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はてなキーワード: 懺悔とは

2026-01-24

anond:20260124145142

除霊に見えて「そりゃあ生産性へったくれもねえだろ」って思ってしまたことをここに吐露懺悔しま

2026-01-19

anond:20260119111409

クズ発言価値はない。懺悔であってもだ。

2026-01-18

いじめっ子懺悔してた

飲み屋で知り合った男性が話していたんだが、その人は中高自体結構酷いイジメをしていたが、結局最後にはこちから謝罪をして今は一番の友達だと。

謝罪結構だし「一番の友達」というのを信用するとしても、それをイジメてた側が言うのが不気味すぎる。

自分を疑う」という事が出来ていない時点でイジメてた当時の意識とあまり変わってないのでは?と思わざるを得なかった。

2026-01-13

anond:20260113132844

なんかDV男の懺悔みたい。爺ちゃんちゃん喧嘩して婆ちゃんがだんまりしてる姿思い浮かんだわ。

2026-01-09

江口寿史「いっぱいパクってスミマセン」

江口寿史氏推薦文

すべての笑いの創り手はこの作品懺悔しろ!「つまらなくってスミマセン」と!

俺もする!「いっぱいパクってスミマセン」と!祝刊行日本ギャグの性、いや聖典

2010年に予謝罪していたとは。

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2026-01-06

懺悔したいことがあるんだ 第8話<最終話

高校受験を終え、高校へ進学する事になった。
一学年300名、40人前後クラスが8クラス高校
いたことに、Hが同じ高校受験し受かっていたのだ。
しかも、入学式の日に見たクラス名簿には、同じクラスにHの名前があった。

中学高校時代の話「懺悔したいことがあるんだ」<後編>

高校入学してからも、私は相変わらずだった。
相変わらず、休み時間になるとHを追いかける日々。
だが、私は変わらなくても私を取り巻く環境が変われば、変わる事もある。
高校生になって、そんな風に女子を追いかけ回していれば・・・同じクラスの奴には 変な奴 と認識される。
そして、一度・・・変な奴と認識され、しかもその行動が常識からズレていると、
そういう行動をしている相手・・・軽蔑侮蔑対象になる。

高校に入って暫くしてから、私は同級生から虐めを受ける様になった。
休み時間になると、虐められない様に何処かに身を隠す・・・
授業中、Hと同じ授業で、同じ教室に居る時だけが・・・幸せ時間になっていた。

ある時、休み時間に入った途端、逃げる間も無く虐められた。
殴る蹴るが延々と続き、ボロボロになった私・・・誰も助けてはくれない。

虐めてた奴らが、気が済んだのか・・・次の授業は教室移動だった事もあり、居なくなった。
一人、教室に残された私は・・・泣いた。
気が付いたら、何故かHがそこに居た。
Hは私を見下ろしながら一言
無様ね・・・今まで私を追いかけ回した報いよ」と言った。

しかった、ムカついた・・・私は、立ち上がると・・・Hの頬に思いっきり、一発ビンタした
本当は、殴りたかった・・・虐められた分、こいつを虐めて憂さ晴らししたい・・・そんな気持ちだった。
でも、相手女の子であるという認識・・・ビンタ一発以上の手出しを、私に躊躇わせた。
Hは泣き出した・・・しかも、その後Hは私に殴られたと担任に告げ口し、私が担任にこってりしぼられた。
その日・・・小学校3年生の時にEと喧嘩して、腐った死体と言った時の事を思いだした。

そうして、・・・虐められ、虐めから逃げつつHを追い・・・そんな高校生活が3年間続いた。

高校卒業した半年後、一度だけ同窓会でHと会った。
Gに「半径3メートル以内に近付くな」と言われたのも、その同窓会の時だ。

同窓会が終わり解散した後、駅のホームで、再びHと鉢合わせした。
同窓会の会場では互いに近寄りもせず、言葉も交わすさずにいた。
時間時間で、場所場所なので、あまりホームには人は居なかった。
駅のホーム・・・互いに2メートルぐらいの距離で互いに、相手が居る事に気付く。

私は・・・Hに近付こうとした。
・・・Hは、携帯を取り出し・・・私に向かって告げた。
「そ・・・それ以上、近付いたら・・・110番・・・するからね、5年間も付きまとわれて
わたしが、どれだけ・・・嫌な思いをしたか、解る?
この ストーカー
私は、それ以上近寄れず、後ろを向くとホームの端まで走った。

ショックだった、嫌われているとは思っていた・・・けれど
じゃあ何で、その5年間・・・完全な拒絶をしなかったんだ・・・とも思った。

それ以来、Hとは会っていない・・・

懺悔したいことがあるんだ」終章

一つだけ、心残りがある。
同窓会の日の、駅でのHからの拒絶・・・あれはHの本心だったんだろうか?
それまでの5年間、完全な拒絶は無かった。

私が虐められて泣いてた時・・・何故そこにHが居たのか?
あの時の「無様ね」と言う言葉・・・Hなりに、私を元気づけようとしたんじゃないか
確証は無いけれど、もしかしたらそうだったんじゃないかと思える。
同窓会の日の、あの拒絶は・・・私を試そうとしていたんじゃないか、と。
ああ言われても、私がHに近付いていたらどうなっていたんだろうか・・・あの時、Hに近付いて・・・抱きしめて、
ディープキスの一つもしてれば、そこから先の人生、少しはマシになってたんだろうか

