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はてなキーワード: 殺害とは

2026-05-13

コナンアニメ見直してて思うこと

もうコナンって小五郎の声真似する時隠れるのやめちゃったの?

釣り糸使いすぎじゃね

殺害理由勘違い多いな

時間は横軸!俺は縦軸!←なんだよこれ

青山剛昌って強い女フェチだよな

オタク迫害」はあると断言できるし、今も残ってる

オタク迫害」の存在についての意見として、大きなものは2つだと思います

一つは、いわゆる『陰キャに対する迫害』。もう一つは、『オタク向け作品理由とした迫害』。

前者は世界的に迫害対象です。例えばアメリカであれば「ナード」のようにマイナスな捉え方をされて、カースト底辺として扱われます

とはいえ、「陰キャ」と「オタク」はイコールの話じゃないので、除外したほうが良いでしょう。

後者の『オタク向け作品理由とした迫害』は、作品に影響されてオタク犯罪を起こす可能性が危惧され、世論犯罪者予備軍として扱われていることを発端としたものです。

昔であれば宮崎勤事件最近であれば「バトル・ロワイアル」「ひぐらしのなく頃に」を殺傷事件の原因の可能性として扱った報道が有名どころかと思います

実際には作品犯罪の原因として人格形成心理的要因につながるという確たる論拠はなく、あくまで『正しい気がする』という程度で世論形成されただけですが、その影響は大きいです。


ナチス・ドイツ日本、そして世界流行した、「優生思想」はご存知でしょうか。

民族人種障害などに科学的な観点から優劣をつけ、法的に強制不妊殺害を行う理由になった考え方です。

ただし、これは当時の科学としても怪しく、現在科学では否定されており、ナショナリズム福祉コスト削減を動機として盛り上がってしまったものとされています

『正しい気がする』というだけで、人間正義のために残酷行為します。「優生思想」を根拠にした私刑の記録が大量に残っているのです。

犯罪者予備軍』が相手で、場所日本から、そのようなことは起きてないと言うのでしょうか。

血液型性格分類」というものはご存知でしょうか。

A型几帳面O型はおおらか、というように血液型性格相関性があるとされるものです。これも科学根拠はないですが、今でも「あなたB型からおおざっぱなんだね」というようなハラスメント散見されます

一般論として『根拠無し』となっても、世論から血液型性格分類」が消えるかどうかはまた別ということです。

今でもオタク向け作品は無根拠迫害の影響を受けています

漫画アニメなどの表現は厳しく年齢制限自主規制を行い、何かのきっかけで世論に火がつくことのないよう、出版制作元で注意を払っています

もっと分かりやすいところだと、ゲームにはCEROという日本独自審査機関があります。ここで審査が通らなければ日本の小売の流通に乗せることがほぼできません。

流血表現などが海外スタンダードよりはるかに厳しく制限されており、海外ゲーム日本販売する際の障壁にもなっています

とはいえ、流血を見ることが犯罪者となる直接的な原因にはなり得ないので、あくま世論意識した制限しかありません。

日本で「優生思想から誕生した『優生保護法』は1996年にやっとなくなりました。

血液型性格分類」に伴うハラスメントは今でもなくなりません。

オタク迫害はいつまで残るでしょうね。

2026-05-12

anond:20260512161802

氏人が出てるのに反省せずに運営ユーザーも同じこと繰り返してるから

辺野古ダンプJK殺害みたいにまた氏人出そうだな

2026-05-10

映画スティーブン を見た

メフィスト賞取りそうなインド発のミステリサスペンス映画の珍作。47点。

 

ある日、警察署自首してきたひげ面の男。何をしたのかと問われると彼は「人を殺しました」と告げる。それも9人。彼は今世間を騒がせている連続女性殺人犯だった。主人公刑事と友人の犯罪心理カウンセラー公判に向けてそれぞれ証拠集めと彼の責任能力の追及を行っていく。その中で2人は彼の呪われた過去の闇と向き合っていくことになる。

みたいな話。ではなかった……

 

意外と構成演出?が凝っててねぇ。

冒頭、ひげ面の男が自首してきたところからまり、殺されていった女性たちがどう殺されていったのかを映す。その後、事件捜査犯人に迫っていく警官たちと町中をうろうろするひげ面の男。警官たちが犯人に近づくにつれてひげ面はどんどんと警察署に近づいて行って、警官たちがついに犯人の家にたどり着くと同時に、ひげ面は警察署自首にしに入るのであった。

という、自首までの警察側のアレコレをただ見せるんじゃなくて、彼らが捜査している間に犯人自首を考え裏をかくように自首してきたことを見せることで犯人の手ごわさを表現しているのはなかなかようやっとる。

こんな感じでインド映画だけど、わりと正統派演出から入って途中でやっぱり歌で全部説明するターンが入ったりするのも草が生えてよい。

あと、ライティングで善の心は青、悪の心は赤というわかりやすい処理しているのはさすがに近年ではあんま見かけない実直さだなぁと思ったり。

 

で、話としてはカウンセリング捜査犯人過去を追っていく形になり、そこでミステリが二転三転していく。

彼の父親母親を殺し電話自首するも警官が到着する前に自殺していたことが明らかになるが、その捜査過程で実は父親母親を殺し心中を図ってきたので彼が反撃し身を守る形で父親殺害していたことがわかる。到着した警官が彼の父親に恨みを持っていた人物だったので事件を隠ぺいしていたのだった。

犯人カウンセリング中に噓をついていると疑っている2人は、カウンセリングで彼にこの質問をぶつける。両親の死について教えてほしい、と。

仮に世間的に公開されている両親が殺しあったと答えれば彼はうそつき父親自分が殺したことを話せば正直者。

彼が答えた真実はこうだった。

強権的でアル中。彼と母親容赦なく虐待し、彼が拾ってきた子犬すら殺してしまうような父親に育てられるが、ある日、父親盗撮の罪で捕まり盗撮された娘の親族にぼこぼこにされ大怪我を負う。そのことで家庭内では立場が逆転し、今度は母親父親と息子である彼を強権的に虐待する立場に。

