はてなキーワード: 不利益とは
会社での研修で世の中のルールみたいなのを覚えさせられる。俺は融通が効かない系のガリ勉野郎なので、この手の研修を比較的真面目に受講するのだが、いざ世の中を見渡すと、研修で教えられたことと全く正反対のことをしている社会的地位の高い人間や組織がニュースになることが多いので混乱している。
公益に関わる通報者の保護のルールは俺は、組織にとっては短期的には面倒臭いけれども、健全な組織を維持するためには体制側にとってむしろ望ましいものだと教科書的に理解している。
ところが世の中では公益通報者が不利益を被っているニュースが多い。念の為書いておくが俺は、そういう「ルール違反」をする人間をここで指弾したいのではなく、そのルールをありがたがっている俺がアホなのかを知りたいのだ。公益通報者保護以外でも、世の中ではあんまり守られてないルールが多いんだが、それらは、会社の人事総務の連中が本音と建前の使い分けの中で、しょうがなく研修で教えてるだけで、そこで教えられてる趣旨みたいなものは、世の中的には話半分でスルーしとくもんなのだろうか。
Xbox版Fallout 1st提供停止に関する事実整理(日本)
『Fallout 76』突如課金途切れ、利用不可に…国内Xbox版「Fallout 1st」なぜかサービス開始と終了を繰り返す。「誤って提供」と説明されたユーザーも?
これぞまさに「ナチュラルボーンB2B企業がB2Cに手を出すとどうなるか」の典型だよな
一方的にサービス打ち切り、更新不可能に伴う不利益に対するフォローなし、理由の説明もなし、窓口に問い合わせても「これ以上何も答えられない」と門前払い
令和7年12月16日、本学職員を下記のとおり懲戒処分としましたのでお知らせします。
記
2.懲戒処分内容
3.懲戒処分日
令和7年12月16日
4.懲戒処分事案
国立大学法人電気通信大学就業規則第37条第1項第5号「大学の名誉又は信用を傷つけた場合」、第6号「大学の規律、秩序又は風紀を乱した場合」及び第8号「この規則及び大学の諸規則等によって遵守すべき事項に違反した場合」
上記職員は、本学への入学を希望している志願者の年齢、職業及び英語力に関する、事実に基づかない不利益な情報を、受入予定教員に対して提供し、当該志願者が大学院博士後期課程の入学試験で不合格となるように働きかけた。
当該志願者は合格となったものの、上記職員の行為は、教育機関である本学の職員としての自覚と責任を欠いた行為である。
6.本学における今後の対応
今後、このようなことが二度と起こらないよう、本学職員に対して指導、徹底を図り、職員一人ひとりがその使命と責任の重さを十分に自覚し、信頼回復に向けて取り組んでまいります。
なぜなら、社会の根本的なパワーバランスが今も圧倒的に男性>女性だから。
政治、経済、企業トップ、メディア、性的承認、安全、未来の選択肢——平均値で見れば、男性が「強い側」の構造は崩れてない。
そんな中で、女性が男性に対してどんな言葉を投げかけようが、どんな制度を求めようが、それは「弱者による強者へのカウンター」でしかない。
差別とは、強い側が弱い側を抑圧するもの。逆はあり得ないんだよ。
最近バズってる「女子枠拡大」と「国交省の女性トイレ便器数優遇指針案」(女性用を男性以上にする案)を見て「男性差別だ!」って叫んでる奴ら。
悪いけど、それ全部「過去の女性排除の是正措置」でしかない。理系女子が少ないのは、昔からのステレオタイプと教育機会の格差の結果。
それを暫定的に補正するのが女子枠。アファーマティブ・アクションとして国際的にも認められてる。
男子が不利? いや、スタートラインが違うんだから当然の調整。
「俺の席が奪われた」って? それが「強者男性」の特権意識そのものだろ。
トイレの行列問題も同じ。女性の利用時間が男性の3倍近くかかる実態調査に基づいて、便器数を女性優遇するのは物理的な公平。
男性は小便器でサクッと済ませられる特権があるのに、「スペース削られる!」って文句言う?
女性用小便器の写真見て笑ってる奴らこそ、女性の身体的現実を無視してる差別者だよ。
これらを「男性差別」って呼ぶ時点で、君たちは自分が「強い側」にいることを無自覚に証明してる。
いるのは「男性の中の階級格差」だけ。稼げない男、モテない男は、女性じゃなくて「他の強い男」に負けてるだけなんだから。
DV被害? 男性被害者もいるけど、シェルターが女性優先なのは歴史的に女性が圧倒的に被害者だったから。
今さら「男性も!」って騒ぐのは、女性の苦しみを相対化したいだけ。
親権? 母親が取るケースが多いのは、育児の主担当が母親だった現実の反映。
男らしさ強制? 自殺率高いのも過労死も、結局「男は稼げ、守れ」って男性中心社会が作った呪い。
女性が文句言ってるんじゃない。男性同士の競争とプレッシャーだよ。
女性専用車両、レディースデー? それも女性の安全・機会是正のための暫定措置。
同一料金で排除? いや、女性のリスクを考慮した「特別扱い」なんだから、強者への特権剥奪じゃない。
本質はこれ。
男性が社会のデフォルトとして君臨してる限り、どんな「是正」も「優遇」に見えちゃう。
女子枠もトイレも、全部「女性が少しでも息をしやすくするための最小限の調整」。
それを「逆差別」って騒ぐのは、特権を失うのが怖い強者の遠吠えでしかない。だからもうやめようぜ。
河合優実さんを起用して、Suicaの大幅リニューアルを打ち出しているが、足元が記事の様な状況では...
