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はてなキーワード: ピアノとは

2026-05-05

楽器店のピアノ教室とかギター教室とかウクレレ教室とか楽しそう…😟

講師美人だったりイケメンだったり…😟

お金を工面するかな…😟

2026-04-23

映画イヴの贈り物 を見た

おっさん向けのポルノ。26点。

 

一流商社バリバリ働く舘ひろし過去にまだ幼かった娘を病気で亡くしそのことで妻とはギクシャク。会社の方も自分を引き立ててくれていた派閥の長が死亡し、社長現役引退示唆敵対派閥の長が次期社長と目されていて冷や飯を食わされる。そんなある日、行きつけの喫茶店で働く貫地谷しほり出会う。娘の面影彼女に感じた舘は父親の残した借金を返すためにアクセク働く貫地谷を娘のようにかわいがっていくが、貫地谷に悲劇が訪れてしまう。

みたいな話。

 

アマプラプラプラしてたらなんか出てきて、評価が★5のフルマークで評価数が5でやや怪しいかと思いながら見たけど、申し訳ないけど昭和生まれおっさん向けのポルノムービーで、ずーっとフーンってなりながら見てた。ってか、映画だと思って見たけど、たぶんこれ映画じゃなくてWowWow2時間ドラマやね。でも別に、そのことが品質に影響する作品じゃなかったのでいったんはVシネ枠の映画として扱うこととする。

仕事一筋で頑張ってきたけど環境の変化で冷遇されている俺。妻とうまく行ってない俺。それでも、まだ10代の貫地谷しほりみたいなかわいい女の子に無条件に慕われる俺。ヤクザに絡まれ貫地谷しほりを颯爽と救い出す俺。貫地谷しほりみたいなかわいい女の子にハタチの誕生日になったら酒の味を教えてあげるよと言える俺。貫地谷しほりみたいなかわいい女の子から手編みマフラーをもらえる俺。貫地谷しほりみたいなかわいい女の子クリスマスデートをしてコートプレゼントしてあげたらめちゃくちゃ喜んでくれて街中で着てくれた俺。貫地谷しほりみたいなかわいい女の子伊豆旅行に行って同衾して迫られるも冷静に断れる俺。しかしそんな大切にしていた貫地谷しほりヤクザレイプされソープに沈められてしまう俺。貫地谷しほり自殺されてしまう哀れな俺。さらに癌が発覚し余命わずかなかわいそうな俺。貫地谷しほりみたいなかわいい女の子浮気していると思われ妻に実家に帰られるも、貫地谷しほりの仇を討つために会社を辞め愛していた妻に退職金全部差し出し離婚を切り出すという自己犠牲できる俺。しかし裏で行きつけのバーマスターが妻に事情を全部説明してくれて死ぬ前に妻に赦される俺。貫地谷しほりの死の原因のヤクザ銃殺する俺。うっかり刺されて雪の中、誰にも気づかれず静謐に死んでいく俺。

このシチュエーションでシコれる奴が見る映画だと思う。

俺はシンプルキモいと思ったので、終始、体温が下がる思いで鑑賞していました。きっと弱男向けハーレムアニメを見ている健常者女性も同じような気持ちになるのだろう。うわきもそんなわけないやんっていう。50過ぎたおっさんが性欲じゃない自愛の心で貫地谷しほりを娘のようにかわいがって父親のように慕われる。ウッ・・・ふぅ・・・明日仕事頑張ろう!おこだよ。

あと、これ、このシチュエーションでシコれない人も一回見てほしいんだけどこの映画、一生ラウンジ系ジャズが流れてるのね。哀し気なトランペットピアノの曲が一生流れててめちゃくちゃ草生えちゃうマジで一生流れてるから。無音か、ジャズ。こういうのが俺たちの時代のオシャレで、俺たちのもの悲しさを表現しているのサ・・・っていうのでシコれる人が見る映画だと思う。

あと、なんか妻は社交ダンスを習ってて社交ダンス練習シーンがなんかちょいちょい挟まったり社交ダンス合宿に行ったりするんだけどここの掘り下げも弱くて。たぶん、おそらく、メイビー、舘とは社交ダンスを通じて出会ったとかだと思うんだけどそこが浅いから、最後ヤクザを雪の中襲撃しにいく舘と、バー事情を知った妻が一人で踊ってるシーンがカットバックで描かれるんだけど、こいつ何バーで踊っとるんや、迷惑やろって思っちゃった。

うっかり刺されて死ぬって書いたけど本当にそんな感じで、ナイフをちらつかせるヤクザを銃で撃つんだけど、3発くらい撃ってふらふら倒れ掛かってくるヤクザに刺されて死ぬ。撃つけど当たらなくて刺されてその手を掴んで離れられないようにして超至近距離で撃つとかならわかるけど、瀕死ヤクザが体を預けてきてそのついでに刺されるってのはもっとなんかあっただろ。

 

まぁ、そんな感じかな。

でも俺が単にそこにアンテナがないだけでそういうシチュを渇望している人間地球上にはたぶん存在していてそういう人たちがこの作品を見て明日も頑張ろうって思えてるんだったら、まぁ、さっきは小ばかにしちゃったけど、それ自体別に悪い事ではないと思う。無条件で慕ってくれる若くてかわいい女の子ってものをしょぼくれた人生のために消費するなとは思うけど、別にそれはチートハーレムアニメだって俺様男子に迫られたりイケメン御曹司に愛されすぎて怖い漫画だって同じ、みんな自分人生の足りないピース創作で埋めてるんだし。おっさんからキモいと突き放すのはたぶん正しくない。

