だ。
そして上に立つ人間は、そうした心情を利用することが多い。
現実では得られなかった役割を与え、達成感という報酬で縛り、更なる貢献――否、献身を自ら進んで行うよう巧妙に仕向ける。
直接的な強制など必要ない。本人に自覚のないまま、都合の良い駒として、一層離れられなくしていく。
無論、普通のコミュニティとて同じ構造を持つ部分はある。だが、マイナスを経験した後に用意された逃げ場としての幸福である以上、同じプラスでも、その絶対値は大きく感じられる。依存が強まるのも無理はない。
実際、オンラインゲームにおける共闘のように、自らの役割が明確で、効果に即時性があり、目に見えて貢献度が分かるパーティプレイは、少なくとも勝っている間は、それはもう愉しい。
自らの貢献、味方との連携。互いを求め、そして求められる関係。作戦立案と実行。
その結果として敵が倒される。自己承認と敵の殲滅が同時に得られるのだから、脳汁が止まらないというやつだ。
つまり、組織だった戦闘とは、「悦び」を最も実感しやすいシチュエーションなのである。
厄介なことに、「物理的集団戦闘行為」は、その悦楽を最も得やすい。
先ほど述べたように、集団を主催する側はそれを利用するし、快楽が強烈であるが故に、強制すら不要となる。
ただ、論戦に関しては、双方がルールに則って戦うことが前提だ。そもそも言葉とは真理ではない。言葉が通じない相手とは、論を戦わせることができない。
ある動物の威嚇行動が、人間から見れば愛らしい仕草に見えるように、概念による戦いは、言語を始めとした共通ルールの存在が大前提である。
逆に言えば、ルール厳守を徹底するならば、言語は極めて強力な武器たり得るということでもある。
普通に暮らしている限り、我々は「言語という呪文」が通じる世界に生きている。
その威力は、人を生かしも殺しもできるほど強い。少なくとも、言葉が通じる場においてなら、戦闘行為は成立する。
そもそも、属性集団の中には、言語によって分けられた集団すら存在する以上、強い悦楽が物理戦闘に限られるわけではない。
だが実際問題、同じ社会にいながら、言葉の通じない相手というのは存外多いものなのだ。
X(旧Twitter)で「東大の女子比率が男女の知能差を表してる」みたいな話が流れてきた。
そのポストには「そんな事ねえだろ!他国の大学とかそんな事ねえぞ!」という反論がついていて、どちらかといえばそちらがバズっている。私もまあ、「そんな事ねえだろ」派閥なのだが、ではどうして女子比率が低いのか?という点については、例えばジェンダーバイアスだとか、地方から出てくるハードルだとか、色々な議論がなされてきて、東大側も施策を打ったり打たなかったりしているところだと思う。
私が言いたいのはこの辺のごちゃごちゃした部分ではなくて、過去東大に通っていた身として、「自分に娘ができたら、どんなに頭が良くても東大には通わせたくない」ということである。
東大の女子比率は、毎年20%前後である。私の在学中に20%の壁を超え、ちょっとした祝福ムードだった記憶があるが、当然学部学科によって人数の偏りもあり、なかには女子がいないクラスなんかも存在する。また、東大合格者の6割は関東出身で、そのうち中高一貫進学校(男女別学)の出身者がかなりの数を占める。何が言いたいかというと、在学生の傾向や文化が偏っていて、しかも「東大」という枠組みの中でどんどん濃縮されていくのだ。
その結果、大学側も生徒側も、普通の大学だったらありえなくないか?という事態を看過しているのではないかと思う。(主観的な意見だからそんなことなかったらごめん)
例えば、入学時の健康診断のとき。胸部X線検査か何かの検査で、上半身の衣服(下着等も含む)を全て脱ぎ、検査着のような薄い服を羽織って待つ必要があった。もちろん裸ではないが、不特定多数に見られるには心許ない格好だし、女性なら分かってくれると思うが、ブラジャー無しで薄い服を着て外を出歩くのはなかなか抵抗があるものだ。しかし、その格好で待たされたのが、普通に人が往来している外通路だった。もちろん男性もたくさん通る。こんなに配慮されないことってあるんだ、と入学早々驚いた。Xで工学部の女子トイレの状態がひどい、と投稿している方がいたが、なんというか、学校側の認識が杜撰なんだと思う。
不審者とかも全然いる。というか学内の人間が不審者になることもある。例えば、これは私の先輩(女性)の話だが、研究の合間に所属学部の研究室で休んでいたところ、たびたび研究室に来て徘徊する男がいたらしい。明らかに1人でいるときを狙って入ってくるし、研究の性質上夜に研究室に篭もることもある。このままでは危ないのではないかと怖くなり、教授に掛け合ったところ、他研究室の院生だと発覚した。しかし、結局のところお咎めなしだったらしい。こういう話は、在学中たびたび聞いた。
私個人としては、セクハラ(というか性暴力)もかなりこたえた。男性が8割を占めるうえ、前期課程は高校のようなクラス制で、否が応でも男性と関わらなくてはならない。しかし、それがきっかけでLINEのしつこいメッセージが来たり、あることないこと噂を流されたり、果てにはホテルに連れ込まれそうになったり、詳述はしないが体を触られたり、本当に嫌な目にあった。告発しようと思ったこともあるが、男性ばかりの環境ではあまり取り合ってもらえず、結局なるべくクラスに顔を出さないようにした。
