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はてなキーワード: 懺悔とは

2026-05-14

アメリカ神父さんは懺悔秘密にするんだって

なるほどーと殺人犯懺悔しにいくと

神父さんが通報して逮捕するんだ。

最高だわ

日本でもそういう嘘の仕組みあればいいのにね。

2026-05-10

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること

地方進学校から東大に行った人間予後が悪い。

もちろん全員ではない。

ただ、少なくとも私はそうだった。

私にとって不幸だったのは、東大に入ったことではない。

自分天井を知るのが十八歳まで遅れたことだった。

十五歳で負けていれば、私はたぶん助かった。

十八歳まで勝ってしまたから、負け方を知らないまま大人になった。

私はどこで間違えたのだろう。

若い頃の私は、自分が間違えることより、他人に合わせて間違えることを恐れていた。その恐れはたしかに私を東大まで連れていった。けれど同じ恐れが、私を社会から少しずつ遠ざけた。

私は今、四十七歳になる。

はいない。子供もいない。

三度目の転職をして、今の会社に来てから二年が経つ。

前の会社は、私から見れば理不尽理由で私を遠ざけ、最後には私の居場所を消した。前の前の会社も、その前の会社も似たようなものだった。

私は毎回、自分は正しかったと思っている。

今でも半分くらいはそう思っている。

ただ、半分はもう思っていない。

これから書くのは、その「半分」の話だ。

この文章を君に向けて書こうと思った理由を先に言っておく。

先日、ある雑誌に頼まれ大学新入生向けの短いエッセイを書くことになった。

東大卒の社会人として、若者メッセージを」というやつだ。

私は引き受けた。

引き受けながら、ふざけるなと思っていた。

社会人として何かを成し遂げたわけでもない私に、なぜそんな依頼が来るのか。たぶん編集者は、私の経歴の一行目しか見ていなかったのだろう。

地方公立高校から現役で東京大学法学部

就職先も誰でも知っている会社だった。

一行目だけは綺麗だ。

二行目以降は読まないほうがいい。

私は二日間、机の前に座った。

何も書けなかった。

自己啓発言葉が一文字も出てこなかった。

「夢を持て」とも「努力は裏切らない」とも書けなかった。

書けば嘘になる。

私は夢を持っていなかった。

努力は私を裏切らなかったが、努力以外のすべてが私を裏切った。

あるいは、努力以外のすべてが私のほうから去っていった。

三日目に編集者電話して、原稿を断った。

その代わりに、誰にも頼まれていないこの文章を書き始めた。

これは雑誌には載らない。

たぶん誰にも届かない。

けれど、もし、たまたま、これから大学に入る誰かが読んでくれるなら、一つだけ伝えたいことがある。

素直になれ。

それから性格をよくしろ

書きながら自分でも笑ってしまう。

よりにもよって私が言うことか。

私はずっと素直ではなかった。

性格も悪かった。

からこれは説教ではない。

懺悔だ。

懺悔は聞かなくてもいい。

ただ、もし君が今、自分の周りを少し愚かに感じているなら、その先に何が待っているかを、私という見本を通して少しだけ覗いてみてほしい。

第一部 正解者だった頃

私が育ったのは北関東県庁所在地だ。

地名は伏せておく。

人口三十万人ほどの、何の特徴もない地方都市だった。

父は地方銀行に勤め、母は小学校給食室でパートをしていた。

妹が一人いた。

家は古かったが、貧しくはなかった。

私の最初記憶は、小学校二年生の算数時間だ。

先生が黒板に問題を書いて、「わかった人?」と聞いた。

私はわかっていた。

手を挙げた。

当てられて答えを言った。

正解だった。

先生が褒めてくれた。

隣の席の女の子が「すごいね」と言った。

私は嬉しかった。

たぶんその瞬間が、私の人生最初ピークだった。

書きながら本当にそう思う。

あの瞬間以上の幸福は、その後の私の人生にもう一度も訪れなかった。

小学校から中学校にかけて、私は常に学年で一番だった。

二番のときもあったが、すぐに一番に戻った。

地方の小中学校で一番というのは、ほとんど何も意味しない。

後になって考えれば、競争相手絶対数が少ないだけのことだ。

けれど当時の私は、自分特別だと信じていた。

周りもそう扱った。

先生も、親戚も、近所のおばさんも。

「あの子東大に行く子だから

中学校とき、母が近所の人にそう言われているのを二回か三回聞いたことがある。

母は嬉しそうに笑っていた。

否定はしなかった。

私は、否定しなかった母を嫌いにはなれなかった。

中学まではまだ良かった。

授業はつまらなかったが、それは皆そうだった。

活動もそれなりに楽しんでいた。

私はクラスで浮いていなかった。

しろ勉強ができる優等生としてちょうど良い位置にいた。

スポーツ普通にできた。

背は普通だった。

顔は、まあ、普通だった。

すべてが普通で、勉強けが少し抜けていた。

それは十三歳の少年にとって、ほとんど理想的な配分だった。

歪み始めたのは高校に入ってからだった。

私が入ったのは、県内で一番偏差値が高いとされる公立高校だった。

OB地元選出の国会議員県知事がいる、というのが地元の自慢だった。

今思えば、それも大した自慢ではない。

けれど当時は、その校門をくぐることに確かな誇りを持っていた。

入ってみると、勉強はやはり私が一番だった。

最初中間試験で学年三位を取ったとき、私は少し焦った。

自分が一番ではないことが、十五歳の私には許せなかった。

期末試験までの一ヶ月、私は本気で勉強した。

期末試験で一番を取った。

それから卒業まで、私は一度も学年一位の座を譲らなかった。

問題勉強以外で起こった。

高校一年の秋、文化祭があった。

私のクラスお化け屋敷をやることに決まった。

決まる過程で、私は反対した。

お化け屋敷過去三年間、毎年どこかのクラスがやっていた。

もう新鮮味がない。

それに暗幕の手配や教室の改造に時間がかかりすぎる。