EとHは違う・・・けれど、似た雰囲気を持っていた二人。
Eの時は、追いかけ回すとか以前に・・・補習授業で、偶然私が教える側になってそこから
普通に話をする様になっていた、異性と言うよりは、少しひ弱な同性と言う目線でEの事を見ていたと思う。
Hの時は、最初からいかけ回していた。
もし、Eの時の様に、Hとの関わりに別な形での接点があって・・・そこから関わっていたら、
何か違っていたのだろうか・・・

Hが、どういう気持ち・・・私と接していたか・・・真意は解らない。
本当に、心の底から私の事が嫌いだったかも知れない。

けれど、Hがどう思っていたか関係ない・・・あの時、「無様ね」と言われてHにビンタをくらわせた。
せめて、あの時の事だけはHにきちんと謝っておきたかった。

ここまで読んでくれた人へ

こんな拗らせた大人にならないために良い恋愛しろ
いつまでも学生時代片思いを引きずったりするな!
そういうことをしていると、私みたいになるぞ!!

これが言いたくて、私は私の過去の話をしたんだ。
私みたいには、なるなよ。

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2026-01-05

懺悔したいことがあるんだ 第7話

いつ頃からか、私は・・・いかけ回す事で逃げながら私を拒絶する女子仕草
そういう形であろうと、女子と接点を持てる・・・いかけ回す事で女子と接する事ができると思うようになっていた
そして、当時はそれをおかしいとは思いもしなかった

中学高校時代の話「懺悔したいことがあるんだ」<中編>

親睦合宿が終わって、日常生活に戻ってから・・・私は、肝試しの時同じグループだった女子(以下、この子をHとする)を追いかけ回す様になった。

休み時間になるとHを追いかけ回す私。
Hはそれなりに運動神経もあり、走るのはそこそこ早かった。
そこで、追いかけ回すだけでは無理だと判断した私は別の戦法も行う様になった。
移動教室の時等は、教室移動のルートを先回りし影で待ち伏せ教室移動中のHを抱きしめるという具合に。

そうした先回りする私の動きをHは察して防衛策を練るようになった。
こうして、私とHの追いかけっこは・・・次第にエスカレートしていった。

Hを捕まえ、胸を揉もうとする私・・・嫌がって逃げるHそんな毎日が2年生の間ずっと続いた。

だが、二つ、不思議な事があった。
一つは、FやGの時には、周りの女子の中に同情的になり当事者であるFやGをガードする女子が現れたものだったが、
2年生の間・・・Hとのやりとりに、Hをガードしようとする女子は一人を除いて現れなかった。
もう一つは・・・Hを追いかけ回している時に、偶に奇妙な既視感を感じる事があった。

から逃げながら、私を罵倒するH
私「逃げるなよ・・・、それとも・・・逃げてるのは照れ隠しかい?」
H「あんたしつこいんだって、何回言ったら解るの?
嫌ってる振りなのか本当に嫌ってるのかちゃんと見分けたら?
目腐ってるんじゃないの?」
そんな会話を、追いかけっこをしながら繰り広げる私とH。

FやGを追いかけ回していた時は
Hとの追いかけっこの時の様なやりとりは無かった。
Fの時は・・・
私「そんなに逃げるなよ、あいしてるぜ」
F「や、やめて・・・それ以上来ないで(涙目)」
とか、Fを捕まえて胸を揉んでる時も
F「ううっ・・・・ひっく(涙を堪えて、でも泣き声)」
だったし。
Gの時は、近付いたら容赦なく蹴りを浴びせられて・・・私は蹴り飛ばされていた。

それ以前にしてもそうだ・・・私に追いかけ回されて、「やめて」と言う子や
抵抗する様に攻撃しようとする子は居ても・・・

追いつけなかった時等に
Hの様に「あら、残念ね」等と言ったりする女子は居なかった。

3年生になった頃には、奇妙な既視感の正体に薄々感づいていた。
小学校3・4年生の時のあの子・・・Eとのやりとりが、こんな感じだった
ただ、Eとは普通に友達同士と言う感じでのやりとりで、追いかけ回したりとかは無かった。
同じ様なやりとりをしているのにEとHは何処か大きな違いがある・・・その違いが、
当時の私には解らなかった。

今なら、その違いが何なのかは解っている。

中学3年のクラス替えで、再び・・・Hと同じクラスになった。
当然、3年生の間も、Hを追いかけ回していた。
だが、3年になってからクラスでは・・・Hに同情的になる女子が数名居て
そういう女子達がHをガードしていた。
そうなると、私がとる手段は一つだった。
5年・6年の時と同じ・・・乳揉み。
だが、中には乳揉みで怯まない、根性の座った子も居た。
そういう子に対しては・・・スカート捲りまではしていた。

そんなこんなで3年生の時間は過ぎ、高校受験を終え、高校へ進学する事になった。
一学年300名、40人前後クラスが8クラス高校
いたことに、Hが同じ高校受験し受かっていたのだ。
しかも、入学式の日に見たクラス名簿には、同じクラスにHの名前があった。

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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」

2026-01-04

懺悔したいことがあるんだ 第6話

小学校卒業と同時に、私は親の転勤で引っ越す事になった。
まり小学校時代同級生達とは別の中学に通う事になった。

中学高校時代の話「懺悔したいことがあるんだ」<前編>

今までとは別の環境、新しい同級生達。
30人のクラスが1学年辺り6クラス中学
新しい環境ではあったが・・・私は同じクラス女子と話す事は無かった。
小学生の頃・・・幼稚園生の頃から・・・女の子は一部例外を除いて追いかけ回す対象という認識
できてしまい、女性に対する普通の接し方を全くと言って良い程知らなかった。
いや、今でも女性に対する普通の接し方は解らないのだが。