書いたら嫌な気持ちになってきたが、こういう話は私や、私の周りの女性が実際に体験した話である。あくまで個人の話だし、たまたま悪い経験を引き当ててしまっただけなのかもしれない。しかし、男女比率の偏り、あるいはそれを解決できないでいる大学側の姿勢が、このような問題の一因であると個人的には思う。もし今が女性を増やしていくための過渡期で、私の経験がその礎となる犠牲、みたいなものだったのだとしても、少なくとも自分の娘には同じ思いをさせたくない。
最後に、誰もがあくまで追求したい学問や目指す進路のために大学の門を叩くはずであり、それを阻む障壁は取り去られてしかるべきである。何も女子生徒だけを優遇しろ、と言っているのではなく、誰にとっても過ごしやすい環境を実現するために、社会や制度がもっと良い方向に変わっていくことを願う。
女子3%の工学部で工学部だけキャンパス違う大学行ったけどほんと大変だった
勝手に惚れられて振れば変な噂流されて学内で知らない人からすれ違いざまに気持ち悪い声かけされたり
実験の授業であからさまに無視されてデータ取らせてもらえなかったり
研究室で夜残って2人きりになると凄く体を寄せてきたり
困ってても助けてくれない(高校は女子多かったので何かしらで困ってたら知らなくても助けてくれる人が多かった)
逆に困ってる人を助けようとしたら惚れてんの?みたいなこと周りから言われたり
就活もパンツスーツで行ったらなんでパンツスーツなの?スカート履きなよとか言われたり、資格持ってても女性の現場の前例ないから事務でなら雇うと言われ、同大学の資格持ってない成績も悪い男子は通過するけど私は通過しないとかもあった
あと父が他大学の教授なんだけど一緒にご飯食べてるところ目撃されて、パパ活ってSNSで回されて父も大学から事情聞かれたり。
女が珍しいから何しても噂になりやすいし、逆恨みする人も出てくる
勿論まともな人もいるけどそういう人はあまり関わりはあんまりない
関わりあるやつはガイダンスの時の席が近いとかサークル同じとか関連ないのにわざわざ声かけてくるタイプなので下心前提
同じ学科の女子は良い子でよかったけど、他学科はオタサーの姫チヤホヤ大好き!な感じの子で女の子の味方にはなってくれない感じの子もいたので友達になれない可能性も高いとなると結構リスク
「ほな死ねっちゅうんかえ?」必修科目なのに抽選で受講不可...運次第で留年が確定してしまう大学制度に「これ違法じゃないのバグだろ」 - Togetter
これな。お前ら適当言いすぎ。いくらはてブでも限度ってもんがある。
私は10年程前の政治経済学部生だったので細部は異なるかもしれないが、商学部のwebサイトで科目登録関連資料をざっと見た感じ履修登録システムは共通だし、私立文系だし、大筋はあまり変わっていないようだ。
まず、大前提として早大文系学部の必修科目にはざっくり2タイプある。
①は外国語の必修科目がメイン。今回の「基礎数学」のケースは②やね。
この必修はどういうものかというと、同名の講義が複数開講される。
早稲田大学のwebシラバスで「商学部」「基礎数学」を検索してもらうと分かるが、2026年度春学期は「基礎数学 1」~「基礎数学 8」の計8講を6人の教員で受け持っており、必修なのでシラバスの内容も同一のものとなっている。
学生たちはこの中から希望する教員や時間帯の講義に合わせて履修申請を行う。
この手の講義は大教室で行われるので、1講あたりまあ大体200~300人程度は入るだろうか。
参考までに、商学部の2025年度4月入学者数は923人。これに再履修組(2~4年生の総数の2割と仮定)を加味しても総数は十分確保されていると言えるだろう。
もちろん総数が確保されているからといって全員の希望通りに履修登録がなされるわけではない。開講時限(1限はイヤだ~とか)や教員個人の人気(講義が面白いとか評価が甘めとか)等によって申請状況には当然偏りが出る。
この偏りを正確に予測するのは困難を極めるというか不可能なので、定員を超過した科目は残念ながら抽選となる。これが「1次登録」である。
1次があるなら当然2次がある。1次登録で希望した必修科目から漏れた学生たちは学部webサイトを見る。
そこには「2次登録余裕定員表」というものが掲載される。これは読んで字のごとくだが、「1次登録を経てもなお定員に余裕のある科目の一覧」だ。
1次で「基礎数学n」の抽選から漏れた学生はこれを見て定員に余裕のある「基礎数学m」に2次登録を行うという流れだ。
2026年度商学部の手引きによれば2026年度の商学部の2次登録期間は4/7・4/8で、結果発表は4/11。
もう一つ言うと彼はおそらく2年生で、基礎数学の「再履修組」だ。お前この科目もう1回か2回落としてることになるやんけ。
留年がどうこうと騒いでたのはまあおそらく大学生特有の悪ノリで、要するにお前らは釣られたんだよ。