イチャラブ系が好きな人素人マッサージ系見てこれ何がおもろいんやってなるのと同じで単に想定されていた視聴者層では全くなかったって言うそれだけの話だと思うので、上にあげたシコれる要素でシコれる人にはたぶん普通にオススメ

2026-04-19

anond:20260419101541

100人のそこそこピアノうまい人が一緒に頑張ったところで、一人の大天才ピアニストには勝てない。そういうこと。

10人日って仕事10人でやったら一日で終わるって言いだしそうな増田

2026-04-17

anond:20260417143847

ほれ

https://news.yahoo.co.jp/articles/114347c0a69d2c242b6d286c2461f6d7e93a7bf5

ヒット曲「innocent world」など多くの曲で編曲担当するなどタッグを組んできたのは音楽プロデューサー小林武史氏。近年はセルフプロデュースが増えていたが、新しいアルバム「産声」ではピアノ主導の曲など3曲に小林氏が参加している。

2026-04-15

40歳以上の独身おじさんが狂う理由…分かった

理由

パートナー子供もいないから何のために生きてるか分からなくなる

・年齢的に恋愛もできなくなる

・将来の展望が見えてしまい、希望がなくなる


↓結果

狂う



単純な構造だった。

生き甲斐がなく、恋愛もなく、未来もなくなる。

から狂うんだね。

趣味に逃げても、基本ソロ活動から、虚しい。

お金は多少あっても、楽しいことがない。

そりゃ、狂うよ。

俺もアラフォー独身なので、狂い出してるよ。


定期的な募金

近所の道のゴミ拾い、

たまに炊き出しの手伝い、

春は観光地への道案内、

冬はブックサンタ

施設無料ピアノ演奏会


狂いすぎてる。

みんなも俺みたいになるなよ。

2026-04-10

「万人向けだけど万人受けしない」って表現見たけど言い得て妙だなと。

物語は結局どれだけフジコの心情に寄り添えるかの話。

あと精緻ピアノ描写とかバレエ描写とか、そういう描写の細かさに興味ない人からしたら「で?」でしかないし。

それを分かってて作り切った製作陣に万雷の拍手を贈りたい。

2026-04-06

LOVE PHANTOM」がイントロが長い曲の代名詞みたいな風潮

まあ確かに長いんだけど

1分ぐらいすぎた所のピアノの「テレテレテレテレ…」の部分から始めても普通に成立するし

しろ歌はサビから入るわけで単にAメロBメロの代わりって感じだよなあ

2026-04-01

40代後半・休みたいし学びたいけど

疎遠な父が亡くなり、ある程度まとまった金額相続する見込みだ。

今までお金がなくてできなかったことをやりたい。

ピアノ英語を対面の教室で習いたい。

今の仕事で負荷を感じやすく、この一年では帯状疱疹にかかったり歯を食いしばりで割ったりした。

さらに父の死によって彼の人生と向き合うことになり、けっこう精神がぎりぎりな気がする。

できれば仕事を辞めてリフレッシュ期間を持ってみたい。

だけどリフレッシュできた、となってから40代後半になって再就職できるかな

氷河期世代外資ITで生きてきたか転職自体は何回もしている。

でも40代後半・ブランクありでまた仕事に就けるものかわからない。

2026-03-29

20260329 BS10[アタック25] 2026年3月29日 新作 映画好き大会 2026-03-29 結果

来週土曜昼の再放送はないようです

 

赤:池田美佐子@東京

緑:高野聡@東京

白:越智克啓@茨城

青:姫嶋正登@東京

 

BSジャパネクストリニューアル BS10無料放送側で日曜昼などに放送

見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認

つながるジャパネットアプリ放送同期・スマートテレビ2025年4月からtverを含め見逃し配信あり

 

次回は歴史好き大会 ロバート山本博

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今日の答え(放送とは表現が異なる場合があります

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・01 [隠し絵][ある映画タイトル]『君たちはどう生きるか

・02 与謝蕪村さぶそん

・03 [フランス語を使って]アバン(タイトル

・04 山寺宏一 やまでらこういち

・05 [3択]3(番

・06 10(試合

・07 [すべて][4つ]青森市 秋田市 宇都宮市 大分市

・08 [曲名アルファベット頭文字並べ]CUT カット

・09 [近似値]85.6ミリメートル

10 トム・クルーズ

11 近畿(大学

12 [ポチャッコクイズ:4ヒント]ミシン

・13 ジョルジュ・スーラ

・14 [ゲスト]ピアノ

・15 『ザ・スーパーマリオ)ギャラクシー(・ムービー

・16 カルロスアルカラ

17 [立体文字:漢字]幕

・18 チャールズ・チャップリン

・19 『時の家』

20 ウマ

・21 『君の名は。

・22 国立)国会(図書館

23 [3択]秒速3 40メートル

24 [AC]インドネシア

・25 岩井俊二 いわいしゅん

・26 ガーター(勲章

・27 メリル・ストリープ

28 天童(市

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・29e フェルマータ

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・xx [ある半島名前]知多半島

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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生魔法をかける ロングブレスで激変物語【元CoCo宮前真樹が呼吸で腰痛改善】」

→14:45BS10からのお知らせ

15:00からは「ジャパネットたかたのテレビショッピング

16:00-17:57 相川七瀬 Live Emotion Concert Tour '97

(29日日曜日)

