はてなキーワード: セットアップとは
日本の少子化による労働力の減少は喫緊の課題でありもはや対策は手遅れという状態であるが、
たとえ手遅れだろうと今より早い時期は無く、取れる手段は全て早急に取るべきである
年収500万円も無い男性は女性のお眼鏡にかなわず結婚の俎上に上がることはなく、適齢期の男性において年収500万というのは上位30%程度でありつまりは3割しか結婚できない
よって自然な結婚・出産による少子化解決は無理と諦めるしかない
はたまた外国人労働者の移入により労働力を補おうとすれば治安の悪化への懸念や文化の摩擦などの面から反対が大きい
よって外国人移入政策も不可能とは言わないまでも(今の老人のボリュームゾーンが死ぬまではだましだまし行けるんじゃないかな・・・)プライオリティは下げた方が良いだろう
ロボティクス(今流行りの言葉で言えばフィジカルAI)による労働力の代替はその一つだ
先日中国のロボットハーフマラソン大会において大半の人間に勝るスコアを上げたと話題になっていたが、
走ったり踊ったりができるだけでは労働力として勘定に入れるには不十分だ
求められているのは工事、介護、農業、漁業など、多様で(一部)繊細な動作が必要な職種だ
そこで『寿司』
日本の心だ
ネタを切り出し、
シャリを握り、
この一連の動作を行わせる
ロボットは味を見るのはまだしばらくかかりそうなので、調味料やネタについては統一し、食感、つまりシャリが上手く握れ、ネタが上手く切れたかという物理的な要因による美味さで評価が出来るだろう
賞金は1000万程度として、大会セットアップは5億もあればできるだろう
新しい鯖をセットアップした。Express5800 T120h。電源を入れればファンが唸り、正しくコンピュータが起きる音がする。
Debianを入れた。いつもどおり。KDE Plasmaを入れた。いつもどおり。SSHの鍵を置いて、Gitを入れて、Dockerを入れて、Node.jsを入れて、GitHubにSSH通した。何年も繰り返してきた、いつもどおりのセットアップ。
Claude Codeを入れた。
そこで手が止まった。他に何も要らなかったのだ。
気づけば4ヶ月が経っていた。VSCodeが入っていない。JetBrainsも、Vimすらも。エディタと呼べるものが何一つ、このマシンに存在しない。
それ以外は全部ある。いつもどおりGitHubを使っている。いつもどおりDockerを立てている。いつもどおりコードを読んでいる。diffを見て、レビューして、設計を考えて、判断を下している。開発者としての営みは何も変わっていない。一つだけ、エディタだけが足りない。
中学の頃、背伸びしてSublime Textを使っていた。高校でVimに出会って、.vimrcを育てることが日課になった。大学ではIntelliJの補完の賢さに感動して、これが最終形だと思った。社会人になって結局VSCodeに落ち着いた。どのエディタにも季節があって、そのときどきの自分がいた。
全部消えた。
ChatGPTが出てきたとき、すごいとは思った。Copilotが補完を始めたとき、便利だとは思った。でもあくまで俺たちの道具が少し賢くなる話だと思っていた。エディタの中にAIが来るのだと。AIの中からエディタが消えるとは、思ってもみなかった。
ターミナルを開く。Claude Codeに設計を伝える。出てきたコードを読む。直してほしいところを言う。マージする。その繰り返しで、プロダクトが実際に動いている。4ヶ月間、一度も困らなかった。
コードを読む目はまだ要る。設計を考える頭もまだ要る。何を作るか決める意志もまだ要る。でも「書く手」はもう要らなくなった。
次は何が消えるんだろう。コードを読む目だろうか。設計を考える頭だろうか。何を作るか決める意志だろうか。全部消えたとき、俺たちはまだ開発者なんだろうか。
T120hは今日も静かに動いている。Debianが動いて、KDEが動いて、Dockerが動いて、GitHubに繋がっている。全部いつもどおりだ。エディタだけがない。それだけが、いつもどおりじゃない。
自分の考えた最強の設計で、最強のコードを仕上げた。気づいたら朝4時だった。窓の外がうっすら白んでいて、やばい、と思いながらも手が止められなかった。あの達成感。あの焦燥感。どうしようもなく非効率で、どうしようもなく幸福だった夜。
もうあそこには戻れない。戻る理由がない。
それが一番寂しい。
その「どっちつかずな感じ」、分からなくもないです。おそらく、リクルートスーツの延長線上にあるような、個性のないタイトスカートのセットアップのことですよね。
なぜあのスタイルが生き残っているのか、いくつか現実的な背景があります。
「無難」という生存戦略: 多くの保守的な日本企業では、格好良さやセクシーさはむしろ「ノイズ」と見なされることがあります。「誰の記憶にも残らない=失礼がない」という消去法的な選択で、あのスタイルに落ち着いている側面があります。
マナーの呪縛: 年配の層には「冠婚葬祭や厳かな場ではスカートが正装」という古い価値観が根強く残っています。本人が格好いいと思っていなくても、周囲の「おじさん・おばさん世代」に余計な口出しをさせないための防衛策でもあります。
選択肢の少なさ: 市販の安価なレディーススーツは、未だに「とりあえずスカート」のセットが主流です。こだわってパンツスーツを探す手間やコストをかけたくない層にとっては、それが「制服」化してしまっています。
結局のところ、得をしているのは「変化を嫌う組織」や「波風を立てたくないシステム」そのものかもしれません。最近はスタイリッシュなパンツスーツも増えていますが、まだ過渡期といったところでしょう。
次は、逆に「今どきの格好いいパンツスーツ」の選び方や、あの「おばさん感」を脱却するための着こなしのコツについて深掘りしてみますか?