この手の必修科目は極端な話4年間のどこかで取れば問題なく、「1年次の必修を落としたら2年次に進級できない」などといった類のものではない。運ゲーで学費が追加されるのではと心配している人たちはまず落ち着いてほしい。これは桃鉄ではない。
ってかこの学生のツイートを遡るとGPA1割ったとか言ってるし、件の基礎数学以外にも落としまくってるだろ。留年だとか騒いでるのはそのせいでは?それはもう抽選以前の問題だろ。
ちゃんと大学行け。11号館のファミマでモンエナ買って勉強しろ。
ちなみに2次登録から漏れても更に3次登録があり、学生側によほどの事情がない限り必修科目未登録の学生を吸収し切るようになっている。
他学部だが、私の在学中は必修で3次登録までもつれ込んだことはない。必修科目はそもそものキャパが大きいので、抽選に落ちた学生も2次で大体吸収される。
なお、3次登録でも「基礎数学」を登録できなかった学生のために(そんな学生は殆どいないだろうが)、2026年度秋学期は「基礎数学 9」~「基礎数学 14」の計6講が開講予定だ。
秋入学組や再履修組とともに受講することになるが、総数としては十分だろう。それでも登録すらできないとしたらそれはもはや学生の側に問題があるとしか言いようがない。(履修申請忘れとか)
以下、想定問答集
上記の通り3次登録までで吸収可能な上に秋学期にも同科目が開講するため、学生に履修の意志がある限りこの必修抽選のみが原因で留年することはない。(バカすぎて留年することは当然ある)
それはそれとして話は変わるが、早稲田大学に留年の概念はない。便宜上または社会通念上留年と表現しているだけで実際は「年次に留まる」ことがないからだ。
どういうことかというと、例えば1年次に単位を全部落としたとしても自動で2年次に進級するようになっている。
これを繰り返し、卒業単位数を満たさないまま学部5年生以上に到達した選ばれし者たちは留年生ではなく「延長生」と呼ばれる。私は私自身の要因によって学部で6年間過ごしたので詳しいんだ。卒業までの残り単位数によっては学費が安くなったりする。
家族・友人・教員・職員の皆さんには多大な心配をかけた。彼ら彼女らが親身になって世話を焼いてくださったおかげで今、強く生きられている。ありがとう…ありがとう…。
今回の件で例えよう。
「基礎数学」の履修申請に落ち続け、3次登録の余裕定員表を見たら残りの「基礎数学」が全て他の履修確定済み科目と被っていたとする。
そういったケースを想定して、「3次登録期間中は自動登録科目以外の科目の履修登録を取り消すことができる」ようになっている。これにより必修科目を優先して履修登録することができる。
もちろんそうならないように1次登録の時点から計画的に申請すべきだが、このように必修科目に関しては大体何とかなるようになっている。
それでも本当にどうにもならないケースが万が一発生した場合は、学部事務所の相談窓口に泣きつけば空きの出たコマにねじ込んだり救済措置を提案してくれたりする。
それでもガチのマジで春も秋もダメだったなら翌年度以降に履修申請することになるが、「手引き」によると専門基礎科目の必修は1年生が優先登録になるようだ。
例の学生はおそらく2年生と思われるので、まあ1年生優先+定員超過コマで弾かれてしまったんやろね。それ自体はしゃーない。2次登録をちゃんとやれば大丈夫。
ただ、この手の必修で抽選全落ちなんてマジで聞いたことないし(そもそも3次登録で抽選になることがない)、基礎数学は昨年度の3次登録時点でも定員に余裕あるみたいだし、マジで何なんだ。
まあ分からんでもないんだが、自動登録ってのは結構厄介で。「自動登録によって学生が受講希望科目を申請できなくなる」ケースが出てくる。
例えば今回の「基礎数学」のように同じ内容で8講も開講される科目を自動登録にしてしまうと、学生が他に履修したい科目Aの日時を運次第で潰されてしまうことになる。
それなら科目Aと被らない日時の「基礎数学」を選択履修する形式の方が望ましいだろう。カリキュラムが全て同一なのだから。
実際、商も政経も自動登録科目は最低限の外国語科目がメイン。理工学部なら自動登録がもっと多いだろうけど、そっちの事情はよく知らん。
上記の通り、当該学生に履修の意志がある限り「基礎数学」を履修できなくなることはまずない。
そもそも1年次や2年次は大体皆基礎科目を受けるわけで、「基礎数学」は初年度の春学期1次2次3次・秋学期1次2次3次のどこかで取れれば十分だろう。あとは本人の頑張り次第。
まず受講枠の総数が確保されているということは前提として、リモート講義化して定員を増やすことは不可能ではない。
ただ、講義を受け持つということはただ壇上で講義すればよいというわけではなく、受講生の成績評価や質問対応も行わなければならないので限度はある。この点を失念している人が多すぎる。
必修科目は同じ科目でも複数の枠があって全体の募集枠は足りているけれど、マイルストーンとかの情報を見て単位取りやすそうな教員のやつに申し込んで倍率高くて落ちているだけじゃないの?