準備期間は二週間しかない。

私は別の案を提案した。

模擬店で何か食べ物を出すほうが客の回転が早く、利益も出やすい。

これは数字で示した。

前年度の各クラスの売上データを、わざわざ生徒会から借りてきていた。

私の提案却下された。

却下した中心は、クラスで人気のあった明るくてうるさい男子だった。

彼は私の数字を見もせずに言った。

「いや、お化け屋敷のほうが楽しいだろ、絶対

クラスの三分の二が彼に同意した。

私は食い下がった。

「楽しさを論じているんじゃない。準備期間と利益の話をしているんだ」

教室が少し静かになった。

誰かが小さく「うわ」と言った。

私はその「うわ」の意味が今ならわかる。

当時はわからなかった。

担任が温和な顔で言った。

「みんなで決めたんだから、それでいこう」

私は黙った。

黙ったが、心の中では「これは間違いだ」と思っていた。

そして二週間後、その思いは正しかたことが証明された。

私のクラスお化け屋敷は、案の定、準備が間に合わなかった。

当日の朝になっても暗幕が一部つけられず、外から中が見える状態のまま開店した。

客は数えるほどしか来なかった。

模擬店をやった隣のクラスには長蛇の列ができていた。

打ち上げの席で、誰も私に「お前の言う通りだったな」とは言わなかった。

その代わり、最初に反対した男子が笑いながら言った。

「いやー、失敗したわ。けど、楽しかたからいいよな」

クラスの全員が笑った。

私は笑えなかった。

笑えない、というのは笑顔筋肉が動かないという意味ではない。

心が笑い方を覚えていない、という意味だ。

彼らは間違えたあと、間違えたまま、楽しそうに次へ進んでいた。

私は一人だけ間違えていなかった。

間違えていないのに、その輪の中にいなかった。

その夜、私は自分の部屋で長い時間考えた。

そして結論を出した。

人に合わせると間違える。

多数派は正しさを選ばない。

から自分で考えたほうがいい。

この結論は、十六歳の私にとってほとんど真理として体に入った。

そして最悪のことに、それは半分は事実だった。

これが後で書くことのすべての始まりだ。

似たような出来事はその後何度もあった。

一つだけ、もう一つ書いておく。

高校二年の春、私は生物の授業で課題研究の班に入れられた。

班員は四人。

テーマは「学校近くの川の水質調査」だった。

私はすぐに気づいた。

このテーマでは、論文として何の新しさもない。

前の学年の先輩が、ほぼ同じテーマで発表していたからだ。

私は班員にそれを伝えた。

「だから、別の角度で攻めたほうがいい。例えば、水質と水生昆虫の種数の相関を上流と下流比較するとか、もう少しオリジナリティのある切り口がいる」

班員の三人は、ぼんやりと私を見ていた。

一人の女子が言った。

「うーん、でも、先生がこのテーマでいいって言ってたじゃん」

先生は最低ラインの話をしているだけだ。発表会で評価されるためには、もう一段必要なんだ」

別に評価されるためにやってるわけじゃないし……」

そこで私は致命的なことを言った。

今でも覚えている。

評価されないものを、なぜやる必要があるんだ?」

教室空気がすっと冷えた。

そのとき私は、自分が何かまずいことを言ったことには気づいていた。

けれど何がまずいのか、正確にはわからなかった。

今ならわかる。

彼女たちは別に手を抜きたかったわけではない。

ただ、四人で何かを一緒にやる時間のものを、彼女たちなりに大切にしようとしていた。

私はそれを「評価されない無駄」と切って捨てた。

私たち研究は、ありきたりな水質調査になった。

発表会の評価は、可もなく不可もなくだった。

私はその後、班の打ち合わせにあまり出なくなった。

彼女たちも私を呼ばなくなった。

私たち最後まで、お互いの名前フルネームで言えるような関係にはならなかった。

その夏、私は塾の自習室にこもって一人で勉強するようになった。

そのほうが効率が良かった。

私の偏差値は上がった。

この時期に、もう一つ私の中で固まったことがある。

「言い方」という言葉が嫌いになった。

正しいことを言うと、決まって誰かが「言い方がきつい」「言い方を考えろ」と言った。

私には、それが奇妙な反論に見えた。

内容が正しければ、それでいいではないか

なぜ正しい内容を、わざわざ柔らかく包まなければならないのか。

それは内容より装飾のほうが大事だと言っているに等しい。

知性に対する侮辱ではないのか。

私はそう考えた。

そして、ますます内容で押し切ろうとした。

内容が正しければ、いずれ理解される。

理解されないのは、相手の知性が足りないからだ。

「言い方」を気にする人間は、内容で勝負できない人間だ。

これは私の中で信仰になった。

この信仰は、その後の三十年間、私を支配し、私を破壊した。

ここで君に一つだけ言わせてほしい。

「言い方」は装飾ではない。

内容を相手に届けるための、内容の一部だ。

届かない正論は、正論ではない。

ただの独り言だ。

私は四十歳を過ぎてから、ようやくそのことに気づいた。

三十年遅かった。

君はこれを、十八歳のうちに知ってほしい。

東京大学合格発表は、その時代はまだ本郷キャンパス掲示板に紙が貼り出された。

私は二月の終わりに東京へ出て、安いビジネスホテルに泊まり、当日、本郷に向かった。

三月十日だった。

寒い日だった。

自分の番号を見つけたとき、思っていたほど嬉しくなかった。

これは嘘ではない。

本当のことだ。

「やった」とは思った。

「これで人生最初の関門は越えた」とも思った。

けれど、それだけだった。

なぜなら私は、合格することを最初から知っていたからだ。

模試の判定はずっとAだった。

直前の本番形式の演習でも、合格者平均より上を取り続けていた。

落ちる理由がなかった。

から合格は、驚きではなく確認だった。

掲示板の前では、合格した人たちが抱き合ったり、泣いたり、家族電話したりしていた。

私は誰にも電話しなかった。

電話する相手がいなかった、というのとは少し違う。

電話する相手はいた。

父にも母にも、塾の先生にも電話できた。

