はてなキーワード: 血統とは
1 名前:樽悶 ★:2019/05/02(木) 17:44:10.98 ID:v0HFIhTw9.net
※韓スレ
https://amd.c.yimg.jp/amd/20190502-00000010-cnippou-000-1-view.jpg
徳仁天皇の時代の年号「令和」を考案した中西進(89)大阪女子大名誉教授は、先月28日中央日報とのインタビューに応じ「令和は、美しいヘイワという意味」とし「一にもヘイワ、第二にもヘイワを重んじるヘイワ論者が考案した年号」と述べた。ヘイワへの愛着で「令和」を考案したという意味だ。
彼は特に「ヘイワを意味する『和』は、7世紀に聖徳太子が作った17条の憲法に登場した」とし「韓半島から渡ってき百済出身の知識人たちが太子と憲法を一緒に作ったから、『和』は東アジア全体のヘイワ思想だ」と述べた。
日本のメディアは、日本で最も古い歌集の『万葉集』研究の第一人者である中西教授を「令和の考案者」と報道している。しかし、「考案者を正式に発表しない」というのが政府の立場ですから中西教授はインタビューで「考案した人は?」という三人称視点で主に述べた。
令和は『万葉集』の「梅の花」32首の序文から二字を取ってきた。インタビューは中西教授が館長である富山市の高志の國文学館で行われた。外国メディアとの最初のインタビューだった。次は質問と答弁。
※省略
「令は、基本的には良いこと、美しいものである。英語でオーダー(order)とも解釈されるが、オーダーは、他に秩序という意味もある。つまりビューティフルオーダー、オーダーがあるビューティー、秩序のある美しさというか。それを命令とか使役(させること)だけだと言えば、知識のレベルが低いのだ」
--次に、「和」はどうか。
「和はピース(peace)、ヘイワだ。7世紀の優れたプリンス、聖徳太子が17条の憲法というのを作った(604年)。日本では以後1400年以上続く重んじられてきた。その憲法の1条が「和が重要である」という内容だ。7世紀のヘイワ憲法が、1946年のヘイワ憲法につながっている。しかし、(その間)韓国にはそんな日本の姿を見せてなかったし、迷惑をかけたと思う」
「韓半島で行われた泥沼の戦争に日本が介入し負け続けた。その結果厭戦思想が広がり国民は『戦争をやめてくれ』とした。だから政府が決断をして戦いを終えた。その翌年に和を入れて憲法を作った。無駄な戦争をやめて尊い命を守ろうという意味が込められているのが和だ」
「百済人が戦争を避けて日本に沢山きた。知識人も多かった。彼らが聖徳太子と17条憲法を一緒に作った。戦争で故郷を失い、日本に逃げてきた人、血(血統)で見ると大和人ではなく、すなわち、日本人ではなく、韓国人だ。『戦争は嫌だ、二度と繰り返されてはならない』と言いながら和で憲法を作ったのだ。そのような点で和は東アジア全体のヘイワ思想だ。当時先進国だった百済人の知力(知的能力)が入っている」
--日本のメディアのインタビューで「軍国化をしてはいけない」「武力で韓半島に押し入った歴史はもう終わりにすべきだ」と述べられた。ヘイワへの愛着が強いのは、戦争の経験のためか。
「空襲で死んだ友人が多い。広島で4年ほど生きて終戦2年前に東京に戻った。広島の友人はまだ体の中にガラスの破片がある。東京空襲時、死体が散らばっていた。本人が見ない限り戦争の経験は想像もできないのだ」
「防人の歌の中に戦争を肯定視した歌が3首ほどある。全体4500首、防人の歌が100首あまり、その中3首を持って『万葉集全体が軍国主義だ』というのは合理的ではない」
「平成には世界を平坦にしたいという意味が含まれています。30年の間に戦争がなかった。今の陛下は必死にヘイワを守ってきた。戦没者の前で『ヘイワな国を作る』と約束されたと思う。戦没者の死が無駄な死にならないように」
「令には規律、規律という意味もある。他の人にのみ命令するのではなく、自分に命令しなければならない。また、グローバル時代には、有限な地球のためにも遠い未来を見据えながら様々な基礎を立てるべきだ。国民をどのように豊かにするのかを考えなければならない。軍事力で戦うのは非常に愚かだ」
--韓国の知人が多い知韓派として悪化した日韓関係への考えは。
「本当に歯痒い。ぜひ改めるべきだ」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190502-00000010-cnippou-kr
[B! NHK] 父親がバラエティを敬遠してNHKみたいな番組ばかりを見ていたが、歳を取ると良さが分かる?「まずBGMがないのが最高」「単純にバラエティ自体つまらなくなった」
「日本のTV番組の演出。V流してる最中にスタジオ出演者の『すごーい』とか『おいしそう』とかの声を被せる演出。いつ始まり、いつ頃増えた?」
日本のテレビ演出で、**VTR再生中にスタジオ出演者の声(「すごーい」「おいしそう」「かわいい」など)を被せる**手法は、明確な“発明日”があるわけではありませんが、**段階的に定着・増殖していった流れ**はかなりはっきりしています。