私も結局はそんなところだろうと思っています。私も人気科目を申請する時は2次登録まで想定して時間割を組んだりしてたし。
「マイルストーン」ってのは学生サークルが出版してる総合情報誌のことで、講義やサークルの口コミが大量に載ってるんだわ。で、それを情報源として楽単に履修申請が集中して抽選になったりすることがあんねん。
今はSNSの口コミとかもあるだろうけど、基本的な構造は変わってないはず。
マイルストーン情報のせいで申請状況に偏りが生じるパターンも確かにあるとは思うが、それは大学側の責任とは言えないだろう。
そうだよ。特に新入生にとってはね。だから各学部は科目登録ガイダンスをみっちりやったり、学部の手引き(冊子)を配布したり、
「こうはいナビ」っつー学生スタッフが新入生の相談に乗る大学公式のプロジェクトがあったり、
「サポエニ」っつー学内の総合情報ポータルサイトがあったりすんねん(これは私がいた頃はなかった!)。
高齢化著しいはてなで万が一これを読んでる人の中に新大学生がいるなら、「マジで、人と、人が作った仕組みを、頼れよ。」言いたいことはそれだけだ。
お前ら黙って見てりゃ好き勝手言いやがってよ~ 大学の職員さんたちにはすげ~世話になったからむかっ腹が立つぜ
近年の商学部4月入学者数とwebシラバスと大教室のおおよその収容人数を照らし合わせれば学外の人間でも「再履修者込みでもおそらく受講枠の総数は確保されているだろう」と思い至るのはさほど難しくないだろ
まあ留学や休学等のやむを得ない事情を除く早稲田の留年、いや「延長生」は必修抽選のせいじゃなくて普通にバカなだけだよ 6年いた私が言うんだから間違いない
裁判だの何だのといきり立つ前に自分が新入生になったつもりで調べてみてください
調べる気がないならその勃起を鎮めてくだ↑さい
僕の肩で羽を休めておくれ~
𝑷𝒐𝒓𝒏𝒐𝑮𝒓𝒂𝒇𝒇𝒊𝒕𝒕𝒊...
筑波大学の現役学生です。ポジショントークばかりですので鼻につく点があるかと思いますが、多くの方々がこの「宿舎値上げ」問題に対して誤った前提を基に意見を表明することがあまりにも多く、健全な議論の妨げになるレベルになっていると感じましたので投稿します。
この点が多くの方々に誤解されている点だと思います。「学生寮」というのは、朝は6時とかに起きて洗顔を行い、寮母さんなりがいてご飯が日に2食か3食出てきて、昼は大学に行って夜に帰ってきて、風呂の時間にはお風呂に入り、消灯時間に合わせて規則正しく眠る…そういった風景を思い浮かべる方が多いかと思います。もしくは、施設自体は大学が持っているものの、実質的に学生が運営を行っており、場合によっては大学に対してかなり強い交渉を行う場合もあるようなものを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、筑波大学の学生宿舎はそんなものではありません。まずそもそも寮母さんの類は存在しません(管理に必要な人々は配置されてはいますが、一般的なマンションの管理人さんくらいのレベルを想定してください)。かつては宿舎エリアに食堂が存在しましたが、かなり前に廃止されており宿舎在住者は共用キッチンにおいて自炊を行う必要があります。
大学が公式でYouTubeにルームツアー動画(と言いつつ恥さらし動画)をアップロードしているので見ていただきたいのですが、1人当たり10平米程度が割り当てられ、個室ではありますがそこに机とベッドと洗面台が備え付けられており、自由に使えるスペースは6~7平米程度です。
ベランダは事実上存在せず、梅雨の時期であろうが部屋干しを強要され(このため突っ張り棒が大人気です。地震があれば当然洗濯物ごと落っこちてきます)、一応乾燥機はあるものの非力なガス乾燥機が30分100円(現金払い)で置いてあるだけです。トイレは共用、シャワーは9分100円のコインシャワーが基本であり、共用の洗濯機は1回200円の支払いが求められます。当然これらは寄宿料には含まれていません。
「贅沢だ!」と建設当時のマスコミが騒いだせいで急遽部屋の面積を半分にしたことが原因で大学だけが悪いという話ではない側面はありますが、各部屋のうち片方の壁は極めて薄いものとなっています。視界的なプライバシーこそ確保されていますが、隣の部屋で先述の洗面台の蛇口がひねられたことが分かるほど音響面でのプライバシーは皆無です。
オートロックとして自称静脈認証が付いており、聞こえはいいものの事実上は4桁のパスワードが分かれば簡単に建物内へ入れる素晴らしいセキュリティーです。その割には対面受け取りが必要な物品を頼むと、その大半は2kmほど離れた郵便局で勝手に局留めにされる(最近は改善しているらしいですが)ので、通販ライフに慣れた人にとっては不便かもしれません。
ノルウェーの刑務所と比較されることもあり("筑波大学 宿舎 刑務所"と調べれば出てきます)、「どっちが刑務所かわからん」状態の設備です。幸いにも刑務所に入ったことは無いので詳しいことは知らないのですが、少なくともこれ以上の設備を持った民間アパートが周囲に月3万円~5万円で存在する環境において、これまででも(標準的な部屋で)1万5000円~1万9000円という価格でした。
このような宿舎が突如2万2000円~2万8000円に値上がりすることが発表されました。しかしながら、宿舎施設がボロいのは今に始まったことではありません。昔からずっとそうです。