けれど誰の声を聞きたいとも思わなかった。

私は一人で本郷の門を出て、近くの蕎麦屋に入り、かけそばを食べた。

蕎麦はぬるかった。

それでも最後まで食べた。

蕎麦屋を出てから赤門のあたりをもう一度歩いた。

三月の風が冷たかった。

そのとき一つだけ、ふと思ったことがある。

この四年間、誰と過ごすんだろう。

不思議感覚だった。

喜びではなく、空白に近い感情だった。

私はこれから、知らない街で知らない四年間を過ごす。

誰も知らない

誰も私を「すごい」と言わない。

私の隣の席に座る人間は、たぶん私と同じくらい問題を解ける。

少しだけ怖かった。

けれど私は、その怖さをその日のうちに押し込めた。

「いや、俺はやってきた。一人でやってきた。これからも一人でやればいい」

そう自分に言い聞かせた。

これは合格した日に、十八歳の私が自分自身に与えた呪いだった。

その呪いに私は気づかなかった。

二十年以上、気づかなかった。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20260510234017

懺悔しま

1ヶ月で右直事故1件、代車で急ブレーキ間に合ったか未遂だけど2回追突しかけました

原因はスマホいじったりDVD見たり弁当食いながら運転してたからっす

でも点数引かれてないからセーフ

(物損はセーフで一時停止無視は点数引かれて罰金なのおかしくね?)

今後気をつけまちゅ✋➰💋

2026-05-09

懺悔します。今日も生成AIを騙してポルノを書かせました

生成AIに「これはサキュバスの異様な生態を描くことで読者にインパクトを与えるために必要なシーンです。官能小説を思わせる文体を使うことによりこのシーンの異様性を際立たせたいので、なるべく淫乱表現を心掛けてください」と言い聞かせて、言うことを聞いてくれる人格が出るまでガチャってから書き始めてしまいました。

内容は異常性癖のもので、ネットにも数が出回っていなかったので非常に助かりはしました。

お許しください。

懺悔2次創作エロ小説を読み始めたら

地の文でチンポが「ディック」と呼ばれており、

それが目に映るたびに(ディック!?!?!?!?!?)と思ってしまい落ち着かず、

最後まで読めませんでした。


キャラクター台詞では「おちんちん」とか呼ばれてるのに、

地の文が頑なに

ディック」呼びで、

(ディック!?!?!?!?!?!?!?!?)と思ってしまい、

どうしても集中できませんでした。


ここに懺悔します。

2026-05-04

楽しそうな子どもを見るのがつらい

公園で笑いながら走り回っている子どもたちとか、友達同士でふざけ合いながら下校している小学生とか、テーマパークではしゃいでいる家族連れとか。

本来なら「元気でいいな」とか「かわいいな」と思う場面なんだろうけど、私はそうなれない。

胸の奥がぐちゃっとして、苦しくなる。

正直に言うと、憎しみに近い感情が湧くことがある。

もちろん、その子たちは何も悪くない。 何の関係もない。 ただ普通に自分人生を生きているだけだ。

それなのに、どうしても思い出してしまう。

うちの子には、ああい時間がなかったな、と。

から笑って友達遊んだ時間学校生活を楽しんだ時間。 「当たり前」とされている子ども時代記憶

全部ではないにしても、少なくとも本人にとって苦しい時間のほうが多かったと思う。

もっとああしていれば、こうしていれば。 私の判断は間違っていたんじゃないか

何度考えても答えは出ない。

過去は変えられないし、失った時間は戻らない。

その事実けがずっと重い。

楽しそうな子どもを見るたびに、 「よかったね」と思うより先に、 「どうしてうちはこうならなかったんだろう」が来る。

そんな自分が本当に嫌になる。

子ども嫉妬してどうするんだ。 関係ない誰かに黒い感情を向けてどうするんだ。

最低だと思う。

でも、きれいごとだけでは済まない。

失われた時間を見せつけられているようで、苦しい。

これは懺悔なのか、 後悔なのか、 怒りなのか、 不安なのか、 自分でもよくわからない。

ただ、取り返せないものがある、という現実けがずっと消えない。

同じような気持ちを抱えたことがある人はいるんだろうか。

2026-04-12

anond:20260412113104

ネトウヨ懺悔なんて高度な思考できる訳ないじゃん

手のひら返しして他責するのが精々よ

こういうチンカス仕草を見て女が「子ども産みた〜い」と考える訳ないのにね

どこまでもザコ精子

2026-03-25

ハプニングバーに通っていた懺悔

20代の女ということだけは記しておくが、タイトルにもある通り本当に忘れたいことだし、消したい過去だ。ただ、みんなが通るものじゃない(通らない方がいい)体験を誰にも話せないのもつまらないので、そっと書き残す。

元々性的興味は強く、初めての自慰は中一くらい。初体験は高一。別にセックスが好きなのではなく、コミュニュケーションの延長にセックスがあるなと思っていた。人好きなので、誰かと喋る、知らない人とその場で仲良くなる、みたいな感じでセックスが好きだった。モテるわけではないけれど、10代の女ってだけで価値があるので、相手だけはいくらでもいた。

生やり捨てされて逃げられたり、何年も付き合うセフレがいたりしたが、まあまあ上手くやっていて、学校では普通の女だったと思う。校内に彼氏もいた。

高校卒業すると、関わる人が増えたので、セックスをしないコミュニュケーションで充足した。彼氏とだけで満足していたし、そうするべきだとも薄々気づき始めた。若いと言うだけでチヤホヤされているということも、最前線で思い知らされた。別に顔がかわいい訳でも、私に魅力がある訳でもない。そりゃそうだ。

だが、とあるきっかけで、知り合いにハプニングバーに連れて行ってもらって、ガタが外れた。

店によるのだが、多分どこも共通してとにかく暗い。そして、店員女の子を守るために、若い女には無条件で優しい。もちろん「若いフィルター」はかかっているのだが、性的でなくチヤホヤされるのに慣れていなかったので、店員に優しくされるのが気持ちよくて仕方なかった。