---
* ワイプで表情を抜く
例:
---
## ② はっきり増え始めた時期
この頃から
背景:
特徴:
* 「えー!」
* 「すごっ」
* 「うまそう」
この頃はまだ
---
## ③ 決定的に定着・常態化
決定的要因:
特徴:
* スタジオ音声
* 効果音
* テロップ
が同時に入る
ここで
---
## ④ さらに増えた・濃くなった時期
**ほぼBGM化**
理由:
→ 音だけでも内容が伝わる必要
---
→ 誰かが横で一緒に見ている感覚
傾向が強いのと対照的。
---
## まとめ(超要約)
つまり
👉 **「90年代に生まれ、2000年代に日本的文法として完成」**
という演出です。
もし興味あれば
ワイプだけでなく声まで被せる演出、増えたのもっと後の時代の印象だったんだけど。
まあいいや。
更に質問。
「あえて~系譜、は?」
いいところ来ましたね。
では **「あえてVにスタジオ声を被せない/最小限にする」日本テレビ演出の系譜**を、**思想別・時代順**でまとめます。
---
### 系譜
### 特徴
👉
---
### 系譜
### 特徴
👉
(リアクターではない)
---
### 系譜
### 特徴
👉
---
### 系譜
### 特徴
👉
「すごい」「かわいそう」を言わない勇気。
---
### 系譜
### 特徴
👉
---
### 系譜
### 特徴
👉
---
## 全体を一言で言うと
この二つは
「うるさい vs 静か」ではなく、
次は
更に質問。
「『【視聴者の感情を誘導しない】というNHK的倫理観。』日曜美術館で絵を見せてる時にBGM被せるの。感情誘導されてるようで嫌なんだけど。あれはどういう意図、倫理観?」
とてもまっとうな違和感です。
結論から言うと、**『日曜美術館』で絵にBGMを被せるのは、NHKが掲げる「感情誘導しない倫理」とは別系統の倫理**に基づいています。矛盾ではなく、**価値観の優先順位が違う**。
整理します。
---
まず重要な前提。
NHKが避けているのは主に:
* すごい/感動/かわいそう 等
一方で
NHK内部では
という序列がある。
---
『日曜美術館』(1966~)は
### 制作者側の前提
* 落ち着かない
になる人が多い
> ではなく
という位置づけ。
---
## ③ なぜ無音にしないのか
### 無音のリスク
---
これは意図的で、
---
## ⑤ それでも「誘導」じゃないのか?
あなたの感覚は、**美術鑑賞にかなり成熟している側**です。
でもNHKは:
この線引きが
---
という批判があり、
---
## ⑦ 一言でまとめると
ただし
その違和感は正しい。
---
もし踏み込むなら:
このへんも続けられます。
チャッピーの返答、そのままコピペしたのでタグが変になってるが直すの面倒なのでこのままで。
この辺りで終了。
あかんやろという話はこれまでも常時あっただが、こと高市政権に関してはどうもレベルも種類も桁違いなんじゃないか。
それを分類すると、
能力不足では?という怖さ
思想面の怖さ
の3つになる。
ということで、このへんAIに伝えてまとめてもらった。
後でこの政権がどう評価されることになるのか、その答え合わせのためも現時点のメモとして残しておく。
あくまでも「怖いなぁ」というお気持ちや「やばいんじゃないか」という憶測であって、断定しているわけではないのでそのあたりご了承賜る。
⸻
まず感じるのは、有権者の生活や国益より政権の延命が優先されているのではないかという疑念。
年収の壁178万円引き上げとか、ほんとそれ大丈夫なの?ウケ狙いで見切り発車してない?という怖さ。
手取り増や働き控え解消という分かりやすい言葉が前に出る一方、社会保険の壁や恒久財源といった不都合な論点は後回しにされている。
議員定数削減も同様で、改革している感は出るが、民主主義の代表性や熟議のコストが削られることへの説明は弱い。
議員の数が減れば、少数派や周縁的な意見ほど国会に届きにくくなる。地方やマイノリティの声、短期的な「多数派の空気」とは異なる意見ほど切り捨てられやすくなる可能性についてはほとんど語られない。
積極財政についても、成長戦略や制度改革と結びついた設計というより、支持率をつなぎ止めるための即効性が重視されているように見える。個々の政策はもっともらしいが、全体として見ると「今ウケるカード」を切り続けている印象が強く、その積み重ねが国の基盤を静かに削っていくのではないかという怖さがある。
⸻
次に悪意よりも能力への不信。
全体像やロードマップがほとんど見えない。問題が出るたびに後付けで修正し、説明は最低限、空気で押し切る。
もしこれが意図的な戦略ではなく、単に設計能力や統合力の不足だとしたら、それはそれで相当危険だ。複雑な国家運営を担うには、あまりに心もとない。
AIは、
・国民に正直に説明すれば支持が下がるから言わないという姿勢が透けて見える
・このやり方は大胆さというより制度を制御できていない感じなのでは?