そしてある日、彼が都会での仕事が決まった日、いろいろあっていつも通り2人を虐待し始めた母親がその仕事書類を見つけてしまう。都会に行かせてくれと頼む彼を母親嘲笑書類を破り捨てる。さすがにブチ切れた彼が母親を刺殺。虐待鬱憤がたまっていた父親は俺が殺した!と言い張り自首さら母親侮辱しようとした父親に怒り、彼は父親殺害した。

父親を殺したか殺してないかどちらと答えるかで彼を測ろうとしていた2人は困惑さらにわからなくなってしまう。

その後、犯人の家に残されていた遺留品から殺されていない被害者存在することがわかり、彼女の捜索が始まり、そこでまたミステリっぽいリストアップからの条件による絞り込み、残った人たちを教会に呼び出してチェックするも教会内と受付で人数が合わないミステリがあってからの、実はその1人は受付に座っていました~というベタベタの展開で、その彼女証言から犯人恋人存在がわかる。

犯人の幼馴染で両親の死後に再開、恋に落ちて付き合い始めるがそのうち犯人によって両親を自分が殺したことを告げられる。受け入れようとするがむしろ犯人側が疑心暗鬼になってしまい、彼女自首しないようにストーキングをはじめさら精神を病んでしまい両親を殺した人間別にいて今もついてきていると言い出す。そしてお互い限界に到達してしまい、犯人恋人を殺してしまう。

しかしそれが受け入れられない犯人恋人とやり直すために恋人とのやり取りをいろいろな女性カメラの前で行うことで自己カウンセリングをしようとするも結局、怒りのあまり女性を殺すということを繰り返していたのだった。

強権的な親の元で虐待を受け、そこから抜け出すために殺人を犯してしまい、さらにその殺人のせいで恋人とも悲劇的な別れ方をしてしまい、それを受け入れられなくて殺人を繰り返していたが、カウンセリングでその事実を認めることで心から反省した。ということで、裁判では罪を認めて罪状は二重の終身刑

移送バスに乗り込む犯人を横目に哀しい真実を突き止めた刑事は「判決は出た。できることはもうない」と話すのだった。

 

が、ここでUNICRONが流れ出し、コメント欄は「ん?流れ変わったな」と大盛り上がり。

バスの中が急にもわっとしだして、犯人精神世界に接続される。バスの中には犯人被害者たちが勢ぞろいし口々に真実を告げる。

「犬を殺したのも犯人」「母親は殺そうと思って殺した」「父親を脅して自首電話をさせて殺した」「なんなら盗撮したのも犯人だった」「生まれつき小動物を殺して過ごしていた」「幼馴染は通報しそうだなと思ったからすぐ殺した」「9人の女たちは恋人が死んで寂しかたから引き込んで飽きて殺した」

そして、殺されなかった被害者は幼馴染に導くために残した、彼女を殺していたら自首が間に合わなくて射殺されるのはわかっていた(インドでは凶悪犯は逮捕前なら射殺していい)、刑事たちを自主的に幼馴染に導くことで自身憐憫の情を沸かせられることはわかっていた。そしてそうなれば裁判では死刑にならないように持っていけると思っていた。終身刑だが模範囚になれば死ぬまでに出られるのもわかっている。

そう、刑事たちが自分たちで見つけたと思った真実はすべて犯人によって用意されたものだった。

この映画が映し出していたことは全てうそだったことがわかり、バスは走り続け、なんかよくわからん続編を示唆して終わる。

 

まぁ、このオチがやりたくて撮ったんだろうし、実際のところこのオチ結構驚いたんだけど2時間映画見せられてきてそれ全部嘘でした~は体験として面白いかどうかはかなり怪しいところ。せめてもうちょっとなんかそれとわかるヒントは欲しかたかな。じゃないと、この2時間なんやったんや?という徒労感が強くなりすぎる気はする。

ただ、その2時間サイコミステリ部分は技法的につたないところはありつつもちゃんと真面目に作られていたので、だからこそのアンチミステリ的なこのひっくり返しはメフィスト賞っぽさあるなぁと思って、俺はメフィスト賞嫌いじゃないのでまぁまぁ、こういう作品もあるよなと思いました。

そんな感じで、あんまり真面目に見すぎるとハァ?ってなる可能性はあるけど、ビックリオチ一発のインド系か珍作ミステリと思ってみるといいと思う。メフィスト賞みたいなちょっとひねったミステリ好きな人おすすめ

2026-05-09

anond:20260509200956

見知らぬ人から攻撃のせいで死ぬ可能性よりも

公衆トイレで義父に首を絞められ殺害される可能性や乗ったバス運転手後期高齢者事故に巻き込まれ可能性のほうが日本ではずっと高い

2026-05-06

>>3月23日朝ごろ殺害した疑い

https://www.asahi.com/articles/ASV5543TDV55PTIL005M.html

この日時の根拠は何だろう

>>司法解剖で さんの死因はわからなかったが

ならばその日時も曖昧なはずであり、大規模捜索が始まった後に殺害された可能だって有るのでは

2026-05-05

死んだ配信者たち


2018年

ロハコ(53)心臓病で死去

こうや(22)首吊り自殺

空ろ木(42)首吊り自殺

2019年

イナコウ(43)急性心不全で死去

テツ(40)富士山で滑落死

sola(44)赤飯おにぎりを喉に詰まらせて窒息死

2020年

さこん(43)くも膜下出血で死去

2021年

鮫島(36)首吊り自殺

力也(43)大腸がんで死去

はいぱーまほ(25)飛び降り自殺

2022年

R(41)首吊り自殺

タイガー倉内(42)心臓発作で死去

2023年

ひでママ(53)死因不明

ナチャンマン(55)脳梗塞孤独死

唯我(46)元恋人一家殺害される

サダ(40)橋から転落して事故

2024年

森野妖精(37)川で溺死

小舟(18)飛び降り自殺

2025年

最上あい(22)ガチ恋に刺し殺される

金バエ(48)肝硬変で死去

2026年

おっちち姫(23首吊り自殺

悲報日本トランスカルトさん、世界にバレてしま

日本トランス側の発言翻訳

トランス女性生物学女性を殺す必要がある。」

性別を決められるようになったら、TERFを追って女性トイレに入るよ。暴れても片手で制圧可能(笑)