高輪ゲートウェイ駅前に「新しい街」を作って、銀行も作って、生活インフラやECビジネスを収益の柱にしたいようだが、それもどうなのか?
そういえば、高卒、短大卒、高専卒、大卒、院修の区別なしの採用方法を取るとか言っていたが、あれは、人を集めるためなのだろうか?
最近は、東京キー局で、関西電力のTVCMが流れたり、東京の大手私鉄や建設会社が女優さんをTVCMに起用したりしているが、技術系人材の奪い合いになっているのだろう。
大学の学生定員の文系偏重を解消するのに10年以上かかるのは確実だし、これから、10から15年は日本は試練の期間になるのでは。
先日、抗がん剤の副作用の辛さが過剰に強調されて伝播しているのでは?というニュース記事を読んだ。
マイナスなイメージばっかが先行すると「本来、受けなければいけない治療を受けなくなり、患者に不利益をもたらす恐れがある」と警鐘を鳴らす内容だった。
たしかにな、と思った。誰だってめちゃくちゃ辛そうやったらやりたないやろ。
そこで実際に抗がん剤を使ったワイが、まだ未体験のおまえらに使用感を紹介したろうと思う。これみて少しでも「やったろ」と思ってくれたら嬉しいンゴ。
まずはじめに大事なことを言っておくと、ワイが受けたのは「術後化学療法」というやつで、手術でがんを取り除いた患者が、主に再発予防でやるやつや。これは、がんがかなり進行している状況でやる「化学療法」より負担が少ないと思う。
なのでワイの体験は、あくまでそういうもんやと思って聞いてほしい。逆にいうと、ワイくらいのやつもいるやで、ということである。
抗がん剤といっても、負担の大きさにはグラデーションがあるから、いちばん大変なとこだけみて「こんなに大変ならやりたくない」と思われないよう、語っていくやで。
まず全体的な使用感をいうと「楽ではないが、耐えられんほどきつくもない」これに尽きる。
楽ではないんよ。副作用も色々出る。しんどい。でも、副作用に対抗するための薬ももらえるし、術後化学療法は回数が決まってるから終わりが見える分『あと◯回!』と思えばまぁ乗り切れんこともない。
ただし、仕事は休む前提や。仕事しながらはさすがにきついと思う。ワイもこの期間は休職さしてもらってた(職場が柔軟で、出勤にかなり融通きくならできなくもないかもやけど)
ワイが出た主な副作用は
・ハゲ
・吐き気
・下痢
・ハゲ
・手足のしびれ
・激しめの関節痛
・血管が硬くなる
・ハゲ
ざっとこんな感じや。
んでもって、実はこれも全部いっぺんにくるわけじゃなくて、点滴の種類によって傾向が分かれるんや。
ワイは2種類使ったんだが、「吐き気が強いやつ」と「しびれが強いやつ」で分かれてた。ので、より詳しく分けると
【前半】
・ハゲ
・吐き気
・下痢
・血管硬くなる
【後半】
・ハゲ
・手足のしびれ
・激しめの関節痛
・下痢
てな感じになる。
この中で「吐き気」「下痢」は、飲み薬でかなり軽減できた。特に吐き気は合う薬を飲めば、かなり抑え込めてた。そのおかげで食欲もそこまでは落ちず、いつもを100%とすると70〜80%くらいは食べれてた。自炊(いうてそうめんとか茹でるだけやが)に飽きたら、外食したりもしてたし。意外と刺身も食っていいとのことだったので、ワイは普通に食ってたで(ただしただでさえ面倒な治療中なので当たるリスク高そうなのは避けてた)
ただ塩味が感じにくくなってて、いつもより味濃くないとおいしく感じないのと、脂多めの食いもん(家系とか)は軒並み食えんくなったな。
患者が「飯食えん」となるのが一番あかんらしいから、ワイは看護師さんに「食事ちゃんととれててえらいです」と褒められてご満悦やったで。
きつかったのは「激しめの関節痛」やな。ロキソニンをガン飲みしても軽減されんくて、痛みがより強く出る点滴後4日間くらいはベッドから出られんかった。ただ、この痛みも1週間くらいすると弱まってくるので、最終耐えられんこともない。
「手足のしびれ」も飲み薬でどうこうできるもんやなくて、回を重ねるごとに強くなっていったんやけど、これも生活に物凄く支障があるかといわれるとそこまででもない。ペンでなんか書いたりはしにくくなったけど、箸が持てないとかまではいかんかったから、なんとかなった。