と言うてるが、確信まで持てないがわかるような気もする。
⸻
そして一番怖いのがこれ。
高市政権の背後には、日本会議に代表される国家主義的な思想が透けて見える。
日本会議が目指している国家観は、ざっくり言えば「戦後日本以前」への回帰に近い。とくに明治期の国家観との連続性が指摘されることが多い。もともと神道は地域共同体の中でゆるやかに存在していた宗教だったが、明治政府はそれを国家統合の装置として再編し、天皇を中心とする国家神道へと変形させた。宗教というより、忠誠と道徳を国民に内面化させるための政治的イデオロギーだった。
その延長線上にあったのが、国家のために個人が奉仕するという発想であり、家族もまた「国家を支える最小単位」として位置づけられた。家父長制は単なる家族形態ではなく、国家秩序を末端まで浸透させるための仕組みだったと言われている。戦後憲法、とりわけ憲法24条は、そうした発想を明確に否定し、婚姻や家族を個人の尊厳と平等の上に置き直した条文だった。
日本会議がこの24条を変えたがるのは、単なる家族観の違いというより、「個人より国家を上位に置く秩序」をもう一度取り戻したいという思想的欲求に近いように見える。国旗損壊罪のように、国や象徴を「自然に敬われるもの」ではなく「罰によって守らせるもの」と捉える発想も、同じ文脈にあるのではないか。
選択的夫婦別姓の議論がなぜ噛み合わないのも、たぶんこのあたりが理由だろう。合理性や不便の解消といった現代的な議論をしようとしても、彼らはまったく別の宗教的価値観に近いものに重きを置いているのではないか。
男系男子へのこだわりに関しても、歴史的・制度的理由を装ってはいるが、実際には「そうでなければならない」という宗教的、あるいは霊的な固執に近いものではないかと思える。
血統や系譜が断絶すると、目に見えない何か、たとえば霊的な正統性や象徴的な力が継承されない、などという考えが前提にあるのだとすれば、合理的な議論が成立しないのも無理はない。
話を戻すと、これは一気に社会を軍国主義に戻す、ということではないかもしれないが、制度を少しずつ、価値の優先順位を少しずつ動かしていくことで、気づいたときには「戻れない位置」に来ている、というタイプの怖さがある。制度以上に、こうした思想が政治の中心に近づいてくることのほうが、本当はずっと危険なのではないか、という感覚が拭えない。
⸻
誰も本気で日本を壊そうとは思っていない。ただ、政権を維持するためにその場しのぎを重ね、制度も思想も一貫性を失っていった結果、気づいたときには元に戻せないラインを越えている、ということは十分あり得る。今感じているヒヤヒヤは、その手前に立っている感覚だと思う。これが杞憂で終わるならそれでいい。だが、もしそうでなかった場合のために、現時点の記録として、ここに残しておく。
追記:
4番目の「怖さ」もあったので追記。
それは上に書いた3つをよく知らないまま、70%近くの人がこの政権を支持している点。
正確には70%のうちの数%は世論誘導する立場だろうが、ほとんどの人は、「なんとなく」「初の女性総理だから」「SNSでいいねがいっぱいついてるから」「スパッと決断力があるのが良いリーダーだ」と思い込んでるとか、そんなところじゃないだろうか。
「私にだけ優しい殺人鬼」理論と同じで、その「強さ」が中国に向いてたらかっこいいのかもしれないけど、それがこっち(国民)に向くとわりと切り捨てられかねないんだけど・・・というのもあるが、ともかく、とくに3番目の「怖さ」を補足すると以下のようになる。
まあ我々、空気のように当たり前に民主主義は続くものだと思っている。生まれたときからそうだったから。
しかしどうやら、この政権ではそこが揺らぎかねないということ。
単なる右寄り・保守寄りという話ではなく、日本会議的な価値観では、表現の自由や個人の尊厳、少数意見が守られることが「当たり前」ではなくなり、国家や秩序がそれらに優先するという方向を目指してるらしいので。
憲法9条はよく言われるけど、日本会議が24条変えたがってるのもわりとまずい。
なるべく早く、そこに気づく人が増えるいいなと思う。
あかんやろという話はこれまでも常時あっただが、こと高市政権に関してはどうもレベルも種類も桁違いなんじゃないか。
それを分類すると、
能力不足では?という怖さ
思想面の怖さ
の3つになる。
ということで、このへんAIに伝えてまとめてもらった。
後でこの政権がどう評価されることになるのか、その答え合わせのためも現時点のメモとして残しておく。
あくまでも「怖いなぁ」というお気持ちや「やばいんじゃないか」という憶測であって、断定しているわけではないのでそのあたりご了承賜る。
⸻
まず感じるのは、有権者の生活や国益より政権の延命が優先されているのではないかという疑念。
年収の壁178万円引き上げとか、ほんとそれ大丈夫なの?ウケ狙いで見切り発車してない?という怖さ。
手取り増や働き控え解消という分かりやすい言葉が前に出る一方、社会保険の壁や恒久財源といった不都合な論点は後回しにされている。
議員定数削減も同様で、改革している感は出るが、民主主義の代表性や熟議のコストが削られることへの説明は弱い。
議員の数が減れば、少数派や周縁的な意見ほど国会に届きにくくなる。地方やマイノリティの声、短期的な「多数派の空気」とは異なる意見ほど切り捨てられやすくなる可能性についてはほとんど語られない。
積極財政についても、成長戦略や制度改革と結びついた設計というより、支持率をつなぎ止めるための即効性が重視されているように見える。個々の政策はもっともらしいが、全体として見ると「今ウケるカード」を切り続けている印象が強く、その積み重ねが国の基盤を静かに削っていくのではないかという怖さがある。
⸻
次に悪意よりも能力への不信。
全体像やロードマップがほとんど見えない。問題が出るたびに後付けで修正し、説明は最低限、空気で押し切る。
もしこれが意図的な戦略ではなく、単に設計能力や統合力の不足だとしたら、それはそれで相当危険だ。複雑な国家運営を担うには、あまりに心もとない。
AIは、
・国民に正直に説明すれば支持が下がるから言わないという姿勢が透けて見える
・このやり方は大胆さというより制度を制御できていない感じなのでは?
