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 2023年9月20日(水)、21日(木)の2日にわたって、つれあいとともに福島県会津地方をドライブしてきました。
 宿泊は、福島県会津若松市の東山温泉での1泊となります。

 予定として、初日は、米沢から南下して福島県へと入り、はじめに磐梯町(ばんだいまち)を経由して猪苗代町(いなわしろまち)の猪苗代湖周辺を見てから会津若松市に入り、市内の観光ポイントを見て、東山温泉入りして1泊。
 2日目は、下郷町(しもごうまち)、南会津町(みなみあいづまち)、昭和村(しょうわむら)、金山町(かねやままち)、三島町(みしままち)、柳津町(やないづまち)のルートで福島県南部を時計回りでくるりとまわり、喜多方市でラーメンを食べて北へと帰る。
 ――という日程です。
 リストアップしたポイントを2日で巡るのは確実に無理なので、いくつかをおろぬいていくことになりそうです。


 2023年9月20日(水)。
 晴れた天気の中、0840に家をスタート。
 R121を走って順調に福島県入りし、喜多方市の旧熱塩加納村(あつしおかのうむら)に入ったところで「日中温泉」の看板を発見。日中といえば、ここにはかつて「日中線」という鉄道路線があったことを思い出し、そちら方面へと寄り道してみることにします。

 日中ダムの堤体の真下にある、日本秘湯を守る会に属する一軒宿の「日中温泉ゆもとや」まで行って戻りますが、そもそも喜多方駅と熱塩駅を結ぶ路線がなぜ「日中線」という名称だったのかという疑問が。後に調べてみるとこの路線名は、終点熱塩駅の北方にあるこの温泉に由来するのだと知りました。

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(ダム堤体の真下にあった「日中温泉ゆもとや」)

 でもって、すぐに国道には戻らず旧道の熱塩集落を走っていると、旧国鉄熱塩駅舎の「日中線記念館」を発見。よし、ここにも立寄ろう。
 1938年開業の駅で、日中線の廃止に伴い1984年に廃駅。1987年に「日中線記念館」となって、日中線に関する資料等を展示しています。かつて使われていた「乗車券箱」や、廃止時に車両に取り付けられたと思われるヘッドマークなどが展示されています。
 構内の線路は撤去されたものの、車両のほか転車台の跡が保存され、広場では親子連れの人たちが遊んでいました。

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(旧国鉄熱塩駅舎の「日中線記念館」)

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(同 ホーム側)

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(乗車券箱)

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(ヘッドマーク)

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(転車台跡)


 寄り道はここまでにとどめて、猪苗代湖方面へと進みます。
 その途中、「雄国パノラマライン」を走り、磐梯山の裾野に位置する「恋人坂」に立ち寄ります。
 地元ではちょっとした有名スポットのようで、展望のよい喜多方の風景が楽しめます。おお、いい眺めではないか。
 そこから30分ほど走り、磐梯町の「道の駅ばんだい」でトイレ休憩。

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(恋人坂)

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(道の駅ばんだい)

 さらに30分ほど走って、猪苗代湖の湖畔「道の駅猪苗代」に着いたのは1200頃。
 2016年オープンの新しい道の駅。この界隈ならここでソースカツ丼を食べようと狙っていた「まるいち食堂」があいにく休業だったので、道の駅で昼食にしようかと思ったものの、ミニ丼等を除けば最安なのがもり・かけのそばで1,100円ってナニコレ!? 高いだろ。冗談はよせ。
 それにもかかわらず順番待ちが出ていて、予約の団体からどんどん先を越される始末。店員の仕切りも要領を得ないので、ここはダメ。パスと決定するからよーく反省しなさい。
 猪苗代町の市街地に戻って、「若喜食堂」という店でソースカツ丼1,000円を注文したところ、これが大当たりで、甘めのソースがけっこうおいしく、「十文字屋」(会津若松市)みたいなドデカさはないものの十分に腹が満たされます。道の駅のかけそばよりも安い値段で大満足です。(笑)

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(「若喜食堂」のソースカツ丼)

 食後は、猪苗代湖と磐梯山がきれいに見えるところへ行こうと考えて、「志田浜湖水浴場」へ。
 湖水浴シーズンにはファミリーやカップルなどたくさんの人が訪れる場所らしいのですが、季節がずれている上に、この時間、ちょうど雨が激しくなり、傘をさして歩くこととなりました。
 福島県を代表する秀峰・磐梯山も、雲に隠れ気味にうっすらと見える程度で残念。磐梯山の四季折々の姿を映すことから「天鏡湖」とも言われている猪苗代湖ですが、この時間帯、その片鱗も窺えません。うーむ……。