ロボットスタートアップは、どこもだいたい似たようなことをやっている。そして正直、それが自分にはあまり魅力的に見えない。
だいたい、双腕アームとグリッパーを使って日常的な行動をオペレーターに何度も何度もやってもらい、そのデータを集めて自動化を目指す、という路線だ。業界全体として、実タスクをこなすための現実的な最適解がそこに収束している、ということなのだとは思う。ただ、個人的には模倣学習があまり面白いとは思えない。というのも、テレオペレーションでロボットを動かせるなら、それを十分な量だけ集めれば自動化できるのは、ある意味では当たり前だからだ。そこには、あまり意外性とか創発性みたいなものが感じられない。
ロボット自体もどんどん似てくる。既存プラットフォームを使ったほうがセットアップは早いし、共通のデータ基盤も使える。わざわざ凝った機構をゼロから作る動機も薄い。結果として、どの会社も似たようなロボットアームを使い、似たようなやり方でデータを集めて、自動化しようとしている。そして最近はどこも判を押したように、ロボットハンドだけを切り離して人間がそれを持ち、マニピュレーションを行う「UMI」グローブでデータコレクションする方向に移りつつある。
ただ、自分はそのアプローチをどれだけスケールさせたところで、本当に実用的なロボットが作れるのかかなり怪しいと思っている。データを集めた環境で、データを集めたタスクをそのままやらせるだけでも、実世界にデプロイした瞬間に予想もしなかった失敗はいくらでも起きるはずだ。大規模モデルでもしかしたらある程度は解決できるのかもしれないが、100%を埋め切るのはかなり難しい気がする。現在の主流のアプローチにおいてロボットに求められているのは、一つのタスクを解くことではなく、幅広いタスクに対応できることだと思う。一つのタスクに特化したロボットを作るくらいなら、食洗機や洗濯機のような専用機を作ったほうが、早いし、効率もよく、安い。だから結局、ロボットは「あらゆるタスクをそれなりにこなせる」方向を目指さざるをえない。
でも、今最先端とされているマニピュレーションなどののデモを見ても、本当にそこまで行けるのかはかなり怪しく見える。たとえば紙を一枚ずつぺらぺらめくる、みたいなことですら、ロボットにはまだかなり難しいように思える。公開されるデモ動画を見ても、当然うまくいったタスクしか出てこない。だから見ている側は「まあ、このタスクならできるんだろうな」という雰囲気だけを受け取る。でも実際には、まったくうまくいかない動作も山ほどあるはずだし、そもそもデータを集めていないタスクに対しては、動作自体は簡単だとしてもまともに実行できないことのほうが多いだろう。
事前学習を活用して教示回数を減らそうという研究も進んではいて、それがいずれ突破口になる可能性はある。とはいえ、そこに至るにはまだ何段階かの技術的な飛躍が必要だと思う。個人的には、ロボットマニピュレーションがここ2年ほど、つまり2028年までに大きく前進しなければ、少なくともその先しばらく、数十年単位で解けないまま残るのではないかとすら思っている。今は世界中の天才たちが、こぞってロボットに知能を与えることに全力を注いでいるからだ。ここまで知能と資本と人材が一気に集まることはかなり珍しい。それでも突破口が開かなかったのなら、それは相当難しい問題だということだと思う。
少なくとも、最近の学習ベースのロボットに関して言えば、まだ「本当の実用化」はできていない。実際に導入されているロボットの多くは、基本的にはルールベースで動かし、例外時だけテレオペレーションなどで対処するという形を取っている。完全自律で、しかも幅広いタスクに対応できるロボットは、まだどこも実用化できていないはずだ。では、なぜそれでもこれらの会社の経営が成り立っているのか。理由は単純で、未来への期待に賭ける投資と、「AIをやっています」という絵を外向けに作りたい企業からの案件報酬があるからだ。もちろん、投資家は10件に投資して1件で爆勝ちすればいい、という世界で動いている。だから「大きな投資を受けているから成功するはずだ」という理屈は、あまり当てにならない。
そして、ロボットスタートアップが大企業から委託されて、AIロボットのデモを作ることはよくある。これは、今のAIブームに乗った特需として見るのが一番しっくりくる。今は「AIをやっていない」「AI開発に乗り遅れている」と市場に見なされると株価が伸びにくく、逆に「AIを積極活用している」と見られると株価が伸びる。かなりバブル的な空気がある。その中で、いちばん手っ取り早く「うちもAIをやっています」と対外的にアピールする方法の一つが、スタートアップに数千万円規模の予算を渡して、自社業務をどう“フィジカルAI化”するかのデモを作らせることだ。そしてそれをプレスリリースなどで発表する。そうすれば、社内で人を異動させてロボット部門を立ち上げるよりはるかに安く、初期デモだけは作れる。