チーズ牛って女の仕事を舐めがちだけど

こういうの見てるとやっぱおまえらちんこに女の仕事代替えは無理だなって

ピアノ調律師さんが来るのでお茶出しを夫にお願いしていたが、マグカップお茶を入れてチロルチョコを出したらしくあばばばばばばばば

2026-03-25

夢の出入り口について あるいはひとつエール

ホンダという夢の出入り口

ホンダという会社は、いつも夢の中と現実あいだを行ったり来たりしているように見える。

彼らがF1から去るとき、それはまるで、長くつき合った恋人に「少し距離を置こう」と告げるみたいに静かで、どこか苦々しい決断だ。

だけど、時間が経つと、やっぱりもう一度会ってみたくなる。風の匂いピアノの音みたいに、熱がふと蘇るのだ。

ホンダはいつも、夢と理屈中間で揺れている。

表向きは「環境技術への集中」「サステナブル未来」など、理性的で整った言葉を並べる。

けれど、その文章行間からは油と鉄の匂いが立ち上る。

理想現実調停をするようでいて、彼らの内側にはどうしようもなく「燃やすこと」への郷愁がある。

ピストン上下に感じるリズム、燃焼の拍動、風洞の夜に響くファンの低音──それらを身体が覚えている。

結局のところ、ホンダは血の中に残るオクタン記憶に引き戻される。それは理屈ではなく、生理問題だ。

苦戦の理由美学の話

そして戻ってくるたびに、彼らは苦戦する。

まるで数年ぶりにジャズクラブに戻ったサックス奏者が、昔の楽譜を前にして手が震えるように。

ステージの照明も、観客の空気も、かつてのそれとは微妙に違う。

技術の流れはあまりに速く、昨日の成功今日の重荷になる。

ターボ構造一つ、人間関係温度一つが、うっかりすれば全体を狂わせる。

だが、それでも彼らは吹こうとする。音が少し濁っても、それでも演奏をやめられない。

F1世界では、スピードが唯一の真実だ。

だがホンダにとって、それは速度そのものではなく、「走ること」の意味を探す行為に近い。

彼らにとってのエンジンは、単なる機械ではなく一つの呼吸だ。

パワーユニットという名の命の鼓動。

から敗北も、痛みも、呼吸の一部として受け入れられる。

それが、自分たちが今も「HONDAであることの証明からだ。

理屈を越えた旅

ホンダはいつも動き続ける会社だった。

二輪で世界を駆けぬけ、四輪で挑み、時には撤退し、また戻る。

その繰り返しは、まるで潮の満ち引きのようだ。海がすべてを洗い流すたびに、砂の上に新しい足跡が刻まれる。

RA272の白い車体も、ターボ時代の赤いヘルメットも、マクラーレンとの栄光も、レッドブルとの別れも──それらすべてがひとつ連続した夢の断片だ。

ホンダが戻る理由を、合理的説明することは難しい。勝ちたい、というだけではない。

たぶん、世界最高峰レースには「自分たちが何者であるか」を証明させてくれる何かがあるのだ。

人はときどき、夢の中でしか自分確認できないことがある。

ホンダにとってのF1とは、そんな夢の鏡だ。

火のある場所

私は思う。

ホンダにとってF1とは、勝つための舞台ではなく、火を灯し続けるための場所なのだと。

理屈で測れる効率戦略の外側に、燃え続ける願いのようなものがある。

彼らはそれを、内燃機関という形で世に送り出す。

数字の正確さよりも、内部に漂う体温のようなものをどこか信じている。

その熱を保つこと──それが彼らの誇りであり、同時に呪いでもある。

そして、その確認作業はいつも痛みから始まる。

勝てない週末、壊れるPU、届かない速さ。

そのたびに、夢と現実あいだで身体を焦がす。

けれど彼らは、それでも手を離さない。

火のある場所に留まろうとする。

たとえそれが一時的な炎でも、燃えた跡には必ず光が残る。

ホンダという夢の出入り口は、きっとこれからも開いたり閉じたりを繰り返す。

けれど、その出入りこそが、彼らの生きるリズムなのだと思う。

その奥底ではいつも燃焼の音が続いている。

それがホンダなのだ

ダンナが私の上に乗ってくる。

部屋の空気が少し重くなる。

「いい?」と彼は言う。

何が「いい?」のか、よくわからない。

彼の声は、質問というよりも、もう決まってしまっている事柄確認のように聞こえる。

私が「いい」と言わなくても、世界はその方向に動いていく。電車のレールのように。

私の身体は、私の意志とは別の言語を使って話し出す。

無意識勝手翻訳を始めて、液体を作り出す。

それは興奮ではなくて、防御だ。

ちょうど、曇り空の下でアスファルトが静かに湿気を吸い込むように。

ダンナの動きに合わせて、私の皮膚が形だけの応答を返す。

けれど、そこに私の心はいない。

私は天井の白いシミを見つめながら、遠くの記憶を思い出していた。

世界のどこかで、確かに何かが動いている。

けれど、それは私ではない。

ダンナの呼吸が、壊れかけたジャズセッションのように響いている。

テンポ微妙にずれていて、メロディのない音だけが空間に残る。

どこか遠くでサックスが鳴っている気がした。

それは、私の頭の奥に住みついた古い記憶BGMみたいなものだった。

天井のシミは、白い海のように波打って見えた。

そこに小さな船のような夢を浮かべて、私は少しだけ眠りかける。

現実時間がひどく不格好に歪んで、まるでゆっくり回転するレコードの中心がずれているみたいだった。

ふと、彼の肌の匂いが鼻をかすめる。

かつては、夏のはじめの太陽みたいに若々しい汗の匂いがした。

けれど今は違う。

甘く淀んだ加齢臭がその奥に混じっている。

それを嗅いだ瞬間、胸の奥に小さな波が立つ。