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(志田浜湖水浴場)

 猪苗代湖の北岸エリアに戻り、「野口英世記念館」を観ます。
 野口英世は、言わずと知れた猪苗代町出身の細菌学者。小学生の頃によく彼の偉人伝を読まされたので、よく覚えています。
 3度ノーベル医学賞候補になるなどした世界的医学者の野口英世の遺徳偉業を顕彰するために創設され、館内には胸像、身の廻り品や書籍などの遺品をはじめ、参考品の数々が陳列されています。
 会館建物の隣には、「野口英世生家」が当時の姿のまま保存されています。生家内には、博士が左手火傷をうけた「いろり」や、少年清作が上京の折、「志を得ざれば再び此の地を踏まず」と、その決意を力強く刻みつけた床柱なども残されています。彼は自らも黄熱廟に感染し、51歳の短い一生を終えています。

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(「野口英世記念館」のエントランス)

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(野口英世生家)

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(野口が火傷をうけた「いろり」)

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(館内には力の入った展示物が多い)


 「野口英世記念館」の周辺にはいくつかの観光施設が集中しているので、それらのうちのいくつかを見てまわります。
 「河京ラーメン館猪苗代店」。ラーメンのテーマパークです。河京は1956年創業の、喜多方市に本社を置く食品製造会社で、河京の喜多方ラーメンはこれまでに1億8千万食超を売り上げているとのこと。メーカーの経営なので、1社製造の製品だけが並んでいるのでしょうが、これだけ種類があるのはすごいです。喜多方市内にも同種のラーメン館があるので、買うのはそのときにして、ここでは見るだけにとどめます。

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(河京ラーメン館猪苗代店)

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(すごい品揃えです)

 「猪苗代地ビール館」。磐梯山の名水とドイツの原料で製造される本格派地ビールが売りで、2階のビアレストランでは地ビールに合う絶品のオリジナルソーセージが楽しめるとのこと。当方、運転手なので、残念ながらほぼスルー。なお、「地ビールソフトクリーム」にそそられたものの、ソースカツ丼が腹に重く、これも残念ながらスルー。
 そうそう、志田浜ではよく見えなかった磐梯山が、その後ある程度晴れて、この建物の向こうにくっきりと見えたのが印象的でした。

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(猪苗代地ビール館)

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(建物後方に磐梯山が見えた)

 「世界のガラス館」。世界最高級の輝きを保つボヘミアガラスをはじめ、ヨーロッパ各国から代表的逸品を贅沢に集めたという、無料で見られる販売施設。広い館内にこれでもかとばかりにガラス製品が並んでいて、十分に目の保養ができるのですが、このような規模の施設がなぜここに?! というのが素朴な疑問です。

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(世界のガラス館)

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(内部はきらびやか)

 場所をもう少し南西の湖畔に移して、「天鏡閣」へ。
 猪苗代湖の風光の美しさを賞した有栖川宮威仁親王殿下が、1908年に建築した洋館。大正天皇により「天鏡閣」と命名され、高松宮が継承し、さらに福島県に下賜されています。国重要文化財指定を契機に修復され、一般公開中。
 近くにある「福島県迎賓館(旧高松宮翁島別邸)」は、時間が押してきたので省略。

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(「天鏡閣」の正面は、湖とは反対の西向きに)

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(北川庭園側から見た「天鏡閣」)

 「天鏡閣」そばの湖畔に位置する「猪苗代湖遊覧船」ののりば。
 ここにいる人々の大部分は大陸からの観光客で、服装、行動、表情などからすぐにそれとわかります。特に観光船に乗りたいわけではないので、桟橋に留まっていた「かめ丸」を撮っていると、タイミングよく「はくちょう丸」が遊覧から戻ってきました。

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(「猪苗代湖遊覧船」のりばのかめ丸とはくちょう丸)