ここで重要なのは、別にそのロボットを実際の業務に導入しなくても構わない、という点だ。必要なのは「AI活用を検討している会社である」と外から見せることだからだ。要するに、実装よりも演出の価値が高い局面が今はある。その結果として、ロボットスタートアップにもお金が流れ込んでいる。でも、これは本当に持続可能なのだろうか。今みたいな状況が、この先何年もそのまま続くとはあまり思えない。こういう会社は、常に次の案件を探し続けなければならないリスクと隣り合わせだということでもある。
そういうふうに考えていた時期が俺にもありました。チャッピーに聞けるからだいぶ状況は変わったと思う。それなりの言語能力があって、やりたいことと現状を言葉で説明できる人にとって、もうパソコン操作で分からないことなんてほとんどない。なんでも、ターミナルでポンだ。
でも全部チャッピー頼みだと人と交流しなくなるな。それはそれで別の問題を生む気はする。
なんにせよOSなんかどれでもいいんだから、セキュリティ最強のubuntuにした方がいい。Windows機買って、Windowsアンインストールだ。
就職してubuntu以外使ったことなくて貸与パソコンでプリンターのセットアップもできないモンスターみたいな新人がみたいんやわいは
雰囲気重視のホラーっぽい映画で別に面白くはなかったかな。43点。
花屋に勤務する麻生久美子は同僚の男子が出てこなくなり家に様子を見に行くと彼の首が伸びているのを発見。その後、彼は黒いシミになってしまい、さらにそれを見た同僚もおかしくなり店長も来なくなりとてんやわんや。一方その頃、チャラい大学生の加藤晴彦はネトゲをやろうとPCを頑張ってセットアップするも謎のサイトに繋がってしまい混乱、大学の情報学部みたいなところで謎の美女小雪と出会い、サイトの謎、そしていま日本で起きている異変と向き合っていく。
みたいな話だったかなぁ。
作品内の設定としては「死者の世界が定員オーバーになって困ってる時に生者の世界できんたまたま死者の世界との回路が繋がってしまった結果、死者が生者の世界に乗り込んできて生者を取り込み始めた」ということなんだけど、実際にこの作品が示しているのは「生者の世界がスッカスカになって困ってる時に、死者の世界 a.k.a. ネット空間への回路が繋がってしまった結果、生者たちはこぞって死者の世界に移住し生者の世界は滅びてしまった」ということだと感じた。
死者の世界(今後はネット上と読み替えてもらって結構)に接続した人間はどんどん無気力になり最終的に自殺するか黒いシミになって消えてしまう。これを作中では死者の世界からこちらに来た者が生者を依り代にした際の副作用であると定義しているけど、これは自分というものをネット上という架空の世界に依存することで現実世界からの逃避を行っている人間の鏡写しだと思う。そう考えれば現実世界でシミになった連中はきっと死者の世界で楽しくやっていることだろう。よかったよかった。
しかし実際に死者の世界に囚われる人間は常に孤独に苛まれていて死者のキャパオーバーというのは同時に生者の世界に対しての生の実感のなさ空虚さの裏返しであるともとれる。いや知らんけど。
最後まで生き残る麻生久美子は明らかに孤独からの逃避よりも生存闘争を求めるメンタル強者だし、ギリギリ最後まで頑張る加藤晴彦(すっかり見なくなった)もネットに依存しなさそうなチャランポランの大学生だけど友人関係の希薄さが提示されている。また積極的に取り込まれに行く小雪(作品の時点で色気がすごくて全く大学生に見えなくてすごい)は厭世観や強い孤独感に強く囚われている。
この作品は昨日見たPERFECT BLUEより4年後でよりインターネットへの距離が近くなってネット中毒者みたいな問題が表出しはじめていた時期だと思うので、そこに対する世間のうすぼんやりした空気を拾い上げたんだと思う。今見るとより事態は深刻化している感じはするけど一方で別に現実世界は滅びてないのでちょっと悲観的すぎるなって感じ。
ホラー映画としては首が伸びてるシーンと麻生の同僚が黒いシミを見に行くと謎の女がシミから這い出してきて(おそらく死者)、ベッドの下かなんかに隠れてたらそのふちを青白い手が掴んでにゅーっと顔が出てくるみたいな古典的な仕掛けは控えめで、むしろシーン切替の不自然さや音響効果(なんかボソボソ囁いてくるシーンが多くて怖いから嫌い)、そして音楽の使い方の不自然さ(最も盛り上がるところは控えめで、次の何でもないシーンで盛り上げるみたいな演出が結構多い)などで全体的に怖いというよりは不気味さを醸し出してくる。
定期で出てきて好きだったのは生者と思って話しかけたら壁のシミに向かって話しかけてた!ってシーン。うわあああってよりはヒエッって感じの怖さで好きだったかな。これもお前の隣にいる奴、本当に現実に心を残してるか?という鋭い問いであるともいえるしいえないともいえるかもしれん知らんけど。
あとは最終的に回路が前回になった結果、街には人っ子一人いなくなりそこらじゅうで事故りまくり黒煙を上げて飛行機が墜落するという終末感展開は日本映画頑張ってるやん!って思ったけど、よくよく考えたら仮に飛行機の操縦士が黒いシミになったとしても飛行機が黒煙を上げる論理的接合性ゼロやなと冷静になってしまいました。バードストライクかな?
