はてなキーワード: けがとは
不登校は今時よくある、悲観的になりすぎないで見守ろうみたいなのを見て自分の見た悲しいケースを思い出した
特にいじめとかそういうのではなく単に面倒になって小学校時代に不登校開始
親は何も言わずに受け入れて、そのあとどこにも相談することなく本人の好きにさせてたら結局小学校中退のまま一切勉強もせず20歳に
で、20歳になると突然成人しましたね、税金納めてください年金払いましょうと言われてパニックになってた
この親はシンママなんだけど、子供がいると補助金も出るし、贅沢言わなければなんとか暮らせちゃうんだよね
悪い仲間とつるむとかでもなく引きこもってゲームしてるだけだったし
それが子供が成人したら扶養から外れて補助金によるプラスがゼロになって年金税金の請求来ていきなり収入が大幅に減る
そこで初めて慌て始める、このままじゃ生活できないぞって
社会復帰しようにもずーっと引きこもりしてたからバイトも出来ない、礼儀も知らない、小学校中退なので最低限の学力もない
別にこいつは生まれつきの障害があったわけでもないから、勉強すれば高校くらいは問題なく行けただろうし五体満足で体もしっかり動くのにちょっとした怠け心で不登校を始めて、そのままズルズル10年過ごした結果、20歳にして粗大ごみになっちゃった
一生金もなくて無課金でゲームするだけが唯一の暇つぶし、それも別に楽しいわけじゃなくて他にやることが無いから
不登校、学校に行かないなら代わりにどうやって生きていくのかを親が考えないとマジで詰む
本人は子供だから、この先がどうなるかもどうやって詰むかもわからない
親に愛情と金と知識と経験とコネがあればリカバリーできるかもしれないけど、それがないとどうしようもない
もともと「9条を廃止して軍隊を持つことでアメリカから自立する!」というのが自民のお題目だったはずなのに、なぜか対米従属のまま9条廃止だけが目的化してしまった…。
朝イチのさガチャ回す運が私今絶好調なのかしら?ってぐらい怖いぐらいSSR引き当てちゃっている背中で魅せるガンガールアールピージーでお馴染みのNIKKEなんだけど、
今朝なんか、
アリス!
その前はマクスウェルに
その前はアインきたし!
だってあそこ回しても当たるってところじゃないからせいぜい今日の運勢のお神籤替わりで占うってところだったから、
少なくともその1日1ガチャで回して当たるSSRが3機も既にきているのがちょっと信じられないわ。
だって確率だって0.02パーセントってほぼこんな数字引き当てられる訳ないような数字じゃない?
あまりにそこで引きが良すぎると、
そんでNIKKEは3.5周年イベントももう私は全部ストーリー読んじゃったので私の3.5周年イベントはとりあえずの終了を無事に迎えてるんだけど、
やっぱり一つ引っかかるところがあって、
リスってT.T.STARってアニスたちが所属しているアイドルグループのマネージャーを買って出て務めていたんだけど、
悲しいことにああいった結果になっちゃったリスだけが報われない感じがして、
これって本当にリスはそれで終わっちゃうのかしら?ってモヤモヤするのよね。
リスはそうなっちゃったけど、
のちのアビスタでしたー!って展開も無かったし。
本当にリスはあれで終わっちゃうのかしら?って
多分韓国ドラマの「シンパ」の流れでっていったらそうなのかもしれないけれど、
あまりにもリスが報われないわ。
そう思ってしまうのよね。
アイドルもののお話だから華やかな終始そんなお話で終わるかと思ったけれど、
なかなか辛いお話持ってきてまた喰らわせてくれたわねってところ。
前回の脅威のコンテンツ量のプリバディとアルカナのイベントストーリーの「2X2LOVE」こそは明るい内容で終わったけれども、
とは言え自分は、
そんで、
まあ3.5周年イベントはあとは残りの期間消化試合みたいになってきちゃっているので、
いまはNIKKE暇っちゃー暇なのよね。
こういう時に編成を見直したりして
最近の編成は、
火力を上げるのに最適なリターに
これまた火力アップとリロード速度アップにバリアも張れちゃうクラウン、
ラピ:レッドフードとスノーホワイト:ヘビーアームズが手堅い感じ。
バーストIIIをかませるニケはやっぱり強いわよね。
これは申し分ないわ。
だけど、
そのバーストIIIまでに至るまでの火力をいかに底上げするかがもしかしてポイント?って思って、
アインの最大6機展開できるニアフェザーが展開中は安定した火力を終始叩き出しているのよね。
そんな感じで、
編成の組み替え楽しんでるんだけど、
やっぱり苦戦しているのはアリーナ戦なのよね。
なんとかまだ戦闘力で押せるわ。
これは編成の妙がかなりあるみたいなので、
アリーナ戦に強いニケ見付けなくちゃってところ。
うーん、
強い編成の人を真似してみようかしら?って思う反面、
自分で編み出した編成でもやってみたいのも確かだし、
そんなじっくり編成考えている時間もないし、
そこがまた悩みだわ。
NIKKEやること無くて暇っちゃー暇だとしても、
それやり出したら大変そうだわ。
ここ後半以降のロストセクターってクイズ問題が多くってもうネタ切れなのかしら?って
複雑で面倒なパズルを解かせる私が一番苦手なロストセクターの探索だったんだけど、
一気に攻略よね。
まだ気が早いけど3.5周年イベントの次なにが来るのかしら?って。
もうたくさん3.5周年で貯めた募集チケット使っちゃってスッカラカンだけど、
6月にはきっとコラボ企画の「ステラーブレイド」のリバイバルがやって来そうな予感はさておき、
この間のあいだのイベントってなにがやって来るのかしら?って、
楽しみでもあるけれどもうガチャ回せない窮地でもあるわ。
新ラプンツェルと新紅蓮はまだもしかしたらお話的に今の状況だと
やってこないかも知れないけれど、
多分また予想を上回るような4周年イベントになりかねないので、
ここからまた半年は高級募集チケットをしっかり貯め込まなくちゃいけないのよね。
「ステラーブレイド」のリバイバルコラボ企画復活したらそれどころじゃないか!?
うーん、
いろいろと悩ましいわ。
私が験担ぎのビリヤニをランチのチキンビリヤニを食べに行っているのは、
あながち本当に効いているような気がするのよね。
それ以外考えられないもの。
また験担ぎにランチのチキンビリヤニを食べに行かなくちゃ!って思ったわ。
そんで、
そのお店のランチのチキンビリヤニのアクリルキーホルダーを作って身に付けておけば、
常時運気アップ待ったなし状態に持ってけるかもしれないしね!
とりあえず、
験担ぎにまたランチのチキンビリヤニを近々食べに行かなくちゃ!って思っちゃうわ。
うふふ。
家で豆乳とトマトジュースミックスしてきたものを飲んでの朝ご飯ね。
ゆっくり飲めたわよ。
お弁当もあるもので詰めるだけの簡単なもので今日はお昼はお弁当ね。
飲み切っちゃった分を
新たに作って2リットルどーんとできて冷えて冷たいものをゴクゴク飲むわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
日本人の絶滅を目論む悪の組織が、日本人男だけに選択的に活発化する悪臭バクテリアを散布して、女性にモテないように操作したのでは?