 時間は1430。もうそろそろ会津若松へと進まなければなりません。

 会津若松の市域に入ってからの最初のポイントは、「会津慈母大観音像」です。宮田珠己の「晴れた日は巨大仏を見に」を読んで以来巨大仏像に注目していて、それをわざわざ見に行くのは、この5月に「仙台大観音」を見に行って以来のことです。
 R49沿いに建立された巨大な観音像は、「法國寺(ほうこくじ)会津別院」の日本庭園内にあって、入園料500円を払わなければ近くに寄れず、また、正面から尊顔を拝することができないという問題がありますが、わざわざ金を払ってまで入園する気はなく、かつてここでデカ盛りの磐梯ソースカツ丼を食べたことがある「十文字屋」の駐車場付近から横顔を眺めるにとどまりました。
 高さ57m。胎内には237段の螺旋階段が設置され、1万体の御仏があり、胸の位置にある展望台からは磐梯山・飯豊連峰・会津盆地を一望できるということです。

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(「法國寺会津別院(会津村)」入口の大手門)

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(「会津慈母大観音像」。入園料をケチればこの角度が精一杯)

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(大手門前にあった絵馬風看板)

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(デカ盛りソースカツ丼の名店「十文字屋」)

 法國寺の近くにある「会津藩校日新館」。江戸時代には全国有数の藩校と謳われたところで、見たことがないので寄ろうと思っていたポイントでしたが、時間が押している上に入館料700円がかかるので、今回はパスします。

 つれがここは見てみたいと言っていたので、「会津さざえ堂」へ。
 会津若松は、2017年7月に一人で巡ったとき以来のことで、そのときもここに立ち寄り、後方の飯森山まで登っています。つれあいは、中学の頃に学校の旅行で来たことがあったはずだというほどの記憶のようです。
 6年前の記憶ははっきりしていて、そのときと同様に麓の家駐車場に車を入れてアプローチ。長い石段の右脇には動く歩道が設置されているのを見つけ、つれは料金を払って乗りますが、そんなものにお金を払ってはイケマセン。
 「さざえ堂」は、6稜3層建てで、内部は木造建築には珍しい螺旋状のつくりになっています。内部は、ある居酒屋番組でナビゲーターが歩いていたのを見たばかりなので、入らず。建物というのは基本、外から見るべきものだと思っています。

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(長い石段を登ったところから眺めた会津若松市街)

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(さざえ堂)

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(「さざえ堂」の入口に施されている彫物が立派でした)

 戊辰戦争で白虎隊の少年たちが自刃した飯盛山の城跡や、「白虎隊記念館」、「白虎隊伝承史学館」などはスルーして、周辺散歩がてら「旧滝沢本陣」を見にいきます。
 本陣なので、参勤交代や領内巡視などの際の殿様の休息所となったところ。戊辰戦争の際には本営となり、白虎隊もここで命をうけて戦場へと出陣していったそうです。

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(旧滝沢本陣)


 1540となり日も傾き始めたため、これから会津若松の街歩きと「鶴ヶ城」見学の両方をやるのは無理。会津若松一番の観光ポイントの鶴ヶ城はまたの機会とすることにして、街歩きを選択しました。
 はじめは「会津若松駅」から。JR磐越西線と只見線が乗り入れる駅です。駅はできるだけチェックしたいと思っているこのごろです。

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(会津若松駅)

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(同 改札口付近)

 街歩きは、事前に調べておいた中町の無料観光客駐車場に車を置いて、「七日町通り」を歩きます。
 七日町は、城下町の中心にあたり、会津五街道のうち、越後街道、米沢街道、日光街道が通る、西の玄関口として栄えたところであるとのこと。商店街は一時衰退したものの、まだ残っていた明治から昭和初期につくられた蔵や洋館、木造商家などを活用し、大正浪漫ただよう町並みとして再整備され、観光客や全国の商店街から注目を集めるスポットとして復活したようです。通りには手打そば、田楽、イタリアン、フレンチ、日本料理などの各種飲食店や、会津伝統の漆器、絵ろうそくの店、造り酒屋などが軒を連ねています。

 「七日町通り」に出る前に、地図を見ながら「野口英世青春通り」へ。野口英世の青春時代を歩くという趣向になっているレンガ敷きの道路です。
 はじめに目に入ってきたのが「福西本店」の黒壁の重厚な建物。300年前に若松で店を構えた12代を重ねた商家で、最盛期には銀行や鉄道、電力などへ出資し、その財でこの商家建築を整えたとのこと。今は、会津地方の民芸品やからむし織、会津漆器、会津本郷焼きなどを扱う土産店になっていて、敷地内には蔵造りのビアレストランや手打ちうどん・そばの食事処もあるようです。

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(福西本店)

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(同 少し中に入ったところ)