頭蓋骨を砕いて、ナイフで切り刻みたい。」

デモするなら個人情報暴露覚悟しろ。」

個人情報暴露脅迫殺害脅迫が多数

https://x.com/Webletters00/status/2051305160530702402

2026-05-04

マスコミが報じない批判流行ってるが広島経営者殺害放火事件連続殺人可能性も出てきたのに報じられなさすぎだと思う

ワイドショーバンバン報じてほしいのにテレビではストレートニュース淡々と報じるだけ。いや「関係から埋められた状態で新たな遺体発見されました」って淡々と報じるだけじゃ物足りなさ過ぎるだろ

1人目の被害だけでも放火殺人で妻も襲われていて凶悪さが際立ってるのに、キー局では全然取材がされなかった。報じられないということは身内の犯行ですぐに逮捕されるんんだろうなと思ってたら2人目の遺体最初犯人自殺したのかと思ってたら「埋められていた」。新たな犠牲者発見されてもキー局番組取材されないのは変わらない。東京ハンマーおじさんに尺使いすぎ

 

※「マスコミが報じない」ははてなキーワード登録されてる用語である

2026-05-03

映画ランニングマン を見た

もっと面白くてもいいと思うんだけど思ったより普通アクション映画で62点。

 

病気の子供を抱えるド底辺労働者主人公はうっかり仕事をクビになってしまう。人生逆転のために30日間生き延びれば莫大な金が得られるリアリティショーであるランニングマン」に参加することを決める。出場者を狩るために追いかけてくるハンターたちに加え、出場者を殺した人間には賞金が出るため市井の人たちも味方ではない。死の逃避行が今幕を開ける。

みたいな話。

 

う~~~~~~~ん。なんか脇が甘い感じがしてイマイチのめりこめなかったかな。

普通逃避行アクション映画としてみれば普通面白い。どうやって逃げるんだろう、身分証を偽造するのかな、変装するのかな云々という逃避行ギミックに関してはきちんと提示されて納得力は高いし、行く先々でのチェイスアクションもよい。ぼろホテルに泊まって風呂入った後、窓から外見てたらハンターがいて戻ろうとしたらドアが開かなくて半裸で逃げる展開とかの面白みも深いし、ド派手なカーチェイスもあれば、アンチランニングマン連合ナード君の家に逃げ込んでそこで彼が家中に仕掛けた罠を作動させながらハンター撃退しながら逃げるホームアローン展開もよい。

最後にはちゃんハンターの大ボスとの飛行機の中での肉弾アクションも用意されていて、アクション映画してカーチェイス、銃撃、罠、肉弾、爆発とおいしいところは全部用意されているのでなんも考えんと見るんだったら普通に満足できると思う。

一方で、なんか主人公にはあん感情移入できないっていうか。徹頭徹尾、こいつプッツン野郎なんだよ。冒頭、自分をクビにした上司に怒鳴りこみに行く場面から一貫してなんかすぐキレる。そのことによって常に状況が悪くなっていくの、なんていうかエンタメとしては食い合わせがあんまよくないなって思う。社会派サスペンスとかだったらいいと思うんだけどさ。怒りこそ貧乏人に残された最後エンタメとは言うけど、こういう意味ではないじゃん?

最終盤でルール保護されているはずの妻子をハンターたちが殺していた、だからハンターたちを殺してお前がハンターになることで金も名誉立場も手に入れられる!って番組プロデューサーにそそのかされる場面があるんだけど、これまで再三、番組情報改ざんし俺たちを操ろうとしている!と警鐘を鳴らしてきた主人公はプッツン、ハンターたちに襲い掛かり、ハンターの大ボスから彼も元はランニングマン主人公と同じトラップを仕掛けられハンター堕ち。実は妻子は生きていたけど拷問されて殺されたと種明かしをされるも信じずに殺害。その後、飛行機ごと無事爆殺される(脱出するけど)。

たぶん、そうなるのわかってたと思うんだけどなぜか殺してそのまま殺されかかるの正直よくわからない。徹頭徹尾「金を得るため」だったという冷徹目的意識のためとかだったら理解できるんだけど、結局彼は何も得られずに終了する。

俺が見落としてただけだったら申し訳ないけど、あの飛行機脱出ポッドがあるのを知るシーンってなかったよね?もしそれまで考慮に入れて「自分は死んだこと」にすることでこのゲームから脱出することを目的としていたんだったら理解できるんだけど、そんな感じでもなかったし。

てか、その後のエンディング全然わけわからなくんて。

その後、アンチランニングマン連合主人公が生きてることを言いふらして番組の裏側を暴露アンチランニングマン陣営は規模を拡大する。そして主人公はしっかり顔をさらして妻子に会いに行く。いや、番組からしたら妻子には絶対見張り付けとくやろ。主人公なんか何回殺してもええんやから

ランニングマンの収録の客席はアンチで埋め尽くされ、司会は契約を盾にとっとと離脱。いや、セキュリティどうなってんねん。少なくとも主人公オーディションするときセキュリティしっかりしてたやろ。客の身辺調査や持ち検は当然するやろと思うのに、みんな手に手にアンチ看板もって火炎瓶を投げまくる。そんなわけある?そしてプロデューサー主人公が撃ち殺して終了。いや、こいつも素通りかい。もうめちゃくちゃだよ!

