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 2023年6月。11日の日曜日に日比谷野音で開催される「琉球フェスティバル2023」を鑑賞するために上京し、この機会に首都圏のいくつかの場所について鉄道等を使って見てまわろうと、15日までの滞在期間を設けました。
 4泊5日で、初日は琉フェス鑑賞。中の3日には3本のお出かけを企画し、最終日は都内のどこかを見ることにして、事前にそれぞれのプランを設定。雨天等で身動きがとれない日があれば、それらのプランのうちのどれかを減らしていくという寸法です。

 そのプランをもとに実際に行動したのは、次のとおりでした。

1 6月12日(月) 埼玉・西東京電車乗り継ぎ一周
 これまであまり馴染みのなかった私鉄を乗り継いで、埼玉県と西東京をウロウロ。ルートはこんな感じです。
 東日本橋駅 (都営浅草線) 浅草 (東武伊勢崎線) 春日部 春日部散歩
 春日部 (東武アーバンパークライン) 大宮 (川越線) 川越 川越散歩
 本川越 (西武新宿線) 所沢 (西武池袋線) 池袋 (JR) 東京 (総武線快速) 馬喰町

2 6月13日(火) 横須賀・城ケ島・三崎港散策
 品川駅で京急電鉄の「みさきまぐろきっぷ」を買い、これ一枚で横須賀・城ケ島・三崎港をめぐりました。
 東京滞在中のうち唯一、雨が降らなかった日。横須賀では「ヴェルニー公園」「どぶ板通り」などを見て、電車とバスを乗り継いで「城ケ島」に着き、まぐろ丼を堪能して島を散策。三崎港周辺も散歩して帰りました。

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(ヴェルニー公園)

3 6月14日(水) 房総半島横断
 房総半島の内陸部を結ぶ「いすみ鉄道」と「小湊鉄道」を乗り継いで、半島横断を試みる旅。この2つのローカル線に乗ってみたかったわけです。
 外房線の特急「わかしお」に乗り大原へ。雨の大原と大多喜を歩き、上総中野で両私鉄を乗り継ぎ、五井から内房線で東京に戻りました。

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(いすみ鉄道)

4 6月15日(木) 築地界隈散歩
 午前中が使える最終日、ホテルをチェックアウトしたあとに「勝鬨橋」や「築地本願寺」を見に行きました。

 梅雨真っ最中の季節なので、13日に晴れ間が出たほかはずっと小雨が降り続いて傘が必要な天候でした。そのため、予定していた立寄りポイントをいくつか省略せざるを得ませんでした。
 それでも、この不順な天候に屈することなく予定を9割がた完遂することができたのは喜ばしく、その反面、そのようになった理由が東京にいてほかにすることがなかったからというのは、やや悲しいことかもしれません。(笑)

 それでは、この4日間について、その経過をインプレと写真とともに14回にわたって以下にまとめておくことにします。

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(築地本願寺)


 2023年6月12日(月)。
 前夜は、霧雨が降り続ける中、合羽を着て3時間半ほど、日比谷野外音楽堂で「琉球フェスティバル2023」を鑑賞しました。
 翌日となる今日も雨が上がらないとの予報を見て、事前に計画していた3つの近県めぐりのプランの中から、最も雨の影響が少ないであろう「埼玉・西東京電車乗り継ぎ一周」をセレクトし、0930にホテルを発ちました。小雨模様で、歩いている人はほぼ全員傘をさしています。

 ホテルに近い東日本橋駅から都営浅草線で、「東武伊勢崎線」の発地となる浅草へ。地下鉄の浅草駅から東武鉄道の浅草駅までは、地下道がつながっていることを知らず、いったん雨の降る地上に出てしまってウロウロ。
 「東武伊勢崎線」に乗るのは初めて。東武伊勢崎線の多くの列車がここを起点にしているのだろうと思っていましたがそうではないようで、ここは北千住までの普通列車(東武スカイツリーライン)と「アーバンパークライナー」と「スカイツリーライナー」のいわゆる「特急ライナー」の駅なのでした。
 1002発の北千住行きに乗り、曳舟駅で急行久喜行きに乗り換え。車内ははじめ4割程度の混み具合でゆったりしたものでしたが、北千住から大勢が乗り込んできてほかの列車と変わりがなくなりました。

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(雨で薄暗い「東武浅草」駅)