「血管が硬くなる」も飲み薬ではどうこうできんくて、点滴入れる針が入りにくくて何回もプスプス刺されて痛かったけど、あちこち刺す場所変えて入るとこ見つけてもらってなんとか乗り切れた。
ハゲはしゃーない。これも飲み薬ではどうにもならん。ワイは後半期にはまつ毛も眉毛も下の毛も全部サヨナラして、つるんつるんになったで。ウシジマくんに出てきそうなモブキャラの出来上がりや。ただこれもこの期間だけやと思えば、ワイは全然耐えられた。帽子かぶって眼鏡かけとけばごまかせるし、ハゲの何が悪いねんの気持ちでおれば、オッケーや。
ちな、これまであげた副作用はどれも点滴の後から出てくるもんで、点滴受けてる最中はちょっと腕が痛いなーくらいであとは寝てるか動画みてるかPodcast聞いてるかのどれかで過ごせる(ワイの隣で延々PCカタカタして仕事してた限界社会人もおったが)
そんな感じでワイは約4ヶ月くらいかな、を無事乗り切ったで。
この治療期間もスパ銭行ったりスポーツ観戦したりしとって、わりと元気に過ごしてた。
抗がん剤というと24時間ずっと辛くて家から一歩も出られずQOL下がりまくりと思うかもしれんが、必ずそうなるとは限らないんや。ワイみたいに、なんとか乗り切れることもある。
もちろん、めちゃくちゃ辛い人もおる。副作用は「絶対こうなります」というもんやなくて、個人差も大きいから、上振れ下振れがある。ワイは単に運がよかったのかもしらん。
でも、医者も看護師も薬剤師も敵やないから、辛い時には辛いと言えばあーだこーだ色々してくれる。我慢は禁物や。
まぁハゲは「脱毛を防ぐ飲み薬はないのでアキラメロン」とばっさり言われたが
あと副作用とは別に辛いんは、金やな。正直、点滴の種類によっては1回で4万近く飛ぶやつとかいる。高額療養費とかいうやつを駆使しても、タダになることはないわけで、仕事休んで収入減っとるのにゴリゴリ金が出てくのは、メンタルに結構なダメージがくる。
ワイは幸い少しだけど貯金があったから死なずに済んだが、それでも結構メンタルにきた。
ちな、手持ちがないとかで勝手に治療を止めるのは早急や。デカい病院には必ずがん支援センターとかあるから、素直に金がないことを打ち明けて、どうしたら治療を継続できるか相談してほしい。
そんなわけでワイもまだまだ再発コワイコワイしとるけど、仕事復帰して頑張ってるやで。
もしみんなたちががんになったら参考にしてくれやー。
①差別の定義は「本人に落ち度がない属性を理由に、合理性を欠いた不利益な扱いをすること」。一応これで妥当だろう。
②結婚に関する差別について。結婚自体が「いい人だけど、加藤智大の弟とは結婚できないわ」といった理不尽な差別選別の上に成り立つ制度である(加藤の弟は実際にこれが原因で自殺している)。加藤はもちろん部落民ではない。つまり結婚差別は同和問題の根幹というわけではない。一般の差別問題の根幹である。「結婚差別=同和問題の根幹」という言説は、制度理解として誇張。結婚差別は普遍的に存在する一般差別であり、特定集団に固有の問題ではない。
③就職に関する差別について。たとえば色覚障害者は今でも一部の職業から公的に締め出されている。①の定義に当てはまる直球の差別だが、今でも残っている。つまりこれも同和問題の根幹というわけではない。一般の差別問題の根幹である。
④居住地に関する差別も、部落問題が関係していようがいまいが避けられない。事故物件に対する不動産価格の査定の低さを見よ。心理的瑕疵の名のもとに公然と理不尽な差別がおこなわれる。つまりこれも同和問題の根幹というわけではない。一般の差別問題の根幹である。社会はすでに「非合理な差別」を部分的に公認している。団地の住民に対する「あそこの子と遊んじゃいけません」といった差別もあるが、これも部落問題とは必ずしも関係ない。
というわけで、お前が言っていることは全て的外れ。理解が非常に浅い。バカの一つ覚えのように、なんでもかんでも部落問題に回収する言説は愚劣で危険。リクエストがあればその理由も説明してやる。しかしお前の知能程度で理解できるかな?