実は学生宿舎は過去数回値上げを行っています。直近では8年ほど前に値上げが発生しましたが、この際は極めて少額の値上げであり、大きな反対運動は起きていません。
では、今回の値上げが複数の新聞や雑誌等で取り上げられているのはなぜか、ということですがひとえに「住人でもある学生を無視した」というところにあると思います。
2007年に値上げを行った際は、その1年以上前から「ワークショップ」と称し、大学側の担当部局は粘り強い理解を得る交渉を複数回開催し、筑波大学の公的に定められた学生組織(すなわち自称共産主義者などが混じっていないという意味でまともな組織)である全代会もそのワークショップに参加していました。すなわち、大学と住人とそれ以外の学生が集まり、宿舎の未来がどのようなものであるべきなのかを議論していたということになります。
しかし、今回の値上げは異なります。今回の値上げは大学の最高レベルである役員会で決まり、動かせなくなってから発表されています。先述の全代会に対しても「今回の寄宿料改定は同年11月27日の役員会承認をもっての最終決定事項であり、令和8年4月1日の施行まで内容や金額が変更されることはない(リンク)」としています。これは「ワークショップ」の開催を行っていた過去の筑波大学と同じとは思えません。
学生側の反発に対して対応する形で、大学側は学生を対象として「説明会」を1月20日に開催することを発表しました。ちなみにこれ以前に在学生を対象とした翌年度の入居募集は終了しています。すなわち在学生は値上げの理由も詳しく知らないまま翌年度の家を確保するためにサインを強要されたということになります。日程的にしょうがない面もありますが、不誠実と言わざるを得ません。
これはNEWSつくばや東洋経済で掲載されている通り、高圧的なものでした。さすがに内部で問題になったのか、後に開催された第2回・第3回の説明会では常識的な言葉遣いとなっていましたが、説明は行うものの具体的な改定などについて明言する場面はほとんどなく、以前存在した「ワークショップ」のように学生側の意見を汲める仕組みづくりなどに関しては抽象的な応答に終始していました。
さらに大学側はこのような学生宿舎を教育支援施設もしくは福利厚生施設であるとしています。この点で重要なのは、「自由な議論を保証するため」とかいう謎の理由で録音禁止・内容の漏出禁止(と言いながら弁護士のWebサイトに書きおこしが載っていますが)を一方的に学生に対して強要した説明会における質疑において、大学側は借地借家法の借家ではなく、国立大学法人法の特例(?)で認められた特別な施設であるという(意味の分からない、説明と称した)主張を繰り返している点です。
仮に教育支援施設/福利厚生施設であったとしても、それが借地借家法の借家であるか否かというものに決定論的な影響を及ぼすとは思えません。法令は著作権フリーであり、学生の身分であろうが無料で読めるということを知らないのでしょうか。
過去の判例を調べてみる(筑波大学の学生はLEX/DBを使用出来ます)と、吉田寮事件や公務員官舎に関する紛争は出てきますが、先述の学生宿舎の特性からすると完全にぴったり当てはまるものというのは無さそうに思われます。反対に言えば司法の判断によっては借地借家法上の借家として扱われる可能性はそれなりにあるのに、それに見合った扱いをしていないと言えます。
借地借家法においては
> 第二十六条 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。
という規定があり、家賃等が変わるのであればその6ヶ月前までの通知が求められます。より正確に言えば、この通知が無ければ従前の契約を結ぶ必要がある(=少なくとも既に住んでいる人に対しては値上げが出来ない)と言えます。公的学生組織・全代会の記事によれば、2026年4月1日から値上げを行う旨は2025年12月10日に発表されたものであり、もし借地借家法の借家であれば問題になりうるタイミングです
3月26日の周知において、大学側は役員会において4月1日からの値上げは延期し、値上げ日は今後の役員会で決定することをアナウンスしました。しかし、やろうと思えば4月の役員会で値上げが出来うる、ということに変わりはありません。
また、大学側は学生とどのような形で意見交換を行うのかが不明瞭なままです。このような状況で値上げを行うことだけは確定している、というのも不気味です。そして学生代表組織には「最終決定事項」だの「4月1日の施行まで内容や金額が変更されることはない」だのと言い、交渉を拒絶しておきながらこのざまです。最終決定事項がこんなに簡単に動かせるのであれば、確かなガバナンスはどこにあると思えばいいのでしょうか。
最後にはっきりさせておきたいのは、現在筑波大学生命環境学群生物学類に所属されておられる、とある雅な方はこの問題に全くもって関係ないということです。ポストセブンは無理やり雅な方に関連付けた記事を出していますが、誰かも分からん自称関係者が「結果的に悠仁さまは民間の集合住宅を借りられましたが、新入生の半数ほどが宿舎に入るとあって、ご学友から値上げを嘆く声をお耳にされていても不思議ではありません」だとか適当に述べているだけであり、裏を返せばそんなことをしなければ関係を匂わせることが出来なかった、というレベルで関係が無いということです。