 

あとはどう考えても30日は長すぎるよね。アメリカ中を逃げ回ってもいいとしても逆に考えれば30日は短すぎるし、映画として考えるなら30日は長すぎる。映画としてはどっか州を指定して2週間とかのほうがよかった気がせんでもない。なんか妙な生活感が出てて中だるみを感じた。

あとはこれどこまで意識して書かれているのかわからんのだけど、女の扱いがなんか微妙なんよね。別に活躍させる必要はないとは思うんだけど、主人公庇護されるだけの妻、なんかバカみたいな死に方する逃亡者も女だし、テレビ一方的に信じて主人公を含む逃亡者悪人だとののしり続けるナード母親ババア、そして終盤に出てきて人質になる裕福層の女。裕福層の女は「貧困エンタメとして搾取する市民」として描かれていて、主人公に「そのスカーフ一枚で俺の子供は助かるのにお前は気にも留めない」みたいに責められたときに「私は悪人じゃない」って言わせるのはちょっとからますぎるかな。最後飛行機で撃たれた主人公に止血のためにそのスカーフ差し出すのは皮肉がきいててよかったんだけど。

あとこの辺の社会的メッセージに関してはどう評価すべきかかなりむつかしいと思ってる。知らんけど、この映画作ってる人はわりとノンポリっぽい感じだと思うんだよな。なんかその、マスメディアを操る存在とそれに対するアンチだったり、白人デブの子供2人が逃亡者を焼き殺したり、貧乏人たちが主人公を無条件に応援していたり、裕福層は殺せと言っていたりとかそういう社会的メッセージがめちゃくちゃ露骨に出てくるんだけど、それをどこまで信じてるかはかなり怪しく感じる。俺の感想としてめちゃくちゃ冷笑的に”ネタ”として消費しているように感じたかな。

 

まぁそんな感じかな。ベイビードライバーエドガー・ライト作品らしくBGM使いも悪くないし、ポップなアクション映画としては一定以上の強度はあると思うんだけどなんか意外にがばがばというかがたがたな感じがして今一つのめり込めなかったな。まぁ、なんも考えんとみられるアクション映画見たいなって夜にはまぁまぁオススメ

2026-04-29

憤死と呪殺を科学的に考えてみたい。

これって怒らせたり、怖がらせたりして、血圧を急上昇させたりして、脳卒中引き起こして死んでいるんじゃないかと思う。

そして、相手を死に追いやってやったぜと興奮することで自分血圧上がって死んで、人を呪えば穴二つになるんじゃないかと思う。

そう考えると、これらを合理的説明できそうに思う。

ただ、これって因果関係証明するのは難しいので、ある意味合法的殺人になると思う。

江戸川乱歩の赤い部屋というエピソードにあるみたいな・・・?少し違うかな。

判例はあるのかな? AIによると直接的な物はないらしい。

今だとウェアラブルデバイスが簡易血圧計のように振る舞うから

そのログ証拠にして、手紙を読んだことで興奮させたことで血圧を上げて殺害したと立証することはできる日もくるかもしれんね。

2026-04-28

dorawii@新刊発売(予定)

こう考えている人はいるのだろうか?普段ある程度一緒に過ごす時間がある人に対して、その気になればいつでも殺害できるかどうかということを。

いざとなっても逆にやり込められるような危険性があるような人とは一緒にいたくないと思う人もいるのではないか

その気になれば…ということ、それが精神の安定をかろうじて保たせているという人もいるかもわからない。

dorawiiより


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2026-04-27

声の封殺

ひとつ。大声を出すことで相手の声を聞こえなくすること。


ふたつ。語りのしくみによって相手の声を効果的に聞こえなくすること。

——

冬子は夏男殺害を企てた。冬子はある演劇監督であり、夏男はその演者の1人である。冬子は、自分リハーサル中に「演技はじめ!」というとリハーサル一場面が始まり、「演技やめ!」というとそれが終わる、という厳格な方針を設けている。なぜこれが重要かといえば、その演劇にはかなりの即興がふくまれているのだが、この明確な合図のおかげで、いつ演者自身の役柄として話していて(本当に主張しているのではなく)、いつ演者自分意見を話している(本当に主張している)かがわかるようになるからである


冬子は、夏男が毒入りの水を飲むように仕込む。毒が効き始めるのを感じた夏男は、「助けて!毒を盛られた。医者を呼んで!」と言おうとしている。しかし、彼がそう言う前に、冬子は「演技はじめ!」と言う。冬子はこれを言うことにおいて、毒を盛られていると夏男が主張することを阻止している。もちろん、夏男はそう言うことができるが、今や彼は劇中のセリフとして言っているように聞こえる——冬子は夏男の主張を言語的に封殺している。

暗殺された日本首相

以下は、日本内閣総理大臣首相経験者のうち、暗殺(または襲撃により死亡)された人物の一覧です。歴代首相経験者(約64人程度)のうち、7人が該当します。

 

ja.wikipedia.org 

 

暗殺された首相経験者(時系列順)伊藤博文(初代・第5・7・10首相、1841-1909) 1909年明治42年10月26日、中国ハルビン駅で韓国独立運動家安重根により銃撃され死亡(当時は枢密院議長)。

初代首相として明治憲法制定などに貢献した元老

 

原敬(第19代首相、1856-1921) 1921年大正10年11月4日東京駅青年・中岡艮一により短刀で刺殺(現職首相)。

平民宰相」と呼ばれ、初の本格的政党内閣を率いた。

 

浜口雄幸(第27代首相、1870-1931) 1930年昭和5年11月14日東京駅右翼活動家により銃撃され負傷。療養中に容態が悪化し、1931年8月に死亡。

ロンドン海軍軍縮条約関連の反発が背景(現職首相時の襲撃)。

 

犬養毅(第29代首相、1855-1932) 1932年昭和7年5月15日、「五・一五事件」で海軍青年将校らにより首相官邸で射殺(現職首相)。

 

高橋是清(第20代首相、1854-1936) 1936年昭和11年2月26日、「二・二六事件」で陸軍青年将校により自宅で殺害元首相・当時蔵相)。

 

斎藤実(第30代首相、1858-1936) 1936年昭和11年2月26日、同「二・二六事件」で殺害元首相・当時内大臣)。

 

安倍晋三(第90・96-98代首相、1954-2022) 2022年(令和4年)7月8日奈良市内で街頭演説中に元海上自衛隊員により銃撃され死亡(元首相)。

戦後初の首相経験暗殺事件

 