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(東武浅草駅の「東武スカイツリーライン」のりばへ)

 草加、越谷などの旧日光街道の宿場町を通って、1045春日部駅着。
 古代、春日部はもともと海だったのが、ゆっくりと海岸線が後退して現在の地形になったところ。中世、春日部氏が台頭し、江戸時代になると春日部は日光街道第4の「粕壁宿」として栄えました。この時代の古利根川は江戸を結ぶ航路として重要な役割を果たし、粕壁宿は米麦の集積地となり街道もかなりの賑わいを見せたそうです。1899年には東武鉄道が開通、「粕壁駅」が開設され、近代化が進められるようになりました。
 雨は小康状態を保っていて、顔にかかる噴霧器の霧のようないやな空気感。でもまあ傘をささなくともなんとかなりそうなので、せっかくなので街を散策していきましょう。

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(春日部駅構内にて。春日部は「クレヨンしんちゃん」たちの住む町だ)

 駅の東口を出て、北方向にある古利根川方面へと歩を進めます。
 見えてきたのは「古利根公園橋」。橋と公園を一体にした光と風をテーマにしたという橋上公園になっていて、県鳥のシラコバトをデザインした風見鶏に、麦わら帽子をイメージしたアーチがあります。全長79m。

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(「公園橋(西)交差点」あたりで「古利根公園橋」が見えてきた)

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(古利根公園橋)

 橋から少し戻ったところにあった「かすかべ大通り」。いまにも降ってきそうなのでほどほどにとどめ、イヌグスの生育の北限とされ樹齢推定約600年だという「碇神社のイヌグス」は省略。
 その後、駅の西口方面にあるショッピングモール「ララガーデン春日部」や「春日部市役所」などを見ようと思ったけれども、東口から西口に抜ける駅の自由通路が見つけられず、まあいいかとこれらも省略。(笑)

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(かすかべ大通り)

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(東武春日部駅東口。ここにもしんちゃんがいた)

 春日部駅のホームに降り立ったところでほぼすぐにやってきた、1118発の「東武アーバンパークライン(東武野田線)」で、春日部から大宮へ。この路線も発乗車。30分に1本しかない急行にグッドタイミングで乗れたことにヨロコビを感じます。
 名前はアーバンだけど、車窓からは水田や雑木林が眺められ、都心部よりもぐっとルーラル。途中、岩槻に停車しただけで、1133に大宮駅に到着しました。

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(東武アーバンパークラインの60000系車両 2014)

 電車を降りた「大宮駅」はさすがにアーバンで、すごい人混みです。ここでは散策するつもりはなく、まっすぐ埼京線・川越線ホームへと向かい、1151発の快速で川越へ。端っこの先頭車両だったためか、空いています。

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(大宮駅はすごい人混み)


 「川越駅」には1214着。
 川越には一度2017年10月に一度来たことがあり、蔵造りの街並みや菓子屋横丁などはそのときによく見ているので、今回は「クレアモール」だけにとどめることにします。というのも、乗換えの関係上、「JR川越駅」と「西武鉄道本川越駅」の間となるここだけはどうしても歩く必要があるためです。
 「クレアモール」とは、川越新富町商店街と川越サンロード商店街の統一名称で、商店街としては関東地方有数の集客力を持ち、埼玉県では大宮駅周辺に次いで県内第2位の繁華街なのだそうです。
 クレアモールには既視感がありました。6年前に天玉そばを食べた「名代富士そば川越店」をモール内に発見して懐かしく思いました。雨がひどくなったので、「丸広百貨店川越店」に入って、地方にしては売り場面積の広い地下食品街を眺めて時間をつぶしますが、この程度では雨は止まず、とうとう持参の折り畳み傘を起動することになりました。昨日に続く連日の活躍です。
 縁結びの夫婦イチョウがあるという「川越八幡宮」と、酒蔵を活用した物産施設の「小江戸蔵里(産業観光館)」に寄るつもりでしたが、これらも雨のためパスです。

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(JR川越駅)

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(「クレアモール」の駅側入口)

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(雨の「クレアモール」を歩く)