そう考えないと、オッサンだけが異常に臭い現象に説明がつかない
ジャップおじさんたち、別に臭くなりたいわけじゃないんだよね?
臭くないようにしようと一応努力はしてるんだよね?
異常に臭い
夏場になると、輪をかけて臭い
昔は、「陰謀論にハマる人」って、どちらかというと右派のイメージだった。
ディープステートとか、反ワクチンとか、Qアノンとか、そういうの。
だから左派の人たちは、「ファクトを重視しよう」「デマに騙されないようにしよう」って側にいるんだと思ってた。
でも最近、SNS見てると、左派も普通に陰謀論やデマに乗っかってない?と思うことが増えた。
しかも厄介なのが、「自分はリテラシーが高い側だ」という自負があるぶん、ブレーキが効きづらそうなところ。
まだ情報が全然出揃ってない段階なのに、「これは権力側の情報操作だ」とか、「メディアが隠してる」とか、「絶対に裏がある」みたいな話が、一気に広がる。
で、あとから普通に誤情報だったとわかっても、あまり訂正されない。
あれ見てると、陰謀論って知能の問題じゃなく、“気持ちよさ”の問題なんだなと思う。
「自分だけが真実に気づいている」感覚って、めちゃくちゃ強い快感がある。
怒った投稿ほど伸びるし、「信じたい物語」に合った情報ほど拡散される。研究でも、感情的で怒りを含む情報ほど陰謀論的な内容は拡散されやすいと指摘されている。
だから最近は、「右派だから陰謀論、左派だからファクト重視」みたいな時代じゃないんだろうなと思う。
SNSによって、みんな少しずつ“自分に都合のいい現実”の中で生き始めてる。
そして怖いのは、本人たちは「自分こそ冷静だ」と思っていることだ。
今日はみんな薄々気づいているだろう、社会問題に切り込みたいと思う。
これは非常に重大な世間の関心事であり、レッドデータブックならぬピンクデータブックで巻頭カラーを飾っている。
私はエロマンガを基本的にkomifloで読んでいるため、komifloに掲載されている雑誌が観測範囲であるが、概ね商業エロマンガ全体で同様の傾向があるのではないか。
私はア◯ルものが好きで、komifloで新たな号が掲載されたらまずア◯ルタグで絞り込みを行っている。
3年ぐらい前までは一冊の雑誌で何作品かはア◯ルものがあったし、BAVELや失楽天なら多いときは5作品ぐらいあることもあった。
新号が配信されても、ア◯ルタグで絞り込むと1作品ぐらいしか新作がないことが増えてきた。
徐々にその傾向が進んできて、ここ一年ぐらいゼロであることがほとんどになってしまった。コンスタントにア◯ル新作が載るのはhotmilk濃いめぐらいになってしまった。私は濃いめは好みではないためノーカウントとするとほぼゼロに近しい。
ア◯ルタグで絞り込んで、最新作が前回の濃いめの作品から変化なかったときの絶望感を想像してみてほしい。パンツを下ろしてうきうきしながらkomiflo開いた昂揚感を返せ。
2026年も1/3が経過したが、濃い目を除くと今年のア◯ルものの新作は20本以下である。(ア◯ルタグはつけ忘れが多々あるため、実際にはもう少しあるかもしれない)
その少ない作品も、言葉を選ぶと独特な画風のものが多く、好みにあう作品に出会える確率が非常に低くなっている。誠に由々しき事態である。(ア◯ルものが独特の画風のものが多いのは元々の傾向ではあるが、数年前まではちゃんとかわいい絵柄の作品も多かった)
理由は分からないが、モノリノ先生とかえいとまん先生とかぷよちゃ先生とかさじぺん先生とかぬんぬ先生とかア◯ルものをよく描いてた先生方が引退されたり商業誌であまり描かなくなってしまったのも原因として大きいと感じている。
しかし、長頼先生のように一時期ア◯ルものをよく描いてた先生も描かなくなりつつあるため、単純にジャンルとして衰退してしまっているのを感じる。触手ですらア◯ルを攻めない作品すら増えてきている。触手としての矜持を失いすぎだと思う。
みさくらなんこつ先生がかつて編集者から「まだ満足してない触手がいるよね」とコメントされたというエピソードを読んだことがあるが、触手側に遠慮させてたらどうしようもないではないか。
現在コンスタントにア◯ルものを描いてくれる点で、もはやあおむし先生だけが希望である。
komiflo運営が年一で発表している県ごとの人気タグでももはやア◯ルを挙げている県はほとんどない。大分ぐらいである。大分は2年連続でア◯ルが1位で、逆に大分はこの状況でよくア◯ル1位になってるな。尊敬する。
これはとてもよくない傾向で、数が少ないから質が伴わず、人気がないとみなされればより数は減ってしまう。
需要があるということを声を大にして伝えていきたい。ア◯ル好き同志諸兄はよいア◯ルものへのブクマ・コメントを積極的にお願いしたい。
もちろん全員ではない。
ただ、少なくとも私はそうだった。
十五歳で負けていれば、私はたぶん助かった。
十八歳まで勝ってしまったから、負け方を知らないまま大人になった。
私はどこで間違えたのだろう。
若い頃の私は、自分が間違えることより、他人に合わせて間違えることを恐れていた。その恐れはたしかに私を東大まで連れていった。けれど同じ恐れが、私を社会から少しずつ遠ざけた。
私は今、四十七歳になる。
前の会社は、私から見れば理不尽な理由で私を遠ざけ、最後には私の居場所を消した。前の前の会社も、その前の会社も似たようなものだった。
今でも半分くらいはそう思っている。
ただ、半分はもう思っていない。
これから書くのは、その「半分」の話だ。
先日、ある雑誌に頼まれて大学新入生向けの短いエッセイを書くことになった。
私は引き受けた。
引き受けながら、ふざけるなと思っていた。
社会人として何かを成し遂げたわけでもない私に、なぜそんな依頼が来るのか。たぶん編集者は、私の経歴の一行目しか見ていなかったのだろう。
一行目だけは綺麗だ。
二行目以降は読まないほうがいい。
私は二日間、机の前に座った。
何も書けなかった。
「夢を持て」とも「努力は裏切らない」とも書けなかった。
書けば嘘になる。
私は夢を持っていなかった。
努力は私を裏切らなかったが、努力以外のすべてが私を裏切った。
これは雑誌には載らない。
たぶん誰にも届かない。
けれど、もし、たまたま、これから大学に入る誰かが読んでくれるなら、一つだけ伝えたいことがある。
素直になれ。
よりにもよって私が言うことか。
私はずっと素直ではなかった。
性格も悪かった。
懺悔だ。
懺悔は聞かなくてもいい。
ただ、もし君が今、自分の周りを少し愚かに感じているなら、その先に何が待っているかを、私という見本を通して少しだけ覗いてみてほしい。