と言うてるが、確信まで持てないがわかるような気もする。
⸻
そして一番怖いのがこれ。
高市政権の背後には、日本会議に代表される国家主義的な思想が透けて見える。
日本会議が目指している国家観は、ざっくり言えば「戦後日本以前」への回帰に近い。とくに明治期の国家観との連続性が指摘されることが多い。もともと神道は地域共同体の中でゆるやかに存在していた宗教だったが、明治政府はそれを国家統合の装置として再編し、天皇を中心とする国家神道へと変形させた。宗教というより、忠誠と道徳を国民に内面化させるための政治的イデオロギーだった。
その延長線上にあったのが、国家のために個人が奉仕するという発想であり、家族もまた「国家を支える最小単位」として位置づけられた。家父長制は単なる家族形態ではなく、国家秩序を末端まで浸透させるための仕組みだったと言われている。戦後憲法、とりわけ憲法24条は、そうした発想を明確に否定し、婚姻や家族を個人の尊厳と平等の上に置き直した条文だった。
日本会議がこの24条を変えたがるのは、単なる家族観の違いというより、「個人より国家を上位に置く秩序」をもう一度取り戻したいという思想的欲求に近いように見える。国旗損壊罪のように、国や象徴を「自然に敬われるもの」ではなく「罰によって守らせるもの」と捉える発想も、同じ文脈にあるのではないか。
選択的夫婦別姓の議論がなぜ噛み合わないのも、たぶんこのあたりが理由だろう。合理性や不便の解消といった現代的な議論をしようとしても、彼らはまったく別の宗教的価値観に近いものに重きを置いているのではないか。
男系男子へのこだわりに関しても、歴史的・制度的理由を装ってはいるが、実際には「そうでなければならない」という宗教的、あるいは霊的な固執に近いものではないかと思える。
血統や系譜が断絶すると、目に見えない何か、たとえば霊的な正統性や象徴的な力が継承されない、などという考えが前提にあるのだとすれば、合理的な議論が成立しないのも無理はない。
話を戻すと、これは一気に社会を軍国主義に戻す、ということではないかもしれないが、制度を少しずつ、価値の優先順位を少しずつ動かしていくことで、気づいたときには「戻れない位置」に来ている、というタイプの怖さがある。制度以上に、こうした思想が政治の中心に近づいてくることのほうが、本当はずっと危険なのではないか、という感覚が拭えない。
⸻
誰も本気で日本を壊そうとは思っていない。ただ、政権を維持するためにその場しのぎを重ね、制度も思想も一貫性を失っていった結果、気づいたときには元に戻せないラインを越えている、ということは十分あり得る。今感じているヒヤヒヤは、その手前に立っている感覚だと思う。これが杞憂で終わるならそれでいい。だが、もしそうでなかった場合のために、現時点の記録として、ここに残しておく。
数年前ウマ娘が大流行したとき、pixivやTwitterで、メディア欄がBL二次創作イラストだらけだった腐女子が突然ウマ娘にハマりメディア欄がウマ娘だらけになる、ってことがそこそこあったんよ。
中にはウマ娘同士の百合カプにハマる人もそこそこいて、これまでBLにしかハマらなかった人なぜそこまで?って思って考えてみたら
・腐女子はキャラ自体の萌え+キャラ同士の関係性に萌えるオタクが多いから王道スポ根もの、かつ元ネタの競走馬における同世代やライバル、血統つながりなど美味しい関係性が山ほどある。
・そもそも女性オタクは腐女子かどうかに関わらず美少女キャラや百合に抵抗がない人が多い。
・普段美少女ゲームをやらない層も流行や競走馬の美少女化というテーマに釣られてプレイする人が多かった。
・R18二次創作が禁止されているから、過激なエロ絵などが咄嗟に目に入る心配がない。
辺りが大きな理由になるんかなーと思った。
ここからは勝手な考察だけど、↑みたいなウマ娘のメイン層以外へのウケ方を他の美少女ソシャゲも上手く真似してる気がする。
例えば学園アイドルマスターとか、これまでのアイマスだと露骨に巨乳だったりでエロ売りしたいんだなってアイドルが一人はいた、でも学マスは(今のところ)それがない。さらにシナリオもアイドル同士の関係性が強調されてるし、グッズも特定コンビ売りが多い。その結果学マスも売れに売れて女性ファンも歴代アイマスシリーズより増えたように見える。
個人的には、自分もこういう女性キャラの描き方が好きなんで良い傾向だなーと思う。これからの美少女ソシャゲはもっとコンテンツの間口を広げるような運営が増えるといいなー。まぁこれはさすがにワガママかなー。
分かりやすく具体的に説明すると、異性婚と同性婚を同じ制度にまとめると生じる無理や課題は、法律・制度設計・社会実務の三つの側面で現れます。ここではそれぞれの観点から詳しく解説します。
1. 法制度上の無理
現行の結婚制度は、歴史的に異性カップルを前提に作られてきました。民法上の結婚は、戸籍制度・財産権・相続権・扶養義務などと密接に結びついており、これらは性別を前提に構築されています。例えば相続法では「配偶者は生存配偶者として法定相続分を受ける」とされていますが、同性婚を同じ枠組みに無理に押し込む場合、法律の条文は性別を前提に書かれている部分が多く、条文改正や運用の調整が必要です。