 正午を過ぎているので、川越で昼食にします。入店したのは「ぎょうざの満洲クレアモール店」です。
 「ぎょうざの満洲」は、川越市に本社がある中華料理の外食チェーンで、「3割うまい!」のキャッチコピーで埼玉県内を中心に東京・神奈川・群馬などで100超の店舗を展開しているのだそうです。
 ここでは迷わず、メニューの左上に表示されていたタンメンと餃子のセット890円を注文。野菜がめっちゃ多く、餃子もわりと大ぶりです。麺は茹でが強く足が速そうな一面もありますが、このボリュームで単品610円は安いです。餃子もおいしい。瓶ビールを頼まなくても十分腹が満たされました。

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(「ぎょうざの満洲クレアモール店」でタンギョウ)

 クレアモールを途中から西に折れて、「西武鉄道本川越駅」へ。そこから「西武新宿線」で「所沢駅」へと向かい、そこからはこれまであまりというかほとんど縁がなかった「西武池袋線」で池袋まで乗っていこうという考えです。

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(西武鉄道本川越駅)

 本川越駅から1317発の急行西武新宿行きに乗り、所沢駅に1338着。
 所沢では天気がよければ、東口のコミュニティ型商業施設「グランエミオ所沢」、西口では「西武所沢店」と「ワルツ所沢」、「所沢プロぺ商店街」、少し足を伸ばして「県営所沢航空記念公園」などを見るつもりでしたが、いずれも傘をさしてまで見たいとは思わず、すべて省略します。所沢は機会を改めてまた来ればいいと思いましょう。ほぼすぐに、1339発の急行池袋行きに乗って所沢におさらばです。

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(「本川越駅」では、櫛形ホームで「急行西武新宿行き」が待っていた)

 実はもう1か所、所沢から2つ目の「清瀬駅」で下りて、「南口ふれあいどーり」にある孤独のグルメにも登場した名店「みゆき食堂」で、まぐろぶつ、ポテサラ、ハムカツあたりを肴に昼酒を飲もうと思っていたのですが、雨が本降りになってきたのでこれも省略。惜しいことをしたな。

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(「みゆき食堂」は、清瀬駅南口徒歩1分)

 「西武池袋駅」着1402。その後はJRを山手線、総武線、中央線快速、総武線快速と乗り継いで、ホテルのある馬喰町に1500頃に着。
 馬喰町交差点近くにあるスーパーで総菜の寿司を買って、少し早上がりだけれどもホテルに戻りました。

 ちなみに、この日一日の運賃は、以下のとおりでした。2千円程度で一日遊べるのなら、安いものです。
 東日本橋~浅草(都営浅草線)       180円
 浅草~春日部(東武伊勢崎線)       540円
 春日部~大宮(東武アーバンパークライン) 330円
 大宮~川越(川越線)           330円
 本川越~池袋(西武新宿線、西武池袋線)  490円
 池袋~馬喰町(JR線)          230円
  合計                 2,100円

 電車に乗っているばかりで、その合い間に少し歩いただけなのに、この日万歩計は1万歩を超えました。
 雨さえ降らなければもっと楽しかっただろうし、もっと疲れたことでしょう。

 日が変わり、2023年6月13日(火)。
 この日は東京にいる5日間の中で唯一、天気予報で晴れマークが付いている日でした。そうであれば、東京滞在中の日帰り3プランのうちでいちばん外歩きをするものをこの日に充てるべきと考えて、「横須賀・城ケ島・三崎港散策」へと赴くことにしました。

 品川駅で京急電鉄の「みさきまぐろきっぷ」を買い、これ一枚で横須賀・城ケ島・三崎港をめぐります。
 このきっぷには、京急線の往復乗車券+京急バスフリー乗車券のほか、地元の店でまぐろ料理を食べられる「まぐろまんぷく券」と、好みの土産やアクティビティに使える「三浦・三崎おもひで券」が付いて、3,760円というお得なものなのです。
 ホテルの無料サービスのアジアンな雰囲気の朝食をしっかり食べて、今日も元気にスタートです。

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(「みさきまぐろきっぷ」パンフのそそる表紙)

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(「コンフォートホテル東京東日本橋」のサービス朝食は高グレード)

 0915、今日は傘や雨合羽を持たずにホテルを発ち、JR総武線快速で品川駅へ。さっそく窓口で「みさきまぐろきっぷ」の磁気券を買い、0951発の特快の京急久里浜行きに乗り、途中金沢八景駅で各駅停車に乗り換えて、1048に汐入駅着。各停に乗ったあたりから風景がぐっと里山的になりました。