第一部 正解者だった頃
地名は伏せておく。
妹が一人いた。
家は古かったが、貧しくはなかった。
私はわかっていた。
手を挙げた。
当てられて答えを言った。
正解だった。
先生が褒めてくれた。
私は嬉しかった。
書きながら本当にそう思う。
あの瞬間以上の幸福は、その後の私の人生にもう一度も訪れなかった。
二番のときもあったが、すぐに一番に戻った。
周りもそう扱った。
先生も、親戚も、近所のおばさんも。
中学校のとき、母が近所の人にそう言われているのを二回か三回聞いたことがある。
母は嬉しそうに笑っていた。
否定はしなかった。
私は、否定しなかった母を嫌いにはなれなかった。
中学まではまだ良かった。
授業はつまらなかったが、それは皆そうだった。
班活動もそれなりに楽しんでいた。
私はクラスで浮いていなかった。
背は普通だった。
顔は、まあ、普通だった。
私が入ったのは、県内で一番偏差値が高いとされる公立高校だった。
OBに地元選出の国会議員と県知事がいる、というのが地元の自慢だった。
今思えば、それも大した自慢ではない。
けれど当時は、その校門をくぐることに確かな誇りを持っていた。
入ってみると、勉強はやはり私が一番だった。
自分が一番ではないことが、十五歳の私には許せなかった。
期末試験で一番を取った。
決まる過程で、私は反対した。
もう新鮮味がない。
準備期間は二週間しかない。
私は別の案を提案した。
模擬店で何か食べ物を出すほうが客の回転が早く、利益も出やすい。
これは数字で示した。
前年度の各クラスの売上データを、わざわざ生徒会から借りてきていた。
却下した中心は、クラスで人気のあった明るくてうるさい男子だった。
彼は私の数字を見もせずに言った。
私は食い下がった。
「楽しさを論じているんじゃない。準備期間と利益の話をしているんだ」
誰かが小さく「うわ」と言った。
私はその「うわ」の意味が今ならわかる。
当時はわからなかった。
担任が温和な顔で言った。
「みんなで決めたんだから、それでいこう」
私は黙った。
黙ったが、心の中では「これは間違いだ」と思っていた。
当日の朝になっても暗幕が一部つけられず、外から中が見える状態のまま開店した。
客は数えるほどしか来なかった。
打ち上げの席で、誰も私に「お前の言う通りだったな」とは言わなかった。
クラスの全員が笑った。
私は笑えなかった。
笑えない、というのは笑顔の筋肉が動かないという意味ではない。
心が笑い方を覚えていない、という意味だ。
彼らは間違えたあと、間違えたまま、楽しそうに次へ進んでいた。
私は一人だけ間違えていなかった。
間違えていないのに、その輪の中にいなかった。
そして結論を出した。
人に合わせると間違える。
多数派は正しさを選ばない。
この結論は、十六歳の私にとってほとんど真理として体に入った。
そして最悪のことに、それは半分は事実だった。
これが後で書くことのすべての始まりだ。
似たような出来事はその後何度もあった。
一つだけ、もう一つ書いておく。
班員は四人。
私はすぐに気づいた。
私は班員にそれを伝えた。
「だから、別の角度で攻めたほうがいい。例えば、水質と水生昆虫の種数の相関を上流と下流で比較するとか、もう少しオリジナリティのある切り口がいる」
班員の三人は、ぼんやりと私を見ていた。
一人の女子が言った。
「先生は最低ラインの話をしているだけだ。発表会で評価されるためには、もう一段必要なんだ」
そこで私は致命的なことを言った。
今でも覚えている。
そのとき私は、自分が何かまずいことを言ったことには気づいていた。
けれど何がまずいのか、正確にはわからなかった。
今ならわかる。
ただ、四人で何かを一緒にやる時間そのものを、彼女たちなりに大切にしようとしていた。
発表会の評価は、可もなく不可もなくだった。
私はその後、班の打ち合わせにあまり出なくなった。
彼女たちも私を呼ばなくなった。
私たちは最後まで、お互いの名前をフルネームで言えるような関係にはならなかった。
その夏、私は塾の自習室にこもって一人で勉強するようになった。
そのほうが効率が良かった。
私の偏差値は上がった。
この時期に、もう一つ私の中で固まったことがある。
「言い方」という言葉が嫌いになった。
正しいことを言うと、決まって誰かが「言い方がきつい」「言い方を考えろ」と言った。
私には、それが奇妙な反論に見えた。
内容が正しければ、それでいいではないか。
なぜ正しい内容を、わざわざ柔らかく包まなければならないのか。
それは内容より装飾のほうが大事だと言っているに等しい。
知性に対する侮辱ではないのか。
私はそう考えた。
内容が正しければ、いずれ理解される。
これは私の中で信仰になった。
ここで君に一つだけ言わせてほしい。
「言い方」は装飾ではない。
内容を相手に届けるための、内容の一部だ。
ただの独り言だ。
三十年遅かった。
君はこれを、十八歳のうちに知ってほしい。
東京大学の合格発表は、その時代はまだ本郷キャンパスの掲示板に紙が貼り出された。
私は二月の終わりに東京へ出て、安いビジネスホテルに泊まり、当日、本郷に向かった。
三月十日だった。
寒い日だった。
これは嘘ではない。
本当のことだ。
「やった」とは思った。
けれど、それだけだった。
模試の判定はずっとAだった。
直前の本番形式の演習でも、合格者平均より上を取り続けていた。
落ちる理由がなかった。
掲示板の前では、合格した人たちが抱き合ったり、泣いたり、家族に電話したりしていた。
私は誰にも電話しなかった。
けれど誰の声を聞きたいとも思わなかった。
私は一人で本郷の門を出て、近くの蕎麦屋に入り、かけそばを食べた。
蕎麦はぬるかった。
それでも最後まで食べた。
この四年間、誰と過ごすんだろう。
喜びではなく、空白に近い感情だった。
私はこれから、知らない街で知らない四年間を過ごす。
誰も私を「すごい」と言わない。
少しだけ怖かった。
けれど私は、その怖さをその日のうちに押し込めた。
「いや、俺はやってきた。一人でやってきた。これからも一人でやればいい」
そう自分に言い聞かせた。
これは合格した日に、十八歳の私が自分自身に与えた呪いだった。
その呪いに私は気づかなかった。
二十年以上、気づかなかった。
第三部 内容で勝ち、現実で負ける
社名は伏せておく。
商社系の、若手にもそれなりに権限が回ってくると言われている会社だった。
配属された部の課長は論理的な人で、私の作る資料の精度をある程度評価してくれた。