あと麻生みたいな人間、東京くらい人口があればもっといっぱいおるやろたぶん。
全然関係ないんだけど冒頭、客船で働く役所広司がたたずむ謎の女と出会うシーンから始まって、最終的に加藤晴彦とボートで脱出した麻生久美子がその女だったらしいことがわかるんだけど、それが脱出してしばらくした後、みたいな感じの演出でなおかつ、加藤と役所が同じようなボサボサ頭だったので「え、加藤晴彦が成長して役所広司になっちゃったの!?」って思ったら別にそんなことはなく、加藤晴彦は静かに息を引き取った。
全体的にかったるいし、観念的すぎるし、その割に台詞でめっちゃ説明してくるし俺の好みではあんまなかった。
雰囲気重視、ネット社会への鋭い警鐘!みたいなもので栄養を摂取できる層にはオススメできるんじゃないかな。俺はテーマが優秀かどうかよりもそれがエンタメとして面白く提供されているかのほうに興味があるのでちょっと微妙だったかな。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
正月2日のApple初売りでポチったM4 Mac miniが昨日届いた件
クロネコの配送状況によると、中国は深圳から航空便で来るんだなー
TimeMachineバックアップから移行って指定したら、予想以上にすんなり先代の環境が引き継がれて、まぁまぁ良かった。Apache httpdで自鯖動かしてたのもマンマ何も設定いじらずに移行できたのは好感触w 前にマシンは変わらずOSアップグレードだけしたときにApacheの設定がリセット?されちゃって、再開するのにけっこうめんどかったから、今回もそのぐらいは覚悟してたんだけど、ヒョウシヌケだww
しかし、気に入らないところもチラホラ...
まず、スクリーンセーバーだかロック画面だかで復帰する時パスワード要求するように勝手に変えられてる。セキュリティ的にデフォルト安全側に倒すってのも一応理解できるけど、このマシンは家庭内に据え置きでオレしか触らないんだから、復帰時パスワードとかジャマ臭ぇーんだよw 先代Mac mini買って以来7年ぐらい、その設定でやってきたから、復帰時パスワード不要にするには設定どこをいじったらいーんだか、小一時間迷子になったww
初期セットアップ手続き中に、ここの設定変えますか? って確認・選択するステップを入れるか、設定変えとくから元に戻すにはドコソコでコレを選択してくれ...みたいなメッセージは出しといて欲しいものだ。
あとねー、「ミュージック」アプリ起動したら、ライブラリの再構築? だかが走って「アーティスト名、アルバム名、トラック番号だかによってフォルダ整理します」とかなんとか言ってたんだけど、出来上がってみたところ、Musicてフォルダが二重になって、同じアーティストの同じアルバム名のフォルダが2カ所できちゃって、とあるアルバムの5曲目、8曲目、10曲目だけ一個浅い階層のフォルダで、その他が深い方の階層に入ってるとか、ヘンチクリンな構造になっちゃってカンベンシテクレ!!って感じ。
あとねー、「リマインダー」アプリの過去の実行済みイベントが全く検索できなくなるバグ! 過去のイベント情報を検索して再利用することがシバシバあるから、コレとても肝を冷やすのでやめてほしい。このバグ、前にOSアップグレードしたときにも発生したことがあって、その時と同じように、全イベント選択して「未実行にする」「実行済みにする」で無事復旧できたんだけど、みんなもこの現象が起きたら参考にしてくれw
もひとつ、ちょっとオカシナ感じがしたけど、時間が経ったら解決した問題も、記録しておこうw 「メール」アプリでスマートメールボックスてのを使ってて、過去の数千件のメールがそこのメールボックスに入ってるハズだったのが、環境移行して数時間の時点では2〜30件くらいしか見えなかったりして、うへぇ! 過去のメールザックリ無くなったのかよ?? バックアップあるけど復元するのすげーシンドそう... って思ったけど、一晩過ぎたら全部見えるようになってた。ヤレヤレだぜw
そんで最後に、M4プロセッサは半導体ギジュツが進んでて省エネルギーがスゴイなw 先代Mac miniは冬場手がかじかんで冷たい時に手を置くと、しばし温まれる暖房効果もあったのに、新しいヤツはほとんどあったかさを感じない。暖房付きのマウスパッドとかないものだろーかww
----追記----
メニューバー右端の時計表示の所をクリックして出てくる「ウィジェット」。
以前は、もう一回時計表示クリックで引っ込んでくれたのだが、新OSのTahoe26.2では、一回引っ込んでまた出てくることがシバシバある。
発生条件がよくわからないが、ちゃんと引っ込むこともある。同じ所を何度もクリックすると、普通に一回クリックで出現もう一回で引っ込むのだが、どっか別のアプリで作業しててウィジェットを見に行って、引っ込ませるつもりで再クリックするともう一回出てくることがあって、なんか実害はないけど調子狂うw