中学生になっても、同じクラス可愛い子を見つけ追い回す日々が続いた。
勿論追い回される子に同情的な女子も出てきて、5年・6年の時の様な形になった。

中学一年生の時、同じクラスで私の標的になった子は意外と強い子だった。(以下、その子をGとする)
後に同窓会で会った時、Gは「私の半径3メートル以内に近付いたら、警察通報させてもらいます
中一の時の事、謝罪されない限りは許すつもりはありません、謝罪しても・・・半径3メートル以内へ
接近したら、通報します」と釘を刺されたぐらいに、色々な意味で強い子だった。

他人とどう関われば良いか解らず、友人と言える友人の居ない日常
休み時間になれば、女子を追いかけ回す・・・入学から数ヶ月で、私の周りには
誰も近寄らない、虫でも見るかの様な目で見られる様になっていた。

そして、2年生になった。

私の通っていた中学には、親睦合宿というのがあった
4月入学や進級から半月後に、クラスの親睦を深めるための研修として
行われる合宿

その合宿で、私が2年の時には・・・何故か晩に肝試し等と言う催しがあった。
4月肝試しという時点で季節外れも甚だしいのだが
その肝試しは、男子二人、女子二人の四人で一グループになる
クラスが30人なので、最後に2人余るのだが、余った2人は担任副担任とで一グループになる。
グループは、くじ引きで決まる。

そうした肝試しグループ出会った女子の可愛さに、今年の標的はこの子にしよう
という心が芽生えてくる私。

いつ頃からか、私は・・・いかけ回す事で逃げながら私を拒絶する女子仕草
そういう形であろうと、女子と接点を持てる・・・いかけ回す事で女子と接する事ができると思うようになっていた
そして、当時はそれをおかしいとは思いもしなかった

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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」

2025-12-31

新卒一年目の君へ

今年一年お疲れ様でした。

学生から社会人になり、激動の一年だったことでしょう。

年末年始休暇は楽しめていますか?

きっと頑張り屋な君のことなので、今日もこっそり仕事をしていたり、仕事のことを考えていたりするのでしょう。

休む時は、休む。休んでまた元気に頑張る。

体は資本からね。

さて、本当に私が伝えたいのは、そんなことではありません。

君は学生の頃から弊社で頑張ってくれていましたね。

弊社で働く上で必要情報キャッチアップができていた、ということもありますが、新卒一年目とは思えないほど、ずっと優秀だと思いました。

的確に意見を述べ、業務を推進していく姿は本当に立派ですし、学生の頃からの姿を見ていることもあり、君の成長ぶりにはなんだかしみじみとしてしまうこともあります

比べるのもおこがましいくらいに、私が一年目の時よりもはるかに頑張っているし、良い経験ができている。とても羨ましいです。

きっと、君自身自分仕事ができると自信を持ち始めている、いや、自信を持っていますね。

自信があるのは素晴らしいことです。自信がなくても多少自信があるように見せる、ということも社会人として必要姿勢ですしね。

さて、そんな君に少し今年を振り返って考えてみてほしいことがあります(休んでね、という話をしたばかりで申し訳ない)。

仕事というものは、当然ですが一人では進められないので、今年一年、いろんな場面で、いろんな人に質問相談、依頼をしましたね。

多くの人に助けられたなあ、という気持ちにもなっているのではないかと思います

もちろん、弊社の人間は心優しく、仕事のできる人ばかりなので、率先して手を差し伸べてくれたでしょう。

そんな人たちと接する中で、気をつけていたことはありますか?

質問を少し変えてみます

その中で、少し反省していることはありますか?

勝手ながら、少しでも、何かが君の心をよぎっていたらいいなと思っています

まりぴんとこないですか?

ここまで遠回しなことばかり言ってしまったので、疲れさせてしまたかもしれません。

ここから単刀直入にいきますね。

今の君の仕事の進め方、先輩たちへの質問相談、依頼の仕方では、いずれ君が困ることになるかもしれません。

失礼、まだまだ遠回しすぎました。

君は、先輩たちへのリスペクトが欠けているように見えています

あくまで、「ように」「見えている」のですが、内心で思っていることは、本人の自覚があろうとなかろうと、他人には分かってしまものです。

先輩たちについついタメ口で話していませんか?

自分タスク管理問題スケジュールが逼迫しているときに、代わりの依頼を無言でカレンダーに入れていませんか?

依頼の仕方が雑になっていませんか?背景や必要対応粒度を伝えないまま、ただただやってくださいになっていませんか?

君より後に入った中途入社の人に、君が十分にレクチャーしていないことが原因にもかかわらず、なぜ自分に先に聞いてくれないのか、と言い放ったことはありませんか?

あ、少し心当たりがあるようですね。それはよかった。記憶がないと言われたら、そこまでですから

なんでお前がそんなことを知っているんだって

誰がどんな対応をしているか、は耳に入ってくるものですし、私は結構見ているんですよ…意外ですか?