問題は二年目以降に始まった。
ある新規プロジェクトの立ち上げに関する会議で、部長が明らかに前提条件の数字を間違えていた。
市場規模の試算根拠が五年前の業界レポートに依存していて、その後の市場の変化を反映していなかった。
私は会議の中盤でそれを指摘した。
「すみません。その市場規模の数字、ベースになっているレポートが古いです。直近三年で市場構造が変わっているので、現状の数字はその試算より三〇%程度小さいはずです。私の試算では、こちらになります」
試算表は、出典付きで再現可能な形にしてあった。
部長はしばらく画面を見ていた。
「うん、わかった。数字の話はまた別の機会にしよう。今日は方向性の話をしている」
「いえ。方向性は市場規模を前提にしているので、市場規模が違えば方向性自体が変わります」
部長はもう一度、私を見た。
今度は少し、目に疲れがあった。
「君の言うことはわかった。あとで個別に話そう」
会議は、私の指摘を反映しないまま進んだ。
「お前、ああいう言い方やめたほうがいいぞ」
「内容として間違ってるか?」
「内容は合ってる。けど部長の顔、潰しただろ」
「顔の話なんかしていない。事業の話をしているんだ」
同期はため息をついた。
「そう。そうなんだよ。お前はいつも事業の話しかしない。だから、お前以外のみんなが何の話をしてるのか、お前にはわかってないんだよ」
そう言って行ってしまった。
私はその言葉をしばらく考えた。
考えた末に、こう判断した。
そして忘れることにした。
理由は表向きには、「別のプロジェクトに君のスキルが必要だから」だった。
私が回された別のプロジェクトは、ほとんど何も動いていない塩漬けに近いものだった。
私は課長に直接抗議した。
「私の指摘が間違っていたのですか」
課長は少しだけ困った顔をした。
「指摘の内容は間違っていなかった」
「では、なぜ外されるのですか」
「内容ではない。理由は内容ではないんだ」
「では、何ですか」
それから、こう言った。
「君は正しい。けれど、君と一緒に仕事をしたいと言う人間がいない」
その瞬間、自分の中の何かが冷たく固まったのを覚えている。
私は課長を見た。
できるだけ感情を出さずに言った。
「では、正しさよりも好かれることのほうが評価されるのですか」
課長は私を長く見た。
それから言った。
「そうじゃない。仕事は一人ではできないから、一緒に仕事ができる人間になることも能力のうちなんだよ」
私は頷かなかった。
このパターンが三十代を通じて繰り返された。
三回、転職した。
会社が変わっても結末は似ていた。
次の半年で、私の指摘が人を傷つけるようになる。
私は毎回、辞めるとき同じことを思った。
そのとき初めて、こう思った。
これに気づくのに二十年かかった。
二十年だ。
君がこれを二十二歳のうちに気づければ、私より二十年得をする。
二十年は長い。
本当に長い。
ここでKの話に戻る。
Kとは大学を卒業してから、ほとんど連絡を取らなくなっていた。
年賀状が最初の二、三年は来ていたが、私が返さなかったので自然と途絶えた。
記事は、ある業界の中堅企業の新規事業立ち上げに関するものだった。
写真の中のKは、大学のときと同じように口を大きく開けて笑っていた。
少しだけ太っていた。
けれどKは外されなかった。
なぜか。
Kは失敗の途中で、社内の他の部署の人間を何人も巻き込んでいたからだった。
開発の係長。
経理の若手。
Kは新規事業のために、社内のいろいろな人間に頭を下げて知恵を借りていた。
失敗が見え始めたとき、その人たちがKを助けた。
そう言ってKを庇った。
Kは結果として責任者の座を維持し、二年目に軌道修正に成功した。
「最初の半年で失敗したのは僕のせいです。市場の読みが甘かった。けど、その失敗を直せたのは僕一人の力じゃないです。社内のいろんな人が一緒に直してくれた。だからこれは、僕のチームの成果なんです」
私はこの記事を何度も読んだ。
そして初めてわかった気がした。
Kは最初から、「一人で正解を出す」ことを目指していなかった。
Kは最初から、「みんなで間違えて、みんなで直す」ことを戦略としていた。
私はずっとKを軽く見ていた。
Kは内容で勝てないから、人と仲良くするのだと思っていた。
違った。
だから内容で勝つかわりに、内容を直せる関係を作ることに力を注いでいた。
Kは、私が二十年かけても気づかなかったことを二十二歳のときにはもう知っていた。
中学校か高校のうちに、一度、自分より頭のいい人間に出会っていたのだろう。
そこで、自分が一人では勝てないことを学んでいたのだろう。
Kは十二歳か十三歳のうちに負けていた。
そしてその負けから、人と一緒にやることを学んでいた。
私は十八歳まで負けなかった。
その代償が、その後の二十年だった。
両親が立て続けに亡くなった。
父が先で、母がそのあとだった。
葬式に来た親戚や、父の昔の同僚や、母の友人たちは、私のことを「東大を出た立派な息子」として扱った。
私はその扱いを受け入れた。
受け入れるしかなかった。
葬式の最後、母の友人だったという、私の知らないおばさんが言った。
「お母さん、あなたのことをいつも自慢してたのよ。東大に入ったときも、いい会社に入ったときも。でもね、最近お母さんこう言ってたの。『あの子、結婚はしないのかしらね』って。心配してたわ」
私は笑顔で答えた。
「ええ、心配かけました」
その夜、実家の、自分が高校時代に使っていた部屋で一人で酒を飲んだ。
机の引き出しを開けると、高校時代の模試の成績表がまだ残っていた。
全国偏差値、七十六。
順位、全国八位。
その紙を長い時間見ていた。
そして思った。
三十年前の紙だ。
私はその紙を引き出しに戻した。
戻して、引き出しを閉じて、また酒を飲んだ。
涙は出なかった。
涙が出るような感情ではなかった。
もう少し乾いた、静かな何かだった。
母が亡くなって少し経った頃、私はMに偶然、駅で会った。
Mはすぐに私に気づいて「お前、変わらないな」と言った。
私はMに気づいていなかった。
Mは髪が薄くなり、少し太っていた。
スーツの肩のあたりがくたびれていた。
Mは結婚していた。
子供が二人いた。
Mは私の近況を聞かなかった。
たぶん聞かないほうがいいと判断したのだろう。
代わりに、駒場の頃の話をいくつかした。
「お前、覚えてる? あの語学クラスの和訳の輪。Kがやってたやつ」
「ああ」
「俺、あれに助けられたんだよ」
「助けられた?」