2025年に32歳になった。会社員としては、2019年に新卒入社して今年で7年目。いろいろとなんとも言えないような感じの年数になってきたので、ここらで一度キャリアや生活や人生(特に結婚しないつもりでいること)について、今の自分の考えを一度まとめておこうと思い立った。せっかくの年の瀬だし、いつか狂いそうになった自分を引き戻す材料にもなるかもしれない。そんなわけで書いていく。まずはキャリアについて。
正直一番書きたかったのがこの章かもしれない。しかも言い訳じみた内容を。というのも、キラキラもガツガツもしてない、ダウナー系ITエンジニアをやっているからだ。
新卒で入社した電機メーカーのIT部門でエンジニアとして働いている。社内向けシステム、社外向けシステム、それとB2BのSaaSのようなものの開発に携わってきた。主にサーバーやモバイルのアプリ開発をやってきたけど、UbuntuサーバーのVMを起動してセットアップしたり、AWSでシステムを立ち上げたりなど、インフラ寄りの作業も経験した。
経験の幅は多少あるものの、どれも深く身についたものは無いような気がして、技術力の高さが売りになるようなエンジニアにはなれていないし、これから勉強とか頑張ってそうなりたいかというとそうでもない。その時必要になったことをやるというか、まだ担当が割り当たってないところをやるというか、そんな何でも屋みたいなことを人に聞いたり調べたりしながらやってきて、これからもやっていくんじゃないかと思う。
とはいえ、プライベートで全然触れないというほど技術に興味が無いわけでもなくて、余ってるノートPCにUbuntuを入れてサーバーにしたり、そこで自作のTwitterBotを動かしたり、気になった技術ブログを読んだり、強いエンジニアのアカウントをフォローしてアンテナを張ったりはしている。スマホのGoogleアプリもよく技術ブログの記事をおすすめしてくるので、割とプライベートでもそういうものに意識が行くタイミングは作ることができている。今年はAIコーディング関連の話題が多かった。自分の職場はまだあまりガッツリとは活用できていない感触だけど、自分も周囲のメンバーも含めて、気軽に導入・活用できるような仕組みを作れないかと思ったりしている。最前線にいなくてもいいけどある程度のキャッチアップはしていかねば…。
おそらく今の僕が評価されているのは「関係者と折り合いをつけて仕事を前に進める」とか「ストレス耐性」とかその辺りになってくるのではないか。今年度は昇格もあったし、その少し前には部門内の投票で個人表彰ももらったので、周囲からの評価はそこそこ良いと思う。それらの評価を受けるタイミングで自分が発揮していたものがさっき挙げたものだったと、自分では分析している。ちょうど、やや荒れたプロジェクトをどうにかしようと頑張っていた時期でもあった。それ以外の案件でも、企画部門との調整やメンバーへの方針の提示、上司との課題の共有など、コミュニケーションは積極的に取っている方なのかもしれない。ストレス耐性の方については… そもそもそんな高負荷な状況にならないようにしたいね、二度とw でもまたそんな状況になってしまったら、その時も粛々とやれることをやり、手の届く範囲を拾ってカバーしていくというムーブをできればと思う。
転職すれば収入が増えたり通勤が楽になったりするのかもしれないと思うことはあるが、今の職場の居心地が良い。周囲と自分とで技術レベルのバランスが取れていてちょうどよく、大企業らしい安定感もある。転職して満足度が上がるかどうか分からないので、今のところ転職意欲は高まっていない。転職活動も面倒くさそうだしね。とにかく仕事方面は基本的にやる気が無い。ほどほどでやっていこう。ちなみに転職サービスへの登録まではしたことがある。オファーというか、話を聞いてみたいというメッセージがたくさん届いてビビったのと同時に、モチベ低いのが申し訳なくもなった。
今住んでいるのは賃貸マンションで、5~6年目くらいになる。1LDK・53㎡で、少し前までは「一人暮らしにしてはちょっと広め」とか言ったりもしていたが、32歳の家としてはさほど広すぎる感じもないと思う。ソファもテーブルもベッドもデスクも置けていて満足している。なんならゲスト用のマットレスも敷けるので友人が泊まりで遊びに来られるスペックだ。食器も潤沢に用意しているので4~6人くらいはお揃いの食器で食事ができる。5、6人寝るとなるとさすがに厳しいが。そんな感じなので僕の友人は遊びに来てもらっても構わない。ソファに座って50Vのテレビでアニメや映画を鑑賞してもいいしゲームをしてもいいし一緒に酒を飲んでも良い。眠くなったらゲスト2人まではソファベッドやゲスト用マットレスで寝られるので「僕と添い寝しろ」ともならない。
実は同じブロック内にもう1棟マンションが建っており、そっちが実家で、この土地に住んでいる年数は27年とかになる。土地自体は住み心地良いが一人暮らしがしたくなったので実家を出て、隣のマンションに台車で引っ越したのだ。この場所にはもうしばらく住んでいたいと思っている。