 横須賀でまず目指すのは、「ヴェルニー公園」です。
 駅から近道をしたつもりが大動脈の「東京環状道路(R16)」を渡れずに行く手を阻まれ、結局「トンデミ横須賀 コースカベイサイドストアーズ店」前の歩道橋まで戻っての大回りのアプローチとなりました。

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(「京急汐入駅」北口)

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(R16を跨ぐ特大歩道橋から「トンデミ横須賀コースカベイサイドストアーズ店」を望む)

 海沿いに位置する「ヴェルニー公園」は、好天と相俟って清々しくもやや暑い。
 「臨海公園」の名で親しまれてきた場所を、公園の対岸にフランス人技師ヴェルニーの貢献によって建設された「横須賀製鉄所跡地」が望めることや、「ヴェルニー・小栗祭」が本地で毎年開催されることなどから、フランス庭園様式を取り入れた公園として整備を行い、2002年に完成したものであるとのことです。
 広場を中心にフランス式の花壇や噴水、洋風の東屋などが設けられていて、フランスの品種をはじめとしたたくさんのバラが植えられていました。
 海沿いはボードウォークになっていて、潮風の中での散歩を楽しめるし、横須賀本港を一望できます。公園から右手に米海軍基地、左手に海上自衛隊地方総監部(旧横須賀海軍工廠)が望め、係留されている日本とアメリカの艦船が見えました。海水がもう少しきれいで不快な匂いがなければ最高だったでしょう。

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(「ヴェルニー公園」の東側エントランス)

 はじめに見えてきたのは、「よこすか近代遺産ミュージアム ティボディエ邸」。
 もともとは1869年頃に建築された横須賀製鉄所副首長の官舎で、2003年の解体時までは本州最古級の西洋館だったそうです。2021年に開館した新しいもので、内部では旧小屋組みの実物展示のほか、横須賀製鉄所の歩みなどを展示している模様。無休・無料だったのに入館しなかったのは惜しいことをしました。

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(バラに囲まれた「よこすか近代遺産ミュージアム ティボディエ邸」)

 歩を進めていくと、花壇の向こう側の海に軍艦が見えてきました。横須賀らしい眺めです。
 この先には海側に飛び出した見晴らしのいいデッキ状の場所があり、ここからは対岸に、艦船を修理する3基の「トライドック」が見えます。うち右側の1号ドックは1871年完成の日本最古の西洋式の石造ドックで、今なお現役であるとのことです。

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(花壇の向こうに軍艦が見えてきた)

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(「トライドック」が見えた、ボードウォークの張出し部分)


 「ヴェルニー公園」の園内には、ヴェルニーと当時の勘定奉行小栗上野介忠順の胸像がありました。
 小栗は、幕府の財政再建や、洋式軍隊の整備、横須賀製鉄所の建設などを行った人物であるとのことです。

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(ヴェルニーと小栗上野介忠順の胸像が並ぶ)

 さらに北西側に歩を進めたところにあった噴水前からは、「旧横須賀軍港逸見(へみ)波止場衛門(えいもん)」が見えました。
 かつての旧軍港への入口として多くの軍人が行き交った場所で、衛兵詰所が当時の面影を残しています。1929年頃の建築と推定され、八角形の衛兵ボックスが左右に2棟あり、左側は「逸見上陸場」、右側は「軍港逸見門」との文字が見えます。高さは4mほどで、屋根は銅板葺ドーム型です。

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(ヴェルニー公園噴水)

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(旧横須賀軍港逸見波止場衛門)

 公園の北西端には、「戦艦陸奥第四主砲砲身」が置かれ、奥に「ヴェルニー記念館」がありました。
 「戦艦陸奥第四主砲砲身」は、横須賀海軍工廠で建造されて1921年に就役した戦艦「陸奥」のもの。「陸奥」は「長門」とともに日本の力の象徴として国民に長く愛されましたが、第二次世界大戦中の1943年6月、原因不明の爆発事故を起こして沈没しました。
 1970年には艦体の一部や主砲身、主砲塔などが海中から回収され、日本各地で遺物が展示されます。この砲は41センチ砲で、主砲8本中の四番砲塔、長さ約18.8m、重さ約102tであるとのことです。
 「ヴェルニー記念館」のほうは、横須賀製鉄所へ輸入された国指定重要文化財の製鉄用「スチームハンマー」を保存・展示する施設。国内に現存する最古のものだそうですが、それよりもむしろ、ヴェルニーの出身国フランスのブルターニュ地方の住宅の特徴を取り入れたという急傾斜の屋根と石壁の建物の外観のほうが、この場にふさわしいような気がしました。