 その隣の「会津壱番館」という喫茶店が入った洋館風の建物の2階には「野口英世青春館」があります。建物は、野口英世が左手の手術を受け、医学を志して3年半を書生として過ごした「旧會陽医院」の跡です。

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(野口英世青春館(旧會陽医院))

 「七日町通り」に至り、通りを西に進んで行きます。目についたものをパチリパチリと撮影。
 「昭和なつかし館(おもいでミュージアム)」。骨董品店のようで、その2階が展示館兼ショップになっているようです。この眺めがすでに昭和。内部は、昭和30年代の街角を再現した空間になっていて、夕暮れをイメージした薄暗い路地、すし屋、たばこ屋、銭湯、写真館などが所狭しと並んでいるとのことです。

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(「昭和なつかし館」のエントランス)

 「白木屋漆器店」。創業300年以上の、土蔵造り3階建洋館の資料館。会津塗りの歴史、複雑な作業工程、種々の塗技法、蒔絵技法が一目でわかるように展示されているとのこと。

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(白木屋漆器店)

 「白木屋漆器店」の3軒ほど西隣にあった建物。建物には「呉服百貨店」「第二チェンストアー塚原呉服店」などの彫り込みがなされています。1927年建築で、現在は閉店している模様です。

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(第二チェンストアー塚原呉服店)

 「かくれ蔵 會(あい)や」という会津木綿の衣料品店と、その奥は「清水屋履物店」。

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(かくれ蔵 會や)


 「小野屋ギャラリー夢蔵」。古い時代に建築された蔵を改装して作られた、個性的な店舗外観が目を引く建物で、アンティークとクラフトが融合したユニークなギャラリーでるとのこと。東隣りには「心眼美望館」なんていう建物もあります。ナンダソレハ。

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(「心眼美望館」(右手前)と「小野屋ギャラリー夢蔵」)

 「会津新選組記念館」。1階は骨董品店で、2階が記念館。会津藩や新選組の資料をはじめ、来援した旧幕府軍・奥羽越列藩同盟軍、来攻した新政府軍等の貴重な資料を入れ替えながら展示しているそうです。

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(会津新選組記念館)

 JR七日町駅の近くまで歩いてくると、味のある建物がまた増えてきました。画像は、「合名会社関漆器店」と「お菓子の蔵太郎庵七日町菓房」の1枚と、2枚目は「お休み処やまでら」「深久商店」生地店の「もめん絲」などの建物が並ぶところ。このほかにも多くのいい建物が残っています。

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(JR七日町駅近くの「七日町通り」1)

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(同 2)

 「渋川問屋」。1882年から続く会津一の海産物問屋で、大正時代の建物をリノベーションした内装。会津の本格郷土料理を提供しています。定番の山海料理10品コース2,200円から楽しめるとのことです。よさげですね。

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(渋川問屋)

 ここまでであとは戻り足となり、途中で「末廣酒造嘉永蔵(かえいぐら)」をチェック。
 1850年創業の造り酒屋。会津にこだわった酒造りを行っており、6つの酒蔵と木造3階建ての住居の見学と試飲が無料でできるそうです。

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(末廣酒造嘉永蔵)

 17時近くに街歩きを切り上げて、本日の宿がある東山温泉へと急ぐことにします。
 その途中、西郷頼母旧屋敷や旧中畑陣屋移築書院などがある総合ミュージアムパーク「会津武家屋敷」にも寄ろうと思っていましたが、もう閉まるのでここも省略となります。

 東山温泉は、湯川渓谷沿いにある山間の温泉で、仕事上のブロック会議か何かで泊まって以来2回目で、多分20年ぶりぐらいです。
 この日の宿は、大江戸温泉物語グループの「東山グランドホテル」です。
 大江戸温泉物語グループなのでとても安く、ステーキ、お造り、生まぐろの握り寿司、鮭わっぱ飯、芋煮、ソースカツ丼などの、会津郷土料理をはじめとする和洋中創作料理のバイキングに加え、ずわい蟹の脚と爪食べ放題、アルコールメニューを含めた飲み放題で、たしか一人9千円ぐらいでした。さらに絶景の大浴場でゆったり風呂に浸かることができてこの価格って、どう考えてもすごいよな。