これは私の勝手な予想なのですが、きっと、君の持つ自信が、そうさせてしまっているところもあるのかもしれない、とも思います

そして、それは私たち先輩社員のせいでもある、とも強く感じています

君が学生の頃から一緒に働いている仲だからこそ、私が一番に、伝えなければなりませんね。

でも、言えなかった。

今年のうちに、ができなかった。


本当は、これは私の懺悔投稿です。

君のためを思っているなら、やるべきことが、できていない、こんな先輩でごめんなさい。

来年絶対に伝えよう、と誓っているのですが、もし、君がこの投稿を目にして、自分のことかも、と思ったのなら。

どうか、君が周りの人から信頼され、何かあったときに、新卒という身分も消え去ってしまったときでも、この人なら助けたい、と思われ、手を差し伸べられ続けられる存在でありますように。

そう願ってやみません。

良いお年を

2025-12-26

氷河期の恨みと懺悔

氷河期直撃世代氷河期世代は常に割を食っていると考えている人間だが、同時に嫌韓を強烈に支持し今に至るネトウヨ発生させた世代でもあると思っている。

もちろん世代一括りでネトウヨなんてアホは言わん。

でも高度成長期感覚から抜け出せずにいる団塊世代の親に現状を外しまくった説教をうけ、自分らより明らかに努力もせず実力もないまま苦労せず就職した数年違いのバブル世代を目の当たりにした上で自己責任押し付けられた氷河期には、ニホンスゴイニホンワルクナイ日本人なだけでエライっていう言説はヤバい心地よさがあったんだよな

どう考えても日本国策が悪かったんだが公務員しからざまあ感覚郵政民営化にも賛成してた。

俺らは時代被害者でもあるが今後は加害者になる。

ちょうど俺らが定年になるころに高齢世代の手当も薄くなるし(バブル世代は逃げきれそうで良かったな)もうこの国を沈めることに否はない。

氷河期非正規定年大量発生とともに沈め日本よ。

2025-12-24

懺悔したいことがあるんだ 第5話

5年生になって、私に追いかけ回される標的になったのは・・・言うまでもなく、Fだった。
「覗かないでよ」の一言を発した時のFの表情がキュンと来た・・・それだけの理由だった。

小学校5・6年時の話<後編>

休み時間になる度にFを追いかけ回す私。
Fは、運動がそんなに得意ではなく、走るのもそんなに早くない。
走る速さでは中の下ぐらいの私よりも遅かった。

休み時間になる度に私に追いかけ回され、最終的には私に追いつかれ私に後ろから抱きしめられるF。
流石に同じクラス女子の中にFに対して同情的になる女子が増えてきていた。

ところで、5年生ぐらいとなると性教育とかの授業があるわけだが・・・性教育と言えば当然、
・・・男としては乳に興味が出てくるわけだ。
そこからがFにとっての地獄の始まりだった。

休み時間になると、Fを追いかけ回す私。
同情的になった女子達が、Fを庇う・・・
そうやって庇う女子達を牽制する為に私が取った戦法は・・・乳揉みだった。

それも、後ろから回り込んで脇の下から手を伸ばして揉むなんてかわいげのある悪戯じゃない。
標的であるFを追いかける私、私の前に立ちふさがる女子達。
突破するために・・・真っ正面から突進して相手の胸を揉み、怯んだ隙に突破というものだった。
同じクラス女子の半分ぐらいは、そういう経緯で乳を揉んだ・・・

当然Fに対する追いかけ回しもエスカレートしていき、最初の頃は、追いかけ回し追いついたら
後ろから抱きしめる程度だったのが、5年生の2学期になる頃には、追いかけ回し、
後ろから抱きしめ、胸に手を伸ばし・・・揉む、という所までいっていた。
自分で言うのもなんだがひどい事をしたと思う

それこそ、Fにとっては地獄の様な日々だったんじゃないかと今となって思う。
そしてFにとっての地獄・・・5年生の間だけでは終わらなかった・・・
6年生でも同じクラスだったという事だ。

当然6年生の時のクラスでも、Fに同情的な女子が庇う様になり、そんな光景が6年生の間も続いた。

いたずらで済まされるレベルではなく、親も何度か呼び出しをくらった。

だが、Fの親と私の親とが、私とFが幼稚園が同じだった事から幼稚園保護者の会以来
それなりに古い付き合いで、Fの親は結構楽観的な反応だったらしい。
Fの親は、Fに
そんなに好かれてるなら、付き合っちゃえば?
みたいな事を言っていたと後で知った。

私が、懺悔したい相手の一人はFだ。
2年間、Fはどんな気持ち毎日学校に通ってたんだろう。
心の弱い子なら登校拒否になってもおかしくなかったんじゃないかと思う。

そして、話は中学以降に移る。
もう一人の懺悔したい相手・・・いや心残りな相手なのかも知れない。

小学校卒業と同時に、私は親の転勤で引っ越す事になった。
まり小学校時代同級生達とは別の中学に通う事になった。

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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」

2025-12-23

懺悔したいことがあるんだ 第4話

私が、懺悔したい人は二人居る。
ここからの8年間で、その二人に私は、最低な事をした。

小学校5・6年時の話<前編>

話は、少し前後するが・・・、4年生当時の私はある習い事をしていた。
今となっては何の役にも立たない・・・Y○M○A○とかな習い事
今では楽譜の読み方すら覚えていない。

年に一度、その習い事で発表会があった。
大体2月頃に、その為に遠出しなければならない上に日曜日が一日潰れる、かったるい・・・
同じ習い事に、私と同じ小学校・・・3年下の子が通っていた(以下、この子をZとする)
Zの家の隣の家には・・・私と同じ学年の女子が住んでいてた(以下、この子をFとする)
そういうご所さんのよしみで、Fが、4年生の時の発表会を見に来ていた。
Fとは、幼稚園が一緒だったが小学校では同じクラスになった事は一度も無かった。
だが、幼稚園が一緒だったと言うことは、当然小学校では同じクラスになった事は無くとも、私に関する予備知識はある