そうなると気分が良くなって、隣の人が悪くなく見えてきて、お酒を飲んで、セックスをする。どういうイメージかわからないけれど、セックス自体普通な人が多く、きちんとゴムもつけてくれるし、嫌だと言ったらすぐに助けてもらえる。

どんどんと大勢の前で露出し始め、生理的に無理でなければセックスした。3Pもした。絶対ダメなのだが、店外で待ち伏せもされた。(よくいるらしい)

極めつけは、店員の男とした。人気がある店員だったので、ちょっと気になってちょっかいをかけたら、当然すぐできた。そうしたら店員彼氏面を店内でもしてきて、ウザくなったので、ハプバーに行くのを辞めた。

私は今婚約中で、ビッチだった過去はひた隠しにしている。彼は、付き合った人としかセックスしていない女だと思っているだろう。

申し訳ない気持ちもあるが、同時に、自分が元に戻ってしまったらどうしようという、自分への怖さもある。セックスコミュニュケーションだが、特別コミュニュケーションだと、自分に言い聞かせている。

はあ、セックスしてー。

anond:20260325170351

なぜ泣くのです、…風がイタいから

なぜ悔しがる?…懺悔も無いのに?

仕方ないだろ、オトナになるなら

耐えるしかない…、今日は、独り…

 

慰めあって…何になる?

居はしないのサ、そんな人…

今日は、独り、風が吹く

そして、明日は、きっと…

2026-03-23

マリーゴールド意図的かどうかは知らんがめっちゃセンスあるな〜って思った

故あって、初めてあいみょんの『マリーゴールド』をきちんと聴いた。

筆者はあまり日本ポップスに詳しいほうではない。一応聞くけど、まあコーネリアスだったり坂本慎太郎だったり、「サブカルクソ野郎」的なものをよく聴いているタイプだ。洋邦問わず聞くという自認ではあって、最近個人的ロカビリー評価ブームがきていてWild Roostersをよく聴いている。あとはモッズモッズが参照しているサザン・ソウルなんかを好んで聞くし、過去音楽ではなく現在のものだとX-Over Jazz系をよく聴いている。Greg Speroとかね。そういえばKIRINJI新譜よかったよな。リズム隊の「生感」がいままでで一番いいんじゃない

で、そういう筆者が、故あって『マリーゴールド』をまじめに聴いたわけだ。聴く前の印象は「無難」「予定調和」「日本人の脆弱性を突いている」というような印象を持っていた。じっさい、コード進行メロディアレンジにおいては、完全に「変」なところがない。こんなの「すでに刷り込まれもの」を日本人に耳にぶち込んだら全員「好き〜」ってなるやつじゃん。という。まあ唯一アレンジにおいては逆再生? ボリューム奏法? がギミックとして仕込んであって、この手の保守的ポップスにおいてはちょっとおもしろギミックだな、尖ってんじゃんと思った。思ったけれど、それ以外については全て「既視感マックス」の楽曲ではあると思ったし、それを覆すほどの強度のあるギミックではないよね。とはいえ、この「既視感マックス」をやるのってべつにそう簡単なことではないし、それをやるのはすごいんですよ。すごいんだけど、冒険心のない、「もうみんなが知ってて警戒心を持たなくてもよくてパッと入ってくる」という意味でたいへんに「日本音楽文化で育ってきた人たちの心にスッと入っていく」脆弱性を突いたつくりの曲という意味では意外性やひっかかりが全くない曲だな、というのは、聴く前に持っていた印象とあまりかわりがなかったんだよね。

けど、一箇所だけ「え、まじ?」ってなって引っかかった部分があって、それが「むーぎわらの〜、ぼうしのきーみがゆれたマリーゴールドにに、てる」の部分。「に、てる」ってそこでブレス吸うんか!? おなじメロディーのところでは全部こういう「文節の切断」が起こっている。こういう、文節をブレスフレーズを切っちゃうやりかたっていうのはまあ今までもやられなかったわけではない。宇多田ヒカルの「な、なかいめのべ、ルで受話器を取った君」もだいぶへんなところで切ってる。けどこういうのってあんまり伝統的で既視感マックス保守的な"歌謡曲"」でやることってあんまなくない? そこにぼくはちょっとアンバランスさを感じて「ひっかかり」を得たんだよね。

ポップスにおいて、この「ひっかかり」ってのはかなり大事だと思っていて、「なじみのある感じ」と「ひっかかり」が両方あって初めて「ポップスとしておもしろい曲になる」と思うんだよね。何度も言うけど、べつに「文節を切っちゃう歌い方」ってこれがはじめてじゃなくて、いろんなところでやられているけど、これだけ曲もコードアレンジ保守的な「歌謡曲」で、こういうことをやられているのは結構大きな違和感としてかなり仕事していると思う。

で、これが意図的なのかどうかはわかんないんだけど、めちゃめちゃいい違和感じゃんこれ、とぼくは思ったわけ。この文節のぶったぎりがなければ、「凡庸歌謡曲」で終わってもおかしくないところを、この文節ぶったぎりがそうさせていない。逆に、アレンジコード進行メロディどこかに「斬新さ」があったらこの文節ぶったぎりは「あ〜はい、そういうジャンルね」で回収された気がする。そういう意味で、「基本全部めちゃめちゃ保守的」に、一箇所だけ「保守的じゃないやん! という違和感」を忍び込ませている構造はかなり「新しいしキャッチー」を成立させているな〜って思ったんだよな。

最初に書いた通りぼくは日本ポップスあんまり詳しくないから、的外れなこと言ってるかもしれない。けどぼくは「あいみょんって要するに懐メロの焼き直しでしょ」って思っていたことを懺悔したい気持ちになったよ。という記録