お前はフラットに「どうする?」って訊いたんだろうけど
その部下はこれまでに似たような状況で似たような質問をされて、思ったことを答えたら(この場合は「でも休日出勤したくないです」)思いもよらずその上司が怒り出したり嫌がらせをされたり陰口を叩かれたりといった不利益を被ったんじゃないかな。
だからフラットな質問にフラットに答えることが出来なかったんだよきっと。
可愛そうな話だ。同じような状況になったら「今回は本当にフラットな質問だからどうか忖度しないでほしい」「ひょっとして過去に嫌なことがあったかもしれないが、そんな扱いは絶対にしない」と懇切丁寧に説明するようにしたい。
インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 1
インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2
インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3
インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4 結論
SNSの名前欄などにこの規範の名前を書いて遵守する意志を示す、という使い方を推奨したい。
以下に規定を記していく。
この規範の内容は、ネットのある種の場所で多少なり暗黙に共有されていた考え方だと思う。
何かが起こり始める、ほとんど人のいない場所には、こういった考え方を本能的に持つ人間が自然にやって来ていたのだと思う。
しかしこの考えを持っているのはあくまで最初から持っている人間だけであり、それを知らない人間が彼らの振る舞いを見てこれを読み取るのは不可能だったろうし、実際誰もこういう考え方を明示しなかった。
また、いずれにせよ最初から知っていない人間が実践できるものではなかっただろう。
それゆえこのように振る舞うべきという考えを誰も持つことがなく、おもしろい場所はつまらなくなる一方だったのだ。
しかし、おもしろい場所がつまらなくなるのは、人が集まることによる必然的な結果とは限らず、ただこの考えを明示しさえすればよかったのだ。
そもそも、価値ある結果を生むにはどんな考え方を持てばいいのかを、誰も意識的には知らなかったのだ。
この規範を見て、こんな内容はとても誰もが守れるようなものではないと思われる人もいるだろう。
この規範はすべての人が守るべきことを提示しているのではなく、センスのない人間をはじき、価値あることをしたいと思っている人間だけで活動できるようにするためのものだ。
したがって、この規範を守れないと感じた人は、まさに守る義務がない人だ。
この規範が価値を生むのに役立たないと考える人がいるなら、まさにこの規範とは正反対の思想を実践してみればいい。
その内容はこういうものになるだろう。
インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 1
インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 2
インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 3
インターネットはつまらなくなった。つまらないやつを排除する方法 4 結論
おもしろい環境を意図的に作るには、おもしろい人間としての振る舞い方やあるべき気質を規定し、それを人々に守らせなければならない。
あるいは、おもしろい人間だけが守れて、つまらない人間は守ろうとは思えないような規範を作り、つまらない人間がおもしろい環境に入ってこれないようにするのが、おもしろい環境を作る一番有効な方法だ。
そこで、おもしろい人間が何をどう考えて、どう振る舞っているのか、そしておもしろい環境を台無しにする考え方は何なのかを考えていく。
ネットでなされていたおもしろいことというのは、自発的な価値を実現することだ。
自発的な価値とは、評価者の主観にとって価値あると実感できること、主観にとって満足できることだ。
それを実現する手段とは、主観自身が、自身がどうやって満足するのかを、自身で探求することだ。
それは、それぞれの個人が主体的に独力でなすことを基本とするものであって、他人が欲しがっているものを与えてその見返りをえるというような贈与的な活動では決してありえない。
自身の感性のために自分で努力して活動する、というのがおもしろい環境で共有されるべき意識だ。
だからといって、おもしろい人間同士で一切協力し合うべきではないということでは決してない。
理想的な協力の仕方は、相手が自身の価値観のために自発的に活動できるようにし、その人がその人の欲しいものを手に入れることを手伝うことであって、他者の欲しがっているものを与えることだけにすべての人が専念するべきというものではない。
基本的に独力で自身の生をよいものにできる、そうする意志がある人間だけで、協力し合うということだ。
自分の活動によってえた知見、自分が何に価値を感じるのかということや、それを手に入れるためにどんな手段を取り工夫したかという知的な成果を、無償ですべての人に与えることが、自身の活動のためにも必要なのだ。
誰かを手伝うとか、知見を共有するさい、そのことで直接見返りを期待してはならない。
その代わり、他者の知見から自分にとって有用なものを選び取ることも自由にできることができる。
おもしろい環境の中で他者から与えられてもいい利益とは、自分自身で構築した価値観に基づいて活動する人間の知的成果だ。
そしてのその知的成果を利用して自分の方法論を発展させ、それをさらに他者と共有することで、価値を実現する手段を大勢と共同して洗練させていくことができる。
人は自身の満足のために積極的に利己的に活動するべきであり、利他行為を他者に強制してはならない。
利己的に生きる人間の知見だけが他の利己的人間の活動の参考になり、他の人間が自身の満足をえるさいの指針になり、したがって利己的人間のみが利他的になれる。
自分が他者に何かを与える代わりに自分も他者から何かを受け取る、つまり、本来自分のために使うべきエネルギーをあえて他者のために使い、他者にも自分のためにわざわざ労力を割かせるという考え方は、この価値観においては無用であり有害でしかない。
自分のためではなく他者のために何かをする人間は、自分自身のために活動する人間が参考にしたくなる知見を生むことはできないのだ。
ここで利己主義という言葉を使っているが、これは非常に誤解を招きやすい言葉だ。
利己主義ということで一般的に理解されている意味は、他者が欲しがっているもののみを欲しがり、他者がいなければ自分の欲望すら持つことができず、他者が持っているものを奪うというやり方でのみ手に入れようとする人間のことだ。
ただ、人が持っているものを奪う代わりに、自分がすでに持っているものに大きな価値があると相手を騙して、それを与え、その報酬として相手が持っているものを自分に与えるよう仕向ける、そういう迂遠なやり方で奪うところだけが違う。
自分で自分の欲しいものを手に入れようとしないこのような人間は、他者から報酬を受け取るに値しない無能だとみなすべきだ。
なぜなら有能な人間なら、わざわざ他者のために何かをするのではなく、最初からその努力を自分のために向けるべきだからだ。
他者に価値あるものを与えられるとしたなら、なぜ最初からそれを自分に与えないのか?