 で、1830からの夕食バイキング。昼に食べたソースカツ丼がまだよくこなれていない感じがあるのに、バイキングとなればしっかり食べ、飲み放題であればしっかり飲んでしまうというのが悲しい性。
 カニの脚は細くて食べるのが面倒なので、はじめの1回だけであとは狙わず、寿司、刺身を中心に進めます。飲み物は、その都度持ってくるのがかったるいので、一度に2杯ずつテイクし、ビールを主にして飲みます。(笑)
 斜め後ろで食べている兄ちゃん二人組のうち、一人はカニ専門、もう一人はステーキと寿司専門という食べ方がおもしろい。カニ兄ちゃんは、食べ終わったカニの殻を下げようとするフロア担当を制止し、最後に食べた殻の量を撮影するのでそのままにしておくよう命じていました。脇を通る宿泊客は誰もが驚き、笑いながら進んで行くのでした。
 周囲の人々を見ていると、いずれもがっちり持ってきて、常に口を動かしているのが笑えます。もちろん、他人のことばかりは言えません。

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(「東山グランドホテル」の夕食の、ほんの一部)

 ああ、食った食った。ここの宿の場合、多くの宿泊客がいるはずなのですが、無料の館内WiFiサービスがなく。部屋でパソコンをすることができないのでした。いまどきそんなことがあるとは青天の霹靂で、そうと知っていればこの宿をとらなかったかもしれないし、とったにしても、荷物になるパソコンを持ち込むことはなかったでしょう。大江戸温泉物語グループって、どこもそうなのでしょうか?

 となれば、あとは風呂に入って寝るだけです。運転したことが心地よい疲れになっているので、眠気はすぐにやってきます。さあ、寝よう。

 9月20日の走行距離は、180kmでした。

 ドライブの2日目となる、2023年9月21日(木)。
 この日は南会津方面をまわって、その日のうちに山形に戻るのですが、福島県は広く、このルートを走るだけでもけっこうな時間を要するはずです。したがって、事前に拾っている立ち寄りポイントはだいぶカットせざるを得ないでしょう。残念ながら天気は雨がちで、あまりよろしくありません。

 まずは宿の朝食から。
 大江戸温泉物語グループの宿の朝食はバイキング。よせばいいのに、がっつりテイクしてたっぷりと。鮪の剥き身をダブルで配置し、飯物は明太子の入ったおにぎり1個。サラダもたっぷりほしい。しじみの味噌汁でとどめておけばいいものを、カレーがあるのを見つけてそれもスープ代わりに取ってしまいました。
 抑えて食べようと思っていても、ごたいそうなラインナップと、それを狙う宿泊客たちの行動を見ていると、ついついこうなってしまうものです。(笑)

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(「東山グランドホテル」の朝食バイキング)

 満腹になった食後は、朝風呂。自慢の大浴場は、広い内湯に小さいながらも露天風呂が付いています。大きさ、深さ、湯温などの面ではダンゼン内湯。この大きな浴槽に浸かっているのは、ほとんど自分だけという贅沢を味わいました。

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(「東山グランドホテル」の大浴場)

 0915に宿舎発。旧道に入ってめったに来ることができない東山の温泉街を眺め、会津若松市を南下し、「牛乳屋食堂」の角を右に曲がって、会津鉄道会津線の「芦ノ牧温泉駅」をチェックします。
 ここには2019年春の房総方面への車旅の際にも立ち寄っていて、牛乳屋食堂の「手打ミルクみそラーメン」で腹を満たしてから駅舎を見たのでした。ここには猫駅長がいるのだとつれあいに話すと、それをどうしても見たいというので、再訪となりました。

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(「芦ノ牧温泉駅」。2019年撮影時とほぼ変わったところはありません)

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(駅舎の内部はこんな感じ)

 芦ノ牧温泉街にも入り込み、温泉街の風情を車窓から見て、さらに南へ。
 下郷町(しもごうまち)に入って、この地域でははずせない観光地の「大内宿」へ。ここは、子供がまだ小さい頃に来た記憶があるので、30年ぶりぐらいになるのかもしれません。手前の有料駐車場に停めて、傘をさしてアプローチします。

 会津若松と日光今市を結ぶ下野街道の宿場町だったところで、500mほどの往還に寄棟造りの建物が道路と直角に整然と並び、今も江戸時代のような風情が残っています。1981年、国重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
 よくこれだけたくさんの萱葺き民家を残せたものだと感心しながら、建物や店の様子を撮っていきます。写真を撮るのにさしている傘が邪魔です。

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(大内宿)

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(小物類のディスプレイもサマになっています)

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(ねぎそばを供する店のひとつ「こめや」)

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(土産店「分家えびす屋」)