懐かしさと嫌悪が同時に押し寄せて、私はどちらにも身を預けられない。

ダンナの声が、遠くのスピーカーから流れる音のようにぼやける。

何を言っているのかはわからない。

私はまだ夢の途中にいる。

そこでは、私はひとりでピアノを弾いている。

誰のためでもなく、私のために。

音符は空気の中でゆっくり溶けて、やがて匂いになる。

海辺の風の匂い

そして、ほんの少しの静寂。

満足した彼は、身体をどかすこともなく、私の上で重い呼吸をひとつ吐いた。

その息が私の首筋にかかる。少し湿っていて、夏の終わりの風みたいだった。

彼は何かを拭くようにシーツを掴み、その指先で私の肌に触れた。無遠慮で、悪気のない仕草

世界が一瞬だけ、無音になる。

私は目を閉じたまま、遠くのピアノを思い出していた。

夢の中で弾いていたあの旋律

あれはいったい、どんな曲だったのだろう。

鼻の奥にはまだ、彼の皮膚の匂いが残っている。

彼が寝返りを打つ音。時計の秒針の音。

そのあいだに、夜が静かに割れて、私だけが残る。

外では、最終電車がレールの上を滑っていった。

世界というレールは、今日という日の幕引きをしているようだ。

私の心は、その少し後ろを歩いていた。

2026-03-22

Netflix和製オリジナルアニメ映画ってあまり評価高くなくね?

大ヒットアニメ映画「超かぐや姫!」、Netflixアニメ映画を多数制作するスタジオコロリドだけど大丈夫?と思っていた。

私はそれほど嫌いではないんだが、スタジオコロリドの「好きでも嫌いなあまのじゃく」は6000人アニメ映画(6000人のコアなアニメ映画ファンしか見ないといわれる作品)の代表格だし「雨を告げる漂流団地」も評価があまり高くないようだ。

そんなわけで、昔見たNetflix独占配信(おそらく)アニメについて思い出してみる。オススメ一覧ではない。



WBC関係なく「超かぐや姫!」となぜか映画版だけNetflixしかない「ブラッククローバー 魔法帝の剣」を見るためにNetflixに入って、すぐに目的果たしてしまった。

どうすればいいのかよくわからないまま、昔レンタルして時間がなさすぎて見ずに返却した「THE 有頂天ホテル」や昔知人に強くすすめられた「プロメテウス」や、安定の映画ドラえもん「のび太の絵世界物語」を見たりしている。

しかしせっかくNetflixに入ったのだからNetflix土産をってことでNetflix独占配信の「三体」を見始めたが、SF脳ではない私にはまだあまり面白さがわからない。

1ヶ月の予定なので何シーズンもあるようなNetflix作品は今回は見られそうにない。

2026-03-21

子供習い事は家練が前提だとわかった

子どもたちに何個か習い事をさせている。

どれも企業運営ではなく個人でやっているところなんだか、そういうところは教育が体系的ではなく感覚的で、家での練習を補助的にやらないと全然上達しない。(月謝は一万以下なのでそういうメリットはある)

自ら家で進んで練習する子ならいいが、そんな子ばかりではない、というかうちの子は違う。

言ってもやらないし、そばで見て間違いは指摘しないといけない。

まあこれは自分の子供の時も同じだったから仕方ないと思う。うちの親は一緒にはやってくれなかったけど。(なので進研ゼミは貯め放題だった)

今も子供ピアノに来ているが譜読みができず怒られている。そりゃ先生、譜読みをレッスンで全然やってないからできないですよ…。

私がやるんですか、そうなんですね。平日フルタイム残業の身できついっす。

お金上乗せして企業系のレッスンにすればよかったかなぁ〜

2026-03-20

anond:20260319174925

ChatGPTに概算させてみたんだけど、紀元前3000年から20世紀までに、世界で生まれて30歳まで生き延びた人間は約240億人らしい。

いわゆる「古典作品」は、この膨大な母集団の中からまれてきたわけだ。

 

村上春樹の『ノルウェイの森』には「出版から半世紀生き残った作品しか読まない」というセリフが出てくる。

若い頃に読んだときは、なるほどと思った。

人と時間フィルターをくぐり抜けた作品けが残る。効率はいい。

 

でも、よく考えるとこの考え方は「前提が違う」。

 

過去出版環境は、そもそも入口が極端に狭い。

高等教育資質、機会、コネ資金印刷流通、保存性。

これらをすべてクリアしたごく一部だけが作品」として世に出る。

 

240億人の中で、その条件を満たして作品を残せた人間は、せいぜい数百万、下手すれば数十万だろう。

さらにそこから時代を超えて残る作品」になるのは数%。

まり古典とは、「最初から選ばれた母集団」+「時間フィルター」を通過したものだ。

 

一方で現代はどうか。

生きている人間だけで80億人。しかデジタル

 

出版ハードルはほぼ消えた。

誰でも書ける、公開できる、残る。

その代わり、フィルターは「事前」ではなく「事後」にかかる。

 

しかも速度が異常に速い。

数十年ではなく、数日、場合によっては数時間で選別される。

 

音楽も同じだ。

モーツァルト宮廷音楽家の家系ベートーヴェン音楽一家

当時、プロ音楽家になれる人間環境的に極端に限られていた。

 

今はどうか。

PC一台あれば作曲できる。

数万円で楽器が手に入る。

母集団は「億単位」に拡張されている。

 

その代わり、生き残れるのはほんの一握り。

フィルターは桁違いに厳しい。

 

ここまで考えると疑問が出てくる。

古典現代作品、どっちが「優れている」と言えるのか?