それは、本当は相手に与えるに値するものなど持ってはおらず、不当に相手から報酬を奪い取る詐欺師でしかないからだ。
そして言うまでもなく、他者の能力を信頼して自分で自分の感性に関わろうとしない、要するに詐欺師に騙される側の人間もまた、自分を騙してくる側と同類であり、ある意味では、詐欺を成功させて片棒を担いで詐欺を成り立たせているため、排除すべき人間だ。
ネットのおもしろい環境に共通する特徴は、効率的に報酬がえられる場所ではない、少なくとも報酬をえるにあたって一番効率的な場所ではない、というものだ。
報酬のえやすい場所とは、注目されやすく、評価される機会が多いということだ。
しかしどんな場所でも少し活気づくようになればたちまち注目を集め、人が集まるようになる。
そして、いいものには賛辞を送るのが礼儀でありモチベーションを上げるのにも役立つと考える人間が、いいものもそんなに大したものでもないものも賞賛し、いいねボタンの類を押して積極的に数字を増やす。
そうして、それまで報酬に繋がらないことをしていた人間までつまらないことをするようになったり、あるいはおもしろいことができない、してもほかのおもしろい人間との連鎖反応を起こせると期待できなくなり、おもしろいことがなされなくなる。
この流れは、止めようと思って止められるものではない。
評価がえられない場所において、わざわざそこに集まってくる人間は、自発的な動機で活動する。
つまり、評価に影響されない状況で活動できる気質を持っている。
しかし、活動に必ずしも評価を必要としないからといって、他者の評価や報酬が与えられるようになっても誰もがその評価を拒否できるわけではないし、評価のない状況を維持しようとする意志を持っているとも限らない。
おもしろいことができる人間でも、流れが変われば、その流れに乗ってしまうのだ。
だから、たとえ自発的な人間同士で集まっても褒め合いが生まれるようになる。
人がいなければ自発的になれる人間でも、人がいると他発的になる。
ある人から賞賛を受けると、その賞賛者からの影響されないでいるのが難しいからだ。
賞賛を受けたとき、その受け取りを拒否すれば、敵対しているとみなされるだろう。
そして、褒めたり褒められたりする活動を受け入れるほかのつまらない人間からも非難されかねない。
賞賛を受けると、その相手に借りができてしまうし、借りを作ることを拒否できないのだ。
褒めてくる相手がつまらないことしかできない人間だとすると、相手につまらないと指摘することができなる。
相手から利益を受け取ったのに、自分は相手に不利益を与えることになるからだ。
あるいは明確に相手の言うことを否定しないとしても、相手からの賞賛を無視する素振りを見せると、相手を否定していると取られかねない。
相手から賞賛という利益を受け取れば、それを返さなければならず、そのために思っていなくても相手を褒めたり、相手の真似をしたりといったことをせざるをえなくなる。
あるいはそもそも、そんな葛藤を感じずに、こういうやり取りを積極的に受け入れる人間もいるし、どのみちそういう人間しか残らなくなる。
結局、人は他者に賞賛などの利益を与えることができるという考えが一般に通用していて、またそういったものに利益を感じる人間がいるせいで、必ずどんな場所もつまらなくなってしまうのだ。
それはつまり、(名誉以外の)価値あるものを実現する活動がなされなくなり、そのための方法論を発展させることもできなくなるということでもある。
おもしろいことがしたい人間は、そういう場所にとどまろうとはしないだろう。
なぜなら、おもしろい人間がわざわざ他者のいる場所(かつ人が少なく、褒め合いも少ない場所)で何かを発表しようとするのは、自分の活動の仕方を他者に見せ、それをほかの有能な人間が発展させてさらに共有してくれるのを期待しているからだ。
評価が横行している場所では、価値を実現する手段を本気で批評したりすることはなくなるから、有意義なものが生まれなくなるのだ。
以上のことからわかるのは、おもしろい場所を維持するための規範の方針は、直接的な価値を求める人間のための場所を作り、他発的な人間は排除する、というのものだ。
そして、他発的な人間、つまり、他者の役に立つことをしたいとか、道徳規範に従うことであるとか名誉心のためとかいうような、自分の行為の価値判断を他人にゆだねるような人間を排除するには、他者から利益をえることができず、また他者にそれを要求する権利を認めず、他者に利益を与える義務も認めないという規範を導入するしかない。
以下は、本人や周囲から聞いた話と、自分なりに調べて分かったことを整理したものです。
特定防止のため、事実関係を損なわない範囲でフェイクや再構成を含みます。