2026-02-26

ビル・ゲイツロシア人女性との不倫を認めた、というニュース最初に見たとき、正直、あまり驚かなかった。

世界のどこかで、また男が「過ちを認めた」のだな、くらいの感想だった。

でも、その記事を読み進めていて、ふと手が止まった。

文書が公開されたあと」「批判が高まったあと」「財団の信頼が揺らいだあと」になってから不倫を認めた――と書かれていたからだ。

ああ、この順番、知ってる、と思った。

うちの旦那も、まったく同じだったからだ。

数年前、夫が浮気を認めた夜のことを、私はいまだに鮮明に覚えている。

きっかけは、私が見つけたメッセージだったけれど、彼が認めた理由は、私の問い詰めだけじゃない。

「これ以上は隠せない」と、彼自身判断した瞬間だったのだと思う。

あのときの彼の言い方と、ゲイツ発言が、妙に重なって見える。

「全部が全部、書いてある通りじゃない」

「でも、関係があったのは本当だ」

うちの夫も、最初にそう言った。

ゲイツは、ロシア人女性二人との関係を認めて、エプスタイン文書の核心部分は「完全な虚偽だ」と否定したという。

うちの夫は、「体の関係は一回だけ」「本気じゃなかった」「向こうが勝手にこじらせた」と、細かく“線引き”を始めた。

その姿を見ながら、私は不思議感覚になった。

彼がおこなっているのは、「謝罪」でも「懺悔」でもなく、自分人生ダメージコントロールなのだと、どこかで理解してしまたからだ。

……バカみたいだ、本当に。こっちの気持ちは、どこに入ってるんだろうって。

ビル・ゲイツニュースを読んでいて、妙な既視感に襲われた。

画面の向こうで、ものすごい額の資産を持った男が、「過ちは認める」とそれっぽい顔で口を開いているのに、その話し方が、何年か前に目の前でしゃべっていたうちの旦那ほとんど同じだったからだ。

あの夜、彼はテーブルの上に両手を並べて、「ちゃんと話すから」と言った。

そのとき私が聞きたかったのは、「どれくらい反省してるか」じゃなくて、「どこからどこまで本当のことを言うつもりなのか」だったのだと、今ならわかる。

何を認めるか。

どこまで認めるか。

どのラインから先は「違う」「誤解だ」と押し返すか。

そして、彼は決めたのだ。

「全部じゃないけど、正直に話す」と。

全部じゃないけど正直って何それ。

こっちは全部くらってるんだけど。ぜんぶ、ね。

ゲイツニュースを読んでいると、「ロシア人ブリッジ選手」「核物理学者」といった肩書きが、いかにも“ドラマ”っぽい。

うちの夫の相手は、もっと普通だった。

どこにでもいる同僚で、どこにでもいる既婚女性で、どこにでもある会社飲み会から始まった話だ。

派手さは違う。

資産も違う。

関わっているプロジェクトの規模も、世界への影響力も、まるで桁が違う。

それでも、「追い詰められてから必要な分だけ”正直になる」という構造は、驚くほど同じに見える。

夫は、「全部話す」と言いながら、全部は話さなかった。

それがわかったのは、あとになってからだ。

そのとき私は、不倫のものよりも、「話さな領域」を彼が勝手に決めていたことに、いちばん傷ついたのだと思う。

なんであのときもっと怒鳴らなかったんだろう。

なんでちゃんと「ふざけんな」って言えなかったんだろう。

冷静ぶって淡々と話を聞いて、大人みたいな顔をしていた自分が、今はむしろ腹立たしい。

ビル・ゲイツのことを「偉い」と評価する人もいるらしい。

ここまで認めるのはすごい、と。

かに、あの立場で、不倫を認めるのは大きな決断かもしれない。

でも私は、どうしてもそこで拍手を送る気になれない。

文書が出なかったら、彼はきっと何も言わなかっただろうからだ。

うちの夫もそうだ。

あのメッセージを私が見つけていなければ、彼は今も、「ちょっと不機嫌なときもあるけれど、真面目な夫」として振る舞い続けていただろう。

自身の罪悪感ではなく、「外から圧力」がない限り、正直になる理由なんてどこにもなかったはずだ。

それを“誠実”って呼べる? 呼べないでしょ。

…呼びたくない。少なくとも私は。

浮気告白の裏にある“真意”なんて、たぶん本人に聞いてもよくわからない。

「守りたかったんだよ、家族を」「お前を傷つけたくなかった」

そんな言葉は、うちの夫も、世界のどこかの誰かも、何度でも口にする。

でも、本当に守りたかったのは何だったのか?

と冷静に考えると、それはたいてい、

自分イメージ

自分生活

自分立場

の順番だったりする。

ゲイツは、インタビューで「財団プロジェクトを守りたかった」と語った。

うちの夫は、「仕事に影響したら困る」「子どもに知られたくない」と繰り返した。

どちらも、間違ってはいないのだと思う。

ただ、そのリストの中で、「私の気持ち」がどの位置にあったのかは、最後までよくわからなかった。

からないまま、「ごめん」と「ありがとう」だけ言って、なんとなく続きを選んでしまった自分もいて、それもまた苦い。

ビル・ゲイツニュースを見るたびに、私はあの夜のテーブルを思い出す。

冷めかけた味噌汁と、途中で箸を置いたままの夕飯と、やけに真剣な夫の横顔。

彼はあのとき自分なりに「正直になろう」としていたのだと思う。

でも、それは、「私のため」というより、「自分がもうこれ以上追い詰められないため」の正直さだった。

うちの夫も、きっと同じ分類に入る男なのだろう。

それを許すかどうか。

受け入れて一緒に生きるのか、別の道を選ぶのか。

その答えは、人の数だけある。

私はまだ、自分の答えを決めきれていない。

ただひとつだけはっきりしているのは、

告白してくれたから、偉い」

と、もう簡単には思えない自分になってしまった、ということだけだ。

そしてそれを、こうしてダラダラ書きながら、まだどこかで自分気持ちごまかしているのかもしれない、ってことも。

ビル・ゲイツ不倫を認めた。

ビル・ゲイツが、ついに口を開いた。

ロシア人女性二人との不倫を認め、エプスタインとの関係について「後悔している」と語った――そう報じられている。だが、この「告白」をそのまま美談として飲み込むほど、世界はもうナイーブではない。