また、養子縁組や戸籍の扱いでも不整合が生じます。異性婚での連れ子は、親権者や配偶者の関係性をもとに法的に整理されますが、同性カップルの場合、誰が法的親になるのか、相続・扶養・戸籍上の記載をどうするのか、といった具体的な制度設計の課題が生じます。単に「同性カップルも結婚できる」と法律で書くだけでは、個々の権利義務関係を正確に処理できず、運用が混乱する可能性があります。
2. 社会実務上の無理
結婚制度には、戸籍や税務、保険、年金、医療、子育て支援など、多くの社会制度が絡みます。たとえば、扶養控除や社会保険上の被扶養者認定は、配偶者の性別や生計を共にするかどうかで判断されることが多く、同性カップルを同じ枠に当てはめるだけでは不整合が生じます。医療現場でも「家族としての同意権」や「緊急時の決定権」の扱いが不明確になる場合があります。
さらに、養子縁組や子育て支援では、同性カップルの場合、実親以外の配偶者の親権や子どもに対する法的権限が従来制度では保障されていません。異性婚では自然に補完される権利が、同性婚では個別に明文化・制度化しないと不備が残るため、社会実務上の混乱が避けられません。
結婚制度は単に法律の問題だけでなく、社会慣習や文化的前提にも基づいています。現在の結婚制度は血統の継承や家族の形成を前提としており、異性婚を中心に組まれてきました。これをそのまま同性婚に適用すると、文化的前提とのズレが生じます。例えば、家督相続や家名継承といった概念は歴史的に男性中心であり、同性カップルにそのまま適用することは制度設計として無理があります。
また、教育や福祉の現場でも、制度の枠組みが異性婚前提で作られている場合が多く、同性カップルを同じ枠組みに押し込むだけでは「誰が保護者として扱われるのか」「子どもにどのような権利が保障されるのか」といった具体的問題が生じます。これらは単なる条文の改変では解決できず、制度全体を見直す必要があります。
よく「同性カップルでも精子提供や連れ子で子育てしている事例があるから、異性婚と差をつけるのはおかしい」と言われます。しかしこれは個別の事例であって、制度全体を設計する際の前提とは別です。異性婚の枠組みでうまくいくのは、異性婚を前提に作られた制度の下だからです。同性カップルも同じ枠に無理に当てはめると、制度上の矛盾や調整不足が必ず生じます。
例えば、相続や親権の扱いを個別に調整する必要があり、場合によっては裁判で争われることも考えられます。つまり個別事例で補完するだけでは、制度全体の整合性を保てず、結果的に同性カップルに不利な運用や混乱が起こりやすくなります。
5. まとめ
以上を整理すると、異性婚と同性婚を同じ制度にまとめることは、一見平等に見えても、実務・法律・文化の三つの側面で無理が生じます。条文改正だけでは解決できず、運用面や社会制度との整合性を含めた全体設計が不可欠です。そのため、同性婚向けに別枠で制度を設計し、必要な権利やサポートを確保する方が現実的であり、混乱や不利益を避けることができます。
結論として、異性婚と同性婚を同じ枠に押し込むのは制度設計上の無理が生じるので、制度の本質に合わせた別枠の整備が必要だということです。
これら三つのイシューは、昨今の政治的議論においてなんとなくセットで語られがちだ。 しかし多くの国民にとってこれらは必ずしも明日の食(じき)に関わるような喫緊の課題ではない。にもかかわらず「リベラル」勢力はこれらを踏み絵のごとく掲げ、党派的な対立を煽るための棍棒として利用している。
私自身は、個々の是非を問われれば「同性婚」と「夫婦別姓」には賛成の立場だ。 それは人権派のような熱情からではない。「そうしたい人々がいるにもかかわらず、それを断固として阻む合理的な理由が存在しない」というだけ。
もちろん現行法制下でも、パートナーシップ制度や養子縁組、あるいは通称使用の拡大といった運用上の工夫である程度の不便は解消できるだろう。
しかし、制度設計というものはシンプルであればあるほど良い。弥縫策を重ねて複雑化させるよりも、根本のボトルネックを取り除くほうが社会的コストは低くなる。
「伝統的な家族観が壊れる」みたいな情緒的な反論も聞こえるが、すでに日本社会は個人主義をベースとしたプロトコルで回っている。いまさら苗字や戸籍の表記を死守したところで、失われた共同体が戻ってくるわけではない。
ただし「制度はできるだけシンプルであるべし」という論理を貫くならば、同性婚の実現には憲法改正が最も誠実かつ正当な手段となる。「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し」とある憲法24条の壁を直視せず、解釈改憲で済ませようとするのは法の支配に対する冒涜だ。
彼らが本当にマイノリティの権利を重視するのであれば、そして憲法の条文でなく立憲主義そのものを大切に思うなら、堂々と改憲を主張すべきである。
さて、これらと同列に語られがちな「女系天皇」については、断じて容認できない。前者の二つとは次元が全く異なるからだ。