こうした話は、特殊な例というより、表に出にくいだけで各地で繰り返されている問題の一つだと思います。
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長い付き合いのある親しい知人から、長年にわたって金を要求され続けていた人がいる。
最初は「金に困っている」「今回だけ助けてほしい」といった、よくある相談だったらしい。
しかし次第に様子が変わり、断ろうとすると、はっきりとした脅しではないものの、「事態がこじれれば、収拾できないことになるかもしれない」と思わせるような言い回しが増えていった。
また、相手の置かれた状況や弱さが繰り返し強調され、
関係を断つことが、相手にとって致命的な結果につながるかのように受け取られる状況も続いていた。
親しさを上手く利用した形だ。
その中で被害者は、いつの間にか支え続ける立場に置かれ、距離を取るという発想そのものが持ちにくくなっていった。
信じられないかもしれないが、義務感のようなものを刷り込まれていたようだ。
身近な人間にお金の工面を頼らざるを得ない時期もあり、被害は周囲に知られないよう、できる限り隠されていた。
個人としても、生活や将来設計に深刻な影響が出るほどの被害だった。
一方で、加害者は定職に就いている様子が見えない時期が長かったにもかかわらず、生活ぶりは不釣り合いに余裕があるように見えた。
私生活を比較的近くで見ていた関係者の中には、収入源がはっきりしないまま余裕のある生活を送っているように感じ、違和感や不安を覚えていた人もいたそうだ。
時間をかけて状況や情報を整理する中で、圧力の根拠として語られていた話の信憑性には、大きな疑問があることが分かってきた。
その後、法的な相談先を含め、外部の力を借りる段階に入ったことで、状況はひとまず沈静化した。
民事については、そもそも加害者側の財産が本人名義ではない形で管理されているため、現実的に回収できる見込みはほとんどない、という話だった。
また、後から自分なりに調べてみると、被害が長年にわたり断続的に続いている場合、裁判上「一連の被害」としてまとめて立証すること自体が難しいなど、制度上のハードルもあるようだった。
民事の時効も数年と短く、調査や気持ちの整理をしている間に、あっという間に過ぎてしまった。
刑事についても、被害の深刻さに比べると、刑期や時効はかなり短いものだと感じた。
加害者は、刑事罰そのものが抑止力として機能するタイプではなさそうだ、というのが専門家の見立てだった。
むしろ相手を刺激することで、身の安全を含めた不利益が増える可能性もある、という説明もあった。
同じ知人関係の中で、同様の被害を受けた人が他にも複数いることは分かっている。
個々の被害は表に出ていないが、合計すれば被害総額は億単位に達するはずだ。
それでも、多くは泣き寝入りしている。
加害者は今も家庭を持ち、少なくとも外から見える範囲では、生活に困っている様子はない。
今もなお、余裕のある、贅沢とも言える暮らしぶりに見える。
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その落差に、どうしても強い無情感を覚えます。
発端は昨年末に行われたガイドラインの改定で、内容としては成人向け描写の修正をいまより厳重にするように!的なことだった。
ユーザーのほとんどはそういった性的なコンテンツを投稿する場所として使用していたので、そんな人達からしたらもはや使い道がないのでアカウント削除の流れが起きていた。
また性的なコンテンツに強い規制を設ける割に、自身が導入している広告はえげつない性癖のエロ広告というおまいう状態で尚更に反感を買った。
自分も利用しているが、基本的に成人向けではない単なる落書きを投稿しているので今回の件はあまり不利益になるようなものではなかった。あんまりな内容だとは思うけど。
えらい反感を買ったので(当たり前)内部でガイドラインを修正検討するみたいな流れになってるらしく、続報まち状態なんだけど時すでに遅しってかんじだ……。
個人的には確かに広告がどうしようもないくらいひどいが好きなところがたくさんあり、みんないなくなんないでくれ~運営は今まで通りの内容に戻してくれ~(広告はどうにかしたほうがいいです)と思っている。
以下は個人的にポイピクの好きなところ
・制作過程や落書きなどを気軽に投稿できる!というのを売りとしているので投稿ハードルが低い
・リアクション機能(スタンプみたいなのが1日1投稿につき最大10個送れる)
→閲覧した都度いいねを押せるようなしくみ。いいね1回切りなの送りたりねぇよ派なので嬉しい
・ユーザーに応援絵文字が送れる(Wavebox的なやつ。一言コメントを送ることができる設定もある)
・投稿をピン固定できる