「うん。俺さ、地方から出てきて、最初お前と似たような感じだったじゃん。一人でやれば全部できる、みたいな。けどKがしつこく誘ってくれてさ。最初は俺も、うざいと思ってたんだよ。けど何回か行ってみたら、自分が見えてないところを他のやつが見えてたりするんだよな。それで俺、考え方を変えたんだ。一人で全部やる必要はないって」
Mが続けた。
「あれが俺の人生の、たぶん一番大きな転換点だった。あそこでKに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。今の仕事、俺一人じゃ絶対できないからな。役所って根回しの世界だから」
私は頷いた。
Mが私をちらっと見た。
「お前は行かなかったよな、あの輪」
「うん」
「何で行かなかったんだ?」
しばらく答えられなかった。
それから、ようやく言った。
「行く必要がないと思っていた」
Mはそれ以上聞かなかった。
私たちはもう一杯ずつ飲んで別れた。
Mは終電で帰っていった。
最後に「また飲もうな」と言った。
私も「うん」と言った。
私たちはその後、一度も飲まなかった。
二人とも、それをわかっていたと思う。
Kに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。
Kは私のことも引っ張ろうとしていた。
「気が向いたら、声かけて」
「一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
Kは私に何度も手を差し出していた。
私はその手を毎回振り払っていた。
Kを軽く見ていた。
そのプライドのために、人と一緒に何かをするということを、生涯、覚えそこねた。
電車の中で初めて認めた。
あいつは、ずっと間違えていたわけじゃなかった。
あいつは、正解を一人で出すことを最初から諦めていただけだった。
だから、みんなで間違えたあと、みんなで直すことができた。
俺は、一度も間違えないために、一度も誰とも直せなかった。
涙はまた出なかった。
「人生は、一度きり」
そんなことが書いてあった気がする。
正確には覚えていない。
ただ、もう一度だけ君に語りかけたい。
君がもし、私に少し似た人間なら聞いてほしい。
勉強がそれなりにできる。
一人でいることを苦にしない。
周りが少し幼く見える。
「言い方」を装飾だと思っている。
人に頭を下げることを敗北だと感じている。
もしそうなら聞いてほしい。
君が会っていないのは、君が悪いからではない。
たぶん環境のせいだ。
中堅校で一番頭がいい子。
学年で目立つ秀才。
これは君の責任ではない。
そこには君と同じか、君より上の人間が必ずいる。
中学生のときから、もっと厳しい競争を経験してきた人間が必ずいる。
それが君のこの先三十年を決める。
選択肢は大きく二つある。
一つは、その人間を軽く見ることだ。
「あいつは要領がいいだけだ」
「あいつは育ちがいいだけだ」
これは簡単だ。
すぐにできる。
何の努力もいらない。
プライドが守られる。
気持ちがよい。
私が選んだのはこっちだ。
そして、その代償をこの四十七年間で払い続けている。
もう一つは、その人間に頭を下げることだ。
「すごいですね」
「教えてください」
「どうやってそんなに上手くやるんですか」
そう聞くことだ。
これは難しい。
プライドが傷つく。
気持ちが悪い。
自分が小さく感じられる。
けれど、こっちを選べる人間は二十年後、ほぼ確実に生き残る。
なぜなら、こっちを選んだ瞬間から、君の能力は自分の能力だけでなくなるからだ。
君は自分より上の人間の能力を、少しずつ自分の中に取り込んでいけるようになる。
これは私が二十年かけて気づいたことだ。
自分より上の人間に、自分の間違いを笑いながら指摘されたときだ。
そしてもう一つ。
これは道徳の話ではない。
君が長く生き延びるための技術の話だ。
「性格をよくする」というのは、誰にでも愛想よくすることではない。
人と一緒にいるときに、その人が「君と一緒にいて楽だ」と感じるように自分の振る舞いを設計することだ。
これを十代後半のうちにやっておかないと、後からやり直すのが本当に難しい。
二十代の後半から急速に固まる。
三十代に入ると、ほとんど固まる。
四十代になると、もう変わらない。
私は四十代の自分を見て、それを知った。
君は今、二十歳前後だ。
固まる前に修正してくれ。
「ごめん」
「教えて」
「自分が間違っていた」
この四つを重く、特別なこととして言わなければならない人間は、私のように誰とも何も直せなくなる。
「私は完璧ではない」
「私は、変われる」
ここで最後に、一つだけ付け加えたい。
私はこれまで、「人に合わせるな」「集団は誤答を選ぶ」「会議はノイズだ」「調整は知性の敗北だ」と思ってきた。
だから誤答を直すには、自分の見え方の外側を持ってくる必要がある。
それを持ってきてくれるのが他人だ。
この関係を若いうちに作っておかないと、君の認知は君一人の中で閉じる。
その罰が、私の四十代だった。
君には、その罰を受けてほしくない。
この手紙を、ここで終える。
書きながら何度か、自分のことが嫌になった。
いや、本当のことを言えば、何度か自分のことをまだ正当化したくなった。
「Kは、俺ほど深くは考えていなかった」
そういう声が、今でも私の中で聞こえる。
たぶん、その声は死ぬまで消えない。
けれど私は、その声をもう信じない。
私は君に、私と同じになってほしくない。
私はもう、どこにも戻れない。
母も父も、もういない。
KともMとも、もう会わない。
私の若い頃のクラスメイトたちは、たぶんそれぞれの家庭で、それぞれの夕食を食べている。
私には夕食を一緒に食べる相手がいない。
これは自業自得だ。
誰のせいでもない。
けれど君は、まだ間に合う。
これから「ごめん」「教えて」「ありがとう」「自分が間違っていた」を毎日言える。
これから人と一緒に間違えて、人と一緒に直せる。
それを君のうちに習慣にしてほしい。
二十歳の君の習慣は、四十歳の君の人格になる。
二十歳の君が人に頭を下げることを覚えれば、四十歳の君は誰かに助けられる人間になる。
二十歳の君が自分の間違いを認めることを覚えれば、四十歳の君は間違える前に人に相談できる人間になる。
二十歳の君が雑談を大事にすることを覚えれば、四十歳の君には夕食を一緒に食べる相手がいる。
これは綺麗事ではない。
最後に、もう一度だけ。
正しさは、人に届かなければ現実を変えない。
一人で正解を出せる人間より、人と一緒に間違えて直せる人間のほうが長く生き残る。
けれど、誤答を直す力もまた集団の中にある。
その集団に、君が入っていけるかどうか。
それが君のこれからの三十年を決める。