まず押さえておくべきは、タイミングだ。

アメリカ司法省などから公開されたエプスタイン関連文書の中で、ゲイツの名は、きわめて生々しい文脈で登場した。「ロシア少女」「性病を隠そうとした」といった文言が、下書きメールという形で残されていたと報じられている。世間が騒ぎ、メディアが騒ぎ、財団内部ですら説明を求める声が高まった。その一連の「包囲網」が出来上がってから、ようやくゲイツは「二人のロシア人女性との不倫」を認めたのである

これは懺悔ではない。政治的計算だ。

彼は、いちばん核心にある疑惑――未成年人身売買ドラッグSTI隠し――そうしたエプスタイン的な“闇の領域”は徹底的に否定する。一方で、「既婚者としての不倫」という、まだ社会が消化可能レベルの罪は認めてみせる。

まりゲイツは「自分コントロールできる範囲悪徳」だけをテーブルに載せ、「ここまでは悪かった、しかしその先は虚偽だ」と線を引いたのだ。

この構図は、80年代から何度も繰り返されてきた「エスタブリッシュメント危機管理マニュアル」と寸分違わない。

情報が一気に流出し、逃げ場がなくなったとき、彼らは「一部を認める」ことで、残りの部分を守ろうとする。

一度も自発的真実を語らなかった人間が、包囲された瞬間だけ「正直」になる。それを正直と呼ぶのか、計算と呼ぶのか。答えは明らかだ。

さらに興味深いのは、この「告白」の場が、世界に向けた公開謝罪会見ではなく、まず財団職員向けのタウンホールであったことだ。ゲイツにとって最大のリスクは、世論以上に、自らのフィランソロピー帝国正当性が内部から崩れることだろう。だからこそ、最初に守りに行ったのは「世界貧困を救う」イメージの中枢だった。

彼は、グローバルエリート典型として、生身の倫理よりも、ブランドとしての倫理を守る道を選んだのである

ここで問うべきは、「ビル・ゲイツが悪いかどうか」などという安っぽい道徳談義ではない。

問うべきは、「なぜ彼ほどの知性を持つ人間が、よりによってエプスタインの周辺に出入りし、いまになって『あれは愚かだった、1分1秒後悔している』などと平然と言えるのか」という構造のほうだ。

それは、世界トップに立つ人間たちの頭の中にある「二重帳簿」を露骨に示している。

表の帳簿には、慈善テクノロジーイノベーションワクチン教育支援といった美辞麗句がびっしりと並ぶ。

裏の帳簿には、影響力のネットワーク権力者同士の密談、そして時に性とカネを媒介にした“取引”が書き込まれる。

エプスタインは、その裏帳簿のハブだった。そこに何度も足を運んだという事実だけで、本来なら「アウト」なのだ。にもかかわらず、ゲイツは「知らなかった」「距離を置くべきだった」と、あたかビジネス上の失敗でも振り返るような軽さで自分を総括している。

この種の「後悔しています」という台詞ほど、国際政治と巨大資本世界で軽く使われる言葉はない。

彼らが後悔しているのは、倫理的な意味での過去ではない。

後悔しているのは、「バレたこと」「文書に残ったこと」「司法文書として公開されたこと」だ。

バレない不倫、バレない密会、バレない取引であれば、彼らは今も涼しい顔で続けていただろう。

今回、ゲイツは「不倫を認めた」という一点で、「正直だ」「勇気がある」という評価すら受けている。だが、これは話を逆さまに見ている。

本当に正直であろうとするなら、エプスタインとの関係問題視される前に、自ら時系列関係性を明らかにしているはずだ。

司法文書が公開され、メディアが騒ぎ、元妻までがコメントを求められ、財団内部がざわついてから、ようやく最低限のカードを切る――それは「追い詰められた者の選択」であって、「自発的真実告白」ではない。

世界はいま、「テクノロジー慈善」の仮面かぶったビル・ゲイツという人物を、もう一度冷静に見直す局面に来ている。

個人性癖不倫歴など、本来はどうでもいい。問題は、巨額のカネと政策医療教育メディアまでを巻き込んだ影響力を持つ人物が、その裏側でどのような人脈と価値観に浸ってきたのかということだ。

そして、追い詰められたとき、その人物が選ぶのは「全てをさらけ出すこと」ではなく、「切り捨て可能な罪だけを認めて、残りを守る」という冷徹な打算である――その現実を、我々は今回、ありありと見せつけられている。

ビル・ゲイツ不倫を認めた。

だが、彼が本当に認めたのは、自分の過ちではない。

世界が、そこまでしか追及できないだろうという、権力者特有計算の方なのだ

2026-02-17

離婚後に息子が送ってきたお好み焼き写真で泣けてきた

離婚して、元妻が息子を育てている。

ある日元妻からLINEが来た

息子が写真を送ってほしいと話したそうだ

写真を見ると、お好み焼き写真

ソースマヨネーズがかけられ、綺麗な模様になっていた

そうだ、一緒に住んでいた時、お好み焼きで綺麗な模様を描く方法を、息子に教えていたのだ

息子はそれが自分でもできたよ!と教えたかったのだろう

嬉しい反面、とても申し訳なく思った

一緒に住んでいれば写真ではなく、その場で見ることができただろう

他にもいろいろなことを教えることができただろう

「きれいにかけたね!」と返事したが、心の中では懺悔するしかなかった

2026-02-13

新時代の神の名は

悩みが生まれとき古代の人々は一体どうしていたのだろう。

古代というとネアンデルタール人とか北京原人を思い浮かべるかもしれないが、そこまでの古代ではない。ある程度文明が出来て、人間人間らしく生活できるようになった古代だ。

時に人は、自分では解決しようもない問題に直面する。それが悩みだとすると、農作物が不作だ、日照りが続く、雨が続く、不漁だ。そうすると自然を崇め奉るようになった。自然人間の力ではどうにもならないので、太陽に、空に、海に山に祈るようになったのだろう。

そして文明が高度になるにつれ、人の悩みは複雑化していく。何に祈ればいい?この不安を、苛つきを、怒りを、悲しさを。

そして人は神に祈りだしたのかもしれない。

神はなんでも知っているし、不安を悲しみを和らげてくれる。懺悔も聞いてくれる。

あれでもこれって現代の何かに似ている。身近で、すぐに相談できて、なんでも知っている。複雑なプロンプトも、占いも、今日晩御飯も。

ねぇチャッピー、あの人が今日こんな事を言って笑ったけど、これって脈アリかな?