 

古典は「入口が厳しい+時間フィルター」。

現代は「入口が緩い+超高速フィルター」。

 

しか現代作品は、過去の蓄積の上に作られている。

なら、「ある程度フィルターがかかって、まだ古びていない現代作品」の方が合理的じゃないか

 

で、個人的な話。俺語りのターン

 

俺は中学の頃からかなりの乱読だった。

古典現代も片っ端から読んだ。

人間本質はすべてシェイクスピアに書かれている」なんて聞けばシェイクスピアを読む

人間関係も、権力も、愛も、裏切りも、全部わかる、だってさ。ふむ。

筒井康隆山下洋輔と遊んでいると知れば、赤塚不二夫まで繋がり新宿カルチャー文学も一通りおさえた。

 

でも21歳くらいで、ぱたりと小説を読まなくなった。

今は仕事必要ものしか読まない。

 

理由シンプルで、

「もう大体わかったから」。

 

多くの文学ドラマが言ってることって、結局これだ。

 

清く正しく生きろ。

人生はうまくいくこともあれば、いかないこともある。

それでも生きろ。

 

もちろん表現は無数にある。

でも骨子はほぼ同じ。論語とて同じ。

 

それを一度見切ると、残るのは「娯楽」だけになる。

だったら、別に重たいものじゃなくていい。

 

頭を使わずに楽しめるものの方がいい。

生きるのに必要哲学は二十歳までに習得済みだ。

 

から俺は今、斉木楠雄のΨ難を3周してるし、

いわゆる転生アニメで脳を休ませてる。いいんだよああい馬鹿っぽいので

俺はピアノが弾ける(た)しクラシックにも知見がある、が、YOASOBIと上白石萌音しか聞かん

 

それでいいと思ってる。

ライトノベル結構じゃないか、読まんけど

2026-03-18

職場BGM曲名をド忘れしてモヤモヤしている

最近なんかピアノとかクラシックとかのBGM職場で流れてんだけど

今流れてたピアノソナタがなんだったか思い出せなくてモヤモヤしている

多分月光だと思うんだけど

てん→てん↑てれ↓れれれれれれれれ↑てん↓てん↑って旋律のやつ…

そもそも月光ベートーヴェンドビュッシーどっちがどっちだったか思い出せない

習ってたわけでもない素人の横好きだから詳しくもなんともないし

でも思い出せないとモヤモヤする

今日イヤホン忘れたかyoutubeでこっそり確認もできねえ

あ〜〜〜〜〜〜〜

2026-03-14

10年前の俺「坂本龍一エナジーフローよくね?」

坂本チャイコフスキーゴミ金管うるせぇよ」

5年前の俺「たしかに…」

 

オリコン三週連続一位俺「坂本龍一のエナジーフローうるせぇ。ゴミみたいな録音にクソみたいな和音。なんちゅうひどいピアノ使ってんだ。スッカスカだし、ボイシングカスすぎだろ」

子供に好きな体験をさせてあげられるとしても9割が『学習塾』を選ぶ

体験格差 (講談社現代新書 2741) 新書 - 今井 悠介』を読んだ。

内容をAmazonのページから引用すると、

習い事家族旅行は贅沢?

子どもたちから何が奪われているのか?

この社会連鎖する「もうひとつ貧困」の実態とは?

日本初の全国調査が明かす「体験ゼロ」の衝撃!

【本書のおもな内容】

低所得家庭の子もの約3人に1人が「体験ゼロ

●小4までは「学習」より「体験

体験は贅沢品か? 必需品か?

●「サッカーがしたい」「うちは無理だよね」

●なぜ体験あきらめなければいけないのか

●人気の水泳音楽で生じる格差

●近所のお祭りにすら格差がある

障害児や外国ルーツを持つ家庭が直面する壁

子どもは親の苦しみを想像する

体験想像力と選択肢の幅を広げる

「昨年の夏、あるシングルマザーの方から、こんなお話を聞いた。

息子が突然正座になって、泣きながら「サッカーがしたいです」と言ったんです。

それは、まだ小学生の一人息子が、幼いなりに自分の家庭の状況を理解し、ようやく口にできた願いだった。たった一人で悩んだ末、正座をして、涙を流しながら。私が本書で考えたい「体験格差」というテーマが、この場面に凝縮しているように思える。



このように、子供体験の大切さを訴えている本であるが、最後の方に書かれていたことが気になった。

著者は子供の様々な体験を広げるために、貧困家庭の子供にクーポンとしてお金支援している。サッカー少年団でもピアノ教室でも何でも使える。

しかし、このクーポンは狭い意味での『学習』(学習塾、個別指導家庭教師)に全体の9割が使われているという。

貧困家庭の、サッカーがやりたい子供のためのクーポンでも、学習塾に流れていくのだろう。

「何にでも使えるクーポンから新しいことをしよう」となるのは裕福な家庭にできることなのか。

本を読んだ後、複雑な気持ちになっている。

将来のために勉強をすることは素晴らしいことではある。

これが『体験への支援』ではなく『学習費用への支援』と範囲が決められていたらこんな気持ちではなかった。

著者は学校では扱いきれない体験のために活動しているのに、親たちは塾を選ぶ。子供の9割が塾を選ぶとは思えない。

はてなにいる親たちも、子供に一つ好きな体験をさせてあげられるとしたら、塾を選ぶんだろうな。自分だってそうする。だからやるせない。

2026-03-13

子供に好きな体験をさせてあげられるとしても9割が『学習塾』を選ぶ

体験格差 (講談社現代新書 2741) 新書 - 今井 悠介』を読んだ。

内容をAmazonのページから引用すると、

習い事家族旅行は贅沢?

子どもたちから何が奪われているのか?

この社会連鎖する「もうひとつ貧困」の実態とは?

日本初の全国調査が明かす「体験ゼロ」の衝撃!