世の中の方は雅な方への関心がやたら高いようですが、本当にそんなに関心が高いのならば、なぜか生物学類が主に講義に使っていると噂されている(なぜか講義を行う教室の情報に機密性指定が入ったのでこうとしか言えません)2B棟の入口にALSOKによるゲートが生えて学生証の認証が必要(本来筑波大学が契約していた警備会社はALSOKではありません)となり、学内の利便性が大きく下がった、みたいな問題にもっと注目すればいいのにと思っています。
ちなみに雅な方はきちんと講義に出席されているらしい(講義での複数の目撃情報を定期的に聞きます)ので、バレバレのSP(もちろんバレないように学生に紛れているSPもいるのでしょうが)がその辺で警備をしている様子はよく見られます。勝手にズル休みしている!みたいなものを主張されるのはちょっとかわいそうだなとは思っています。
長くなりましたが、これを読んだみなさん(に限らずこの件に関して興味を持たれている学外の皆さん)は、最低限以下のことを認識していただいた上で、議論していただきたいと感じます。
もちろん、大学生だから甘えている、だとか、社会じゃ不条理は当たり前だ、だとかそういった意見は甘んじて受け入れる所存です。しかしながら、筑波大学の学生は決して、「高くなるから文句を言っている」というような簡単な話ではないことを知っていただけますと幸いです。
教育目的の施設ならば,学生がその経費を全額負担してきたこと自体が誤りである。本来ならば値上げどころか他大学の教育目的の「寮」などと同様の水準まで値下げすることが必要だと指摘する。
大学側は,宿舎が教育目的の施設だということを何度も主張してきた。
教育目的の学内施設としてほかに教室が例として挙げられるが,すべてを授業料収入のみで賄えているのか。
国からの運営費交付金がなければ筑波大学の教育活動が立ち行かないのは,収支状況から明白で,教室に係る経費も授業料収入のみで賄っていないと思料される。
それなのに宿舎の運営に必要な費用は居住する学生に全額負担させようとするのは,一貫しない。
本当に教育目的ならば,社会通念上居住者が負担すべきと考えられる部分(光熱水料などの生活上の経費)を除き,大学が経費を負担するべきである。
少なくとも宿舎の管理運営の委託に要する経費は大学が全額を負担しなければならない。
入居する学生に運営に必要な全額を負担させようというならば,大学は福利厚生のみを目的とする施設と主張すべきであるし,少なくとも教育目的の施設と主張するべきではない。
本当に教育目的であると考えているのか疑問を呈さざるを得ない点は多くある,
説明会でも,大学側に都合よく教育目的と福利厚生目的を使い分けて説明していないか。こういった態度は説明する側として不誠実である。
これは嫌味だが,学生にここまで調べさせ,考えさせたことは,教育目的を果たすものと考えられる。
ただし,これは宿舎を通じた学びとして本来想定していたこととはいえない。
これが満たされなければ,#4で触れた公法上の契約であるという前提が崩れ,私法上の契約となるから,借地借家法の適用を争う余地が生じる。
しかし,大学側は居住者との対話を行わなかったため,教育目的を果たしているのか現在の実態を確認できていない。
この点をもって,本来必要となる「考慮を尽くす」という手続きを満たしていないことは予め主張したい。
大学側は,学生宿舎を「学生の自律性と社会性を涵養する場」と位置付けている。
大学側は教育目的の達成状況を卒業生に対する継続的なアンケートによって測定しているようである。
そこで実際にそれを確認してみよう。https://omtl.sec.tsukuba.ac.jp/academic-ir/#sheet_sotsugo
Q5.⼤学(⼤学院)での学修や経験によって、具体的にどのような能⼒(註:卒業(修了)後のキャリアにおける能力)が⾝に付いたと感じますか。【複数選択可】
「協働性・主体性・⾃律性」を選択した者:53人/回答者全体:106人
Q6. そのような能⼒は、⼤学(⼤学院)でのどのような学修や経験によって⾝に付いたと感じますか。【複数選択可】
これらの結果から,宿舎での生活の効果は,所属組織以外の科目の履修と同じ程度の効果があると評価しているようである。
しかし,以下の問題点から,このような評価に基づき教育効果があると説明するのは困難である。
調査にこういった問題があることは,大学が知の拠点であることや,筑波大学が開学以来情報教育を重視してきたなどの事情に鑑みれば,想定することは可能であった。
不十分な調査の結果に基づき効果があるなどと主張するのはナンセンスである。
現在の実態について調査するために,入居者や卒業後直近5年など対象を幅広くとって調査を行うべきであった。
この問題点を克服し,新たなデータに基づき学生宿舎そのものについて再考するべきである。
この際,大学と宿舎入居者との協議体を設置し双方の認識のズレを埋めつつ検討することで,実態に即した宿舎の運営を可能にすると考えられる。
値上げの必要性は理解するが,重大な問題があり,令和8年4月1日からの値上げは凍結するべきである。そのうえで,改めて学生(特に居住学生)と大学との間で協議体を設置し,十分に議論を行ったうえで妥結した額を改定額と決定するべきである。
値上げ幅の内訳について示せない事情については調達等で大学の利益を守るために必要であることは理解できる。
しかしながら,積み上げの内容は抽象的で,値上げを理解しようにも難しい。全部を経営上の秘密とすることは不適切である。