何故か、発表会の帰りに・・・それぞれの母親達の話なりゆきから、Fの家に立ち寄る事になった。

立ち寄る事に決まった時、一瞬、Fが凄く嫌そうな顔をしたのを覚えている。

Fの家に立ち寄り、主婦達のお茶会を始める母親三名、こたつに入ってぐったりする私。
こたつに入り、ボーッとテレビを見る、Z。

Fの家な訳で・・・Fの母親が、Fと何か話し・・・
「うん・・・解った」と言ってこっちへ来る。
こたつのある所が居間なら、居間の横に座敷部屋が一つあるっぽい。
座敷部屋の襖を開け、何を思ったかこっちを振り向くF。
リビングお茶会をしている母親達に聞こえない様に、こたつに入ってぐったりしてた私に向かって。
Fは、「着替えるけど・・・覗かないでよ」そう言って座敷部屋に入り襖を閉めた。

覗きなんてそれ以前の人生でもそれ以後の人生でも一度もした事は無い。
だが、幼稚園の頃からずっと女の子いかけ回していれば、そりゃ噂には色々とオプションが付くもので、
どうやら、他のクラスでは私=女子の着替えを覗いたりする変態、と言う認識が4年生の時点で為されていたらしい。

実は、「覗かないでよ」と言う一言ときめいてしまったのは今でも内緒、いや・・・今では言えるわけがない。
その一言が、Fを可愛いと思ったきっかけだった。

5年生になって・・・Fと同じクラスになった。
幼稚園の頃同じ組だった事はあったが、小学校ではFと同じクラスになるのは初めてだった。
5年生になって、私に追いかけ回される標的になったのは・・・言うまでもなく、Fだった。
「覗かないでよ」の一言を発した時のFの表情がキュンと来た・・・それだけの理由だった。

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2025-12-22

考察現代組織における「不可視埋没費用」と女性自律的誤認について

アラフォー管理職。今まで責任感とかそういう部分に性差は無いと言い聞かせて部下をマネジメントしてきたが撤回する。今までの女性部下よ、君らに合わせたマネジメントができなかったことに対する懺悔として増田に記す。

1. 「セルフメイド」という幻想の発生

現代組織において、一定の成果を上げている女性層の中に、「自らの能力のみで現在地位確立した」という極めて強固な自負を持つ一団が観測される。 彼女たちの特徴は、自らの成功100%個人的資質直感努力カリスマ性)」に帰属させる点にある。しかし、この自己評価客観的実態の間には、組織戦略的に配置した「緩衝材」による巨大な乖離存在する。

2. 組織による「構造デバッグ」の不可視化

彼女たちが「自分の足で歩いている」と確信できるのは、組織側がその歩道に転がっている石を先回りして排除し、亀裂を埋める「構造デバッグ」を、本人に悟られないよう徹底しているためである

3. 「全額着服」の心理構造

この構造の最も皮肉な点は、組織彼女たちを守れば守るほど、彼女たちは「自分は守られる必要のない、完成された個体である」という確信を深めるというパラドックスにある。

周囲が注ぎ込んだ調整リソース他者沈黙上層部の根回し。これらすべての「外部リソース」を、彼女たちは自らの引力によって引き寄せた「当然の報酬」あるいは「自らの実力の一部」として内面化し、全額着服(Self-appropriation)する。この心理防衛機序が、彼女たちの「根拠のない万能感」を維持するエンジンとなっている。

4. 結論保護が解かれた際の「生存可能性」

この「自律錯覚」の中にいる層は、現在保護的な組織環境から一歩外に出た際、あるいはその「緩衝材」を担う人間離脱した際、極めて脆い。 彼女たちが誇る「実績」とは、組織という高度な生命維持装置の中で測定された数値に過ぎない。しかし、その装置スイッチを切った瞬間に訪れるであろう「現実」との衝突を、彼女たちが予見することは、その構造盲目ゆえに不可能である

懺悔したいことがあるんだ 第3話

小学校3・4年時の話

3年生の初めに、同じクラスに一人の女子が転校して来た(以下、この子をEとする)
見た感じは、和風お人形さんと言う感じで可愛いんだが、かなり生意気な奴でメンクイ(美男子が好み)だった。
解りやすく言うと、薔薇乙女翠星石がメンクイ(美男子好き)になった感じ。
Eは、算数がすごく苦手で・・・毎回算数テストではゴニョゴニョ、な点数を取っていた。特に分数の掛け算と割り算の違いがよく解らないで苦戦していたのを良く覚えている

私も成績の事は余り言える方ではないが、テストの成績に寄っては居残り補習が有り、Eは算数の成績で居残り補習常連だった。
しかも居残り補習でいつも一番最後まで残る様な子だった。
風邪気味で休まずに登校したある日、算数テストで私はゴニョゴニョな点数を取り初めて居残り補習を受ける事になった。
居残り補習では、先に課題ができた子が先生負担を減らす為に、まだ課題ができてない子に教える制度があり私は、何故かEとあたった。

の子達が次々と課題を終えて帰っていく中、全然課題が進まないE。
最終的には、私とEの二人だけが教室に残された。

私「何で、掛け算で逆にするの・・・?逆にするのは割り算でしょ?解らないの」
の子「うっさい、黙れ、解らないの!解らないから残ってるの!」
こんな感じのやりとりをしながら課題を進める事・・・私が課題終わってから1時間半、後少しで課題が半分行きそうという頃に教室先生が戻ってきて
「まだやってたのか、おまえら、もういい帰れ」と言う程だった。