【本書のおもな内容】

低所得家庭の子もの約3人に1人が「体験ゼロ

●小4までは「学習」より「体験

体験は贅沢品か? 必需品か?

●「サッカーがしたい」「うちは無理だよね」

●なぜ体験あきらめなければいけないのか

●人気の水泳音楽で生じる格差

●近所のお祭りにすら格差がある

障害児や外国ルーツを持つ家庭が直面する壁

子どもは親の苦しみを想像する

体験想像力と選択肢の幅を広げる

「昨年の夏、あるシングルマザーの方から、こんなお話を聞いた。

息子が突然正座になって、泣きながら「サッカーがしたいです」と言ったんです。

それは、まだ小学生の一人息子が、幼いなりに自分の家庭の状況を理解し、ようやく口にできた願いだった。たった一人で悩んだ末、正座をして、涙を流しながら。私が本書で考えたい「体験格差」というテーマが、この場面に凝縮しているように思える。



このように、子供体験の大切さを訴えている本であるが、最後の方に書かれていたことが気になった。

著者は子供の様々な体験を広げるために、貧困家庭の子供にクーポンとしてお金支援している。サッカー少年団でもピアノ教室でも何でも使える。

しかし、このクーポンは狭い意味での『学習』(学習塾、個別指導家庭教師)に全体の9割が使われているという。

貧困家庭の、サッカーがやりたい子供のためのクーポンでも、学習塾に流れていくのだろう。

「何にでも使えるクーポンから新しいことをしよう」となるのは裕福な家庭にできることなのか。

本を読んだ後、複雑な気持ちになっている。

将来のために勉強をすることは素晴らしいことではある。

これが『体験への支援』ではなく『学習費用への支援』と範囲が決められていたらこんな気持ちではなかった。

著者は学校では扱いきれない体験のために活動しているのに、親たちは塾を選ぶ。子供の9割が塾を選ぶとは思えない。

はてなにいる親たちも、子供に一つ好きな体験をさせてあげられるとしたら、塾を選ぶんだろうな。自分だってそうする。だからやるせない。

金持ちに言われるとなんかムカつきそうだけど貧乏の俺ですら隣人に対して防音室買えない層はピアノ諦めてくれと思ってしま

2026-03-12

隙間の音楽

色々な音の隙間に音楽が聞こえる気がしています。夜中なのでありえないですが。

そんな一文を、僕はメモ帳に書き残した。

午前二時三十七分。窓の外は静まり返り、遠くの国道の車の音すら聞こえない。

最初に気づいたのは、エアコンの「コォー…」という微かな音の中だった。

その奥に、何かが混ざっている気がした。

最初勘違いだと思った。

人間の脳は、意味のない音に意味を見つける癖がある。風の音が声に聞こえたり、雑音が旋律に感じられたりする、あれだ。

しかしそれは、確かに旋律だった。

かすかに

とても遠くから

ピアノのような、でも少し古いオルゴールのような音。

「……誰か、音楽かけてる?」

耳を澄ます

冷蔵庫モーターが止まる。

その瞬間――

音楽が、はっきり聞こえた。

ド ミ ソ

ド ミ ソ

短いフレーズが、空気の奥で反響している。

わず立ち上がる。

隣の部屋を確認する。

スマホ音楽アプリも閉じている。

テレビも消えている。

それでも、音楽は続いている。

気づいたのは、そのときだった。

音楽は「どこか」から聞こえているわけではない。

音の隙間から聞こえている。

エアコンが動くと、旋律が消える。

冷蔵庫が止まると、旋律が現れる。

パイプの軋み、家の木材の収縮、遠くの電線振動

その間にだけ、音楽存在する。

まるでこの世界が、

巨大なノイズで満ちていて、

その隙間から別の世界の音が漏れているみたいに。

僕は試してみた。

部屋の電源を一つずつ落としていく。

エアコン

冷蔵庫

PC

空気清浄機。

静寂が広がる。

すると――

音楽は、止まった。

完全な無音では、音楽存在できないらしい。

少し考えてから、僕は机の上にスマホを置き、ホワイトノイズを小さく流した。

サー……という雑音。

そして。

その奥から

さっきよりもはっきりと。

今度は、確実に聞こえた。

ピアノ

弦楽器

そして、人の声。

歌詞は聞き取れない。

でも、メロディーだけは分かる。

なぜなら、それは――

まだこの世界で作られていない曲だった。

翌朝、僕はその旋律必死譜面に書き起こした。

そして三ヶ月後。

その曲は、動画サイトで公開された。

コメント欄にはこう書かれていた。

「どこかで聞いたことがある気がする」

「夢の中の音楽みたい」

「懐かしいのに初めて聞く」

僕はまだ、誰にも言っていない。

この曲は僕が作ったんじゃない。

ただ、夜中に。

世界ノイズの隙間から、拾っただけだ。

そして今夜も。

エアコンの奥から

知らない音楽が、少しずつ漏れてきている。

隙間の音楽

色々な音の隙間に音楽が聞こえる気がしています。夜中なのでありえないですが。

そんな一文を、僕はメモ帳に書き残した。

午前二時三十七分。窓の外は静まり返り、遠くの国道の車の音すら聞こえない。

最初に気づいたのは、エアコンの「コォー…」という微かな音の中だった。

その奥に、何かが混ざっている気がした。

最初勘違いだと思った。

人間の脳は、意味のない音に意味を見つける癖がある。風の音が声に聞こえたり、雑音が旋律に感じられたりする、あれだ。

しかしそれは、確かに旋律だった。

かすかに

とても遠くから