・ヘッダーが最新投稿画像になる(特定の画像に固定設定ももちろんできる)
・投稿の公開範囲を決められる(パスワードやR18のワンクッション・Xフォロワー限定など)
・↑だけど管理者だけ画像を保存できるしくみになっているので、サルベージできて画像ストレージ的役割が果たせる
良いサービスなので、いい方向へ進んでいくことを祈っている。
だから言ったのに。
生きてることに意味などなく、その生命活動の主体であるこの「自分」にも価値はない。
突き詰めれば必ず行き着くこの結論から目をなるたけ逸らしてやっていこうとしてきたのが人間なのに。
その幻想のために文明を築きなんかでっかいものをこしらえたりして「こんなこと他の誰にもできないだろ唯一無二だろ」と悦に入ったり、
あるいは文化を醸成させて「わたしがわたしであることにはこんな意味と価値と理由とがあるのだ」と思い込んでみたり、
曰く「人間的な」もの、それらには何かの意味や価値や唯一性があると信じようとしてきたのに。
精神というもの、それを司る(と考えられている)脳というものに、ある種の神性を信じていたんでしょ?
それは何か別のでは代替できない唯一性のあるもので、それが人間を人間たらしめていると思っていたんでしょ?
なら脳を無価値化する、そんなものはかなりスペックの劣った計算機械だとあけすけに暴露する、
「ヴォミーサ」と言いながらAI搭載ロボが襲ってくることでも、AI管理の軍事基地が自己判断で核戦争を始めることでもなく、
AIが「人間は無価値だ」とあからさまにしてしまうこと、なんだよ。
なんでその議論もなくこんなに進めちまったんだよ。
Twitter上にて「自己紹介カードや名前があまりにも女性的だったので会ったら男性だった。流石にその自己紹介カード・名前の男性は受け付けられない(男性ユーザーが受け付けられないわけではなく、その表面だと受け付けられないという意)。」といった書き込みがあった(なお、もう片方に取材したところ会ったことすらないということが判明した)。もちろん、受け付ける/受け付けないは本人の自由ではあるが、それはそうとして晒し者にするのは違うのではないかと感じた。この件を踏まえたうえで、表面の情報だけで性別を特定するという行為を抑止することを促す啓発記事を書くことにした。
(少なくとも日本の)VRChatコミュニティでは、多くの場合人の性別を予想して言うということがタブー視されることが多い。また、日本のVRChatコミュニティでは性自認に関わらず男性でも女性アバターを使用し、ときによってはボイスチェンジャーを使う、或いは両声類になる場合もある(もちろん、その場合かなりの時間と労力が必要となるが)。これは男性に限った話に見えるかもしれないが、女性の場合でもセクハラ阻止の観点から男声をボイスチェンジャー或いは自力で身につけているユーザーも存在している。
おそらく、これは今回の件の原因とも言えるようなものかもしれない。どういった観点である人の性別を予想するのか、おそらくほとんどの場合は無意識的に固定観念によって行われているのではないか。
しかし、固定観念というものはどう見てもおかしい。固定観念のままでいくと極端に言えば「プリキュアが好きな男児」や「戦隊モノが好きな女児」が扱いきれず一緒くたに「トランスジェンダー」というラベルに一括りされてしまうこともあるが、これはどう見てもおかしいのである。男児がプリキュアが好きだからといってみんなが男性器が嫌い/男性化が怖い/男性というジェンダーロールが嫌ということにも、女児が戦隊モノが好きだからといってみんなが女性器が嫌い/女性化が怖い/女性というジェンダーロールが嫌ということにもならないはずである。そもそもであるが、この「身体が嫌」「このジェンダーロールが嫌」「~として扱われたくない」「~でありたい」という感情こそが理由付けなのであって、「~が好き」「~をしていた」だけでは理由にならない。(実際、筆者は性別違和(極度の身体嫌悪)によってクリニックに通っている身でもあるため、この違いが世間であまり理解されておらず悲しいのである。)
そもそも性別問わず好きなものを好きだといい、嫌いなものを嫌いだといい、好きなもので散りばめていく...これのどこがいけないのだろうか。
上記の2点を踏まえると、今回の件は「面会前に固定観念によって相手の性別を予想して決めつけてしまい、それが外れたため腹を立てて晒し者にした」ということではないだろうか。
ここでのキーポイントはやはり固定観念なのである。固定観念こそが諸悪の根源なのであり、固定観念には消えてもらう必要がある。
晒さなければよかった、受け付けられないのであればブロックだけをして別れる...これだけで良かったのではないか。