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(「戦艦陸奥第四主砲砲身」と「ヴェルニー記念館」(左後方))

 記念館付近からは、海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」の雄姿を望むことができました。東ティモールへのPKO部隊の輸送や、近時は火山の大噴火に見舞われたトンガへの支援物資輸送などで活躍中のようです。
 小学校高学年の頃だったと思いますが、ここには元海軍あがりの父に連れられて一度来たことがあるのを思い出しました。OB及びその家族向けの参観デーか何かだったのでしょう、護衛艦の「なつぐも」か「みねぐも」のどちらかに乗船して内部を案内してもらった記憶が微かに残っています。もう半世紀以上も前のことです。

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(輸送艦「おおすみ」)

 公園内を引き返して「ティボディエ邸」の東側にまわると、そこにはいくつかの海軍関係の碑が並んでいました。
 最も左に「海軍の碑」があり、これはそれらのうち最も新しく、海軍終息50周年の節目を記念して1995年に建立されたもの。横須賀が、近代海軍の最枢要基地だったためにここに建立されたようです。
 そこから南にずらりと並んでいるのは、「軍艦山城之の碑」「国威顕彰記念塔」「軍艦長門碑」「軍艦沖島の碑」「正岡子規文学碑」。正岡子規は1888年、夏季休暇を利用して友人と汽船で浦賀に着き、横須賀・鎌倉で過ごしたようで、その時に詠んだという「横須賀や只帆檣(はんしょう、帆柱の意)の冬木立」が刻まれていました。

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(海軍の碑)

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(左から「軍艦山城之の碑」「国威顕彰記念塔」「軍艦長門碑」「軍艦沖島の碑」「正岡子規文学碑」)

 たっぷり歩いて1130には「ヴェルニー公園」を退園しました。

 気持ちがよかったので時間をかけ過ぎた感のある「ヴェルニー公園」をあとにして、東京環状道路に沿って歩き、この地の芸術文化の拠点「横須賀芸術劇場」の先から右手への路地に入ると、「ドブ板通り銘板」が目に入り、そこが「どぶ板通り」の起点になっていました。
 入口にある「ドブ板通り銘板」には、通りの各所に横須賀になじみの深い有名人の手形れリースを設置している旨と、そのマップが記されています。王貞治、渡辺真知子、前田武彦、安田伸、佐々木主浩、宇崎竜童などの手形があるようです。
 「ミリタリーショップFUJI」と「SURFTACO」のある十字路。ここあたりが「どぶ板通り」の随一の撮影ポイントでしょうか。夜の時間ともなればもっとアメリカンに見えてくるのでしょうが。

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(ドブ板通り銘板)

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(どぶ板通り)

 「どぶ板通り」は、アメリカの影響が色濃く残る商店街として知られていて、ミリタリーショップ、ハンバーガーショップ、瀟洒なバーなどが立ち並んでいます。通りを歩いていると独特の雰囲気が伝わってきます。
 「スカジャン(横須賀ジャンパー)」は、第二次大戦後、自国へと帰還するアメリカ兵向けのスーベニアジャケットとしてつくられはじめ、ドブ板通りはその代表的な販売地として70年以上前から親しまれているそうです。

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(「どぶ板通り」の風景1)

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(「どぶ板通り」の風景2)

 横須賀の街では「ネイビーバーガー」なるものを食べてみたいと思っていました。
 「ネイビーバーガー」とは、米海軍艦船の見張り要員の食事として提供され始めたものとされ、牛肉本来の味を損なわないシンプルなハンバーガーなのだそう。各艦船の料理人がそれぞれ隠し味に工夫を凝らすなどして軍隊食として発展してきたことから、われわれ日本人が普段食べているハンバーガーとは違い、本場アメリカの伝統的なスタイルなのだとか。
 この界隈にも「アメリカンダイナー・ハニービー」「TSUNAMI」「ヨコスカシェル」などの代表的な店があり、食欲をそそられましたが、まもなく三崎でまぐろ料理を食べなければならないので、残念ながら今回は自粛することに。
 なお、1908年(!)発行の「海軍割烹術参考書」にすでにレシピが記されていたという「よこすか海軍カレー」も切り難いものがありました。