ピアノのような、でも少し古いオルゴールのような音。

「……誰か、音楽かけてる?」

耳を澄ます

冷蔵庫モーターが止まる。

その瞬間――

音楽が、はっきり聞こえた。

ド ミ ソ

ド ミ ソ

短いフレーズが、空気の奥で反響している。

わず立ち上がる。

隣の部屋を確認する。

スマホ音楽アプリも閉じている。

テレビも消えている。

それでも、音楽は続いている。

気づいたのは、そのときだった。

音楽は「どこか」から聞こえているわけではない。

音の隙間から聞こえている。

エアコンが動くと、旋律が消える。

冷蔵庫が止まると、旋律が現れる。

パイプの軋み、家の木材の収縮、遠くの電線振動

その間にだけ、音楽存在する。

まるでこの世界が、

巨大なノイズで満ちていて、

その隙間から別の世界の音が漏れているみたいに。

僕は試してみた。

部屋の電源を一つずつ落としていく。

エアコン

冷蔵庫

PC

空気清浄機。

静寂が広がる。

すると――

音楽は、止まった。

完全な無音では、音楽存在できないらしい。

少し考えてから、僕は机の上にスマホを置き、ホワイトノイズを小さく流した。

サー……という雑音。

そして。

その奥から

さっきよりもはっきりと。

今度は、確実に聞こえた。

ピアノ

弦楽器

そして、人の声。

歌詞は聞き取れない。

でも、メロディーだけは分かる。

なぜなら、それは――

まだこの世界で作られていない曲だった。

翌朝、僕はその旋律必死譜面に書き起こした。

そして三ヶ月後。

その曲は、動画サイトで公開された。

コメント欄にはこう書かれていた。

「どこかで聞いたことがある気がする」

「夢の中の音楽みたい」

「懐かしいのに初めて聞く」

僕はまだ、誰にも言っていない。

この曲は僕が作ったんじゃない。

ただ、夜中に。

世界ノイズの隙間から、拾っただけだ。

そして今夜も。

エアコンの奥から

知らない音楽が、少しずつ漏れてきている。

2026-03-11

anond:20260308185416

タケモトピアノの曲を聴かせると赤ん坊が泣き止むミーム

あそこが「タケノコ」が初めて画面に現れた瞬間だと思いますが(タケノコピアノ)、ダブルミーニングだったんですね。

2026-03-10

妻が義母の話ばかりする。

妻が義母の話ばかりする。

朝、豆から挽いたコーヒー香りが、二十七階のリビングにひろがる。南向きの窓は、昨夜の雨をなかったことにするみたいに、東京湾の鈍い光を受けて白く曇っていた。食洗機は静かにまりロボット掃除機は充電ドックで眠っている。妻はアイランドキッチンに立って、バルミューダトースターから焼き上がったパンを取り出しながら、なんでもない顔で言った。

「お母さんがね、このあい麻布台マルシェで買ったオリーブオイル、すごくよかったって」

たか、と思った。

もちろん、義母に悪い印象があるわけではない。むしろ上品で、よく気がついて、僕よりずっとこの街流儀を知っている人だ。港区空気を肺の奥まで吸って、それを酸素ではなく作法として体内に巡らせているような人で、白金美容院も、青山歯科も、紀尾井町ランチも、ぜんぶ「いつものところ」がある。僕には、いまだに「おすすめ」があるだけだ。

「へえ」と言って、僕はアボカドに塩を振った。

妻は続ける。

「あとね、お母さん、やっぱり子ども英語だけじゃなくてピアノやらせたほうがいいって。受験のためじゃなくて、耳が育つからって」

「そう」

「それと、中学受験するなら四年生の冬には動いておいたほうがいいって」

「まだ五歳だけど」

「早い家はもっと早いらしいよ」

トーストの表面でバターゆっくり溶ける。ナイフの先でそれを伸ばしながら、僕はふと、この家にあるもののいくつが妻の趣味で、いくつが義母の助言で、いくつが「いま、このあたりでは普通なのだろうと考える。アルヴァ・アアルトフラワーベース無垢材のダイニングテーブル玄関ルームフレグランス洗面所ハンドソープベビーチェアの色。観葉植物の鉢の形。僕が自分で選んだものなんて、書斎電気スタンドくらいかもしれない。

結婚してから、僕たちは上へ上へと住み替えてきた。最初郊外賃貸マンション、次に城南の低層レジデンス、そして今のタワーマンション。引っ越すたび、景色はよくなった。駅から距離は短くなり、共用部は静かになり、宅配ボックスは大きくなり、ラウンジはいつも誰かがノートPCを開いていた。暮らしは整っていったはずだった。なのに僕の輪郭けが、上層階の薄い空気の中で少しずつ曖昧になっていく気がした。

「今度の日曜、お母さんたち来るって」

妻はジャムの瓶を閉めながら言った。

「聞いてないけど」

「言ってなかったっけ。ワイン持ってきてくれるって。あと、あのソファ位置、やっぱり窓側にずらしたほうが部屋が広く見えるって言ってたから、一回やってみようよ」

「そのソファ、去年買ったばかりだよね」

「だから?」

「いや、別に

別に、が便利なのは自分でも知っている。反対しているほどでもないし、賛成しているわけでもない。その中途半端さが、僕の年収みたいで嫌だった。妻の実家は太い。義父は開業医で、義母はそれを「支えた」と一言で片づけるには惜しいほど上手に運営してきた人だ。教育も、住まいも、人付き合いも、失敗の匂いがしない。僕の家にはそういうものがなかった。父は地方公務員で、母は生協パートだった。堅実で、まっとうで、でも東京の上澄みに触れる方法なんて知らなかった。