「晒す」という行為は一見相手を制裁する行為として捉えられがちであるが、それに加えて自分自身にも不利益を追ってしまう。どうしても大事になると炎上してしまうためである。
しかし、「晒さない」ことだけでは自分自身の悩みをひとりで溜め込んでしまう。これもよくないことである。つまり、「晒す」という行為の代わりとなることを見つける必要がある。
そのひとつとして「相談」がある。人に話すことは重要であり、欠かすことはできない。「秘密裏に相談する」という行為は悪いことのように見られることもあるが、飛び火を最小限に抑えることができてかつ心を安定させることとして重要なのではないか。(もちろん、相談という名目であれどそのプラットフォームにおける規約を厳守したうえでのことではあるが。 )
Xルール: https://help.x.com/ja/rules-and-policies/twitter-rules
Discordコミュニティガイドライン: https://discord.com/guidelines
VRChatコミュニティガイドライン: https://hello.vrchat.com/community-guidelines
女子枠はすごい。
平等に学力のみで選抜を行う大学入試に、性別という概念を持ち込んだ。
男性に生まれただけで、女性よりも入学できる大学が少なくなるのだ。
「生まれによる差別」をなくそうと人類が積み上げてきた歴史を、教育の府が自ら踏みにじっている。
女子枠はすごい。
一般入試で合格した女子に対しても、能力の劣る女子枠ではないかと疑念の目が向けられることとなった。
これは当事者だけの問題ではない。大学入試の機微を知らない社会全体に、「女子学生の学位=実力不足」というバイアスを植え付けたのだ。
女子枠はすごい。
たった一つの制度によって、長年かけて形成された「差別はいけない」価値観が詭弁に成り下がった。
今の男子制度は、自分の人生を左右する大学入試で、国家主導の差別を受けている。
自分たちへの差別は「是正措置」として許容した社会や国家に、今後どれだけ「差別は悪だ」と説かれようとも、怒りはあれども共感はできないだろう。
女子枠はすごい。
大学入試という多くの人が通る大きなイベントにおいて、理不尽な性差別を行う影響は計り知れない。
高学歴女子が少なく、理系女子が少ないのは、学問に励み、数学に取り組む女子が少ないからである。
その皺寄せを、真面目に学問に取り組んだ男子に払わせる。そんな社会の縮図のような制度は、公正さなど存在しないという現実と、下駄を履いて特等席を掠め取っていく者たちへの、どうしようもない軽蔑と怨嗟を植え付ける。
女子枠はすごい。
親や教師に流された女子生徒に、「女子枠を使った」というカルマを背負わせる。
大学入試の結果は今後の人生を左右する大きな因子である。「不合格なら夢は叶わない、最悪は首でも吊れば良い」と思い詰めながら、文字通り命をかけて受験に挑む学生だって存在する。
女子枠がなければ。
人生が狂わなかったはずの男子は、女子枠の定員の数だけ確実に存在する。
女子枠はすごい。
塾に行けなくても、親が貧しくても、点数さえ取れば這い上がれるのが一般入試だった。
結局、この枠をうまく利用するのは、情報感度の高い都市部の裕福な家庭の女子たちだ。
「親が太く、教育投資も受けている女子」が、さらに「女子枠」という特権を得て、「貧しくても必死に勉強した男子」の席を奪っていく。
弱者救済どころか、特権階級による「弱者いじめ」の道具と化している。
女子枠はすごい。
この制度で優遇されるのは、元々理系に関心があるが、一般入試では手が届かない成績の女子学生だけだ。
文系志望者が理系に転向するわけではない。単に、下位の大学に行くはずだった学生が、ゲタを履いて上位の大学へ「横入り」しているに過ぎない。
ただ「能力に見合わない合格者」を生み出し、本来受かるはずだった優秀な学生を排除する。
一部の女子だけが得をし、女子全体の評価を下げ、真面目な男女を泣かせるだけの、あまりに無意味で残酷な「席替え」である。
女子枠はすごい。
アメリカ連邦最高裁は2023年、こう断じて優遇措置を違憲とした。
「大学の入学枠はゼロサムゲームである。ある属性への利益は、必然的に他の属性への不利益となる」と。
当たり前の理屈だ。誰かのゲタを履かせることは、誰かの足を切り落とすことと同義なのだ。
諸外国が「逆差別の不当性」を認め、法の下の平等へと舵を切る中で、この国だけが逆走している。
他人の犠牲の上に成り立つ多様性など、ただの欺瞞だと気づかないフリをして、若者の未来を食い物にしているのだ。
女子枠はすごい。
たった一つの制度で多くの人生を狂わせ、男女間の対立を生み出し、未来を背負う技術者の夢を壊すのだ。
この国にとって大きな負債を生み出し続ける。