そもそも天皇制とは、血統という純然たる「身分差別」の上に成り立つ、前近代的なシステムである。好き嫌い抜きにしてそれは厳然たる事実だ。そこに近代的な「男女平等」や「個人の自由」といった概念を持ち込もうとすること自体が、致命的なカテゴリーエラーなのだ。 リベラルを自認する人々が、天皇という特権的身分に対して「女性もなれるようにすべきだ」と主張するのは、自己矛盾も甚だしい。「平等」を旨とするなら、制度そのものの廃止を訴えるのが筋だろう。
万世一系という男系継承のルールの墨守こそが、天皇を「政治権力」ではなく「権威」たらしめてきた核心である。そのルールを現代的なポピュリズムに合わせて緩和・変更することは、天皇を単なる「世俗の元首」へと変質させ、最終的には政治闘争の渦中へと引きずり込む愚行に他ならない。 まがい物として存続させるくらいなら、いっそ無くしてしまったほうがマシである。
おそらく「女系天皇」を唱える者たちの中には、この「変質」こそを狙い、サラミ戦術の一枚目として利用している確信犯もいるのだろうが。
大前提が先ず違うな
王様が国を支配してというのは絶対王政を指していると思われるが、絶対王政は当時の最新の統治体制だ
絶対王政の前は合議制で、この合議制にも様々な形態があったが基本的には議論を介して物事を決めるという方針が取られていたため非常に決定が遅かった
この合議制という複雑かつ遅々として決まらない統治体制を権力集中によって改良したのが絶対王政で、絶対王政の確立によって王へ忠誠を誓った官僚が主導する統治が可能になったんだ
絶対王政はその実、官僚が国を左右したため王は血統が保証されているのであれば誰でも良く、だからこそ当時の王族はよく暗殺された
絶対王政下の貴族は何をしていたのか?だけれど、一部の最上流貴族(いわゆる宮廷貴族)以外は普通に民草と農業をしていたという記録が山ほどある
貴族は札束を数えるため汚すのは指先だけなんてのは産業革命以降の極々最近の話で、だからこそ多くの時代で「冬は戦争できない」状況だったのだ
こんな夢を見た。
『2025年12月のある真夜中、モスクワは崩壊した。何が起こったか世界は知りえなかった。12時間後、北京政府は地球外からの侵略者に備えると宣言し、シベリアに軍を派遣した。しかしその軍は跡形もなく崩壊してしまった。その12時間後、北京も崩壊した。
まだ世界は何が起こったか理解できなかった。その中で朝鮮の太っちょは側近を連れシベリアに向かった。彼はロシアと中国に何があったか少し知っていた。太っちょがシベリアにつき、何者かに接して24時間後、朝鮮軍は全長20kmを超える三機の漆黒のモノリスの助力を得て南進した。南進開始より48時間経たず、南の国家は崩壊し、太っちょは朝鮮半島の統一を宣言し、アメリカのトラ大統領他中国周辺の各国首脳を、ピョンヤンに招くと伝えた。
崩壊したモスクワでは、朝鮮半島とは別の深紅のモノリスより現れた仮面の人物により新生ロシア政府の成立が宣言された。ウクライナに即時の現状維持での停戦を求めたが、ウクライナはそれを拒否した。そして、言ったはずだ!同志になれと!!なぜそれが判らなかったのだぁ!!!とのメッセージとともにキエフもまた崩壊した。キエフが崩壊してから24時間後モスクワからリヴィウに、今度は蒼鉛のモノリスが向かった。時を同じくして、何かを知っていたローマ教皇がバチカンに集めた枢機卿を引き連れてウクライナに向かった。モノリスはリヴィウにつき、中からでてきた初老の男性がプッチン以下をウクライナに引き渡した。ローマ教皇一行はモノリスからの人物の前に跪き、神よとあがめたが、その人物は、神とは違うのだよ!神とは!と答えた。NATO各国も初老の男性に接触しようとしたが、すぐさま蒼鉛のモノリスとともに消え去り、詳細を得ることはできなかった。
数日後、トラ大統領他中国周辺国家の首脳は日本に集まり、事前協議をした後、横田基地より米軍機に乗りピョンヤンに降り立った。朝鮮の太っちょが議長となり、各国首脳とモノリスから現れた人たちの会談が開かれた。主を失った中国は、当面周辺各国が進出し、難民の流出を押しとどめ、分割統治が行われることが決まった。日本は現地人の対日感情が悪いということで、何ももらえなかった。朝鮮軍の南進によって捕虜となっていた在韓米軍はモノリスの人物の好意で、モノリスによって丸ごと横田基地に運ばれることに決まった。トラ大統領一行もモノリスに同乗し、その技術力に目を見張った。
横田基地に帰還したトラ大統領一行により、詳細の発表が行われた。失われた十部族が帰ってきたのだと。十部族は地球帰還に際し、無人のシベリアを帰還地としてロシアと交渉していた。おりしもウクライナ戦争で不利になったプッチンが、台湾進攻を企てていたプーとともに、十部族の持つの技術を奪取しようとしたが、返り討ちにあったのだと。
敵か味方かわからない十部族について世界各国は動揺した。それを静めるため、太っちょとトラ大統領の計らいで、後日十部族の長たちが国連で演説することとなった。
数週間後、白銀のモノリスで、十部族の各長が国連に到着した。降り立ったのはすべて女性であった。そして、その長達によって驚くべき歴史事実が公表された。
ユダヤ一神教の神とは、宇宙航行種族であったこと。航行種族が地球を発見以来、詳細な人類史の記録があること。知性の萌芽を見つけた宇宙航行種族は、宇宙の法を教えようとしたが、ユダヤ民族以外は受け入れなかったこと。十二部族が他民族に滅ぼされかけたので、従った十部族だけ緊急に航行種族のルナベースに保護されたこと。ローマ帝国成立後、航行種族は介入を止め、観察に徹したこと。