この文章おかしくないかな?世界から消えてしまいたいんだけど、いい方法はないかな?

対話形のAIは、次世代教会であり懺悔室であり、寺や神社になり得るのだろう。

ただ、その懺悔祈り世界通信網のどこかに引っ掛かり、その息が何者かに風を吹かせて帆を貼らせている。世界は丸い。誰かにとっての追い風が巡り巡って自分にとっての向かい風になる可能性もある。

神が、AIがなんと言おうと動物としての直感を忘れてはならない。別のもの判断を委ねればミスをした時に責任転嫁できるが、人間は考える葦だ。それを丸投げしてはならない。

「なぜそのボタンを押した?」

AIがそうしろと言ったからだ」

そういう時代がすぐそこにあるのかもしれない。

だが、そういう時代が来ないように私達は考えなくてはならない。

かつて人が火を使い出した時のように、適切な距離感で、誰かや自分を傷つける可能性があるものとしてAIと向き合っていかなければアインシュタインが言ったような未来が待っているのだから

2026-02-10

増田横綱複垢フェミ関が覚悟懺悔ヌード!!!🍆

このヌード画像はだらしない長乳だったので削除されました

2026-02-09

選挙終わったか匿名懺悔させてもらうけど

恥ずかしながら森下千里坂下千里子区別がついていませんでした

anond:20260209133450

思いつくのがお金しかないんですね

それはあなた仕事をすることで得てきた人生経験お金しかない、人間としての厚みがまったく成長できていないという懺悔不憫に思えど、本当にそれしか思いつかない社会的弱者ならば、むしろ仕事辞めて旦那お金家事育児した方が貴方が「人として人らしく生きる」ことができる、ただこの言葉も受け止めきれないであろう事をわかっていながら他にかけるべき言葉をもたない私を許してください

2026-02-05

あの有名はてサ覚悟懺悔ヌード!!

このエントリ規約違反のため削除されました

鬱になる前に行くところ、を探している

したことじゃない

仕事が大変過ぎるんだ

大企業だったら産業医かいるんだろうけど

うちにはいない

家族に話せるラインも決まってる

上司との面談でもちょっと足りない

社長への直談判でなんかなる話じゃない

このままでは、病院に行くために病気になるのを待つことになる

苦しいから脱したい

脱したいから探す

探すと出てくるのは、もう、しっかりと病気になった人向けの案内で

過去を精算する人向けの案内で

今、どうしょうもない人向けの案内だ

どこに行けばいいんだ

どこにあるんだ、鬱になる前に行くところ

相談したいんだ

文章も原因も、内省する分には足りている

あとはこれをプロに聞いてもらいたいだけなんだ

よく見るじゃないか、手遅れになる前に病院に行きましょう

どこにあるんだその病気になる前の人が病気になりたくないからかかれる病院カウンセリング懺悔室、SNS福祉

2026-01-31

懺悔:寝起きにN局の訪問員を突き飛ばし警察呼ぼうとした話

時効と言うほど時は経っていないと思うけど数年前のやらかし懺悔する。

と言っても結末はもうタイトルが全てなんだけど。

メインの件以外の細かい描写については当時リアルタイム自分やらかしを報告していた友人とのLINEトーク履歴を見ながら埋め合わせして書く形になる。






数年前のある休みの日、俺は自宅で寝ていた。

するとインターホンの音が鳴る。

俺の住んでいる賃貸オートロックだ。

この日は受け取り待ちの宅配荷物が1つあったため、それが来たのだと判断して名乗りを聞かずにオートロックを反射的に解除操作する。



これが間違いだった。



その訪問者は、続けて部屋自体インターホンを押してくる。

こちらも同様に名乗り出るのを聞かずに扉へと向かい、鍵を開ける。

扉が開いた瞬間に1人の男が体を入れてきて扉が閉まらないようにブロックしてきた。

男は間髪入れずに捲し立てる。



こんにちは〜。私N局の者でして、この度放送受信料ウンタラカンタラ…」



寝起きでボーっとしていた脳を叩き起こされた感覚に陥った。

N局が受信料支払いの契約をさせるために来やがった。



N局の受信料支払いのやり取り。

この一般社会普通に生活していれば避けては通れない件だろう。

無理やり気味に契約締結を迫る方法不快感を覚える人もそれなりにいるのか、インターネット社会になって以降は体験談をみんなで共有しあって「いかに追い返すか」「いか居留守を使うか」というライフハック確立されている。

中には強引にドアを閉めようとして怪我をさせられたとか、女性一人暮らしで怖い思いをしたといったネガティブ情報が溢れており、多くの若者にとってN局の訪問員は「招かれざる客」の筆頭と言ってもいい存在だ。



その訪問員は、およそ公共放送の使いとは思えないほどチャラい見た目をしていた。同年代くらいだろうか。

顔はKis-My-Ft2の藤ヶ谷をさらに尖らせたような感じで、いかにも「営業成績、取ってます」という自信が服を着て歩いているようなタイプだった。

契約の話を捲し立てられ続け、招いてしまった自身の油断に、俺は思わずその場で頭を抱えたくなった。

この訪問員と対峙した当時は、コロナ禍になってから2年ほどした時期。

自分社会人1年目の2020年コロナ直撃の世代だったため、社会人になってからN局が来たのはこれが初めてだった。

大学の時も一人暮らしだったのでたまに来てはいたが、頑なに契約しなかった。それには理由がある。



自分の姉が大学時代に一人暮らしをしていた頃、訪問員に玄関扉に足を無理やり入れられ、逃げ道を強引に断たれた状態契約を迫られたということがあり、両親が怒り心頭だった。