その契約については筑波大学調達情報システムで確認できる(500万円以上の調達は原則公開されている)。経営上の秘密ではない。
確かに年あたり3200万円弱増加している。
期間 内容 金額 契約の相手方 年あたりの金額 令和5-6年の2年間 筑波大学学生宿舎管理運営業務一式 303,754,528円 東京美化株式会社 151,877,264円/年 令和7-9年の3年間 筑波大学学生宿舎管理運営業務一式 551,100,000円 東京美化株式会社 183,700,000円/年
令和6年から宿舎は赤字であったとされており,サービスの見直しを行うなど検討する時間はあったはずである。
まさかR5-6と全く同じ仕様で入札を公告したのか,大学は明らかにしなければならない。
最も居室数が多い一般単身改修棟で,ガス・水道は大学負担(シャワー,風呂および洗濯機は学生が実費負担),電気は基本料金を大学負担(従量部分は学生負担)であり,高騰の影響は大学負担の範囲に限って理解できる。
光熱水費が全部無料になるならば今回の値上げを受け入れる機運もあったのではないか。
長期的な建て替え等に要する費用のことではないとしか大学が説明しないため,値上げの理由として理解することができない。
どういう修繕を行っていて,なぜ必要なのか,実績を説明すれば納得できるのに。
月額2500円の増加と見込んでいることが示唆されている。これに基づいて積算すると以下のようになる。業務用エアコンは耐用年数が13年なので,温情で安くなるよう計算している。
2500円×家庭用エアコンの法定耐用年数(6年)×12カ月=180,000円
5畳に満たない居室に18万円のエアコンを設置する方が難しい。電源の工事が必要などと主張しているが,現在居室には入居者が自費でエアコンを設置することができており,電源の工事が新たに必要となる居室はごくわずかであるといわれている。
どうせ耐用年数を超えても交換しないくせに。
ちなみに,学内ならばエアコンリースは年3万円が相場で,耐用年数をかけると偶然にもちょうど18万円で,これにあわせて値上げ額を試算し設定していることは明らかである。
学生数3000名近いマンモス校だったから、1人1万円の生徒会費だけでも総額3000万近くになった。このうち2/3の約2000万円が、40近くの部活に上限100万まで割り振られるんだが、これの予算取りの会議がまぁ面白かった(ひどかった)。
最初に今年度予算執行総括と翌年度の予算方針で大まかな枠組みを示してから、あとは個別の折衝となるんだがまぁ決まらない決まらない。
過去(と言っても10年以上前)に全国大会出場経験のある体育会系A部は「我々は伝統がある」で細かな見積出さずに100万取ろうとするし、部員数10人にも満たないのに昨今全国大会に連続で出ている体育会系B部は「我々のほうが実績あるのに、古参だからと言って予算を多くとるのは許せない」と発言。まぁそりゃそうだ。
余りにも決まらないから、まずは部員比率で体育会系と文科系で分けるか…として全体会議に諮ったら、野球部が「文科系みたいな遊びの連中に体育会系の枠は渡さない」的発言をして、それを聞いた吹奏楽部が部に持ち帰って発言を部内で広めたら、「今年は野球部の応援演奏止めよう」って話になり、最終的には野球部のバカな発言したヤツが吹奏楽部の前で土下座させられるって事件もあった。
他にも個別の折衝が決まらなかったことを逆恨みされて、帰宅途中で生徒会の同期が某体育会系部員に襲われたってのもある。馬鹿じゃねぇの?学内でやっておけばまだ良かったのかもしれないけど、商店街でやったせいで通報されて問答無用で逮捕。そいつは数発殴られただけなので軽症で済んだものの、被害届取り下げなければ事件化されて今年度の部活ができなくなること必至なので、部活の顧問と生徒会の顧問から平身低頭されたことで、犯人の退学とそこそこ高額な示談金で被害届を取り下げ、部活動でのトラブルではなくプライベートなトラブルとして闇に消え去りました。とは言え、そいつは大学にも行けなくなっただろうし、殴られた同期は3年ぐらいお礼参りを怖がってたよ。
この一件があってから、予算決定は権力を象徴したりするものではなく、将来的な社会人経験のためのシミュレーションという建付けがより立派になり、一定額以上を要求する部に対しては顧問の同席が必須となり、部員も額を主張するのであればそれなりに裏付けが必要という良く言えば改善、悪く言えば面倒なルールが増えたりしました。
あと予算はねー。特に文化部が多いんだけど、年度末になると日持ちのする消耗品買いあさるんだよね。「今年は予算執行率99%でした。もう少し予算があればもっとこうできたのに!だから今年はもうちょっと予算ください」ってアピールしやすいから。官公庁じゃないんだから。誰が初めにやり始めたんだよ。
まぁでも、会議では恨み骨髄だけど、とは言え持ちつ持たれつで、ある部で不要になったものを別の部にあっせんしたり、何だったら他校と話を付けたりすることもあったりして、そんな中、そういった世話したクラブが文体問わず全国大会行ってくれたりすると嬉しいもんだよ。スポットライトを浴びることは無いし、向こうに取っては下請けの下請けぐらいで覚えてすらいないと思うけどね。
あと個人的に記憶に残っているのは学内外ステークホルダーへの根回しかなぁ。これは完全に水に合ってたみたいで、当時も苦にならなかったし、今の仕事でもこのスキルはバリバリ活用してる。