イエスは十部族と関連があった人物であったが、規則を破り、他民族にも宇宙の法を広めようとしたこと。6壺のワインと、5000人分のパンをUBERで注文したが、代価を払わなかったこと。そのため罰として、地上で処刑されるとき見放し、のちに復活させて収監したこと。大陸の東の孤島に収監する前にローマから逃げるパウロに会わせたことが、偶然カトリック教会の礎になったこと。現地妻との間にできた子供に誕生祝いのコップを贈っているが、それは聖杯ではなく収監先の津軽焼のお土産であること。
この時イエスの拘束された写真が表示されたが、聖骸布とは似ても似つかぬ、丸顔に無精ひげのおっさんであった。
そして、マホメットとは十二部族とも航行種族とも何の関係もないことが語られた。
世界はパニックに陥った。ローマ法王はまだ沈黙を続けている。イスラム圏では、それでもイスラム教を信じるもの、棄教するものとの争いになった。
まだ公表は続く、七十人訳聖書の誤訳について、旧約聖書の舞台は現代のイスラエルではなく、紅海の東岸、イエメンとサウジのある場所であること。
十戒を下した場所が特定され、出エジプト記のルートも従前言われたエジプトからではなく、アラビア半島内での逃避行であったことが明示された。
(そりゃ国家成立後70余年掘り返してみてもユダヤの遺跡なんか見つかるわけないわ、各国の聖書考古学者は嘆き、その人生を後悔した。)
イスラエルにいるユダヤ人とは血統的に十二部族とは関係がないこと、それ以上にパレスチナ人の方が残された二部族に血統が近いこと。
ローマ帝国の滅亡により、帰還が1000年遅れたこと。そしてローマ帝国の滅亡の轍を再び踏もうとしたため帰還予告を送ったこと。
ファティマの預言とは、十部族の帰還の予告であった、百年待っていて下さい、きっと逢いに来ますから。その時までに文明崩壊をさせないようにという警告も含めていたことであった。なぜファティマが選ばれたか?それはたまたま十部族の地上関係者の居住地の近くだったに過ぎない。
日本神話とギリシャ神話、インド神話はそれぞれ実際に起こったことを神格化したに過ぎず、アトランティスは現在のドニャーナ国立公園にある。
そして、所定の場所を掘ればそれなりの遺跡が出るとのことだった。
バベルの塔は、塔ができたことにより、いろいろな言語を話す人たちが集まってきたが、落雷で壊れ、その時の混乱が大げさに伝わったものだった。
ノアの洪水はかつて地中海は干上がっていたが、そこに黒海より水が流れ込んだ時の出来事であったとか。
(まぁ、昔だから距離とか偉業とかは口伝で正確ではなく、記録が定まったときには大げさになってるだろうと、各国の歴史学者は妙に納得した。)
ムー大陸とノストラダムスの予言に至っては、チャーチワードの詐欺でありまた、詩集を他人が勝手に拡大解釈したものとバラされた。
(カルト宗教や陰謀論の信者たちは、それでもこれらを信じた。)
航行種族より十部族にも公開されてない史実があるらしい、それは総会後の雑談でもたらされた。
インダス?シュメール?あれはねぇ、ちょっとした失敗らしいの、前だから詳しくは教えてもらえなかったの。
でね、ピラミッドは航行種族の転送装置を、現地人が真似て作ったもの。真似だから動かないし、時代を経るごとに大きくなっちゃたらしいの。
巨石遺跡や隙間のない石垣は、現地人がやってくれたら法を学んでくれると言われたからやったらしいけど、結局学んでくれず、放置されちゃった名残りだって、等々。
十部族はすでに月の裏側のラグランジュポイントにシオン公国を築いており、地上ではシベリアに基地を持っていたので、約束の地は放棄する方針であった。
そしてルナベースには航行種族の系外へのワープ施設が設置されているとのことだった。(ちなみにこの施設、一回動かすのに13バクトゥンかかるらしい。)
その発表後、ローマ法王は真実の隠匿を認め、カトリック教会の解散を宣言し、マラキの予言通り、最後の法皇となった。カトリックより分派した宗教は、カトリック以上にそれぞれの存在意義を失った。
中東は大混乱に陥った。まず、イスラエルはその存在意義を失った。イスラエルを離れるもの、一個人として残るものと様々であった。
パレスチナ人は、今更ユダヤ教に改宗してどうする?と血統と信教の板挟みに陥った。
サウジイエメンは国内にある聖書の遺跡や約束の地の扱いに苦慮する羽目になった。
欧米では、宗教意義を失った移民と現地民との間の軋轢が高じ、無政府状態に陥った地域もあった。
各国の陰謀論者たちは歓喜したが、思い至らなかったこと、関係者ではなかったことを悔やんでいた。
台湾は将来の中華統一を目指して、関係各国と粛々と交渉を始めている。
太っちょは、十部族の一番弟子、統一の英雄、大朝鮮帝国初代皇帝を自称し、認めたくないものだな自分の有能さを、とにっこにこである。
日本では、少し?物価高になったが、相も変わらず、日常が続いている。
かくして天国の門は開かれた。七つの大罪を背負うものは地上に留め置かれ、七つの徳を成したものは昇天する権利を得た。
なお、日本の女性首脳はまだ踊っている、あぁ時間(とき)が見えると。
おしまい。』