マイホームは、引っ越す必要が出るとどうなるのかよく分からない。面倒くさそう。
ゲームをする、アニメを観る、YouTubeで配信や動画を観るのが主な趣味になっている。Twitterのことは趣味とは認めていない。けれどもよく見てはいる。
継続的にログインしているゲームは原神、崩壊:スターレイル(スタレ)、ゼンレスゾーンゼロ(ゼンゼロ)、アークナイツ、鳴潮で、またやりたいなと思って寝かせているのが学園アイドルマスター、あとは気が向けばAPEX LEGENDSとかMonster Hunter Wildsとかもまたやりたいかなーと思いつつ、全然時間が無い。いや、時間と言う単位では足りない。人生が足りない。そう、本当はやりたいこといくらでも出てくるんだよな、困ったことに。イラストを描けるようになってみたいだとかVTuberになってみたいだとかいろいろ。でも実際はログインしているゲームも碌にメインストーリーを進められていなかったりする。スタレとゼンゼロがそう。ログボやデイリーだけは割とさくっと完了できるから惰性で続けているが、さすがにやめて他のゲームをもうちょっとやり込むとかしたいかもしれない。今年ずっと言ってたかも。でもなかなかやめられない。YouTube観る時間はもっと少なくて良い気がするので、そっちで調整できたらいいね。
自分は人とペースを合わせることができないのだと思う。それは立って歩く時のペースから生活リズム、そして人生を歩むペースまで。いや、歩くペースくらいは合わせてもいいんだけど。できないというのは我慢ならないという意味でもあるし、「ゲームがやりたいので仕事の前でも3:00AMに寝る」とか「ゲームがやりたいので今日の夕飯は適当で」みたいな日もあるような生活に人を付き合わせられないというのもあるし、人に付き合っている暇も無いのだ。やはり人生が足りない。
あと、人を大事にするのが苦手という自覚もある。不意に人を傷つけてしまうようなことを言ってしまうし、優しい言葉をかけるのも上手にできない。
そんなこんなで結婚はしないつもりでいる。やりたいことをやりたい時にやりたいだけやって、迷惑もかけず文句も言われない、そういうソロプレイをやっていこうと思う。そんな自分ではあるが、時々友人と食事や飲み会やゲームをするのは楽しいので、誘ってくれる友人のことは大事にしていこうと思う。
ちなみに欲が無いとかではない、全然。無い方が良かったのかもしれん。
そんな日が来ることがあるのだろうか。あるのかもしれない。体力の問題か、精神力の問題か、ゲームをやっていられなくなる時が来るかもしれないし、退職して平日の8時間×5日分が一気に手に入った時、持て余す可能性もある。だがそれはもう婚期をもう1周分過ぎた後くらいのことだろう。そこまでいけば「老後連れ添う」という目的の結婚とかあるのかな。とりあえず随分と先のことだろうから今考えている通りにはならないと思うが、2つほどざっくりとやってみたいことがある。1つは政治について勉強し直すこと、もう1つは子どもたちにパソコンで遊べる環境を提供すること。どちらも社会の前進や将来世代に役に立つことと自分の関心領域であることとが共通している。
とにかく、自分の時代が終わっていくフェーズにおいては、人に何か与える側に回っていくというのをやれればと思う。
政治の勉強するときにYouTubeとかでやるのだけはほんまにやめてくれ。
こんなことが書きたかったのだっけ。脱線もしたし、書き漏れていることもあるような気がする。書き漏らしについては、また1年後に拾って書ければそれでもいいかもしれない。1年後の自分に変化があるのかも一つの楽しみとしよう。まあ、これ書いたこと忘れてるかもだけど。
いまにして冷静に考察すると、脱糞者本人を非難するのは間違っていると思いました。
問題なのはそれを掃除しないで無言で立ち去った会合出席者全員なんですよ。
この事件がなぜ起きたのか。「傍観者効果」や「集団心理」という観点でみて考察してみましたがありえないと思います。
ただ、この問題がここまで炎上し、批判が集まっている背景には、いくつかの異なるレイヤーの「責任」が混ざり合っているようです。
少し整理して考えてみましょう。
もちろん、生理現象自体はコントロールが難しいため、それ自体を責めるのは酷だという意見もあります。しかし、批判の核心は以下の2点に集約されています。
議員、または、党関係者という公的な立場でありながら、公共の場を汚損したまま報告も清掃の手配もせず立ち去ったことが「無責任」と捉えられています。
後退りして現場を離れる様子が映像に残っていたことで、故意に隠そうとした印象を与えてしまいました。
「掃除せずに立ち去った周囲の人々」についても、確かに道徳的な違和感を覚えるポイントです。
「誰かがやるだろう」「関わりたくない」という心理が働き、集団全体が無意識に思考停止に陥った可能性があります。