補足

現職首相として直接暗殺されたのは、原敬犬養毅の2人(浜口雄幸は負傷後の死亡のため含む場合あり)。

これらの事件は、大正デモクラシー期や昭和初期の政治的不安定軍部右翼の台頭)を象徴するものが多く、日本政治史に大きな影響を与えました。

戦後では安倍晋三元首相が初のケースで、それ以前の要人襲撃(例: 岸信介首相の負傷など)は死亡に至らないものほとんどです。

2026-04-26

https://x.com/hex6u/status/2047988491204866379

2018年交際相手のバレツタ久美さん

を200回以上殴打し殺害

顔面陥没、頭蓋骨破裂、両目玉破裂というあまりに惨い犯行後、海外へ逃亡。


犯人準暴力団怒羅権」の薬物密売人、高橋伸明。

格闘界隈とも繋がりがあった模様。

Instagramには山本KID、新居卓などと写る写真が多数


現在、「今は話すことはない」と否認

古今東西いつでもどこでも女はDQNオスにしか発情しないよな

「数時間にわたって燃やした」焼却炉に妻の遺体を遺棄した疑いの30代男性 殺害ほのめかす供述も 妻は「夫から脅迫を受けていて怖い」と相談 北海道旭山動物園

北海道の人気観光地旭山動物園の焼却炉に妻の遺体を遺棄した疑いで事情聴取されている30代の男性が、「数時間にわたって燃やした」などと供述していることが新たに分かりました。


事情聴取を受けているのは、旭山動物園に勤める30代の男性です。

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2625568

まーた北海道ップだよ

北海道ップは日本から出て行けよ

2026-04-25

anond:20260425225323

強盗の命乞い=制圧できてるなら殺す意味なくね?殺してもめんどくさいだけじゃん

ゲームゲームなら捕虜殺害かでメリットデメリットがあるだろうからそれを勘案するだけ

親=何があったのかは知らないが、今君が元気に増田ができるのは親御さんが丈夫な体に生んでくれたおかげじゃないのかな?色々思うところはあるかもしれないが、ちょっとくらい恩返ししてあげてもいいんじゃないかね?

2026-04-24

イスラエルの「入植者」って何者なんだ

というのがよくわかっていない

沢山こういう事柄について書かれた本はあるだろうから何か読んでみるか

①「入植」とは何か

②「入植者」とは何者か

これだな

ニュースで見るのは、先に住んでいた人に銃を向けたり畑を荒らしたり、前哨基地を作って村の人を追い出すところ、まで

そのあとは何が起きているのか

実際本当に文字通りの入植をしているのかどうか

前哨基地を作って村の人を追い出す人が、そのままその地に文字通りの入植、定住をするのかどうか

それとも、その土地は後続に任せて他の場所に「入植」しにいくのか

なんだろうな、この変な感じは

入植者」の団体名とか組織名が出そうな気がするのに、単に入植者と呼ばれる違和感

いや、違うか

軽くぐぐったら"イスラエルの入植団体「ナハラ」"とかニュースに書かれている場合もあるのか

じゃあ「入植」という言葉選びに対する不満か

(こういう団体がいる時点で②は後者なのだ想像は出来る(未確認) そうでないと暴力的に「入植」する人が無限湧きしていることになる そうでなく過激団体なんやかんやして、文字通りの意味で入植する人はその手を汚さないのだろう ここらへんの想像が的を射ているかちゃんと何かを読んで確認したいんだよな)

じゃあここまで言語化した所で読む本探しましょうかね

今日の返りにジュンク堂いきましょうね

どの本を読むかは実際に本棚に並んだ本を眺めながら決めるか

これは イスラエル人入植者、パレスチナ集落の学校前で銃乱射…14歳少年ら2人殺害 : 読売新聞ニュースを見て思ったこ

日記おわり

2026-04-23

[]左翼VS法治国家

戦後日本歴史を「左翼勢力法治国家の戦い」という軸で概観すると、左翼(主に日本社会党社民党日本共産党を中心とした勢力)がイデオロギー優先の「反体制闘争」を展開し、これに対し政府体制法治主義国家主権現実的秩序維持を掲げて対峙してきた構図が浮かび上がります

事実否定弱者政治利用・永続的な「被害者化」というパターンが繰り返され、人道的・国家的なコストを伴ってきました。

1. 社会党社民党)と北朝鮮拉致問題国家主権よりイデオロギー優先

戦後左翼の特徴は、「反米反自民平和主義」を旗印に、共産圏特に北朝鮮)との友好を優先した点です。

日本社会党(現・社民党)は、1970年代以降、北朝鮮との関係を深め、帰国事業在日朝鮮人北朝鮮送還)で共産党とともに役割を果たしました。北朝鮮による日本人拉致問題が表面化した1990年代2002年小泉訪朝時まで、社会党系は「拉致存在しない」「北朝鮮の主張を真摯に受け止める」姿勢を崩しませんでした。

拉致被害者家族の訴えを「右翼プロパガンダ」と退け、国家主権侵害という法治根本問題を棚上げ。2002年以降も土井たか子氏ら党指導部が北朝鮮寄りの発言を続け、党内離党者まで出る事態に。

結果、被害者救出が遅れ、拉致を「国家テロ」として扱うべき法治国家対応が歪められました。

これは左翼が「弱者在日平和勢力)」を守る名目で、実際の被害者拉致家族)に置き去りにした典型例です。

2. 共産党の「赤旗従業員・購読搾取問題:党の理想現実矛盾

日本共産党資本主義の「搾取」を糾弾しながら、自らの機関紙しんぶん赤旗』の運営で同様の問題を抱えています。近年表面化したのは、党地方議員による自治体職員への赤旗押し売り強要です。新宿区では管理職50人超が「心理的圧力」を感じて購読(一部10年近く)、区長ハラスメント調査実施庁舎内集金や「断れば恨みを買う」空気があり、他自治体金沢市など)でも同様の指摘が相次ぎました。