何故か、Eとはよく喧嘩した。
当時、ファミコンを買ってもらい、ドラゴンクエスト3だか4だかにはまってた私は
一度、Eと喧嘩の際、相手馬鹿にする言葉咄嗟に思い浮かばず、「うっさい、くさった死体」と言った事があった。
それで通じる相手相手だが・・・泣きながら先生に「先生~、○○君があたしの事ゾンビって言った」と告げ口された。

4年生になっても、Eとは同じクラスだった。
Eの事は、好きとかではなく喧嘩友達という感じだった。
相手はどう思ってたか知らないが対等に話せる相手・・・という関係だったと思う。

そういう間柄で、普段ならどれだけ口げんかしてもなら先生に告げ口したり泣いたりなんてしない。
それだけに、「くさった死体は言い過ぎたな、二度と言わない様にしよう」と4年生の時には思っていた。
女の子としては、ゾンビと言われるのは傷つくものなんだと理解した。

Eが、4年生の1学期に同じクラスイケメン告白して振られた。
実はそういう事が3年生の時にも2度あった、一度目は同じクラスイケメン
二度目は別のクラスイケメン、そして、ことごとく振られるE
私「お前、なんで・・・そんなに軽々しく告白するの」
幼稚園の頃から年代女の子いかけ回してた私が言うセリフじゃないだろ、と今では思うが
Eは「だって、格好良かったんだもん」と答えた。あーそうかい、で・・・何で私が振られたEの八つ当たりに、毎回つきあわされなきゃいけないんだ?
私には絶対告白してこようとしない癖に、私はお前にとって都合の良い話し相手
今思えばそんな気持ちだったが、振られた後の落ち込んでる時のその子を見れるのはまんざらでは無かった。
女の子というのは、落ち込んでる時ですら魅力的だと思う。
そのせいか、今では・・・可愛い子を見ると・・・「あの子の泣き顔(落ち込んだ顔)が見たい」と言う邪な

気持ちが芽生えてくる。

Eが、4年生の終わりに転校する事になった。
最後に二人だけで話した時言われた言葉は今ではとても大切に思える
「前の小学校で、友達いなくて・・・ずっと一人だったけど・・・
この2年間、○○と一緒で楽しかった
格好良く無いし、好きじゃないけど、友達になってもらえて嬉しかったよ」
そいつが何処に転校して行ったかは知らない、でもきっと今では新しい友達もできて良い人生を送ってるんじゃないかと思ってる。
・・・そうだと思いたい、に算数が苦手でそこだけは高校大学受験の度に苦労してそうな子だが。
私と話してたり喧嘩してた時のEは、そんなに弱い子には思えなかった。

懺悔したい事は、小学校5年生以降に起きた。

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2025-12-21

懺悔したいことがあるんだ 第2話

幼稚園の時点で、同じ年の女の子を追いかけ回していた最低な私。

でも、本当に最低なのは小学校入学から高校卒業までの12年間だった。

順を追って話す。

小学校1・2年時の話

小学校時代の話から
1年生の時、他の幼稚園から上がってきた一人の女の子にめをつけ、休み時間になると、その子を「あいしてるよ~」と言いながら追いかけ回していた。
の子は、当然幼稚園の頃の私がどんな性格だったか知らない。

どちらかと言えば運動の得意な逞しい系な女の子だった。
(以下、この子をAとする)

そういう事をしていた(休み時間になる度に、女の子を追いかけ回していた)にも関わらず、私に
普通男の子に接するのと同じ様に接してくれる女の子が二人程いた(以下、この二人をBとCとする)が、何故か
その二人には興味が湧かなかった。
Bは、表面上は普通に接している・・・私の事を、本当は避けたいのに無理に普通に接してる様な節が
から考えると、明らかにあった。
Cは、同じクラス男子全員に人気のある、クラスアイドルと言う感じの・・・ドラえもんで言えばしずかちゃんポジションの子だった。

2年生の時のクラス替えで、A、Bとは別のクラスになった
Cは同じクラスだった。
Cが私に普通に接するのを見て、1年の時から同じクラスだった他の女子
あいつに近付いたら○○(私の名前)菌が伝染るよ」 等と、私に近付こうとするCをガードする様になった。
男子の中にも、Cに「〇〇に近付くと抱きつかれるから近付かない方が良い」と、Cをガードする男子がいた。
私に普通に接してくるCの雰囲気に、私は馴染めなかった。
今思えば、Cの優しさは特別な優しさではなく、誰にでも平等な優しさだ、と言うのが気に入らなかったのかも知れない。

そんな中、同じクラスで、女子とあまり会話せず休み時間になるといつも一人で黙々と本を読んでいる一人の女子に、私は興味を持った(この子を、以下Dとする)
見た目も結構可愛く、西欧人形と言う感じの見た目のD。
私は、Dを追いかけ回したい衝動に駆られた。
だが、追いかけ回していると言うよりは・・・私が近付いてもDは普通対応する。
読んでる本の内容を喜々として話し、「ちゃんと聞いてる?」と一々確認してくる
その勢いに負けて、追いかけ回す事ができなくなる、そんな子だった。
今で言えば、お嬢様系でちょっとKYだけど喜怒哀楽のはっきりとした感じの子だった。
今でも、この子の事は偶に思い出す。