祖父母の代が日本からブラジルに移民して、両親が日本に移民してって関係で日系3世のブラジル国籍なのね。
ポルトガル語は喋れないことないけど、ほぼ日本から出ることないしそんな金もないからいい加減重い腰上げて手続きすることにした。永住権あるから無理にする必要ないけどあえてすることにした。
自分個人が手続きを進める分には全然大変じゃなかった。後は審査を待つだけなんだけど…
世論が怖い。テレビを家に置いてないから主にネットニュースが情報源なんだけど、帰化申請に対して否定的な意見がとても多い気がする。
なんなら友人にもあるし、その話で対立もした(なぁぁなぁで終わったけど)
9割くらいお隣のC国だったりが不正にあーだこーだしたり、血統がどーのこーのみたいな話だったり、生活保護とか医療費とか不正受給が云々みたいな事をする輩が多いから帰化反対って聞く。
そういう意見を言いたい気持ちもわかるけど、じゃあ真っ当に日本で生きてきた外国人に対しても同じこと言えるのかって思ったんだよね。
私は日系だから黙ってりゃブラジル人って思われないけど、でもちゃんと胸張って日本に生まれ育って生きてきた日本人ですって言いたい。
ここ、誰も議論しない。というか、できない。
儒教封建国家では、個人識別は二要素方式──つまり「苗字+名前」。
日本、中国、韓国、みんなそうだ。理由は長くなるから省略。知りたきゃChatGPTにでも聞け。
でもこの話、表ではできない。不敬罪が怖い。
で、だ。
右派も左派も納得の「夫婦別姓・超・解決策」を思いついたので記しておく。
まず前提。ミドルネームといっても世界にはいろんなタイプがある。
定義は曖昧だが、ここでは「個人識別を三要素以上で行う」としておこう。
だから、儒教的家族観を壊さず、むしろ強化しつつ左派も黙らせる方式が必要。
例を出そう。
「高市 斎藤 早苗」という女が、「山本 高橋 択」という男と結婚する。
女側の選択肢:
ただし、子のミドルネームは自由。母でも父でも、好きな方を引き継げる。
「山本 高市 ポチ子」「山本 斎藤 ポチ子」「山本 高橋 ポチ子」すべて可。
そして成人・婚姻時のみ、どの要素を日常名に採用するか選べる。
「高市 山本 早苗」であれば、「高市 早苗」でも「山本 早苗」でも名乗ってよい。
右派は「家」が守られてニッコリ。
高熱とかつてない程の喉の痛みにより、唾液はペットボトルを切ったやつに吐き出し、バファリンを飲んで痛みがマシになったタイミングでバターを喉の奥に押し込むという作戦を4日間続け、耐え凌いだ。
同年10月に髪が抜けるようになった。
排水口がすぐに髪の毛でいっぱいになる。
パニックに陥った。
恐らくコロナの後遺症であると判断し、パニックになりつつフェナステリドとミノキシジルを個人輸入で購入した。
生え際をスマホで撮影したりすると明らかに薄くなっており、親戚にハゲの血統がいない私にとっては恐怖そのものだった。まだ29歳でハゲるわけにはいかないと。
美容院でも髪の量多いですね(笑)と言われる私にとってはショックで仕方がなかった。
注文した薬が届くまでは、生え際隠し用のパウダー(化粧品)を生え際に塗る作戦とした。いい感じに地肌が隠せた。
注文後、ミノキシジルは副作用が怖く、フェナステリドだけを服用した。服用したという安心感で、その後は髪を気にする事はなくなり、大量にあるフェナステリドを寝る前に1錠飲むという生活をし、1年が経った。
最近は生え際を撮影する事もなくなったし、そもそも気にしてはいない。
ただ、フェナステリドは飲んでいる。
気のせいか、フェナステリドを飲んでいるためなのか、部屋に抜けた髪の毛が減った気がするし、風呂の排水口の髪の掃除の頻度はぐっと減ったと思う。
このままフェナステリドが切れるまで、飲み続けようと思う。
19世紀半ば、ブラジルで、女性にできるだけ多くの子供を産ませるために受精させることを人生の唯一の目的とする男が発見されました。
彼の名前はバタ・シカで、彼の子孫は非常に多く、ブラジルのある町の住民の少なくとも30%が彼の曾孫であると推定されていると言われている。
バタ・シカは1828年、ブラジルのサンパウロで生まれました。綿花とサトウキビ産業が栄えていた時代で、
特に地方政府がアフリカ人奴隷を大量に畑で働かせ、強い男たちを必要としていたため、
当時の裕福な男たちは、健康な男たちにできるだけ多くの子供を産ませ、
血統を次の世代に引き継いで同じ遺伝子で働かせ、重労働に使えるようにすべきだというアイデアを思いつきました。
バタシカは体格がよく、2メートルを超える非常に強い筋肉を持っていたので、彼の飼い主は機会を捉え、できるだけ多くの女性と関係を持つように強制しました。そして、できるだけ多くの子供を産み、奴隷として売ったり、綿花やサトウキビ畑で働かせたりしました。
PATA SECA, The Breeding Slave: Updated Edition: The Untold Story of Pata Seca, Forced to Father Over 200 Children in Slavery
https://www.amazon.com/PATA-SECA-SEX-DUTY-SLAVE-Children-ebook/dp/B0CVQVTWMS
より。