さらに党内部では、赤旗配達専従者の無報酬過酷労働が「ブラック企業」と内部告発されています

党は「自主的自発的活動」と位置づけますが、定額働かせ放題実態批判されています

• 党は「搾取のない社会」を標榜するが、自らの労働者を「永遠党員被害者」として動員。

法治国家公務員中立性・ハラスメント防止)の枠組みを、議員特権で揺るがす構造

3. 沖縄における偏向教育産業の勃興:被害者史観のビジネス

沖縄では戦後米軍統治下の「独自性尊重教育からまり、復帰後も反基地反日・「平和教育」が左翼勢力により定着しました。これが「教育産業」として機能

修学旅行平和学習ツアー教科書記述沖縄戦の「集団自決」を日本軍強制とする偏向描写)、反基地デモ支援などが持続的な「産業」となっています

最近例:辺野古事故修学旅行転覆)で「偏向教育ではないか」との指摘(自民党部会)。

教科書検定でも「日本軍住民スパイ扱いして殺害」との記述合格

沖縄若者が「永遠被害者基地被害者)」として位置づけられ、法治国家安保防衛)への対立再生産。経済的自立より「反基地依存」が固定化

左翼は「弱者沖縄県民)」を体制と戦わせることで、教育市場を維持。真の解決基地負担軽減の現実的交渉)より、対立を優先します。

4. ハンスト仮放免不法移民ヒーロー化する事件弱者健康被害助長

2019年前後入管施設で長期収容抗議のハンガーストライキハンスト)が急増(約200人規模)。一部は仮放免(一時釈放)を得る手段として使われ、釈放後すぐに記者会見デモで「ヒーロー」としてスピーチ(例:イラン人クルド人男性東日本センター仮放免後、品川制度批判)。

支援弁護士市民団体がこれを後押ししました。

模倣効果ハンスト連鎖健康被害栄養失調・死者発生、ナイジェリア餓死例など)。

入管当局は「仮放免を餌にハンストを誘発する」と苦慮。前科者も約4割。

左翼勢力は「人権」を掲げ法治退去強制収容の適正運用)を攻撃するが、結果として収容者全体の健康を害し、弱者を「永遠被害者」にした。

この事件象徴的です。弱者を「体制との闘士」に仕立て上げることで支持を集め、根本解決入管法の明確化司法審査強化)を避けます

弱者を「永遠被害者」に縛り付ける人道的意味

これらの事例に共通するのは、左翼勢力弱者在日労働者沖縄県民、不法滞在者)を「体制との戦いの道具」として利用し、解決より対立永続化を選ぶ点です。これは極めて残酷手法です。

被害者は本当の救済(労働条件改善基地負担軽減、移民問題の法的手続き)を得られず、「永遠被害者」として政治的に消費される。

法治国家の枠組み(主権法の支配現実的秩序)を破壊することで、左翼存在意義を維持。

・結果:社会全体の分断深化、資源の浪費、真の弱者救済の遅れ。

結論:イデオロギー法治国家

戦後史を通じて、左翼は「平和人権」を錦の御旗に暴力的デモ成田管制占拠など)や事実無視を繰り返しました。左翼の「弱者利用」戦略は今も形を変えて続き、移民政策教育歴史認識で影響力を残しています

弱者を真に守る道は、被害者化ではなく、法治の下での解決です。こうした歴史直視しない限り、日本社会の「共生」は絵に描いた餅に終わります

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

[][]五胡十六国時代、異質なまでに残虐な時代

序:三国時代と異なる残虐さ

三国時代(220-280年)は、確かに戦乱と残虐行為に満ちた時代でした。しかし、そこにはまだ「英雄ドラマ」と「一定格式」が残っていました。曹操諸葛亮のように、教養・統率力と残酷さが同居する人物が多く、敵将の降伏厚遇するケースも少なくありませんでした。

これに対し、八王の乱(291-306年)から隋・唐の統一(589-618年)までの約300年は、中国史上でも特に苛烈で残虐な時代として際立っています。


三国時代唐代以降と比べても、「民族単位での大規模虐殺」「朝廷交代ごとの皇族名族の根絶やし」「強制移動の頻発」という特徴が極端に目立ち、単なる戦乱を超えた「文明崩壊民族対立の泥沼」といった様相を呈しています

八王の乱——晋王朝の自滅と混乱の引き金

西晋(265-316年)が統一を果たした直後、皇族同士の権力いであ八王の乱が勃発します。
八人の王(皇族)が互いに殺し合い、短期間に大量の皇族処刑自殺暗殺されました。この乱は単なる宮廷内紛ではなく、:「朝廷の交代=皇族絶滅」:という悪しきパターンの始まりでした。

晋は乱の影響で極度に弱体化し、北方異民族五胡)を傭兵として大量に呼び込みました。これが後の大混乱の直接的な引き金となります

後漢末期の胡人移住——悲劇の遠因

この混乱の遠因は、後漢後期(2世紀後半)にさかのぼます

後漢北方異民族匈奴鮮卑・羯・氐・羌など)を「胡人」と呼び、辺境防衛力不足を補うために積極的中華域内移住させ、兵として動員しました。
特に:西涼現在甘粛省青海省あたり)の軍閥は、:胡人の騎馬戦力を基盤とした強力な勢力として台頭しました(董卓馬超西涼軍が典型例です)。

この政策一時的国境を安定させましたが、結果として大量の異民族内地に定住する事態を招きました。三国時代にはまだ抑えられていた民族間の緊張が、西晋の衰退とともに爆発的に表面化したのです。

五胡十六国時代(304-439年)——民族単位虐殺応酬の始まり

西晋崩壊後、北方華北)は:五胡十六国時代と呼ばれる極端な分裂期に入ります。:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌の五つの主要異民族が次々と王朝を建て、漢人王朝も含めて20近い小王朝が乱立しました。