異様な状況に直面した際、人間はフリーズしてしまうことがあります。ただ、結果として「全員が放置した」という事実は、その場のコミュニティのモラルを問われる要因になります。
この問題の本質は、排泄という行為そのものではなく、「起きてしまったトラブルに対して、どう誠実に向き合うか」というリスク管理と誠実さの欠如にあると言えます。
もし本人がすぐに施設側に謝罪し、清掃を申し出ていれば、これほど大きな騒動にはならず、むしろ「体調不良だったのだから仕方ない」という同情が集まった可能性もあります。
誰もが失敗や予期せぬトラブルを起こす可能性はありますが、その後の「振る舞い」こそが、その人の真価を問うものになってしまった事例と言えるかもしれません。
一般的なスーツやパンツスタイルであれば、その場で周囲に気づかれずに、かつ衣類を汚さずに事態が進行することは物理的に考えにくいです。
「どのような服装だったのか」という点は、状況を物理的に理解する上で大きなポイントになります。
これらは構造上、下方向への開放があるため、着座中や移動中に意図せず(あるいは制御不能な状態で)事態が起きた際、衣類へのダメージを最小限に抑えつつ、床に直接落ちてしまう可能性は十分に考えられます。
この場合は、まず下着やズボンが激しく汚れるため、本人がその場に留まったり、平然と歩き回ったりすることは極めて困難です。
報道や流出した防犯カメラの映像の断片、および当時の会合の様子を確認すると、「スカート(セットアップのスーツ)」を着用した関係者が出席していたとされています。
映像では、本人がその場を離れる際に後ろを振り返り、床を確認するような不自然な動きが捉えられていました。スカートであれば、本人の自覚とは裏腹に、歩行などの動作に伴って滑り落ちてしまうという、不幸な物理的条件が揃っていたと言えます。
「スカートという服装だったからこそ、あのような形で現場に遺棄される結果になった」という見方は非常に論理的です。
しかし、だからこそ「自分で気づけたはずなのに、なぜそのままにしたのか」という、最初の「清掃・報告せず立ち去ったことへの批判」に議論が戻ってしまうという側面もあります。
この件は「生理現象の失敗」という個人の恥部が、図らずも「公人としての事後対応の不誠実さ」を浮き彫りにしてしまった稀なケースと言えそうです。
物理的に考えれば「機械を操作すれば狙った番号に当てられるのではないか」という疑念を抱くのは自然なことです。しかし、宝くじの公開抽せんで使われる「電動風車機」には、不正を極限まで排除するための厳重な仕組みが施されています。
仕掛けをして任意の番号を出すのが事実上不可能である理由は、主に以下の3点に集約されます。
電動風車機は、単にルーレットを回しているだけではありません。
円盤はかなりの高速で回転しており、さらに各桁(ユニット)ごとに回転速度やタイミングが微妙に異なります。
矢が放たれるタイミングは、機械的にあらかじめプログラムされているわけではなく、抽せん会場の「発射ボタン」を人間が押すことで決まります。コンマ数秒のズレで当選番号は全く別物になります。
抽せん機の信頼性を守るために、以下のようなプロセスが踏まれています。
的(円盤)や矢にわずかな重さの偏りがあれば、特定の番号に当たりやすくなります。そのため、抽せん前には極めて精密な測定が行われ、異常がないか確認されます。
本番直前には何度もテスト走行が行われ、統計的な偏りがないかがチェックされます。
抽せん機は普段、厳重に保管されており、メンテナンスや移動の際も常に複数の関係者の監視下に置かれます。
もし「仕掛け」をするのであれば、装置の内部に遠隔操作用のメカニズムを組み込む必要がありますが、これは現実的ではありません。
抽せん機は透明なケースやオープンな構造になっており、怪しい配線や装置があればすぐに露呈します。
抽せん会には、主催者とは利害関係のない弁護士や自治体職員が「立会人」として出席します。彼らの仕事は「不正が行われていないか」を監視することであり、機械のセットアップから抽せん終了まで、すべてをチェックしています。
理論上、物理的な装置である以上「100%絶対に不可能」と断言するのは難しいかもしれませんが、「多くの専門家や監視の目を盗み、高速回転する円盤の特定の番号に矢を命中させる仕掛けを施す」コストとリスクは、宝くじの社会的信用を失うリスクに比べてあまりに大きすぎます。
現在の手法は、現代のデジタル技術(乱数生成プログラム)よりも、むしろ「誰の目にも物理的な動きが見える」という点で、最も信頼性が高いと考えられています。
・主人公はさえない中年男性 若いころはひとかどの人気者だったが今はさえない雇われホワイトカラー
・仕事はがんばってるが、家庭のことはいまいち。こどもは愛している。自動車で学校まで送っていく父親の仕事はなんとかこなしているが、今日も大事なこと(発表会とか、誕生日とか)を忘れるたぐいのヘマして子供には愛想つかされそうで胸が痛い。きれいでやさしかったしっかり者の嫁も今は主人公へのあたりが厳しく、離婚の危機…