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(「アメリカンダイナー・ハニービー」のレギュラーネイビーバーガーコンボ)

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(「横須賀海軍カレー本舗ベイサイドキッチン」のよこすか海軍カレー)

 「どぶ板通り」をひととおり歩いたあとは、1kmほど離れたところにある「三笠公園」にも立ち寄る予定でした。
 日露戦争で活躍した戦艦「三笠」が保存されているほか、江戸幕府によって国内初の台場が築造された「猿島(さるしま)」行きのフェリーの発着場所にもなっているところで、「水と光と音」をテーマとした公園になっているというので、興味のある場所でした。
 しかし、ここで時間を使い過ぎると、三崎での昼の時間を大きく過ぎてしまい、「まぐろまんぷく券」が使えなくなってしまう恐れがあります。したがって、やむなく割愛することとしました。
 横須賀は、ネイビーバーガーとよこすか海軍カレー、「三笠公園」と「猿島」への渡島とで、もう一度来なければならないようです。

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(「三笠公園」はこんなところだったようです)

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(「猿島」にもいずれ渡ってみたい)


 「三笠公園」は飛ばして、「どぶ板通り」から「大滝町(おおだきちょう)通り」という繁華街を通って、「京急横須賀中央駅」へと向かいます。
 この通りは、幕末から明治初期の横須賀製鉄所建設に伴って、早くから商店街や歓楽街として発展してきた下町エリアのようです。横須賀は戦後ジャズ発祥の街といわれているところ。通りのベンチにはトランペットやサックスを手にしたブロンズ像が所どころで佇んでいました。

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(「大滝町通り」を「京急横須賀中央駅」へと歩く)

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(こういうオブジェも)

 横須賀中央駅からは、1201発の特急に乗って、終点の「三崎口駅」を目指しました。まずいなぁ、横須賀で時間を使い過ぎてしまいました。

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(京急横須賀中央駅)

 車内では、まぐろきっぷのアプリを見ながらどの店でまぐろを食べようかと一人検討。三崎港周辺はお目当ての店が休みだったり、営業中なのかどうかをアプリでは判断できなかったりする中で、城ケ島のバス停近くの2店は営業していて混雑していない「◎」が付き、画像もおいしそうです。となれば、三崎港はいったん通過して、バスの終点の城ケ島まで行ってしまおうという結論になりました。

 城ケ島は、三浦半島の先端にあり、海蝕でけずられた崖は奇勝に富むところ。北原白秋の「城ケ島の雨」がこの地を全国に知らしめた名歌。高校の音楽の実技試験ではこの歌を大声でうたい、90点と評価5を獲得したボクです。(笑)
 「三崎口駅」には1230着。駅前で発車待ちしていた城ケ島行きの京急バスに乗り、まっすぐ城ケ島へ。

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(「三崎口駅」からバスで城ケ島へ)

 バスは1300過ぎに終点に到着。店が閉まっては大変なので、降りてすぐに昼食です。
 バスの回転場所から「城ケ島灯台」方面へと続く路地を進んで、「中村屋」という店で「まぐろまんぷく券」を使うことにします。小さな店で、座敷を除きほぼ満席。たった今空いたテーブル席に案内されました。
 まぐろてんこもり丼の貼り紙が1,450円と出ており、これがまんぷく券で食べられるこの店の品になっています。
 おおっ、まぐろのすり身が崩れんばかりにトッピングされておいしそう。実際、崩れてきましたが。日替わりの焼き物もまぐろ、これに小鉢・味噌汁・お新香とそろっていて、これがこの価格で食べられるの?
 一昨年夏に青森の大間崎で食べた3色マグロ丼は3,740円でした。それには大トロも入っていて、刺身自体はあちらのほうがずっと高級だったけれども、価格効果満足度という面からはこちらがずっと上です。なにもきろきろのまぐろばかりを食べたいと思っているわけではないのですから。
 刺身はもちろん、飯量もたっぷり。ご飯も味噌汁もおかわり自由ということなので、おいしい味噌汁をもう一杯いただきました。

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(城ケ島「中村屋」)

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(「中村屋」のまぐろてんこもり丼)

 いやはや、満腹、満足。やさしそうな店のおばさんから、遊歩道の紫陽花がきれいだとの情報を仕入れて、店からさらに南方面へと進みます。