この時代の最大の特徴は、民族単位での大規模虐殺応酬です。

・石勒(後趙羯族)は漢人を大量に坑殺(生き埋め)する「漢人殲滅政策」を実行。

冉閔漢人)はこれに報復し、羯族民族ごと殲滅しようとしました(数十万人規模の虐殺)。

・各王朝の交代のたびに、勝者側が敗者側の民族皇族を根こそぎ殺すパターンが繰り返されました。

三国時代のような「個人の野心や復讐としての残虐」ではなく、民族全体を弱体化・根絶やしにしようとする集団的報復的な虐殺常態化した点が、極めて異質です。

南北朝時代(420-589年)——門閥貴族と族誅の呪い

北方北朝南方南朝に分裂した後も、残虐性は収まりませんでした。

北朝

鮮卑族の北魏華北統一しましたが、皇族貴族粛清が絶えませんでした。:河陰の変(528年)は、:爾朱栄が北魏王公貴族2000人を一度に虐殺し、洛水を血で赤く染めました。

南朝

宋・斉・梁・陳の各王朝交代のたびに、前王朝皇族名族がほぼ全滅する:「禅譲茶番」が繰り返されました。:幼い皇帝を無理やり即位させて形式的禅譲を行わせ、用済みになったら即座に殺害するという、偽善的で残酷な手口が常套化しました。

この時代出自主義(家柄を絶対視する価値観)と一族誅滅(族誅)が固く結びついていました。名族であるほど権力も大きかった分、失脚時のリスクも極端に高かったのです。

隋・唐への移行と残虐時代終焉

589年に隋が南北統一し、618年に唐が成立することで、この長い残虐時代はようやく終わりを迎えます。
隋・唐は科挙制度を拡大し、血統ではなく能力による官僚登用を推進することで、門閥貴族の力を弱め、中央集権を強化しました。しかし、唐の成立も北周の関隴貴族鮮卑系混血が多い)を基盤としたため、完全な「漢人王朝」とは言えない複雑な出自を持っていました。

総括——なぜこの時代特に残虐だったのか

八王の乱から唐までの約300年は、三国時代唐代以降と比べてもひときわ残虐で混沌とした時代でした。
三国時代

英雄同士の知的な激突と、一定格式が残る「名士の戦い」の時代

この時代

民族間の生存競争が激化し、民族単位虐殺応酬一族誅滅が常態化教養と残虐さが分離し、文明形式すら崩壊した。

唐代以降

科挙による能力主義が広がり、士大夫階級が成立。門閥貴族血統支配が崩れ、比較的安定した時代へと移行。

世界史における意義

後漢後期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まったこの混乱は、中国史の中でも特に暗く、虚無的な時期と言えます

ローマ帝国末期が異民族軍事力依存し、崩壊の遠因となったのと似た構造を持っています

この時代は、単なる戦乱ではなく、「出自主義呪い」と「民族対立連鎖」がもたらした、人間社会の極限的な暗部を象徴しています

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2026-04-22

[][]六朝時代の残虐性(北朝編)

五胡十六国時代南北朝時代における漢人勢力異民族勢力虐殺応酬の具体例を、時系列に沿って整理して詳述します。

この時期の特徴は、三国時代のような「個人の野心や復讐としての残虐」から民族単位での集団的報復的な大虐殺へと質が変わった点です。

漢人異民族を、異民族漢人を、互いに「根絶やしにしよう」とする応酬が繰り返されました。

1. 五胡十六国時代初期(4世紀前半)

石勒(後趙羯族)による漢人大量虐殺

• 石勒は奴隷出身羯族で、後趙建国

漢人を「奴隷以下」と見なし、特に知識人貴族層を徹底的に虐殺

特に有名なのは、「漢人殲滅政策」。漢人を「一族ごと」殺すケースが多く、捕虜を坑殺(生き埋め)したり、城ごと焼き払うような残虐行為が記録されています

• 石勒自身晩年になって漢文化を取り入れようとしましたが、すでに漢人側の深い恨みを買っていました。

報復冉閔漢族)による羯族虐殺冉魏時代、350年頃)

• 石勒の死後、後趙内乱に陥った隙に、漢人養子だった冉閔クーデターを起こして後趙を滅ぼし、冉魏建国

冉閔は「漢人至上主義」を掲げ、羯族(石氏一族を含む)を民族ごと殲滅する政策を実行。

洛陽や鄴を中心に、羯族の男女老若を問わず数十万人規模の虐殺が行われたとされ、「一日で数万人を殺した」という記録もあります

• これが五胡十六国時代で最も大規模な「民族単位虐殺」の一つで、羯族はほぼ壊滅状態になりました。

この石勒→冉閔応酬は、典型的な「異民族漢人虐殺漢人異民族報復虐殺」のパターンです。

2. 前秦時代とその崩壊4世紀後半)

苻堅(前秦氐族)の漢化政策とその後の報復

• 苻堅は氐族でありながら漢文化を深く学び、漢人官僚積極的に登用して華北統一を目指しました(淝水の戦い前は比較的穏健)。

しか淝水の戦い(383年)で東晋大敗すると、前秦は急速に崩壊

• 敗北後、漢人や他の異民族鮮卑・羌など)が一斉に反乱。苻堅は捕らえられ、姚萇(羌族)によって屈辱的な処刑を受けました。

• その後、前秦の残党に対する漢人勢力報復殺戮が各地で発生。苻氏一族もほぼ壊滅しました。

ここでも「異民族統一王朝漢人を中心とした報復連鎖」という応酬が見られます

3. 北魏時代5世紀6世紀

河陰の変(528年)——北魏最大の虐殺事件

北魏末期、権臣**爾朱栄(鮮卑系)**が洛陽近郊の河陰で、胡太后と幼帝を殺害した後、北魏王公貴族・高官2000人以上を一度に虐殺

対象は主に漢人中心の貴族層で、「血が川のように流れ、洛水が赤く染まった」と記録されています

• この事件の後、漢人側も鮮卑勢力に対する反撃・粛清を繰り返し、北魏東魏西魏に分裂して崩壊の道をたどります

4. 北斉北周時代6世紀

北斉(高氏、漢人系)

高洋(文宣帝)は鮮卑貴族を徹底的に弾圧虐殺。「鮮卑を皆殺しにすべき」と公言するほどで、鮮卑人の大量処刑が相次ぎました。

北周(宇文氏、鮮卑系)