私は入っていけなかった。
その理由をたくさん書いてきた。
けれど本当の理由は、たぶん一つだ。
私は怖かったのだ。
その怖さを、私は「孤独を選ぶ強さ」と自分に言い聞かせていた。
それは強さではなかった。
ただの臆病だった。
君が私と同じ怖さをもし持っているなら、その怖さに名前をつけてやってほしい。
「臆病」と。
名前をつけずに、それを「強さ」と呼び続ければ、君は私になる。
長くなった。
これで終わる。
君が今夜、誰かと夕食を食べられますように。
君が十年後、誰かと一緒にその失敗を直せていますように。
君が二十年後、私のように、見知らぬ若者へ誰にも頼まれない手紙を書く人間にならずにすみますように。
これは説教ではなく、
これは祈りだ。
どうか。
私のようには、ならないでくれ。
9歳のきみへ。
ほんとうは未来の地図だったんだ。
タイムマシンみたいに遠回りした帰り道、
なくさないよう何度も握りなおしていたね。
大人たちのむずかしい話を、
風船みたいな夢だけが、空へするすると昇っていった。
期待して開けたドアの向こう。
たまに少しだけ雨の匂い。
きみは「まあいっか!」って、
もう次のノブに触れている。
うまく笑えない夜には、
好きな声や、今ここにあるぬくもりが、
少し不器用なままでいい。
遠回りした帰り道。
胸の奥の太陽を抱えたまま、
ちゃんと空を見上げているよ。
日本の食は世界一だと言われる。ミシュランの星の数がどうとか和食がユネスコに登録されたとか、そういう話ではなく、もっと漠然とした雰囲気、なんとなくみんなそうかもしれないと思っている。コンビニのおにぎり一個でも、町の定食屋の日替わりでも、水準が高いのは事実だ。
だが、それがいつまでも続くのかはかなり疑わしい。
独身者が増えた。昔なら女性が担っていた家庭料理の技術が家庭の中で継承されなくなり、男女ともに自炊スキルを持たないまま大人になる人間がどんどん増えている。知人の独身男性はアラサーなのに自炊スキルゼロで、冷凍食品とコンビニのヘビーユーザーだ。俺は独身中年男性だが自炊してる!とか反発する奴もいるかもしれないが、自分たちが少数派なのは分かっているだろうに。外食といえばチェーン店一択でサイゼリアを「コスパ最高」「別に美味いだろ」と絶賛する。それはまあわかる、サイゼリアはたしかにそこまで劣悪な品質ではないだろう。でもそんな連中が増えた社会は美食に関心のない社会だろう。
個人店には入りづらいという人が増えた。値段が読めないとか、雰囲気がとっつきにくいとか、各々それっぽい理由を述べる。「デパ地下で総菜買ってうちで飲むのが一番コスパいい」という話を聞くたびに、なんとも言えない気持ちになる。コスパとタイパだけで飯を選ぶようになったとき、料理人の技術や店の空気や食材の背景みたいなものはどこに行くんだろう。
そして酒だ。美食と美酒は切り離せないと、少し前まで当たり前のように言われていた。料理に合わせてワインを選ぶとか、魚には日本酒とか、そういう話ではなく、もっと根本的に、良い食事の席には良い酒があるという前提が共有されていた。それが今、飲まない、飲めない、飲みたくない、飲む人の近くにいたくない人間がものすごい勢いで増えている。ソバーキュリアスなんて言葉も出てきた。これも別に悪いことではない。でも、料理と酒が一緒に発展してきた歴史を考えると、酒を嫌う日本人が主流になっていく社会で、料理の水準だけが独立して高まり続けるというのはあり得ないだろうと思う。ラノベ作家や漫画家などサブカルチャーに携わる人間も酒が飲めない酒飲みの気持ちが分からない酒なんて要らないだろう、とXで堂々と振る舞っている。本当に興味のある文化の幅が狭い"文化人"が増えたのを感じる。
作る人間が減り、金をかけない人間が増え、個人店が潰れ、酒を飲む人間も減っていく。その社会で、日本の食の水準が今のまま維持されるか?需要がなければ供給は細る。それだけの話だ。
日本の食が世界一かもしれないというのは、まさに今この瞬間だけの話で、時間とともに終わっていくのだろうと今ここに書いておきたい。
正確に言うと男なのに男が嫌いになった。
インターネットではいかに女が邪悪で愚かな生き物かについて日々呪詛が垂れ流されているが、現実的な話として、女は基本まとも。男はクソ。
入職したばかりの頃は車内にしばしば撒き散らされている小便の正体が分からなかった。赤ちゃんが漏らしているのかと思っていた。
先輩から、あれは酔っ払ったおっさんや、薬物や精神病で頭おかしくなったおっさん、そういう性癖のおっさんの落とし物だと聞かされて戦慄した。
おそらく定年退職して暇を持て余しているのであろう高齢男性に絡まれ、駅係員の愛想の悪さ、無礼な態度についての説教から始まり、妻や子供に関する愚痴、若者の質の低下、高齢者に対する社会全体の敬意の喪失などの話題に発展し、最終的には社会保障、自民党、アメリカ大統領などの話に辿り着くことはよくある話。
むしろ混乱と混雑の解消のために駆り出されたはずの人員がお前の対応に割かれるから事態は余計に悪化する。
帰宅ラッシュの時間帯になると必ず車内のフリースペース(車椅子やベビーカーを優先するエリア)でおっさん同士の喧嘩が勃発する。
喧嘩のきっかけは、睨まれた、肩が触れた、鞄が当たった、口が臭い、独り言がうるさい、場所を取るな、イヤホンの音漏れをやめろ、等。
最初に喧嘩を吹っ掛ける方は単に苛立ちを発散する口実を探しているだけなので口調も荒くて喧嘩腰だし、吹っ掛けられる方もただでさえ喧嘩腰な人間に対してプライドの高い中高年男性が素直に聞き入れるわけがないので順当に喧嘩に発展する。
駅係員が介入することになるのは殴る蹴るなどの身体的な暴力に発展し、尚且つ周囲の乗客が通報した場合のみ。それですら1日2回ぐらいのペースで発生するので、口喧嘩の範疇に収まったケースや周囲が見て見ぬ振りをしたケースを考えると暗数は相当多いと思う。
酒が入っている時はタクシーで帰るというのを徹底するだけでもかなり喧嘩は減ると思う。
男同士で喧嘩するのはまだマシ。力が均衡しているからどちらかが一方的に被害者になりにくい。
絡む理由は、足を組むな、スマホを弄るな、声がうるさい、スカートが短い、腹が邪魔(妊婦に対して)等。
大したマナー違反でもない。そして周りの他の男が平気で行っている、これより酷いマナー違反は無視。要するにマナーを大義名分に女を叱って愉悦に浸りたいだけ。
勝手に懲罰感情が芽生え、太ももに触る、殴る、容姿を罵るなどの犯罪行為に走ることもある。