風の噂では、Dは今では人妻になって、二人の女児を育てていると言う話だが、本当かどうかは知らない。
3年生以降、Dとクラスになる事は、二度と無かった。
もう一度同じクラスになりたかったな、と言う心残りはある。
Cも、二年生の終わりに何処かへ転校していった。
引っ越しの日には、Cの家の前に同じクラス男子女子が合計10人か15人か集まったという話を後で聞いたが・・・私は行かなかった。

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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」

2025-12-19

これからデス(餅、寒さなど)の季節なので、遺言を書いておくか。

書くこと

・口座番号

暗証番号

パソコンパスワード

100の質問

・好きな曲ベスト100

・友だちの電話番号

懺悔

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懺悔

懺悔したいことがあるんだ 第1話

父・母の話

思い返せば幼少期、私の父・母は…父が気持ち悪いぐらいに母にべったりだった。
子供の前で母親を抱きしめ「あいしてるよ~」ということが日常的だった父、そんな父の姿を見ていたからだろうか?
私の愛情表現は歪なものとなった。

幼稚園小学校時代の話

そういう父・母を見て育ったからだろうか、私は幼稚園に入るころには既に結構ませがきで、幼稚園の頃には
同じ組の可愛い子をあいしてるよ~」等と言いながら、毎日の様に追いかけ回していた
そんな事をしていたものから入園してすぐ
同じ組の女の子達の間では、「あいつに近寄ると抱きしめられるよ」と避けられる様になった。

そんな風に、幼稚園の頃から同じ組の女の子を追いかけ回していたのが人生最初の失敗だった
クレヨンしんちゃんのしんのすけでもそんな変態的な事はしない。
ある意味で、私はしんのすけよりも最低な幼稚園児だったかも知れない。

私の住んでた所の近くには、四つ程の幼稚園と三つの小学校があり
幼稚園卒園すると、それぞれの校区の小学校に通う事になる
当然、幼稚園が四つあると言う事は・・・他の幼稚園から同じ小学校
通う事になる娘も居る。

私が通う事になった小学校の同学年の比率
丁度、各幼稚園から卒園生が25%ずつぐらいの比率で、一学年150人前後小学校だった。
という事は、必然的に同じ学年の奴の75%は小学校で初対面の奴、と言う事になる。
つの幼稚園から35人ずつぐらいとして105人、その内半数が女子として50人前後
その中には、初めて出会可愛い子も居た。

小学校入学の時点で、同じ幼稚園から上がってきた女子
約18名は私の幼稚園の時を知ってるので、
既に私に近付かなくなっていた。

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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」

懺悔したいことがあるんだ 第0話

先日、増田で「非モテのオタクが5年前に振られた子にまだ片思いしてる」という記事を読んだ。
この記事を書いた増田主は、拗(こじ)らせてるなあと思った。
私も、この増田主のように拗らせたことがあるから「私のようになるなよ」という教訓として、記事を書こうと思う。
長い話なので何回かに分けて書く。

題して「懺悔したいことがあるんだ」という話だ。

何日かに分けて書くので、続きが読みたくなったら、この題名検索して欲しい。

それでは皆、聞いてくれ。

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【全話まとめ】 「懺悔したいことがあるんだ」

2025-12-15

anond:20251215132339

すげえ分かる

なんというか、一定懺悔室を必要とする人っているよなって最近とても思う

別に誰に聞いて欲しいわけでもない、

まあできればカウンセラーかに傾聴してもらったり、すべての状況を客観視してるもう一人の自分みたいなのがいたら、

そういう人に話せばいいのかも知れない。そういうわけにもいかんのが現状なんだけど。

個人信条により、信じる全能の神がいて、

神に話を聞いてもらって赦されたい、みたいな感情はみんな持ってる気がするんだよなあ。

ChatGPT相手ペラペラ音声入力するのも違うっていうか。

そういう静謐空間が欲しい。

2025-12-12

anond:20251211105224

私も私生活個人的関係で、流石にそれは人道的にというか、普通に人としてどうよ?と思わされることが多々ある人生ではあったが、

流石にネットで名指しはしない、というか、暗に名指しをしたりして揉めた、その件で私がBANされたりもあったので、

こうして懺悔したつもりになってなにか救われましたか

人の振り見て我が振り直せとは思わんのか?

