255系同士の離合
旭駅入線
サイドビューエキスプレス
山影から日なたへ
春の足跡 ホトケノザが咲くあぜ道
255系が定期運用から離脱となってしまった今年のダイヤ改正。
運用のメインだった総武本線の特急しおさい号はE259系にその座を既に譲っています。
わかしお号の一部と臨時のさざなみで6月下旬までは運転されるみたいですが。。。
年明けからは最後の追い込み撮影の時期でしたが、1月の撮影は0回。2月、3月と1回ずつ沿線に繰り出しただけで終了となりました。1回の撮影行で何本か掛け持ちして撮っていたのでカット数は少しだけ追加することができました。
総武本線 物井-佐倉 4001M 特急しおさい1号 2024年2月3日撮影
この時期のモノサク界隈は本当に殺風景。線路際は編成写真狙いのカメラマンがいるしどうしようかとウロウロしていると足元にホトケノザが身を寄せ合い咲いていました。
この場所で普通電車と被るかヒヤヒヤしたのもいい思い出です。
本日もご覧頂きありがとうございます。
函館市電探訪 ロマンス坂
函館市電の撮影をしています。
今回の撮影旅行のラストは青柳町電停付近にあるロマンス坂を訪れました。
乗車してきた8009号を青柳町電停から見送ります。
青柳町-谷地頭 2024年1月20日撮影
谷地頭 2024年1月20日撮影
2系統の終点、谷地頭をロマンス坂より望む。すり鉢状の地形の底部分にあることが分かります。
青柳町 2024年1月20日
青柳町電停を望む。ロマンス坂の頂上に青柳町電停は位置する。坂の街函館らしい風景。
青柳町-谷地頭 2024年1月20日
ロマンス坂を一望する。天気も良く青空バックになり良かった。
谷地頭 2024年1月20日撮影
谷地頭-青柳町 2024年1月20日撮影
終点の谷地頭に到着した電車はすぐにお客さんを乗せて折り返してくる。
宝来町-青柳町-谷地頭 2024年1月20日撮影
函館の撮影旅で最後に撮影したのは8100形8101号。足回りは1963年製造で60年も函館市内を走り続けている車両だ。時刻は11時過ぎ。駆け足だったが1泊2日の撮影旅行はおしまいとなった。
結局函館に行きましたが、教会や函館山や五稜郭といった定番の観光地には全く行かず、いつもどおり路面電車だけを撮影してくるという旅となりました。最後にふらっと赤レンガ倉庫に立ち寄りました。函館らしい観光はできませんでしたが、食べ物は美味しかった。食べたいものはたくさんありますが、食べれる限度もありまた次回の楽しみにしておきたいと思います。
ホテルの朝ごはんは朝市で好きなお店で好きなものを食べれるシステムだった。朝から海鮮丼。
元祖小いけのカツカレー。「元祖」と「本店」と色々とひと悶着あるみたいですが。。。美味しかった。
レンガ倉庫で買った今回の旅を象徴する柄のビーズ入りのマグネット。
次回はハイカラ電車が運行される緑の季節に訪問したいですね。
長々とご覧頂きありがとうございました。
函館市電探訪 快晴の2日目
函館市電の撮影をしています。
2日目も朝から撮影開始。前日は途中から曇り空になってしまいましたが、朝から快晴の天気です。お昼前には函館市内から発ちますのでそれまで撮影をしてみます。本数も15分おきなので何本撮れるか。。。
末広町-十字街 2024年1月20日撮影
函館のシンボル黄色い三方式地上型消火栓。今日も函館市を見守る。
末広町-十字街 2024年1月20日撮影
十字街-末広町 2024年1月20日撮影
函館山から海にかけての坂道が多い。大三坂より市電を望む。
末広町-十字街 2024年1月20日撮影
八幡坂からは海が見えた。五稜郭タワーや昨日見学した洞爺丸の姿もみえる。
十字街-末広町 2024年1月20日撮影
大町-末広町 2024年1月20日撮影
有名な基坂から相馬株式会社の洋風建築を望む
末広町-大町 2024年1月20日撮影
末広町-大町 2024年1月20日撮影
末広町-大町 2024年1月20日撮影
保線員の方が手作業でレールに挟まった異物を除去していました。こうした日常の安全点検実施がされていることそ、併用軌道の運転ができる。
末広町-十字街 2024年1月20日撮影
昨日訪問した日和坂に再度上がってみる。天気が良いと海の発色も良いですね。
十字街-末広町 2024年1月20日撮影
末広町-十字街 2024年1月20日撮影
再び十字街に戻ります。冬場は太陽の位置が低いので街中は影だらけです。。。
十字街 2024年1月20日撮影
十字街 2024年1月20日撮影
旅の最後に8009号に乗車して訪問してみたかった撮影に向かってみます。
本日もご覧頂きありがとうございます。
函館市電探訪 ナトリウム灯輝く港町
函館市電の撮影に来ています。
夜の十字街の交差点で肩慣らし後、函館らしい夜景を狙ってみます。
旧丸井今井呉服店函館支店はライトアップされて存在感が増していました。
末広町-十字街 2024年1月19日撮影
十字街-末広町 2024年1月19日撮影
末広町-十字街 2024年1月19日撮影
末広町-十字街 2024年1月19日撮影
十字街-末広町 2024年1月19日撮影