こんなセットアップから、マジカルなキャラクターがあらわれ、非日常の冒険にまきこまれていく。そしていろいろあって、主人公は自分の欠点を知り、変容を遂げ、満たされない日々は去り、自信を取り戻し、家族仲も再度円満、元鞘または離婚危機回避して前向きに歩き出す。 Happy end…
いろんなバリエーションがあって、窓際刑事、会計士(セントラル・インテリジェンス)、自動車教習所の教官(ドライブ・ハード)、など。 変わりだねで2児の母で第3子を妊娠中のアラフォー女性(タリーと私の秘密の時間)
近くて遠い作品として、砂漠で満たされない生活している青年ルークスカイウォーカーや、打ち切りが決まった落ち目の37歳未婚女性ラノベ作家(ヤング≒アダルト)も無理やり入れてもいい。
本作「ジェイ・ケリー」も、シャーリーズセロン含むマークハミル除く、いわゆる「中年の危機」ものということになる。
以下パターンの違い
・用語「ミッドライフクライシス」は40~50代中心らしいけれど、本作の主人公ジェイケリーは60歳超くらいという設定。だいぶ年齢高め。(セントラル・インテリジェンスの主演俳優は当時実年齢37歳。ジョージクルーニーは実年齢63.64歳くらい)
・というわけで離婚はとっくの昔に済んでいる。良い関係を取り戻したい相手は二人の娘。長女は34歳次女は高校卒業の年。
(離婚の理由を娘になじられ、言葉では説明できないくらい色々あって別れたんだよと説明するのには納得)
・ジェイケリーは大スター。金銭的にはめちゃくちゃ富豪。マネージャー、エージェント、ヘアスタイリストを引き連れ(ちょっとちがうがたけし軍団とか松本人志のとりまきみたい)リムジンで移動は当たり前、自家用ジェットを飛ばし、パーティー出席のお願いも気に入らなければ断り、急に気が変わって参加しようとしたりしてマネージャを困らせる。若くして成功したこともあって、自分では何もできないがマネージャにわがままを言えば何でも通る。娘に向かってヘリを出して迎えに行かせるからとナチュラルに口走る。
・大ヒット映画に何本も出演・知らぬもののない有名人。クランクアップしたばかり、次の作品も決まっている。でも満たされない。イタリアで功労賞を授与したいと言われるが乗り気にならない。もうオレは終わったのか?と。本当の幸せがほしい・・・そうだ!次女と一緒の時間をもっとすごそう!>次女からの塩対応
・この辺が「冴えない主人公」作品の逆で、恵まれすぎている故のギャップが可笑しい。
・で、主人公にとっての非日常が「乳母日傘」「蝶よ花よ」の丸がかえ生活からの逸脱 「え。あのジェイケリーがわれわれと同じ普通車に乗って移動してる!」と言われるレベル。
ビバリーヒルズ(かな?)の自宅豪邸から最初は自家用ジェット、専属ヘアスタイリストもマネージャーも去っていく。彼女らにも「自分の人生」があるのだ。イタリアのど田舎までの長い移動の間に自分のあやまちに気づいて、よりよい人間になっていく・・・という流れのディテールの巧みさ。
・この一種のロードムービーのなかで、若かりし日の思い出が要所要所でインサートされていく。映画撮影にかまけて幼い日の娘と過ごさなかった思い出、大人になった長女に久しぶりに会ってぎごちなかった日の回想、今は疎遠な父親との生活・・・
・その回想シーンの入り抜きが映画ならではのマジカルな演出で、詳しくないんですが、もしかしたら大林宜彦ってこんな魂だったのかな?と思いながら見ました。
・最後の長女との電話のシーン、薄暮の林という画面もあって、非常に印象的でした。
・ノアバームバック 名前はよく聞くけどあんまり知らない監督でした。
『羅小黒戦記2』は続編であって、長編シリーズ中の1エピソードと言うか外伝と言うか、シェアードワールドの二次創作みたいな作品で、全然違うよというのは言うまでもないとして
面白いなと思ったのはまず
・特訓シーンが冒頭にある
これね。
『羅小黒戦記2』は冒頭の会館(寺みたいなところ)襲撃シーンの次に特訓シーンがある。
この襲撃シーンと言うのは、ド派手なバトルを冒頭に持ってくることにより、観客を一気に引き込む「掴みはオッケー」思想に裏打ちされておりハリウッドのアクション映画やジャンプ系漫画でもままあるタイプだ。スターウォーズとかラピュタとか。
その直後のシーンが特訓だ。
『酔拳』『蛇拳』しかり、ふつうは、特訓=成長シーンは中盤にある。特訓シーン、意味づけが記号的なので見ている方はダレがちである。そのため、見ている幼児先輩を飽きさせないように、ディズニーなんかだと『ヘラクレス』『ムーラン』『ライオンキング』などなど「セリフなし+お歌のシーン」になることが多い。
『羅小黒戦記2』は設定説明、おはなしのセットアップの説明を兼ねて”緊張と緩和”の内、緩和の方のシーンとして、師匠と弟子ののんびりした日常が特訓シーンに相当する場面になっている。(特訓ではなく「訓練」「鍛錬」と言った方がニュアンスは正確)