性欲が原動力なのに本人の中では正義感ゆえの行動に完全にすり替わっているので、正義の執行を邪魔されたことに対する怒りで駅係員に食って掛かってくる。そして暴言暴力に発展して警察を呼ぶことになる。
妊婦に対して「堕ろしてこい!」と言い出した時は流石にこっちも冷静になれなかった。
乗客同士のトラブルで警察沙汰に発展した際におっさんが言いがちな台詞
「その間の時給は払う!?時給換算したら俺の時間いくらだと思う!?」
じゃあ若い男はまともなのかというとそんなことはない。
中学生〜新卒ぐらいの男が3人以上で群れるとロクなことがない。
大声で騒ぐ。駅構内の器物を破壊する。気が大きくなって車内で女性に絡み始める。他の乗客が咎めると「なにマジになってるんすか?w陰キャ?w」
でも1人だとマシということはなく、優先席で体操座りをしたり胡座を掻いたりして音楽を聴きお菓子を貪り食いながら自宅のようにくつろぐ奴も見かける。
ただ、こいつらは甘やかされて育って調子に乗っているだけのガキなので、制服を着ている我々が少し強く怒るだけて往々にして萎縮して反省する。泣きながら謝る奴もいる。そこはまだおっさんよりはマシ。
今後同じことを繰り返させないためにも躊躇なく非常ボタンを押してほしい。
人手不足と機械化の時代、最低限の人員で社会を回すため、あらゆる施設・あらゆるサービスが、セルフレジやQRオーダーシステムの導入などに踏み切っている。
駅も例外ではなく、窓口を減らし、無人改札を増やし、ネットで新幹線を予約させ、時代についていけない人間を振り払っていく方向に進化している。
高齢女性は割とすぐに適応できるが高齢男性は何度も尋ねてくる。自分で調べない。そして一向に理解しない。中には新たなシステムの導入自体に怒りを燃やす奴もいる。早く淘汰されてほしい。
暴言を吐いてきた奴に、駅係員としての節度と礼節を弁えた上で場を掻き回すことなく相手を制圧できる魔法の言葉がある。
それは「今、⚪︎⚪︎と仰いましたか?」と復唱すること。
例えば「ぶっ殺すぞ!」と言われたら「今、ぶっ殺すぞと仰いましたか?」
大抵黙り込むかトーンダウンする。
彼らは行き場のないストレスの捌け口として駅係員に暴言を吐いているという自覚自体はあるので、それを突き付けると大人しくなる。
大きめの声で復唱するとなお効果がある。周りの目を気にして縮こまる。
少し前に「松葉杖で生活している20代女性です。新宿駅で検証しました。ぶつかりおじさん問題はぶつかる女性が悪いです」という記事が話題になっていたが、身体障害者の20代女がじっくりと周りを観察できるほど新宿駅は女にとって安全な空間ではないのであれは嘘。
というか新宿駅で若い女がぼんやりしてると即座に声を掛けられるから物理的に観察は不可能。
路上で女に声をかけて性風俗を斡旋する、いわゆるスカウトや、ネット上で弱者男性を騙してnoteを売り捌いている自称ナンパ師の虚言を真に受けてナンパに勤しんでいる弱者男性が駅構内を徘徊して女性に声を掛けて迷惑をかけている。
どうも「身体に触れない限りはセクハラではない」という認識が奴らにはある
クレームが相次いだため現在はアナウンスでスカウトとナンパをほぼ名指しで警告している。アナウンスを流すようになってから声かけによるクレームは減った。それでも撲滅できてはいない。
いわゆるぶつかりおじさん問題だが、Xやニュースで周知されるようになってから正当なぶつかりおじさんは減った。
最近増えているのは肘を大きく広げてすれ違う際に女性の胸を肘で殴る、背後から女性の靴や脛を蹴るなどのパターン。
わざとかな?と思ったら遠慮なく周りに助けを求めて駅係員のところに連れてきてほしい。軽い説教しかできないが、何度も説教されれば大人しくなる。
電車を利用する全ての男に言いたい。
他人に絡むな、周りに気を遣え、周りと同じように振る舞え、ストレスを他人で発散するな、身体を小さくしろ、嘘をつくな、風呂に入れ、ゴミはゴミ箱に捨てろ、唾を吐くな、排泄はトイレでやれ
当たり前のことを当たり前にしろ。
1話はトップをねらえ的な話で、銀河中心殴り込み艦隊のノリを展開する
あり得ない程の極度のコミュ障が主人公であるため、ここは人を選ぶ
1話では作戦が失敗し、主人公だけが地球に戻ったところで、【地球は凍りついていた】と話が終わる
怪物と友誼を結び超能力を得た生き残りや、怪物そのものとの闘いを描く
気のいい善人はカラっと描かれていて
なんらかの形で主人公のロボを維持・改装できるようになるのだろうけれど
まだ話はそこまで進んでいない
1クールものだとすると、今の敵のエピソードに区切りをつけて終わるのかなぁという感じ
そして、スパロボにユキオを出そう
ひと渡り見渡して日本の人は誰も言いたがらないようなので、わしが書きますが、まだ紛糾が続く中東情勢のなかで、日本だけが外交上の大敗を決めて、これまでの外交蓄積をすべてご破算にしてしまった。
他に功績が色々あるのでしょうが、これだけは、単に高市首相が外交努力を拒否したからで、普通の国なら、これだけで退陣です。
国民に圧倒的に支持されているので、地位は揺るがないが、ここに至って「アメリカに付き従う」という最悪のポジショニングを取ってしまったことで未来永劫日本人が受ける不利益は膨大なものです。
実は高市首相がゴールデンウィークにどこへ外遊するかは世界が注視していました。
中国はもう正面からの敵対で仕方が無いとして、最もおおきな期待は「イランを含む湾岸諸国歴訪」だった。
ほんとに休暇を取ってしまった
日本は言われるほど「アメリカの飼い犬」ではなく、特に中東に関しては時にアメリカを激怒させるほど独自の外交方針を堅持してきたが、ここに至って、みずからの優位と独立性を、他国がびっくりするような無造作さで捨ててしまった
こんなナマケモノ外交をやる国だと思っていた国はないでしょう。
各国の内輪の反応を見ると、びっくりびっくりびっくりの階乗で、驚きの後は、いまの日本の外交の甘さにほくそ笑んでいる
わしもびっくり。
日本がどうなっていくか、はっきり見えたような気がしたゴールデンウィークでした。
ほんとうは、またヘンなのが来るので、言わんとこ、と思ってたんだけど
黙っているのも不誠実だと思い直して最低限の事実を書いておきます
https://x.com/gamayauber01/status/2052672180484473289?s=46&t=VPaTgnS-4jVhH1cpAukinA
初秋のコンビニの灯り、覚えてる?
「付き合ってるって、まだ少し照れるね」
君が笑ったあと、風だけが先に冬を知っていた
噂ばかり増えていく街
ねえ、覚えてる?