ヨーロッパに来たみたいですね。
末広町-十字街 2024年1月19日撮影
十字街-末広町 2024年1月19日撮影
末広町-十字街 2024年1月19日撮影
手前の建物は函館市文学館1921年に第一銀行函館支店として建てられた。奥の白い建物は日中も撮影した旧金森洋物店。夜になると雰囲気がガラッと変わりますね。
十字街-末広町 2024年1月19日撮影
こうしてみると交通量が少なくて撮影しやすいと思いきや、車と同時に信号スタートしてくるので車と被ることも。。。人通りの少ない大通りで15分待ちはなかなかきつかったです。。。
十字街 2024年1月19日撮影
十字街に戻ってきました。十字街界隈はピークを過ぎると人通りもまばら。五稜郭のほうが繁華街なのかな?撮影もほどほどにホテルへ戻りました。
ナトリウム灯の輝く函館の夜景はとても幻想的でした。
本日もご覧頂きありがとうございます。
函館市電探訪 夜の十字街へ
函館市電の撮影に来ています。
摩周丸を見学後、夕方でしたが駅前のキラリス函館の「回転寿司 根室花まる」で早めの夕食。時間帯によっては行列ができるみたいでしたが、中途半端な時間のためすんなりと入店。あまりの旨さに写真を撮り忘れましたが、北海道は海の幸が本当に美味しいですね。お腹いっぱい、ほろ酔いとなりました。
函館駅前 2024年1月19日撮影
お店を出るとすでに真っ暗。まだ5時前ですが。。。
函館駅前-松風町 2024年1月19日撮影
一旦ホテルにチェックインし身軽な装備で十字街に再び向かってみます。寒いことは寒いのですが、風もなくそこまでは無いのが救いです。
函館駅前 2024年1月19日撮影
函館駅前 2024年1月19日撮影
十字街までは市電で向かいます。ちょうど帰宅時間に重なり混み始めています。
十字街 2024年1月19日撮影
十字街に到着。時刻は18時過ぎですが十分夜の雰囲気です。電車の運行もピークに。
十字街-末広町 2024年1月19日撮影
宝来町-十字街 2024年1月19日撮影
宝来町-十字街 2024年1月19日撮影
谷地頭方面から2系統の電車がやって来ました。街灯が黄色いナトリウム灯なので独特な雰囲気です。
十字街-宝来町 2024年1月19日撮影
十字街-宝来町 2024年1月19日撮影
十字街 2024年1月19日撮影
十字街-魚市場通 2024年1月19日撮影
十字街 2024年1月19日撮影
水産会社のデコトラが来た!
十字街 2024年1月19日撮影
宝来町-十字街 2024年1月19日撮影
十字街-末広町 2024年1月19日撮影
今思えば操車塔とか入れて写せばよかったかなと。。。
5系統の末広町にかけては日中巡った歴史的な建物がいくつかあるので、そちらに向かってみます。電車の運転間隔が15分おきなので、スナップ的に沢山撮影できないのが辛いところです。
本日もご覧頂きありがとうございます。
函館市電探訪 番外編 青函連絡船 摩周丸見学
函館市電の撮影に来ています。
夕方も近づいてきて一旦函館市電の撮影を中断して、函館駅近くにある函館市青函連絡船記念館摩周丸を見学してみることにします。カメラを持って鉄道の撮影しだしたのがちょうど青函トンネルが開通して、寝台特急北斗星が華々しくデビューした頃でした。
2024年1月19日撮影。
煙突に描かれたJNRのマーク。摩周丸のロゴは可愛らしい。
結構大きな船です。観光客が全然いない。。。
広場にあった津軽丸、大雪丸の大錨(いかり)、D51の主動輪と比べてもこの大きさ。
さっそく中に入ってみましょう。
国鉄民営化が1987年4月、青函航路の終航が1988年3月なので、最後の約1年間はJR北海道が継承したことになります。
終航まで残り1年となりJR北海道が発行したポスター。哀愁が漂います。
客室にあった現在位置を表示する機械。レトロ感がありますね。
配色といい、表示や簡易テーブル、リクライニング装置など、国鉄感が漂う座席ですね。
マリンガールなる女性も乗船していたのかな。
車やバイク、自転車まで一緒に乗船でき本州と北海道を行き来できたようだ。ふと思い出しましたが、昔はカートレインやモトトレインとか走っていましたね。
こんな感じでコキ車ごと船に積載できたようだ。
操舵室はとても広く眺めも良好だ。凍結防止の旋回窓もついている。
こちらは通信室。
甲板に出てみた。下から見たJNRマーク。
写真だと比較対象物が無く大きさが分からないですが、相当大きいです。
路線廃止、駅の廃止が相次ぐJR北海道管内。一体いくつの駅が現存しているのだろうか。
80年の間に約90隻が就航。戦災による全滅や悲しい洞爺丸台風事故などを乗り越えて本州と北海道の大動脈を守り続けた。
摩周丸 1965年6月30日就航 1988年3月13日終航。旅客定員1200人 乗組員数50人 積載貨車48両(ワム車換算) 積載自動車12台。運航回数 35,493回 運行距離 3,997,555Km 輸送旅客 11,680,367人 輸送貨物 12,457,254t。
全然人がいない分、ゆっくりと見学ができました。
本日もご覧頂きありがとうございます。