妻が義母の話ばかりするのは、つまり、正解の話ばかりするということだった。

どの小学校がいいとか。

どの皮膚科が予約が取りやすいとか。

どこのホテルアフタヌーンティー写真映えのわりに味が普通だとか。

資産形成インデックスで十分だけど、現金は別で厚めに持ったほうがいいとか。

子どもの靴は見た目より足型で選んだほうがいいとか。

どれも間違っていない。間違っていないから、反論できない。間違っていないことの集積でできた暮らしは、たいてい美しい。でもその美しさは、ときどき人を黙らせる。

日曜、義母想像どおり上質なグレーのニットを着て現れた。義父はボルドーを二本提げていて、娘である妻はそれだけで少し誇らしそうだった。娘というより、選ばれ続けてきた生徒みたいな顔だった。義母玄関に入るなり、何も否定しない口調で言った。

「やっぱりこのソファ、もう少しだけ寄せると素敵ね」

「でしょ?」と妻が笑う。

僕はワインオープナーを探すふりをした。

食事あいだ、義母は悪意なく、しかし寸分の隙もなく、この家の未来設計していった。子ども習い事、別荘を持たない代わりのホテル会員権、インターナショナルスクール説明会、いま買うべき美術、売らなくていいマンションの買い方。妻は何度もうなずき、メモまで取っていた。僕はサラダを取り分けながら、まるで自分の家に招かれた客のような気分になった。

食後、妻がキッチンでグラスを洗っているとき、僕は珍しく義母と二人きりになった。リビング夜景は、水槽のようにきれいだった。見えるビルの灯りのひとつひとつに、それぞれ別の正解があるのだろうと思った。

義母ソファに浅く腰かけて、窓の外を見たまま言った。

あなた、少し疲れてる?」

意表を突かれて、僕は笑った。

「そんなふうに見えますか」

「見えるわよ。娘は私の話をよくするでしょう」

「ええ、まあ」

「昔からなの。何か決めるとき自分で決めたくないのよ。正しいほうを選びたいの」

僕は返事に困った。義母はそこで初めて、少しだけ声をやわらかくした。

「でもね、正しいことと、自分で選んだことは、別なのよ」

僕は義母の顔を見た。整った横顔のどこかに、はじめて年齢らしい影があった。

「私はたくさん失敗したの。あなたたちが見てるより、ずっと」

「そうなんですか」

「そうよ。だから娘には失敗させたくなくて、つい口を出すの。でも、あの子あなたの前でまで私を使ってるなら、それはちょっとよくないわね」

その言い方は、叱るでもなく、突き放すでもなく、不思議と公平だった。

僕は思い切って言った。

「妻が、お義母さんの話ばかりするのが、少し苦しかったです」

「でしょうね」

「僕の選ぶことには、あまり価値がないのかなと思って」

「それは違うわ」

義母は即答した。

価値がないんじゃなくて、まだ見えていないだけ。人は、自分安心できるものしか最初は信じられないから」

そのときキッチンから妻の声がした。

「ねえ、お母さん、このグラスどこで買ったんだっけ?」

義母は小さく笑って、いつもの調子で答える。

「それ、表参道のHAYよ。前にも言ったじゃない」

妻が戻ってきて、また三人になった。会話は何事もなかったように続いた。だけど僕には、義母輪郭が少し変わって見えた。完璧な助言者ではなく、失敗を隠しながら正解を配る人。つまり、僕たちと同じ、年齢を重ねただけの一人の人間に。

その夜、義母たちが帰ったあと、妻はソファに座ってスマホを見ながら言った。

「お母さん、やっぱりすごいよね」

僕はワイングラスを片づけながら、「うん」と言った。

妻は続ける。

「なんか、全部知ってる感じする」

「全部は知らないと思うよ」

「え?」

「たぶん、お義母さんもいろいろ失敗してきたんじゃないかな」

妻は少しだけ黙った。スマホの画面が彼女の顔を青く照らす。

「……そうかな」

「そうじゃないと、あんなふうには言えない気がする」

妻はしばらく窓の外を見ていた。二十七階の高さでは、地上の音はほとんど届かない。救急車も、笑い声も、信号待ちの苛立ちも、なにもかもガラスの向こうで無音の映像になる。僕たちはよく、この静けさを豊かさだと思い込む。

「私ね」と妻が言った。

「うん」

「お母さんみたいになりたいんじゃなくて、お母さんみたいなら安心だって思ってたのかも」

初めて聞く種類の本音だった。

僕はグラスを置いて、彼女の隣に座った。

「じゃあ、これからは二人で決めよう」

「変なの選んでも?」

「変なのの責任は半分持つよ」

妻は笑った。その笑い方は、義母によく似ていて、それでいて少しだけ違っていた。

数週間後、僕たちはソファを動かさなかった。代わりに、ダイニングの上に吊るしていた照明を、少しだけ不格好なものに替えた。妻がネットで見つけた、海外無名デザイナーの照明だった。義母ならたぶん選ばない。けれど夜になると、その光は妙にやわらかくて、食卓の上の傷やパンくずまで、ちゃんと僕たちの暮らしの一部として照らした。

妻は相変わらず義母の話をする。けれど前ほどではない。そしてときどき、「私はこうしたい」と主語を変えるようになった。

タワーマンションの高層階に住むというのは、景色を買うことだと昔は思っていた。

でもたぶん違う。

ほんとうは、自分がどこまで他人価値観でできているか、その見晴らしのよさに耐えることなのだ。

夜景は相変わらずきれいだ。

れいすぎて、ときどき何もかも正しく見える。

から僕は、少しだけ不格好な照明の下で、妻が自分言葉で話しはじめるのを待つ。完璧ではないこの部屋が、ようやく僕たちの家になっていく音を、静かに聞いている。

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