庵野だってバカじゃないし全部わかったうえでやってるんだよん

2025-12-10

割とPixivでもランキングに載ったりすることのある絵描きです、懺悔しま

実はイラスト描く時に、まずはStable Diffusion使って叩き台になるキャラ原案を出してます

そしてその原案になるAI絵を基にして三面図を作り、汚い部分やあやふやな部分は自分ブラッシュアップしてから

今度はそのキャラ自分で描いてます

絵そのものは1から自分で描いてるからAI証拠は一切残りませんが、原案AIです

どういう風なデザインがいいのかをうまく考えられず、AI絵という原案でズルしてます


AIを嫌う人達にバレたら確実に燃やされ、絵描きとして殺されるかもしれないので、ここで懺悔しま

私が誰かと分かっても、燃やしたりしないでください

2025-12-04

とかくこの世は生きにくい、しかし「ネガティブ」だと余計生きにくい

生きにくくさせているのは自分脳みそ思想

自分がこの世界を「生きにくい」と思わせているだけ

ネガティブは時に保身だが、ネガティブ自分の心と人を遠ざける

なんでも失敗もミスポジティブにとらえるようにすると

なんと、この世は少しはわたしの味方をしてくれていたんだと気づく

捉え方ひとつ自分

この世を好きになるか嫌いになるかって本当に言葉一つで変わる

この世界に生まれ意味懺悔で産み落とされ

良い行いをすることによって(献金天国にいけるよ!なんて

現世を犠牲にしてまで、自分は罪深い人間だと思わなくていい。

宗教を信じなくてもいい。自分の考え方を変えるだけ。

あくまでも精神モチベの話なので

物価高はこの件では関係ありません

2025-12-01

X(旧Twitter)にもの凄くギスギスを感じる

自分はXでいわゆる趣味アカを持っているのだが、本当に何年か前からスギスを感じるようになったなと思う。

界隈の中での煽り煽られは日常茶飯事、こんなポストにすら批判が付くのかよともはや呆れるレベルで止まない誹謗中傷陰謀論をマジな顔で語っていそうな“ホンモノ”など…。この嫌な空気感を作り出しているであろう原因を考えたら枚挙にいとまがない。

じゃあ辞めれば良いじゃんと言われたら本当に正論でぐうの音も出ないのだが、悔しいことに世間様のニュースなど情報収集をするためのツールとしてこの上なく便利な物ということで体に馴染んでしまっている。

複数メリットのために少量の猛毒を甘んじて体に入れているといった感覚に近い。

今、Xに感じるギスギスについて自分経験則主観ベースで考えてみる。

現在28歳の自分インターネット歴について。

中学生の頃(確か当時2011〜2012?とか)に初めてTwitterアカウントというものを作った。

現在リアル世界の繋がりを色濃く感じやすく、謂わゆる陽キャの利用率が高いSNSと言えばInstagramだと思う。

ただ、当時はInstagram若者向けの主要SNSとして普及する前だったはずなので、当時の若者たちにとってTwitterとは実名で謂わゆるリア垢を運営する場所だったのかなと思う。

実際、自分の周りでも実名Twitterアカウントを持っている同級生などが結構いた。

(自分陽キャ側じゃないのでアカウント名も実名にせず、クラスのごく一部の人間をフォローするだけにとどめていたが。そしてすぐ辞めたはずだし。)

反面、陽キャたちのリア垢運営が主要フィールドとも一概には言えず、当時からアニメアイコン面白おかしネタツイートをするみたいな風潮は全然あったと記憶している。

自分主観で言うと当時のTwitterは「健全(?)なリア垢運営をしている若者たちと、今みたいに半匿名アカウントを動かしているもののギスギスした空気を纏わず面白おかしいことばかり言っていた人たち」で主に構成されていたのではないのかなと感じる。

その後高校生になり、同級生からの勧めで自分もようやく実名アカウントを作って中高の同級生たちとの交流ツールとして使用していた。

それと同時にこの時期にInstagramが今のようなSNS運用を始め、若者たちがこぞってそちらに吸収されていったような記憶

自分高校生大学生をやっていた2013〜2018辺りは(これももちろん主観だが)当時の若者たちのリア垢的コミュニティ場所が段々とTwitterからInstagram移住していったという感覚

そしてこの若者リア垢移住期に、いまいちインターネット慣れしていないおじさんおばさん世代Twitterというものを見つけ、介入してきていたのかなとも感じる。

松本人志なんかは2013年5月Twitterに参入しているらしい。別に松本のことをインターネット慣れしていない痛いおじさんと言うつもりはないのだが。

また、実は自分中高生大学生前半の頃くらいまで2chにも手を出していた。だいぶ終わり散らかしている若者この上ない。

正直に懺悔すると、当時のなんJなどで今だったら考えられないくらい平気で贔屓のプロ野球チームの選手に対する罵詈雑言などを書いていた気もする。

もちろん当時だろうと今だろうとそんなこと道徳的な話で言ったら許される訳ないのだが、当時は2chという「自ら覗きに行かなければ見えようがない場所」にそういったギスギ空気形成されていたというだけまだマシなのかもしれない。

繰り返すが過去自分言動正当化するつもりは無い。やってたことがだいぶ気持ち悪いのには変わりない。

最近、ふと思い出してなんJを覗きに行ってみたところ、書き込みスレ全然無くてすっかり焼け野原と化していた。

しかしたらどこか別の板がまだたくさん人がいるのかもしれないが、それでも自分学生時代の頃ほど2ch(今は5ch?)という文化のものに対する活発さは感じられない。

話を本題に戻すと、ここ最近Xに対して感じるギスギスとした嫌な空気はいつぞやの2ch空気と似ているなと感じる。

これって、「当時だったら2chに流れ着いていたであろう層」が2chの廃れとX(旧Twitter)の陽キャ成分の薄まりにより、Xに流れ着いているから起きている現象なのでは?と思った。

加えて、近年になってインターネットを色濃く覚えてしまったおじおばが流入し、良くないタイプ陰謀論などに洗脳されて声高々に叫んでいるという状況も追加で。

陽キャ成分が他のツール流出していったことと今までインターネットの負の部分であるスギスの受け皿になっていた場所の廃れ、そしてネット慣れしていない年齢層の流入という色んな要素が絡まり合って現在のXというカオス魑魅魍魎空間が出来上がったのかなと感じた。

そういえば結構前にInstagramを見たところ、(詳細は忘れたが)有名なアカウントのコメント欄匿名で異常な数の誹謗中傷が書かれていてちょっとドン引きした。

しかしたら自分が知らないだけで、もうInstagramも良くない層に見つかって既に流入を許しているのかもしれない。

インターネットというのは歴史を繰り返す場所になりつつあるのかもしれない。

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