京大時代、YY年前に2人の女性へポリアモリーを提案していたらどうなっていただろうか。ポリ。。。とは、週末に3人でデートしたり、学内で一緒にランチしたりする両手に花関係のこと。ランチならもちろんさしづめ学食だろう。一人は1つ下であまり美人ではない女性、もう一人は途中でサークルを辞めた2つ下の美女。不美人の彼女はすこしばかり自分に夢中で、美女の方も恋愛感情ではなかったが腕を組んでくる程度には受け入れてくれていた。二人は高校も大学も一緒の先輩後輩関係。サークル時代の自分は、彼女たちを含め五典の女性から好意を寄せられ、望めば2人で協力してデートやランチに付き合ってくれた気がする。当時は不美人からの好意を避けるしかないとわたくしも狭量だったが、サークルを辞めて大学院進学前後に「3人で定期的に食事しよう」ときっかけを作っていたらどうだっただろう?どうせ大学院生は恋愛の機会が少なく、結婚となるとさらに難しい。不美人は当時わたくしに少し夢中だったし、美女の連絡先も知っているから、多少わがままでも俺の希望とあれば呼び寄せてくれて、ポリアモリーもできた気がする。ただし誰かが社会に出た時点で、中道みたいに解散。2つ下だったから、わたくしが博士号取得のときにはD1で在籍していて、関係も続いていたかもしれない…ああ、なんということだ。そう考えると、ポリアモリーで承認欲求を満たし、飢餓感を避けられたかもしれず、提案していれば勝ち筋があったのではと思う。京都大時代のある日、荒れそうな飲み会の入り口で、戸惑い呆然と立ち尽くしていた美女がいた。僕を見つけるなり縋るように腕を組み、「代わりにお酒を飲んで」と頼んできた。騎士気取りで彼女を守り、代わりに杯を重ねたその夜、その姿を見て思いをさらに募らせた不美人な後輩がいた。やがて美女が辞めて去ったとき、その穴を埋めるように「私でもいいですか」と手を挙げたのは、その不美人だった。数ヶ月後、彼女からもらったプレゼントの重みを今でも覚えている。「一人の女性に絞るべきだ」という狭量さから、不美人の好意を避けることしかできなかったけれど、今思えばあの時、どちらかを切り捨てるのではなく、3人でテーブルを囲み、歪でも幸せな関係を築くポリアモリーもあったのかもしれない。サークル時代の自己肯定感から、大学院時代の孤独や飢餓感に急落したけれど、三角関係が救ってくれたかもしれないという「もしも」が夢に現れる。あの時、彼女に「これからも3人で会いたい」と言えていたら、モラトリアムはどう終わっていただろうか。
生徒会がある
風紀委員会がある(風紀委員長が巨乳美少女か学ランのイケメンくん)
女教師の胸元がはだけておっぱいが見えてる(しゃがんだ時に尻やぱんつの形がくっきり見えるなど)
冬の学校で女の子がスカートの下に何も履いてない(だから常にパンチラ、パンモロする)
底辺校やヤンキー校に対する明確な差別がある(逆に進学校やお嬢様学校に上品さや清楚さがあるかのような偏見がある)
進学校やお嬢様学校には体罰もイジメも存在しないか殆ど見かけない
学内派閥がある(王族や高位貴族など一部特権階級専用のサロンが併設されてる)
旧校舎が取り壊されずに残ってる(それどころか水道や電気などインフラが未だ整ったまま)
クラスで1番か2番の美少女/美少年がいる(学年とか学校でなくクラスで~が重要)
あとは?
大学教員は大学にもよるがそこまでヤバくない、普通の人は当然おおい。
なぜか。
俺の今のところの考えは、
「人格的にいい感じの教員は、学内雑務に忙殺されているからネットにいない」
のが理由のうちの何割かだと思っている。
学内で雑務をこなしている教員は「あいつらは研究出来ないから学務やってるんだ」とかディスられることもあるけど
研究業績がある先生であっても、人格的に信頼ができて、普通に大企業でも評価されそうなタイプの人とかは、大学内でも重宝されて本人がちょっとやそっと嫌がっても学内で重ための役職を割り当てられていることが結構ある。特に教員の人数が少なめの学部(学部の専任教員数が30人未満ぐらい)だとこの現象がかなり顕著に起こる。
のどちらかになる。
あたりまえだが、「超人」はそんなにいない。まあ、むり。
となると、この役職が回ってこない「なんらかの理由」が何なのかというのがポイントで、いろいろな理由がある。
問題は、
というケース。
まあ、大学にもよるだろうし、学部にもよるだろうけど、大学教員のなかで人格的にヤバい感じの人は、体感2%~10%ぐらい。この人たちには、あまり仕事はまわすことはできない。わけわからん揉め方をするから。
そういうわけで、この時点でセレクションバイアスがかなりかかっている。
これによって「実際の大学教員のヤバさ比率」よりも「ネット上の大学員のヤバさ比率」は数倍になる。
荻上チキが言うところのセレクティブエネミー(対立陣営の馬鹿な発言が可視化されやすい)みたいな話も関わりヤバみが増大。
結果として、実際の大学教員の平均よりも、かなりヤバい人の集団と化す。
人格がヤバくても、基本的に大学教員は全員インテリなので、謎の説得力とかエビデンスとかを中途半端に提示したりするので、なお目立つ。
*
もっとも「学内で学務に忙殺されている教員」が全員いい人というわけでもなく、「学内での出世をガツガツ目指しているタイプの大学教員」「官僚主義的に学内を統制する人」というのもよくいて、この手の人材はアクが強い人が混じりやすい。比較的、揉め事を起こさなさそうな教員がこういうタイプのアク強人材に巻き込まれているというのが大学内の学務の風景だな、という感想を持っている。