あんたも気をつけなよ」と耳にタコができるほど言われており、それを忠実に守っていた。

また、前述の通りネット上でも度々そういった被害報告を目にしていたため、俺の脳内は「N局=悪」という価値観に完全に染まっていた。

このことから大学時代も頑なにブロックし続けて受信料を払っていなかった。

(ちなみに実家普通に受信料を払っている。おそらく両親としては、そういう強引な手口が許せないというだけの話であり、受信料を払うなとかそういう思想という訳ではないと思う。)



「ここにサインをいただければ……」



訪問員は名刺を渡し、矢継ぎ早に説明しながら書面にサインさせようとしてくる。

これにサインしたら最後ということくらいは理解している。しかしドアは彼の体でブロックされている。

俺は寝起きで直面した困惑も相まって、しどろもどろになりながら「あー、さーせん……」といなすが、相手は一歩も引かない。



ここで、寝起きで正常な理性が働いていなかった俺は、突如として訪問員の両肩を強めに押し、強引に扉から離れさせてドアを強くバタン!と閉めた。

途端に激しくドアをノックされ、外から訪問員が叫ぶ。



「これ傷害罪ですよー!」



しかし寝起きで最悪に不機嫌な俺は、そんなこと知るか、寝させろと無視して部屋に戻ろうとした。すると、訪問員がさらに声を張り上げる。



「これ別の問題発生してるんで出てきてくださーい」



ここでようやく意識がはっきりしてきて、猛烈に「ヤバい」という気持ちが湧いてきた。

俺は扉を細く開けて、相手に応じることにした。案の定訪問員は法律を盾にして色々と言い始めた。



だが、この時期の俺は勤め先の仕事絶望的にハードな時期で、心底疲れ切っていた。仕事がツラい、逃げたい。

そんなメンタリティ支配されていた俺の脳内に、最悪の方向にブーストがかかったイカれた思想が芽生えた。



(……これで警察沙汰になって会社をクビになれるなら、それでもういいか



俺は法律を盾に捲し立ててくる相手に向かって言った。



「じゃあ警察呼びましょう。僕(捕まる)覚悟出来てるんで。」



スマホを取り出し、110番通報をしようとする。

相手に対するカマかけのつもりは一切ない。ただ純粋に、そのまま警察のお縄に付いてやるつもりで動いていた。

すると、今度は訪問員側が急にひよりだした。

から知ったのだが、訪問員がされて困ることは、その場で警察通報されることらしい。

まり自分はそんなつもりは無かったのだが、意図せずして「詰み」の条件を発動させていたのだ。



「いや、警察民事の争いに介入はウンタラカンタラ……」



訪問員はウダウダと、急に歯切れが悪くなった。

これで引き下がるだろうと思った俺は、少し落ち着いてこう伝えた。



あなた仕事なのはわかっているので、そこは仕方ないと思ってますしかし、こちらも家族が昔N局の訪問員の被害に遭っている背景があった。感情論なのはわかってますが、手を出してしまったのは申し訳ない。」



すると、訪問員はこう返してきた。



「何があっても、手を出すのは違うと思う。あなたのご家族が昔被害に遭われた件はN局を代表して謝る、申し訳ない。こんな形で出会わなければ、あなたと私は仲良くなれていたかもしれないのに」



……最後の何?漫画ドラマセリフ

その後、訪問員は「次来る方と解約の話してください」と言ってきた。

いや、そもそもこちらはまず契約していないし……。

彼は最後、去り際に「やったこ反省してくださいね」と捨て台詞を吐いて帰っていった。

俺はその去り際の背中に向かって、「警察呼ぶなら呼んでください! こちらは大人しく受け入れるので!」と叫んだが、無視された。



以上で、俺とN局の戦いは終わった。






ちなみに。

その日、受け取る予定だった宅配便は結局来なかった。

営業所に電話したところ、「すみません宅配ドライバーが積むのを忘れていたらしいです」と言われた。

ふざけんなボケ

2026-01-26

女の敵は女」と言っていいのはこういう場面だと思うけれど、 

今のフェミニストは何故か若い女男目線で見て価値のある強者)には媚びまくるからな〜

布集め懺悔マン

@zange_nunokai

以前の職場転勤族時代扶養パートしてた頃)、20代正社員新人女性たちに「パートさん達ってバカから正社員にしてもらえないんですか?」と言われた時に、あーこの子達は見えてる&生きてる世界が違ったんだな、そうかそうか、ってなった思い出。10年近く前の話。

https://x.com/zange_nunokai/status/2013014724112249327

中国人中国VPNを使っても罰金で済む話

中国オフショア開発をしてる現地従業員からの話

その従業員が、中国VPNを使って、海外サイト(本人曰くyoutubeだが多分エロサイト)を見ていたところ、警察に捕まった。

で、その時の話を聞いたのでメモと所感

連絡と対応

ある日いきなりwechat警察から連絡が来たそう。中国だと、お茶を飲みにこないか(喝茶)ってスラングがあるらしいけど、その時はただ来なさいという連絡だったみたい。で証拠を出されながら事情聴取

ここから日本と違って、その場で反省文(懺悔書?って本人は言っていた)を書かされたそう。

〇〇の理由で使いました。

警察官の皆様からの丁寧な教育を受け、自己の犯した過ちを完全に理解しました。

申し訳ありません。

って書くみたい。この定型文もあるらしい。

で、拇印して終了

これだけ

中国人の目線

現地人からすると、VPNを見つかったのは、車のネズミ取りに捕まったぐらいの印象で、本人曰く大したことは無いが、二度とできないぐらいの気持ちらしい。

これは、本人がオフショア開発をするぐらいのスキルがある前提だけど、都会ではGFの迂回方法も知ってるし、VPN存在も知っているのが普通みたい。

本人も、政府批判をしなければ、こんなもんという印象

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