宇文護や宇文邕は、逆に漢人官僚を重用する一方で、旧来の鮮卑貴族粛清民族の力関係が逆転するたびに虐殺対象が変わる応酬が続きました。

全体の特徴まとめ

応酬連鎖

漢人異民族虐殺異民族漢人虐殺 → また漢人が…という悪循環

民族単位殲滅志向

三国時代は「敵対勢力指導者や軍を倒す」レベルが多かったのに対し、この時代は「特定民族全体を弱体化・根絶やしにしよう」という発想が戦略として出てくるのが異質です。

教養と残虐の分離

三国時代のような「残虐だが教養がある」人物が少なくなり、残虐行為がより原始的集団的になる。

この応酬連続が、隋の統一(589年)まで約300年近く続き、中国史の中でも特に暗く泥沼化した時期と言えます

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[][]禅定形骸化(六朝時代:南朝編)

願わくば、今後生まれ変わり死に変わりしても、永遠に帝王の家に生まれませんように!」(願後身世世勿復生天王家)

南朝宋の順帝(劉準)が、禅譲後に殺される直前、涙を流しながら叫んだ言葉として正史に残っています

背景と状況

南朝宋の末期、権臣蕭道成(後の南朝斉の高帝)が実権を握り、幼い順帝(当時11歳)に禅譲強要

・順帝は禅譲儀式を終えた後、宮中から別の宮殿に移されるはずでしたが、実際にはすぐに王敬則らによって殺害されました。

・死の直前、彼は王敬則の手を叩きながら上記言葉を残し、周囲の家臣たちも皆泣いたと記録されています

南朝比較的「文明が残っている方」だったにもかかわらず、朝廷の交代のたびに前王朝皇族がほぼ根絶やしにされるパターンが繰り返されていました。

三国時代との残酷な落差

三国時代の終わり(蜀・呉の滅亡)は、演義では悲壮感がありながらも、まだ「英雄物語」として美しくまとめられています

劉禅孫皓降伏後も比較的穏やかに扱われ(少なくとも演義では)、皆殺しのような極端な粛清は描かれません。

しかし晋以降、特に南朝では、禅譲即位 → 前王朝皇族のほぼ全滅というサイクルが常態化。
順帝の叫びは、その極端な恐怖と絶望象徴しています。「帝王の家に生まれること=悲惨な死を待つ運命」という認識が、当時の人々にどれほど深く染みついていたかがわかります

禅譲」という儀式の完全な茶番

1. 禅譲儀式ちゃんと行わせる


蕭道成側は形式的に「順帝から帝位を譲り受けます」という儀式を執り行わせます。
順帝は幼いながらも、涙を流しながら禅譲の詔を書かされ、玉璽を渡す。

2. 禅譲が終わった直後に殺害

儀式が終わって宮殿を移る途中で、王敬則らに殺されます。
つまり禅譲」という「平和的な政権交代象徴」をわざわざ演じさせておいて、その意味を完全に無にする行為です。

当時の権力者たちにとって、禅譲は単なる「儀式」ではなく、簒奪正当性演出するための重要な道具でした。

禅譲をやらないと「武力で帝位を奪った反逆者」になる。

禅譲をやれば「前の皇帝が自ら譲った」形になり、道義的にマシに見せられる。

しかし実際には、禅譲が終わった瞬間に前の皇帝を殺すことで、「後顧の憂いを断つ」。

文明形式禅譲)」を保ちながら、完全に野蛮な殺戮を行うという、極めて偽善的で残酷パターンです。

三国時代にはまだこの手の「禅譲後の即時殺害」はほとんど見られませんでした。曹丕が漢の献帝から禅譲を受けた後も、献帝は一応生きており、比較的穏やかに扱われています演義ではもっと美化されていますが、正史でも即殺ではありません)。

それが晋以降、特に南朝では「禅譲即位 → 前王朝皇族のほぼ全滅」がほぼルール化してしまった。


順帝の「二度と皇族に生まれたくない」という叫びは、この偽善的で残酷システムに対する、幼い少年純粋絶望の声だったのです。

この「禅譲茶番」は、南北朝時代を通じて何度も繰り返され、本当に気分が悪くなります。
形式だけは「文明的」なのに、中身は完全に野蛮——そのギャップが、三国志英雄時代との落差をより残酷にしています

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2026-04-21

今期スタートの視聴継続ドラマおすすめ3選

2026年4月スタート

1.『銀河の一票』(フジテレビ系、月曜22時)

主演・黒木華が、理想を掲げて選挙参謀となり野呂佳代都知事選出馬させるドラマ。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人幸福はあり得ない」という宮沢賢治言葉を掲げ続ける黒木華ちゃんが良い。何かここ数年、宮沢賢治引用するドラマが多い気がする。「野呂佳代が出るドラマにハズレ無し」(by バカリズム)に加えて「宮沢賢治モチーフとするドラマにハズレ無し」。しかし、悪徳与党幹事長演出が未だに二階なのはどうなんだって思う。今は官邸一強政治から与党幹事長にちから無いのに。

 

2.『エラー』(テレ朝系、日曜22時15分)

畑芽育が、とんでもない人生の「エラー」をしてしまい、どんどん深みにハマっていくドラマNHKの傑作ドラマ「3000万」の脚本家。前作は家族ものだけど今作は友情ものとなってる。クライム作品は胃がヒリヒリするけど見ちゃう

 

3.『月夜行路 -答えは名作の中に』(日テレ系、水曜22時)

主演の波瑠が、偶然知り合った主婦初恋相手を探しに大阪まで行って文学知識を使って謎を解く原作ありのミステリ東京以外でロケしてる民放ドラマってだけで何か良い。麻生久美子との上品な掛け合いも良い

 

次点

『田鎖ブラザーズ』(TBS系、金曜22時)

幼い頃に両親を殺害され未解決事件状態になってる田鎖家の兄弟がともに警官になり、相棒となって真犯人を自ら見つけ出すというドラマ兄弟の掛け合いやドラマ映像雰囲気が良い。

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