わたしたちは何度も遠回りして、それでも同じ夜に戻ってしまった
夜更け、片方ずつ分けたイヤホン
どうでもいい広告を見て笑った
半袖の夜風がやさしく変わりはじめたころ
忘れないで
時間がどれだけ過ぎても
コンビニの灯りを見る
まだ少しだけ、君の季節になること
その3
釣りアニメじゃないですよ。最近だと『最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか』のような、なぐろう系に近い。
ヒロインは令嬢ですが、おしとやかというより天真爛漫な性格。表情が豊かでとてもかわいい。それにかっこいい。
髪飾り、やっぱりメリケンサックじゃないですか
戦争・ウイルスの猛威・天災が相次ぎ日本が崩壊した世界が舞台。文明レベルは明治初期まで後退し、「大和」「武凰」「聖夷」の3つに分裂している状態。
天才軍師による策略が見どころ。戦いや処刑シーンにグロテスクな描写が多く見られるのでそこは注意。
たまに関西弁による漫才かのようなやり取りで笑わせてくれるところも面白い。
いやー、こういう世界観は本当に好きですね。
EDに年表が掲載されているが読みづらいので、マンガワンの年表・人物紹介を見た方がいい
https://manga-one.com/manga/1924/chapter/175672
3年ぶりの2期です。
1期はタイトルどおり、自分が本来起こす悲劇を回避して民や家族のためにがんばってきた感じで、それはもうやり切った感がある中でこの2期を見てる。
女王はプライド(主人公の名前)の残忍非道な本来の姿を予知していたため、母親にはなれなかった。
娘のプライドから見ても、母というより「女王」だったというのは、なるほどなと思った。
同盟国の王子、ひいてはその先にいる民をハッピーにし、弟ステイルも未来のために動き出していい感じではあるのだけど、どこか1期と比べて物足りないと感じてる。
(ひめきしはバルバロイのよめ)と読む。
「くっころ女騎士×最強の蛮族王の本格異世界婚姻譚!!」だそう。
「いかなる拷問にも屈しない!」という意気込みでいたものの、蛮族王にプロポーズされて動揺する。
この地で様々な体験を重ね、異なる人種との交流を通じて、これまでの狭い世界観とは違い、考えが少しずつ変わっていく。
『正反対な君と僕』と同じ作者(阿賀沢紅茶)。作品の温度感が正反対だが、人間模様を描くという面では共通している。(深さの強弱はあれど)
自分や相手の性格、二面性に向き合ったり、関係性や距離感や価値観を考える「面倒くささ」が丁寧に表現されている。
『正反対な君と僕』の11話で本作のキャラクターが登場したのと同様、本作側でもカフェ(5話Cパート)に鈴木たちが登場する。
毎回のEDの入り方がいい。
4年ぶりの4期。
色々あって家族含め皆のため、マインは戸籍上亡くなったことになり、貴族の養女としてローゼマインへ。第二の人生(転生者だから第三か?)を歩み始める。
これまでは朝日放送や読売テレビ(BSはBSフジ)の深夜枠で放送されていたが、ここに来て日テレフルネットの夕方枠へ移行。
序盤にこれまでのあらすじがざっと語られるが、初見の人には難しいだろうな。
OPはLittle Glee Monster。事情により、ミュシャ風だった背景絵が2話で変更。
2話や5話で家族やルッツと接する描写は、見てて涙が出そうになる。
クリィミーマミなどに続く、スタジオぴえろ制作の「ぴえろ魔法少女シリーズ」第6作目。
キキララみたいなパステルカラーでカラフルなビジュアル。朝か夕方に放送すればいいのに。
レベルの高い変態行動ばかりする女子高生の恋物語。どんなだよ。
霧尾くんへの思いで行動するが空回り。時にボケとツッコミの応酬。もはやコントである。
ひたすらワチャワチャした後に入る重いシリアス。なんだよこの温度差。ペルチェ素子かよ。
OPはスカートとODD Foot Works、EDはa子。2話 挿入歌「涙なめなめソング」はドラマ版の何倍も好き
クズの師匠と、かわいい(?)弟子3人、戦いの舞台は東京から北海道へ移る。
パーティ構成から連想されるFF5ネタが14話であったのだが。「FF5だ……」「FF5だ……」が面白かった。
ある日、お星様に願ったことで女の子限定で「自分への好感度メーター」が見えるようになった主人公。
他の女の子は普通のメーターなのに、何故か幼馴染で片思い中の茉莉花ちゃんのメーターだけ「ぶっ壊れ」てしまっている。
実は、茉莉花ちゃんはメーターがぶっ壊れるほど主人公に対する愛が重いのであった。
5分アニメ。テレビ放送とは別に、プレミアム版(規制解除版)も用意されている。
こういう系は普段あまり見ないのだけど、これはエロは(放送内では)なく、ギャグが強めだからか見れる。
大きい女の子は好きですか?
終末のワルキューレⅢ
ようこそ実力至上主義の教室へ 4th Season 2年生編1学期
barld 実際、今の大学世代の親世代は女子に教育なんぞいらんと成績良くても諦めさせられた訳で。一億総貧困国家になる前に女子の成功事例のロールモデル作りをしないと家庭内圧力による収入減少で少子化が進む。
今の大学世代の親世代、氷河期世代なんかまさにフェミが浸透した初期世代で女子大学生は多く、進学の制限などほとんど無かった。
そこで頑張った結果、高収入無旦那みたいな女が大量発生したのを見てフェミ第一世代で女に高等教育を受けさせたい親がどれだけいるのか謎なんだけが。
変な歴史改変するのやめてもらっていいですか?
母子家庭で育って、母親はヒステリックで恋愛依存症気味で、それなのに裁縫や料理が好きなほっこりママ気取りだから苦手だった。けどこれは普通に私と性格合わないだけで金銭面で苦労しながらも育ててくれた恩はあった。
でもアラサーになって、急に昔のことを思い出した。
未就学の頃、3〜5歳くらいだろうか。母と私と、まだ赤ちゃんだった弟と文字通り川の字で寝ていた頃。
弟は寝ていた。私は寝つきの悪い子供だった。
母は私に、「かゆい、かいて」と乳首を掻くように要求した。子供だった私はお母さんは本当におっぱいが痒いんだと思った。大人になったら痒くなるのかもと思っていた。幼児の自分より大きな母の乳首は引っ張ったら伸びるので面白いとすら思っていた。
それは一度や二度じゃ無かった。
自然とその要求は無くなったし、小学校に上がる頃には母と一緒に寝なくなった。だから忘れてた。
高校の頃、母に彼氏ができた。貧しくてろくに下着も買えてなかった母は、高校生の私のブラをつけて彼氏に会いに行ったんだと思う。当時ガリガリに痩せていた私のブラは伸び切っていて、「お母さん、私のつけたの?」「もう伸びてて使えないからあげる」と言った。彼氏に会いに行ってたんだと気がついたのは20代前半ごろ、自分も普通に恋愛やセックスをするようになってからだった。そういやあの頃母はよく1人の男の話を聞かせてきたし、朝帰りもよくしていた。知りもしない男に自分のブラを、しかもjkのブラを見られてたなんて気持ち悪いなあと思った。
アラサーになって、まさか乳首を掻かせていたのは、オナニーの手伝いを幼児の私にさせてたんじゃないか?と気がついた。ブラの時より戦慄が走った。ブラの話はまだ知り合いにできたけど、乳首をいじらせられていたなんて誰にも言えなかった。
弟も母のことを嫌っているみたいだけど、弟にも流石に言えなかった。
子供に、ましてや自分の子供に性処理を手伝わせる大人がいるなんて。自分がそんな女の股ぐらから生まれたと信じたくない。自分が被虐待児童だったわけがない。母子家庭で貧乏だったけど、勉強もできるほうだったし、見た目もよく美人だと褒められた。それはきっと養育費を最後まで払わなかった父ではなくて、母がそう産んでくれたからだと今でも思っている。
だけど、母はそういうどうしようもない変態女なんだろうとどこかで気づいている自分もいる。
私はそれに気づいたあの日から彼氏ができても、体を求められても気持ち悪く思ってしまうようになった。
母は今、私のブラをつけて会いに行っていた男と暮らしている。